合宿三日目、烏野と梟谷の試合中だった。
 木兎のスパイクは日が経つもののその威力は衰えず、ブロックを苦しませている。それは、昨夜木兎に聞いた話にもあったクロスとストレートの打ちわけにもあるんだろう。それでも、ブロックにも一つの方の方法しかないわけではなく、手に当ててレシーブし易くするためのソフトブロックと、ドシャットの為のキルブロックがある。
「止めなくてもいいんですか」
 タイムアウトの時に月島が言った言葉はチームメイトでさえ驚いていて、繋心さんも困惑気味だった。本当に、人はすぐに進化する生き物だなぁと、木兎が打とうとしたスパイクを気迫で押し殺した月島を見て思った。
「木兎さん、今逃げましたね?」
「逃げたんじゃねぇ避けたんだ!上手に!避けたの!!」
 昨日までは全くなかった月島の変化を感じて嬉しくなる一方、あまり成果が現れない選手もいるみたいだ。
「旭ナイッサァー!」
 自主練であれだけ力を入れている東峰のジャンプサーブは、中々思うように入らずにいてストレスも溜まる一方。毎日少しずつアドバイスを出してはいるものの、背追い込みすぎる本人の性格からなのか、力がうまく抜けないみたいだ。バレーの中でサーブだけは個人でやる事だからわからなくも無いけれど、私はだからこそ好きだったりする。
 繋心さんもこれに関しては悩んでいるらしく、サーブを回しつつも色々考えているみたいだ。
 みんなが練習している間はマネージャーとして動いているけれど、こうも一日に何セットもやり続けているのを見ていると混ざりたくなってくる。
「良いなぁ………」
 なんか、最近こればっかりだ。手に入らないものを望んで、その現実に失望して。嫌になるなと考えていると、繋心さんに丁度聞かれていたのか、目があった。
「おい、律………」
「…!いや、いいよ。私マネージャーだし」
「でもお前な」
「ピンサーでも出したい人いるでしょ、山口とか木下とか」
 ジャンプフローター組は…というか、今サーブ強化に動いている子って皆小心者では?なんて失礼なことが浮かんだものの、だからこそ試合慣れしてもらう為に少しでも多くの機会が要るだろうに。
「だから、アイツらの手本見してやれよ」
「櫻井さんはマネージャーですが選手でもあります」
「やりたい事はやりたいって言わないと」
 武田先生と潔子にそこまで言われてしまうと反論も出来なくなる。でも、練習とはいえ遠征だ。他校にだって迷惑がかかるのでは、と思うと繋心さんはすぐにタイムアウトを取り梟谷の監督である夜中監督の元へ向かっていった。
 うわ、どんどん大事になっていってる気がする。
「許可は貰った。どうする?」
「……いいの?」
「良くなきゃ動かねぇよ」
 本気でチームの一員になりたいと思えた場所だ。そりゃあ、同じコートに立ってみたいって思ってしまうよ。
 私は覚悟を決めて頬を両手で叩いて、髪を結び直した。
「……行きます」
 そう言うと、みんなは何故か嬉しそうに笑った。
 試合に出たい筈なのに、練習したい筈なのに。女子に居場所を奪われて笑うなんて、どうかしてる。
 軽くアップをしながらローテーションで控えている皆に視線を向け、静かに話し出した。
「私じゃそこまで力になれないかもしれないけど……見てて。
 絶対無駄にはしない」
「……!」
 練習とはいえ、六人の試合でコートに立つのは合宿ぶりだと思いながら余っているビブスに腕を通した。
 笛が鳴り、東峰と交代でピンチサーバーとして入る。日向と影山の速攻はうまくいってないし、月島もミドルブロッカーとしてはまだ弱い。西谷と澤村も別の練習をしているし、うまく噛み合わないのは成長途中だから仕方がない。
 でも、負ける気なんて更々無い。

「ここで来たか律……」
 急遽私が入るということで、試合中の違うコートからも視線が集まっているようだった。
 昔していた様に指先をくっつけて集中しながらコートにある情報を読み取り、私がどうするべきかを考える。
 投げられたボールを受け取り、軽く床に叩きつける。いつもであれば「ナイッサァー!」と大きな声をかけるチームメイトも、「サッ来ォーイ!と声をよこす敵チームも、何も発しない。そんな静寂が、何となく心地よかった。

