「こんにちは……」
庭のコートの方に向かうと、既に数名がボールを手に取って練習を始めていた。
「あっ!りっちゃんだ!!」
「久しぶり!元気だった!?」
暫く見ていなかった近所に住んでいる小学生の男の子たちが近寄ってくるので頭をわさわさと撫でてから、私も肩にかけていたショルダーバックを置いた。
「お久しぶりです、烏養さん」
「おう、久しぶりだな。律」
体育館が使えない為部活が休みの今日、私は久々に烏養さんの家に来ていた。小さい頃から通っていたので、結構メンバーとも仲が良く、久々に顔を出したにもかかわらず快く迎えてくれた。少し前までは顔を出しても混ざることはなかったけれど、今日からは一緒に練習すると言えば、ここぞとばかりに小学生の子たちが話しかけてくる。
「りっちゃん俺のトス打ってよ!」
「あっ!ズリィー!!俺にスパイク教えて!」
元気にボールを持ってせがまれるのに生返事をしていると、「お前らは基礎からだ」と烏養さんが言い、それに渋々したがっていた。知らない子を見ると、遊び感覚で始めた子もいるのかな、なんて思う。
「それで?ここ最近は部活が忙しかったんじゃねぇのか?
また選手に復帰するって言ってたのは本当だったのか」
「はい、」
復帰すると決まってから連絡だけは入れていたけれど、会うのは本当に久しぶりだ。私が二年の時、マネージャーになると決めた時以来かもしれない。
「色んな人に後押しされて選手に復帰するって決めたのは自分だし、それについて後悔もない。でも、やっぱり私が止まっていた間も進み続けていた人との差はあるし、ユース合宿でもついていくので精一杯で。
………いい人ばかりで、受け入れてくれたのも嬉しかった。だから、」
「期待に応えたい、か」
「………はい。強くなるために来ました。
猫又先生の計らいで、夏休みの間梟谷グループの合宿に参加させてもらえることになったので、東京遠征に行ってるんです。
でも、私は選手である以前にマネージャーです。だから、少ない時間でも練習しないといけない」
「へぇ、いいじゃねぇか。そうか………アイツがなぁ………」
烏養さんは猫又先生と昔から争ってきたと聞いているから、思い入れが深いのかもしれない。
「それじゃあ、私も入りますね」
「おう………お前は人一倍負けず嫌いで、頑固だからな。
言っても聞かねぇと思うが、あんまり頑張りすぎんなよ」
烏養さんの指導のもと、炎天下の中外でバレーをしていると、一台の車に乗って繋心さんと日向が来た。
「あれ!?櫻井先輩!何でここに?」
「日向こそ………ああ、繋心さんに連れてこられたんだ。
私は昔から烏養さんに教えて貰ってたから」
「う、羨ましい………!」
日向と話している間繋心さんが烏養さんに投げ飛ばされていたが、気にせずまた練習を始める。繋心さんも自分なりに行き詰まって、助言を求めに来たのか。何となく、あんな事を言ってしまったからまだ顔を合わせづらいところがあるのだけど。
繋心さんに視線を向けるとバッチリ視線が絡み合って、逸らされた。昔からべったりとは言わずとも仲良くしてきたので、少し心が痛む。
「お、おれはっ!
