『どっちも無自覚なのね』
『アンタの存在が櫻井にとって悪影響にならないように、引き際のこと考えておいたほうがいいよ』
中野先輩に言われたことを自分なりに考えてみた。
無自覚って、何に対して?
俺といることで櫻井さんに起こる悪影響って何?
引き際って、もしかして俺たちが居残って練習している事を知って、やめさせようとしてる?
そもそも、どうして俺と櫻井さんが一緒にいてはいけないみたいな言い方したのか。いくら考えても、あの人の考えていることなんて俺には分からなかった。それでも一つ気づいた事がある。
俺は櫻井さんのことをそこまで知らない。
部活後の自主練が日常になるくらい短くも濃く、春から同じコートで練習をしてきた。でも俺は岩ちゃんと違って櫻井さんと同じクラスとゆうわけでもないし、学校生活では話すどころか会うことすら滅多にない。それなのに、俺は心のどこかで櫻井さんを知った気になっている。自分の中で起きていた矛盾に気がついたのは、秋のことだった。
「修学旅行の班?高尾と」
「他!残りは!?」
「櫻井と柊。………で?突然どうした」
二週間後に迫った修学旅行、俺たちの学校では京都と大阪に三泊四日で行く事になっている。仙台市から新幹線で京都まで行き、クラス毎に決められた観光地を巡る。そして二日目は班毎にタクシーで京都観光。三日目はテーマパークで自由行動、四日目は水族館と大阪城に行き新幹線で帰ってくるという日程だ。移動もあるけれど、中々ハードだと思う。
班やクラス単位で動く日は別にどうでもいいのだけど、問題は完全自由行動の三日目である。
一応班行動とはなっているものの、自由行動。園内で先生達が厳しく監視をしているというわけでもなく、毎年仲の良い友達同士で回る人が多い。そしてこの中学二年という多感な年頃、此処ぞとばかりに俺と回りたいのだと言う女子が来た。そこで思いついたわけだけど。
「その、三日目………櫻井さんと回りたいなって」
「へぇ、誘えば?」
「そんな簡単に言う奴があるか!」
岩ちゃんに相談した俺が悪いのか?んなわけない。でもこの、人が真剣に悩んで相談していると言うのにこの軽さよ!!
特別美人では無いけれど顔が整っている櫻井さんは、普段の物静かな振る舞いからクールな孤高の女子だと思われている。でも、ごく稀に見せる可愛らしい優しげな表情とのギャップに「好きかどうかは置いておいて、普通にお近づきになりたい」と中々男子から人気がある。
「だって俺、他の女の子にも誘われてるし?特別好意があって櫻井さんと回りたいって思ってるわけでも無いから?うん、全然。でもちょおっと話さなさすぎるからこの機会にどうかな〜って思ってるだけで別に「めんどくせぇなお前」何おう!?」
俺はバレーをしていない普段の櫻井さんのことをほとんど何も知らないのだ。だから、櫻井さんの事を知りたい。
いや、それ以上に。俺以外の奴に櫻井さんの一番になってほしくない、の方がしっくり来る。
あんなに毎日バレーに力を入れているくせにバレーが好きではないと語る彼女の一番になりたい。俺以上に彼女のことを知る人なんていて欲しくない。それは岩ちゃんですら言える事。だから班で回るならともかく、誰か俺以外の別の人とというのが嫌なのだ。
「つか、櫻井と仲いいのは山下だろ?お前のクラスの」
「山下さんは他の女バレの子と回るって言ってた。櫻井さんは誘ってないって。
だから、岩ちゃん班行動しないなら櫻井さんと回らせて」
「それ本人に一緒に回ろうって言えば良い話だろ。何で俺に聞くんだよ」
「………確かに」
いや、でも岩ちゃんと櫻井さんは同じ班になるだろうと思ってたから、二日目のルートだってバッチリ把握してるし、それなら前日までに声をかければ良いだけだから、うん。三日目だってこれなら余裕デショ。
そう思っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。
「………話題出すの下手くそかよ」
「うるさいなぁ!もう!」
明日は、明日は、と櫻井さんを誘うことにヤキモキしながら気づけば明日から修学旅行。いつもの部活後の自主練中、なかなか修学旅行の話をしないでいる俺に、岩ちゃんが珍しく空気を読んで席を外したのだ。
