「なぁ国見、及川さんのあの話ってホントかな?」
「ホントなんじゃない?けっこう無茶するじゃんアノ人」
「そっか〜」
インターハイ予選で白鳥沢に負け、その後律ちゃん……櫻井さんと色々あったものの、夏休み終盤。春高予選まで残り二ヶ月半をきっていた。
『……っ、あなたの口から、そんな言葉聞きたくなかった』
自分が自信を持っているサーブも、元は櫻井さんと試行錯誤しながら磨き上げたもの。櫻井さんがバレーを辞めてからも、それは辞めることなく磨き上げてきたから今はもう俺のサーブだけど。
バレーをすればするだけ彼女を思い出す。忘れようと思っても簡単に忘れるわけもなく、輝かしかった宝物のような思い出はずっと心の中で燻り続けている。
「及川!」
「ん?どうしたの」
「進路のことで先生が呼んでる」
「はぁい」
春高が終わるまで、負けるまで部活を引退しないと決めた。そして、その先もバレーを続けることも。
……俺がこの道を選んだことを将来後悔する日がくるのかもしれない。それでも、選ばずにはいられなかった。挑戦せずにはいられない。たとえどんな茨の道でも。
『海外にはよく行ってたし、』
ああ、もうまただ。
どんな些細なことでも櫻井さんと結びつけて考えてしまう。そんなんじゃない、そんなこと思っていないって考えたって。
きっと、いつか櫻井さんへの想いを落ち着かせて、触れずに仕舞い込むことができるんだろう。櫻井さんではない女性と付き合って、キスして、セックスして、結婚して、子どもを作って……なんて。
でも、そうなってしまった俺は、きっともう俺じゃないんだ。
* * *
「……及川、大丈夫か?」
「さぁな」
櫻井と見切りをつけた、とアイツが頬を赤くして涙目で報告に来た夜。俺は及川をこの件に関しては一生許すことはねぇんだろうな、なんて思った。
家が近所で、小さい頃からの付き合い。アイツのことはよくわかってると思っていたけれど、そうではなかったらしい。
好きなものに一直線で、それを追わずにはいられない。それが手に入るまでは、ずっと。でもそれは、バレーに関しての話だったらしく、櫻井は諦めると言った。
『櫻井さんが一番言って欲しくないと思っている言葉を言った。
嫌われたと思うから。
もう、櫻井さんを追いかけるのは……辞める。』
赤くなった頬は櫻井に殴られたのだと聞き、それほど櫻井の心に刺さったんだろうなと思った。及川の顔が好きだと言った彼女だから。普段、表情があまり変わることなくわかりづらいところもあるけれど、自分を律するのが得意なだけだ。そんな彼女が感情に任せて手を出したとなると、及川は相当とんでもないことをやらかしたのだろう。
好きだから、大切だからこそ傷つけて遠ざけるってのは俺にはわからない。でも、及川も櫻井も大切な友人だと思っているからこそ、こんな結果はあんまりだと思う。
春高予選も近い。烏野なら確実に上がってくるだろう。
その時……二人が顔を合わせた時、どうなるんだろうか。
* * *
「明日の予選で二回勝てば十月の代表決定戦へ進出できます。
この一次予選を突破した八校に、更に強豪八校を加えて十月の代表決定戦となります」
今日の練習も残すところ自主練習だけとなり、ミーティングでは明日から始まる春高予選の説明を武田先生から聞いていた。
「一次予選は二回しか試合できないんですかっ」
「俺達はインターハイ予選でベスト一六まで行ってるから、今回の一次予選一回戦は免除になってるんだよ」
「フォォ!おれ達スゲー」
「君達なら必ず通過できます。いつも通りやりましょう!」
「けど、決して油断はしないようにね」
自主練習の為にコートに戻る選手を見て潔子と仁花ちゃんに近寄ると、明日のことを考えて身体を震わせている仁花ちゃんがいた。
「いよよいよいよ、こ…公式戦すか…
きっききんちょ…緊張してきた…」
「仁花ちゃんには初めての大会だもんね」
「あっす……」
「私には、最後だ」
「!」
潔子の言葉に反応したかのように三年生の目つきが変わり、仁花ちゃんも目に涙を浮かべていた。
「ごめんごめんごめん、涙目にならないで」
「な…なってないっス!蚊が入っただけっス…!」
「蚊が!?」
「……最後だけど、どこよりも長くコートに立つんでしょ?
