三日間に渡る期末テストも無事終わり採点を待つだけとなった私は、みんなより一足先に東京へと来ていた。それも、今日から味の素トレーニングセンターにて行われる、全日本ユース合宿へ参加するためだ。終了後はそのまま東京遠征に参加する。
 受付で名前を言って中に入り、ひとまず宿泊施設へと通してもらう。そこで練習着に着替え、スパイクとサポーターを持って向かった。
「はじめまして。櫻井律です。よろしくお願いします」
「女子の日本代表監督、霧島希です。よろしく。
 櫻井以外のメンバーは今回が初めてな訳ないから、とにかく雰囲気掴んで慣れてね。
 練習とか、そこまでしてないんだよね?」
「はい」
「今回はスタメンの調整と連携やゲームメイクの確認がメインだから基礎練習だけど、なるべく混ざってもらう予定だから。それでも、多分扱いは雑になると思うから見て学んで」
「はい」
 施設について軽く説明を受けて、聞かれたことには返答し、わからないことは聞く。
 ブランクがある。しかも中学の頃それなりの成績があって注目されてただけだから、私にとってはこれが初めての本格的な合宿だ。今更ながら、とんでもない茨の道に進んだと実感した。
「……緊張しなくても、皆仲良いし大丈夫だとは思うよ。
 でも、試合前だしピリついてるからミスだけは最小限にね」
「、はい」
 自己紹介させるから考えといて。と言われて歩き始める監督の後を追った。
 体育館では練習前とはいえ既にボールを触ってる人がいたり、各自ストレッチをしたりと割と自由にのびのびとしていた。
「集合!」
 監督の声で選手が一斉に集まってくる。そんな中で、あの頃と少し雰囲気が違うけれど見知った顔を一人見かけた。あちらも私に気づいたみたいでバッチリと目があった。
 監督が合宿の説明をするのを聞きながら選手一人一人の顔を見る。ユースで選抜された今年のオリンピックで日本代表選手というだけはあり、テレビや雑誌で見たことある人ばかりだ。
「ー…はい。それから、事前に話していた通り、今日から事情があってこの合宿に参加させることになりました。
 櫻井、自己紹介」
「はい」
 監督に促されて一歩前に出る。視線が集まって痛い
「この度合宿に参加させていただきます、櫻井律です。
 高校三年でポジションはウィングスパイカーです。
 中学の時怪我をして、その手術とリハビリで三年のブランクがあります。ハッキリ言って、必死です。みなさんから少しでも多くのことを学ばせていただきたいと思っています。
 よろしくお願いします」
「本人が言った通り色々あったんだけど、まだ選手として選ばれているわけでは無い。けれど、昔は飛び抜けて優秀だったので今回特別参加させることに決めました。各自色々思うところはあると思うけど、みっともない真似だけはしない様に。櫻井もね」
「はい」
「それじゃあ、始めようか」
 それから約十日間の合宿はスタートした。
 走り込みや筋トレ、調整など体づくりのメニューからサーブレシーブの基礎練は時折混ぜてもらう。コーチや監督、選手にそこそこ話しかけてもらい、アドバイスを貰いつつメニューは進む。
 怪我は完治してるとはいえ、少し動いただけで息切れを起こしたり違和感があったりとブランクをひしひしと感じる。

「櫻井、久しぶり」
「、中野先輩」
 休憩中。真っ先に話しかけてきたのは、選手の中で唯一の顔見知りである中学時代の先輩。中野梓先輩だった。黒くて長いポニーテールだった髪はショートカットになっている。
「急遽人数が増えるって聞いてはいたけど、櫻井だとは思わなかった。どうして急にって、聞いてもいい?」
「大丈夫ですよ。中学三年の夏のインターハイ、決勝で倒れて。入院とリハビリで完治に二年掛かったんです。でも、その頃は選手として戻るほど勇気が出なくて」
「それって、チームでのアレ?」
「知ってたんですか?」
 中野先輩はドリンクを飲みながらまあね。と答えた。
「私が卒業して、山下から連絡が来て。他の子もちょいちょい連絡取ってたけど、山下から全部聞いた。高校も春川と同じだし、その時にも…」
「そうですか………」
「あの子、凄い自分を攻めてたみたいだけど話した?」
「中学の時のメンツとは、もう試合以来何も。試合が終わって三ヶ月入院してましたし、その後もリハビリとかありましたし。……私が何もしたくなかったってのもあるんですけど」
「無視してたって?」
「無視というか、壁を作ってました。多分、何て話しかければ良いのかわからなかったんだと思います。先生もバレー部じゃない他の子も、みんな」
 私をどう扱えば良いのか、距離を測りかねていたから。
 私は元からそこまで話す方ではないし、そんな状況を逆手にとって何も触れずにいた。
「じゃあ知ってる?……言おうか迷ったけど。
 山下、バレー辞めたんだってよ」
 その言葉はストンと心の中に落ちてきた。でも、思っていたよりダメージは無くむしろ『やっぱりな』なんて気分でもある。
「……そう、ですか」
「驚かないんだね。もう吹っ切れたの?
 櫻井は山下に依存しているところがあると思ってたけど」
 吹っ切れたというよりは諦めていたの方が正しいと思うのだけど、どうなんだろう。
 周りに人が絶えない、誰にでも分け隔てなく優しくリーダーシップもあって当時は主将も務めていた幼なじみ。私の小さい頃の憧れで、最も大事だった女の子。
「私は知っていたんだと思います。華の特別にはなれないって。だからずっと挑戦し続けていたのか、バレーをする理由を華に押し付けていただけなのかはわからないですけど。
 私のことを親友だと呼んでくれる友人も、部活やクラスは違っても話しかけてくれるような友達もいます。それでも華は今でも特別なんです」
 昔仲良かった幼馴染が今でも仲が良いなんて限らない。彼女には彼女の人生があるし、考え方も交友関係も私が口出しできることでもない。彼女がどんな道を選んだって、私には関係無いというのに。

