よく考えてみれば、私はいつもコートに立つ側の人間だった。試合を見るときはいつもローテーションを回す時等後ろからで、コートの真横。それもベンチに座ってというのは、公式戦では初めての事。
「………近い」
「はは。お前ベンチ来るの初めてだもんな」
 少し緊張しながらスコアボードを握りしめて、コートを見つめる。当たり前だった。この戦いで、どちらか一方の春が終わるのだから緊張しないはずはない。
 大切なチームと特別な人。それでも、あなたが泣くことになろうと、私は決して進むことを辞めないし、あなただってそれは同じはずでしょう、徹。
 サーブは青城から。ボールを持つのは勿論及川で、サーブを上げる前の顔が好きだなってやっぱり思った。
 西谷と澤村には緊張が走っているみたいだったけど、及川のサーブが前の試合と変わらないのなら必ず取れる。澤村が上げたもののネットを超えそうになり金田一君に叩かれる。それを影山がカバーし、西谷がトスを上げ、東峰が打つ。
「行くぜ、新生・烏野!!!」
 サーブ権が変わり、影山がサーブするものの、ギリギリの所で花巻君に見切られアウトを貰った。今までの試合でも夏の練習の成果は発揮してきたけれど、それは青城も同じ筈。
 決して油断は出来ないけれど、それでもウチの方が強いという自信があった。技術も度胸も上がって、チームとしての安定感も出てきている。双方攻防が続くものの、あまり点差は開かずにいた。
 日向が助走に入り、スパイクを打つものの金田一君に止められる。けれど、そのボールを月島がしっかりフォローした。
「ナイスちゅき島!!」
 しっかり聞いていたのか日向を見ていたからなのか、影山は日向に活を入れた。
「冷静にし…やれ…なれボゲェッ!!」
 その様子にホッとして、ただ言葉もなく見守る。長いラリーが続き、あの絶望の一本を振り切った。
 身長も低く技術も拙い日向にとってはスパイクを止められる回数なんて今までもこれからも沢山あるのだろう。それでも、あの試合で最後に日向が打ったスパイクは、目を閉じてやったもので目を開けたら試合が終わっていた、というのはやはり相当精神にくるものだったのだと思うから。
 いつだって真っ直ぐに走り続けるけれど、それは決して何も考えていないわけではないというのを私たちは知っている。
 
「これで…スタートライン」

 あの時の日向のスパイクを金田一君に止められ、私たちの夏は終わった。だから、これがスタート。だからと言って浮かれている場合でもないけれど。
 日向はインターハイ予選の頃とは違い、コートが見えている事と技術が少し上達したということでコースの打ち分けがしっかり出来ているから、前回の様にレシーブで対応されることもあまりない。だけど、青城だって花巻君がボールを上げてそれを国見君が打ったりとやはりチームとして成長している。
「相変わらず、青葉城西の熟練感と言うか……歯車の噛み合い方はすばらしい」
「ああ、腹立つわ」
 個人のスキルは勿論のこと適応力がどれだけ上なのか、いつだって考える事を辞めないバレーをしているとつくづく実感する。シーソーゲームを繰り返す中、松川君が日向のブロックに付き、コースをストレートに絞られる。
「日向、対応されましたね」
「ああ。けどこれで……」
 和久谷南の時のようにこれで日向に一人でもブロッカーが付くなら、東峰は確実に決めてくれる。
 双方二十点台に乗り、まだまだ決定的な点差が開かない。
「よし…!前回の経験、ちゃんと活きてる…!」
 金田一君が決めたものの、今はまだ烏野が一点差で勝っている。そして次は、及川のサーブだ。何となく背中をゾワッとしたものが駆け抜けて、コートにいる選手に叫ぶ。
「っ!澤村、西谷、集中!!」
「!」
 咄嗟に声をかけたものの、ギャラリーや周りの声にかき消されてしまう。
 
