「なあなあ!スカイツリーどこ!?」
「えっスカイツリー…?」
「あっ!アレってもしかして東京タワー!?」
「エッ…アレは…あれは普通の鉄塔………だね」
夜に烏野をバスで出発した私たちは、翌朝、埼玉森然高校に到着した。朝から迎えに来てくれたのは、黒尾と海君と孤爪君の音駒の三人で、合宿初日の田中と西谷を彷彿とさせる会話を日向はしていた。
「何なの宮城には鉄塔ないの?あの会話デジャブるんだけど」
「東京にある鉄塔は東京タワーに見えるんだよ地方人は!」
「おい暴言。あと、ここ埼玉な」
朝からみんな元気だな、と思いながら欠伸を噛み殺してると目に涙が溜まってきたので、それを指先で拭った。
元々朝は弱い方だし、これはまだ頑張って起きている方だ。
「律、なんか眠そうだな」
「うん、………ちょっと、まだ寝そう。
今日から一週間、またよろしくね、黒尾」
「、……じゃなくって?」
あ、ああ。そういえばと思って、少しにやけている黒尾の背中をバシッと叩いて言った。
「よろしくね、鉄朗」
「おう!」
ううん、周り……詳しく言うと潔子と仁花ちゃんからの視線が痛い。前回の遠征でかおりと英里を筆頭にマネージャーの皆から黒尾とどういう関係なのかと聞かれていたから、またここで関係が変化したと知られたら色々突っ込まれるのかなぁなんて思った。
『俺、櫻井こと本気で好きだ』
前回の遠征最終日、帰り際になって、私は鉄朗に告白された。
その時の会話を思い出して、少し胸が熱くなる。
『………ごめん、黒尾のこと、そういう目で見たことなかったから、驚いて』
『だろうな、わかってたよ』
『うん、ごめん。私は………
私はまだ、及川の事が好きだから』
『そっか』
『うん。だから、黒尾とは付き合えない』
及川が他の女の子とキスをしているのをバッチリ目撃した。それでも、私はまだ彼のことが好きだから。失恋したとしても、この想いが消えるまでは他の誰かと付き合うこともしたくない。
『妬けるなぁ……オイカワ君に』
『黒尾のことは大切な友人だって思ってる。
距離が遠くても、会えなくても、いつだって私の背中押してくれるから。だから、これからもそうであってほしい』
『おう。ま、俺はお前の友人であり、ファンでもあるからな』
ファンて。なんて薄く笑って、儚げに笑う黒尾を見た。
我儘を言うのを許して欲しい。どんな気持ちだったんだろう。
今まで、友人として接して来たからこそ、不躾に私は色んなことを話した。昔のことも、及川の事も。だから、私が及川の事を好きだと知った上で告白した黒尾は、どんな気持ちで告白したんだろう。自分の気持ちはちゃんと自分の言葉で伝えた方がいいと梓さんに言われたけれど、次及川と会った時、私は本心を彼に話すことが出来るんだろうか。
『あ、友人ついでに。俺、今度から律って呼ぶな』
『いいよ、それくらい』
『おう、だから律も俺のこと名前で呼んで』
『え、まぁ……うん。善処する』
『善処って』
同性の名前は気軽に呼べるのに異性の名前は呼べないのは、きっと昔の恋愛に対するいざこざが心残りだからだ。若利は名前で呼んでるけれど、それはなんとなく、聖臣に流されてそうなっただけだし。曖昧な返事しかできないのを許してほしいと笑った。
もし、私の及川への想いが消えた時……隣に鉄朗がいたら、彼と歩いて行くのかななんてぼんやり考えて、待たせてるわけでもないのにとその考えを振り払った。
「流れ弾には気をつけろよ?」
「大丈夫。そこまでぼーっとしてるわけでもないし。
私、低血圧だから朝とか弱くて」
「へぇ、いつもピシッとしてるからなんか意外」
「そう?時々貧血でフラつくし、鼻血とか出すよ」
年に一、二回くらい朝から気分を悪くして立ちくらみを起こすことがあると話すと、それはそれで心配された。
体育館へと入ると、他のチームは既に到着していた。まぁ、烏野が一番遠いから仕方が無いのだけど。すぐに荷物を置いて準備をする。私は今回も時間さえあれば参加したいな、と思いながらシューズを履いた。