『律、バレーやろうよ!身長高いし、運動神経良いし、絶対上手くなるって!』
 
 そう言った彼女が始まりだったから、私は囚われ続けているのだ。私をバレーに誘ってくれたから。私にトスを上げたいと言ってくれたから。
 だから私は今もこうして諦め悪くバレーをしている。
「華がバレーに本気だったわけじゃないの、知ってます」
「!、いつ」
「多分、最初から。それでも私は、ずっと華とバレーをしたいと思っていたし、そのためならなんだってできるって思っていました。
 でも、中学の時好きでもないことにここまで拘るのはどうしてだろうって。及川と岩泉と出会って考えることが多くなって、それで全部気づいた時には遅くって………
 今ではちゃんと整理もついて、バレーが好きだって。支えてくれた人のためにも自分のためにも頑張ろうって思えるんです。
 だから、もう昔のことはいいんです」
 あれはあれで、思い出として心の中に閉まっておこう。もう二度と繰り返さないことを願って、あの痛みも悲しみも忘れないように。
「でも、それで周りは置き去りにするの?
 ……当事者でもない私がとやかく言うのもアレなんだけどさ、櫻井の中で気持ちの整理がついたことはわかった。でも、山下はずっと後悔に苛まれたままだね。辞めたって言ったでしょ?
 山下は、櫻井がバレー辞めたのに責任感じて離れたんだよ」
「………は、」
「櫻井の怪我だけが原因じゃないかもしれない。でも、本人は確かに責任を感じてた」
 ヒュッと、息が詰まった。華がバレーを辞めた理由が、私にあるとは思わなかったから。
「……何も知らなかったんだね。山下にとって櫻井は、櫻井が思ってるほど大きい存在じゃないかもしれないけれど、確かに大切な幼馴染として見ていたんじゃない?
 やっぱ、アンタたち一度ちゃんと話した方が良いよ」
「え、でも……「櫻井が本当に昔のことはもういいって思うのなら尚更、山下にも春川にも話すべき。『誰も悪くない』って櫻井がちゃんと言わなきゃ、後悔してる人はずっとそのまま傷を抱えていくしかないんだよ」
「再開するよ」と声が聞こえ、そちらに意識が向く。中野先輩も足を向けて、次の練習に向かおうとする。
「アンタたちがどうなろうと知ったことではないけれど、一応先輩だし?世話やかせてよ。
 とりあえず今晩、山下に電話しよう」
「えっ、え?でも」
「でもじゃない!アンタにはやることが沢山あって、これから進んで行かなくちゃいけないんでしょ。
 全部終わらせて、本当の意味で前向いて…そしたら、コートに立ってる姿、あの頃の子たちに見せつけてやりなよ」
「いい?絶対だからね!」そう言った中野先輩はチームの中に混ざりに行った。昔からバレーが好きで、だからこそ一度私と衝突したことのある彼女のことだ。バレーへの姿勢も、面倒見の良さも何一つ変わってない。

 『あんたがいなければ、私がエースだったのに!!』

 事実、彼女は代表に選ばれるくらいの実力を積んでここまで来ている。一方私は、若利に紹介してもらっての特別参加。力が違いすぎる。
 中野先輩の言った通り、やること全部終わらせて前に進んだ方がいいことはわかっているけれど、今更華と何を話せばいいんだろう。