でも結局、櫻井さんを誘うことなんて出来なかった。
「はぁ〜〜〜。いや、まだあと二日あるし。うん、余裕余裕。なんなら当日とかでも全然いいし!様子見てただけだしっ!」
「何の様子だよ………って、噂をすれば」
帰り際に誘えればと校門で岩ちゃんと話していると、体育館の鍵を職員室に預けに行っていた櫻井さんが帰ってきた。
「……ん?誰あれ」
「ああ、高尾か」
「高尾って、確か同じ班って言ってたっけ」
「おう………アイツ、最近櫻井によく話しかけてるんだよな」
「はぁ!?何それ聞いてない!」
岩ちゃんの肩を掴んでガクガク揺らしていると、櫻井さんと高尾君が歩いてやってきた。
彼は俺と同じで夏の終わりからバスケ部のキャプテンをしている。身長もそれなりに高くて、俺ほどでは無いけれど女子にもモテたはず……。
「及川が岩泉のことを好きなのは知ってるから、そんなに強く握りしめなくてもいいんじゃない?」
「誰のせいだと!?」
「誰のせいなの?」
「っぐぅ……」
「何話してたか知らないけど、落ち着きなよ」
俺たちにとってはいつも通りのやり取りの筈が、高尾君は物珍しそうに櫻井さんを見つめていた。
「櫻井って及川と話すんだな……なんか意外」
「そう?確かに普段そんなに会わないしね。クラスも違うし」
「……ふうん?」
何か意味ありげに俺と櫻井さんを見た高尾君は「じゃあまた明日!」と櫻井さんに笑顔を向けて帰っていった。
なんだかやっぱりモヤモヤして。高尾君が見せた笑顔にイラついて。でも櫻井さんは普段通り無表情だから感情なんて読めなくて。何で櫻井さんのことに一生懸命になってるんだか。
「……櫻井さんと高尾君て、仲良いの」
「そうでもないよ。修学旅行で同じ班ってだけだし。男子で話すのなんて及川と岩泉くらいだし」
その、何気ない一言で少しほっとしてしまう自分のこともわからないな。
「じゃ、私も帰るね。明日集合早いんだから」
「あ、櫻井さん!あのさ、えっと………」
「うん?」
「お、お……おやすみ………」
「うん、おやすみ及川。岩泉も」
少し肌寒くなってきたのか、いつもはシャンと伸ばしている背中を少し曲げて帰路に着く櫻井さんを見送った。
「俺の、馬鹿野郎……!」
岩ちゃんが隣で震えながら笑っているのを、俺もできるなら笑ってしまいたかった。
「修学旅行の三日目、私と二人で回らない?」そう、俺に話しかけてきた女の子達を心の底から尊敬する。余裕だと思いたかったんだ。俺が櫻井さんを誘うことは当たり前なのだと。でも結局、最後の最後まで誘うことはできなかった。
俺って、根性なしだったのか。
* * *
「櫻井さんおみくじ引く?」
「うん」
櫻井と柊がおみくじを引いているのを眺めていた。
結局当日まで何も行動を起こせなかった及川は、三日目まで時間あるからそれまでには!と粘りに粘っているものの全く誘える気がしなくて。というかアイツはどうしてそこまで櫻井に必死になっているか自分自身で理由がイマイチわかっていないみたいだ。
俺からしたら、一人の女子に及川があそこまで執着するのは初めてのことで、春頃はまさかななんて軽く思っていたがそのまさかは本物に変わりつつあるらしい。本人たちは無自覚だが。
櫻井が影で男子から人気があるのは俺も知っている。というか、知らざるをえなかった。コイツのせいで。
「いやぁ、櫻井さんと同じ班になれて良かった!ありがとうな岩泉」
「俺別に何もしてねぇけど」
「いやいや、岩泉ってなんだかんだ櫻井さんと一番話してんじゃん?岩泉と同じ班になれば絶対櫻井さんと一緒になれるって思ったんだよね」
「俺は櫻井のおまけかよ」
「ははは」
こうして、高尾はちょいちょい俺に絡んでくる事があった。どうやらコイツは櫻井のことが好きらしく、勿論及川同様三日目に櫻井を誘おうとしていた。修学旅行の班を決める時、同じ班になろうと話しかけてきたのだ。高尾も及川に負けず劣らずモテると噂になるだけはあって、行動はかなり早かった。
あの根性なしのチキン野郎と、幼馴染みの顔を思い浮かべる。
「つか、お前他の女子に誘われてただろ。何で櫻井?」