 そして放たれた、及川の威力を増したサーブはアウトだった。
「おあっぐううう!?ごめんんん!!」
「惜っしィ〜!!ナイス攻めサーブ!!」
「次次ィ!!」
 今のが第一セットのマッチポイントになったけれど、やはり緊張感が漂う。
「櫻井さん、気づいてました?
 及川くんのサーブの威力が上がること」
「……なんとなく。でも、想像以上です」
「お前を連れてきて正解だったよ」
 繋心さんの言葉に、もう気にしていないと思考を切り替える。
 練習試合やインターハイ予選の及川のサーブは、中学の頃に私がしていたサーブのフォームを完璧にモノにしていて、それこそ潔子をはじめ夏の遠征で梟谷と試合に混ざったときに皆が私のフォームや仕草にそっくりと言うだけはあった。
 けれど、今回アウトになった威力を増した及川のサーブは、完璧に仕上げた私のサーブを崩して、自分のモノにしている。「もう及川のサーブだ」と言ったのは自分だったけど、体格、パワー、個人のセンス。それが反映されてここまで来ているとなると、嬉しい気持ちと悔しい気持ちが相まって複雑に思える。
「いつかはこうなると思ってたけど、本当に怖い………
 それに及川なら、絶対試合中に決めてくる」
 確かに脅威だけど、嬉しくもある。それだけ、及川が本気で試合をしているという事だから。
 どんなにチームとしての力量に差があっても、本気でしないことは失礼で絶対に勝てる試合も絶対に勝てない試合も無い。そう及川と岩泉に話したのは私自身だ。全力で叩き潰しに行くから、あなた達も同じでいて。
 青城があと一点取ればデュースという所で、国見君と交代で違う選手が入ってきた。
「…初めて見る選手ですね…」
「うん」
 田中が打ったボールを拾われ、及川は金田一君に上げようとする。そこで間に入ってきたのが彼だった。
「ー…」

 青城の十六番の彼が放ったスパイクはアウトで、第一セットは烏野が取った。
 ドリンクやタオルを選手に渡しながら試合の流れについて考える。及川は完全に金田一君に上げようとしていた。そこに彼が割り込んできたのは確かで、国見君と彼が交代したそれにはどんな意図があるのだろう。
 ギャラリーでは青城を心配するような声がするが、試合をする側としてはこれ程怖いことは無い。
「十六番…京谷君ですが、今年公式戦出場は初めてみたいです。
 初っ端から味方へのトス分捕った挙句アウト、しかもそれがセットポイント……初見だし、どんな人かもわからないけど、青城が何の考えもなしに彼と国見君を変えるわけがないし、用心しといて損は無いと思う」
「だな。ひとまず第一セットは取ったんだ。このまま流れに乗っていくが、油断だけはするなよ。そんで、様子見で攻撃の手も緩めるな」
「ハイッ!!!」
 第二セットが始まり、東峰と及川のサーブがアウトになり、点が入る。
 及川のサーブは威力が劣る事はなく、しかも標準を合わせてきているみたいだ。元々私もパワーよりコントロール重視だった分、及川の今のサーブはよりタチが悪い。コントロールはそのままに、パワーを上げて打ってくる。
 ノートにメモを取りながらコートで飛び回るボールを追うと、丁度及川が京谷君にトスを上げていた。
 京谷君はネットのほぼ真横からという珍しい助走で、超インナーに打ってくるからブロックにかすりもしない。及川が彼をどう使うのか見ていたけれど、やはりインターハイ予選では居なかったせいか、他のメンバーとはギクシャクしている様子。
 それなら、これがチームとして完成している筈もない。
 それでも使うという事はどんな意図が?
 チーム内でギクシャクしている割には、及川の中でのゲームプラン通りには動いているみたいだし。
「金田一ナイスキー!!」
 今まで安定したプレーをしていた一セット目より、少しギクシャクしつつも攻撃が決まる青城がノッている。
「今のは完全に及川君の掌の上でしたね…」
「ぬう………」
 それでも決してミスが無いわけでもない。チーム内での環境が不十分なせいか、及川だけでなく花巻君も京谷君をよく使うようになってきている。
「あのアクの強そうな感じと不安定さ……今まで試合に出ていなかったところから見てもあの十六番は諸刃の剣なのかもな」
「………試合に出ていなかった」
「律?」
「いや、別に意見ってほどでも無いんだけど。
 及川の事だから、ろくな事考えてなさそうだなって……」
 インターハイ予選でも今の決定戦でも、公式戦に今のチームの一員として初めて出てきたとしたら。及川は彼に何を望んでいて、何を考えながらトスを上げている?
 及川はとことんスパイカーに尽くすセッターだけど、それだけじゃ無い。誰にだって百%のトスを上げて、自分の思い描くチームの最高を引き出すセッターだ。
「及川のこと、若利は軍師って呼んでいたんだよ。それほど、及川はスパイカーを扱うのがうまいんだよね」
「でも、夏には爺さんがどんな攻撃を使うにしても攻撃の主導権はスパイカーだって……」
「そうだけど、決してスパイカーが上だというわけではない」
 スパイカーにとってセッターは特別で、使われて、使われて、使われて本望。どんな状況でも自分にトスが上がるというのはきつい反面嬉しいし。
「スパイカーがどんな状態か把握しておくことも大事だし、何ができるのか、どうすれば打ちやすいのか常に考えないといけない。だけど、スパイカーができるそれ以上をいつでも引き出すのが最高のセッターだと思うんだよね」
 そう考えると、技術も才能も確かに影山の方が上だとは思うけれど、セッターとして格段に上なのはやはり及川だ。
「随分チビちゃんを空気にしてんな〜〜と思ったよ。
 今が使い時だー!!って思った?
 俺も思った☆」
 心理戦でも及川が上。容赦無く影山を煽る及川のこういう所が本当に腹立つわと思いながら、応援している菅原を呼び繋心さんと考えを伝える。
「…このまま持ってかせねぇぞ。やれる事は全部やる」
「菅原はサーブスタートになるから、なるべく今勢いのある京谷君の手前狙って体制を崩して。少しでも彼のフォームが崩れたら、攻撃に参加するのが遅くなる。
 そんで、合宿でやったこと。影山はいつでも攻撃に回れるだろうから、セッターは菅原。
 今回はとりあえず勢いを削ぐことにあるから、徹底的に狙って」
「おう、わかった。まかせろ!」
 青城が僅かにリードしている時に、ここで及川のサーブ。
「っ」
 サーブトスの、ボールを見る目が違う。
 及川のサーブは、澤村の真横に刺さり、跳ねた。
 