「櫻井って、クールでかっこいい印象強いのに割と抜けてるというか、うん……かわいいね」
「何ですかそれ」
 練習中に華のことを考えて、昔の記憶を掘り起こして。言いたいことや話したいことを箇条書きで紙に書き起こした。それを隣から覗き込んできた中野先輩に笑われたのだ。
「褒めてるよ。相変わらずだなって」
 中野先輩が笑いながらスマホを取り出した。私は華の連絡先を知らないから、ひとまず先輩が少し話すのだと。確かに私は華が今どうしてるかも何も知らない。
「いい?絶対それ全部言って、ケジメつけるんだよ?明日とかに持ち越したら殺すから」
「物騒だな」
「それだけ重要ってこと……あ、山下?ごめんね突然電話して。今平気?」
 あ、繋がってしまった。とりあえず言いたいことを言って、昔のことはもういいのだと、全部終わらせないと。
「ー…うん、それで、櫻井今ここにいるんだけどさ。ちょっと話せないかなって。
 アンタも、言いたいことがあるなら全部本人に言いな。じゃ、代わるからね」
 スマホを差し出されてそれを受け取ると、中野先輩は部屋を出て行った。終わったら返せとのことで、聞く気はないらしい。
「………もしもし?」
『律?、久しぶり。本当に、何事かと思った』
「うん、先輩と久々に会ってさ……」
 割と落ち着いて話せている自分に驚きながら近況を伝えた。
 華は中学卒業後県内の公立高校に通っていて、サッカー部のマネージャーをしているらしい。私もマネージャーしてる。と伝えると洗濯物がどうとかドリンクがどうとか愚痴を聞くことになった。この辺はどこの学校でも運動部は変わらないらしい。
『っと、話逸れたね。ごめん、何を話せば良いかまだ纏まってないの。また後日って言いたいところだけど、そうもいかないんだよね』
「うん……なんか、中野先輩が今日中に片付けろって」
『相変わらずだなぁあの人も』
「でも、ありがたいけどね。
 …中野先輩に、華が私のことでずっと後悔してるって聞いた。
 私がバレー辞めたのに責任感じて、華も辞めたんだって。
 でもね、もう良いの。今私がバレーの選手目指してやってるから、もういいって思ってくれないかな。確かにあの頃は前田さんのこととか及川のこととか色々あったけど、私はもう気にしてないから」
『………でも、それなら尚更キツいでしょ。
 律のバレー人生に私は傷つけた「そんなこと言わないで」
 先輩の言うとおり、華は私が思う以上に思い詰めている様だ。
 華のことを特別視していた私も悪い。私が何もしなかったから、前田さんは華に目をつけた。それで、友人関係が希薄になって、孤立した。
「華が、私を誘ってくれたから今の私がいるんだよ。
 私ね、バレーが好き。バレーやっててよかったって思ってる。
 怪我とか、確かにこれから大変だとは思うけどもうどうしようもないし。あとはもう振り返らずに走るだけ」
『律…っでもね。私ずっと、あの頃は律のことが羨ましかった。
 一緒に始めたのに、私が誘ったのにどんどん力つけていって、選手として必要とされてる律が羨ましくって。私は上部だけの人間で、セッターとしてそこまで飛び抜けてたわけでもないってわかってたから』
「華、………」
『ごめんね。律がちゃんと努力してるってわかってた筈なのに。
 私達の世代はどんな時だって律が主砲で、他のメンバーで繋ぐバレーだった。全部、律に任せっきりにしてた。
 どうして信じられなかったんだろ。もっと、律と色々話しておければ良かった。
 及川君みたいに、もっと律のこと考えていれば良かった!』

 及川みたいに、?

 突然飛び出してきた名前に、反応した。どうして及川がここで出てくるのだ。
「それって、どういう………」
『……律が運ばれた時、及川君と岩泉君が私のところに来てね、ゆかちゃんに言ってたんだよ。
 『律を邪魔した君だけは、もう何があっても許さない』って。あと……うん、言ってた』
「、」
 だから、起きた時病室に及川と岩泉が居たのか。華が、連れてきてくれていたのか。そう嬉しく思うと同時に、少し引っかかることができた。
『及川君みたいになりたかった。彼、本当にすごいセッターなんだって今でもテレビとか見て思う。セッターとしての技術も、主将としてのリーダーシップもあって、律のことも見てて。……あれ、なんか凄いリスペクトしてる』
「………うん、凄い人だよ。及川って」
 今も昔も、ずっと私のそばにいてくれたのは彼だけだった。
 でも、そうなのかな。……及川は、昔のことで責任を感じて、私に今でも優しくしていただけだったのかな。
『律がもういいって言うなら、私ももう気にしないことにする。今すぐは無理でも、少しずつ……うん。
 私も、応援してるからね。ちゃんと律のこと見てるからね』
「うん」
『及川君よりずっと!律のこと大好きだからね!!』
「うん………っ。ありがとう、華」
 その言葉を最後に、本音を話した幼馴染みとの通話を終えた。


