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夜の帳が下りた本丸。行灯どころか蝋燭の一本もない御殿で、銘刀に宿った付喪神らが寄り合っていた。場所は、にっかり青江が昼間に使った大座敷である。
「絶っ対、わしらが出た方がええ! 今日が無事でも、次はどうなるか分からんきに」
「ちょっと陸奥守、頭に血が上り過ぎなんじゃない? 酒でも飲んで──って、お酒、ないんだったねえ」
己の紋が入った酒瓶を振り、次郎太刀は大きな溜息を畳へ落とした。彼が最後に酒を口にしたのはいつだったろうか。厚樫山で大将首を獲った時? 江戸を激戦を切り抜けた時? どちらにせよ、遥か昔であることには変わりない。酒豪で酒好きの付喪神に与えられたのは一瓶だけだ。顕現した際に持ち合わせていたそれを、次郎太刀は少しずつ少しずつ、無くなるまで大事に飲んでいた。日本号や不動行光も同じである。
「……酒か。もう味も忘れちまったなあ」
仰向けに寝転ぶ日本号がぽつりと言えば、どことなくしんみりとした空気が流れ、そこは空き家のように静かになった。
夕刻に女と話をし、別れてからというもの、誰が招集をかけるでもなく集った彼ら。夜闇に埋もれて出される話題は、もっぱら「審神者の出陣」に関することだった。
何を以って、どのような意図で人たる彼女が戦地へ赴くのか。
「刀剣男士(自分たち)の代わりではない」という言葉は真実なのか。
時の政府に脅され嫌々討伐に出向いているのではないか。
己等へ恩を着せようとしているのではないか。
同情心を引こうとしているのではないか。
……。
…………。
揣摩臆測は連綿と続き、得られる解もなく時が過ぎてゆく。否、解は既に離れの人の子が表しているのだ。
「時の政府より『審神者の出陣』の要請があったため、自身の意志で仕事を受けた」
女の答えはそれしかない。──ただまあ、彼女の担当官や政府上層部には、薄汚い打算と思惑があったのだが。
そんな魂胆など知る由もなく、神々は煩悶としていた。当事者である女がいれば問答できたが、この地で唯一の人間は離れに籠もってしまっている。女と話をしたいがあまりに池の周りをうろうろとしているのは、へし切長谷部や蛍丸。彼らはのちに、巡視に来た管狐によってやんわりと追い返されることとなる。
「やっぱさあ、裏があるような感じはしなかったよなー。政府がどうかは分かんないけど」
頭の後ろで両手を組み、獅子王は誰に言うともなく天井を仰いだ。
裏の有り無し。それはとうに終わった話であった。
女はわざと合戦場に行って見せ、自分たちへ出陣を促そうとしているのではないか。小賢しくも情に訴えかけようとしているのではないか。悪どい目論見があるのではないか。
長い議論の末、多くの刀剣男士は詭計が設けられている可能性はないだろうと結した。何しろ、問い詰められた彼女の態度は憐憫を誘っているものとはいえず、強いて言えばひどく鬱陶しそうだった。付喪神の介入を本気で拒んでいるような素振りさえあった。「私の仕事だ」「気にするな」とまくし立て、ついには逃げ帰るように離れに戻って行った女のそれを、演技だと言う刀剣男士はおらず。
「交渉はもちろん、お涙頂戴もなかったからね。嫌そうにしていたなあ……ははっ」
思い出し笑いをする小竜景光につられ、大般若長光もくすりとした。
「あれはなかなか強情な人間らしい。口説いても靡いてくれそうにないな」
長船派の太刀が楽しげに口元を緩めている横、軌道修正を図ったのは堅苦しい顔の山姥切国広。
「で、どうするんだ。戦に出るのか、出ないのか」
途端に、皆が己の考えをがやがやと喋りだす。話の本筋に戻った中、誰かが言った。「彼女のために再び戦おう」と。
広い座敷のどこかで発された言。それを聞くなり、一期一振は勢い良く立ち上がる。そして、何かに耐えるようにきつく結んでいた唇を小刻みに震わせた。
「また刀を振るう? 人間のために」
声がか細く吐き捨てられる。無謀な出陣に身を投じていた患苦の過去──傷ついた仲間や、深手を負った兄弟を回顧してのことだった。
「皆、あの人間を主と認めるのですか」
地の底から響くような音を放った口唇には血の気がない。
一期一振の硬い問いが染み渡り、各々、胸の内で思惟を始めた。新しい審神者を、離れに住まう人の子を、「主」と断ずるのか。
「……わしは、それもいいと思いゆう」
重い沈黙が破られる。いつになく真面目腐った陸奥守吉行の懐には、花の形をしたからくりが収められていた。樺色の着物の下、女がくれた珍妙な土産を、彼は肌身離さず持ち歩いている。
「早計ですな。まだあの人間が無害と決まったわけではないでしょうに」
「一期一振……!」
「この先危険がないという保証は? 人の心は移ろいます。今が良くても、後のことは分かりません。鯰尾たちが結んだ『約束』を反故にするのですか」
「っ、おまん」
一触即発。
不調和が緊迫感を生んだ。ぴりりとしたそこに割っていったのは、膝を抱いて座る加州清光である。
「その辺にしといたら?」
熱のないあっさりとした物言いに、二振りは口を閉ざす。御殿の闇は濃かったが、神々の視線は加州清光へ集まっていた。
「……主にするとかしないとか、約束だとか、そんなの今はどうでもいい」
紅で彩られた指先を、彼は片方の手でそっと撫でる。
「けど俺、あの人が時間遡行軍に斬られるのだけは嫌だよ。だから──」
張り上げた声ではなかった。けれど、凛とした、芯の強い語勢だった。
「だから、戦う」
暗がりで光る赤眼。その胸にしたためられた揺るぎない決意が、言の葉に力を宿す。爪に触れていた手を鞘へ伸ばし、彼は己の本体を握り締めた。
加州清光の表意は、縺れていた話に折り合いがつく契機となった。年かさの付喪神らが間に入り、「女が心配な刀、また、道具として体を動かしたくなった刀は彼女に協力し、そうでない刀は傍観する」とまとめられる。つまり、「主」や「約束」に関しては保留のまま、めいめい好きにやれ、ということだ。