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百合と病の彫刻

注意書
オリジナルキャラクタとの恋愛感情を匂わせている
オリジナルキャラクタ「レダ」




カフカは、黒くうねる髪をひとまとめに肩に流し、酒を飲んでいる。祝杯に酔いしれる異様な熱気が、脳髄にくらくらと酩酊を呼んでいた。男の、どうを持ち上げるかのような笑い声が、そこに俗世間の空気を構築していた。

カフカは、小高く頭が平らなオブジェの上で、ビール缶を煤けた天井に傾けながらひとつの美術品のように飲んでいた。廃墟には似つかわしくない聖域のような雰囲気がして、誰も声をかけないでいた。それを破ったのは、ポケットにあった携帯端末だった。彗星のような素早さで端末を弄り、弱々しくも、硝子と水晶のような声が染染とシャルナークにも届いた。
耳を済ませていたのだ。あのカフカの携帯に登録し、酔いしれていたカフカに無遠慮に電子妨害する相手を知りたがったのだ。女だろうか。"キイン"とハウリングするような音がしてシャルナークは眉をひそめた。
硝子を引っ掻くような声に唇の端を結んで。ふいにカフカの雰囲気が変わった。「違うわ……、」と恐れるような声さえした。すわ何事かと、普段から勝手気ままを体現するウヴォーギンやフェイタンさえも怪訝そうに、あるいは興味深そうに眼を遣っている。カフカは愁眉のまま声を荒らげて頚を降った。ピタリとやんだ騒がしさなど、気付いていなかった。

「――あ、待って!待ってレダ!浮気なんてしてないッ切らないで!お願い……あなたを愛してるわ、愛してるのは、あなただけなのよ……そんな、男なんか作ってないったらっ本当よ、本当。仕事なの、ああ、あなたのほうが大事に決まってる。まって、いかないで、そんな遠くまで逝かれたら、私……!ああっもう――!」

薔薇色に頬を染めながらカフカが立ち上がる。
器用に塵を落として脱いだ靴を乱雑に履くとと酔ったくちびるから刺々しく「オヤスミナサイ」と吐きつけて脱兎の如く扉から抜け出た。
夜に浮かぶちいさな針穴に入らんばかりの鋭い速度にあっけに取られていると、カフカが残したビール缶がさびしそうに転がった。しゅわしゅわの溜まり水がゆっくりと広がった。



「レダは元気?」
「きょうもきょうとてとても美しいけれど、貴方の口から聞きたくないの、腐れてしまうから」

カフカは玲ろうの声でそう吐き捨てる。長い睫毛をゆっくりとおろして恋人を思うようなそぶりにシャルナークは肩をすくめた。カフカというクモの手足は、内心、独占欲の強い女らしい。

「そんなに毛嫌いしないでほしいなぁ、あの後、君の恋人捜せってうるさかったんだから」
「ほんものを眼にしてみなさい、殺すわよ」
「ははは、怖いなぁ。ちゃんと断ったよ」
「賢明ね、あの子。男が嫌いなの」

それ、君の方が嫌いなんじゃない?とは云わなかった

利口な判断だった。レダからの連絡と、切迫の声からカフカには女の恋人がいることは周知された。
それでも誰もが口に出そうとしないのは、カフカが恋人の名前を口にしようものなら豚を締め殺すような眼をしていたからであった。
カフカは激情的。白鳥を飼っている。シャルナークが解っているのはそれだけのことだった。




「このあとどうする?」

シャルナークは決まりきった事を確認するために声をかけた。いつものように彗星の美しい、刹那的な美しさをもつカフカは横顔でそれを聞く。あくまでも解りきっているのは、カフカがレダのもとに帰るからだと知っているからだ。しかし、今日ばかりはカフカは、静かに微笑んで「いいわね」と呟いた。
今日は彗星が地球に落ちる日なの?
シャルナークがラミアに見られたように硬直すると、カフカは不思議そうに首をかしげた。そこに最速は見られない。ただ仲間に誘われて乗ったカフカの顔がある。あれ、こいつ偽物だっけ。

「今日は、とてもお酒が飲みたい気分なの。ガットパンチだとかいわないからある?」
「う、うん……」

カフカは三杯の酒を飲んだ。
ビールと、ワインと灘の日本酒。それからその場でふうっと体を伸ばし、目を閉じる。彫刻のような冷たさが美妙である。そういえばこれはこれで美術的だったと思い出した。

その日、一言もしゃべることなく、カフカはウヴォーギンの飲みップリを眼で堪能し、マチがワインをすこし溢したのを膝を折ってぬぐって手伝った。
神聖なマリアのような優しさが眼にうつる。ふとシャルナークは、白くつらつらと光る百合のようなものが辺りに咲いているような、そんな幻覚を見た。

あとがき

全くの無関係ではあるけれど、レダのモデルはレダ・グロリアと、神話の、ゼウスと睦み、白鳥の卵を産んだレダ。詳しくはwikiなどから

201910/05

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