ゴールデンウィーク合宿も終わり、高総体のトーナメント表も発表された。もう一度音駒と試合をしてリベンジをするためには宮城県内の高校約六十チームを全部倒して、夏のインターハイに出なければいけない。そして私たちと同じように勝ち抜いてきた全国の強豪チームを倒していけば、同じく勝ち上がってくるであろう音駒と当たる。
 そのためにも、もっと武器を磨いて力をつけなければいけない。練習に気持ちが入るのも自然なことだった。
「はい、菅原。もらって」
「おー!サンキュー!」
 怪我をして、完全にバレーから離れた私だったけれど、高ニの秋に男子のマネージャーを始めてからは、バレーに慣れる一環として以前定期購読していたバレー雑誌を読んでいた。
 雑誌には全国の高校生で注目されている三人の選手が載っており、その三人の中に宮城出身の人が居るのだ。
 その名も牛島若利。彼とは中学の時の大会から知り合いで、会えば普通に話すことから若利と呼んでいた。けれど、有名な彼をほとんどの人は名字と名前を一字とって、ウシワカと呼んでいることが多い。及川や岩泉もそうだった。
 雑誌の話をしていると繋心さんが大会前だからちょうど良かったと、若利がいる白鳥沢を含めた県内でも実力を持つ学校を調べており、それらの説明をした。
「そういえば、俺と西谷が戻る前に青葉城西には勝ってるんだよな?」
 東峰がそう聞くと澤村と菅原が青城との練習試合を思い出しながら試合内容を答えた。

【セッターながら攻撃力でもチーム一。
 勿論セッターとしても優秀。
 恐らく総合力では県内トップ選手の及川。】

 繋心さんがそう評価する及川でも、若利には中学時代から一度も勝てたことがないのだ。中学の時も県内には敵がいないと言えるほど強かったのに、高校でもまた強くなっているんだろうと考えると少し重いものを感じる。
「及川君は兎も角、牛島君に関しては全然予測つかないな」
「潔子は若利が出てる試合見たことないんだっけ」
「若利?……律は面識もあるんだね」
「……中学の公式戦、暇さえあれば彼が出てる試合は見てた。環境にも体格にもセンスにも恵まれてる圧倒的な選手だったよ。
 及川が、中学の頃から追いかけ続けているだけはある」
「及川君が?」
「何度も決勝戦で当たるものの、若利という壁に何年も阻まれ続けているからね……」
 多分同じ県内に若利がいなければ、及川は充分全国で名を馳せる選手になっていたのだと思う。だけど、及川は若利に勝てたことが一度も無い。
 白鳥沢の試合を見るたびに及川が負ける姿を見てきた。それでも及川は中学の頃から今でもずっと、彼を蹴落としたいのだ。自分の方が優れているのだと。
「牛島若利と及川徹、か……」
 及川は、私がバレーを辞めてもずっと会いたかったと言ってくれた。「櫻井さんを嫌うことなんてありえない」と。
 それなら、若利はどう思っているんだろう。無理して怪我をして、バレーから離れたにもかかわらず諦め悪くまた戻ってきた私を見て、彼は何を話すのだろう。
 若利と会うことが怖い。彼は、及川とはまた違う意味で私の特別だったから。

    *    *    *

「おい、花巻。及川《アレ》、何した?」
 岩泉が指差した先には、ボールを枕に不貞腐れて横になっている及川の姿があった。
「『俺が月バリに載ってないなんておかしい!』つって、いじけた」
「あぁ、じゃあどうでもいいや」
 昔度々櫻井も特集されていた全国に出回るこのバレー雑誌は、バレーボーラーの間では読まないやつはきっといないだろう。それにしても、こうもデカデカと牛島若利が載っているとなると及川でも何か思うことがあるのかもしれないし。
 俺は白鳥沢ならダントツ天童がムカつくけど。
「初戦勝てば烏野かぁ……んで、その次一試合やって白鳥沢」
「どっちもケチョンケチョンに叩き潰してやるけどね!」
「あれ?いいのか。烏野には櫻井さんいるけど」
 花巻の口からポロッと出てしまった言葉に及川は一瞬ポカンとして、それから起き上がってボールハンドリングをしつつ言った。
「櫻井さんはね、大抵のことは許してくれる懐が深い超絶いい女の子だけど、バレーに関してだけは鬼だからね。
 手なんて抜いたら何言われるかわからないよ」
「ああ見えて口悪りぃからな、櫻井」
「ドライで、かなりの塩対応だよ。そこもいいんだけど!」
 一緒に練習をしていた時、頼んだのは俺たちだけどサーブやスパイクのフォームに躊躇いなくズバズバと改善点をぶつけてくるものだから及川と櫻井はしょっちゅう口喧嘩をしていた。
 それを思い出して、確かに少しヒートアップしてくると言う時は言う奴だよなと及川とうなづいた。
「及川、いるか?」
「?ハァイ」
 やって来たのは溝口コーチで、何かあったのかと注目する。
「お前に取材したいって、テレビ局の人から「やります!!」
 先ほどの態度から一変した及川に、コイツは本当に調子いいなと、またため息をついた。