「……うん、」

 ボールを掴んだ手の人差し指で木兎を指す。綺麗な右腕でのジャンプサーブは当たり前として、まず一つ目。完璧なサーブ&ブロックからだ。赤葦君は優秀なセッターで、流石全国区なだけはあり落ち着いている。そしてそれは、他の選手も同様。まずは、手をつけられない五本指のエースから崩す。
 ボールを両手で持つと、丁度いいタイミングで笛がなり、いつもしているようにサーブトスを上げた。軽く助走して、しなやかに腕を振り、めいっぱいボールを叩く。
 ボールは勢いを増して木兎の元に飛び、腕に当たって後ろに跳ねた。
「ッ!カバー!!」
 後ろに下がっていた木葉くんにカバーされるが、そのボールはそのままこちらに戻ってきた。
「チャンスボール!」
 澤村が影山のいる位置に落ち着いて返す。影山はは相変わらず綺麗なフォームでトスを上げる体勢に入った。それを見て、私はそこに飛び込んで、上げられたボールを叩く。
 ギリギリのコースに入った様で、短く笛が鳴った。
「ナイスサーブです櫻井さん」
「ん。トスだけど、もう少し左寄りだと嬉しい」
「修正します」
 左打ちを多めに練習しておきたいから、ほとんど今はサードテンポで打っている。それを伝えると、どちらの手で攻撃するかは私に任せてくれると言う事だった。でも、テンポが遅い分攻撃に捕まりやすくなるので、サインを出しながら調整する。
「それにしても、及川サーブ………」
 ほんとに私が及川と練習してたんだなぁ、と澤村は今更ながらに実感しているみたいに見ていた。
「及川のサーブじゃなくて、私のサーブ。アイツに教えたのは確かに私だけど、もう作り替えられてる」
 またボールを受け取ってサーブを打つ。
 そんなに、似ているのだろうか。打つときはコースや攻撃のことしか考えていないので、私自身サーブのフォームなんてそこまで気にしなかったのだけど、そんなに私と及川って。
 
 考えるの、やめよ。
 
 もう、無駄なこと考えている時間なんて私には無いでしょう。
 反対から、サーブを上手く捉えられなかったからか木兎が煽ってくる。それを普通に無視して、ラインギリギリを狙った。

    *    *    *

「凄い……」
 隣で試合を見ている先生が思わずと言った風に呟いた。俺は昔から見慣れたものだが、他からしたらやっぱり違うんだろう。まぁ、いくらバレーをしているとはいえ、女子の選手までチェックはしねぇだろうし、これを初めて見るのも無理はないかと思い返す。
「……昔から律がサーブがすげぇって言われ続けてきたのは、あのボールコントロールにある。威力を殺す事なく狙った場所に撃ち続けることは勿論だが、それを継続させる頭脳と精神力も周りとは大きく違うわけだ。
 あんだけスピードのあるボールが飛んでくるからな、一瞬の判断が勝負の決め手になる」
 お見合い、アウトかインか迷う一瞬、それだけで体制を崩す。多分、あのサーブがすげぇのはそれだけじゃないが。
 俺は律と試合した事があるわけでもねぇし、本人から聞いた事をふまえて考えただけだけれども『サーブは、バレーの中で唯一個人で点を取れるから好き』と話す律は、まるで自分一人でも試合を終わらせてやるとでも言いそうな雰囲気があった。だから危ういと思っていたし、結局……。
 ピッと短く笛が鳴り、木兎のスパイクによって点が決まったことを知らせた。
 にしても、ここまで力の差を見せつけられた烏野のエースはあいつのことをどう思うのだろう。昔から褒められる度に天才だと呼ばれ続けた律は、自分のことを嫌っている所があるから。

    *    *    *

 役目を終えてコートから出た私は、東峰に駆け寄った。
「……どうだった?」
「あれは俺には無理だわ!」
 あっけらかんと笑いながら答えた東峰に面をくらうが、それでも東峰は笑って言った。
「でも、コートにいる時の櫻井はエースみたいだって思えたよ。
 あんな性格無比のサーブ打てる様になるまで、どれだけ努力貯金すりゃ良いかわかんねぇけど、俺は俺なりに頑張っていくことにする」
「そう………」
 凹んだとかじゃないのなら良かった。
「でも、東峰に『エースみたい』って言われるのも変な気分」
「じゃ、あれだ。裏番」
「ヤンキーかよ!」
 話を一緒に聞いていた菅原にツッこまれ、そのままそこで試合を見ていた。ピンチサーバーとして試合に入ったのは中学の初の公式戦以来で、この位置からコートを眺めるのも懐かしく感じた。
 結局その後は私に出番が回ってくることもなくきっとこれが最初で最後だったんだろうなぁなんて考えた。


