オールマイトが雄英の教師に就任したというニュースは忽ち全国に広まった。
 国民の興味関心を掻っ攫うと、連日記者が押し寄せる騒ぎになっていた。校門の前に群がる、通学する生徒にまで声を掛ける等、報道機関マスメディアの容赦ない追及は生徒にとっても対応する教師にとってもたまったものじゃ無いだろう。
 しかしヒーロー育成の最高機関である雄英高校のセキュリティは高く、通行許可証無しでは通れない。外で雄英バリアと呼ばれる其れが動くのを横目に、これが日向で生きる英雄の宿命なのかと中也は考えていた。
 そんな良くも悪くも世界に影響を及ぼす英雄は、今日は非番の様だが。

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」

 朝礼にて。相澤は昨日の戦闘訓練にて目についた事を口にし、所持していた配布物を回す。そして持ち出したのは何時ぞやの寝袋。

「さて、HRの本題だ。急で悪いが今日は君らに学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいの来たー!!」

 学級委員を決める手前、先に委員長を決めてから其奴に全て纏めさせる心算らしく、合理主義の彼らしいと思った。
 普通の学校であればこういった役職なんかは雑務という括りで人気が出ないと思うが、ここはヒーロー育成の最高峰。こういった事も集団を導く、人の上に立つという点から見れば重要な事なのだろう。
 中也以外のクラスメイトが挙手をして、我こそはと主張する。教室内は纏まりを失った。

「中原君はいいの?」
「めんどくせぇ」

 後ろの席に座る葉隠が話しかけて来たが、素っ気なく返答する。「昨日は凄く似合うと思ってたのに」なんて呟きを聞き、そんなわけあるかと反論した。
 昨日の訓練では、戦闘も碌にしたことがない奴らとどう戦うのか、勝つためにどうすりゃ効率的か考えた結果、戦闘慣れしている俺が指揮した方が良いと判断しただけに過ぎない。
 戦闘の優劣は主に思考の速さと身体能力の高さで決まる。そして、其の何方かが特出して優れている者より、何方も優れている者は圧倒的に強者だ。
 普段はそんな雰囲気を欠片も晒す事はせずとも、任務の際は実戦を経験し肌にその感覚を染み込ませた様な、現場に居らずとも全てが見えているとでも言いそうな手練れを思い出す。
 俺達の首領は、そういう男だった。

『長というのは、組織の頂点であると同時に組織全体の奴隷だ。
 組織の存続と利益のためなら、凡百あらゆる汚穢に喜んで身を浸す。部下を育て、最適な位置に配置し、必要であれば使い捨てる。
 それが組織のためになるならば、私はどんな非道も喜んで行う。それが長だ。
 凡てはー………』

「………組織と、この愛すべき街を守るために」

 且て俺たちが駆け抜けた愛すべき街”ヨコハマ“はこの世界には存在しない。
 似たような地区なら有りはするが、果たして其れを愛すべきと言えるのだろうか。いつか且つての知り合いを見つけた時、其奴は一体何をしている?俺は、何処へ向えば良い?
 あてもなく迷い、足掻き続ける俺はあの頃と同じように迷ヰ犬ストレイドッグの様だ。

 そう一人物思いに更ける間にも話は進み、飯田の提案で投票にて決める手筈となった。
 言動一つで全員を動かした事も、長の素質なんじゃねぇかと思い俺は飯田の名前を書いて出した。結果、緑谷が委員長、八百万が副委員長となった。八百万は妥当として真坂緑谷とは。そう思ったが口に出さず、そのまま二人によって午後から他の委員が決められる事となった。

「中原、飯行かね?」
「おー」

 声をかけてきたのは上鳴と切島で、二人は爆豪も誘ったけど来んかったと笑いながら食堂へ向かった。

「にしても委員長。まさか緑谷とはな」
「まぁ、本人もやりたがってたみたいだし?大方、いつも一緒にいる二人が入れたんだろ」

 飯田の名前に票が入っていたのは一つ。それからお茶子と俺、轟の名前が挙がっていなかったが、轟が緑谷に入れたとは思えない。

「中原って、意外に周りのことちゃんと見てんだな」
「それな。中原にも入ると思ってたけどな」
「またソレかよ」

 うんざりしつつそう話しながら飯を口にしていると、突然校内に警報が鳴り響いた。

『セキュリティ3が突破されました。
 生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

 その放送に学校にいる殆どの生徒が密集していた食堂はパニックになり、一つの出口に向かって全員動き出す。

「おい、俺らも行かねぇと!!」
「そうだな、中原……って、アレ?」
「上だ、上」

 巻き込まれてはひとたまりもないと瞬時に判断した俺は、さっきの放送を思い出しつつ周りを確認する為に重力操作で天井に立った。下で蠢く生徒を他所に外が見える窓際へ移動すれば、玄関前に報道陣が集まっていた。という事は、侵入者ってのは報道陣で、何らかの方法……例えば“個性”によってセキュリティを破られたと考えるのが妥当だ。
 もし敵であるのならそのまま戦闘に参加するのも一興だと考えていたが、くだらない。
 そのまま出口から離れた位置に降り立った俺は、崩された門を見て眉を顰めた。

