翌日からは本格的な高等学校の授業が始まった。
 雄英高校ヒーロー科は、主に午前中は必修科目。英語や数学などの高校課程の必修科目を学ぶ授業の為、基本座学だ。そして、その授業は雄英高校に勤務する教師、つまりプロヒーローによって行われる。
 英語教師も務めるプレゼント・マイクの声を聞きつつ、中也は 筆記帳ノート 洋筆ペンを走らせていた。
 これから社会に貢献していく上で必要な常識を身につけるためとは言えど、実際将来確実に使うかと聞かれればそうでもないので、面倒で退屈なものに変わりはない。勿論真面目に授業を受けている生徒もいるが。
 それから昼食を挟んで午後の授業では、プロヒーローとなる為の科目カリキュラムであるヒーロー基礎学の時間だ。

「わーたーしーがー!!
 普通にドアから来た!!!」

 先生として教室に入ってきたNo.1ヒーロー“オールマイト”に、教室は一気に騒ついた。
 ヒーロー基礎学は、プロヒーローとして実際に活躍するための素地を作る科目カリキュラム
 敵との戦闘や災害における救助、人助けの為の基本的な応急措置の仕方等実践的なものから、必要な資格を取る為の専門知識や法律などの座学も含まれている。

 中也は、この世界の在り方を前とは全くの別物だと考えている。自分は死に、そして生まれ変わったのだと。
 それも、ヨコハマやポートマフィア系列の企業を調べたものの、その全てが存在しなかったからだ。将来出来るものであれば記録はないだろうが、過去の遺物であれば何らかの痕跡は残る。それが無いということは、そういうことなのだろう。
 彼奴等がこの世界にいるとも限らないが、自身に記憶があるのだからきっと、と考えない訳がない。
 それもあって中也は、今の在り方を知ろうと法律や軍警について、ヒーローについて調べた。
 元の世界だと警察機関の元に軍事組織を始め防衛省や環境省などが配置される。その内部、極秘で設置されていたのが内務省「異能特務課」。種田長官殿や教授眼鏡が所属する特務課では、外国の組織との連絡の兼ね合いも担当した国内外の異能力者を管理する国家の組織だ。
 そして、国内の全部隊から集められた5人の精鋭による「特殊制圧作戦軍・甲分隊」“猟犬“。軍警の保護下にある完全合法の異能特殊部隊もそこに位置することになる。

 それに対し此方の世界では、そもそもの話軍警が”個性“という武力を有しない。警察機関とヒーローの立場は同じようで全く違う。警察側は敵に対し自身の個性を用いての捕縛・拘束は行うことができず、ヒーローはそれが出来る。しかし、敵の身柄は警察機関が引き受けるとの事。つまり、猟犬部隊や異能特務課が存在してはならないことになる。
 そもそも、以前は一般的に異能力者は存在するかどうか分からないとされていたものだから、此方でいくら調べても出てこないというのは当然のこと。

 総じて面倒だが、元マフィアの俺からするとこういった法律や国の機関は覚えておかねぇといけないもんだった。異能特務課に異能開業許可証を受け取っていたとは言え、やることなす事はいつもスレッスレで事実指名手配犯も居たものだし。
 ……と、話が逸れた。

「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!!
 そして、それに伴って……こちら!入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた戦闘服!」

 壁には生徒の戦闘服が収納されていたらしく、オールマイトの持っていた制御端末で一斉に出てきた。ケースには出席番号が書かれており、それを受け取ると「着替えたら順次グラウンドβに」と言い渡される。
 移動しながらも喜びや興奮、期待が隠せないのかざわつく生徒。

「中原!更衣室行こうぜ!はよ!」
「おー」

 少し早足気味な上鳴に呼ばれ、中也はそれに従った。
 更衣室でトランクケースを開けると、ほぼ要望通りの黒で統一された戦闘服があった。
そもそもの話、中也は以前の戦闘経験があるため大きなサポートアイテム等は必要としない。戦う上で動きやすいに越した事はないが、今まで基本素手で戦ってきたから最早私服同然だった。

