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音のやんでいる縁側。狐と刀は枯葉色の庭を見るともなく眺めていた。やがて時が動き、黙り込んでいたソハヤノツルキがふらりと立ち上がる。
「どうなさいましたか」
管狐がその背に聞くと、太刀は振り返りもせずに言った。「少し考えたい」と。生気のない表情をして歩み始めた彼は、緩慢に足を引きずりどこかへ去ってゆく。あてどなく、そして覚束ない歩行であった。
「考え事は結構ですが、転ばぬようお気をつけください」
そんな注意がなされるも、ソハヤノツルキの耳に届いていないのか、写しの太刀は無反応。狐は一匹、やれやれと尻尾をくねらせる。ちょうどその時、彼の背後で襖障子が勢いよく開かれた。
「おっ、こんのすけ。話し声がすると思ったら、来てたのか。……ん? なんだその格好」
視界に入ったこんのすけを見るなり、目を見張らせた太鼓鐘貞宗。すっかり丸く瞠った金の双眸には、服を着た狐の姿があった。
「おや、太鼓鐘貞宗。こんにちは」
小さな狐は軽く頭を下げ、にこやかに挨拶をする。愛想の良い彼を、いや、彼の装いを、太鼓鐘貞宗はしげしげと見つめていた。
「分からぬのですか? これは服ですよ。『今日は曇りで寒いから』と、恐れ多くも主様が着せてくださいました」
臙脂の地に白い小花の散った布で作られた一着。上体を捻って己の纏うそれを見た管狐は、どこか喜ばしげに微笑んだ。
「へえ……」
短刀が腰を折って管狐へ顔を近付ける。品定めをするような目つき。お洒落な彼が着用しているのは、こだわりの衣装。身なりを気遣う気質故か、狐の服へも興味関心があるようだ。
「気になるのです?」
「ああ、そうだな……」
様々な角度から検分する短刀へ、こんのすけは一つ尋ねた。
「この召し物、あなたから見て如何でしょう」
主人から賜った衣服を、管狐はとても大切にしていた。贈ってくれた主の気持ちも嬉しかった。唯一無二の手作り服に他者の評価など関係ない。だが、ソハヤノツルキに「よだれかけ」と言われていたこともあり、客観的な意見を聞いてみたくなったのだ。また、人臭くも自慢したい心理もあって。
「俺はもっと派手な方が好きだけど、うん、いいと思うぜ。お前によく似合ってる」
太鼓鐘貞宗はしばらくこんのすけを凝視したのち、破顔して大きく首を縦に振った。管狐の相好が崩れる。
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
眼球が隠れてしまうほどに目を細め、こんのすけは尻尾を揺らす。和やかなそこへ足音が一つ入り、短刀が振り向けば、彼の見知ったものが通りがかっていた。
「おっ、伽羅」
薄暗い廊下をゆく打刀を発見し、気さくなあだ名を声に出す太鼓鐘貞宗。竜を宿す刀剣男士は黄金の瞳を縁側へとやった。一瞥する間彼の足は止まっていたが、すぐに歩みは再開される。元々の進行方向へ。
「おいおい、つれないなー。こっち来いよ」
短刀が呼ぶも、打刀は静かに発とうとしていた。
「伽ー羅ー!」
少年の足底がぱたぱたと畳を叩く。大倶利伽羅に駆け寄った太鼓鐘貞宗は、竜の棲む腕を両手で掴んだ。
「なあ、来いって」
ぐいっと引かれ、打刀は下肢を踏ん張り僅かな抵抗をみせた。短刀が負けじと体重をかける。大倶利伽羅は「やめろ」と言いつつも振り払いはせず、ずるずると縁側に連れ出されてしまった。
「おい、貞」
「ほら見ろよ。こんのすけが服着てる」
促され、黄金の目が下方に落ちる。
「如何でしょう」
満面の笑みを湛えてその場でくるりと一回転した管狐の、なんと得意そうなこと。浮かれ調子の狐を見下ろし、大倶利伽羅は口を開いた。
「……万屋で買ってもらったのか」
「いいえ。主様が手ずから作ってくださいました。生地選びも採寸も縫製も……恐れ多うございます」
恐縮だと言いながらも、管狐は幸せそうに顔を綻ばせている。
「へーっ、手作りかあ! すごいな、縫い目が綺麗だ」
「この精巧な縫い目は『みしん』という機械によるものです。主様は物臭な性分をお持ちですが、凝り性な面もあるようで……とても丁寧に仕上げていただきました」
女は手芸が好きなわけでも、裁縫上手でもない。管狐の洋服は彼女の人生で六つめの縫い物だった。学童期や中学高校の授業で習う以外に針を持ったことなどなかったのである。故に、慣れない手つきで指先を突いたり、ミシンの操作に手間取ったり、採寸を間違えたり──女は苦労の末に狐の服を完成させていた。
「裾を御覧ください。『こんのすけ』、と、銀糸の刺繍があしらわれているでしょう。主様がその御手でお入れになられました。何度も何度もやり直しながら」
尾の付け根にある「こんのすけ」の文字。管狐はそれを見せつけるように尻を上げた。
不慣れな刺繍に悪戦苦闘していた主人の姿を思い起こし、管狐の笑みが深まる。「こ」が曲がっているだの、「ん」が歪んでいるだの、顰めっ面でぶつぶつぼやきながら糸を刺して抜いてを繰り返す女。あの時、こんのすけは己の果報に打ち震えていた。敬愛する彼女が他ならぬ自分のために努力を払っているのだと、自分は想われているのだと、幸せでたまらなかった。
「……こんのすけ、お前は大事にされてるんだな」
銀色の名を視線でなぞり、太鼓鐘貞宗は優しく微笑む。
「いえいえ、そのような。主様のお心遣いにただただ感謝するのみです」
「色と柄もあの人間が選んだのか?」
「はい。偶然この生地を見つけ、購入を即断されたのだとか」
「いい見立てだな。なっ、伽羅」
腕を捕獲されたままの大倶利伽羅は、自分に聞くなと言わんばかりの溜息を吐いた。だが、無愛想でも性根の良い彼は、律儀に狐の衣装を吟味し、「そうだな」と短く呟く。
「嬉しゅうございます。いやはや、このような可憐な花の柄など、私には少々可愛らし過ぎるのではないかと思いもしたのですが、主様はこれを着た私を大層お褒めになられまして──」
やけに饒舌なこんのすけの話は、狐なだけにこんこんと続く。太鼓鐘貞宗が「それ、さっきも聞いたぞ」と唇を尖らせるまで、管狐は非常に良い気分で主人と服について語るのであった。