小話 - なんとはなしに

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 離れに敷かれた布団の中で、女はすうすうと規則的な寝息を立てていた。腕には管狐を抱き、温もりを求めるかのように身を寄せている。実際、皮毛に覆われたこんのすけの体温は人間である彼女よりも高く、小さな狐の傍はぬくぬくとしていた。
 霊力の消費によって睡魔に襲われ、昼寝を始めた女が熟睡に入った頃──……。

 *

「面白い話があるんだ。広間で話すから、聞きたい刀はおいで」
 御殿ではにっかり青江が屋内を廻り、意味有りげな誘い文句で刀たちを大座敷へ集めていた。
 成果は上々。「面白い話」とはなんぞや、と。全員ではないが、かなりの数の付喪神が大脇差を取り囲んでいる。各々、これから語られるであろう「面白い話」の内容を予想し合っており、この建物で最も広い畳の間はざわめいていた。
「で、なんだよ、面白い話って」
 痺れを切らせた獅子王は、肩に乗せた鵺の毛皮に手をやりながらにっかり青江を急かす。大座敷の真ん中で正座をしているにっかり青江は目を細め、「うん、面白い話さ。すごくね」と微笑んだ。
「だから何が──早く教えてくれよお」
 獅子王が駄々をこねるようにしてねだれば、大脇差は一つ笑った。
「離れの彼女、時間遡行軍と一戦交えてきたみたいなんだ」
 時が止められたかの如く静まり返った室内。飛び交っていた幾多の音は失せ、皆面食らっていた。にっかり青江の声は決して大きくはなかったが、刀剣男士の鋭い耳は、一字一句を余すことなく拾っていて。
「ねえ。それ、どういうこと?」
 つい先程まで大和守安定と閑談していた加州清光は、その表情を深刻なものへと変え仔細を尋ねる。
「どうもこうも、言った通りだよ。彼女は今日、こんのすけと一緒に合戦場に行って、時間遡行軍と戦ってきた。戦闘には勝ったんだろうね。無事に帰ってきたみたいだから」
 どうだい、面白い話だろう?
 そう言わんばかりの眼差しで、辺りを見渡す大脇差。
「ふ、ふざ、ふざけたことを……嘘はよせ!」
 にわかには信じ難いにっかり青江の言明を、取り乱し気味のへし切長谷部が頑として否定した。しかし、大脇差は緩やかに首を横に振る。
「事実さ。僕はさっき、彼女とその話をしてきたんだ。彼女は隠そうとしてたけど……少し揺さぶったら認めたよ。可愛い人だね」
 ふふっ。
 軽く一笑したのち、にっかり青江は再び口を開く。
「僕たちの代わりにじゃなく、時の政府に要請されて戦いに出たんだって。次に彼女が外に出てきた時、近くに行ってみればいい。奴らの臭いがすると思うよ」
 薄ら笑いを湛えたままの彼を纏うのは、本意を隠す怪しい雰囲気。
「先週、いや、先々週くらいからかな。うっすらとだけど、あの子から妙な気配がするようになっていたんだ。僕の他にも居たんじゃない? 気付いてた刀」
 にっかり青江が隅から隅へと視線を巡らせば、小烏丸と数珠丸恒次が厳かに顔を見合わせた。二振りには心当たりがあるようで、「気の所為かと思っていたのだがなあ」「私もです」と、座敷の端に呟きが漏れる。
 小烏丸や数珠丸恒次、三日月宗近に大典太──兆候を感じ取っていた神は若干いたが、今回審神者の出陣を察知したのは、大脇差のみ。
 偶然に偶然が重なり、かねてから彼は異変を疑っていた。その後、密かに、本当に密かに彼女の動向を窺い、尻尾を掴むに至る。
 経過はこうだ。