 スラックスを履いてベルトを締め、白の胸元が緩く開いた半袖シャツの上から赤いロングの七部丈カーディガンを羽織り、フード付きの黒い外套に袖を通す。

「………ッハ」

 鏡を見れば、黒い時代の俺の姿が鏡に映り、なんとなく笑えた。
 帽子も外套も無いが、この姿がヒーローだとは。俺は今、暗闇から産まれた荒覇吐でもないというのに。
 胸元にサバイバルナイフを隠し、腰のポーチに弾丸がある事を確認した。勿論のこと実弾の使用許可は下りていないため形状が似ているゴム弾だが、中也にとっては関係ない。

「うお……中原、カッケェな!」
「あぁ?そうか」

 周りも戦闘服に身を包んでいるが、その統一感の無さが一様に個性の多さを物語っている気がした。

「手前、半裸じゃねぇか」
「おまっ半裸言うな!!てか、俺、切島鋭児郎な!ヨロシク!」
「中原中也」

 切島の赤で統一された戦闘服を見て、露出の多さにこいつの力は何なのだろうと考える。
 クラスメイトとの接触を自ら率先して行うことが無いので、中也が把握している個性はお茶子、相澤、八百万と少ない。というか、はじめに話しかけてきた上鳴ですら知らなかった。
 戦闘訓練であれば必然的に知れるかと思いつつ、いつも身につけている黒の手袋を嵌め直し、その手で何も巻いていないはずの首をソッと撫でた。

「ダークヒーローみたいだな」
「だいぶヒーローっぽくなくね?てか、ほぼアイテムも無し……」
「バッカ!そこがまた良いんだろ!?オシャレじゃん!」
「ま、そうね。俺、瀬呂ね。瀬呂範太」
「中原中也」

 上鳴も私服のような、あまりヒーローと聞いて思い描くような姿でもない気がするが、瀬呂はガッツリヘルメットをしているし身体の線に沿ったスーツだ。

「もし戦闘服が変わるなら……その時俺はもう、ヒーローじゃねぇかもしんねぇな」
「は?」
「何でもねぇ。行くぞ」

 抗争で殺伐としたヨコハマの闇を駆け抜けた夜を思い出して、薄く笑う。



 更衣室から出て、グラウンドβへと向かう。雄英高校の敷地内には小さな街がいくつかあり、街中での活動を想定したリアルな演習が出来る。

「格好から入るってのも大切な事だぜ少年少女!
 自覚するのだ!!今日から自分は、ヒーローなんだと!!」

 オールマイトからの話を聞きつつ、内容を頭に入れる。
 敵とヒーローに分かれての2対2の屋内戦。状況は、核兵器を所持した敵をヒーローが処理すると言うもの。制限時間有りで、捕まえるか捕まるか。尚、建物の破壊は無し。此れは話には出なかったが今後の情報戦にも繋がることや力の制御にも関係があるんだろう。
 組はくじとのことで、人数の過不足もその場の運との事。俺はIの奴と同じチームになった。

「最初の対戦相手はこいつらだ!!」

 同じビル内の地下にあるモニタールームで観戦するとのことで、移動を始める。
 トップバッターじゃないってことは戦い方もある程度は考えることができるし、無数に設置された監視カメラを見れるってのも有利だ。折角だし今のうちに同じチームの奴らと意見でも交換するかと視線を残すと、目に見えないが浮いている忙しなく動く手袋とブーツ。

「私は葉隠透!個性は見ての通り透明化!よろしくね!!」
「俺は尾白猿夫。個性は尻尾だよ、よろしく」
「俺は中原中也。重力操作で、触れたものの重力と強さを操ることができる」

 俺が属するチームは唯一の3人体制。数は有利だが、連携がうまくいかねぇとそのアドバンテージも不利になる。

「ヒーロー側と敵側、どっちになるかな!?」
「どっちだろうが、関係ねぇ。相手の思考を読み、常に先手を打つ。
 今回は対戦相手が事前に決まるから取り敢えず出番までは戦闘で自分に何が出来るのか把握することだな」
「そうだね。しっかり見なくちゃ」