 ………本当にもう、なんなの此奴。

 四点差になり、ジワジワと追い詰められていく。
 二本目の及川のサーブは白帯に当たり、西谷が取れたものの少しリズムが崩れた。月島が田中に上手く挙げれたので、田中がブロックアウトを取り、三点差に戻す。
 ここでようやく、菅原と交代。及川のサーブを切ったことにホッとして、スコアに視線を移した。今まで決まっても決まらずとも徹底的に京谷君に上げている。菅原はアドバイス通りに京谷君を狙い、体制を崩す。
「うおおっし!!!」
 ここで青城がタイムアウトを取り、選手がベンチに入ってくる。ドリンクやタオルを渡し、これからについて少しだけ話す。
「京谷君と国見君を交代させないから、次から菅原が京谷君を狙ったとしても違う人が対応してくると思う。そしたらやっぱ打たれると思うから、止めるか、受けなさい」
「おう。……つか、やっぱコーチしてる律ってイキイキしてるよな」
「それ!俺がベンチに呼ばれた時も思った!」
 澤村と菅原にそう言われて、繋心さんにそっと視線をやるとニッと笑われてしまった。
「正直助かってるよ。及川のサーブについては?」
「それについては見たまんま。中の対応は澤村任せになるけど、軟打か強打かの違いは正面からだと分かりにくいだろうし…」
「正面からだと?」
「横から見てたら何となくわかる。助走とか腕の振り方で」
「そうやって読んでんのか」
「ジャンプサーブを打つ時はサーブトス、助走、ジャンプ、スパイクの四つが合わさってるようなものだから、どれか一つを変えるだけでも大きく変わってくる」
 私や及川、若利が打つような強打のジャンプサーブはボールに勢いがある分助走距離は長い。一方で山口や木下が打つジャンプフローターはボールの絶妙な回転とどこにどう曲がるかが鍵となってくるから助走距離は短くてもいいのだ。
 コートに戻る背中を見送って、今はもう、前ほど羨ましいと感じる事はなくなったと思った。私はどう足掻いても公式戦で及川や若利と戦う事は出来ない。今更妬ましいとか羨ましいとか、もう無い。だけど、やっぱり良いなぁとは思う。
「律?」
「……私は、緊張感や高揚感で吐きそうになるくらいの試合がしたい。ずっとあのコートに居続けて、チームメイトと信じ合えるバレーボールがしたいって思ってた」