    *    *    *

「フェックッ……!」
「え、くしゃみ?止まった?」
 お昼。壮行式も終わり、ついに明日から県予選だ。
 私たちは教室でご飯を食べた後、いつものようにお菓子をつまみつつ雑談をしていた。
「……止まった。やっぱりコンビニのお菓子って当たりハズレ多いと思うんだよ私」
「律は中々冒険家よね」
 潔子の手にはチーズ味のじゃがりこ。そして私の手にはコンビニセレクトの『一口塩トマト』がある。ドライフルーツにしたトマトに塩をかけたと書いてあるけれど、思った以上に甘くて、トマトの味がそんなにしない。私はもっとしょっぱい系を期待していた。
「気になった物って買っちゃうんだよね。にしてもこれは……うん」
「不味い?」
「食べられないことはないけど、私はあんまり。これならスーパーでミニトマト買った方が良い」
 そう言いつつコンビニ商品は高校生のお財布に厳しいので、チビチビと食べる。一応塩分は入っているのだし、部活後に食べた方がいいかもしれない。部活といえば、
「需要を考えて、潔子一人でやった方が良いと私は思う」
「いや、同じマネージャーとして律も一緒にするべき」
 以前部室を掃除していたら黒地に白抜きで『飛べ』と大きく書かれた横断幕が出てきたので、洗ってほつれを直したのだ。
 武田先生には事前に話してあるけれど、その際みんなに見せた方がいいと言われ、今日まで引っ張ってきた。
「それなら、私は別のを考える」
「例えば?」
 サプライズ、激励。脳内で考えてはみるものの、そういうの今まで全然したことがなかったからあまり想像もつかない。
 中学の頃は、後輩にミサンガやらフェルトで作ったキーホルダーやらを貰っていたけれど、そういうの作るセンスも時間もなかった。それ以外で激励というと、なんだろ。
 そう悶々と考えていると、試合の前日にいつもしていた私にとって何にも変わったことはない、とにかく普通に尽きるけれど及川にとってはそうではないアレを思い出した。
「試合の朝、バスに乗る前に……」



「よーし!忘れ物無い?出発するよー!」
「お願いします!」
 インターハイ予選初日。昨日のうちにまとめた荷物を持ってバスに乗り込む前に、運転してもらう武田先生に挨拶をする。
 バスに乗り込もうとする皆を確認しつつ、少しだけ大きく息を吸った。結局昨日は潔子にやらせたのだ。横断幕を見せて、潔子からの|エール《がんばれ》は効果絶大だった。それなら、朝から私が背中を押さなければ。一番はじめに乗り込もうとドアに来た澤村に声をかける。
「本当はキーホルダーとかミサンガとか作ってあげたかったけど三年生だし時間もないし不器用だから。
 澤村。両手を挙げて」
「え、何?」
 おずおずと挙げられた両手にパチンッと私のを合わせた。
「頼りにしてるよ、キャプテン」
「、おう!」
 パチパチと目を瞬かせた後ニッと笑った澤村に続いて、菅原と東峰も私の手を叩いてからバスに乗り込んだ。
「菅原、控えでも声出して」
「気張ってくべ!」
「東峰、緊張してる?みんないるからね」
「おう!」
 一言一言、伝えたい言葉を掛けながらハイタッチを交わしていく。
 これが、昨日のお昼に潔子と決めた私の朝の仕事だ。
 中学の時、及川が正セッターに選ばれた初の公式戦で、偶然試合前に一人でいる及川と会ったことがある。その時彼に言われたのだ。