 チーム内での会話もそこそこに、『屋内対人戦闘訓練スタート』という合図と共に一戦目が始まった。
 教師が立ち会えない訓練の中で生徒を評価する為か、惜しみなくカメラが設置されているらしく、画面の数がそれを物語っている。そのうちの一つにお茶子と緑谷の姿が映る。
 ビルに侵入した2人は周囲を警戒しながら廊下を進む。敵である爆豪と飯田の姿はまだないが、建物内のどうしても把握しきれない角から爆豪が飛び出してきた。

「いきなり奇襲!!!」

 爆豪は標的を緑谷に絞っていたのか、2対1にも拘らず淀みなく仕掛ける。だが、爆豪の攻撃は緑谷に当たることなく壁を破壊した。

「爆豪ズッケェ!!奇襲なんて男らしくねぇ!!」
「奇襲も戦略!彼らは今、実戦の最中なんだぜ!」
「確かに!」
「緑谷くんよく避けれたな!」
「フーン………」

 緑谷はきっと、咄嗟の反射神経ではなく予測しており対応したんだろう。
 核を守りきらなければならない敵に比べ、ヒーロー側は守らなければならない規則が多い。
 爆豪の奇襲はいい動きだったが、それは初手で確実に決めなければならなかったということ。居場所が知られてしまえば、ヒーローが処理するべき情報が一つ減ってしまったということになる。

「あの二人は顔見知りかなんかか?」
「え?どの2人」
「緑谷と爆豪」
「昨日の個性把握テストの際爆豪さんが緑谷さんに怒っているように見えたので、そうかと………」

 それがどうしたのかと八百万は思ったが、中也はへぇ。と緑谷への評価が確信に変わるだけで質問の回答はしない。
 その間も爆豪は一貫して緑谷狙いらしく、お茶子は一人先に核がある部屋を探しに向かっていた。

「初手で顔見知りの緑谷じゃなくお茶子を狙っていたらもう勝負は付いてただろうな」
「それは男じゃねぇ!」
「戦闘に性別は関係ねぇだろ」
「そ、それはそうだけどよ………!」

 爆豪は私怨で戦っているのだろうか。音声が入ってこないから判らないが、緑谷への怒りを叫んでいるように見える。対して緑谷は爆豪の攻撃から逃げつつ何かを話している。

「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねぇな」
「小型無線でコンビと話してるのさ!
 持ち物は+建物の見取り図。そしてこの確保テープ!これを相手に巻き付けた時点で”捕らえた“証明となる!」

 自分たちの戦いが後に控えている為、情報収集は欠かせない。持ち物に加えて制限時間は15分と言われ、頭に入れておく。

「相澤くんにも言われたろ?アレだよ。せーの!」
「Plus ul「あ、ムッシュ。爆豪が!」

 青山が画面を指すと、爆豪の足に確保テープを引っ掛けた緑谷が映った。爆豪が再度攻撃を加えが、緑谷はそれを避け、横道に逃げ込む。

「すげぇなあいつ!!」
「個性使わずに渡り合ってるぞ入試1位と!!」

 別の画面にはお茶子と核を守る飯田の姿が写っていた。物を浮かせられるお茶子の対策の為か、部屋にあった筈の荷物は全て壁際にきっちりと詰め込まれている。
 先程の爆豪の奇襲は兎も角、己のミスで姿を現現した挙句武器がなければ何もできない等、三流以下だ。どうするんだ、彼奴。
 中也は画面に映る従姉妹から視線を外さない。そうしていれば、爆豪が腕に装着してある手榴弾のようなアイテムを緑谷に向け、ピンに指をかけている。その大きさから、威力は相当なものだろうとすぐに予想がついた。

「爆豪少年ストップだ!殺す気か」

 オールマイトがマイクに向かってそう言ったが、爆豪は躊躇う事なくピンを引く。と、同時に大きな衝撃。いくつかの画面が暗くなり、かろうじて機能しているものもよく見えない。

「授業だぞコレ!」
「緑谷少年!!」

 大規模な損壊にオールマイトが焦ったような声を上げるが、砂埃の中に緑谷の姿を捉えた。
 更に、連携の取れていない上階では衝撃に驚いた飯田の隙を突き、自身を浮かせたお茶子が核に手を伸ばした。もう少しというところで機動力で勝る飯田が核を確保し、再度距離を取る。
 時間経過につれて変化したのは建物の損壊のみ。援護がない場合の一対一は、単純に個人の力量の差で勝負が決まる。