 そして、そんなチームは彼らしかいないと思っていた。
 
『本当の意味で前向いて…そしたら、コートに立ってる姿、あの頃の子たちに見せつけてやりなよ』
『中学の試合見てました!トス上げてみたいなってずっと思ってて』

『及川君よりずっと!律のこと大好きだからね!!』
 
「私もバレーしたいな」
「律………」
 自分の場所で。彼らに胸張ってプレーしたい。いつか辞めるその日まで。
 夏合宿で梓さんに言われた言葉もわかる。私がエースとしてコートに立てなくても、笑って終われるのなら何だっていい。それでも、それはこのチームでの話だけど。
 それから試合は進み、菅原がサーブで京谷君を狙うものの、私の読み通りすぐ様カバーをされた。京谷君が今のところ目立ってるのは、スパイカーらしく攻撃。
 勝つために青城に足りなかった攻撃力をうまくカバー出来るのが彼という事。
 菅原と月島が交代し、すぐに西谷が入る。田中がスパイクを決めるものの、青城もうまくフォローするから、一向に点差が離れない。
「……やっぱり、そうかも。京谷君にトスを上げている理由」
「それ程期待してるってことか?」
「……期待、というよりはパズルを組み立てているみたい」
 繋心さんと武田先生の会話に入るものの、コートから視線は外さない。
「第一セットのセットポイントの、金田一君へのトスを奪った時から予感してた。多分、今の青城は試合中に強くなる可能性が高い。言い方を変えると、これが最高じゃない。
 及川の狙いは、もっと先にある」
 京谷君はミスも減り、及川の彼へ対する視線も少し変化した。何より、青城自体どこかおかしい。
「先生っ!」
「ハイ!!」
 タイムアウトを使い切ってしまったけれど、これは仕方ない。
 だけど、仕方ないから負けるというのはありえない。
 ようやく一点返したところで、ピンチサーバーとして山口が入る。インターハイ予選の青城戦や、和久谷南の時と全く別の表情をする山口には、かける言葉なんていらなかった。
「山口十点獲れ!!!」
「それ試合終わるけど」
「許す!!!」
 日向と話す山口はとてもリラックスしてるみたいで、落ち着いているから安心して任せられる。
「一発行ったれ山口ィー!!」
「へ、へいじょっ平常心だぞっ」
「ナイッサー!」
「ナイサー」
 コート内の雰囲気もそこまで悪いわけでもなく、通常運転。
「思いっきり行けよ」
「ハイ!」
 注目が集まる中で山口が放ったサーブは、緩やか且つ不安定な弧を描いて、青城のコートへと入った。
「うおおっしゃアァアアアアア!!!山口ぃぃ!!」
「殻を破る一本…ですか」
「…ああ。それと、反撃の狼煙の一本だ」
 山口は前の試合とは別人のように輝いていて、とても頼もしい。ジャンプフローターサーブをレシーブされても、岩泉のスパイクを止めたり、ちゃんと選手として試合をしている。
「山口ナイスサーブ」
「あ、ありがとうございます」
 青城のタイムアウト中、山口に話しかけるととてもいい顔をしていた。
「岩泉のスパイク痛かったでしょ?」
「?」
「それだけ、皆本気って事だよ」
「〜〜〜!ハイッ」
 タイムアウト終了後に打ったサーブはネットインし、ついに同点まで追いついた。このまま掻っ攫って行こうという空気。
「ハァイ!!落ち着いて!」
 及川のポーズと顔はともかく、やっぱり青城も負けてない。こんな状況でも落ち着いているし、試合慣れしている。だけど、東峰がブロックアウトを取り烏野のマッチポイントになった
「…山口君は、この試合のヒーローですね」
「はい」
 それでも、あちらも負けてない。岩泉のスパイクが決まり、デュースに入った。
 一度負けて泣いたあの日は、多分一生忘れない。だから、勝つ。最後の一瞬まで、戦い抜く。
 同点で回ってきた次のサーブは、及川だった。及川のサーブは西谷の手を弾き、ギャラリーまで飛んだ。これで青城のセットポイント。
「…凄い盛り上がり…」
「バレーの中でダントツ決められては怖いプレーは、やっぱブロックとサーブだな…」
 完璧なサーブ&ブロックは私の理想のチームとしての完成形だと思うけれど、サービスエースは個人の得点だから特別。
 今のを見てから、澤村は東峰にも声をかけた。
「…東峰君もサーブレシーブに…?」
「澤村・西谷の判断ならその方がいいだろうな。及川のサーブはコントロールより威力重視になってる様に見える。
 ノータッチ決められるよりはどんな形であれ触って上げる方がずっといい」
 こっちだって、夏の間何もしていなかった訳では無い。それはあっちも同じだけど、必殺技ばかり身につけて磨いてきた訳じゃない。及川サーブの対応だって、ちゃんと身につけている。
 東峰にジャンプサーブを教えた。遠征中、強豪のサーブをどれだけ拾ってきたと思ってるんだ。夏の間磨き続けてきたからこそ、対応もできる筈。