『俺、櫻井さんに『大丈夫』って言ってもらえると安心する。
 櫻井さんは口が悪いこともあるけど、嘘はつかないじゃん?だから、目を見てハッキリそう言ってもらえるだけで不思議と落ち着くんだよね』

 それからは、当日会えるかどうかわからないからと、試合の前夜に決まって二人で話していた。試合に向けて今何を思っているのか。どうしたいのか。決意表明みたいな堅苦しいものではなく、ただ淡々と自分が何を思っているのか口に出すだけ。
 それで、少しでも身を軽くしようと。同じコートには立てずとも一緒に思いを背負ってやろうと。
 どこか魔法じみたそれは、きっと私にとって大切なチームメイトにも届くと信じて背中を押した。田中や西谷、日向は全力で叩いてくるから最後潔子とハイタッチをする頃には掌が真っ赤になっていた。
「頼んだよ、潔子」
「うん。任された」



 試合中、選手以外にベンチに入るのは三人。コーチの繋心さんと監督席に座る顧問の武田先生。そしてマネージャーの潔子だ。私はずっと公式試合を見ることがキツかったのもあって、基本ギャラリーで一人試合を見ている。
 キツくなったら外に出てるのだけど、まさかこうなるとは。
「櫻井さん、一人?」
「……えっと、松川君」
「そうです松川です。そんでこっちが」
「花巻貴大です。貴大でイイヨ!」
「及川と岩泉に色々聞いてると思うけど、櫻井律です」
「何二人ともでしゃばってんの!?
 櫻井さん狙うのやめてよね!?」
 二人の自己紹介と金田一君や国見君が一言挨拶をしてきたのをサラッと流して、最後に来た騒ぐ及川の隣にいる岩泉に話しかける。
「おっす、久々だな櫻井」
「最近はどう?」
「別に、普通。お前んとこは?」
「見ての通り」
 コートを見て目につくのは、練習試合で見なかった繋心さんと西谷と東峰だろう。影山もいることだし、練習試合で一度負けたからと見にきたのかなぁなんてボンヤリ考えていた。
「、あの指導者…コーチか?」
「うん。武田先生が連れてきてくれたんだって。
 前監督のお孫さんで、元々烏野でセッターしてた」
「……詳しいな」
 岩泉は珍しく目を瞬かせて私を見た。
 繋心さんは、見た目がアレだから教育者としてどうだと言われることもあるかもしれないけれど、見た目と中身は関係ない。結果を残せばいいだけだし、それこそ繋心さんはどのポジションにしても教えるのは上手だし戦い方も今の烏野にあったものをと考えてくれる。
「好きだからね」
「………は?」
「、え?」
 嫌に空気が張り詰めた気がした。それを振り払うかのようにコートにいる繋心さんを見つめる。
「前監督のお孫さんって言ったでしょう。私の師匠のお孫さんだから、私がバレー始めた時から付き合いがあるんだよ」
「ああ、なんだ。そういうことかよ……」
 なぜかほっとしている岩泉を不思議に思っていると、岩泉を挟んで反対にいた及川が「と言うか、」と会話に入ってきた。
「何で櫻井さん俺すっ飛ばして岩ちゃんの横にいるの?」
 解せない!と騒ぐ及川を横目にそれは、と答える。
「私が元々スパイカーだからね。後は単純に仲がいいから」
「え、俺は」
 私にとって及川徹という人物は潔子の言う通り特別なんだと思う。それでも、この場でそれを言うのは違う気がして。
「……聞かないで。返答に困る」
「どういうこと!?」
「だって……主将なのに最後に来るあたり、またその辺の女の子引っ掛けて岩泉に回収してもらったんじゃないの?
 そういう所だよ及川」
「おお、櫻井さんドンピシャ」
 部活でも私生活でも岩泉は大抵及川の面倒を見ている。岩泉とは中学三年間同じクラスだったから、教室にいる時も及川が乗り込んでくることが多々あった。及川の幼馴染なんて大変だろうけど、それでも離れないあたり面倒見がいい。
「岩泉は相変わらずいい男だね……」
「お前それ言うのやめろ」
「褒めてるのに」
 ふと声に出してしまったが、岩泉は私にこう言われるのがあまり好きではないらしい。理由は知らないけれど、大方「俺より!?」……大方、及川がいると面倒くさいからだろう。
「外面は確かに及川の方が身長高いし顔もいいけど、岩泉だって女子からしたら充分高いじゃない。性格だって男前だし、なんだかんだ面倒見いいし、優しいし、一緒にいて楽だし……
 あれ、岩泉って完璧………?」
 私が岩泉のいいところを上げていくほどに本人は少し赤くなって最終的に顔を手で覆ってしまった。「マジで辞めろ…」と凄みながら言っているつもりなのだろうが、小声なのでむしろ可愛らしい。
「ええ!?俺は!俺のいいところ!!」
「ええー…、顔とか」
「自覚してるけどそれ櫻井さんに言われたくなかったかな!」
 及川うるさいなぁと思いつつコートに視線を向ける。みんな久々の公式戦で高まっているのか、相変わらずハイテンションな人もいるけれど普段通りプレーできている。初戦は大丈夫そうだと安心しつつ目は逸らさずにボールを追った。
 あ、彼だ。
「………」
 彼…影山がサーブを打つ様子をじっくり見る。
 
