珍しいというだけで違和感はなかった。店主の代わりにその幼馴染が番台を務めているのは初めてではなく、その際彼は大抵店の奥にある台所で夕飯を作っているかもしくは買い物かどこかへ出掛けている時である。今回もその類だろうと暇そうに新聞を読みながら大きな欠伸を掻いている彼にそっと声を掛けると、いつもの通り眉間に皺を寄せながら致し方無しと差し出した入湯料を受け取った。

「何だ、今日は一人か」
「少し前からバイトに行ってる。そっちは」
「奇遇だな。こっちも以下同文」

 少し驚いたように答えながらも下足札を突き出してきた彼の幼馴染であるこの店の店主が、最近になってよくアルバイトに出向いているのは以前から知っていた。ハイカラシティからハイカラスクエアへとインクリングの活動拠点が変わってから、じわじわと一般的に広まりつつあるクマサン商会が時より募るアルバイトがガチマッチよりも稼ぎが良いと見て、あまり手持ちがない時は彼に店を任せてがっつり稼いでくる日もあるらしい。しかし、その単独行動が目の前の彼からすればあまりよく思っていないらしく、どうやら今回も同行を拒否されてしまった為に機嫌を損ねているようだった。

「…ったくよ、バイトなんかしなくても俺がなんとかしてやるっつってんのに」
「それで足りないから出稼ぎしてるんじゃないのか」
「お前さ、それ失礼だって分かっててわざと言ってる?」

 眉間に皺を寄せながらこちらを睨む様子に苦笑を零しつつも、彼の言葉にそういえば自身も同行を断られた事をふと思い出す。相方も最近になってアルバイトへと参加する事が増えていて、その理由を聞いてみれば今月の食費が大変な事になっていると顔を青くさせながらがっくり肩を落とすものだから心底呆れた。しかし彼にとっては致命傷とも言える事案で、つい数時間前も我慢をするくらいなら無理矢理にでも稼いで好きなだけ食べると謎の宣言をされた後、どたばたと先に外出されて現在に至る。

「…あの人に伝えとけ。気が向いた時にまた飯でも持ってきてやるってな」
「いらねぇよ、そんなモン! 残ったら相棒の大食い野郎にでも食わせとけ…っと、また客…」
「お久しぶりぶりウンコの助ー!」
「今すぐ帰れ、焼きウンコ!」

 冗談を言いながらも静かに談笑をしていると背後の引き戸が勢い良く全開し、追突する勢いで店へと飛び込んできたのは褐色肌の焼きイカという知人のガールだった。知らない間に数年前とは違うショートヘアになっていて、しかしきらきらと輝くような笑顔とうるさいくらいの声の大きさは相変わらずで、華奢な体の見た目とは裏腹に結構な痛みを感じるレベルの強い力で背中を叩いてくるものだから軽く頭を小突いてやる。そんな彼女の話を聞いていると、どうやら今日は風呂に入りに来た客の一人らしく、他の友人達と現地集合で待ち合わせをしているようだった。

「いやあ遅刻すっかと思って慌てちったべ」
「しようがしまいがどうせケロッとしてんだろ、オメーは」
「そんな事ないよう。今日だってダビデのおっちゃんに捕まんなかったらもっと早く来れたもん」
「はぁ? なんでそこでアイツが出てくんだよ」

 ゆとりボーダーライムのだぼっとした袖を捲りながら頬を膨らます彼女の言葉に疑問符を浮かべていると、どうやらバイクで店に向かう途中で仲介屋とばったり会ってしまったらしく、目的地まで乗せていって欲しいと頼まれたようだった。その場所というのもこれまた怪しい佇まいの店だったらしく、その際に会話をしたという話を聞いているとその内容はどこか心の奥で何かが引っかかるようなもので。

「今日はね、新しいお仕事の仲介があるんだって。良い話だったみたいでご機嫌だったなぁ」
「仕事の仲介…? アイツ、今度は何企んで…」
「そんな事より、マゴのおっちゃんどこ? ちーっと話したい事あったんだけど」
「悪いけどアイツ今バイト中。しばらく帰ってこねえぞ」
「バイト…ってクマちゃんの? 今って募集あったっけか」

 そう大きな欠伸を漏らしながらそう答えた彼に対して彼女が不思議そうな表情を浮かべてそう返したその瞬間、過ぎっていた嫌な予感が的中したのだと確信した。全てが合致したかどうかはまだ分からない、しかし可能性として大いに有り得てしまう現状と動揺して受け入れきれていない故に思わず声を上げて問い質してしまったのだった。

「ちょっと待て。もう一回言ってみろ」
「へ? アタシのバイクがどれだけカッコよくて可愛いかって話?」
「バイト、今募集してないって言ったか」
「あぁ、そっちけ。そうだよ、今クマちゃんとこバイトやってないはずだけど。ほら、これ見てみ」