今回は試合中にメンバーをガンガン変えていくとのこと。
それぞれ進化途中にある出来ていないことをできるようにさせるため、実戦で使える様にするためだと思った。成長する側もする事は沢山あって大変だろうけれど、選ぶ側、指導者も出来ることが多くなればなるだけ考える事は多くなる。
トスがうまくいかない影山に、空中でしっかり対処できるようになった日向。初日の一年コンビのえらい違いに他のチームはポカンとなっているが、いい傾向にあるなと試合を見ながら思った。
二人だけじゃなく二、三年もそれぞれの攻撃を磨いていってるが、攻撃のアップばかりで防御に力がない。そうなれば、大エースを有する白鳥沢にはどうしても劣ってしまうだろう。
そこは、チーム一の長身に出てきてもらいたいところなんだけど。
「…『今回のペナルティは森然限定!さわやか!裏山深緑坂道ダッシュ!!』…だそうだ。じゃあ、ヨーイ…」
「澤村、私も走る」
「えっ、でも」
「いいから。少しでも動きたい。
じゃんじゃん新しいこと試して、負けてくれていいからね」
んじゃ、ヨーイ、スタート!と澤村の声に合わせて走り出す。マネージャーの方に参加しているとはいえ、やはり折角の機会なのだから参加しないわけにもいかない。私は圧倒的に時間が不足しているのだから。春高予選まではチームを第一に、とは考えるけれど、細かい時間を見つけて練習したいし。
* * *
「うおっ、烏野のマネージャー、走ってる」
木葉の言葉に反応して、外で澤村達とペナルティをする律を見てニッと口角を上げた。プレースタイルは勿論のこと、こうゆうストイックなところもカッコ良くて好きだ。
「何だ?黒尾、お前あの……櫻井さん?と仲良いよな」
「まぁな…マネージャーでも、選手だ。体動かしたいんだろ」
「雀田が言ってたけど、ユース合宿行ったんだっけ?
何でマネージャーなんだろうな」
律の事情を此処にいる大体の奴らは知らない。怪我していたとか、トラウマがあったとか、ブランクがあるとか。それでも、こういう視線を物ともせずに自分の考え方を貫く彼女をとてもかっこいいと思うし、友人としても誇らしく思う。
やっぱり好きだなって。告白して、ハッキリと振られた。『オイカワの事が好きだから』と。でも、それでもそんな簡単に諦め切れるはずもないから、一応区切りは付けたけれどこの想いを胸の内に秘めたまま、律と友人でいることにした。
まぁ、何かあればまっ先に駆けつけて背中を押して、あわよくば……なんて考えも無いことは無いが。
「カッケェだろ、アイツ。俺、昔からファンなんだよね」
「ファン?え、お前何言ってんの」
「研磨、お前の幼馴染頭おかしくなってんぞ」
「あ、クロが櫻井さん好きなのは昔からだから」
「は!?」
俺のことをよく知っている研磨は俺の気持ちをサラッとありのまま話し、会話を混乱させる。まぁ、本当のことだし別にいいけど。
周りに全く引けを取らないスピードで走る律を見て、コートに視線を移した。
………取り敢えず、俺の想いが消えるまで、まだ諦めさせないでいてくれよ。
* * *
本日最後の試合が終わり、各自体育館の空いているスペースで自主錬をする。
私も昼に鉄朗に練習しようと声をかけられていた事もあり、その誘いに一も二も無く乗った私は、潔子に「仕事は私たちでしてるから、行って来ていいよ」と背中を押された。
第三体育館でやってるからと聞いて、東峰のサーブ練習を見てから行くと伝えておいた。
「東峰、今のは入れることに意識向けすぎで威力出てない」
「うっ」
「旭さん!!サーブは攻めてナンボですよ!!」
レシーブに参加する西谷も私も、思っていることは包み隠さず言うから、容赦ない言葉のダブルパンチを食らう。それでも、東峰はそれも意識しながらまたサーブを打った。今日の試合中でもアウトになろうがめげずに挑戦し続けていたあたり、少しメンタル強くなって来たのかな、なんて思う。
サーブもレシーブもスパイクも、慣れだ。やった分だけ力が身につくと、私は信じてるから。