「どうだった?話せた?」
「はい。………今すぐは無理でも、気にしない事にするって。応援してるからって」
「おお、よかった。連絡先教えとく?」
「お願いします」
 中野先輩に華の連絡先を教えてもらい、早速ショートメールを送っておいた。
「それにしても、随分唐突でしたね。昔の話するのは当然だとしても、まさかやる事全部片付けろって」
「ああ……うん。だって、櫻井今他の参加者から浮いてるしね。
 詳しく知らない人からしたら面白くないじゃない?こっちは必死でやってきたのに、ポッと出の見知らぬ高校生にポジション奪われるかもしんないんだから」
「……まぁ、それは」
 昔先輩と言い合ったことを思い出した。
「実力主義な世界だし恋愛とか絡むことないと思う。櫻井のことだからそこまで心配はしてないけどさ。やっぱあんなことがあったら目を引くし、後輩だし。
 今日も思ったけど、やっぱまともに参加させてもらえないと実力も発揮できるものできないじゃん?
 基礎とか体力とか休んでた期間が長いからどうにもならないし……まぁ、櫻井だし大丈夫だと思うけど」
 中野先輩は合宿の基本メニューについて説明してくれた。
 初日は交流や連携を重視して進むから体作りが主体になるのだと。でも明日からゲームや個人練習の時間が増えるらしい。
「施設とか設備しっかりしてるし、専属のトレーナーもいる。だから足りないこととかできないことを徹底的に潰して、最後の三日間で調整の為にゲーム中心って感じになるのかな。
 櫻井ってサーブ得意だったじゃん?あの頃までとはいかないだろうけど、最近その辺の練習はしてる?」
「あ、はい。学校で混ぜてもらって」
「それなら安心かもね。日本人ってやっぱ外人に比べたら高さもパワーも足りないからさ。ビッグサーバーが一人いるだけで随分違うよ」
 そこまで期待されるとやりづらい気がするんだけど。
 それでも、この道を選んだのは私だし覚悟の上だ。この機会に少しでも早く認めてもらえるようにしなくては。
「……なんか、ギラギラしてるね」
「え?」
「そういう熱、昔の櫻井には無かったじゃん」
 確かにそうかもしれない。でもこの変化は、きっと烏野だからこそ起きた変化なのだと思う。強くなるために気持ちは必要ないと、ずっと思っていたから。今は、上手くなりたいとか、バレーがしたいって思いが強い。
「今の私が一番って自信を持って言えるように頑張らないと」
 疑問符を浮かべる中野先輩に少し笑って、これから頑張ろうと布団に潜り込んだ。
 あの頃だって毎日バレーのことばかり考えていた。どうしたら強くなれるのだろうと。でも、楽しみを胸の奥に燻らせていることはなかったから、少しだけ新鮮だ。