仁花ちゃんは、私と一緒にギャラリーでの応援ね。基本潔子がベンチマネージャーするから」
「ハイッ」
潔子と一緒に仁花ちゃんを宥め、それから自主練をするみんなのサポートに回った。
夏休みも残り半月。始まる前はユースの件や遠征、及川の件で色々あったけれど、終わるのはあっという間だった。電話で短い三年間だったと高校生活を振り返っていた鉄朗は、こんな気持ちだったのかなんて思った。
「お前ら明日から試合だろ。いい加減にしとけよー」
「もう一本!もう一本だけ!!」
「ラスト一本で切り上げますっ」
練習が終わり、日向と影山に新速攻を見て欲しいと頼まれて私は烏養さんの家に来ていた。コートを使うのはその二人で、速攻の練習をずっとしている。
「あれ、あの大きい子初めて見るね」
「今日はどうしても練習し足りないから、うちらが始めるまでコート貸して下さいってサ。翔ちゃんトコのセッターだって」
「へー!」
女子大生の志乃さんと速攻の練習を見守りつつ話していると同じ大学でバレーをしているという町子さんが来た。
「そんで、律ちゃんの中学からの後輩。噂に聞く天才セッターらしいよ」
「なんか……変わってるね」
烏養さんにラスト一本!と頼む飛雄はいつものキリッとした表情ではなく、少しばかり高揚している。
「烏養さんに惹かれて烏野に来たので、実物に会えて興奮してるんですよ」
「興奮………」
「気色悪い言い方すんなよ律」
「すいません」
ラスト一本のボールが上がり、ようやく梟谷でのあの一本を引き出した。
明日から試合があるということで今日はもう終わり。挨拶をしてから影山と帰ることになった。学区が同じこともあって、夏休みの一件からこういった機会は増えた気がする。
話すのは専らバレーのことで、夏合宿の後は木兎達とどんな練習をしていたかとか、日向はどうしていたかとか。常に選手の状態を把握しようと務めることは良いことだと、日向の様子を話す。たまに勉強のことも話すけれど、触れて欲しくなさそうだったから宿題だけはちゃんとしなよと釘を刺しておいた。
「そういえば。夏合宿の時谷地さんに、櫻井さんが及川さんと喧嘩したって聞きましたけど」
「………仁花ちゃんに?」
夜にあんな事を話していたからなのか、同じ部活の先輩だし気になって当然か。仁花ちゃんは影山と私が同じ中学出身だと思い出して及川のことを影山に聞いたのだろう。
喧嘩というわけではないけれど、潔子の言う通り私は及川に弱い。
「……で、なんて答えたの?」
「別に。早く仲直りできたらなって」
影山にまでそんな事を思われているとは思わなかった。興味なさそうなのに。
「中学の頃一緒に練習してた印象が強いから……
二人が喧嘩とか、嘘だと思ったし」
「……喧嘩ではない」
「違うんすか。なら良かったっス」
「は?」
影山はあっけらかんと、当たり前のように言った。
「日向と俺ですらなんとかなったんすから、喧嘩じゃないなら最終的になんとかなるだろうなって。
及川さんと櫻井さんですし」
「いや、ごめん。意味がわからない」
「そうっすか?」
及川だから何だというのだ。ちゃんと本音を話さないといけないというのはわかってるし、このままじゃ嫌だなとも思う。でも、今までずっと自分を偽ってきたから、今更どんな顔して会えばいいのかわからない
「本音話すのって、そこまで難しくないっすよ」
「……そうかな?嫌われたりとか、色々考えない?」
「もう落ちるところまで落ちてるんなら、気にしてもしょうがないと思いますけど」
確かに。言われてみればそうかもしれない。
影山とこんな話をするどころかなんとなしに励まされるなんて予想外だった。
そして八月十一日。全日本バレーボール高等学校選手権大会。
通称、『春の高校バレー』。宮城県代表決定戦一次予選。
「アレだよ、ほら烏野」
「え?」
「この前のインターハイ予選、青葉城西とフルセットやって、ギリギリまで追い詰めたトコ!」
「!まじか」
「北川第一の【コート上の王様】が居るんだと。
千鳥山中の西谷も居るらしいよ」
「中学ん時ベストリベロの!?」
「そう!でもさ、リベロ以外にもう一人青城の及川のサーブまともにレシーブしてた奴居た。多分主将だ」
「でも烏野ってあんまデカイってイメージは無いよな」
「百九十センチ近い奴が一人居た筈。
インターハイ予選はあんま目立ってなかった気ィするけど。
あとさーレフト二人が怖ぇんだよな…パワースパイカーって感じで」
「そんでなんつってもマネがカワイイ!」