「……何だ、アレ」

 そう思わず呟いてしまう程校門前の壁は崩れ去り、ただの 混凝土コンクリートの破片と化していた。ただ、その崩れ方は打撃を加えられた様子ではなく、それこそ静かに崩れたとでも言うかの様。喩え中也が室内に居たとしても攻撃を受けた場合何かしらの戦闘音は聴こえる筈だ。
 即ち、此れをただの報道陣がしでかしたとは思え無ぇ。

「大丈ー夫!!
 ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません!!」

 中也が騒ぎの根源について考えていた時、食堂の出入り口にある非常口の蛍光灯の上にてピクトグラムと同じ姿で叫ぶ飯田により混乱は次第に落ち着きを取り戻した。
 敵を倒すことより、人民の救助と安全の確保を優先する姿勢。その点俺は、なんて考えてその思考を振り払い自嘲した。

 ………俺は元々、敵寄りだ。


 昼の一件で委員長に就任したのは飯田だった。緑谷の意見に反対した者もおらず、飯田は委員長として役目を発揮している。入学から数日経ったことや授業の流れ、人間関係などに慣れつつあるのか、徐々に1年A組はこうだと形成されつつあった。

「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
「ハーイ!何するんですか!?」
「災難水難なんでもござれ人命救助訓練だ」

 瀬呂の疑問に応えるように相澤がRESCUEと書かれてあるカードを見せる。
 人命救助と聞き、中也は思わず数日前の事を思い出した。
 今まで、誰かを助けようとしたことなど無い。マフィアの本質は暴力を貨幣とした経済行為であり、自分が動くのは利益を産む時のみ。その上、中也はヒーローになりたい訳でもない。最低限の人体の構造や応急処置などは心得ているものの、人を助けるというヒーローの本質とも言える其れは、中也にとってはある意味苦手な部類に入る。

「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!?
 鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場ケロケロ」

授業といえどヒーロー基礎学はヒーローを目指す生徒にとっては期待と楽しみで胸が躍るもの。口々に自分の思いを話していたところ、相澤に睨まれながら注意されて直ぐ様口を閉じて姿勢を正した。

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。
 訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上準備開始」

 相澤の指示通り更衣室に向かうと、すぐに戦闘服に着替えて準備が終わった者からバスの待っている外へと向かった。
 バスの前では飯田が学級委員長らしく集合をかけており「バスの席順でスムーズに行くよう番号順に2列で並ぼう!」と言う指示に従い、生徒達は出席番号順に列を作った。が、バスは飯田の予想とは違う乗合バスだった。

「こういうタイプだったくそう!!」

 最後に乗った中也は座る場所が無いからと轟の隣に座ったが、さっきから一言も話さずに目を閉じている。移動中に目を閉じているのは中也だけなのか、蛙吹が個性について緑谷に話しかけたことによりクラスメイトの個性の話になった。

「派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「テメェのボキャブラリーは何だコラ。殺すぞ!!」

 キレてばっかりだと言われた瞬間にキレる爆豪だが、確かに個性の強力さで言えばクラス内でもトップレベルなんだろう。言動は兎も角、戦闘のスキルも他よりはあり、如何なる時も臨機応変に対応できるタイプだと思われる。

「麗日と中原の個性は似てるけど全然違うよね」
「ウッ……まあ、私は触れたものを浮かせるんやけど、中也は触れたものの重力を操るやから」

 お茶子は個性の上で完全に上位互換の中也の事を、同じ立場にいる今だからこそ気にしている。

「まだ気にしてんのかよ手前」
「当たり前やん」
「でも、お茶子ちゃんは人気出ると思うわ」

 蛙吹の言葉に、そうだなと同意したのは上鳴だった。

「優しげだし、子どもとかに人気出そうだよな。
 中原は強いけど、なんかソレ以外ズボラそう」
「あ゙??」
「何で爆豪と言い中原といいそうキレんの!?」
「手前の言った台詞考えてみろや」

 誰がどんな個性を持っているのか、どんな事ができるのか。そういった話題は初対面であれば普通に行われる。盛り上がりを見せていたが、相澤に「そろそろいい加減にしろ」と声がかけられた事もあり、そのまま静かにバスに揺られること数分。演習場に到着した。