 女が初めて仮想の敵部隊と戦った日、にっかり青江はたまたま彼女とすれ違い、たまたま極僅かな混ざり物の臭いを嗅いだ。意識せねば判らぬそれを誤認かと思った大脇差だったが、たまたま気が向き、なんとはなしに心の隅へ留めていた。
 そして、女が二度目のシミュレーションを終え、「付喪神を守る」と謳い上げた日。たまたま他の刀よりも浮かれていなかったにっかり青江は、冷静に彼女を観察していて。
 三度目の模擬戦が行われた日もまたそう。にっかり青江は散策中にたまたま彼女と出会い、仄かに漂う「何か」を嗅覚で捕らえた。たまたま吹いた風が、異形の臭いを大脇差へと届けていたのである。
「あの方は人間だぞ! 戦に出て、もし何かあったら──」
「死ぬやもしれんな」
 血相を変えたへし切長谷部と、泰然自若な小烏丸。刀剣の祖が口にした穏やかならぬ言の葉にて、空気がピンと張り詰めた。
(あーあー、そんな風に言っちゃうと)
 静寂の中、にっかり青江は少々窮する。耳鳴りがしそうな無音。これが「嵐の前の静けさ」であるということは、難なく予知できた。
「ほがなこと言わんでくれ! 縁起でもない!」
 ダンッ!
 胡座をかいていた陸奥守吉行が拳で畳を打ち付ける。それを皮切りに、付喪神らはどよめきだした。
「……今になってお嬢ちゃんに死なれちゃあ、後味が悪いな」
「主になるかもしれない人なんだぞ、あの御方は。死ぬなど、そんな、俺は──」
「長谷部くん、落ち着いて」
「『死』──か。なあ鶴さん。あの人間が死んでいなくなったらさ、俺たちどうなるんだ?」
「ははっ、聞くな貞坊。……それはあまり考えたくない」
「あの人、大丈夫かな。傷でも病気でも、人間ってすぐ死んじゃうから」
「安定」
「──あ、ごめん」
 不穏な響きは大きくなるばかり。大脇差の見通しは見事に当たった。
(……やっぱりこうなるよねえ)
 唇に描いた弧を保ちつつ、にっかり青江は騒ぎ立つ刀を収めんと声を放つ。
「まあまあ、そんなに暗くなることはないさ」
 あの人間の出陣を皆に告げるとどうなるか、彼はある程度分かっていた。刀剣男士の反応は、概ねが胸算用に沿ったもの。ここからがにっかり青江の正念場である。
 女は自らの行いを隠そうとしていた。にっかり青江に口止めを致そうとした。
 昨今、離れの人の子への興味関心を増しに増した付喪神ら。大脇差にとって、彼女について知りたがっている仲間との情報共有は欠かせない。けれど、彼は暴露を嫌がる女の意を少しだけ汲み、できるだけ事が荒立たぬよう努めるつもりでいたのだ。
「彼女、ちゃんと生きてるし、元気そうだったよ。だから、大騒ぎしなくても──」
 そうやって、大脇差が場を収束させようとするも……。
「おい、どういうことか聞きに行くぞ。来い、国広」
「あっ待って兼さん!」
「わしも行くぜよ。こうしちゃおれん」
「俺も」
「僕も」
「ふむ、我も行くとするか」
 話し続けるにっかり青江など放ったらかし。一振り、また一振りと神々は去ってゆく。
「おやおや、みんな待ちなよ」
 彼の声掛けも虚しく、刀剣男士は外へ庭へと出て行ってしまった。やがて座敷は閑散と成り果て、だだっ広いそこに残ったのは大脇差だけとなる。
(……彼女、大ごとにしたくなさそうだったから、僕が説明して騒ぎにならないようにするつもりだったんだけど)
 い草の香る畳の中心、苦笑いをするにっかり青江。
(うーん、僕では上手にやり込められなかったねえ。……あの子、怒るだろうなあ)
 こうして、彼のせめてもの罪滅ぼしは、あっけなく潰えたのであった。

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