「つーか美人!つーかエロい!」
「あとはやっぱアレだろ…
ちっこいのにミドルブロッカーで無茶苦茶な速攻打ってくる烏野の十番!」
「!?なんか凄いゲッソリしてる!!」
他校の選手の話声が聞こえてきて、私は少しだけ笑った。
一次予選は県内の高校で数班に分かれて行われるため、前の仙台市体育館ではない。一回戦は見学だからとギャラリーに登って場所取りをした。
「ひ、日向大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫、来る途中で吐いたしスッキリした。
お腹空っぽだけど…」
トイレから戻ってきた日向に仁花ちゃんが駆け寄るが、日向は大丈夫そうには見えない。付き添って、吐く時に水を渡したけど、脱水症状にでもなったら大変だからと経口補水液を渡す。
「朝から大量にカツ丼食べて来るとかウケる。そら酔うわ」
「このボゲ日向、くそボゲェッ!」
「影山の罵倒ボキャブラリーは『ボゲ』だけだなぁ」
「!!頑張って増やしますっ」
「中学の頃、怒る時の岩泉がそれしか言ってなかったしね」
試合前とは思えないくらい皆リラックスしていて、少し騒ぎすぎだとは思うけれどいい調子だ。………日向以外は。
だけど、日向もトイレから戻ってきてスイッチが入ったようでコートに入っていった。
軽くアップをとっている間にサーブが決まり、試合開始前に私は仁花ちゃんを連れてギャラリーの方に上がった。横断幕のところでコートを見下ろしていると、コートに視線を送りながら適当に返事をしている烏養さんがいた。
「お?アンタも見に来たのか!烏養先生」
「おー」
「あ!りっちゃん!」
「優と倫くんも見に来たんだね。
仁花ちゃん、この人が繋心さんのおじいさんの烏養一繋元監督。私の師匠」
「はっはじめまして」
「おう。律の後輩か」
軽く紹介をしてさて、と試合を眺める。
試合開始の笛が鳴り、東峰が連絡してきたジャンプサーブをする。それが、ノータッチエースで決まった。好調で試合をスタートした。
ベンチに残れるマネージャーは一人だけのため、潔子が残ることになっている。こうして仁花ちゃんに色々教えられるのは今のうちだと、試合を見ながら流れやスコアの付け方を教える。誰かにバレーの基礎的な事を教えるのは、高校一年の時潔子がバレー部のマネージャーになったと言いにきた時以来かもしれない。
「な!あの九番十番コンビスゲーよなー」
「おー……いやしかし、二、三年が予想以上。
今、鳥野に復活の兆しがあるのは熱心な顧問や新しい戦力の活躍が大きい。
だが、その活躍も基盤がしっかりしているからこそだ」
烏養さんの言葉を聞きながらコートに目を向ける。チームをまとめ上げる澤村も、エースの東峰も。控えでも一番声を出している菅原もマネージャーリーダーの潔子も。私をバレー部に引っ張り上げた彼らは、少しのことでは微動だにしない強さがある。
「去年。ほんの短期間烏野で練習を見た事があったんだが、その頃の奴らには実力も根性もあんのにどこか自信の無さを感じたんだ。無意識のうちに負ける事に慣れているというか。
今の三年連中が烏野に入って来たのは、烏野が強豪と呼ばれた時代がちょうど過去になった頃。
憧れと現実のギャップもあっただろう。一番不遇な時代に居た連中なんだろうな………
だからこそ、腐らずにここまで来た連中には簡単に揺らがない強さがある」
『俺は、律に一緒に居て欲しい!』
『私も、律と一緒に頑張りたい』
私を無理やり引き摺り込んだ二人の言葉を思い出して、胸が熱くなった。マネージャーとしてチームに貢献するのは当たり前だと思う。でも、サポートしたりアドバイスをする度に皆は私に「ありがとう」と言ってくれる。
一番感謝してるのは、私の方なのに。
影山のサーブが決まり、マッチポイントを迎えた。最後扇南の粘りもあり何度も何度も繋いだが、最終的に日向が決めて試合が終わった。
「それじゃあ仁花ちゃん、下に戻ろうか。
烏養さんも優も倫くんもありがとうございました」
「おう」
皆と合流して、次の相手の試合を見ていた。
ボールに軽く触れただけてコートに落ちる。そんな様子を見て怯える人もいる中で静かに試合を見ている人もいる。
「決まったな、次の相手」
「あの二メートルを倒さなきゃ、代表決定戦には進めない!」
アップが始まり、ボール拾いをしながら繋心さんと武田先生の話を聞いていた。
「影山君は、今日とても調子が良さそうですね?