「あの、はじめまして櫻井さん!私、奥村泉っていいます」
「あっはい」
 ジムに調整に行く人が多い中、私はコートでひたすらサーブ練習をしていた。時折コーチの人にフォームを確認してもらい、アドバイスを受けつつ狙ったところに打つというのを繰り返す。そんな練習の隙間時間、休憩中に話しかけられた。
「どうしたの、泉」
「どうしたのじゃないですよ梓さん!!私、櫻井さんと梓さんが同中って知ってたから紹介してって言ってたのに!」
「、私のこと知ってたの?えっと、奥村さん」
 茶色いボブカットの女の子、奥村泉さん。セッターだと話す彼女は明るくハキハキとしていて、中野先輩とも仲が良いみたいだ。
「あ、同い年なのでさん付けとかいらないです!むしろ名前で呼んでも良いかな?」
「あ、うん。いいよ」
「ほんと!?ありがとう!律ちゃんて呼ぶね!」
 テンションというか、笑顔というか、どことなく及川に似ている雰囲気を感じる。泉は唯一高校生にしてユースに選ばれた実力者で、同い年の子が来てくれて嬉しい!と笑っていた。
「で、泉って櫻井のこと知ってたの?」
「はい!中学の時試合見てました!トスあげてみたいってずっと思ってて、それで、去年の冬梓さんと初めてあった時に紹介して欲しいって言ってたんですけど」
「その頃私、櫻井の連絡先知らなかったし。今回だって来るって急遽決まったんだから仕方なくない?」
「ですけどお〜〜!!!」
 むうと膨れる泉はけろっと戻ってそこで、と言った。
「お昼食べ終わったら、他の人も呼んでゲームしません?」
「え、でもいいんですか?」
「まあ、スタメン以外は基本自由にしてるし、なんならスタメンだって自由にしてるし?各自調整がメインだから、するって言えば集まるんじゃない?」
 それに、櫻井の実力判断する機会にちょうどいいと思うし。そう言った中野先輩に昨日の会話を思い出した。
「私はこんな機会滅多にないし、ゲームができるなら嬉しい。参加したいな」
「決まり!お昼声かけるんで!メンバー集めてきますね!」
 颯爽と笑顔で去っていった泉を見送り、隣で練習を再開した中野先輩に話しかける。
「……彼女、どことなく及川に似てません?」
「泉はアイツほど性格悪くないけど?」
 似てると思ったのは私だけか?
 そのままサーブを重点的に磨くも昔のようにうまくいかないことから焦りが生まれて集中力が乱れる。
「今日はこの辺で辞めた方がいいな。無理してまた怪我したら洒落にならない」
「ですね。ありがとうございました」
「アイシングしっかりな」
「はい」
 見ていてくださったコーチの方に声をかけて、ストレッチとクールダウンを始める。
 右肩と右腕、両膝の負担を考えると、どうしてもフォームに変な力が入ってる気がする。どうやってサーブ打ってたっけ。
 そもそも、ウィングスパイカーなんだからスパイクも重要だし、ボールを落としてはいけないバレーにおいて両足と利き腕の故障は割とダメージが大きい。
「どうしよっかな、」
 周りには自分より実力のあるスパイカーばかりで、学ぶことは多い反面焦りも大きい。でも、せっかくこうして戻ってくることができたのだから、新しいことには挑戦していかなければ。
 私には若利の様なパワーも体格も、聖臣の様な柔軟性も無い。
「あ、」
 思いついて、コーチに声をかけた。右腕も足も怪我をしているから、昔の様に全力で打てない。打てたとしても負担は掛かるわけだから、試合が長引くと響いてくる。右がダメなら。

「左打ちって、どうすればいいですか」

「はーい!!ゲームします!チーム分けどうしましょう!?」
「あ〜〜〜、この考え無しが」
「ひどい!」
「試合の時はここぞとばかりに頭脳派なのに」
「差がね。残念だよね、奥村は」
 お昼を挟んで午後。試合をするメンバーが体育館に集まった。
 他の選手に弄られている泉に、やっぱ何となく及川に似てると感じた。それにしても割と人数が集まっていて、普通に六人制の試合になりそうだ。
「あ、私律ちゃんと同じチームがいいです!」
「え、ズルい泉。私が先がいいな」
「いくら日本代表の正セッターとはいえ譲れませんね!」
「櫻井モテモテじゃん」
 ここまで自分の名が知れてるとは思っていなかったから驚く。でも、少し緊張していた自分が居たからホッとしている。
「聞いてもいいですか」
「何?」
「どうして、スパイカーからブロッカーに変わったんですか」
 中野先輩はこの練習にずっとミドルブロッカーとして参加している。昔はウィングスパイカーだったし実力もあったから、気になっていたけれど聞くタイミングがよくわからなかった。それに、昨日までは私の昔のことしか話していなかったし。
「深い理由はないんだけどね。高校の時部活の休憩中、ミドルブロッカーに入った時があったんだよ。遊びみたいな緩い空気で。元々スパイカーだったし、ネット側の駆け引きとか上手く噛み合って、それ見てた監督にやってみないかって言われたのがきっかけ。
 ずっとスパイカーとしてやってきたけど、正直ブロッカーも面白いと思ったし、チームが強くなるなら、コートに立つ回数が増えるなら何だって良かった」
「………」
「昔から櫻井は、スパイカーから離れた事ないよね。レシーブもブロックも当たり前のようにうまいけど、実際スパイカーが一番あってると思う。
 それに、勝敗にもそこまで拘ってなかったじゃん?私はそれ、勝ち以外あり得ないからこそだと思ってるんだよね」
「え、」
 でも、思い返してみると確かに私は大抵の試合にスタメンで出場しているし、常に人のことを羨ましがっていたり自己嫌悪しているけれど、勝利の記憶がかなり強い。
「自分は凄い選手で、チームに必要なエースなんだってずっと思ってた。……櫻井と出会うまでは。
 でも、あの時櫻井と衝突してチームが勝てるなら何でもいいって思った。たとえ私がエースとしてコートに立てなくても、笑って終われるのなら何だっていいって思っちゃったの」
 事実、スパイカーからブロッカーに変わって得点も注目度も上がった。いい傾向だし、後悔もないと中野先輩は笑った。
 昔衝突したことがあったからスパイカーであること、エースになることに固執しているのだと思っていたけれど、それはどうやら違ったらしい。
 