「トスはもう少し高くしていいよ。東峰タッパあるし、打点は高い方がいい。
あとは全力で飛んで、全体重をボールに乗せて」
「おう。………前々から思ってたけど、櫻井は努力家だよな」
「、何?突然」
籠に入っていたボールが無くなったのか、休憩しつつボールを拾いながら話す。
東峰は突然じゃ無いよ。と言い、西谷もそれに続いた。
「大地さん達がさっき言ってたんすよ。ペナルティだけでもって参加して、女子一人なのにスゲェって!」
「そうそう。ユースに呼ばれるほどの実力があるってのも知らなかったし驚いたけど、やっぱ櫻井の凄いところって、実力を身につけるまでの過程なんだなって思ったんだよね」
「アドバイスも的確で、それだけ律さんが今まで積み重ねて来たんだろうなって。
負けてらんねぇ、って思います!」
実力を身につけるまでの、過程。
『櫻井さんは、天才だもんね』
及川に言われた言葉が頭の中をよぎった。彼が一番、私を見てくれていると思っていたのに、そうじゃなかった。一番、言って欲しくない言葉を、言われたくない人に言われた。
それでも、私をちゃんと見ていてくれる人は他にもいる。
大丈夫だよ。及川がいなくたって、みんないるもの。
「……努力の壺って話、知ってる?」
この話を私が初めて聞いたのは、お母さんだった気がする。その話をずっと思い浮かべて、練習し続けて来たから。
「人はそれぞれ目に見えない【努力の壺】を持っていて、それは人によって色も形も大きさもバラバラ。練習したり努力したりすればするだけその壺の中身はいっぱいになっていくんだけど、それは目に見えないからどらだけ頑張ればいっぱいになるのかわからない。それが自分に合っている練習方《いろ》なのかも、どれだけ頑張ればいいのかの時間《かたち》も、全部わかるのは結果が出た時だけ。
……みんなが今していることが確実に結果に出るかどうかは、その壺がいっぱいにならないとわからない。でも、私はずっとそうして練習して来たよ。
色や形を探りながら、自分に合うスタイルは、練習方法は?どれくらいでいっぱいになるとか、考えなくていいの。結果が出た時、あ、溜まってたんだな。って感じることが嬉しいから、それを信じて続けるだけ」
私の話を静かに聞いていた東峰と西谷は、笑った。
「じゃ、俺たちも努力貯金しなきゃっすね!!」
「だな」
私は二人の様子に安堵して、鉄朗達がいるらしき第三体育館へと向かった。
第三体育館に入ると、灰羽くんが死んでいて、鉄朗と木兎君、赤葦君、月島が練習していた。
「行くぜ!!」
「メガネ君はストレートをキッチリしめとけよ」
鉄朗と梟谷二人が仲良いのは知っていたけれど、まさか月島がその中に混じっているとは思わなかった。
「………珍しいね、月島が自主錬するの」
「おっ、律!やっと来た」
「別に……」
鉄朗がニヤリと笑みを浮かべながら、月島を挑発する。
「悠長な事言ってると、あのチビちゃんに良いとこ全部持ってかれんじゃねーの?同じポジションだろ」
「、」
少しの不自然な間が開き、月島は笑って言った。
「それは仕方ないんじゃないですかね〜
日向と僕じゃ、元の才能が違いますからね〜」
月島の異様な雰囲気を感じ取ってかそのまま何も言えずにいると、音駒の面々が体育館に入ってきて、月島はお役御免だと体育館から出ていった。
「なんか…地雷踏んだんじゃないですか?黒尾さん」
「怒らした。大失敗じゃん、挑発上手の黒尾君」
「いや…だって思わないだろ。烏野のチビちゃんは確かに得体がしれないし脅威だけど、技術も経験もヒヨコだろ、それにあの身長だし。
それをあの、身長も頭脳も持ち合わせてるメガネ君がチビちゃんを対等どころか、敵わない存在として見てるなんてさ」
鉄朗の言うこともわかるけれど、私はそこまで月島に関しては特に気にしてない。勝つためには努力するほかないと思う。でもそれは、当人の気持ちの問題だし強要する気は無い。
「律はあのメガネ君についてはなんかねーの?
