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女を丸呑みにしたゲートが消え、そこには山茶花の若木のみがそよいでいる。神々は暫し唖然と佇立し、視線を宙に注いでいた。
「……げにまっこと、威勢のええ人間やのお。ああ来るとは思わんかった」
先ほどの驚きを噛み締めるように言う陸奥守吉行も、網膜に焼き付いた女の残像に捕らわれている。彼の隣では、「気の強そうな女だ」と、山姥切国広が歯に衣着せぬ所感を溢した。
「口だけじゃなけりゃいいんだがな。約束だの言質だの言っておいて、あっちでは政府とよろしくやってるかもしれねえ。今のは俺たちの機嫌取りみたいなもんだろ」
「言葉を慎みなさい、和泉守兼定。主様は少々ものぐさですが、『やる』と決めたら『やる』御方です」
主人への侮辱ととれる台詞に不快感を露わにする管狐。和泉守兼定は眉を顰め、反論しようと身体ごと管狐の方へ向いた。舌戦の幕開けかと思われたが、口喧嘩の気配を察した堀川国広によって素早く止められる。
「まあまあ、兼さんもこんのすけも落ち着いて」
結界間際で狐と神との間に割り入り、うまく場をとりなす脇差。
「全てはあの人が帰ってきてから、だよ」
言って、彼は山茶花の手前にある一点をじっと見つめた。そこに女はいないというのに、堀川国広の目は何かを見極めようとするが如く、真剣な眼差しを送り続けている。
有言実行できるか否か。誠実か不誠実か。
和泉守兼定と人の子の応酬を横で聞く中で、彼は彼なりに女を吟味していた。
そしてまた、期待もしていた。もしかすると彼女は、疑心暗鬼な和泉守兼定の心を融かしてくれるのではないかと。
*
離れの人間が時の政府へ出向いて行った。彼女は政府が刀剣男士(自分たち)に手出しせぬよう、約束を取り交わしてくるという。
そんな話が、半刻と経たないうちに御殿の隅々へと広がった。
和泉守兼定から大和守安定に、大和守安定から加州清光に、加州清光から長曽祢虎徹に、長曽祢虎徹から浦島虎徹と蜂須賀虎徹へ──。ないし、山姥切国広から三日月宗近へ、三日月宗近から三条派の刀剣へ。
こういった具合に、話の種が神から神へと伝播する。草原を吹き抜ける一陣の風のように。
その出来事を知った付喪神のほとんどは、事の顛末に興味を湧かせた。女があちらで何をして、どのような結果を持ち帰ってくるのか。
あるものは彼女を信じ、あるものは淡い期待に胸を膨らませ、あるものは訝しんだ。そして、単に面白がっている神が一握り。
空に浮かぶ太陽がゆっくりと西へ進み、やがて狐の主の帰着時刻が差し迫る。女に話を聴くべく、和泉守兼定は庭へ出て彼女を待ち構えていた。彼に同行した刀剣男士は数多い。短刀を除く大半の神がわらわらと玄関に列を作り、軒下に、池の前にと散らばった。
「これは──なんと」
群れ集う神々を目にして仰天するはこんのすけ。驚きに息を呑んだのも束の間、管狐は表情を硬くし、ずんずんと一団へ突っ込んでゆく。
「いったい何の騒ぎですか。もうじき主様が帰還なされます故、静粛に願います」
最も近くに居た刀らに詰め寄れば、お供の狐が「やあやあ、こんのすけ殿」と、鳴狐の肩を飛び降りた。ややピリピリしている管狐へ事情が説明され、こんのすけは胸中を複雑にする。
人間の話を聴こうという刀剣男士の姿勢が、彼らが女に関心を寄せたことが喜ばしかった。だが、この大群に主人が耐えられるか心配だった。
管狐は知っている。あの秋の日、彼女が挫折感を味わい、初めて涙したことを。
「……御方々、出迎えるのは結構ですが、こう大勢だと主様が何事かと驚かれてしまいます。もっと少数で……十口以下になさいませ」
あちらへ行き、こちらへ行き、同じように乞うも、従順に応じた神はいない。
「にっかり青江、ここは他の刀剣男士に任せ、御殿へ戻ってくださいませんか」
もう何度目かになる要求。声をかけられた大脇差は、飄々と肩を竦めた。
「悪いけど、別の刀に頼みなよ」
にっかり青江に折れる様子は皆無であり、管狐は苦虫を噛み潰したような顔をして身を翻す。
御殿周囲を奔走する小さな狐を眺め、彼はにっかりと妖しく笑った。
「僕は彼女を視ておかないといけないんだ。他にも気になることがあるからね」