小話 - なんとはなしに

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 審神者が珍しい玩具を陸奥守吉行にやったというのは知っていた。だが、それが審神者の私物だとは知らなかった。加州清光がその事実を把握するのは、少し先のことだった。
 晩秋のある日。審神者は両手で包み込むようにして持った「花子」をいたく愛おしそうに見つめ、想い出をぽろぽろと語っていた。父と母にねだって買ってもらい、毎日眺め、大切に仕舞い、寝る時も湯浴みの時も一緒。優しい顔と懐かしげな口調は、彼女にとって「花子」が大切なものだったという証だ。
 そんな大事な「物」を、なぜ手放したのか。なぜ陸奥守吉行に──他人に譲ったのか。
 電池交換を終えた花子を陸奥守吉行に渡す審神者を見ながら、加州清光は信じられない気持ちになった。花子が不憫になり、同時に怒りが湧く。
 人間は勝手な生き物。古来から「物」を売買や交換、継承、強奪、授与等、好きに扱う。人に打たれ、人に使われ、人と共に生きた加州清光もそれは承知していた。重々理解していたつもりだった。
 けれど、どうしても──いざその光景を見ると心がざわつく。怒り、悲しみ、不快感が胸を渦巻き、腹の底が冷えるような感覚に陥った。あの審神者が「主」になった後、自分もそうされるのではないかと考えてしまい、怖くもなった。
 着飾ったって、綺麗にしていたって、捨てられたら終わり。彼女に捨てられてしまう未来を想像すると、心臓が締め付けられる。女に心を許し始めていたが故に、加州清光の感情は余計に乱れていた。もう前のように審神者と話せなくなった。挨拶すらできなくなった。冷たく、恨めしそうな視線を遠くから送るだけだ。
 色の無くなった日々が過ぎ、女が二泊三日の旅行に出た。山姥切長義と管狐がぎゃあぎゃあと騒いでいたが、女が政府に行ったか船旅を楽しんでいるかなど、どうでも良かった。 
 御殿が静かになって、加州清光はぶらぶらと歩いていた。特にやることもない。したいこともない。気の向くままに庭に出てみようかと玄関へ足を進めていた彼の耳に、二つの話し声が聞こえきた。
「……あるわけないんだろうけど、戻ってこなかったらどうしようとか──思っちゃって。あの人が二泊するの、初めてだし」
「心配せずとも主様は必ずお戻りになられますよ。どうしてまた、そのようなことを」
「あー……なんとなく、ね。ちょっと気になっただけ」
「そうですか」
 板の間に出る手前で立ち止まり、壁に身を寄せて息を潜める加州清光。どうやら鯰尾藤四郎と管狐が話をしているらしい。盗み聞きするつもりはなかったが、加州清光はつい、耳をそばだててしまった。
 鯰尾藤四郎はどうしてそんなことを気にしているのかと不思議に思っていると、管狐の自信に満ちた声が響く。
「何であれ、あの御方は絶対にこちらへお帰りになります。我が主は責務を放棄し出奔するような方ではございません」
 一拍空いて、狐は続ける。ニヤついたような声音だった。
「それに、この私がいるのです。あなたもご存知でしょう、主様の私の溺愛ぶりを。主様が私を置いて消えるわけがございません」
 その台詞が鼓膜を通った瞬間、加州清光の心が火を吹いた。あの時の──審神者が花子を直し、陸奥守吉行にくれてやった日と同じような怒りが彼を染め上げていた。
 溺愛? 置いて消えるわけがない? ふざけるなよ。花子は捨てられてるだろ。愛されてたのに、捨てられたんだ。
「どうだか。もう帰ってこないんじゃない?」
 気付けば加州清光の体は板の間に出ていた。情動に突き動かされていた。出る気などさらさらなかったというのに。
「こんのすけさあ、随分自信があるみたいだけど──」
 標的は管狐。わざとらしく壁に凭れ、加州清光は狐を見下ろす。お花畑な頭をしているこの管狐を、鼻で笑ってやりたかった。
「いつかお前も捨てられちゃうかもよ。花子みたいに」
 言いたいことだけ言い、加州清光は踵を返す。山姥切長義のように管狐とやり合おうとは思っていない。対話も必要ない。湧き上がる苛立ちをぶつけずにはいられなかっただけだ。
 早足で廊下を歩き、誰も居ない空き部屋に入った加州清光は、頭を冷やすかのように大きく息を吐いた。体を熱していた怒りが徐々に収まって、隠れていた別の感情が現れる。
『この私がいるのです。あなたもご存知でしょう、主様の私の溺愛ぶりを。主様が私を置いて消えるわけがございません』
 管狐の声が胸の内で繰り返された。そして、女と管狐の仲睦まじい様子を次々と瞼の裏に浮かべる。彼女とこんのすけは、誰が見ても別懇の間柄だった。
「審神者が自分を置き去りにするはずがない」「自分は主に溺愛されている」といったような言葉。狐の声には笑いが混じっていた。
 冗談だったのかもしれない。鯰尾藤四郎を気遣った声掛けだったのかもしれない。
 それでも、ひどく羨ましかった。そう言えるこんのすけが。女に愛されている管狐が。

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