 そのままチーム分けも決まり、ゲームは始まった。日本代表選手が居るからとトレーナーの人も見ているし、練習とはいえ時期が時期。練習のようでそうじゃないひりついた感覚が心地いい。
「ナイスキー!」
「次々!!」
 コートに飛び交う声もボールが跳ねる音も、全てが懐かしい。
「なんか、泣きそう」
「……!?どうしたの櫻井さん」
「なんでもないです」
 隣にいたリベロの選手に声を掛けられて、何でもないと首を振りつつ少しだけ滲んだ涙を堪えた。
 いいなぁ。って、影山を見て思ってた。私にも日向みたいに張り合ってくれる人が居れば。心から信頼できるチームがあればって。
 信頼なんて言葉で伝えるものではないけれど、ここに居ると私にもあったんだと思える。
 ようやく、烏野以外に自分の場所を見つけた。
 ここが、私が思う存分飛べる場所だ。

 余計な事を考えずにプレーできるのが幸せで、気持ちいい。

「やっぱりサーブは即戦力ってくらいですよね」
「ジャンプサーブもだけど、フローターも打てるらしいよ」
「えっ!?見た事ない!!」
「……小学生の時はよくしてました。最近は全然ですが」
「まじか〜!見逃した!!」
「ビデオ見た感じでは、確かに昔より質が落ちてるけど体格も変わってきてるし許容範囲内だと思う。
 でも、もうちょい高さ欲しいかな。高校生だし、部活も男子のマネージャーだっけ?練習とかあんまりできないんだよね」
 最初は長いと感じていた十日間の合宿も終わり、それぞれが選手と別れを惜しんだ。自分には足りないものだらけで、到底みんなには及ばない。だけど、自分にできる精一杯はやったし、何が足りないか知ることもできた。
「櫻井、これトレーニングメニューとストレッチのメニュー。
 考えてみたから実践してみて」
「あ、ありがとうございます」
「あと、左に関しては慣れと反復練習で大丈夫だとは思うから、利き腕と同じくらい自在にボールを扱える様にして。それから正しいフォームで練習かな」
「身近に、左利きの凄い奴がいるので多分大丈夫です」
 来る前から本職のトレーナーさんに聞こうと思っていたのでありがたい。受け取ったプリントに目を通していると、中野先輩が話しかけてきた。
「櫻井これから新幹線だっけ?送ろうか?」
「明々後日から学校の合宿があるのでそのままホテルです」
「あれ、そうなの?じゃあ二日間暇?」
「まあ、はい」
 走ったり観光したり課題したりしようかと思っていたけど。中野先輩が通う大学はもう夏季休暇に入ってるそうで、バイトも合宿後だからと入れてないらしい。
「じゃあ、デートしよ」
「は、」