 練習終わり、今日も鉄朗たちの自主練習に付き合っていた。
「………」
「な、何?」
 鉄朗にジャンプサーブのアドバイスを出していると、ずっと木兎がジト目で見つめてくる。最初は無視しようと思っていたけれど、途中からもう気になって無視もできなくなった。
「べっつに〜〜〜〜?」
 プイッとそっぽを向く木兎は言葉とは裏腹に絶対何か考えているだろうに、如何にも興味ないですと言った風な態度を取る。
 そんな木兎の様子に、月島と話していた赤葦君が謝りながら言った。
「アレです。試合中、櫻井さんのサーブを取れなかったこと、ずっと根に持ってるみたいで……」
「だって!あの後全然俺んとこによこさねぇし!!」
「それ上げられたら絶対調子乗るだろうなって思ったから」
「乗るよ!!だから勝ち逃げされたみたいでムカつく!!」
「まぁ、律が試合に参加するなんて機会無いだろうしな」
「なんだかんだ自主練以外ではマネージャーですしね」
 鉄朗は小さく「贅沢な悩み持ちやがって」と呟いた。
 その真意は私とネットを挟んで立ちたかったからなのかな、なんて考えて「コイツ、全然隠さなくなったよな」と照れる。
 人差し指で鼻をかいた時、少し違和感がした。
「………あっ」
「櫻井さん鼻血出てます」
 ああ、もうここでか。置いてあった自分のタオルで鼻を押さえると、真っ白なそれはじわじわと赤に染まっていった。
「大丈夫か?」
「平気。毎年こうなるから……」
 そうこうしていると、ドアのところからコッソリ日向が来ていた。
「?相棒はどうしたのさ」
「影山はまた一人で練習!
 研磨にトス上げてもらおうとしたら五本で逃げられた!」
「研磨が五本も自主練に付き合っただけでも凄ぇぞ」
「だからおれも」

「「俺も入れてくださいっ!!」」

 日向と一緒に体育館に入ってきたのは、音駒の大型新人である灰羽リエーフ君だ。合宿中はずっと音駒の誰かしらにレシーブを練習しろと教育をされていたけれど、もういいのか笑顔で入ってきた。
「じゃあ……人数ちょうどいいから三対三やろうぜ」
「え」
「「うおーっ試合だーっ」」
 テンションが上がる一年二人を見て私コートから出た。
「私が審判しとくから、六人でチーム決めな」
「?櫻井先輩はいいんですか」
「少し、休憩」
 マネージャー業務をやりつつペナルティにも参加して。それに加えて今日のピンチサーバーだったから急激に頑張りすぎると良くない。少しずつ慣れていかないと、と休憩に入った。一度洗ってくると、血が止まるまで水場に行く。
 元々体が弱くて、貧血で倒れるくせに熱中症で鼻血を出したり面倒な体質なのだ。もう練習に混ざれないだろうと隅に座って楽な体制になる。
 そして決まったのが、月島・鉄朗・灰羽君のチームと木兎・赤葦君・日向のチーム。身長差が凄くあると思うけれど、これはこれで面白そうだと思いながら見ていた。
 点数が十点を越えたところで梟谷のマネージャーのかおりと雪絵が入ってきた。
「あれ、律もいたの」
「木兎と鉄朗に誘われて。審判だけどね」
「それより、そろそろ切り上げないと。
 食堂閉まって晩ごはんおあずけデスヨー」
 雪絵のその一言で試合は終わり、食堂へと向かった。
 