澤村に聞いたけど、コーチらしく指導してるんだろ」
「………月島は、私がアドバイスしないといけないくらいバカだと思わないし」
「…………は?」
私の鉄朗に対する答えに、木兎君も赤葦君もポカンとした。
「努力は、強要するものでもないでしょ。そりゃ、勝つためには実力をつけなきゃいけないし、その為に練習がある。強くなりたいって考えてる人はその分一直線だし、その点月島は、まだ熱くなりきれてないだけじゃない?」
「お前、割と冷たいこと言うね……」
「そう?でもさ、鉄朗が言ったとおり、月島は頭が良いんだよ。
何でもスマートにかっこよくこなす月島が、単純なことに気づかないわけがないわ。バレーがヘタクソで降格なんて、凄くカッコ悪い。
月島らしくないとは思うけど」
「ふうん………」
「…『努力した者が全て報われるとは限らない。けれど、成功した者は須く努力している』」
「磨杵作針、ですね」
「マショサクシン??」
「おい受験生」
話を聞く面々から視線を移して転がっていたボールを拾う。
数回ドリブルして、エンドラインで構えた。それを見た鉄朗が真っ先にレシーブの構えに入ったので、位置を確認してトスを上げる。
まだ昔の様にうまくいかないものの、綺麗に入ったジャンプサーブをキッチリセッターの位置に返す鉄朗。そのボールを上げたのは犬岡君で、福永君へ繋いだ。
いつの間にかそれぞれが着きたい位置について、流れでそのままミニゲームが始まった。
数回ラリーが続き、結局福永君のスパイクをキッチリ拾って赤葦君へ繋ぎ、木兎君のスパイクで綺麗に締めた。
「あーーーっクソッ!」
「やっぱ、ねちっこいなぁ……」
「悪口!?」
「褒め言葉。私、そこまでレシーブに参加してこなかったし」
サーブとスパイクを磨き続けて来たし、中学の頃もそこまでレシーブに参加することなく試合をしていたから、スパイクもサーブも綺麗に拾い上げる音駒の選手は凄いと思う。
「キミ、女子にしては力強いサーブ打つね。
前もスパイクの左打ち見てて思ってたけど、ウィングスパイカーだろ?」
レシーブのことを考えていると、木兎君に話しかけられた。
「俺、木兎光太郎!タメだろ?タメでいいぜ!」
「あ、うん。櫻井律です」
バシバシと肩を叩く力が強くて痛いが、初めて話すタイプだ。元気すぎるくらい元気だけど、日向や犬岡君とはまた違う。
「木兎さん、櫻井さん痛がってます」
「お?悪い悪い!」
「梟谷二年の赤葦京治です、木兎さんがスイマセン」
木兎のことなのに赤葦君が謝るのかと思いつつ、よろしくねと返す。騒ぐ木兎をスルーしつつ赤葦君と話していると、鉄朗がそこに加わってくる。
「で、律も来たし人数いるし、このままゲーム続けるか?」
「!俺も、俺も入れてください……!」
「お前はレシーブだリエーフ!!」
端の方で夜久君に厳しく絞られている灰羽君に視線を向けた。別に、私は練習できればいいけれど、バランスが少し悪いというか、セッターが赤葦君しかいないのがなぁ。
「ん?あれ、鉄朗サーブ教えてほしいって言ってなかったっけ。いいの?」
「ああ、でも人数いるしな」
ゴールデンウィークの時も少し思っていたけれど、繋ぐことを意識するだけ合ってレシーブが綺麗な音駒だけど、スパイクやサーブにおける絶対的な得点源が弱い。でも、それは本人達も自覚はあるようで、ジャンプサーブを強化したいのだと言っていたのを思い出した。
「………やっぱ、仲良いよな二人」
「え、」
「ですよね!黒尾さんて、女の人と会話しなさそうなのに!」
木兎の呟きに犬岡君も乗って来た。私は鉄朗と視線を合わせて、はたから見たらそこまで意外なのかと不思議に思う。
「距離が近いとかではなくて、話してるのをよく見かけるな、みたいな」
「ソレソレ!」
「気づいた?実は俺ら付き合っ「怒るよ」
確かに好意は持たれていると自覚しているけれど、茶化されるのは気分が良くない。
「そんなんで付き合ってないとか!!つまんないよ律!」
唐突に会話に入って来たのは雪絵で、全員ビックリして体育館の扉を見ていた。
「ビッックリした……!!驚かせんなよ雪っぺ!」
「私、夜久君に練習切り上げるよう頼んだんだけどな?」
「アッ」
ハッとして時計を見れば、夕食が終わる時間に迫っていた。わざわざ呼びに来てくれたのか、と思いながら急いでコートを後にする。