「すっげーー!USJかよ!!?」

 ドーム型の広い敷地内には様々な環境の設備があり、その全てが災害現場に関連しているものだった。川や滝といった広い水場に、自然災害により土砂に埋まったと想像できる街。火災現場や倒壊現場。確かに、災害現場のテーマパークと呼べなくもない。


「水難事故、土砂災害、火事……etc,エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム」

 略してUSJ。宇宙服のようなヒーローコスチュームを着た救助活動のスペシャリスト、スペースヒーロー13号。スペシャリストだからこそ、こういった想定の訓練も必要だとこの演習場を作ったらしい。

「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」

 増える………と心の中で思いつつも、13号の話しに耳を傾ける。

「みなさんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 ブラックホール。宇宙空間に存在する天体の内極めて高密度で、極端に重力が強い。物質だけでなく光さえのみ込む天体の事だ。
 中也の異能『汚れつちまった悲しみに』は汚濁形態というものがある。
 異能力には限界があるが、「特異点」が発生することで力の持つエネルギーは無限大となる。特異点を生み出す方法は様々だが、2つ以上の矛盾する異能をぶつけることで「矛盾型特異点」を発生させる方法がある。
 そして、「矛盾型特異点」を己のみで発生させることができる異能力を「自己矛盾型異能」と呼ぶ。
 自分自身の異能を自己に使うことで特異点を発生させるそれは、高密度の空間高密度の空間歪曲が起こり、当事者は死んでしまう。それが、中也の最も古い記憶である荒覇吐の正体だった。
 制御呪言を唱えれば荒覇吐の封印は解かれる。それが『汚濁』だ。
 自分自身を重力波の化身として、鋼鉄の戦車すら素手で砕く力と、圧縮した 重力子弾ブラックホールを扱う。驚異の力ではあるが、中也の身体への負担も尋常ではなく、自分で解除できない。

 話を戻すと、お茶子が好きなヒーローでもあり個性が“ブラックホール”という13号に、中也は少しだけ興味があった。


「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。皆んなの中にもそういう“個性”がいるでしょう。
 超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることもを忘れないで下さい。
 相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人格闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。
 この授業では…心機一転!人命のために”個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。
 君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さい」

 「以上!ご清聴ありがとうございました」と礼をする13号に生徒達がパチパチと拍手を送る。
 13号の話すことはこの超人社会が抱える闇に触れていて、この先ヒーローとして生きていく上で重要であろう自身の力との向き合い方についてだった。
 異能特務課が行う“異能力者の管理と監視”を警察機関が行なっている現状、それから力を用いて活動する敵に対し力を用いて制圧するヒーロー。その歪な力加減について、世間はどう考えているのだろうか。
 今までずっと、暴力と硝煙の中にいた。やりたいようにやってきた。守りたい奴を守り、気に入らない奴をぶっ飛ばしてきた。今までも、そしてこれからもだ。

「、」

 突然、とは言えない。水が熱を持ち沸騰するように。純白の半紙に墨汁が染みるように、ジワジワと明確に今までそこに無かった気配を中也は敏感に感じ取っていた。
 入り口からすぐの階段下にある広場。そこに視線を向けると、黒い霧が発生しており、それは次第に大きくなっていく。
潜める。

「どうした中原、」
「下がれ」

 切島に声を掛けられたが、相澤がそれを制す。
 そして、その黒い歪みから人が現れた瞬間、俺は目を見開いた。
「全員一かたまりになって動くな」「13号、生徒を守れ」そう言う相澤に肩を掴まれ、「中原、お前も出過ぎるな」と引き戻されそうになる。

 なんで。

「何だアリャ!?
 また入試ん時みたいなもう始まってるパターン?」

 何で。

「動くな!あれは敵だ!!」

 何で、手前が其処に居やがる。なァ、


「………っ!太宰!!!!」

 彼方の世界で肩を並べ戦った俺の嘗ての相棒。
 漆黒の喪服の上から肩に外套を掛け、自身の肌の大部分を包帯で埋め尽くし左腕を吊った男。太宰治が其処に立っていた。





 見つけた。

 目があって、名前を呼ばれて真先に思ったのは「変わらないなぁ」だった。
 不本意ながらも組んでいた時と何等変わらない嘗ての相棒を見て自身の中で感情が一瞬高ぶるのを感じつつ、それに伴ってこれから自分は如何するべきか即座に頭を回す。

「あちらの少年、お知り合いで?」
「さァね。知らないな」

 黒霧の問いに無関心で答えながらも絡み合った視線は外さないまま。
 生徒達に緊張と恐怖が走るのが判る。数の有利と馬力の優位を持って意気揚々に乗り込んだが、オールマイト対策として用意したアレは中也に使うことになるかもしれない。