「先生止めた方がいいって!爆豪あいつ相当クレイジーだぜ。殺しちまうぜ!?」
「いや……」

 オールマイトは指摘されたものの、返事を濁す。
 爆豪の行動は危険で、頭に血が上っているのも分かる。だが、一線だけは越えないという理性があると判る。
 止めるべきなのか、と思ったところで中也が声を上げた。

「確かに、爆豪は完全に授業そっちのけ。私怨で緑谷を狙っているように見えるが、殺す気ならさっきの攻撃を当ててんだろ。何を焦ってんのか知らねぇが、このまま行けば緑谷は爆豪を倒すこともできず飯田の逃げ切りで終いだ」
「お茶子ちゃんは?」
「彼奴は飯田に見つかった時点で終わりだ」
「麗日に厳しすぎる!」
「飯田に見つかった時、大方気が緩んだんだろ。実戦の意味解ってんのか?
 此れが現場なら彼奴はまっ先にあの世行きだ」
「ーっ!!」

 建物の被害状況だけではなくその場の行動から思考を予測し評価している中也の様子に、オールマイトは彼を特別措置として合格を決めた校長に納得した。

「爆豪少年、次それ撃ったら……強制終了で君らの負けとする。
 屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く!ヒーローとしてはもちろん、敵としても愚策だそれは!大幅減点だからな!」

 減点という言葉が効いたのか、爆豪は接近戦へと切り替える。反撃カウンターを狙う緑谷のすぐ手前で爆発を起こし目眩し。その勢いと共に緑谷の背後へと移動し、背中へ攻撃を入れた。

「目眩しを兼ねた爆破で機動変更。そして即座にもう一回……考えるタイプには見えねぇが意外と繊細だな」
「そうだな。頭に血がのぼっていようと、やっぱ理性はあるらしい」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」

 片側を氷で覆った男子生徒、轟と八百万が解説を加えると、ウゲェと上鳴が表情を顰めた。

「才能マンだ才能マンヤダヤダ……」

 次々と攻撃を仕掛ける爆豪はまたも右の大振りで緑谷の腕を取って地面へと投げ倒すが、確保テープをかける様子はない。

「リンチだよコレ!テープを巻き付ければ捕らえた事になるのに!」
「ヒーローの所業にあらず……」
「緑谷もすげぇって思ったけどよ……戦闘能力において爆豪は間違いなくセンスの塊だぜ」

 確かに状況だけ見れば攻められているのは確実に緑谷だが、焦りがあるのは爆豪の方。
 2人の関係性も思考も感情も知りはしないが、これだけの被害を出していれば止めが入るのはもっとも。

「双方……中止……」

 オールマイトは止めに入ろうとしたが、何かを聞いたのかはたまた気づいたのか。止めに入ることをやめた。
 緑谷は爆豪へ応戦の姿勢を向けたが、寸前でその拳を上へ放った。それは普通の打撃とは呼べないもので、ビルの天井を貫き、お茶子と飯田の居る階まで達する。お茶子が触れていた柱が壊れると、すぐさまそれを浮かし、衝撃で飛ぶ瓦礫を飯田へと打ち込んだ。無数のそれを飯田は避けるしかなく、その隙に自身の身体を浮かせたお茶子が核へ飛びつく。
 初戦の勝敗はそこで決した。

「負けた方がほぼ無傷で……勝った方が倒れてら……」

 爆豪からの攻撃と自分の個性使用によりボロボロの緑谷と、個性のキャパオーバーで四つん這いになり嘔吐するお茶子、それを介護する飯田と立ち尽くす爆豪が画面には映っている。

「勝負に負けて試合に勝ったというところか」
「ま、良いんじゃねぇの。訓練だ」
「いやいや、訓練でこれはやり過ぎだろ………」
「訓練で全力出さず、本番で出せると思ってんのかよ」
「う、まぁ、それはそうだけどよ………」