 就寝時間間近になったマネージャーが寝泊りする部屋では、何時ものように所謂ガールズトークというものが開かれていた。
「んで、今日の律のかっこよさったらもうさぁ………」
「だよねぇ!
 うちの選手でもあんなサーブ打てるのは強羅くらいだよ!」
 かおりが話を始めると、サーブを誇る生川のマネージャーの英里まで褒めるように言った。
「皆注目してたよね」
「ええ〜〜!見たかった!」
 サーブが凄いってのは昔から言われ続けてきたけれど、ここまで褒められるとやっぱり照れる。
「でも、何でサーブ?律って身長高いし、ウィングスパイカーもいいけど、ミドルブロッカーでも行けそうだと思ってた」
「私をバレーに誘ってくれた子がセッターで、その子にトスをあげて欲しかったからウィングスパイカーになったの。
 サーブは、チームスポーツのバレーの中で唯一個人で点を取れるから好きっていうのと……実力を少しでも早くつけたくて、それで一人で自主練ばっかりしてたから」
「ああ、だからサーブめっちゃ上手くなったってか」
「なるほど」
 恋バナとか学校の雰囲気とかばかり話していたからか、選手としての私の話を聞かれると少し言いづらいものがある。特に中学の頃の話は、何て説明すればいいかわからないから。
 私がバレーを始めたのは小学二年生の頃だけど、思い入れが深いのはやっぱり中学時代。そうなると頭に浮かんでくるのは二人のことで、この前梓さんや華と話したことを思い出した。
「……っ、りつ……律!」
「、何?」
「突然黙ったから、びっくりした。どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「………」
 私が『何でもない』といくら言っても、潔子は気付くのだろうけど。
「……本当に、何もなかった?」
「もう……」
「え、どうした?」
 潔子に嘘はつきたくない。勿論、友達や仲間ならみんなにも。でも、言いたくないことだってある。
 ユースの件は、バレーに一直線でいられるみんなのことが羨ましくて、憎らしくて相談できなかったけれど、今悩んでることは一つだけだ。
 
「おいかわ、」
「おいかわ?って、?」
 仁花ちゃんにもわからないだろうに、他校のマネージャーにまで知られるのかと思いつつも口を閉じる事は出来なかった。知って欲しいから。嘘は、つきたくないから。
「中学の時、途中から一緒に自主練することになった男子」
「及川君絡みだと律ってかなり弱るよね……」
「えっ、てことはその及川君のこと……!」
「好きだよ」
 即答すると、きゃあ!と歓声が上がった。遠征初日から鉄朗と私とで恋バナを続けてきたんだから、ここに来て私の好きな人が判明すると、盛り上がることはわかる。わかるけど………
「まぁ、失恋してるんだけどね」
「えっ、ちょ……え?」
 今までの経緯を軽く話すと、無言になってしまった。鉄朗に告白されたことは面識がある以上話してはないけれど。
 他の子とキスしてるのを見て好きって気づいて、それと同時に失恋。それからその子に及川を託し……
 
 『櫻井さんは、天才だもんね』

「喧嘩、しちゃったんだよね」
「うわ………」
 言われたくない言葉を言われた。それにカッとなって、手を出してしまった。ううん、最悪だ。
「でも、もう新しい恋でも見つければ?」
「そうそう、律ならすぐに出来そうなのに」
「美人だし、気が利くしね〜」
 そう言われて真っ先に思い浮かぶのは鉄朗しかいない。もし鉄朗と付き合ったら。気が合うし、私のことをいつだって支えてくれる。多分私は鉄朗とでもうまくやっていけると思う。
 それでも、多分私は……
「それでも、及川君がいいんだよね」
「……うん、」
 及川が他の子と付き合っても、私は多分及川のことを忘れられないし、ずっと好きなんだろう。いつかはこの想いも風化してしまうのだろうけれど、今は他の誰かと恋をすると言うのは考えられない。
「……律って、可愛いね」
「え、」
「可愛いっていうか、尊い」
「は?」
 突然なんだと言うと、かおりが手を握ってきた。
「私は、律が大きく道を踏み外さない限りは何も言わない!
 ……及川君に、気持ち伝えられるといいね」
「……」
 気持ち、か。
 確かに、及川と本音で話したことなんて無いかもしれない。