「13号にイレイザーヘッドですか…
 先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

 黒霧の言葉に、相澤がさらに視線を鋭くする。

「やはり先日のはクソどもの仕業だったか」

 先日とは記者が押し寄せ、校門を破壊された例の一件の事だろう。事実、あの崩れ方はこの場にいる主犯、死柄木弔が行った事だった。
 自ら赴いたのか手引されたのかは知らないが、授業のある程度の情報は漏れている。其れならば、何故奴等が現れたのかということになるが、中也はハッとした。

 先日の記者の一件で中也が雄英に居ると知った太宰が、何時もの様に厭がらせをしに来たとしたら。自分のせいでクラスメイトや教師が巻き込まれたとしたら、どうする。

 だが、一瞬脳裏に浮かんだ最悪な仮定は死柄木弔の一言で間違いだと知る。

「どこだよ…せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ。オールマイト…平和の象徴、いないなんて…
 子どもを殺せば来るのかな?」
「狙いはオールマイトって事か………?」

 だが、其れならば何故校舎から離れた訓練施設なのか。授業を担当する3人の教師が相澤と13号、オールマイトの3人だったとしても、襲撃して勝てるだけの戦力があるようには見えない。
 それも、死柄木弔と黒霧、太宰の3人以外は精々街のチンピラと呼べる様な雑魚で構成されているからだった。奴等に崇高な目的や思想があるとは思えないので、ヒーローの卵であり国内でもトップレベルの雄英高校の生徒を害すること自体が目的なのだろうか。
 何にせよ中也の敵では無いように思えるが、その中でも異様な空気を放つ無関心な巨体だけは注意を向けざるを得なかった。

「おい中原!あの敵知り合いかよ!?」

 峰田に問われたが回答出来ず、ただ「下がってろ」と彼を後ろへ引く。それでも視線は決して逸らす事はなかった。

「ヴィランンン!?バカだろ!?
 ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生、侵入者用センサーは!」
「勿論ありますが…!」
「現れたのはここだけか学校全体か…
 何にせよ、センサーが反応しねぇなら向こうにそういうことが出来る個性がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割…バカだがアホじゃねぇ。
 これは“何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲”だ」

 狙いが自分だろうがオールマイトだろうが何だろうが。敵の思考を完璧に読み取り裏を掻く画策。その戦略が間違った事は悔しいが組んだ時一度も無かった。きっと奴の思惑通り事が運ばなかった時なんて、首領が最適解だと判断して切り捨てた最下級構成員が絡むあの一件位だろう。
 だからこそ、それからやり直そうとマフィアを抜けて探偵社として日向で生きる様になったんだろう。そう思っていたのに。

 なぁ、太宰。手前今、何考えてんだよ。
 若し此れが奴の考えた策だと言うのなら、俺が此処に居るということも知っていたのか?

 見つけてもらうつもりだった。この世界に昼の世界と夜の世界、その間を取り仕切るあの探偵社があるならば、と。味方だった時など無いが、ヴィランとして現れるとは。

「13号避難開始!学校に連絡試せ!
 センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴おまえも個性で連絡試せ」
「っス!」
「先生は!?1人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すって言っても!!
 イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号任せたぞ」

 相澤が広場へと飛び降りる。そして彼、イレイザーヘッドは個性を巧みに使用しながら雑魚を蹴散らす。

「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

 緑谷は戦闘を見ながら言ったが、中也はとてもそうとは思えなかった。
 “見た相手の個性を消す個性”というのは確かに意表がつける。個性に頼り切った戦い方をしている者なら尚の事、捕縛は容易だろう。だが、勝負事で数の優位がそう簡単にひっくり返ることはない。
 一対一では互いの攻撃を予測し反撃をするが、多対一の場合は予測する対象が多くなるのに加え、連携や武器の多さで戦闘中に処理する情報が膨大になる。
 そして何より、イレイザーヘッドが強いのは彼の個性を活かす鍛錬の賜物に過ぎない。
 戦力差がある為イレイザーヘッドの助けに入るべきかとも思うが、この場合の敗北は生徒の死傷だ。だからこそイレイザーヘッドも1人で飛び出したのだろう。
 13号の指示に従い避難を始めるが、それを許す敵でもなかった。
 出口の前に立ち塞がったのは身体が黒い霧状の敵。出現時の状況からして、空間移動系の力を持つのだろう。

「させませんよ。初めまして我々は敵連合。
 せんえつながら…この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 何処かに長距離移動されてはたまらない。確実に初弾で仕留めると、中也は戦闘服の要望にもあったゴム弾を取り出した。初動は中也が早かったものの、能力的に13号の方が利があると一拍攻撃タイミングをズラす。
 しかし、此方に居るのはヒーローの卵だ。

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
「危ない危ない……そう…生徒といえど優秀な金の卵」
「ダメだ!どきなさい2人とも!」