「律、怒ってる?」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら食堂へ向かう中、コソッと鉄朗が話しかけて来た。
「怒ってはないけど、ああいうのは少し気分が悪い。
……あなたの気持ちには答えられないけれど、そういうのもやめてほしい」
「おう、悪い……調子乗った」
まだ、及川への気持ちを捨て去ることができていないから、まだ。曖昧な態度を取っていることはわかっている。
「ううん、私こそ……ごめん」
次の日。朝食の前からボールに触れている日向を見て、よく続けているとご飯を渡した。
「日向は、なんでメシの前からボール持ってるんだ?」
「え?あ、リエーフ、研磨おはよー!」
自在にボールを扱えるようになるために常にボールに触れていることが大事だと、烏養さんによる教えだ。私も今は左打ちを練習しているから、左利きのボールハンドリングに力を入れている。灰羽君は「持ってるだけで上手くなるのか?」と不思議そうにしていたけれど、これは意識の問題だと思う。
「櫻井さんもよくボールハンドリングしてるでしょ。常に触れることでボールの感覚に慣れたりするのが目的ってこと。
ただ持ってるだけじゃなくて、どういう場面でどう使うか、そういうのも考えてると思うよ」
「なるほど」
孤爪君は知っているのに実行はしないんだな、と思いながらご飯を渡した。
「研磨さんも櫻井さんと仲が良い…!?」
「別に。クロが追いかけてたから知ってるだけ」
「、鉄朗が?」
「櫻井さん、昔はよく雑誌とかにも載ってたし。そういうの、クロは集めてたから……ファンなんだって」
「雑誌……!俺も、読んでみたい!」
「いや、私は取材とかろくな返答していなかったし、嫌な思い出しかない……」
試合終わりとか、試合前に話しかけてくるのはどうかしてると思う。そういう意味で塩対応していた記憶しかない。でも、そういうのも鉄朗は所持しているってことか。
「………処分、頼んでもいい?」
「絶対無理だと思う」
そう言った研磨君は思い出したように笑って、海君達と食堂に来た鉄朗を見た。二人は幼なじみだと聞いたけれど、及川と岩泉とは本当にタイプが違うと思う。それに同級生というわけではないのにずっと一緒というのも不思議だ。とは言え決してべったりというわけでもないけれど仲が良い。
「クロ、櫻井さんのこと大好きだから。仲良くしてあげてね」
「あー………ウン」
孤爪君は鉄朗と仲の良い幼なじみで、どういう思いで私を見ていたのかを知っているのかもしれない。だから、素直に頷くことはできなかった。
「皆さーん!
森然高校の父兄の方から、スイカの差し入れでーす!」
昼過ぎ。食堂で切ったスイカを間食にと配りつつ外で食べていると、鉄朗が澤村達に昨日の月島のことについて話していた。そこで田中が、月島のお兄さんが小さな巨人と同じチームにいたらしいということをお姉さんから聞いたと言った。
ということは、烏野が一番強かった時代に月島のお兄さんもいたということになるのだけど、多分私は面識が無いと思う。当時は私も中学生な訳で、宇内さんと会ったのも烏養さんの家だったし。
「何でそんなに月島を心配してるの?」
確かに攻撃力アップに力入れてるから月島がブロックとして進化するなら烏野は強くなれるけれど、努力は強要するものでも無い。皆自分から動いてるのに、月島は自分からしないとか思わない。最初から、そんなに心配してない。
「そうだな。俺たちがとやかく言う事でも無いだろ」
入部してすぐにやった三対三の時、トレーナーを脱ぎ捨てた月島を見た時から、心配なんてしていない。冷静沈着で、クールだけど負けず嫌いなところもある月島だ。しかも、頭も良くてバレーにも詳しい。私が新山女子の話をした時にもサラッと県内の女子の強豪だとわかっていたし。
澤村もその事を覚えているんだろうな、と思いながらまた練習へと戻っていった。
練習中のみんなの熱の入り様は良いけれど、所々周りが見えていないかの様に手を出しすぎて接触をする機会が増えた。
「み…皆気合い入ってますね」
「前回の練習から皆今までに無いくらいやる気に満ちてるんだけど、たまに…ちょっと怖いくらいでさ」
「?」
「前回みたいなのは大怪我に繋がりかねないから…」
潔子は前回の練習中日向と東峰が接触したのを思い出したのか、少し心配そうに俯いた。
私が怪我で一度選手としての参加を辞めたのもあり、思うところがあるらしい。