自分で戦えるようになりたくて来ましたァァァ!!!」
「その身長で空中戦を制したいと?」
「この身長だからですっ」
「!」
烏養さんは|宇内さん《小さな巨人》の面影が日向に重なったのか、一瞬驚いた表情をした。何だってできると思っているところも、体格も。影響されているからなのか、割と似ている気がする。
「おれ、ヘンな事言ってるのかも知れないけど、」
「何がヘンなんだ。例えどんな天才セッターが相手だろうが、速攻という攻撃においての絶対的主導者はお前だ」
烏養さんはボールを手に取ってネットの向こう側に行くと、テンポの話を始めた。私は休憩がてら、縁側に座って途中コンビニで買ってきた水を飲んだ。
テンポの話は私がウィングスパイカーとしてバレーを始めた時に習ったもので、日向は今まで自身の運動神経とバレーに対する気持ちでやってきた所があるから、日向も此処から成長するんだな、なんて感慨深く思った。
「律、」
「繋心さん………どうしたの?」
テンポの話を聞く中、練習に目を向けながら話し出した。
「この前は、その………「いいよ」
きょとん、とする繋心さんを見てまた水を口にした。
試合の前だし、仲直りも早くするに越したことはないと思う。昨日の、及川の彼女さんとの会話を思い出して、それも悩みの種なのにな、なんて少し頭が痛くなった。
「いいの。私も、強く言いすぎた所あるし…繋心さんがチームのことちゃんと考えた上で言ったってわかってる」
「律………じゃあ言わせてもらうがな」
「うん?」
「お前の、そういうバレーに一直線過ぎるところが俺は昔から嫌いだったよ!」
「………え、」
「俺がレギュラーメンバーじゃなかったの知ってるだろ。
お前が頑張れば頑張るほど、力をつければそれだけ俺とお前の差が生まれて………俺は、そんなお前を見る度に自分が嫌になっていった『なんでコイツばっかり』ってな。
でも、それは当たり前だったんだよなぁ」
繋心さんは柔らかく笑って私を見た。
「お前はそれだけバレーに一直線で、努力してきたんだ。努力が結果になってるだけだったって、お前は天才じゃないって、わかってたはずなのにな………
お前は、いつだって正しいよ。正しすぎて、正直嫌になることもあるが……それでも、嫌いにはならねぇ。絶対」
だから、あ〜……助かった。
そう言って繋心さんは、また視線を庭で練習している日向に向けた。繋心さんが選手だった頃、私は只々バレーが上手くなりたい一心だったから正直あまり自分がどうしていたのかを覚えていない。でも、当時高校生だった繋心さんの邪魔になる事はしていたのかもしれない。そう思うと怖いけれど、それでもこの数年間、何かあると必ず頼って来たのは彼だ。
「、私も繋心さんのこと好きよ」
「はいはい」
笑いながら話していると、「お前のとこの選手だろうが!!話ぐれぇちゃんと聞いてろ!!」と烏養さんから撃が飛んできた。テンポの話は聞いていたし、私もそろそろとコートに入る。
「【変人速攻】がどんな必殺技だか知らねぇが、コレだけは絶対だ『スパイカーが打ちやすい』以上に、最高のトスは無ぇんだよ」
烏養さんの言葉に、少し目を細める。スパイカーが打ちやすいトスを信じてきた私は一度それで挫折したし、スパイカーが打ちやすいトスを誰よりも上手くできるのは及川だと思っているから。
昔のことは吹っ切れたはずなのに、心残りも無いはずなのに。
『私は、もう一人でも大丈夫だから』『彼のこと、お願い』
及川の事だけが心配だった。私たちはもう、完全に別の道を進み始めているから、隣にはいられない。梓さんには『自分の気持ちは自分の言葉で伝えたほうが良い』と言われたけれど。及川が幸せなら、隣は私じゃなくてもいいやって思ってたけど。
………どの口が言えるんだか。
烏養さんの言葉に何か思いついたのか、繋心さんは車を飛ばして帰っていった。烏養さんは日向のことをちゃんと見ていてくれたので、一番足りないものを適格に指導してくれる。日向のこともだけど、他のメンバーの事も気がかりだった。
「それじゃ、また来ますね」
「おう」
いつの間にか夕暮れになり、ランニングしながら帰宅する
受験生なんだし勉強もしなくちゃ。そう思いながらも頭の中はバレーと及川と、黒尾の事でいっぱいで。正直集中できる気がしない。
「、あ」
「………やぁ、律ちゃん」
帰宅途中にある公園。入り口の手摺りに腰掛けていたのは、及川だった。
* * *
「なんか、久しぶりだね」
「だね」
