二人纏めて半強制的に連行されたのはある部屋の一室。二人から三人程が泊まる事のできるホテルのようなシンプルな内装で、それなりに高級そうなソファーとその間に挟まれたローテーブル、床は隅から隅まで隙間なく絨毯が敷かれており歩くたびにもこもことした弾力が割に気持ちが良い。しかしここで最も存在して欲しくなかったものがその奥からこちらに圧をかけており、それもそのはず、本来聞いていた仕事内容だけで済むならば絶対に必要のないキングサイズのベッドが悠々と置かれていたものだから酷く恐ろしい。同じくその圧を察したのか、顔を真っ青にして今にも倒れそうなマゴさんをそっとソファーへと連れて行き、互いに心を落ち着かせようと水を飲みながら店長がこれから連れてくるという客をしばし待つ事にした。
「はぁ…これからどうなっちゃうんだろう、俺達」
「だ、大丈夫ですよ。何かあったらほら、これ渡されたじゃないですか」
あまりにも不格好過ぎる見た目を隠すように部屋で見つけたブランケットを肩から掛け、ダビデさんにそっと握らされた所謂小型の無線呼び出しボタンをそっと手渡すと、どうも信用ならないのかマゴさんは眉間に皺を寄せながら手の平の上でころころとそれを転がしては小さく溜息を吐いた。
「もしもの時は、なんて言ってたけど。それってつまり前例があるって事?」
「ううん…それはまぁ、置いといて。押しさえすればちゃんと助けに来てくれるって事ですし、そこは信頼しても良いんじゃないかな…」
「そうだと、いいけど…」
どうしても不安を除けないのか、ブランケットを握り締める彼の手が静かに震えてる事に気付いてそっと背中を撫でてあげた。まだぎこちなさが残っているものの小さくありがとうと溢したマゴさんが浮かべた笑顔につられてそっと口角を上げる。そうして出来る限りの事を尽くしてどうにか気持ちを落ち着かせていると、ついに外の廊下からノック音がこつこつと聞こえた。恐る恐る返事をすると、開いた扉の先から姿を現したのはマゴさんよりも一回り程年齢を上回っているであろう年相応で綺麗な顔立ちをしたボーイが一人、店長の側で静かに立っていた。
「こちら二人、今日のお相手。新規さんだけど評判はいいみたいだから。よろしいかしら?」
「ええ、勿論。希望したのは私ですので」
「あらそう。それじゃ君たち、粗相の無いように。いいね」
それじゃよろしく、と相変わらずこちらに説明の一つもないままに立ち去ってしまった店長を気にしている間もなく、想像していたものとはまるで相違していた存在にただただ声を出せずにいた。なんせ彼は非常に物腰低く挨拶をし始め向かいのソファーに腰を下ろしたかと思えば、ローテーブルの上に用意されていたティーポットで紅茶を淹れてくれたり、隠しきれていない不安げな表情を窺ってはにこにこと笑みで返し、大丈夫と励ましてくれたりと非常に思いやりのある優しいボーイで。思わずマゴさんと顔を見合わせていると、それでは本題とばかりに話を始めた客に慌てて姿勢を整えたのだった。
「…まぁ。初めてじゃね、そうもなるよね」
「え、えと…俺達、貴方の話を聞けって店長に言われてまして。あの、本当にそれだけの店なんですか? ここ」
「そうだよ。あとは頼めば酒なんかも飲めるけど。僕、お酒は苦手でね」
「はぁ…そうだって」
「いや、俺に振られても困ります」
案外満更でもなく本当に話を聞いて欲しいが為に来店したのだろうかと思ってしまう程、マイペースなままティーカップに口をつける彼が悪い人だとは到底思えず、どうしたものかと隣りへちらりと目線を向けると、何故かマゴさんはどこか不思議そうな表情を浮かべていた。
「マゴさん…?」
「…え? あ、いや。ごめん。何でもないよ」
あれだけ今にも逃げ出しそうな程顔が青かったマゴさんがじっと客の顔を眺め、時より何かを考えながらぼそりと呟くも何を言っているのかは聞き取れなかった。もう少し様子を見ていたかったものの、客の方からそれではと本題であろう相談事を話し始めたので、慌てて任されていた唯一の仕事にしっかりと従事する事にする。すると、経験豊富そうな彼の相談内容は意外にも恋愛に関するもので、どうやらかなりの長い年数の間ずっと一人の人物に想いを寄せているようだった。ところが一度あったきりその相手の所在が分からず、再会を願う間もその気持ちは変わらないまま現在に至るという。とても一途な人なんだなと感心をつつもそのあまりにも一期一会すぎる出会いに同情もしていた。しかし、話を聞いているうちに彼自身も解決を求めている訳ではなく、自分の中だけで積もり積もったものをどこかで吐き出したかったのだろうと察して、たった一日の中で起きた出会いから別れまでの記憶に触れてこんなにも彼に想われている相手の人は幸せだなとも思った。