「何でって、理由なんて要らないだろ。気になってるから、だけじゃダメ?行動に移せないよりかは良いと思うけど」
返す言葉もない。でも、その熱量は及川の方が上だと断言できる。
行動は早かったし、さっき櫻井に話しかけているのも見た。俺はこういった色恋沙汰には疎いけれど、積極的に話しかけて距離を縮めたいというのもなんとなくわかる。
でも及川は、駄目だったらどうしようとか、もし回れる事になったらとか、色々考えて。考えまくった挙句緊張して何もできないでいるから本末転倒な気もするけれど、それでも普段見せる軽薄さのかけらも及川は櫻井に見せない。いつだって真剣に、真っ直ぐな瞳で櫻井を見ているものだから幼馴染みとして、相棒として何度でも背中を押してやると決めた。
及川が櫻井に向ける感情に答えを出すまで、見守りたい。
「………ま、どっかの粘着質な性悪よりかは良いんじゃねぇの?」
昨日の帰り際。高尾と櫻井が軽く会話をしている最中の及川の表情は、これでもかって言うくらい見事に強張っていた。
そんなに嫌悪感を丸出しにしておいて、自分の気持ちにハッキリしない。気づかない櫻井も櫻井だけど、及川の方がどうしようもない。
いつのまにか横からサラッと掻っ攫われても知らねぇけど。
一年の頃から櫻井とは同じクラスだったけれど、話す機会は無かった。だから、もっと早くから仲良くなっていれば良かったと本気で思う。バレーがうまいとは聞いていたけれど、人に教えるのも上手だとは知らなかった。おかげで、ここ最近俺のスパイクの決定率は伸びている。
「とりあえず、貸し一な」
「いつか返すわ」
* * *
「櫻井さんっていつもクールでカッコいいって思ってたけど、可愛らしい系なんだね」
「え、何それはじめて言われた」
割と楽しみにしていた修学旅行、岩泉以外の二人とは今までそこまで話したこともなかったのだけど、準備期間から徐々に打ち解けて軽い会話ならするようになっていた。私はあまり自分から話しかけにいくような子でもないし、それとなく流しておけばいいかなと思っていたところがあるのだけど、高尾君や柊さんは割と話しかけてきてくれる。
「いやぁ、おみくじ引いてたときとかキャッキャしてる具合がほんわかしてまして。あと、食後にぜんざいを頼むあたり。抹茶アイスと迷ってたよね」
「アイスなら清水寺の方にもあるし……って何の話してるの」
「正直、櫻井さんていつもクールで少し近寄りがたい雰囲気だなって思ってたんだよね。バレーも凄いって聞くし、特定の人と仲良さそうにしているとことか滅多に見たことなかったから。
でも、話しかけたら返してくれるし、面白いし可愛いし。普通の女の子なんだなって。
私、櫻井さんと同じ班になれて良かった!」
「……私も、柊さんと同じ班になれて良かった」
バレー部以外の子とそこまで話すこともなかったから新鮮で、私も結構浮かれているのかもしれない。
秋の夜は少しだけ肌寒くて買うか迷ったけれど、この機会だしと抹茶ソフトを買った。ついでに食べ歩きながら近くの雑貨屋さんを見て、岩泉達が居る方に足を向ける。
「ところで、櫻井さんって高尾君と岩泉君、どっちなの?」
「………どっちって?」
「私、櫻井さんは岩泉君と付き合ってるって思ってた」
「は!?いや、違う違う。岩泉とは一年の時も同じクラスだったし、よく話すようになったのも春からだし」
「じゃあ高尾君?高尾君って女の子から誘われてたって聞いたけど、断ってたんだね。及川君ほどじゃないけど高尾君もモテるでしょ?そういえば及川君も誰と回るんだろ……って、噂をすれば」
「え?」
前を向けば岩泉に絡んでいる及川がいた。ああ、及川たちもここ最後って決めてたんだなってぼんやりと思った。
「及川君は誰と回るんだろ。でも女の子なら大変そうだよね」
「………でも、及川はああ見えてしっかりしてるから不誠実なことはしないと思う」
「え、櫻井さんって及川君と接点あったの!?」
「まぁ……それこそ岩泉繋がりで」
そんなに驚くことかな。バレーが好きで良い性格をしている普通の同級生なのに。そう思いつつもやっぱり及川徹という男は私たちの学年の顔、それなりの人気があるらしく、人間関係はかなり面倒なのだと。