公園に備え付けられている水道でうがいをして、少しだけ水を飲む。ずっと走ってたから、熱くなった喉を冷やした。及川とまともに話すのはインターハイ予選以来になるのか、なんて考えてあれから大きく変わったから、久しぶりだと感じるのも無理ないな、と思った。
「そういえば、今日飛雄に会ったよ」
「影山に?」
「うん。チビちゃんとの速攻の話」
「ああ……助言でもした?」
「まあね」
「そか」
及川が言ったのなら、影山も大丈夫か。繋心さんもいるし、及川はなんだかんだ面倒見もいいから。
「………律ちゃんて、さ」
「うん」
「ウシワカちゃんと付き合ってるの?」
「、そんなわけないじゃん……それ、岩泉にも言われたけど、どうしてそんなこと」
「予選の時二人で話してるの見て。随分、仲良さそうだなって………近いなって思って」
仲良し、とはあまり言えないと思うけれど友人だしな。
考えていると及川はいつになく真剣な表情で私を見た。
「律ちゃんは、誰とでもこういう事できるの」
そう言って、頬に手を添えてくる。
及川と時間を共有する中で、それなりに距離は縮まった筈だ。考えてること全てが分からずとも、そう思ってるんじゃないかって感じ取れるくらいになっていた筈なのに。
爪先が触れ合うほど近い距離で、こんな。まるで、
「っ、何するの」
「………」
まるで、知らない男みたいだ。
貴方には彼女がいる筈で、私はその子に『大丈夫』だと言った。なのに何で、何でそんな悲しそうな顔で私を見るのよ。
「……牛島には抵抗しないのに、俺にはするんだね」
「何言って…」
若利となんて、と考え直して思い浮かんだ瞬間があった。ピアスを開けたのかと髪をかきあげられていた時だ。
「見てたの……?」
「うん。俺、牛島と律ちゃんが仲良いとか全然知らなかった」
「あれは、別にそんなんじゃないし」
「そんなんって、何。なんで、いつも………」
アイツばっかり、なんて聞こえてきそうだった。
俯く及川になんと声をかけたらいいかわからない。インターハイ予選から色々あった。でも、そんな中でも黒尾みたいに常に連絡は取れていた筈で、それこそ実際会いにも言った。それなのに、どうしていつの間にこんなに大きな差が生まれてしまったんだろう。
「拒絶、しないでよ」
「、今の及川は嫌だ」
「何それ。だったら、律ちゃんは……いつになったら、」
及川はそこで言葉を区切って、息を吐いた。
顔を上げた彼は全てを押し殺したような。まるで、試合中彼を応援する女子生徒へ向けるかのような顔で私を見ていた。
「……うん、うん。ごめんね、突然。
分からないよね、櫻井さんには。………俺の気持ちなんて、分からないよ」
「、及川?どうし「ごめん。もう、いいよ」
え、と彼を見るとパッと顔を逸らして、背を向けた。
「ランニング、途中だったんでしょ。ごめんね、引き止めたりなんかして。もういいから、行って」
「ちょ、及川……」
「行ってよ。お願い。
………ねぇ、ブランクあるのにユース合宿に行くことになったって、気分はどう?」
ガツン、と頭を殴られたみたいだった。
自分でも思っていたし、自己紹介の時にも思っていた。中学の頃少し名が知れていたくらいで、三年ブランクがある。若利の紹介がなかったら、復帰なんて出来なかった。
「やっぱり、櫻井さんも牛島と同じだよ」
「やめてよ」
「俺がどれだけ努力しても手が届かない場所を、いとも容易く飛び越えていけちゃうんだからサ」
「ねぇ、だから……」
「流石は、女帝だね」
「おいかわ、」
「櫻井さんは、天才だもんね」
その言葉に頭がカッと熱くなって、そんな言葉を聞くことになるとは思わなくて。好きなのに、大切なのに私は及川を傷つけた。
勢い良く振り上げた手が、乾いた音を立てて及川の綺麗な頬を叩く。
「………っ、あなたの口から、そんな言葉聞きたくなかった」
及川はちゃんとわかってると思っていた。わかってると、信じたかった。
* * *
猛を家に返して、律ちゃんと会えるかな、なんて思いながら彼女の家の近くにある公園にボーッと立っていた。
連絡先を知っているのだから取ればいいだけなのだろうけどそうしなかったのは、今の関係をズルズル続けたいという思いも若干残っているからだ。いつか、時間が経てば綺麗な関係のままドロリとした自分の気持ちだけが風化してくれるんじゃないかなんて期待した。もう、待てそうにもないけれど。
そのまま入り口の手摺りに腰掛けていたら、リズム良く走って来た彼女が見えて、目があった瞬間足を止めた。
「、あ」
「………律ちゃん」