 爆豪と切島の二人が前に飛び出しては13号の攻撃が出来ない。クソが、と毒を吐くと同時だった。敵の個性と思われる黒い霧が全員を包んだ。

「散らして嬲り殺す」

 霧の向こうへの強制転送が奴の個性なのだろう。そして、その対象は霧の届く範囲と見た。大人数での移動が可能だからこそ侵入してきた敵にとっては出入り口となる為、帰る際にも必須の筈。つまり、此奴を仕留めればいいのだが、本体に触れなければ仕留められない。

「クソッ」

 中也の能力は触れたものに作用する為、粉末や液体の操作は苦手だ。そして、それは霧も然り。
 避けようと飛び退いたもののそのまま飲み込まれ、近くにいた轟と真っ逆様に落ちる。下には土砂に埋もれた街と、大勢の敵。現状を一目で把握して轟を見ると、一瞬で意思疎通出来た様に着地と同時に轟は氷結で敵の動きを止めた。俺は足場の氷を砕かない様ゆっくりと着地した。

「子ども相手に情けねぇな……しっかりしろよ、大人だろ?」
「殺せる算段が整ってるっつってたな?手前らこそ、全部吐いて貰うぜ。
 とは言っても、大して相手になりそうな奴もいねぇみてぇだがな」

 単独でも団体戦でも、轟の氷結はやはり強力だ。見たところ、伏兵やこの状態を一瞬で崩せる奴も居そうにない。もし居たとしても、敵ではないが。

「成る程な。お前ら全員捨て駒か」
「ア゙ア゙!?」
「彼奴の考えそうな事だ……要は、教師に生徒を守る手間を増やす為だろ。
 生徒が一人でも死傷すれば雄英もしくはヒーローに責任が生じ、世間の信頼を失うことになる。その上でオールマイトを殺しに来たってんなら………」
「ヒーローに恨みを持つ奴にとっては好都合ってわけか」

 轟の言葉に一つ頷いてまた視線を寄越す。

「だがまぁ、俺等に殺られる可能性を考えてねぇ訳がねぇ。
 つまり、俺らにお前らがどうされようと構わねぇ。捨て駒以外の何なんだ?」
「このままじゃ、あんたらじわじわと体が壊死してくわけなんだが、俺もヒーロー志望。そんな酷ぇ事はなるべく避けたい。
 あのオールマイトを殺れるっつう根拠…策って何だ?」
「ハッ!!言うと思うか!?」
「脅し方ってもんがなってねぇぞ坊っちゃんがヨォ!!」

 中也は重力操作により足元に転がる岩を一つ浮かせると、それを砕き複数の鋭利な石を作り出した。

「手前等こそ、脅しの意味判ってんのか?」

 轟が尋問のために氷結の範囲を広げるのを止めると、先程割った石の内一つを適当な奴の脚に狙いを定め、貫いた。
 脹脛を撃たれた敵は悲鳴を上げた。轟の氷結で凍っている幹部は貫通しており、血が氷を赤く染めている。
 銃弾などの滑らかなものではないため傷口は綺麗に塞がることはないだろう。しかも、足元に落ちていたものだ。感染症のリスクだってある。遠距離なら正確に狙いを外さねぇ為しっかりとした作りの物を使うが、近距離なら代用品で構わねぇ。

「コイツ今何しやがった!?」
「まさか、石で、」

「脅しってのは力が強い奴が下に向けてする事だぜ」

 狼狽える敵に、中也は鋭い視線を向けて言う。
 
「手前等、自分の命の値段を考えた事はあるか?
 角膜、臓器、血液、売春。そういったモンは、必要とされてはじめて値段がつく。使われなければ唯のゴミだからだ。貨幣もそう。使う人間がいなければ、唯のゴミ。
 手前等が何を言われてここまで来たのか、何をしてここまで来たのかなんざ、俺等は興味がねぇんだよ。どうせ大した思想もない雑魚の集まり何だろ?彼奴等にとって何の価値もないゴミってことだ。
 これは取引でも交渉でもねぇ。手前等が反抗するってんなら、用済みだ」

 脳幹ブチ抜いて、一瞬で殺してやる。
 圧倒的強者の殺気に当てられて、最早言葉を発する事も出来ない空気だった。
 身体は動かないのに、やけに心臓の音が大きく聞こえる。呼吸が荒くなり、焦点が合わない。己の死期を明確につきつけられ、其れを回避しろと生物の本能とも呼べる何かが脳裏で叫ぶ。