「……頑張りすぎるのも、少し悩ましいよね」
短く上がったボールを打とうと日向が構えたものの、そこは東峰から何か感じたのか引き下がった。
「…心配、いらなかったかもね…」
「うん」
東峰はここ最近エースとしてやっと本領発揮して来た様な気がする。元々体格も良くて力もあるからウィングスパイカーとしては申し分ない。ただ今までは、それにメンタルが伴わなかっただけだ。
そうして時間的にも最後だという試合を終えて、潔子と話していた。
「律は今日も黒尾君達と練習?」
「そう。でも、私は体弱いし、夏は体調崩しやすいから休める時に休まないと…」
「体力足りなさそう」
「疲れる。でも、強い人と戦うのは自分の為になる」
「!」
「利用してるんだよね……昔から」
「?」
中学の時からずっと、私はエースとしてコートに立っていた。だからこそ梓さんの言う通りだと思う。勝ち続けるから、楽しさを見出せなかった。
「同級生にも全国にも、張り合ってくれる選手がいなくて。だから勝敗に興味がなくて、バレーなんて好きじゃないって思ってた。……でも、いつだって私の前には高い壁があった」
どれだけ頑張れば特別になれるかわからなかった。それでも、若利がいるから彼のようにと思っていた。
「私は女で、どう足掻いても同じコートには立てない。だから、アイツを倒すっていう夢をみんなに押し付けてるだけかもって、思う時がある」
そんなことはないと思っていても、たまに。昔及川と岩泉に託していた時のように、同じことを烏野でも繰り返しているのだ。
「でも、みんな楽しそうだからいいんじゃない?」
「………そうかな」
「そうだよ」
「ヘイ眼鏡!君今日もスパイク練習付き合わない?」
「!、すみません。遠慮しときます…」
練習終わり。昨日した仲なので、と木兎が月島を誘うが、見事に断られていた。
「?あっそー?黒尾ー」
「えー」
「まだ何も言ってねーよ!律ー!」
「何?」
「はぁ……黒尾ってば酷いんだぜ!?」
「木兎さん、話ズレてます」
「そうだった!このあとスパイク練習しよーぜ!」
いいけど、私鉄朗とサーブ練もするよ。と返事をすると、してくれるんならいいや!ヒャッフー!とテンション高く第三体育館へ向かう木兎。その背中を見て赤葦君に話しかけた。
赤葦君は滅多に表情が変わらない梟谷の二年生セッターで、明るく元気な木兎とは対極の筈なのに行動を共にしていることが多い。無茶しようとする木兎に合わせて割と挑戦的なセットアップもするし、さすが強豪のセッターと言うべきなのか、いつだって冷静でブレない。
「赤葦君って、木兎の言いたいことよくわかるね」
「………セッターですから。それに、木兎さん単純ですし」
「そう……それもそうか」
赤葦君と話しつつのんびりと体育館に向かうと、鉄朗と木兎は既にボールを手に取っていた。
「おっそーい!無表情組!!早くやろーぜ!」
「無表情組……!」
「木兎さん、失礼ですよ」
キャンキャンと騒ぐ木兎と、隣でツボッて笑う鉄朗を見て、私はシューズを履き替えている赤葦君にまた一言伝えた。
「なんか、木兎のことうまくコントロールできるのって、赤葦君だけな気がする」
「はい?……でも、櫻井さんも色々大変ですよね」
「……そうでもないよ」
昔と比べたら、今が一番楽しい。
きっと、これから先もずっとそうなんだろうけれど。
「まぁ、色々悩みは尽きませんが、頑張りましょう」
「無表情組同士?」
「無表情組同士、です」
そうだね。と赤葦君に返して、練習を始めた。
四人で練習をしていると、珍しく月島が体育館にやってきた。
さっき木兎の誘いを断っていたこともあって、おや?と鉄朗と木兎がウザイくらい反応しているのはスルーして、私は月島の話を聞きながら休憩がてらドリンクを飲んだ。
「…聞きたい事があるんですがいいですか」
「いーよー」
「すいません、ありがとうございます」
月島にしては珍しい行動に、一体何を聞きに来たのだろうと耳を傾ける。
「お二人のチームはそこそこの強豪ですよね。
全国へ出場はできたとしても、優勝は難しいですよね」
「ムッまぁね!」
「不可能じゃねーだろ!!」
「まぁまぁ、聞きましょうよ。仮定の話でしょ」
鉄朗と木兎を赤葦君と宥めつつも月島の話をそのまま聞く。
「僕は純粋に疑問なんですが、どうしてそんなに必死にやるんですか?