まともに目を合わせるのも話すのも久しぶりで、それでもやっぱり彼女を前にしたら好きだなって気持ちが膨れ上がる。
「なんか、久しぶりだね」
「だね」
公園の水道でクールダウンする彼女を見ながら、コレが最後になるかも知れないなんて思いながら少しずつ話をする。
「そういえば、今日飛雄に会ったよ」
「影山に?」
「うん。チビちゃんとの速攻の話」
「ああ……助言でもした?」
「まあね」
「そか」
いつだって表情が変わらない。バレーを好きだと自覚してもそこだけは変わらない彼女をらしいなって思う。そんな彼女の表情を崩せる人間に、自分がなりたかった。
「………律ちゃんて、さ」
「うん」
「ウシワカちゃんと付き合ってるの?」
岩ちゃんに言われたけれど、本人にも聞く。俺は二人が近い距離にいるのを実際に見たわけだし、どちらにしろ律ちゃんと牛島の間には何かがあるのかもしれないし。
「、そんなわけないじゃん……それ、岩泉にも言われたけど、どうしてそんなこと」
「予選の時二人で話してるの見て。随分、仲良さそうだなって………近いなって思って」
少し間が空いて、目線を外す律ちゃんに思い当たる節があるのかな、と思う。
嫌だな。俺ばっかり君を見つめていて、今律ちゃんの頭には牛島がいるんでしょう。それとも、律ちゃんも言うの?良い男なら、顔が良ければ、近い距離に誰でも置けるの。
「律ちゃんは、誰とでもこういう事できるの」
そう言って一歩踏み出して、頬に手を添える。
律ちゃんと時間を共有する中で、それなりに距離は縮まった筈だ。初対面は最悪だったかも知れない。お互い嫌悪感丸出しで、それでも俺はあの時律ちゃんに落ちたし、律ちゃんもそうなれば良いなってずっと思ってた。あの出会いが運命なんじゃないかって。あのタオルがあったからって。
考えてること全てが分からずとも、そう思ってるんじゃないかって感じ取れるくらいになっていた筈なのに。
「っ、何するの」
「………」
牛島は良くて、俺はダメなの?
ねぇ、なんで。なんでアイツなの。
「………牛島には、抵抗しないのに俺にはするんだね」
「何言って…」
中途半端に言葉が途切れて、ああ、思い当たったのかとなんとなくわかった。表情は変わらずとも、わかるよ。好きな人だもん。ずっと見て来たから。それに彼女は、不器用すぎるし。
「見てたの……?」
「うん。俺、牛島と律ちゃんが仲良いとか全然知らなかった」
「あれは、別にそんなんじゃないし」
そんなんって、軽い関係でもないくせに。パーソナルスペースが狭いのに、俺はダメでアイツは良いの?
「そんなんって、何。なんで、いつも………」
俺ばっかり、好きみたいだ。
律ちゃんの顔を見ていられなくて俯く。
どうしていつの間にこんなに大きな差が生まれてしまったんだろう。
どうして、俺じゃダメなんだろう。
「拒絶、しないでよ」
「、今の及川は嫌だ」
「何それ。だったら、律ちゃんは……いつになったら、」
いつになったら、俺に落ちてくれるの。
言葉に出したら止まらなくなりそうで、そしたら自分の心の中にある汚い感情が彼女に伝わってしまいそうで、怖くて息を吐いた。
やっぱり無理だ。律ちゃんのことは好き。世界で一番。
でも、俺じゃ彼女の一番にはなれない。
だったら、もう友人として彼女の隣に立ちたいとも思えなくなってしまった今、俺はもう彼女を突き放すしかない。
全てを押し殺して、いつかを待とう。律ちゃん以上に素敵な人なんている筈がない。でも、地球の人口の半分は異性だし。この外見だし、割となんとかなるかもしれないし。
「……うん、うん。ごめんね、突然。
………分からないよね、櫻井さんには。俺の気持ちなんて、分からないよ」
「、及川?どうし「ごめん。もう、いいよ」
嫌だな、コレが最後になるのかななんて思うとじんわり涙が溢れて来て、パッと顔を逸らして背を向けた。もう二度と泣き顔なんて見せられない。見せたくない、絶対に。
「ランニング、途中だったんでしょ。ごめんね、引き止めたりなんかして。もういいから、行って」
「ちょ、及川……」
「行ってよ。お願い」
引き止めないでよ、その気がないのなら。無理やり全部奪って、滅茶苦茶にしてやりたい。行かないでって、俺だけのものになってって縋り付きたい。
律ちゃんに、消えない傷を残した彼女達を少し羨ましく思ってしまった。だって、ずっと覚えていてもらえる。
「……ねぇ、ブランクあるのにユース合宿に行くことになったって、気分はどう?」
目に見えて、雰囲気が変わった。固まったとわかった。