「なんだか、ドラマみたいな話ですね。一度手を離してしまってから会えてないなんて」
「でしょ? 初めは悲しみで胸がいっぱいだったよ、まさかこんな…」
「…ま、マゴさん? どうしたんですか、マゴさんっ!」
胸の奥をほっこりとさせながら客の話を聞いていた最中、気付かない間に今までにないくらいに顔色の悪いマゴさんが俯いていて、何度名前を呼んでも小さく大丈夫と繰り返すばかりで手の震えが止まらない。どうしたものかと慌てふためいていると、異変に気付いた客がとりあえず横にさせようと提案をしてくれて、二人で両脇から肩を貸し、ずりずりと引きずる形で奥のベッドへと運んでいく。
「…よ、よし。とりあえず、水でも飲んで落ち、着、いて…っ、えっ、何…!?」
その後の展開はまさに一瞬だった。寝かせられたマゴさんとその際にベッドに乗っていた自身、手慣れた動きで素早く自分の両腕をサイドレールに鎖で繋げられた手錠をしっかりと掛けられ、同じく抵抗できる状態ではないマゴさんも反対側で同じように頭上で拘束されていた。ゆとりのあるキングサイズのベッドの上に二人、何が起きているのかさえ理解が追い付いていない状態で並べられるように仰向けに寝かされている状態に声も上がらず、しかし頭の中では高らかに危険を知らせる警報が鳴り響いていて、ふとその時に呼び出しボタンの存在を思い出しては慌てて声を上げたのだった。
「ボタ、ボタンッ! 早く押して!」
「…残念でした。これの事でしょ?」
まさしくその言葉通りに目を丸くした先には、確かに先程までマゴさんが持っていたはずのその呼び出しボタンが何故か見上げた先でにやりと口角を上げている客の手に握られており、それを床に放り投げると目の前で見るも無残に艷やかな革靴でぐしゃりと踏み潰されてしまったのだった。
「あ、わわわっ…!」
「怖がらなくていいよ。二人一緒に可愛がってあげる…ゆっくりね」
絶体絶命とはこの事だ、とあまりにも突然態度を急変させた客の恐ろしさに目も当てられない。しかし、戸惑っている間にも客は次々と着ていたスーツと派手なデザインのネクタイを脱ぎ捨て、するりとマゴさんの足首に触れた瞬間にびくりと反応する体、恐怖で声が出ないのか必死にふるふると首を振る彼を他所にその手は刻々と下半身へ迫ってゆく。
「…この時をさ、ずっと待ってたんだ」
「あっ…う、嘘だ。そんな、まさか」
「本当は気付いてるんだろう? 僕は…俺はあの時の事、一瞬たりとも忘れなかったんだよ。ね、トキワくん」
ぱちりと音を立てて外されるガーターベルト、腰元の紐をするりと解かれ、そのまま下着越しに股間を撫でる度に恐怖でびくびくと体を震わせるマゴさんの灰色の瞳が激しく揺れていて、自分が何度声を掛けてもその言葉はまるで耳に入っていない。どうにかならないかと拘束されている腕を我武者羅に動かしてもしっかりと鍵をかけられた手錠は外れる様子もなく、その間にも履いていたズボン、下着を脱ぎ捨ててはびくびくと勃ち切ったあまりにも太いその陰茎を手で持ち上げ、ぎしりとバネを鳴らし膝を付きながら必死に下肢を閉じるマゴさんとの距離をじりじりと縮めていった。
「い、嫌だっ…来るな!」
「…邪魔さえ入らなければ、もっと早く二人でキモチイイ事出来たのにね。知らない間に君の初めてをアイツに取られていたと知った時は、本当に気が狂いそうだった」
細い体をぐるりとうつ伏せに体勢を変えられた拍子にはらりとベットの脇へと落ちていく黒の下着、膝を立てられ突き出すように顕となった薄い臀部の割れ目にひたりと陰茎を擦り付けられると、混乱したマゴさんは手錠を外そうとがちゃがちゃと腕を引き呼吸を荒げさせていてまともに声も出せない状況になっていた。
(早く、早くどうにかしないとっ!)
