04
長い一本の廊下で、二振りはばったり出会った。山姥切長義と山姥切国広である。前者は猫が如く気ままにぶらつく南泉一文字を探しに、後者は陸奥守吉行へ借り物を返しに行く途中だった。
互いの姿を目に留め、それぞれの歩調が僅かに狂う。「本歌」を誇りとする高慢な山姥切長義、「写し」にコンプレックスを持つ山姥切国広。犬猿の仲ではないにしろ折り合いは悪い。双方、別の意味でこじらせており、彼らの関係はぎくしゃくとしていた。
今日も今日とて布を被っている打刀が俯き加減になる。早く通り過ぎたいのか、彼の足は若干速度を上げた。対して、山姥切長義は見事な銀髪や青玉のような瞳を惜しげもなく晒し、堂々かつ悠々と歩く。
二振りがすれ違うまであと少し。山姥切国広は早々に廊下の端へ寄ったが、本歌はそうはしない。それどころか、わざとど真ん中に出てぴたりと立ち止まった。
「やあ、偽物くん」
顔こそにこやか。けれど、芝居がかった声にはからかいや嫌味が含まれていて、「偽物」という呼び方にも棘がある。
「……写しは偽物とは違う」
「いいや、違わない」
何度否定しても、本歌山姥切長義が「はいそうですか」と納得したことはなかった。
「そこをどけ」
通せん坊する刀を睨み、大事な借り物を両手で包み直す。何かを守るような仕草を、山姥切長義は目ざとく見て取った。
「なんだ。何を持ってる?」
ずんずんと写しへ迫り、手の中を覗こうとする本歌。山姥切国広がさっと腕を引いた。
「おい、隠されると気になるだろう」
不満げに眉を顰め、山姥切長義は言葉を続ける。
「見せられないような物なのか? 偽物の君に見合った紛い物、なんてね」
「違う! 花子は──」
「花子? ……ああ、陸奥守吉行が審神者に貰った機械の玩具か。偽物くんも気に入ってるんだったな」
山姥切国広の手に視線を縫い付けたまま、山姥切長義は記憶に詰まる情報を引き出していく。陸奥守吉行が審神者から土産を頂戴したというのも、それが自動で動く花というのも、「花子」と名付けられたというのも、彼は風の噂で耳にしていた。そして、その「花子」に山姥切国広が心惹かれていることも。
「ふうん」
右腰で丸く合わせられた両手を無遠慮にじろじろと眺め、本歌は「俺にも見せてくれ」と頼んだ。
審神者の時代の珍しい機械。刀たちの会話伝いに聞くばかりで、実際に間近で見る機会はなく、わざわざ見に行こうとも思わなかった。だが今、そこに、目の前の写しの手の中にそれがある。せっかくなので一目見ておきたい。ついでに、呪詛云々等変わったところがないか確認しておこうと考えついたのだった。
「……」
山姥切国広は疑心顕に表情を強張らせ、花子を差し出さない。本歌が呆れたように笑った。
「壊したりなんかしないさ。俺は分別のつかない粗暴者とでも思われているのかな?」
言われ、写しは怯んだ。肩を竦める山姥切長義へ良い感情は抱いてないが、彼が粗暴者ではないというのは分かっている。嫌がらせで物を壊すような真似はしないだろう。ましてや、花子は自分ではなく陸奥守吉行の所有物。乱暴に扱ったりはしないはずだ。
渋々ではあるも、山姥切国広は花子を手渡した。
「へえ、これが。……何の力も感じないな」
プラスチックのボディをくるくると回し、隠された力がないかと調査をする山姥切長義。
「落とすなよ」
写しの刀が注意を促す。本歌の掌の上で花子の向きが変わる度、彼は心配でならなかった。
「間抜けな失敗はしないさ。どうやったら動くんだ?」
「……貸せ」
好奇心を示す本歌から花子を受け取り、ボディの底のスイッチを入れる。静かな機械音を鳴らして、花子が目覚めた。
「──っ」
驚く山姥切長義の手に、そうっと花子が置かれる。
スイッチオンになった彼女は、喋れない代わりに葉や花を揺らして精一杯の挨拶をした。「こんにちは。初めまして、私は花子。昔は幼い人間の女の子の宝物でした。今はかっこいい神様たちに大切にされています。よろしくね」と。
フレッシュでキュートなスマイルを向けられ、山姥切長義はしばらく花子に見入っていた。両手にすっぽり収まってしまう小さな体は鮮やか。ゆらゆら左右に揺れる姿はいじらしい。庇護欲がそそられる。
一秒が一分になり、一分が五分になろうかというところで、山姥切国広が「そろそろいいか」と口を開いた。
「あ、ああ」
我に返った本歌は動揺しながら花子を返す。
「まあ、『可』だな」
誰も聞いてはいないというのに勝手に評定して口走った彼を、写しはじーっと凝視した。
「な、なんだ」
「……いや、お前にも少しは可愛げがあったんだな」
「黙れ! 『可』は『可』だ。そんなもの俺は要らないぞ」
耳まで真っ赤にして声を荒げた山姥切長義。「つまらない」だの「興味ない」だのぼやき、ぷんすかと去っていった彼だったが、その日の夕方にはこっそり花子へ会いに行っていた。山姥切国広のいない頃合いを見計らって。