「黙りか……残念だ。俺等も急いでっからよ。手短にいくぜ」

 こんな雑魚に構ってられるほどの余裕は、生憎だが今の俺には無い。
 全員の足元に狙いを定めていた時だった。

「っあ、………あ、」

 重圧に耐えきれなかったのか、傷つくことを恐れたのか。1人の男が音を上げた。そうすると、我も我もと情報を話し出す。

「……大した情報は無かったが、それなら広場に戻った方が良いな」
「中原、お前……空気の重さも変えられるのか」
「あ?何言って………」

 中也は轟の顔を見てはたと気づいた。先程のアレが普通の行動ではないことは明らかだろうが、轟は殺気を浴びた事がある環境に居なかったのだろう。
 やっぱ俺はヒーローなんざ向いてねぇな。

「喋ってっと舌噛むぞ」

 そう言って轟の手を掴むと、そのまま重力操作で自重を軽くし、広場の方へ最短距離で飛んだ。
 上空から見た限り園内のあちこちで戦闘が行われているみたいだったが、其処に加勢する時間も余裕もない。だが、飛ばされた生徒に当てられたのがああ言う雑魚なら大抵の奴は大丈夫だろう。勝つことではなく逃げることを考えるならば、の話だが。

「見えた。広場だ」

 イレイザーヘッドが戦っていた広場には数人の人影があった。その中でも目を引いたのが、遅れて授業へやってきたと思われるオールマイトと戦闘中の巨体。異様な空気を放っていた其れは、一見オールマイトにバックドロップを決められている様。しかしその実、足元に出現した黒い霧により空間移動をして指でオールマイトの腹部を貫いていた。

「オイオイオイ、空間移動ってよりアレは………」
「短距離の転送ワープか…?あれ、そのまま消えると」

 真っ二つでは、と考えるより先に体が動いた。
 落下地点へ急降下。中也は地面に降り立つと重力波を受けつつ轟を手放す。オールマイトが凍らない様調節し、敵の動きを封じる轟。そして、空間移動の力を持つ敵を捕獲したのは突然現れた爆豪だった。

「てめェらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた。
 平和の象徴はてめェら如きに殺れねぇよ」

 動きを止めたその隙にオールマイトが腕から抜け出し、残り二人と対峙する。

「ありゃ」
「出入り口を押さえられた……こりゃあ……ピンチだなぁ……」

 本気でそう思っているとは思えない声色でそう言う二人。爆豪は調子がいいのか冷静に戦況を判断しているらしく、敵を押さえつけたまま言う。

「このウッカリヤローめ!やっぱ思った通りだ!
 モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる!そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!?そうだろ!?全身モヤの物理無効人生なら「危ない」っつー発想はでねぇもんなぁ!!
 っと動くな!!「怪しい動きをした」と俺が判断したらすぐ爆破する!!」

 これで13号を邪魔した彼奴等の失態が帳消しになるわけ無いが、まぁ妥当な判断だろう。

「攻略された上に全員ほぼ無傷…すごいなぁ最近の子どもは。
 恥ずかしくなってくるぜ敵連合…!」
「ふふ、それじゃあ次は出入り口の奪還だ」

 “脳無、爆発小僧をやっつけろ”。
 そう敵の一人が言えば、轟が凍らせていた奴が動き出した。このままでは拘束を逃れると判断した中也は、弾丸のように速く駆けると重力を乗せた打撃を叩き込む。
 脳無と呼ばれた其れは中也の打撃を受けて派手に吹き飛び壁に激突した。

「オイオイ、どう言う冗談だ?」
「オールマイトとやり合う敵なんざ、滅多に居るもんじゃねぇ………
 此方もその気で行くぜ」

 本気とまでは行かないが、久々の打撃に中也は拳を握り直した。
 今までの授業では基本の戦闘スタイルは蹴りだった。中也は元々自分の拳を「いつかの為」と取っておいた。
 ポートマフィアに入るよりも昔、自分の身体に愛着というものが無かった。自分は荒覇吐を宿す器であり、そもそも生命を脅かされるほどの危機に陥ったことがない。生を実感できないからこそ、戦闘において手を使わない縛りを課していた。そして、それはこの世界に産まれても同じ。
 だから、中也の打撃を目にしたのはこれが初めてとなる。

「………中原少年!」

 まだ脳無は爆豪を狙っているようで、砂埃の中で目玉をギョロリと動かす。身体が半壊しても動き続け、再生をするだけに相当強靭タフらしい。そのまま処理する方がいいと躊躇いなく接近戦に持ち込もうとするが、それを止めたのは太宰だった。
 気配もなく立っていた太宰が触れたのだろう。身体から一時的に異能が消えたことが判る。