 大丈夫、戦える。

 真っ直ぐ澤村の元へ来たボールをレシーブしたものの、ネットを跨いで叩かれる。それを繋いだけれど、花巻君に拾われ、岩泉が決めた。
「ッシャアアア!!!」
 第二セット終了で、青城が取り返した。
「切り替えるぞ!!こっからこっから!!」
「うす!!」
 コートチェンジをして、ドリンクとタオルを渡す。
「ー…結局、フルセットか。
 最初の練習試合、インターハイ予選、そんで今。
 
 なんだかんだ青城とは、一番濃い試合やってるよな………」

 セットを落とす気などさらさら無い。
 でも、この得も言われぬ感覚。
 やり辛い相手、
 面倒くさい相手。
 去年までは大した縁もなかったのに、
 格下だった筈なのにー………

 こいつらとはフルで戦る宿命。


 青葉城西・烏野というチームはこの先も続いて行く。でも、このメンツではこれが最後。
 ファイナルセット、最後の勝負だ。

 反対側のベンチに居る及川と岩泉に視線を向けると、丁度二人と視線が合った。今まで散々一緒に練習してきたのに、まるで初めて会った時みたい。そんな新鮮な気持ちになって、自然に笑みが溢れた。

「負けないよ」

「とにかく!及川のサーブに好き勝手にさせない事!
 上でいい!とにかく上げる!そうすりゃ誰かが繋ぐ!!」
「この先のことは何も考えなくていい。
 勝つことだけを考えて、目の前の相手を超えて行こう」
「アイ!!」
「行くぞ。俺達は青葉城西を越えなくてはいけない。

 烏野ファイッ!」
「オァーース!!」
 最終セット開始。第二セットの勢いに乗って、青城が先制。
 岩泉に、京谷君、そして及川。今現在青城の流れを掴んでいるのがこの三人で、実力がここまで拮抗していると、小さなミスが致命傷になる。
 及川のサーブを上げるようになってきたけれど、やはり上げるだけで決めることに必死。でも、あっちの攻撃を止めるようになってきているのは、月島のブロッカーとしての才能が開いてきたからなのか。夏に散々第三体育館で練習していた時のことを思い出した。
 皆が辛いのも苦しいのもわかってるけれど、楽しそうに見えてしょうがない。それが嬉しくてたまらないなんて。同じ舞台に立てずとも、見ているだけで離れなくて良かったと思わせてくれる。
 田中と月島が調子に乗り始めたところで、青城がタイムアウトを取った。一旦田中に触発された京谷君を冷やす為なのか、その為だとしても、そんな短時間でできるはずが無い。
「ナイス月島、よく見てたね」
「熱い人を上手くコントロールする人をよく見てたんで」
「………赤葦君ね」
 タイムアウトも終わり、京谷君はすぐに国見君と交代になった。
 試合の流れは烏野で、影山も国見君に上手く対応できている。西谷のトスが気になる事はあるものの、しっかり点を決めている。そこで、京谷君がコートに戻ってきた。そんな彼に、及川はすぐさまトスを上げる。
 そして、超インナースパイクを決めた。そこで、青城の空気が変わった気がした。
「………彼、ここからが本番かもしれません」
「え?」
「青城の選手の表情が変わりました。根比べになりそうです」
 予想は当たり、青城はノリに乗って点数も追いつかれた。双方攻防が続き、ここでコートチェンジ。それでも集中力は切れることがない。