 焼きイカが持っていた携帯電話の画面をこちらへ押し付けたかと思えばそこにはクマサン商会のアルバイト募集のスケジュール表が記されており、それを見て思わず顔を見合わせた。お互いの相方の所在が不明になったこの瞬間背中に嫌な汗がたらりと流れ、番台で呆然としている彼もどうやら同じ状態であるらしく、既に居ても立ってもいられないようで番台を飛び出しては玄関の隅に置かれていたブラックビーンズに足を突っ込んだ。

「おい、こんがりニット! 今すぐアイツがいる店まで案内しろ!」
「アイツって…ダビデのおっちゃんの事?」
「あぁくそ、間違いねぇ。二人も多分そこにいる。俺は自分のアシで付いてくからお前はコイツのケツに乗ってけ! おら、さっさと行くぞ!」
「ちょっと! アタシには拒否権ないんか、このおっさん共ォ!」

 その背を追うように慌てて店を飛び出すと、不満そうな焼きイカが自前のバイクに跨っては早く乗れと言わんばかりにタンデムシートをバンバンと手で叩き、その後ろで意外にも普段から乗っているらしく慣れた様子でバイクに跨る店主の幼馴染に目を細めてはぼそりと声を落とした。

「…確信があるんだな?」
「証拠はねぇが察しはつく。手遅れになってからじゃあ仕方ねぇしよ。何もなけりゃそれはそれでいいんだし、不安の種は先に潰しとくのが一番だ」

 軽い言い回しのように聞こえるも至って真面目な顔でそう答える彼の言葉は不思議ととても説得力のあるように思えて、振り向く事なく小柄な彼女の背後に腰を下ろしてはそっとサファリハットの鍔に右手を添えた。

「振り落とされんようにしっかり腰掴まっとけな!」
「分かった」
「…ひゃはははっ! テンガのニーチャン、それセクハラ! 後で賠償金としてコーヒー牛乳奢りな!」
「……」

 当然のように罠に嵌めながら(背中に憐れみの視線が突き刺さる)、景気良く鳴り響く激しいエンジン音と共に一気にスピードを加速させた勢いで堪らず吐いた文句も吹き抜ける風と共に一瞬で消え去り、けらけらと笑い声を上げながらさぞ楽しそうに荒れた砂利道を力ずくで駆け抜けて行った。


***


 後先考えずに勢いに任せて移した行動に悔いはないものの、当然至極不快である事に間違いはない。自ら提案したとはいえ、今日知り合ったばかりの、しかも本来のルールと二人の気持ちを完全に無視して酷い仕打ちをしようとしている彼に持つ好意などあるはずもなく。それはつい数十分前までいい人なんだと勘違いしていた自分自身を呪いたい程で、太腿の間に感じる生ぬるい体温に今にも吐き気を催しそうだった。
 解放される為に二人が泣く泣く呑んだ条件は二つで、一つは今まさに実行されている、太腿での客の陰茎を扱き最後まで果てさせる事、そしてもう一つはこれから強要されようとしているあまりに特殊過ぎるプレイで。

「ヒナタくんは大変だけどこっちも頑張ってね」
「あっ…う、ま、マゴさん…すいません」
「ううん、俺は平気だよ。こっちこそ…痛かったら言ってね」

 二人仲良く仰向けに並べられた後、自分は左手、マゴさんは右手の手錠だけを外され、その自由になった手でお互いの陰茎を扱かなければいけないという恥ずかしいにも程がある酷い条件を突き出されてしまったのだった。一度は文句を叩きつけたものの、少しでも反抗すれば今までの話はなかった事にすると言われ、どのような形でもマゴさんを犯すと脅された為に仕方なく従っている次第で。隣りで申し訳なさそうに眉尻を下げるマゴさんを宥めている最中も息を荒げながら腰を動かし、既に先から漏れている白濁がたらりと太腿から腹へと流れる度にぶるりと体が震えてくる。しかしショートパンツを脱がされ自身の陰茎もゆっくりとながら柔らかな刺激が与えられ続ける中、沸々と嫌でも湧き上がってくる熱で次第に息苦しさを増していった。

「は、っく…う、うぅ…っ」
「ふふ、このままナカに挿れたいくらいとても気持ちいいよ。相性が良いのかな」
「そんなん、どうでもいい、から…さっさと済ませろよっ」
「冷たいねぇ。でも、君のそういうところ、俺は嫌いじゃないけど」

 両膝が胸元へ付くまでぐいっと太腿の裏から押し上げられ、そのままずるりと足首まで落ちたショートパンツ、そしてゆっくりと陰茎同士が触れるまでに腰を下ろしてきて、ひたりとマゴさんの右手越しに触れた客の固くなった陰茎の熱にその手がびくりと震えたのが分かった。