それから話が進むうちに、一緒に胎内めぐりに入ろうという話になった。胎内めぐりとは、明かりが一つもない真っ暗闇の随求堂の中を左手で掴む手摺りだけを頼りに歩くというもの。途中明るく光る玉に願い事を込めながら撫でるとそれが叶うんだとか。
柊さんに続いて入ろうとしていると、後ろからグッと腕を掴まれた。
「櫻井さん、最後に入ろ」
「え?うん」
岩泉と及川に挟まれる形で入ったのに、物の数秒で視界が黒に染まり岩泉の背中が見えなくなった。歩くペースを少し落として、みんなの騒ぐ声が静かになったあたりで及川に声をかけた。彼は人気者だから、きっとこの話は周りに聞かせたらダメなのだろうと思って。
「及川、いる?」
「うん。いるけど」
「どうして最後に入ろうなんて言ったの?」
順番なんてそこまで関係もないと思うんだけど、と思いながら手摺りを離さないように振り返った。当然及川なんて見えなくて視界は真っ黒。ゴツゴツとした独特な手摺りとひんやりした空気を感じていた左手にそっと触れたのは誰かの指先で、それは及川しかおらず抵抗もなく握られた手で暖かさを感じた。
何となく、気恥ずかしい。及川なのに、私が知っている男のはずなのに。
「櫻井さんに言いたいことがあって。
……っ、俺と明日二人で回らない?」
「あー……ごめん、ついさっき高尾君と周ることになっちゃって」
「そっか……」
あからさまに声のトーンが落ちたことに気付いて、いけないと思った。
「ごめんね、でも誘ってくれてありがとう。
時間があれば会う?」
「いや、いいよ。お互い楽しも」
左手に触れていた温もりがなくなり、それをほんの少しだけ寂しいと思ってさすった。そんな自分の行動を不思議に思いつつもまた前へ歩こうとする。
「わっ」
「え、何。どうしたの」
「及川どこ。私手摺り離しちゃったわ」
「は?え、待って。ちょっとそこ動かないで」
微動だにせず固まっていると、トンッと背中を押された。
「あ、これ櫻井さん?どこ触ってる?」
「背中……あ、離さないで。手握るから」
視界が暗いからなのか、いつも以上に及川を感じている気がして何となくむず痒い。
女の子に誘われたって聞いた。でも断り続けてたってこと?何で、私をここで誘ったの。何で今言うの。なんで。
背中にそっと触れる右手を取って、そのまま強く握って歩き出した。
「及川、絶対手摺り離さないでね」
「櫻井さんに言われたくない」
「そ、だから私みたいになっちゃダメだよ」
「はは、何それ。でも………うん。
櫻井さんが居てくれるなら何処でも、大丈夫な気がする」
「何それ……あ、光る玉」
暗闇の中でぼんやりと光る玉を撫でてからも何故か及川と手を繋いだまま胎内廻りを終えた。
「櫻井さん、何お願いした?」
「あ、何にも考えてなかった」
「ええ?入った意味だよ」
「でもいいよ。自分で叶えるから」
「またそういうこと言って。俺?俺は牛若ちゃんを倒せますようにって願ったね!」
「聞いてないし。てか人に話したら叶わないって聞くけど」
「問題ないね。神様に頼まなくたって必ず倒すから」
「人のこと言えないよね」
まるでいつもの体育館にいるかのように会話をする。
初めて会った時はお互いに嫌悪感丸出しだったし、それこそ及川は私のこと嫌いなんだろうなってなんとなく感じ取れる程だったのに。いつのまにこんなになってしまったんだろう、絆されている気がする。
なんで、私を誘ったの。
どうしてそんな顔で笑うの。
なんで、高尾君よりも先に、声をかけてくれなかったの。
そう考えてしまう私はなんて欲深いんだろうか。柊さんに女の子の誘いを断り続けていると聞いて、真っ先に岩泉と回るんだろうなと思った。でも、ひょっとしたら。修学旅行中は三人でいられないから私も。なんて思ってしまった。
「……及川は「何で二人とも手繋いで出てきてるんだよ」
高尾君の声にハッとしてお互い顔を見合わせた。私は一瞬で手を離そうとしたのだけど、及川は逆に力を強めるばかり。
「ははは。櫻井さんが途中手摺りから手を離しちゃったから俺が道案内してあげただけだよ。何そんな怒ってるの?」
「別に怒ってねぇけど」
