小話 - なんとはなしに

13


「……どう思う? あの審神者が悪巧みをしに政府に行ってるって話」
 朝の騒ぎが収まった本丸。粟田口兄弟の広い私室で、後藤藤四郎が神妙な面持ちで口を開く。今この部屋には短刀しかいなかった。一期一振と白山吉光は別所で鶴丸国永や三日月宗近と話をしており、どこで何をしているのか鯰尾藤四郎の姿もない。片割れを探しに行った骨喰藤四郎も戻ってきておらず、兄ら不在の中、短刀たちはいやに重い空気を纏っている。原因は管狐と山姥切長義の諍い──詳しく言えば、女に掛けられた疑いだった。山姥切長義が「審神者は時の政府と共謀しに出かけた」と吠え立てたことは、本丸に波紋を呼んだ。粟田口派の短刀らも少なからず影響を受けている。
「さあ、どうだろうなあ」
「あの方が僕らを陥れるような策略を執るとは思えませんが……」
 薬研藤四郎は飄々とした声で明言を避け、前田藤四郎は俯き加減で思案顔になっている。
「でも、もし長義さんの言っていることが当たってたら……僕たち、どうなってしまうんでしょう……ううっ」
 悪い方へ悪い方へと考える五虎退は不安を募らせ、無邪気に遊ぶ子虎を抱き締めた。
「こんのすけだって結局は口で説明してるだけだったもんね。あの人が船旅に出たって証拠、何もなかったし」
 箪笥に背を凭れている信濃藤四郎が天井を見上げながら言えば、厚藤四郎が「政府本部に行ったっていう証拠もねえけどな」と口を挟む。
「はあー、どげん考えても分からん! 頭が痛くなってきたばい」
「考えたってしょうがないだろー? 本人がいないんだからさあ」
 両手で頭を抱えた博多藤四郎の横で寝転がる包丁藤四郎。
「そうですね。こうなってはあの方にお聞きするしかありません。離れを家探しするわけにはいきませんから」
「結界が張ってありますしね。それに、許可もないのに家探しなんて……」
 平野藤四郎に続いて口を開いた毛利藤四郎だったが、畳をごろごろ転がっている包丁藤四郎に気を取られ、声は途中で切れてしまった。
「家探しじゃないけど一回離れに入ってみたいなー。あの人のお部屋、どんな感じなんだろう」
 審神者の住居へ興味を示し、乱藤四郎は離れの内部を想像する。一瞬、ぬいぐるみやお洒落な小物で溢れた可愛い部屋を脳裏に描くも、彼女の性格や普段の服装と照らし合わせ、それはないかと思い直した。乱藤四郎から見た女は姫属性ではなかった。
 あちらで疑いの声、こちらで信じる声が挙がり、向こうでは関係のない話もちらほら。小鳥の集会さながら、短刀たちは近くの兄弟とお喋りをしている。
 そんな中、秋田藤四郎は誰と会話することもなくずっと黙っていた。どこか思い詰めたような、何かを真剣に考えているような顔をして。
 寄せては返す波の如く、兄弟の声は弱くなったり強くなったりしている。それらを遠くに聞きながら、秋田藤四郎は物思いに耽った。山姥切長義や管狐の言葉を反芻させ、審神者の顔を思い出し──そして、一つの答えに辿り着く。いや、辿り着いたというよりは、心に決めたと言った方が正しいか。
「あの人は、僕たちを傷付けるようなことなんてしません」
 部屋に響いたのは、きっぱりとした強い声。秋田藤四郎は兄弟たちをぐるりと眺め、もう一度言った。
「絶対にしません」
 意を決した面持ち。秋田藤四郎の瞳には、堅い意志が宿っている。皆、秋田藤四郎の言葉に水を打ったように静まり返った。
「だって、あの人──たくさん言ってくれたんです」
 兄弟の視線を浴び、秋田藤四郎は一振り一振りを見つめて話し続ける。彼の声には並々ならぬ想いが込められていた。
「僕を治してくれた時、良かったねって。何回も」
 秋田藤四郎の耳の奥で、女の声が鮮明に蘇る。『良かったね、ほんと、良かったね』と、喜びに満ちた声音で繰り返した審神者。頬を上気させ、世界中の幸せを顔に集めたかのように笑っていた彼女。秋田藤四郎にとってあの日の記憶は特別だった。いつだって思い出せる、大切な記憶だった。
「手入れされるまでの僕は、寒くて、暗くて、体が動かせなくて、頭もぼうっとしてて、自分がどこに居るのかとか、何をしてるのかとか、よく分からなくて」
 短刀はぽつりぽつりと語る。上手くまとまっておらず拙い話し方ではあったが、兄弟たちは耳を澄ましてじっと聞いていた。
「でも、急に温かくなってきて、柔らかい何かに包まれて……」
 真っ暗闇の穴の底。そんな場所で永き刻を過ごしていた秋田藤四郎は、意識がないながらも孤独を感じていた。暗く冷たいそこに温かな何かが流れ込んできたのは突然で、彼はその熱を求めるかのように、本能的に神気を振り絞った。それは弱々しい呼び掛けとなって女に届く。
「僕の刀身(からだ)に、誰かが触れた気がしました」
 見えずとも、見ていなくとも、彼は覚えている。女の指先が触れ、恐る恐るそうっと持ち上げられた感覚を。
「気付いたら怪我が治ってて、目の前にあの人が居たんです。始めはびっくりした顔をしてたけど、すぐに優しく笑ってくれた。痛いところがないか聞いてきたり、新しい服を出してくれたり──」
 思い返せば返すほど、胸が熱くなってきた。彼女が政府と組んで悪事を働くような人間だとは到底思えなかった。
「秋田……」
 声を詰まらせた兄弟の名を、厚藤四郎が呼ぶ。彼もまた思い出していた。厠の格子窓越しに話した時のことだ。刀剣男士が仲間同士で斬り合いをさせられていたと知った女は、面白いくらいに取り乱した。自分の身に起きた出来事でもないのに嫌悪感を露わにし、「最低、最悪」と吐き捨てた彼女は、その後、真っ直ぐな目で厚藤四郎を見た。そうして、「仲間同士で斬り合うとか、傷付け合うような事はしなくていい。して欲しくない」「私はあんたたちが嫌がること、絶対にしないから」と、まるで決意表明のように発した。
 乱藤四郎も、信濃藤四郎も、前田藤四郎も──短刀たちは皆、今まで自分が見てきた女を思い浮かべる。
「僕はあの人を信じてます」
 静かな部屋に秋田藤四郎の声が行き渡る。様々な想いがぐるぐると頭に巡る中、彼はたった一つはっきりしていることを口にした。
「──あの審神者は秋田を人質に取ったり、秋田で取り引きをしようとしたりしなかったしなあ」
「うん。ボクたちが知らない間に治しちゃってたもんね」
「あの時、やろうと思えば秋田と引き換えで俺たちに何か要求できたんだ」
「けれど、あの方はそうしなかった」
「三日月さんや長谷部さんが出陣のお供をするって言っても、いつも断られてます。あと、お庭のお手伝いも……」
「オレらを利用する気でいるならさあ、とっくにできてるんだよな、あいつ」
 次々に声が飛ぶ。秋田藤四郎の芯の通った一言は、信じる気持ちを増幅させていった。疑う心に囚われそうになっていた五虎退ですら、その不安を和らげている。
「秋田」
 秋田藤四郎の側まで来た薬研藤四郎が、弟の細い肩にぽんと手を置いた。
「信じて待つか」
「……はい!」
 男らしくニッ、と笑った彼の言葉に、秋田藤四郎は微笑んで頷いた。

62