 評価も敵であり敗者の飯田の行動が最良という意見。
 オールマイトが次の相手を決める際、お茶子と視線が合った。

「……お前、死ぬぞ」
「っ!そんな言い方、「事実だろうが。気ぃ抜いて重要な場面で見つかって、個性の対策もされて何も出来ねぇって」
「それは………」

 愚作でしか無ぇよ。
 そう思いながらもオールマイトが高々に上げたボールを見た。

「見てろよ」
「え?」

 手袋を嵌め直しながら背を向けた俺は、オールマイトの「次の対戦相手はBチームがヒーロー!そしてIチームが敵だ!!」と言う声を聞きながらお茶子に言う。

「重力使いの戦い方、見せてやる」



 相手の2人、轟と障子に視線をよこしつつ、さて。どうするかと考える。

「尾白君中原君、私ちょっと本位出すわ!手袋もブーツも脱ぐわ!」
「うん………」
「………!?いや、待て」

 先程の戦いに触発されてか、初の実戦訓練だからか葉隠はやる気満々の様子。だが其れは女子として倫理的にどうなんだ……?だが透明人間っつーのは索敵の上で使い易い。尾白も尻尾で体を支えたり、思っていたより有用性がある。
 相手のことも味方のことも、まだ会って数日。相手の力量も力も把握できていないこの状況下では喩え策を練ったとしても実行できるとは思えない。葉隠の行動を止めつつ、もうこれで行くかと決めた。

「………よし。じゃあ話しすっぞ」



 一方モニタールームでは先程大怪我を負って保健室に運ばれた緑谷以外の面々が、次に行われるチームの戦いについてあれやこれやと話していた。

「な!どっちが勝つと思う!?」
「やっぱIじゃね?数の有利」
「いやぁ、でもBには推薦入学の轟がいるだろ?」
「確かに、3人相手でも勝てるかも」

 ”初戦だから“なんてもう言い訳にしかならないと思う。みんなが真剣に授業を受ける中、私は。
お茶子は中也と八百万に言われた言葉が結構深く心に刺さっていた。
 小さい頃、自分の個性が発覚した時は嬉しかった。両親を楽させたげるんだと思ったけれど、好きな事していいって言われて、人が笑ってる顔が好きだからとヒーローを目指すようになって。そして今、完全な自分の上位互換である中也が同じ土俵にいる。
「見てろよ」なんて、私には真似できるはずもないのに。

「お茶子ちゃんはどっちだと思う?」

 そろりとお茶子に近寄りそう聞いてきたのは、蛙吹梅雨だった。A組の女子は少ないからそれぞれ仲良くなるのは早かった。初手で「梅雨ちゃんと呼んで」と言った彼女は思ったことはすぐ言っちゃう子で、人の事をよく見ているとても優しい子。

「さっき、評価でズバって言われちゃったから気にしてるのかしらと思って」
「それは、まぁ………でも、中也や百ちゃんが言っとることが正しいってわかっとるんよ」

 間違ってない。私は今のままじゃダメだって、よく解った。
 みんなが笑っている顔が好きだからこそ、ふざけてなどいないのだ。

「……どっちが勝つかだっけ。
 中也が勝つよ、絶対に」
「ケロ……?」
「根拠とかあるわけやないし轟君と障子君が弱いって思っとるわけでもないけどね。
 中也は、絶対逃げないから」

 彼に、負けは似合わないから。

 戦闘開始の合図が鳴った。と、同時に一瞬にして凍りつく建物。
 壁や床、そこに足を付けている自身すら凍った様子に笑みを零すと、白い息が出た。
 轟と障子の個性は尾白と葉隠の憶測でしかねぇが、こいつは轟の個性。ジャリ、と氷を踏む音にドアを見つめる。開いたドアから現れたのは想像通り轟で、左を完全に覆った白い戦闘服に身を包んだ彼は余裕そうにしている。

「1人か……?」
「見たまんまだ」
「そうか。動いてもいいけど、足の皮剥がれちゃ満足に戦えねぇぞ」

 そう言い静かに室内に入る轟を見据え、俺は意識を集中させた。



 その様子をモニタールームで見ていたオールマイトと生徒たちは、寒さに凍えながら強さを体感していた。

「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、敵を弱体化!」
「轟最強じゃねぇか!」
「瞬殺かよ〜!!」

