05
快晴の空の下、審神者の居住区に張り巡らされた結界の前で小狐丸が立ち往生している。並々ならぬ緊迫感を背に漂わせているその一振りを、御殿外周の一角、建物の陰から見守る刀たちが居た。
「あーあ。彼女、行っちゃったねえ」
「小狐丸さん、大丈夫かな?」
顔を見合わせるにっかり青江と石切丸。二振りの面持ちは対照的であり、大脇差は妖しげな微笑を浮かべ、大太刀は憂わしい表情をしていた。
「審神者どのは小狐丸様と話す気すらないのでしょうか……」
悲しそうに、心配そうに俯いた肩乗り狐を、鳴狐がそっと撫でる。案ずるな、とでもいうように。
「いや、そう考えるのはまだ早い。小狐丸は引き返してきてはいないだろう」
「待つように言われたのかもしんねーしな。両手に持ってた物を置きに行ってるんじゃねーの?」
眼光炯々として離れの動きを見ているへし切長谷部の隣で、豊前江が屈伸しながら言った。
石切丸やにっかり青江、鳴狐とお供の狐は小狐丸の謝罪が上手くいくかを気に掛け集まっているが、へし切長谷部は違う。許可も得ず突如審神者を押し倒した、という前科を持つ小狐丸の再犯防止。彼が今ここにいる理由はそれだ。お目付け役、ストッパー役といったところであろうか。
「ま、何かあったら合図してくれよ。体、温めておくぜ」
豊前江はそんなへし切長谷部に俊足を買われ、巻き込まれただけである。特に嫌がりもせず快諾したこの打刀、なんとお人好しなことか。全身のストレッチに励む彼は、準備運動にも余念がない。
「おや、戻ってきたみたいだ」
「小狐丸さん、頑張って……」
「み、見ているこちらも緊張しますなあ」
全員の視線が太刀と人間に集中する。立派な屋敷の外壁。ちょうど死角となっているため、女は彼らに気付いていなかった。
腰まで頭を下げたり、足踏みのようにもぞもぞしたり、肩を落としたり、ピンと背を伸ばしたり──小狐丸は忙しない。時折話し声が聞こえるも内容までは分からず、審神者の顔付きやリアクションも不明だ。石切丸らがやきもきしながら離れの方を見つめていると、小狐丸が弾んだ声をあげた。どうやら順調のようである、と皆がほっと安堵する。
「無事、お許しを頂けたのでしょうか」
鳴狐の方の上でお供の狐が呟けば、石切丸が柔和に笑う。
「あの様子だときっとそうだね。良かったよ」
小狐丸が離れの女を訪ねる前、石切丸は付き添いを申し出ていた。万が一に雲行きが怪しくなるようであれば、仲を取り持つつもりだったのだ。けれど、小狐丸は断っていた。「そこまで迷惑を掛けては」と。石切丸からすると迷惑でも何でもない。謝罪訪問を一番案じていたのはこの大太刀である。小狐丸が審神者を押し倒したあの時の、「自分が強く止めていれば」という罪悪感は未だに生きていた。
「このまま何事もなければいいが」
眉間の険しさを若干収めるへし切長谷部。境界線では管狐のこんのすけも混ざって何やら会話が進んでいる。
冬の日差しを受けながら静観することしばらく、女が数歩前に出た。結界の外へ片手を伸ばしているが、建物の陰の限られた視界では詳細が捉えられない。へし切長谷部は上に下に、右に左にと顔をずらしつつ、懸命に動向を追った。
太陽が燦々と輝き、十二月ではあれど春先のような暖かさのある、とてものどかで平和な日。「事件」など似合わぬ今日、残念だが異変が起こった。
──審神者の足元に端然と座っていたこんのすけが、やにわに跳躍したのである。主人と小狐丸とを引き離すようにして、または間に入るようにして、大きく身を翻した管狐。女によく手入れされたふさふさの尻尾が、狐を守る結界ごと太刀の頬にぶちかまされた。
「小狐丸! 貴様あー!」
へし切長谷部の口より、怒鳴り声が発射される。「ひええ」と慄くお供の狐の鼓膜はビリビリと震えた。
細かな経緯は掴めずとも、己の主人に心酔しているこんのすけがあのような動きをしたのだ。何か良くないことがあったに違いない。そう思い、へし切長谷部は地を蹴った。
「おっと、出番かな?」
怒りを隠さず駆け出した打刀に続き、豊前江も疾風の如きスタートを切る。凪いでいたそこに風が生まれた。
「ああ……長谷部さん、お手柔らかに」
落胆とも苦悩ともとれる顔をした石切丸の言葉は、へし切長谷部の耳に届いていない。
「なんだか面白いことになってきたねえ」
くつくつと笑って、野次馬をしようと歩き始めたにっかり青江。
「あわわわわ! 鳴狐、わたくしたちも向かいましょう!」
お供の狐が肩にたしたしと肉球を押し付けると、鳴狐はにっかり青江の隣に並んだ。急ぎはせず、のんびりとした足取りである。お供の狐は焦れったそうだ。
「にゃ、にゃっ!? なんだ!?」
「今の、長谷部くんの声だよね」
「せからしかー! 何が起きたと?」
御殿の玄関口ではへし切長谷部の怒号に驚いた神々が靴を履こうとしていた。これまた賑やかになりそうである。