俺って、こういう男なんだよ。律ちゃんが思ってるほど綺麗でもかっこよくもないよ。
「やっぱり、櫻井さんも牛島と同じだよ」
「やめてよ」
「俺がどれだけ努力しても手が届かない場所を、いとも容易く飛び越えていけちゃうんだからサ」
「ねぇ、だから……」
「流石は、女帝だね」
「おいかわ、」
彼女と初めて会った時言われた言葉を思い出して、コレが本当に最後だと、せめて笑顔で言ってやった。
「櫻井さんは、天才だもんね」
怒りに任せて振り上げた手が、乾いた音を立てて俺の頬を叩いた。痛い。暑い。でもきっと、彼女の方が何倍も、痛い。
好きなのに、大切なのに俺は律ちゃんを傷つけた。
「………っ、あなたの口から、そんな言葉聞きたくなかった」
そう言い残して振り向くことなく走り去った彼女の背を涙で濡れた目で見つめ、その背中が見えなくなった瞬間その場に崩れ落ちた。
「っは、………はは、ふっ………」
もう、笑えてくる。
俺はこの先、一生このまま進むことは無いんだろうな。そう思いながら流れる涙をそのままに空を見上げた。
「好きだったよ、律ちゃん。………バイバイ」
* * *
自分のことを天才だなんて思ったことは無い。この勝利は、今までの自分が積み重ねて来た努力の結果なのだと、胸を張って言えてたから。
「………」
あの後家に帰った私は、すぐにお風呂に入って湯船に潜った。そのままの顔だと、お母さんに何を言われるか分からなかったから。公園から家に着くまで、いつの間にか流れていた涙は止まることを知らなかった。
心配させないと約束している。だから、こんな情けない顔見せられない。
「櫻井?」
「えっ、あ、ごめん。何?東峰」
「いや、なんとなく?大丈夫かなって」
ジャンプサーブを安定して使えるようにしたいと言った東峰の練習に付き合っていたというのに、いつの間にか思考が外側に引っ張られていたみたいだ。
「大丈夫。ごめんね、ちゃんとするから」
「櫻井、この前スガと影山と少し揉めてただろ?
何かあったら、言えよ」
「………うん、それに関しては心配しないでいいよ」
「そうか?大地が妙に心配してたんだよなぁ〜」
「部の輪を乱したこと、何も思わなかった?」
「寧ろ今の烏野なんて乱れっぱなしだろ」
東峰は笑いながらそう言った。
確かに今はそれぞれ個人で考えて練習するようになっているから、練習場所もあまり足りていない。
「俺は、あの衝突があったから今の状態だと思うし。
結果としてよかったんじゃ無いか?」
「だったら、良かった」
第二体育館では東峰がサーブの練習を、西谷がセット練習をするとのことで私はサーブを中心にダメ出しとアドバイスをしていくことになった。時々日向の元には向かうけれど、烏養さんがいるからきっと大丈夫だろう。澤村や菅原は第一体育館でシンクロ攻撃。山口は嶋田さんのもとでジャンプフローター。………唯一変わらないのは、月島だけ。別に、それに関しても何も言うつもりはないし、部活だから。本人の意思次第だし。
夏休みにも入り、そろそろ二回目の東京遠征が待っている。
「長期合宿は春校予選前、最初で最後です。
悔いの無い様、このチャンスを貪り尽くしましょう」
出発が深夜零時なので、今日の自主練は無しで解散。夜にまたここに集合だ。荷物をまとめて帰ろうとしていると、影山に呼び止められた。
「櫻井さん!………一緒に、帰りませんか?」
「いいよ、待ってるから着替えて早くおいで」
「ッス」
影山は部室に早く向かい、ジャージに着替えてすぐに降りてきた。最初は無言で歩いていたが、突然影山が声を出した。
「櫻井さん、俺………あの時はスイマセンでした。
スパイカーのこととか、何も考えてなくて」
「影山が悪いわけじゃない。あの時は私も言いすぎた」
影山は少し苦い顔をして、視線を逸らしながら言った。
「………オフの時、及川さんに会って。櫻井さんと同じこと言われました」
そういえば、会ったって言ってたっけ。助言したのか聞けば、曖昧な返事をしていた気がする。正直、そのあとの会話に意識を持っていかれてあまり覚えていないけれど。
「櫻井さんは、まだ昔のこと引きずってますか?」
「今は、あんまり。……チームメイトとちゃんと話したしね」
「話したんですか?」
「うん。影山も、うまくいくといいね」
日常生活も、バレーも。面倒くさいことは嫌い。
特に人間関係は、中学時代散々苦しんだから。
「やり遂げて見せます」
「うん、期待してる」
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