「いや、まだや」
『其奴ァ、どうかな』

 モニターに映る中也がニヤリと口元を歪めた瞬間。彼を中心にして床一面が抉れた。

「えっ、な……え!?」

 氷がバキバキと音を立てて崩れるのがよくわかる。中也が自重を上げた。

 力を発動した途端緊張感が増した轟は一歩後退りした。

「オイオイ、そう急ぐこともねぇだろ。
 ……俺達はまだ戦闘中だぜ?建物一棟氷漬けにしたくらいで無力化した気にでもなったか?」
「っ」

 ヒーローを目指しているわけでもない俺がヒーロー育成の学校に通い、戦闘訓練では敵になる。オールマイトが授業始めに言っていた言葉を思い出した。

『真に賢しい敵は闇に潜む!!』

 全く持って、その通りだ。昔の俺がそうだったんだから。そういや、俺達が双黒なんて呼ばれ出したのは……なんて考えて、フッと息を吐いた。
 もう、あの頃とは違う。
 自由に動けるようになった足場を確認して、グッと腰を落とす。

「来ねえなら、此方から行かせてもらうぜ!」

 初戦も意見を交わしながら観戦していたこと。推薦入学者という立場から、個性の扱い方も周りより秀でているのは確かで反応もいい事から此奴の勝負勘は悪くねぇと思う。だが、個性を用いての対人戦に慣れてるわけでは無さそうだ。
 お茶子の試合を見た後だから尚更、触れられる事に集中している筈で、低姿勢から潜り込もうと動けば、囲うように氷壁を貼られる。
 想像通りだ。
 縦横斜め、そういうのは俺に関係無ぇ。戦闘のことを考え低めに貼られたそれを踏み台にし飛び越えた俺は轟の背後に立つ。驚いた様子の轟が振り返るが、個性を使わせる暇なんざ与えない。

「遅ぇ!!」
「っ!!」

 振り上げた右腕を躱し、鳩尾目掛けて膝で一発。直ぐ様顔面を払うように一発、蹴りを叩き込む。轟の身体は吹き飛び、氷壁へ激突。ガシャンと大きな音を立ててそれが半壊した。

「お茶子の戦い方から俺のスタイルの予想でもしてたか?
 それを疑わないのも能力が未知数の相手に自分自身の視界を遮るのも、愚作だろ」

 手加減をしたとはいえ先ほどより鋭い視線で睨みつけてくる轟に、耐久力も有るなと思っていたところだった。耳元に音声が届く。

「……核を探して建物内を悠長に歩いていたんだろ?
 戦闘において速さは重要だ。慎重と其れを履き違えるな」
『敵チーム、ヒーロー1人確保!!』

 突如聞こえたオールマイトの声に、轟が愕然とした。其れを視界に入れながら無線に声をかける。

「おい、そっちは」
『大体予定通り!』
「おう、葉隠、落とすぞ」
『了解!』

 部屋の隅に置いていた葉隠のブーツと手袋を窓から放り投げた。

「んじゃ、そろそろこっちも片付けるか」
「!」

 中也は先程と同じよう腰を落として低姿勢になったが、前では無く上に飛んだ。天井に足を付け体制を変えると、核の方へと動く轟へ真っ直ぐに降りる。

「……葉隠と尾白が来て3対1になる前に核の確保を優先するだろうと思ったぜ。焦りが見えたからな。
 俺の攻撃を躱せば良いと思ったか?」

 俺を止めようとした氷壁までそのまま蹴り砕き、轟の腕にテープを巻き付ける。そのまま腕を抑え彼の背中に飛び乗ると、轟の動きを完封する。

「甘いんだよ」

『敵チーム、WIーーーN!!』

 それと同時に、初の戦闘訓練は終了した。
 オールマイトの放送を聞きながらも、轟は何処か別の事を考えるかのように俺の方を見向きもしなかった。

「考えてるところ悪ィが、この氷どうすんだ」
「!、ああ………」

 轟は左で地面に触れ、建物の氷を溶かし始めた。戦闘中一度も左を使わなかったが、もし使っていたらと思うと結果に誤差はあったかもしれない。と言っても、中也とて葉隠のブーツと手袋を外に投げた時以外で手を使用していない為、勝敗に変わりはない。そう考えていると、外からパタパタと足音が聞こえてきた。