「うん……そうだね」

 次会った時、話せたらいいな。なんて思った。

    *    *    *

 櫻井先輩は私にとって、初めて見かけた時から憧れの人だ。ずっとかっこいいなと思っていたからこそ、初夏にバレー部のマネージャーとして入部して、以前より関わる機会が増えてからもその思いは変わらなかったのに、昨日の夜は……
「女の子だった……」
「?どうした急に」
 自主練中、影山君にボールを上げながらボヘッと考えていた。
「あっ!ご、ごめんね!!練習中なのに考え事しちゃって!」
「……別に、こっちこそ付き合ってもらってるし」
 影山君は一年生の間でもクールだと女の子から評判がある。でも、バレーをしてる時は割と表情が変わるし、日向と同じくらい熱を入れてて、凄いと思う。
 そう考えると、影山君と櫻井先輩って似てるのでは、なんて思えてきた。って、そう考えて思い浮かんだ。
「か、影山君って櫻井先輩と同じ中学って言ってたっけ!?」
「?おう」
「オイカワさんって知ってる?櫻井先輩と同じ学年の……」
「まぁ、俺の先輩だし……夏のインターハイ予選で、及川さんのチームに負けたからな」
「エッ……」
 影山君はいつもの何考えているのかよくわからない表情で倒れたペットボトルを直した。
「で、及川さんがどうかしたのか?」
「あぁ、いや……
 櫻井先輩と及川さん、喧嘩?しちゃったみたいで……」
 でも、試合の勝敗が恋愛にも関係するだなんて、あんまりだと思うし…昨日の櫻井先輩の様子が頭から離れない。本当に、ただの喧嘩?
「、あの二人でも喧嘩とかするんだな」
「え?」
「いや。俺もあんまあの二人と一緒にいることはなかったけど。
 でも、言い争ってるとかほとんど無かったし、寧ろ誰よりも仲良かったと思って……
 実際及川さんは、櫻井さんの事好きだったんじゃねぇかなって……」
「え!?」
「な、なんだよ」

 か、影山君って………そういうのわかる人だったの!?

 失礼だとは思うけれど、普段の様子を見てると全然興味なさそうなのに!って、それはよくて。及川さんも、櫻井先輩のことが好き?って、どういうことなんだろう。
 何か、物凄く面倒な事態になっている気がして頭に疑問符が飛ぶ。そう考えていると、影山君は少し心配そうに眉間に皺を寄せて言った。
「でも、そうだな……」
「?」
「あの二人が並んでるとこしか想像できねぇから、うまいこといけばいいな」
「……だね」
 影山君でも、そういう……へぇ。
 なんか、意外な一面を見たなぁと思いながらボール出しを終えて、体育館を出た。私は途中で清水先輩に会ったので、二人で部屋まで歩く。
 マネージャーはどうかとか、疲れてないかとか、明日で最後だねなんて。清水先輩は私をマネージャーに熱心に誘ってくれて、普段も色々気にかけてくれる。
「あ、そういえばさっき影山君に聞いたんですけど……」
 影山君との会話を清水先輩に伝えると、あまり驚いていないみたいだった。
 櫻井先輩と清水先輩は普段とても仲が良いから、同じ中学校だったのかと聞けば別で。高校で初めて会ったと話していたから知らないかな、と思っていたけれど。
 清水先輩と櫻井先輩はすごく仲良くて、美人が並んで歩いているのを見ると今でも私は気後れしてしまうレベルだけど……でも、二人とも信頼し合っているんだなって思えて私にもそういう人ができたらな、なんて思えてくる。
「律がバレー部に入る時、中学のことは色々聞いてたの。元々凄い選手で女子バレー部の子からも勧誘されたりしてたしね。
 それで、入ってくれるってなった時トラウマとか、色々…… だから、春に及川君と律を見て、その時律にとって及川君が特別なんだろうなって思ってた。
 
 それに、及川君も。その時の及川君、律しか見えてないって感じの顔だったから」
「……おう、それは、なんというか」
「もう、こっちが照れちゃって。
 帰る時私に『連絡先教えてほしい』って話しかけられたんだけど、今思えばアレは、律が心配で、周りの女子が気になったんじゃないかなって……及川君て顔が良いんだよ」
「顔が」
「そ。多分仁花ちゃんも試合の時びっくりすると思うよ」
 及川さんの女性ファンは熱が凄いのだと清水先輩は話しながら笑っていたけれど、「でも、そうだね…」とあらためて前を向いた。前方には日向と、他校の選手の人と混ざって食堂から出てきた櫻井先輩がいた。

