小話 - なんとはなしに

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 秋田藤四郎が見つけ出された。新たに顕現された個体ではない。先の審神者によって現世に降ろされ、ある夜に忽然と姿を消した刀剣男士。永く行方の知れなかった彼だったが、この秋の暮、めでたく帰ってきたのである。深傷を全快した状態で。
 かの付喪神の発見と回復に、本丸は大いに沸いた。別の刀ではないか、審神者や政府が送り込んできた密偵ではないかと警戒したものもいたが、彼らが懐かしい神気を見誤ることはなく。兄弟である粟田口派の刀剣男士はもちろん、刀派、刀種を問わず全ての神が再会を喜び、その胸を熱くさせていた。
 苦楽を共にした仲間の再来。心の底から喜ぶ彼らは、庭での大歓迎がひと段落したのちに質疑応答を始めた。場所を御殿に移して、なぜ戻れたのか、どこに居たのか、何があったのか──彼の兄弟を中心とした刀が問い、秋田藤四郎は記憶を辿りながらたどたどしく答えてゆく。
 短刀の語る話に皆が聞き入った。事情を把握した刀剣男士らは、離れの人間への信頼をよりいっそう高まらせた。秋田藤四郎を手入れするにあたり、彼女は十月の総手入れ同様、「治すので戦って欲しい」とも、「治したから見返りをくれ」とも言わず、一切の条件を出さなかった。離れの人間は、秋田藤四郎を交渉材料に使わなかったのである。
 また、彼女は誇示もしなかった。一振りの命を救うという大業を成した女は、それを鼻にかけることもなく、御殿へ去る秋田藤四郎を見送った後、忍ぶように離れへ籠もった。その下心のなさを嬉しく思い、「あの人間であれば」と期待を膨らませる付喪神は少なくない。
「秋田、隠していることはないかい」
 何か要求されなかったか、協力を乞われなかったか、橋渡しを依頼されなかったか──一期一振が疑り深く探りを入れるが、弟はきょとんと小首を傾けた。
「ふえっ……? いえ、何も頼まれてません。あの方は『治って良かった』って、そればっかり言ってました」
 彼が春色の瞳を瞬かせると、蛍丸は「あいつらしい」と呟き、唇を綻ばせる。
「お優しくて、しっかりされていて、とても素敵な方でしたよ?」
 硬い表情の一期一振へ言うも、長兄は厳しく視線を逸らすのみ。
「いち兄は、あの方を──……あっ、いち兄! 心配は要りませんよ! あの方は前の審神者のような人間じゃありません」
 兄はおそらく、離れの女が先の審神者のような外道だと思い込んでいる。故に、険しい面持ちで不信を顕にしているのだ。
 眉間に神経質な皺を寄せる一期一振の心を悟り、秋田藤四郎は「あの方」が害無き者であると力強く伝えた。兄を安心させようとしてのことだった。
「えと、すごく良い御仁です!」
 過去に酷い仕打ちを受け、常に追い詰められた状況にあった神々は、身体の損傷に伴い皆心を病ませていった。好きだったはずの人間が嫌いになり、憎み、恨むようになり──けれど、一番外傷が軽かったからか、はたまた本来の無垢な性質が翳らなかったからか、秋田藤四郎は他の神よりも精神の蝕みが少なかった。
 だからこそ、人の姿を取り戻して覚醒したあの時、女へ敵意を向けなかった。忌避感も抱かず、拒絶もせず、例の男と同一視もしなかった。彼は最初の最初から、ありのままの彼女を見ていた。
「まーっはっは! そうじゃのう」
「わっ」
 溌剌とした笑い声が座敷に響き、骨ばった手が桃色の頭に被さる。帽子の乗っていないそこは豪快に撫でられ、短刀の巻き毛がぐしゃぐしゃに乱れた。
「む、陸奥守さんっ」
「秋田は初めっからわかっちょったか。ちっくと悔しいぜよ」
 陸奥守吉行の手が止まる。笑みを湛えつつもどこか陰差す顔をした彼は、悔いていた。憎悪のあまり眼が濁り、離れの人間の本質を見定めることができなかった過ぐる日の己を。彼と同じ気持ちの刀剣男士は多く、へし切長谷部や加州清光、獅子王、蛍丸、蜻蛉切、和泉守兼定、岩融──挙げればきりがない。
「一期一振。わかったやろう? 他でもないおんしの弟が、それも『秋田藤四郎』が言いゆうんじゃ」
 苦笑を交えた土佐弁を受け、一期一振は強張った面のまま、「だが」と苦しげに呻く。重い空気が流れ、暫し沈黙が降り立っていたが、ある脇差が静かに口を開いた。
「……いち兄、大丈夫だよ」
 控えめ。けれど揺らぎのない、岩清水が苔に染むような音。
 反論の姿勢を見せた一期一振へそう言ったのは、意外にも鯰尾藤四郎だった。ずっと黙っていた彼が、ここにきて声を発したのである。
「離れの人、あの男とは違うから」
 兄の金色の双眸を見据え、脇差ははっきりと口を動かした。「離れに住まう人間と先の審神者が別の生き物である」と、彼は初めて断言した。そうするには勇気がいったが、元気に帰ってきた弟の存在が、弟の率直な言葉が、鯰尾藤四郎の背を押していた。
 馬鹿馬鹿しくなったのだ。戻ってきたばかりの弟が、こうもあっけらかんと彼女を「良い人」だと言い切っているのに、自分はいつまでもいつまでも心の奥に仕舞い込んでいる。ずっと前から思っていた、ずっと前から知っていた事を。
「──本当は、解ってたんじゃないの」
(いち兄も、……俺も)
 兄に向けたものでもあり、自分に向けたものでもある言葉。鯰尾藤四郎は自嘲気味に嗤った。しかし、偽りの笑顔でないそれには、憑き物が落ちたような爽やかさも混ざっていた。

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