「中原君お疲れ様!」
「凄いよ、大成功だったな」
「手前等、態々来たのか…?」

 講評するからどうせ地下に戻るだろうに。そう思いながら問うと、2人はだって、と続けた。

「わざわざわたしの戦闘服を外に投げたのは、保険ってのもあったんでしょ?」
「それに、大前提として俺たちはチームじゃん」
「!………ああ、そうだな」


「さて!お待ちかねの講評の時間だ!今回のベストは難しくなかったね」

 初戦では八百万しか手を挙げなかったが、今回はほぼ全員が反応を示していた。

「はいはいはーい!!中原ですよね!」
「はい正解!じゃあ何故中原君だったのかな!?」
「それは、中原さんが敵側として上手くチームの指揮を取り、役目を全うしたからですわ」

 説明は上手くできないと一瞬静かになったが、八百万が手を上げて話し出した。

「3人という利点を生かし、自身が指揮する事でお二方に役目を与え、万全な策を講じていたからこそ今回の結果に繋がったかと。
 尾白さんと葉隠さんとの会話を最小限にすることで1対1、1対2の関係性を強くする事。それに伴い、お二方の戦闘においての連携もうまく噛み合っていたものと思われます。
 一方で、ヒーローチームの敗因は轟さんの独断先行です。自身の個性の強力さを理解しているからかと思いますが、相手を警戒せず、策も練らず会敵してしまった……それにより分断され障子さんと合流も難しくなった。
 障子さんはそんな轟さんに全てを任せてしまっていたことですわ。障子さんの個性の事を考えると、尾白さんと葉隠さんの個性にも気づけた筈ですわ」

 八百万は言いたい事を言い終わったようだが、まだそれだけじゃ足りなかった。だが、粗方的を射ている。

「うん、そうだね!それじゃあ敵チームが何を考えていたのか、中原少年に聞いてみようか」

 オールマイトに視線を向けられ、簡潔に事の顛末を纏める。

「………轟と障子の力はある程度予想していたが、どこまで使いこなせるか、上限。使用方法がわからなかったからな。
 屋内戦で俺に何ができるか、どこまでやれるか考えた上で俺は核を守ることに専念させてもらった。
 今回は時間制限ありだったが、実戦ではそうもいかねぇし敵を倒せば終わりでも無ぇ。
 建物の破壊が不可能ってのは、其奴等がどんな事をしてきたか、何故、どういった経路で核兵器を製造又は所持したのか知る必要がある。“今後同じ事件を繰り返さないために”だ。
 ヒーロー側がそこまで活動を制限されてるのに対し敵は目的さえ達成できりゃ何でもあり。いざとなれば、核をもってタイムアップまで空中待機っつー手もあったから、それは奥の手ってことで2人には会敵を任せたってわけだ。
 ……人数も力も、現場では想定できない。有利も不利も関係無い。どんな状況下でも、任務を全うしなければならない」





 授業終わり、中原少年の成績を見ながら今日を振り返った。

『どんな状況下でも、任務を全うしなければならない』

 そう話す彼はどこか悲しそうで、それでもその青い瞳の奥に燃え盛る炎が見えて危ういと感じた。入試の時点で他の生徒とは圧倒的に実力の差があったものの、ヒーローになるという意思は感じられない。それでも、別のところに強い意志があるのだと思い入学を決定したと校長は言っていたが。
 入試の時、そして今回の授業中の様子を見て思ったのだ。中原少年は戦闘を楽しんでいるというより、まるで慣れ親しんでいるかの様だと。