及川はふうん、と高尾君を一瞥して、パッと手を離した。
「そろそろ行かなきゃ集合時間なっちゃうよね?」
「あっそうだね!」
「ばいばーい岩ちゃん!」
同じクラスの子と坂を降りていく及川の背中を見つめて、私達も行かなきゃね。とタクシーに向かった。
高尾君に誘われた時ホテル前に朝九時と言われていたので、軽く支度をして財布とポーチだけを小さなバックに入れて部屋を出た。夜中、同室である柊さんと同じクラスの女の子と散々恋バナをして少し気が重くもある。大体、なんでこうも男女がペアで歩いているとくっつけたくなるのだろう。女の子は甘い物と恋の話が大好きだとは言うけれど、振り回される側はたまったもんじゃないと思う。
「櫻井さんはこういう遊園地って好き?てか俺、絶叫系とか好きなんだけど平気?」
「アトラクションとか割と好きだし、全然平気。あ、でも少し行きたいところあるから……「勿論付き合うよ」
* * *
櫻井さんと高尾君が二人で歩いて行くのを横目に見て、俺は岩ちゃんと違う方向に歩いた。
「意外だな」
「え、何が?」
「お前なら、あの二人尾行すんのかと思ってた」
何だよ、岩ちゃんも櫻井さんを気にしていたのか。
パンフレットをゴミ箱に捨てて、ひとまず園内を適当に歩く。
岩ちゃんには、櫻井さんを追いかける俺がどう見えているんだろう。今までこんなことなかったから、珍しいのかな。
「岩ちゃんが尾行したいって言っても、俺は今回あの二人にはノータッチで行くよ」
「昨日、誘ったんだろ?」
「うん。でも振られたし、それは俺が百%悪いからもういい」
櫻井さんのことを知らないから、もっと知りたいと思った。でも、俺以外の男と並んで歩く櫻井さんを想像すると虫唾が走る。それに、昨日の胎内巡りでまた櫻井さんの新しい顔を見れたから、今回はもういいかなと思ってしまった。
「折角の修学旅行だし、楽しまなきゃ!」
そっと指先で手に触れると受け入れてくれて、暗闇に立った時、躊躇いもなく俺を頼ってくれて嬉しかった。俺が恐る恐る背中に触れた手を当たり前のように取ってくれた。たったそれだけのことで俺は十分って思えるくらい舞い上がってしまった。だから、今回はそれだけで終わりにしていたい。
他の男と笑い合う櫻井さんなんて見たくない。
「ってことでいつも通り岩ちゃん俺とデートし「断る」
遊園地とかは子どもの頃少しなら行った覚えはあるけれど、やはり親元離れて子どもだけでこういう所に遊びに来るのは新鮮で楽しい。すれ違う同級生と時々話しながら、いろんなアトラクションに乗ったり路上のキッチンカーや売店で適当にお腹を満たしたりしているうちに時間は過ぎていった。
「もう十八時か……」
十月、ハロウィンの時期ということもあり、昼間も仮装して周る人は多かったけれど、夕方になるにつれて人も増えてきた気がする。禍々しい雰囲気が漂ってくるハロウィン特有の飾りが施された園内を見回した。
どうせ昨日泊まったホテルに今夜も泊まるのだから閉園までいられるのだけど、そろそろ行きたいところも無くなってきたしな。
「どうしよっか。アトラクションはあらかた乗れたし」
「………お前、本当に櫻井のことよかったのか」
「岩ちゃんは櫻井さん好きだねぇ。いいって言ったじゃん」
そもそも、岩ちゃんがここまで気を使うのも珍しいことだ。まぁ、岩ちゃんにとって櫻井さんは尊敬すべきスパイカーであり、大切な友達だから当然といえば当然なのだけど。
「櫻井さんだって今頃高尾君と楽しんでるデショ。邪魔したくないし………、」
そう話していると、岩ちゃんが前を指さした。
「あれ、櫻井じゃねえか?」
「えっ」
そちらを向くと、人混みに紛れて顔は見えないけど、立ち姿でわかる。いつものように背筋をピンと伸ばして歩いている櫻井さんが居た。
え、一人?高尾君はどうしたのさ。いや、それよりも………何で、そんな顔してるの。
アホみたいに体が動かず、でも櫻井さんを見ていた俺の背中を岩ちゃんが思いっきり引っ叩いた。突然の音と体に走った痛みに、足が一歩前に出る。
「何突っ立ってんだお前は!追いかけろよ!」
「えっ!?あっ、うん!!」