先程の扇南戦もサーブ凄かったですし。
それに何だか静かだ。合宿最終日梟谷戦その時に似ている」
それは、上から見ても思っていた事だった。いつもの影山と変わりはしないはずなのにどこか違う。初戦だから気合いが入っているのかとも思ったけれど、サーブもトスもミスが無く調子が良さそうだった。
ピーッとアップ終了の笛が鳴り、ギャラリーに戻る前に私は影山に近づいた。
「影山、『イケル』って思ったらあの速攻使っていいからね。
ただ、使いどころには気をつけて」
「ウス」
一次予選敗退はないと思っているけれど、絶対勝てる試合も無い。だから、調子がいい時はそれこそ乗ってもらったほうがいい。
ギャラリーで試合を見るが、角川の百沢君は三枚ブロックの上からスパイクを決めてくる。日向の対処したフェイントですら手が届いて落とされる。
「…こりゃさすがにエゲツねぇ。やはり身長てのはどんな才能よりも恵まれるって言葉が似合うモンだな」
「高さとかパワーとか【シンプルで純粋な力】っつうのは一定のレベルを越えてしまうと、途端に常人を寄せ付けないモンになってしまうよな。少なくとも、真っ向勝負では」
「……ですね」
でも、いくら体格がよくたって向上心がないと上には行けないと私は思っている。
天才と凡人の違いを考えることは自分の境遇上よくあることだった。自分は天才では無い。努力して勝ち続けて来たと自信を持って言うために。
体格やパワーに関しては、努力じゃ変えようが無い天からのギフトだと。でも、絶対勝てる試合は無い。そして、才能がなくて、身長もパワーも無くても絶対勝てない試合は無い。
「高い相手に勝つ方法は、案外沢山あるんですよ」
丁度、影山が澤村に話しかけているところが目に入った。
西谷が上げたボールを影山が繋げると、日向が既に飛び込んでいて新しい速攻が決まった。
「うおおお!!出た!インターハイ予選でやってた超速攻!」
インターハイと今じゃ大きく違うことを知っている私達は、ギャラリーからのその声にニヤリと笑った。
「…恐らくこの予選ダントツの最高身長であろう二百一センチ……そいつを最も翻弄するのは百六二センチかもな」
第一セットの終盤。影山は絶好調みたいで、新速攻のトスをそこまでミスすることなく決めている。日向も空中でボールに対処できるようになったお陰で順調だ。
烏養さんが解説をしているとまたテンポの話になり、影山と日向の新速攻について話す。
「ブロックに勝つという事は、ブロックよりも高い打点で打つという事。
チビ太郎対二メートル、先にてっぺんに到達した者が勝者。
チビ太郎のアレは厳密にはファースト・テンポではない。
【マイナス・テンポ】だ」
トスが上がる前に、スパイカーがスパイクに踏み切った状態。本当に、影山はトス回しに関して天才だと言わざるをえないと思う。
赤葦君が、影山のトスを見た時言っていた事を思い出した。
『アレは、お手本にしちゃいけないものですよ。
あと、そもそも打点で止めるなんて神業……俺には技術的に無理です』
影山と初めて私が練習したのは中学の時で、同じ学校だったとはいえ私の故障や性別の違いからそこまで回数は無い。でも、全国区のセッターに称賛されるほどの技術を持つ影山のトスだ。打ってみたいと思う。
…まぁ、現実慣れるには相当時間がかかるだろうし、そこまで出しゃばる気も無いけれど。
「それにしても、チビ太郎のマイナス・テンポは単品では確かに凄いが、使い方が勿体ないな」
「、烏養さん、それって……」
まだこれで完成だとは思っていない。でも、使い道が他にもあるという事だ。そして烏養さんは既にそれを思いついている。
それは知っておいてこれから損はないと思い、聞こうと烏養さんを見ると彼は笑うだけだった。
「律、考える事を辞めるなよ。
勝ちたいなら、自分達で気付け」
ヒントすらくれやしない。相変わらず厳しい人だと肩を落としつつも、これがこの人のやり方なんだよなと新速攻について考え直す事にした。
夏の間進化したのは日向と影山だけではない。澤村達が練習を続けていたシンクロ攻撃も決まり、鳥野が流れに乗ってマッチポイント。バレーは繋ぐスポーツだから、受けて体勢を立て直す。日向は第三体育館での三対三で見せたブロックアウトで点を取った。
「新しいことが全て正しいとは限らないし、それが正しい事かなんてずっと先にならんと分からんかもしらん。
それでも、考える事には必ず価値があると思ってるよ」
「だからこその『考えるのを辞めるな』でしょ?
烏養さんて昔からそう」
倫くんたちと仁花ちゃんが仲良くなったのか、ばいばーい!と言っている中、私は烏養さんの背中を見送った。
私がバレーを始めて直ぐにお父さんに紹介された師匠だ。私にとって第二の父親のようで、いつだって背中を押してくれる。見ていてくれる。この人に楽しんでもらえるバレーをこの春に届けられたらいいなぁと心から思った。
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