「律には幸せになってほしいかな」

    *    *    *

 それから合宿も終りを迎え、残すところ一日となった。今日も第三体育館ではいつものメンバーで自主練が行われていて、メンバーを変えながら三対三をしていた。そんな中で、やはり身長が高い鉄朗達に木兎は叩きつけるだけのスパイクはしない。リバウンドしてキッチリストレートをキメた。
「こういうところだけは強豪校の主将って感じがする」
「あぁ、わかります」
 ポツリと言った独り言が月島に拾われ、日向とリバウンドについて話している木兎に視線を向ける。
「不思議なヤツだよね、木兎って」
 木兎達との練習で別の戦い方を掴んだ日向は、それを実行に移せるだけの力もついてきた。【誰とでもファーストテンポ】という烏養さんからの課題は、クリアできそうな傾向にあるらしい。あとは、影山の止まるトスの成功によってこの二人の速攻はまた一段と進化するんだろうなと思った。
「このチームで一番成長したのは日向かもしれない」
「エッ!ソッそうですか?」
「ええ〜律ってチビちゃんに甘い」
「そう?でもなんか、目が離せないっていうか」
「それって子ども扱いしてるだけなんじゃ……」
 ニヒルに笑う月島に突っかかる日向に「それもあるかも」と言えば、本当にショックだと言う顔をした。

「仁花ちゃん、さすがに疲れたよね。大丈夫?」
「ハイ!スミマセン!」
 布団を片付けながらふたりを見て呟いた。
「仁花ちゃんと潔子を見てると和む」
「ほんとそれな〜」
 英里もそれに便乗して、照れる二人をうなづきながら見る。
 今回の遠征は今日で最終日。宮城に戻ってすぐに春校の一次予選が始まる。その結果次第では、次なんて無いかもしれない。
 ひとまず一次予選を勝ち抜いて、また八月末と十月にある最後の遠征に来て、そしたら、県予選の本戦だ。そこで一位になったら、春高本戦に行ける。
「くそっ!最後まで負け通しかよっ…!」
 スタミナも尽きてきて徐々に言葉数も減る中、澤村だけが力の篭った目をしていた。
「お前等頑張れ…生き残るんだ…」
「…?大地さん…?」
 何があったと不思議に思っている私達とは対照的に、大地は少し言葉を噤む。
「これは…偶然聞いた話だから黙っておくべきかと思ったんだが…」
「な…何スか…!?」
「この練習試合全部終わったら…
 監督達のオゴリでバーベキューらしいぞ」
 澤村のその一言に反応した皆は、最後の梟谷戦にとても気合を入れていた。
 木兎のスパイクは相変わらず凄いけれど、烏野もこの合宿中に培ってきたことを発揮し、ようやく影山と日向の速攻も決まっていた。
 それと同じくらいに、木兎の調子も下がる。トスを上げるなと言った木兎に赤葦くんはわかりましたと淡々と答え、その言葉通り木兎には上げていない。それなのに、全然点差は縮まらない。
「梟谷は、木兎っていう大エースに奢っているわけではないんだね」
「アッハッハ!まぁ、末っ子だからねぇ」
「一番手のかかる子どもだと思う」
 かおりと雪絵はそう笑い、結局は二三対二五で梟谷が勝った。


「……でもま〜終わってみれば見事な負けっぷりなワケだが…一つだけハッキリしてる。お前達の攻撃は全国相手に通じる」
「ー……今君たちは、サーブもコンビネーションも他のチームには敵わない。後から始めたのだから当然ですね。
 でも、止めてはいけません。
 『自分の力はこのくらい』と思ってはいけません。
 色は混ぜると濁って汚くなって行きますよね、でも、混ざり合った最後はどの色にも負けない、黒です。
 烏らしく、黒のチームになってください」