 ………こうして試合を見ていると、昔のことを思い出す。



「試合に出るためには?」
 中学の頃。自主練習の最中、一度だけ及川に聞かれたことがある。
「うん。俺はまだ正セッターじゃないし、断然上手い三年生の先輩がいるけどさ、律ちゃんとか牛若ちゃんは一年からレギュラーでしょ?」
「………試合に出たいわけだ」
「うん」
「まぁ、練習しかないよね。自分の技術を高めることは勿論だけど、他にも出来ることはあると思うし。練習しないことには試合で使い物にならない。
 でも、そう簡単に今まで積み上げてきた時間の差は埋まらないよ」
「うぅ…そんなハッキリと」
 ボールを持った及川は少しショックを受けているみたいだった。そんな彼に、でもその心がけは大事だと思うよと言葉を続ける。
「絶対勝てる勝負も絶対勝てない勝負も無い。それと同じで、自分の力はここ迄だ、なんて信じる根拠もどこにも無いよ」
「、」
「及川は、もし天才になれる薬があったら飲む?」
「え〜……飲まないと思う」
「やっぱりね」
「何が?」
 
 だって貴方は、それがどんなに辛い道だろうと進むのを辞めない。険しくとも、自分の力で突き進んでいくんでしょう。



 本当に、昔とは違う。
 放課後、暗くなるまで一緒に練習して、口を開けばバレーの話。多分、私があの日バレーを辞めてからも及川はあの体育館に足を運んだんだと思う。
 性別も、ポジションも、性格も、何もかもが違うのに、こんなにも及川徹という人物惹かれ、焦がれている。

「……好きだな」

 だけど、好きだからこそ手を抜かないし、本気でやる。それが勝負で、一番良いことだから…

 ごめんね、徹。
 私達は絶対に貴方達に勝つよ。



「…それでも、俺は叶えたいんだよ」


 青城がリードしている場面で及川が放ったサーブはギリギリ入っていて、私は及川に目を向けた。

 『絶対に、負けない』

 お互い考えていることが分かるのか、試合中ですらこの様子。間にあった時間は長い筈なのに、彼はそんなもの無かったかのように私に寄り添って、離れない。
「厄介だなぁ、ホント」
 好きよ。貴方のそういうところが一番好き。
 周りとどれだけ差があろうと努力の手を緩めず、突き進んでいく所が。勝ちに貪欲で、目標に真っすぐで。眩しいくらいだ。

『及川って、本当にバレー好きなんだね』
『好き。だから、負けたくないんだよ』

 初めて会った時からずっと、その想いに触れていたから。

「……最後の勝負だ」
 青城のマッチポイントで、月島と西谷が抜けて日向と菅原が入る。
 どんな試合であれ、最後までどうなるかわからない。だから、どんな結果であろうと受け止める覚悟はできている。
 日向は多少金田一君に吊られるものの、京谷君のスパイクにしっかり反応して止めた。それによって点数も追いつき、デュースに入る。
「スガさんもう一本!」
「行くぞァ!!」
 菅原はうまく岩泉を揺さぶり、攻撃から出遅れさせている。花巻君のスパイクが白帯に当たり落ちる所、菅原がまっ先に声を出してボールを上げた。スパイカーが動き出し、それに身構える青城のブロッカーを嘲笑うかのように影山はツーアタックを決める。
「クッソガキ共…!!」
 烏野のマッチポイントになったところで青城がタイムアウトを取り、一旦ベンチへと選手が入ってくる。
 正直今の私たちには足りないものだらけで、まだまだ強豪とも呼べない。それでも、絶対は無いから最後まで飛ぶだけだ。

「………うん。影山、日向」
「?」
「何ですか!」
 試合の流れも、この勝負の行方もわからない。読める人なんていない。だけど、私はやっぱり最後にはこの二人に決めて欲しいと思っていた。
 新しい速攻の使い道もまだ明確な答えは出していないけれど。
「インターハイ予選の最後の瞬間が頭にこびり付いてるだろうけどさ………二人が、やりたいようにしたらいいよ」
「は?」
 ポカンとしているチームメイトに、繋心さんと武田先生。
「おい律…「やりたいようにしたらいいことと、雑にすることは同じじゃないってちゃんと分かってるから、大丈夫。
 勝つのは勿論烏野だと疑ってないだろうけれど、それを信じるあまり盲目になるほど目は曇ってないでしょう?
 ひとつひとつ、今までしてきたことを思い出して」
「はいっ」
「………?」
 タイムアウトも終わり、コートに戻っていく。
 うまく言えなくても、もう気持ちは充分伝わっている筈。
「よし!」
 菅原がサーブで岩泉を崩し、及川はまた京谷君にトスを上げる。田中がそれを上げて、セッターに着いた菅原がシンクロ攻撃で旭に上げる。
「………っ!」
 花巻君がそれを拾い横に大きく乱れたものの、及川は指を差した。
 その姿に、視線に。一瞬中学の光景が思い浮かんだ。