「櫻井、お前影山の事苦手だったか?」
 隣にいる岩泉が眉間に皺寄っていると指差してきた。
 影山に関しては金田一君と国見君も同級生だったから気になるのか、視線をこちらに向けた。
「………別に、嫌いじゃない」
 好きでもないけれど。
 影山がセッターとしてどうしてきたのかを聞いた時、私は彼に幻滅していた。セッターとしての思考が気に食わなかったから。でも、烏野に来た影山は日向と出会って見違えるほどいい方向に変わっていった。
 それこそ、私が羨ましいと憎らしく感じてしまう程に。
「……及川の一番いいところって顔だと思う」
「改めてそれ言う?」
「最後まで聞きなさい。私は、長年及川とプレーしてきた岩泉でさえ知らない及川の顔がカッコいいと思わざるを得ないんだよね」
 影山のサーブは、中学時代の及川と私を真似して作り上げたもの。それでも、及川には遠く及ばない。どんなにフォームが似ていて、威力が強くても。単純な話、影山は及川ではないのだから。
 私が教えたサーブをする及川が好きだなんて、おかしいかもしれないけれど。
「岩泉って、公式戦の及川のサーブ見ないでしょ。当然だよね、なんだかんだ言って一番信頼してるから。
 私は、サーブトスを上げる寸前の、ボールをもって集中してる時の及川の顔が好き。
 チームメイトには絶対見せない顔が」
 いつも、若利に負ける及川の表情を見てきた。女子の試合の前に男子の決勝が行われるから、最終セットが始まるとアップを切り上げて体育館の入り口に向かう。そこで立って、見ていたのだ。
 私が、誰がサーブを上げる姿を見てもどうもしっくりこないようなほんの少しの違和感を感じるようになったのは、公式戦でサーブを上げる及川を見てからだった。
 基本試合中はコートを行ったり来たりするボールを目で追う。サーブは特に、威力は勿論のことインかアウトか、それを拾った相手が次どうやって繋げるのかと。
 それでも私は、サーブを打った及川から目を逸らすことはなかった。
 
 サーブは唯一個人で点を取れる。でも、それは場面によっては試合を終わらせることもできてしまうのだ。
 同じコートに立ってるチームメイトには信頼していると背中を預けられ、コートに立てないチームメイトには期待や願いの篭った羨望の眼差しで見つめられる。ネットの向かい側には自分を射殺さんとばかりに出方をうかがっている敵が。そんな視線を一身に浴びて、自分が世界の中心にでもいるかのように思えてしまう。
 それでも彼はどんなに熱い試合でもどこの誰が相手でも、涼しい顔で真剣な眼差しでボールを見つめる。
 そんな、及川の顔が一番好き。
 