 繋心さんと武田先生からいい言葉を貰っているけれど、選手としてはもう集中力が途切れてきたみたいだった。
「それじゃあ合宿最後の、ペナルティフライング一周ゥ!」
 烏野の最後のゲームは終わったものの、まだ時間はあるからとペナルティをこなした後は各自で練習を初めていた。烏野のこういう雰囲気が好きだし、私も頑張ろうと思えてくる。
 それから試合もコートの片付けも終わり、選手にとっては待ちに待ったバーベキューの時間。
「オフンッ一週間の合宿お疲れ諸君!空腹にこそウマいものは微笑む。存分に筋肉を修復しなさい」
 猫又監督の言葉にそれぞれが肉を争って箸と皿を掴む。練習中も徐々に打ち解けていった様だけど、こうしていると普通の男子高校生だと微笑ましく思う。そして、そんな彼らを見ながら少しのお肉とおにぎりと野菜を取って、猫又監督の元に向かった。
「猫又監督、今回の合宿、ありがとうございました」
「ああ、烏野マネージャーの……」
「櫻井です」
「いつも黒尾達に混ざってたんだろ?」
「筒抜けですか……まぁ、音駒で初めて話したのは彼ですから。
 私、猫又監督と話してみたかったんですよ」
「ほう……何を」
「烏養さん……烏養一繋さんについてです」
 猫又監督は烏養さんの名前にピクリと反応を見せて私の顔を見た。その様子に、この人にとっても烏養さんは特別なのだとわかる。
 烏養さんがバレーの話をする時、いつも猫又監督の話をしていたから。烏養さんにとってこの人はライバルで、所謂特別な存在なんだろうなと思っていたから、挨拶をしておきたかった。
「私、小さい頃から烏養さんの元で練習を受けていて、強豪の推薦を蹴って烏野に来たのもそれが理由です。
 合宿に行く前、烏養さんと少しのお話をしましたが「選手を見る目はある」とおっしゃっていましたよ」
「そうかそうか……」
「絶対、春校に行きます。烏養さんは…体調が最近優れなくて、来られないかもしれないけれど、一番お世話になった人なので、見せたいんです。
 なので、ゴミ捨て場の決戦を実現させましょう」
「……やはり、どの選手よりも選手らしいな」
「え?」
「バレーに対する考え方とか努力の姿勢が、烏養にそっくりで仕方ねぇ!………楽しみにしているよ」
「はい」
 ぺこりと一礼してからその場を去った。



「………仁花ちゃん、大丈夫?」
「あっ櫻井先輩……」
「大丈夫だよ、いくら周りが高くたって怖く無いよ。
 ………影山と日向はもっと怖いことしでかしてるんだから」
 私の言葉に当時の状況を知っている烏野メンバーはブフッと笑い、澤村は黒い目で私を見ていた。それを気にせず皿に適当にお肉や野菜を盛って、日向に聞いたことがあります!と話す仁花ちゃんを連れて潔子達の元に戻った。
「さっすが、律はサラッと行くよねぇ」
「あの絵面はヤバかったし」
「…烏野の三年生て、しっかりしてそうですよね」
「そう?下に問題児が多いからかな…
 エースはメンタル弱いけどね」
「ね。一番心折れやすいよ」
「エッそうなの!?」
 さっきからずっと口いっぱいに頬張っていた雪絵がチラッと木兎を見て、かおりもそれに続いた。
「でも、単細胞エースよりはいいと思うな…」
「それな」
 木兎は日向達と全国のエースの話をしているみたいで、若利の名前が聞こえた。
「うォォいツッキー!!俺のスパイク相手に散々練習したのにウシワカにビビるなんて許さん!!」
「ツッキーってやめて貰っていいですか」
「ん?あ!でも牛島さんて櫻井さんと知り合いでしたよね!」
 突然日向に話をフラれ、木兎と鉄朗が「は!?」と視線を向ける。雑誌に若利達が特集されていた時に潔子と話していたのを聞いてたのかと聞けば、この前道で会いました!と元気に返事をされた。道で??
「牛島さん、及川さんの話するから……」
「、若利は及川のこと割と好きだと思うし」
「そうなんですか?」
 セッターとしての才能があると、トスを打ってみたいと、昔話していたことを思い出した。
「おいおい聞いてねぇぞ!!律!」
「そうだそうだ!で!?ぶっちゃけどっちが強い!?」
「何言ってんのアンタ」
 どっちが強いって、戦ったことがあるわけでも無いのに。
 かおりがすかさず突っ込んだものの、鉄朗と木兎はなぁ!!と寄る。正直ちょっとうざいな。
「えぇ……何その質問。
 若利とは中学の頃に知り合っただけだし……」
「それが聞きてぇの俺は!!」
「てか!俺まだ律に負けたままだし!!
 結局あの後試合出てねぇし!!」
 この二人、主将のくせに何でこんなにめんどくさいんだろう。そう思いながら適当に答えていくことにした。



「……律は及川君?のことが好きだとしてもさ、」
「うん……黒尾って完全に律に矢印向いてるよね」



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