咄嗟に足を動かして、櫻井さんを追いかける。
高尾君に誘われたって聞いた。時間があれば会う?って聞かれた時、変に対抗意識を燃やして断らなければよかった。俺が誘った時、俺と周るって言ってくれればよかったのになんて。裏切られた気がして。櫻井さんは全然悪くないのに自分一人でイラついて。本当に馬鹿みたいだ。
「櫻井さん待って!」
心底楽しそうにする櫻井さんを知っているから、俺のいない場所でもそうして笑っているならそれでいい。でも、いつもみたいに無表情で、適当に流しているだけのそんな顔だけは見たくなかった。今、どうでもいいって顔してるよ。
な顔を櫻井さんにさせない。
パシッと櫻井さんの腕を掴んで、引き留めた。見間違いじゃなく一人らしい。
「えっ、及川?」
高尾君はどうしたのとか、こんなところで何してるのとか。色々あるけどとりあえず、
「櫻井さん、今から俺とデートしよう」
もう絶対、自分からこの手を離したりしない。
* * *
「あ、じゃあ高尾君とはさっき別れたばっかりなんだね」
「うん」
及川に手を引かれて適当に歩きながらさっきまでの話をした。
アトラクションとか好きだし、なんなら好きな洋画のエリアはじっくり見て回りたい私だったけど、高尾君はとにかく遊びまわりたかったらしく。早々に話題が尽きて気まずくなったのだ。だから、自分から適当に別れを切り出してみるとそれを了承されたので一人になった。そんな時、丁度及川が現れた。
「俺もさっきまで岩ちゃんと回ってきたけど、アトラクションは色々乗っちゃったしなぁ。
櫻井さん行きたいとことかある?」
「時間かかると思うから、いいよ」
「時間かかるなら初っ端に行かなきゃじゃん!何処?」
時間がかかると思うからなるべく一人で居たかったのだけど、及川はもう閉園まで私と一緒にいる気満々らしい。
「……つまんなかったらすぐ言ってね?」
及川の手を引いてやって来たのは、3Dシアターの出口になっている建物。
「あれ、こっち出口だけど」
「アトラクションはさっき乗ったし、いい。目的はこっち」
シアターから出てきたお客さんの流れに逆らって飾ってある写真を物色する。
「私、両親の影響で小さい頃から洋画好きでさ。ここにも二、三回くらい来たことある。
……本当に、つまらないなら付き合わなくていいからね?」
「櫻井さんさっきからソレばっかりだね。『つまらない』って。
俺は櫻井さんと一緒に居たいからついてきてるの。
でもまぁ?俺は洋画とか全然詳しくないからいてもしょうがないけど」
ほら、やっぱり。
折角の修学旅行なんだから園内を周って、アトラクションに乗ってって楽しんでおけばこうならなかったのに。こんなの、どっちも苦しいだけじゃない。
そう思っていたのは私だけだったみたいで、及川は少し楽しそうに笑った。
「……はは。櫻井さんていつも無表情なのに、わかりやすいよ。いや、俺がわかるようになってきたの方が正しいのかな」
「え?」
「俺は洋画とか全然詳しくないけど、櫻井さんと一緒に居たい。櫻井さんのことを知りたい。
だから、櫻井さんの好きなことを教えて?」
驚いた。まさか、及川の口からそんな言葉が出るなんて。
「………どういう風の吹き回し?」
「酷いな!」
「いや、本当にびっくりして。……及川は、バレーしてる私にしか興味がないと思ってたから」
「うん、実際そうだったと思うよ。…でも、俺を変えたのって櫻井さんじゃん。俺が櫻井さんを変えた……ってのはまだよくわからないけど、確かに俺は櫻井さんに変えられたよ」
私が及川を変えた?何処をどんなふうに。ちょっとよくわからない話をしている気がするのだけど、及川はどこ吹く風で
「ほらほら、ゆっくりしてると時間なくなっちゃうよ〜?てかここって写真館?俳優さん……で合ってるよね?」なんて話題を振ってきた。だから、もういいやと言わんばかりに好きなものを話す事にした。
「話の内容から察してたけど、まさか買うとは思わなかった」