今にも興奮している客に暴力を受けそうになっているマゴさんを横目にどくどくと唸りを上げる心臓の音が頭の中で何度も反復していた。怖くて堪らないのは自分も同じで、しかしそれでも彼をどうにか助けなければという気持ちがからからに乾いた喉の奥から声を押し出し、ごくりと息を呑んでは自分でも何を言っているのか分からない程の勢い任せに罵声を吐き出していた。
「待たせてしまってごめんね。これからはいっぱいいっぱい、このナカに俺を感じさせてあげるから」
「…ッ、いい加減にしろよ! この変態野郎!」
溢れた涙が真っ白なシーツに染みを作るマゴさんに迫る客の股間を思い切り蹴り上げ、突然の痛みで彼が仰け反った隙に二人の間へと無理矢理割り込んだ。と言えど自身の腕も拘束されたままである為、うつ伏せになっているマゴさんとぴっちりと背中合わせにのしかかる形となり、体重がかかったせいか背後で小さくぐえっと苦しそうな声が聞こえた(残念ながら気にしている余裕はなかった)。
「そ、そうやって弱い者いじめして楽しいか? ヒトとしてどうかと思うけど!」
「ひ、ヒナタくん、それ以上刺激しちゃ…!」
「…へぇ、そう。それってつまり、君なら俺を満足させてくれるっていう意味として捉えていいのかな」
大きく息を吐きながら至極冷静にそう返す客の言葉にどくりと胸の奥が唸った。先程からばくばくとうるさい心臓の音は頭の中で響き続けていて、しかしここで怖気づいてしまえば今背後で蹲るマゴさんに再び危害を加えられてしまうのは間違いなかった。
(その場凌ぎでしかないかも知れないけど、でも…!)
このまま何もせずに彼が酷い目に遭っているところを見ているだけでいる事は出来ない。年は幾分か離れていれど大切な友人には変わりなく、そして相方にとってもそれは恐らく同じで絶対に見過ごせるはずがなかった。
しかし、その気持ちはあっても打開策は今の所何も思い付かないままで、しばらく無言のまま互いに視線をぶつけ合ったその後、少し困ったように眉尻を下げ肩を落とす客を見上げながらゆっくりと閉じていた足を開き、一筋の汗をたらりと流しては半ば投げやりのような形で彼に一言言い放ったのだった。
「…お、俺、が、アンタのそれ、ここで、抜くから」
「太もも…? あぁ、そういう事」
「それで、い、イかせられたら、何もしないで帰ってもらう…とか、あの…そういうアレ、で…どうかなって…」
最後の最後で腰が引けて尻すぼみになっていく自身の声に情けなさを感じつつも、その提案が面白かったのか難なく了承をしてくれた客にそっと胸を撫で下ろした。ふと後ろを振り向くと心配そうに目を細めて見やるマゴさんににこりと微笑んで返すも実際はどこか引き攣った表情だったかも知れないと後悔しつつ、目の前でにやりと口角を上げて自身の陰茎を押し出した客を今はただただ睨みつける事しか出来なかった。
← →
‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐
★