「っ、田中下がれ!!!」
 咄嗟に立ち上がり、発した言葉は届いているかわからない。それほど、及川と岩泉の攻撃はいつも通り、ドンピシャだった。
 澤村が後ろにそらすものの、下がってくれていた田中が拾い、繋げる。
 落ちろ、拾え……繋げ。お互いのチームが、全員がそう思いながらプレーをしている。
 一歩も引かずに責め合い、最後影山がトスを上げた相手は、日向だった。
 青城はそれを読んでいたようにブロックにかかるけれど、日向はしっかり見えているようにそれを避けた。スパイクは及川の手を弾いてアウトになった。

「よっしゃああああああああああああ!!!!」

 試合が終わり、勝ったのは烏野。
 私は、思い思いに喜ぶ選手を見て、ベンチにやっと腰掛けた。
「………櫻井さん、最後田中君に声を掛けたのは…」
「…及川のセットで岩泉のスパイクが決まらないわけがない。そう、信じていましたから。
 澤村が反応してくれたおかげでもありますが、田中は対応も早いですし、インターハイ予選で自分で立ち上がりましたし、和久南戦で大地に怪我させたことで人一倍動くものだと思ってました。それに……基本田中は大丈夫なので。

 それでも………最後はやっぱり日向と影山ですけれど」
「最後三枚ブロックに付かれた時は、正直冷やっとしましたが。
 前回の記憶があったので…」
「……鉄壁を相手にした時の東峰と同じく、あの三枚ブロック。
 日向の手でブチ破らせる事がベストだと影山は思ったのかもしれない。
 
 いや、影山だからかな。
 単に直感だったのか日向のこの先を考えての事だったのかは全くわかんねぇけどな」
「!それで、青葉城西高校がファイナルセットでタイムアウトを取った時に櫻井さんが言った言葉……」

 『ひとつひとつ、今までしてきたことを思い出して』

「ああ……律、お前最後を予想してたのか?」
 繋心さんと武田先生の視線をむず痒く感じるものの、そんな訳ないじゃないかと答えた。未来は誰にもわからない。
「影山が最後に上げるのは、きっと日向だと思っていました。
 アイツが何を考えながらバレーをしているのかなんてわからないけれど、日向にとってそうである以上に、影山にとって日向は特別だと思うから」
 
 私が華にとってそういう存在でありたかった様に。
 最終局面でまっ先に頼ってくれる特別。
 
 セッターに最も信頼されている、特別な存在。

「繋心さんの言う通り、日向の為を思ってかどうかはわかりません。でも、きっと合宿最初の衝突が尾を引いていたんだと思います。
 仲直りはしたけれど、どこか引っかかった感じがもどかしいというような……夏の間ずっと一緒に練習してきたから、私が日向の正しさを証明したかったから二人に声をかけた…ということも少しはあるかもしれません。それでも、最後に壁を破ってくれるのはこの二人だって信じてました。
 そして、そこまで支えてくれるチームメイトも、先生方も…
 試合相手の青城にも」
 ピーッと笛が鳴り、頭を下げて礼をした選手は、相手チームの監督の元へ寄ってくる。武田先生と繋心さんが少しの好評をした後、彼らは悔しさを滲ませながら礼をした。
 私が、今まで信頼してくれていた二人のバレーを終わらせた。

「………」

 なんとも言えない視線とバッチリ目があって、何もかける言葉なんてなかった筈なのに咄嗟に声が出た。

「……二人のこと、信じてたよ」
「、櫻井さん」
「櫻井………」
 
 謝らないよ、絶対に。
 心の底から、感謝しかない。大好きだ。



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