小話 - なんとはなしに

05


 多くの負傷した神を抱えた本丸で、大規模な手入れが行われた。
 式神を介さぬ非正規のものだったが、五十を越える刀剣は審神者の力によって一遍に治された。しかし、その代わりと言ってはなんだが、力を使いすぎた女は意識を失い、深い深い眠りについた。
 昏々と眠る女のことなぞ、神々の知る所ではないけれど。

 *

 蛍丸は明石国行や愛染国俊の回復を喜び、同派の刀のみならず、それ以外の神とも久方ぶりに言葉を交わした。急に降り始めた雨の音に負けぬよう声を張り、今起きたこと、これまでのこと、先の審神者のこと──……来派の大太刀は、それはもうたくさんの事を話した。
 大太刀が忙しなく口を動かしている最中、御殿向かいの離れから疾風のごとく乱入者が現れる。
 大粒の雨に打たれてやって来たのは、政府の管狐が一匹。いつも一緒に居る女の姿は見当たらない。
 小さな大太刀はさり気なく辺りへ視線を巡らせ、この地でたった一人の人間を探す。けれど、やはり見つからなかった。なぜ管狐と共に居ないのか少し怪訝に思ったが、手入れを終えて御殿を去る際、女はひどくよろよろとしていたので、疲れて離れで休んでいるのだろうかと、彼は一人考察する。
 飄々としていて、気安そうで、よく分からない人間。こんのすけと離れている今、休んでいるのか何をしているのかは知らないけれど、どうせまた明日には鼻歌をうたいながら畑仕事をし、くだらないことで管狐と笑い合い、縁側に座ってのんびり空でも見上げるのだろうと。蛍丸はそう思っていた。
 ──しかし、それは違った。

 *

 豪雨に曝され、妖しい雷の鳴り響く本丸。管狐が警告めいた要望を言い置いて去り、もう三日が経とうとしている。
 一向に女は出てこず、声も聞こえなければ、離れの障子に映る陰さえも見えない。雨はずっと振りっぱなしで外はごうごうとうるさいのに、小さな大太刀はいやな静けさを感じていた。
 毎日毎日、休むことなく世話をされていた畑や庭はこの三日間ずっと放置されており、女の可愛がっている錦鯉ですら、こんのすけが雨に濡れながら餌をやっている始末。
 胸騒ぎとまではいかないが、これはさすがにおかしい。女の消息が気になり始めた蛍丸は、もやもやとした心持ちで御殿内をうろついたり、 軒先から離れを眺めてみたりとしていた。
 女がどうしているのか確かめようにも、わざわざあちらとこちらの境界線へ赴いてこんのすけに訊ねることは憚られる。傷の癒えた仲間たちに咎められないか気がかりで、その行動に踏み出せないのだ。
 小さな大太刀は、せめてこのもやもやを誰かと共有し、女の安否を確認する術について相談できればと心の奥で考えてみたりもしたが、それはなかなかに難しかった。
 目覚めたばかりで人間への警戒心が強い仲間へ、人を心配しているかのような発言を聞かせてよいものか。同胞の不快感を煽りたくはなかったし、人間の肩を持っていると勘違いされたくはなかった。非常に悩みどころである。
 ……もしかすると、鯰尾藤四郎や小夜左文字なら。自分と同じく、あの人間をそれなりに見てきた二口ならば、女が全く姿を見せなくなったことを気にしているかもしれない。……話してみるか?
 蛍丸がそう思い立った矢先、湿った空気の漂う廊下の曲がり角で、彼は鯰尾藤四郎と鉢合わせとなった。
「わっ、ごめん」
「あ、ううん、俺こそ」
 危うくぶつかりそうになってどちらともなく立ち止まり、静寂が訪れる。その場に居るのは、好都合なことに蛍丸と鯰尾藤四郎の二口だけ。聞かれたくない話をするにはもってこいの状況だ。
 双方何か言いたそうに相手の様子を窺っていたが、沈黙を破ったのは小さな大太刀だった。
「そういえばさ。……あいつ、最近見ないね」
 雨戸や屋根に打ち付ける雨音に消されそうな声を、脇差の耳は一句も漏らさず聞き取っていた。鯰尾藤四郎もまた、表に出てこぬ女を密かに気にかけていたのであった。
「ああ……うん」
 どこか暗い表情になった鯰尾藤四郎を見上げ、蛍丸は乾いた笑みをこぼす。
「へへっ、畑も鯉もほっぽっちゃって、何やってるんだろ。……怠け過ぎ」
 冗談を言うような軽い口調だったが、大太刀の胸の内は嫌な予感でいっぱいだった。
「ほんと、そうだよね。ずっと離れに閉じこもって……おっかしい」
 脇差の薄い唇が弧を描く。その口元にあった青痣は、三日前の手入れによって綺麗に消えていた。
 自分たちを安心させるかのような笑いは長く続かず、二口は再び押し黙る。彼らの思うこと、言いたいことは似通っていたけれど、それを口にしてしまうと何かが変わってしまいそうな気がして、どちらも言葉にできずにいる。
「まあ、そのうち……出てくるよね。多分」
「……うん、出てくるよ。……きっと」
 脇差と大太刀が喉を震わせ音にしたのは、そんな希望的観測。二口の微笑みは、なんとも脆いものだった。
 またもや双方口を噤み、辺りはしんと静かになる。先ほどとは違う静けさで、無声なだけでなく、雨音や雷鳴もなくなっていた。
 ──三日に渡って降り続いていた雨が、今やっと、止んだのだ。

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