 デート。と言われたものの、本当にバレー漬けの生活の予定だったからそれらしい服も持ってるわけではなく、それなら今から服買いにいこ!と言われた。こうなることならもう少し持ってきておけばよかった。夜まで先輩に服を見繕ってもらい、明日それ着てホテルで待っててと言われた。
「デート、デートって言っても櫻井が行きたい場所にドライブみたいな感じだったのに。まさかのうちの大学とか……」
「志望校に中野先輩が通ってるなんて驚きました。案内お願いします」
「明日は普通に遊ぶからね?」
 休み一日目は、先輩の通う大学へ来ていた。
 私は高校を卒業したら都内の大学に通う気満々なので、これは有難い。女子のバレー部が強豪であるここは偏差値がすごく高いのだけが問題だけど、語学にもスポーツにも力を入れており留学制度もある。他にも志望校はあるけれど、ここを第一志望にしている。
「でも、ここは確かに女子バレー強いけど櫻井ならもっと攻撃重視の学校選ぶと思ってた」
 先輩の言葉に、それも一応志望校を考える時に思っていたし、滑り止めはそういう学校を選んでいる。
「私は確かにスパイカーですけど、私の一番の持ち味はサーブだと思うので。完璧なサーブ&ブロックで確実に仕留めるのも悪くないって思うのと同時に、膝を壊しているから……」
「飛べる回数が減ってるってこと………?」
 先輩の呟きにうなづいた。バレーは勿論バスケやサッカー、陸上だってスポーツはもれなく走ったり飛んだりと膝に負担がかかる。だから一度膝を壊して手術している私は、昔の様に動くことができない。即ち、試合が長引くにつれて動きも悪くなる。サーブは勿論、スパイクは決まるまで何度も助走に走り、飛ばなければいけない。
「サーブは今の形式から大きく変えることはないです。公式戦ではそこまでしたことなかったですけど、ジャンフロは小さい頃少しだけ教えてもらったことがありますし、手札だけ増やしてサーブの強化に努めたいなと」
「なるほどね……」
 そうしてバレーや科目のことを話しながら、普段使う講堂や図書館、体育館を案内してもらい、併設されている食堂に入った。
「大学ってやっぱ大人っぽい雰囲気ありますね」
「大学生にそこまで夢見ない方がいいよ」
 パスタを食べながらまだ慣れない光景に目を走らせる。海外とか小さい頃から行ってきたし、まだ行ったことのない場所に行くのが好きだ。一人で東京に来たのももちろん初めてだし、好きなことをできるのは楽しい。
「櫻井って英語とか得意なんだよね?そのまま海外リーグとかでも充分通用しそうだし、日本での実績が無いからそっちの方が気軽じゃない?」
「まあ、それも少しは考えましたけど」
 私は大学で練習を積む傍ら試合で実績を出すことにした。
 実力がある選手は企業の実業団チームに所属してプロになるというのが主流だった気がする。division1のチームが最も強いわけだけど、その複数のチームの中から選ばれた十数人だけがオリンピックなど世界大会に出場できる日本代表に選ばれるわけだ。
 プロになる道は沢山あるし、高校卒業後実業団チームがあるところを選ぶのか強豪の大学を選ぶのか、それだけでも大きく人生は変わるものだ。プロ選手になるという点だけ見れば日本のチームにこだわることもないだろうし、合宿で会った数名は実際海外チームに所属している。
「外国文化に憧れもあるし、英語に限らず語学は割と自信があるので多分海外でも生きていけるんだと思います。
 でも、私が取り敢えずしたいのは両親への恩返しなので余計な負担や心配はかけたく無いんです」
「………ああ、距離がどうしてもね」
 両親が理解ある人たちだって知ってはいるけれど、遠く離れた異国の地で一人で頑張るなど言えない。まだ、近いところで実力を発揮した方がいいし、後からでも充分だと判断した。
「でも、海外にもいつか絶対挑戦します」
「私は海外で生きていける気がしないからまだ保留かな………まだ一年なのに何で大学卒業したときの話とかしてるんだろ」
「四年制ならすぐですよ」
「わかってるよ……大学卒業する頃には二十二歳。
 プロになって実績積んでってしてる間に周りがどんどん結婚していくんだろうなぁ。やだやだ」
「、選手としてやっていけるのって三十……でしたっけ?」
「いや、規定はなかった気がするけど……どうだろ?
 でも、女子は結婚とか出産とかあるだろうし、やっぱその辺考えちゃうんじゃない?」
「………結婚、出産か」
 中々そういう話題は高校生ではしないと思うし実際私は潔子とそんな話はしない。恋愛とはまた違う将来的な話に、表情がグッと曇る。
「……粗方見て回ったし、そろそろ出ようか」
「はい」
 小学生から中学生になる時も、中学生から高校生になる時も不安と期待が少なからずあったけれど、実際は一つ歳をとって勉強する環境が変わるだけ。数ヶ月もすれば慣れるし、それが日常になる。それなら、大人になる境界線はどこなのだろう。二十歳過ぎれば大人の仲間入り、なんて言うけれど、二十歳を過ぎても大学生だし高校を卒業したら就職する人もいる。
 早く大人になりたいと思いはしても、大人と子どもの境界線は曖昧で。私はいつまで子どもでいるんだろう、大人になったら何が変わるのだろうと思いながら紅茶を飲んだ。
 私にも何かの節目で今までの人生を振り返って、歳をとったなぁなんて思うような日がいつか来るのだろうか。
 