バレーはたかが部活で、将来履歴書に『学生時代部活を頑張りました』って書けるくらいの価値じゃないんですか?」
月島の話はそこそこの成績しか出していないチームではよくあるようなことで、よく県予選の試合とかで耳にすることはある。この質問に強豪の主将二人はなんて答えるのかと視線を向けると、木兎はやたら真面目な顔をして言った。
「『ただの部活』って、なんか人の名前っぽいな………」
「!おお……タダ・ノブカツ君か……!」
真面目なトーンで言う二人を赤葦君と月島と白い目で見る。
「いや待てちげーよ!たかが部活だよ!」
「!!ぐあぁ!?そうか〜っ!人名になんね〜っ!」
「惜しかった!」
「………ツッ込んだ方がいいですか?」
「いいよ、限りがないから」
「元々あんな感じだしね」
はぁ……とため息を漏らして、月島を見る。
「月島はさ、実際本気でバレーに取り組んだことないよね?」
「………?はい」
「好きじゃないことでも、目的さえあれば本気で取り組める。
だから、何でバレーしてるのか考えてみたら?」
実際容量の良い子は、普段の練習だけでも充分やっていけると思う。自主練のために遅くまで残らなきゃいけないなんて決まりも無いし、それが偉いとも思わない。力があって、成績も実力もあるのなら、それで良いと私は思う。そして、月島はそのタイプだと、自主練はしないタイプだと思っていた。
「あーっ!眼鏡君さ!」
「月島です…」
「月島君さ!バレーボール楽しい?」
「………?………いや…特には……」
「それはさ、へたくそだからじゃない?」
直球すぎる木兎の言葉に、月島は衝撃を受けた顔をした。
「俺は三年で全国にも行ってるし、お前より断然上手い!」
「言われなくてもわかってます」
「でも、バレーが楽しいと思うようになったのは最近だ」
「?」
木兎の話に、私も意外だと純粋に思った。いつも騒ぎながらバレーをしている彼は、及川や影山と同じように小さい頃からバレーに触れて、その時から楽しい、好きなんだと思っていたから。
「ストレート打ちが試合で使い物になる様になってから。
元々得意だったクロス打ちをブロックにガンガン止められて、クソ悔しくてストレート練習しまくった。んで、次の大会で同じブロック相手に全く触らせずストレート打ち抜いたった。
その一本で『俺の時代キタ!』くらいの気分だったね!!
その瞬間が有るか、無いかだ」
ケラケラと話していた木兎の顔が真面目になり、これからのことを本当に楽しむかのような、挑戦者の顔つきになる。
「将来がどうだとか、次の試合で勝てるかどうかとか、一先ずどうでもいい。目の前のヤツブッ潰すことと、自分の力が百二十%発揮された時の快感が全て。
まぁ、それはあくまで俺の話だし誰にだってそれが当て嵌るワケじゃねぇだろうよ。お前の言う『たかが部活』ってのも俺はわかんねぇけど間違ってはないと思う。
ただ、もしもその瞬間が来たら、
それが、お前がバレーにハマる瞬間だ」
木兎の話が終わり、鉄朗と木兎にブロックよろしくと入れられる月島を見て、口角を上げた。
「?櫻井さん、なんだか嬉しそうですね」
「うん、次は勝てるなって思っただけ」
「はぁ………」
月島が進化すれば守備力がグンと上がる。だから、この合宿で進化させる。そしたらきっと及川達にも勝って、決勝で若利のスパイクだって止めてくれる。
そう期待を込めながら月島に視線を向けると、「うるせぇ梟を黙らせろォ!」「やってみろやああ!」と騒ぐ主将コンビに混ざって練習をしていたので、私と赤葦君は視線を合わせてまた混ざることにした。
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