「残念。これで重力は君の手から離れた」
「異能なんざ無くても、手前に劣る訳がねぇだろう……がッ!」

 ナイフを手に笑顔で、それでいて迷わず俺の頸動脈を狙いに来た太宰。中也は切られる前に腹に打撃を入れて太宰の手が離れた瞬間に後方へ飛んだ。

「……痛いじゃあないか。僕は痛いのは嫌いなんだけど」
「“僕”なぁ……?」

 ナイフを持っていた手をブラブラと振りながらも表情は変わる事ない。そのまま太宰を睨み付けていると、奴の背後から切島が殴りかかって来た。太宰はそれをいとも容易く躱し、一定の距離を保つ。

「クソッ!イイとこねぇ!!」
「気配で動きが丸わかりだよ。もっと戦闘戦術について学んだ方が良い」
「あぁ!?っと、大丈夫か中原!」
「余裕だボケ」

 太宰に引き剥がされた為に脳無は爆豪を狙う。「かっちゃん!!」と緑谷が声を上げたが、爆豪はオールマイトに助けられ無事だった。ただ、その影響でオールマイトの口から血が垂れる。今までの事からも、深手を負っているのは間違いないだろう。

「……加減を知らんのか」
「仲間を助ける為さ、仕方ないだろ?
 他が他の為に振るう暴力は美談になるんだ。そうだろ?ヒーロー?
 俺はなオールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ善し悪しが決まる。
 この世の中に!!何が平和の象徴!!
 所詮、抑圧のための暴力装置だおまえは!暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」
「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ嘘つきめ」
「バレるの早……」

 敵は一丁前に聞こえる思想を口にしたが、それは嘘だとすぐに分かる。

「3対6だ」
「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた…!!」
「とんでもねぇ奴らだが、俺らでオールマイトのサポートすりゃあ……撃退できる!」

 轟と緑谷、切島はそう言うが、そんなに簡単ではない。

「流石は誉れある雄英高校のヒーロー候補だ。驚嘆に値するよ」
「手前等は下がってろ」
「は!?おい中原!」

 切島の腕を引き後ろに投げると、太宰の正面に立った。

「此奴の相手は俺がする」

 オールマイトが来たことで勝利に確信が持てたのだろうが、それは間違いだ。
 敵は何をしてくるか判らない。多対一だからこそオールマイトの足手まといにになる可能性が高く、最悪死ぬ危険もある。オールマイトもそう考えているようで、直ぐに逃げろと指示をした。

「……さっきのは俺がサポート入らなきゃやばかったでしょう」
「オールマイト血………それに時間だってないはずじゃ……ぁ」
「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!
 しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」

 もしも本気で手を出して邪魔になる様であれば、最悪の事態になる前に対処をすればいい。


「黒霧、脳無、やれ。子供は俺があしらう。太宰は………」
「指名されて居るのでね」

 死柄木弔の視線をヒラリと交わし、太宰はそのまま中也に話しかける。

「さっきから、君は私のことを知っているみたいだけど、何処かで会ったことあるかい?」
「アア?」
「君みたいなガキ、知らないんだけどな?」

 ー・・・。

「ただのガキじゃねぇんだよ。
 さて、話してもらおうか……お前が知ってること全てをなッ」

 一瞬で距離を詰めて拳を振りかぶると、太宰は其れを避けて反撃しようとした。が、太宰の身体能力は中堅以下。加えて左腕はギプスで覆われているために使用できない。一対一の肉弾戦で中也に軍配が上がるのは必然だった。
 太宰の背が着地したところで首元と右腕を拘束する。

「お前に選択肢をやろう。
 今死ぬか、情報を吐いてから死ぬか。好きなほうを選びな」
「その二択、いいね。心そそられる」

 攻撃を受けて包帯で隠れていない場所にも傷を負った太宰は、相変わらず平坦な声のまま言った。

「じゃ、今殺せ」

 そう言うと思ったぜ、お前ならな。
 そんな中、助太刀に入ろうとしていた切島が言う。

「おい中原!お前いくら何でもやり過ぎだろ!?」
「おや、其処の少年は私を生かしておきたいみたいだ。
 それなら、その少年の義理深さに免じて……話そう」
「あん?」

 太宰は軽い口調から一転、重く緊張を含んだ声で言った。

「君はもう少し牛乳を飲んだほうがいい。背が低すぎる」
「この糞野郎!俺はまだ16だ。これから伸びるんだよ!」
「いや、お前等何コントしてんだよ!?マジで知り合いか!?」
「知らねぇよこんな奴!」

 嗚呼、腹が立つ。腹が立つ程に昔の太宰そのまんまで、此奴はちっとも変わりはしねぇ。

「ん、そろそろタイムオーバーみたいだ」

 太宰の視線の先はオールマイトと殴り合っている脳無だった。

「ヒーローとは常にピンチをブチ壊していくもの!
 敵よ。こんな言葉を知っているか!!?Plus Ultra!!」

 オールマイトと脳無の激しい打撃戦。その、最後の一撃が入った。
 脳無がドームの天井を突き破り吹き飛んでいくのを見て、太宰は口笛を吹いた。オールマイトの体からは煙が立ち、凄まじい戦闘の後とも見える。
 脳無が倒され、残るは三人。