「……ぐうの音も出ない」
「表情がコロコロ変わるのも面白いしね。
 でもまぁ、何とも思ってない女の子に薄っぺらい笑顔を振りまくのはただのクズ野郎だと思うから私は嫌いだけど」
 でも、それも女の子を邪険に扱うことができない。優しいという立派な長所だ。
 誰よりも努力家で、周りを気にする及川だから仕方ないとは思う。それでも、私は自分が一番辛い時に嘘でも笑おうとする及川が好きではない。見ていて、辛い。
 第一試合、常波高等学校との試合はセットカウント二対〇で烏野の勝利だった。みんなが礼をするのを見届けて私も下に降りようとする。
「あ、及川……」
 そういえば、と思って声をかけたけれど、その背中に何も言えなくなった。白地に薄い青緑のラインが入った青葉城西高校のジャージ。中学の頃毎日見ていた背中は頼もしく大きく見えた。
 そうだ。もう及川は私にとって敵だ。
「何?」
「……いや、何でもない。じゃね」
 私から激励なんてされても彼は困るだけ。敵チームの主将で、次の試合に勝てば明日には当たることになるのだから。

    *    *    *

「……」
「どうした」
「いや、ちょっとね〜」
 今までの当たり前が壊れて、それを作り直してまた変えて。そうやって時間とともに俺は成長し進み続けてきた。そして、それはこの先それこそ死ぬまで続いていくことだと思う。
 だけど。
 
「……慣れないだけだよ」

 中学最後の試合以来、彼女に背中を押されることがなくなってからは、それを当たり前に変えてきたつもりなのに俺は未だ律ちゃんからの【大丈夫】を求めてやまないのだ。
 今回の試合も、また魔法を貰いそびれてしまった。
「『サーブトスを上げる直前の顔が好き』ねぇ……」
 俺がサーブを上げる時は、いつも手本にしていた律ちゃんを思い出しているというのに。
 それを知らずとも言葉にする彼女に眩いトキメキと少しの怒りを覚えた。
 俺ばっかり、律ちゃんのことが好きみたいだ。

 彼女の一番はバレー以外ありえないというのに。

   *    *    *

 チームと合流してから常波との試合を見ていて気づいたこと、改善点を少しだけ話す。周りからの反応も上々で、日向が囮としてバッチリ機能しているみたいだった。
 秋のことがあって伊達工との試合は少しピリついた雰囲気になっているものの、大丈夫だと不思議に落ち着いていた。

 そして始まった伊達工との試合。
 青城は途中から隣のコートに入ってくるので、もちろんギャラリーに人はいるものの、青城の選手は誰ひとりとしていない。
 先ほどは騒がしかったこともあって少しだけ寂しく感じた。
 実を言うと、前回の伊達工との試合を私は途中までしか見ていない。だから、試合後にみんなが異様な沈み方をしていたけれど何も言えなかったのだ。
 マネージャーなのに。私も部の一員で仲間なのに、試合さえまともに見られやしない。それが前までの自分だったから、今が不思議でならない。
 及川が特別だなんて考えたことがなかったけど、潔子に言われてしっくりきたのはそう言うことなんだと思う。

 日向の囮のおかげでうまく旭のバックアタックが決まり、ようやく東峰の心の中にあった壁は取り払われたと思えた。
 セットカウント二対〇で烏野は勝利した。撤収するメンバーの中で澤村と菅原が話しているのが目にとまり、菅原の引き締まった表情に嬉しくなった。
 チームに必要ない選手なんて、一人もいないから。

    *    *    *

 隣で伊達工と烏野の試合が終わり、表情からして烏野が勝ったんだと知る。

「……【王者】も【ダークホース】も全部食って。
 全国に行くのは俺達だよ」
 俺は、決して律ちゃんの為にバレーをしているとかではない。ウシワカちゃんを倒して、全国一のチームになる為だから。
 中学の頃教えて貰って何度も目に焼き付けて、やっと自在に、律ちゃんの様に扱えるサーブで相手から点を奪う。飛雄の様に天才ではない俺はトス回しで敵わないかもしれない。それでも、選手としては絶対に負けない。特にサーブは、あの頃俺たちが作り上げてきたもので今の俺に出来る最高の攻撃がそれだから。
 たとえ相手が律ちゃんの大切な居場所だとしても、徹底的に潰す。

 好きなことで手を抜かれるのが嫌いだって、律ちゃんは言ってたから、たとえ君の大切なチームメイトがどうなろうと。
 俺は。



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