 私がバレーを辞める時、隣に居てくれる人は誰なんだろう。


 二日間の休みも終わりを迎えた。一日目は先輩の大学を回り、大学周辺のお店や施設、ジムを紹介してもらった。
 そして二日目は、まるっきり観光である。
「今更ですけど、先輩の車ちょっと可愛いですよね」
「ありがとう。自慢の愛車だからね、トヨタのアクアって言うんだけどまぁ中古。高校の仮卒期間で免許取ったから、両親と兄弟からの卒業祝いにね」
「卒業祝いに車って凄くないですか」
「前払いだよ!これから稼いで、いいとこ連れてってって!
 それっきり、クリスマスも誕生日も貰えなくなったし!」
「へぇ、でもいいですね車。私も仮卒期間免許取ろうかな」
「はは。櫻井って頭良かったっけ。
 推薦で行けたからこそできるんだけどね。私新山女子で主将だったし、高校で実績積んだのが大きかったかも。一般入試で来るなら勉強漬けでそれどころじゃないんじゃない?」
「あ〜〜それは、まぁそうか………」
 でも、車はあったほうが便利かも。維持費とかどれくらい掛かるかわからないけど。
「櫻井は外車とかスポーツカーが似合いそう。マツダのセブンシリーズとか」
「マツダと言ったら赤ですよね」
「わかるわ。良いよね。
 でも、やっぱ安定した収入あってこそだよ。バイト掛け持ちしてってやりくりしなきゃ手は出せないなぁ」
「……先輩、車詳しいですね」
「そう?……元彼がね。別れたけど」
 エッと先輩を見ると意外そうな顔をされた。
「櫻井って恋バナ興味ある子だったっけ」
「どうでもいい人は聞きませんけど」
「自分のはどうでもいいのか」
 中学の話を聞いたと言っていたから、高尾君と及川との二股疑惑のことも聞いたのだろう先輩は、呆れたように話を振った。
 海沿いを適当に走りたいと言っていたから昼間はレインボーブリッジとか回ってきたけれど、もう日も暮れていい時間帯になってきた。首都高を走って浅草近辺まで来ると、もう行先は分かってる。
「はい到着。よかったねぇスポンサー様にチケットを貰えて」
「その辺やっぱ選手って得です?」
「滅多にないけどね」
 そこは、今年の五月に開業したばかりのスカイツリーだった。スポンサー企業についているので、チケットを配られたのだと。それで彼氏を誘いに家に行ったところ他の女性と浮気していたことを知り、そのままビンタして帰ってきたのだと言った。
「……櫻井って、好きな人いる?」
「………及川ですよ」
「え、やっぱりそうなの!?てか、まだ……?」
 反応が気になるところなんですけど、と言えば中学の頃から及川って櫻井だけ扱い方が違ったじゃんと言われた。あの頃は不仲だった時代だと思うんだけれど。
「でも、この前失恋して。まだ若干引きずってるところです」
「え、失恋って、告ったの?」
「言ってませんよ。及川も友人だと思っていると思います。
 この前、及川が女の子とキスしてるところを目撃して………まぁ、その時自分の気持ちに気づいたんですけど」
「………なんだかんだ櫻井も青春してるんだね」
 凄い速度で登るエレベーターに、少し耳が痛くなったけれど東京の夜景は綺麗だった。
「そういえば、及川って今どうしてんの?
 青城だっけ?北一ってみんな青城行くよね」
「まぁ、近いですしね。及川は男子バレーの主将してますよ。中学の頃と同じで岩泉が副主将です」
「岩泉…って、及川の幼なじみだったっけ?あそこも長いね」
 私と華は中学で別になったけど、及川と岩泉は本当にずっと一緒にいる。そう思うとなんだか羨ましく感じてきた。なんか、最近そればっかりだな。羨ましい羨ましいって、私はその人になれるわけでもないのに。
「でも、櫻井がまだ及川のこと好きなら、気持ちは伝えた方がいいよ。どんな形でもいいけど、自分の声で」
「……彼女いるのにって、困りません?」
「ははは。困らせなよ、大切なら。甘やかすだけが優しさでもないでしょ?
 大切だからこそちゃんと自分の気持ち伝えて、困らせながらいっぱい二人で悩んで歩いていけばいいじゃない」
 
『困らせる。これから、何度だって。』
 
 先輩に言われたことに若利を思い出した。
 そうか、彼もずっと私を待っていてくれたんだ。私と会えるかどうかもわからないのに名刺をずっと持っていてくれて、私が進めることを願って、どうしようもないのに。ずっと。
「進まなきゃなぁ………」
「変化が怖いのもわかるけどね」
「それが良い変化とわかれば、全力で飛び込んでいけるのに」
「それ。……じゃあ、小さな変化ついでにさ」
「?」
 中野先輩は視線を合わせることなく夜景を見ながら言った。
「櫻井のこと、律って呼ぶね。だからアンタも梓でいいよ。
 これは良い変化でしょ」
「!」
 確かに、中学のことを考えればよっぽど良い変化だ。
「泉とか他の人に言われたんだよね。
 一番付き合い長い梓がなんで名字呼びなんだ〜!って」
「確かに、そうかもしれませんね」
 仲良くなった人はみんな名前で呼んでいた。今思えばコミュニケーションの一貫だと思うけれど、試合前でピリピリしていたとはいえフレンドリーで良いチームだった。
「ほら、もう帰るよ……律!」
「はい、梓さん」



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