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厭なおんなたち

「恋人としないってどういうことだと思う?」
最初からぶっ放してるというか、上も下もゆるゆるな人間だと影で笑われている同期生から、真面目腐った顔でそう問われ、カフカは困ったように微笑を浮かべた。にじむような焦りと不安が心臓の内側を侵す。信じられない、この人、なにを考えているの。東洋人特有の慎み隠す顔の内側で、さんざん目の前の女を嘲りながら、それをおくびにも出さない彼女はまさにビジネス界で言われている"何を考えているかわからない日本人"というものそのものだったに違いない。
「だからさ、私、あの人と恋人になったの」
別に、彼女は派手派手しいピンク色のネイルや、ふわふわと綿あめのような髪にしているわけではない。服装だってまともなもので、サテン地素材のブラウスに、天女の羽衣のようにスカーフをまとわせている。先がすこし丸みを帯びたヒールも、泥や傷といったものはなく、スカートの下に伸びる足はおしゃれに真剣であるように白く美しい。
あたしではなく、私というところにだって好感を持てる。それでも彼女が揶揄されているのはそういった見た目とは裏腹の幼稚な思考と、易い言動だ。
だが、自分の見た目を客観的に理解する賢さがあるものだから、風貌は今を生きるかがやかしく美しい女史のように感じられるのだ。彼女の性格や性質を理解しているのか。彼女の両親は「大学生にもなったのだからもっと慎みをもちなさい」と言っているので目立った性格は生来のものなのだろう。性文化にあけすけだった神代の世ならまだしも、今は外国の文化を取り入れ大正時代をしっかりと踏みんだ現代においては彼女は頭の固い大人たちにはやらかすタイプにみえる。
そしてカフカは、あの人…と呼ばれる人の顔を思い出すことに意識を向けていた。彼女の愚痴をベースとして、人様の恋人というものを形成していく。思い出すほどのエピソードがない代わりに、美形男子get!というラインをもらったことを思い出して美人の男の子だった気がするとおざなりに頷く。
「将来を考えてくれるのよ、お父様にも合わせてほしい、ちゃんと未来を考えたいって」
「わあ、もしかしてお母さん「あなたにしては素晴らしい恋人を持ったわね」とか言った?」
「いったいった。カフカってば、千里眼?」
いや。あなたの言動とお母様の性格を思い出せばそうだと思っただけだ。カフカは胸の内で毒づきながら、「あなたのお母さん、とってもいいそうだったから」とだけにとどめる。「それな」頷き返す彼女は栗色の髪を指でいじった。
「私としては、夫になる人なら体の相性も大事だと思うのね?」
「……そういうものなの?」
いきなり本題だろうか。逃げ出したい気持ちをさえながら、訝しむように目を細めるカフカは聞き返す。
「そういうものでしょ!なあに?カフカは浮気する派?」
「どうして浮気が出てくるのかがわからないかな……」
「恋人とか夫とか持ったら、ほかの人にちょっかいだせなくなるじゃない」
「私、そういう今をはかなみ生きている様には非常に尊敬する」
「ありがと、そんでね?将来を考えているんだったらそろそーろ、そろそーろ手を出してくんないかなって」
「肉食ね」
「私はローキャベよ」
「ローンとキャベツ」
「ロールキャベツ。ボケたの?」
「いや、初めて聞いた…」
「ロールキャベツは隠れ肉食系ってことよ、カフカもたいがいこんなタイプでしょ?」
「初めて知ったわ……」
「大体そんな感じ。恋をしたら一直線になるけど、姑息な技法めっちゃ使う。これしてほしいなって思ったら相手にそうさせるの、裏から」
「私はいつの間に諸葛亮になったんだろう」
「恋愛百連覇の私が言うからそうなのよ」
「へえ」
「ともかく!恋人なんだし、結婚とか考えてくれるんだとしたらそこは重要なの」
なるほど、彼女はそういうことを重要視しているのか。自分の考えには一切ない考え方だ。カフカは革新的な考え方だとつぶやき、そのうえで、「大事にしたいとかそういうのじゃないかしら」と男側のことを考える。
「大事にしたいんだったら、一生涯にかかわることだもん、してくんなきゃ困る」
「平行線ね」
「そうね」
とはいえ、彼女がそのまともな恋人を振るようなことはないだろうな。漠然と思いながら、だんだんと口が大きくなる彼女に紅茶をすすめる。ブラックコーヒーに砂糖5包は必要な彼女は「苦そう」と一瞬いやそうな顔をしたうえで、テーブルのシュガーポットを目に入れる。蓋をあけ、中身を見て、満足げに口元を緩めた。

202101/23

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