俳優さんの直筆サインが書かれた額縁入りのポスターや写真を物色しつつ、作品について及川に思う存分語った。かなり高値ではあるものの、保証書付きでかなりしっかりした作りをしているので親にキャッシュカードを渡されていたのだ。いいものがあったら買っておいで、と。中学生に任せていいものではないだろうと言うと、名義が私だった。お金の管理は親がしているとはいえ、この時のためにと渡されるなんて思わなかった。
「お小遣いの上限、かなり軽くオーバーしてるけど?」
「まあ、万単位の買い物だしね。でも、バレなきゃいいだけだから。バラさないでね」
「言うわけないじゃん。本当に洋画好きなんだね」
「映画自体好きだよ。家でもよく見るし、日本のだと刑事物とかサスペンス系も好きかな」
「ふうん」
「………何?」
「いや?なんか嬉しくて」
紫やオレンジにライトアップされた園内はすっかり暗くなっていて、どこからか悲鳴や騒音が聞こえる。それをどこか遠くに感じながら及川の顔を見た。
「いつもと違う櫻井さんを見られて楽しいし、きっと今の櫻井さんを知ってるの俺だけじゃん。それがなんか嬉しい」
バレーをしている時とは全く違う、どこか熱を帯びたような瞳に一瞬射抜かれた気がした。でも、それは幻だったかの様にいつも通りの顔で笑うから及川のことが本当によくわからない。
「変なの」
* * *
「この映画はイギリスのミステリーものなんだけど……」
バッチリとキメた二人の俳優さんのポスターを見ながら櫻井さんはわかりやすく説明していく。俺は本当にそういうの全然詳しくないけど、楽しそうに話す櫻井さんが可愛く見えて、なんとなく心地よく感じた。最近、そういうのは多い。
バレーをしているときは身になると思うし、自分でもバレーが好きだからだと思ってたけど、多分違う。櫻井さんと居るのは俺にとって居心地がいいんだ。
纏う雰囲気とか、声とか性格とか。その全てが落ち着く。
一緒に居て飽きることがないし、これからも一緒に居たいなって何となく思えてくる。……いや、何考えてるんだろう。
『櫻井さん、今から俺とデートしよう』
『俺は洋画とか全然詳しくないけど、櫻井さんと一緒に居たい。櫻井さんのことを知りたい。
だから、櫻井さんの好きなことを教えて?』
さっきのやりとりだって、思い出すだけで恥ずかしい。何であんなこと口走っちゃったんだろう。でも、それが本心だからサラッと口にしちゃったし、今でも繋いだ手を離せないでいるんだろうなぁなんて。
「及川?」
「エッな、何?」
「何って、晩ご飯だよ。ホテル戻ってから食べるなら別にいいけど、私お腹すいたから戻る前に何か買いたいなって」
「ああ、だったら俺も何か食べよっかな」
「でも、この時間帯ってレストランくらいしか空いてないし、それだともう何も乗れないかな……」
数回来たことがあるって言ってただけはあって、ルートを考えるのが何となく手慣れてる気がする。
まぁ、自分が想像できなかったってだけで櫻井さんにとってはこれが普通なんだろうけど。
「じゃあ、今から適当に食べて、最後にどこかのアトラクションに乗るってのはどう?」
「そうだね、そうしよっか。及川どこか乗りたいものとか食べたいものとかある?」
「ん〜………櫻井さんが行きたいところに行きたいかな」
「……今日はそればっかりだね」
「ははは。で、オススメのところとかある?」
「安いところなら露店。レストランは人多そうだし、多分行ったらアトラクション乗れない」
「じゃあ、ターキー食べよ!」
「その顔、さっき食べた?」
「え、なんでわかったの」
「………なんとなく」
時間が経つにつれて櫻井さんのことを知れるから嬉しいし、櫻井さんもそうだったらいい。けれど、それと同時に終わりが近づいてくるからもどかしい。このまま………
「このまま、ずっとこの時が続けばいいのに」
「え?」
「あっ………!」
しまった、バッチリ聞かれてしまった。
「ふふ、私も同じこと考えてた。楽しいね、及川」
そう綺麗に笑った櫻井さんから目が離せずにいて、嗚呼もう。本当に彼女は。言葉にできないこの思いが、繋いだ掌から伝わればいいのになんてロマンチックなことを考えて。でも本当に嬉しくて。
「俺、多分今日のこと一生忘れないと思う」
「私も」
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