 判断力と身体能力、戦闘中でも変わらない冷静さ、そして個性の使い方。まるで今までヒーローとして活動してきたかのようだと思った。それほどまでに、彼はヒーローになる為に必要不可欠な要素を全て所持し、完璧に使いこなしている。15歳の少年が、だ。
 しかも個性の上限が見えるわけでも無く、緑谷少年が右腕をダメにしたあのギミックですら無傷で、素手でピタリと止めて見せた。
 彼に多大なる期待を抱くと同時に、どこか不安を覚えた。



「そういや、葉隠ってどこにいたの?
 俺、中原と同じとこいると思ってたんだけど」

 授業が終わり、放課後。クラスの連中が今日の訓練の反省会をしようと、帰ろうとした俺の手を無理やり引いた。そんな中で瀬呂が俺に聞いてきたのだ。

「それな!まさか尾白と共闘してテープ巻くとは思わなかった!」
「全裸だったしな!!」
「俺も聞きたい。足音は確かに上から聞こえていた」

 障子の個性は複製腕で、肩から生えた触手に体の器官を複製。諜報や索敵をした後ビルを凍らす轟に言われ外に出たとのこと。

「外だよ」
「外ぉ!?!?」
「実際わたしは建物の中に入ったよ!その後すぐにゆっくり出てきてはいたけど!」

 そう話す葉隠に頷く。
 要するに3人とも屋内で待機しているという状況を見せたかっただけだ。
 轟と障子がどこまで索敵に長けているか見当がつかなかったから、靴と手袋を渡してもらい成るべく足音を消しながら離れたところで待機しているようにと伝えた。俺は重力操作で靴を浮かしたり重くしたりを数回繰り返し、わざと物音を立たせて如何にも2人で一緒にいるかのように仕向けた。
 あとは尾白が窓から2人の様子を確認し、スタートと同時に飛び降りて戦闘に持ち込んだ。図体もでかくパワーもある障子に苦戦はしたと思うが、轟がいなくなってすぐ尾白との戦闘になった事で葉隠の存在は頭から抜けた筈。しかも外は、音が多い。

「つまり、透ちゃんは室内に入ったものの最初から外にいたってことになるのかしら」
「そうなるな。屋内での戦闘と聞いてまさか敵が外にいるなんて思わねぇだろうが、屋内だと逃げ場は無ぇ。
 大抵敵は目的の達成と自身の安否を気にするものだから逃走経路は用意しておくものだ。
 だからオールマイトも外に出ちゃなんねぇとは言ってねぇ」

 授業では様々な状況に対応できるようにとルールが制定されているが、其れは現場で起こり得る事だからだ。如何にルールの穴を突くかが重要になる。

「なんつーか、マジですげぇな」
「うん。最初話してた時から中原ってリーダーに向いてるって思った」
「………向いてはねぇよ」

 尾白の言葉に、昔のことを思い出す。

『何がリーダー、だ……』

 刺された背中。痺れて動けない身体。「やァ中也。大変そうだね」なんて笑う彼奴。

「……俺が仲間に与えたのは、依存とその裏返しの不安だけだった」
「?」
「なんでもね。もう帰るぞ」
「うわ、待てよ!まだ聞きたいことが!!」

 そう言う切島に捕まりつつも、頭の片隅で思った。
 あの日首領に言われたことを俺は一生忘れない。あの時自分の力の使い方を示していただいたからこそポートマフィアに組入る事を決めた。姐さんの元で実績を積み、幹部として部下を率いても、俺の上にはいつだって首領がいる。俺は組織の長にはなれねぇ。けれど、

『中也、』

 かつての相棒を思い出し、目を伏せる。
 俺の思考も、彼奴の入れ知恵なんだろうな。なんて腹が立つほど頭の良かったあの顔を思い出した。


 ー・・・



 とあるテナントにひっそりと佇む人気のない酒場。
 シンプルな作りのそこはバーカウンターと数脚のテーブルと椅子。そしてブラウン管テレビが置いてある。バースツールに腰掛けた男は身体中に“手”を付けており、新聞を投げて足を組み換えた。

「見たかコレ?教師だってさ……
 なァ、どうなると思う?平和の象徴が、敵に殺されたら」

 薄暗い室内でロックグラスに入った琥珀色の其れを流し込みながら、私はフッと笑った。

「さァて、」
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