「お、おい! 太腿でって約束だろ!」
「何言ってんの、ここもギリギリ太腿でしょ? それにトキワくんのおててに触れながら腰振った方が俺は興奮するし…っふ、はは」
「う、うぅ…ヒナタくんのちんちんは俺が守る…」

 無理をしているのは目に見えているにも関わらず、変なところで引かない少々頑固なマゴさんを気に留めつつも、速さを落とさず擦り続ける客の陰茎がむくむくと大きく膨らみ固くなりつつあるのを感じて、自分自身に対しもう少しで解放されるのだと何度も言い聞かせ、ぎゅっと力を込めて目を閉じ必死に耐え続けた。すると、突然その生温かさがすっと太腿から離れ、それに驚いてふと瞼を開いた瞬間、額から胸元、下半身にかけて勢い良く何かが降り掛かった感覚に思わず変な声を上げてしまった。

「ひっ! う、えぇっ…」
「…ふう、真っ白なレースにはぴったりだなぁ。とても綺麗だよ、全て舐めてあげたいくらい」

 辺りに飛び散った白濁の正体はその独特な匂いと手触りで一瞬で理解し、今回ばかりはその気色悪さに顰めた表情を隠す事は出来なかった。それはマゴさんも同じのようで、ちらりと横目に見ると彼が身につけていたキャミソールの上に散らばる白の点、布地の色が黒のせいで余計に目立つ模様のようなそれは尚更気分を悪くする見た目になっていて最早声も出ない程お互いに引き気味になっていた。少し前まであったはずの威勢もいつの間にか消え失せていて、自身に纏わり付く嫌な匂いと粘り、いくら目を逸してもそれは消える事なくいつまでもこびり付いていて、何の躊躇もなくにやけた笑顔で非情無残な事をやってのける彼が恐怖でしかなかった。

(い、嫌だ…怖いっ、来るな…!)

 心の中でそう何度も繰り返し呟いては頭が真っ白になり何も考えられないまま、ただひたすらにかたかたと震える体を縮こませていたその時だった。細い手に腕を取られ胸の中へとなだれ込む体と、そのままその手が背へと回り覆い被さったまま抱き締めるようにマゴさんが自分を引き寄せていた。前触れもなく起きた事に驚いて慌てて見上げてみると、そこには目を細め背後の客を睨みつけるように怒りを顕にした彼がいて、その圧に堪らず萎縮するも、真っ直ぐに向けられた強い灰色の視線は全く歪んでいなかった。

「…もう、我慢出来ない」
「ま、マゴ、さ…!」
「そこまでご執心なら俺の体で全部処理すればいい。ヒナタくんは無関係なんだ、二度とこの子に触るな!」

 今まで見たことのないような鬼の形相と荒々しい言葉遣いで怒りをぶつけたマゴさんは自ら四つん這いになり客の方へと臀部を突き出すと、自然と見下ろす体勢となって耳元へと顔を寄せてはぼそりと一言、力ない声でそっと呟いたのだった。

「…情けない姿見せちゃったら、ごめんね」
「あっ…だ、だめです。こんなの、嫌だ…やめてください!」
「さっきは、助けてくれて本当にありがとう。今度は俺の番だ」

 これから起きてはいけない事が起ころうとしているのはすぐに理解していて、厭らしい笑みと共に黒い影がマゴさんの体を覆い尽くしては目の前に浮かぶ酷く苦しそうな表情に今にも泣きそうになっていた。何か手はないか、自分に出来る事は本当にないのか、繋がれていない左手はマゴさんにしっかりと抑え込まれていて、ただひたすらに首を振るも彼の覚悟はもう変わらない。

「このッ、嘘つき! 話が違うだろ!」
「俺も紳士だから嘘はつかないよ。でも、一回イッたら終わり…なんて一言も言ってないからね」
「そ、そんな…!」
「…安心しなよ。念願だった彼のナカで、これ以上出ないって程に出し切ったら約束通りお家に帰してあげるから」

 君だけはね、と悪魔のような囁きを溢しながらにやりと口角を上げ、ひたりとマゴさんの後孔へ宛てがわれた年の割に疲れを知らない陰茎、次第に息が荒れ苦しそうな顔を隠せず必死に不快さと恐怖感に耐えている彼を眺める事しか出来ない情けなさに胸の奥の痛みがずきずきと増してゆく。すると、頬を伝い額へと落ちた冷たい汗が歪んだ視界に鮮明さを取り戻させ、咄嗟に声を振り絞り叫びを上げていたのだった。

「やだ…こんなの、嫌だ…やめろッー!!」

 既に諦めているかのように胸元へと顔を埋めてきたマゴさんに頬をすり寄せながら弾けた雫が真っ白なシーツへと溶けたその直後、唐突に何かが破壊されるような大きい音が部屋へと響き渡り、どこか聞き慣れた声が頭の中を反響しては霞む世界の片隅に眩しい雄黄が微かに見えていた。




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