「衰えた?嘘だろ……完全に気圧されたよ。
 よくも俺の脳無を……チートがぁ……!」

 死柄木は焦燥とも苛立ちとも見て取れる様に、顔をガリガリと引っ掻いた。

「クリアとかなんとか言っていたが……出来るものならしてみろよ!!」

 オールマイトはそんな死柄木を煽るが、攻撃しようとはしない。

『オールマイト血………それに時間だってないはずじゃ……ぁ』

 緑谷が先程言っていたことが事実であるならば、オールマイトの個性は強力だが時間制限と攻撃に耐えうる容量があるのではないかと判断できる。
 だからこの問答は時間稼ぎだ。そのまま敵が帰るか、此方側の増援が来るのが先か。選択されたのは3つ目。再度のオールマイトへの攻撃だった。

「オールマイトから離れろ!!!」

 オールマイトに近づく敵に向かって緑谷が飛び出した。だが、死柄木弔は黒霧に手を入れ、緑谷の前に手を移動させる。
 死柄木弔の個性は五指で触れたものの崩壊。それが緑谷に触れる寸前で、死柄木の手は何かに弾かれた。

「ごめんよ皆。遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めてきた」
「1―Aクラス委員長飯田天哉!!
 ただいま戻りました!!!」

 増援の雄英高校で教鞭をとる教師、プロヒーロー達。彼等を連れてきたのは飯田だった。其れを見て生徒達の中に安心感が生まれたそんな時。

「君は知らないかもしれないが、私は人の厭がる事を積極的にする主義でね」

 太宰は、左手の中に仕込んでいたスイッチを押した。その途端、激しい閃光により視界が白くなる。閃光弾をギプスに仕込んであったのかと気づく暇もない。

「手前ッ!………クソッ!!」

 中也の視界が奪われ、警戒の為に太宰を離した瞬間。太宰は近くに居た同じく視界を奪われている切島の背後に回り、露出している首筋に注射器を構える。霞む視界の中で見えた光景に、全員が動きを止めた。

「言っておくけれど、無効化の力を持つ私に例外なく個性は通用しない。少しでも動いたら打つ」
「ーーーーッ!」

 遠距離射撃の個性対策なのか、上手く切島を盾に使っている。太宰の確保は容易ではないだろう。

「ヒーローを志す諸君であれば、敵の確保ではなく救助を優先すると思うけれど、どうだろうか」

 太宰の言葉に、唇を噛み締めて出方を見る。沈黙は肯定であると捉えた太宰は、死柄木に視線を向けた。

「死柄木、黒霧。撤退するよ。
 数の優位はもう機能していない。加えて増援はプロの中でも選りすぐりのヒーロー達だ。流石にこれ以上は無理だ」

 増援の教師の到着を見て、奴らが撤退を余儀なくされる。
 切島は太宰に人質として捕らえられているが、これを脅しではなく交渉とするのであれば無事だろう。念には念をと、中也はゴム弾を忍ばせ死柄木へと狙いを定める。

「今回は失敗だったけど……
 今度は殺すぞ。平和の象徴オールマイト」

 黒い霧に消える一歩手前で切島を手放した太宰。その姿を見て、中也はふと疑問を抱いた。

「………あ、一つ大切なことを言い忘れてた」

 最後に此方を見て、にっこりと気色の悪い笑顔を浮かべて太宰は言った。

「私が16歳の時には君と同じくらいだったけど、君は大して伸びない。
 私達が22歳になる頃には、それはもう絶望的な差が顕著に現れるだろうね」

 自身の頭上で手を水平に振りながら言う太宰は闇に消えた。

「大丈夫か、切島」
「お、おう…………なんとか………」

 切島は敵と会いたいしたことがあるのだろうか。人質に取られていたにしては少しの落ち着きが見える。
 脅威、もしくは己の死が目の前に現れた時、人は誰しも気が動転するのが普通だ。

「………手前、さっき俺にやり過ぎだって言ってたな」
「え?あ、あー………」
「やり過ぎだと考えるのは、全てが終わってからだ。戦闘中は先ず勝利だろ」
「………それもそう、かもしんねぇな………ごめん」
「いや、いい」

 他の生徒の救出、攻め込んできたチンピラの捕獲が始まる中ドームの天井に空いた穴から空を見た。
 確か、初めて彼奴と会った日もこんな晴れ空だったな。なんて。

「生徒の安否を確認したいからゲート前に集まってくれ
 ケガ人の方はこちらで対処するよ」
「ラジャっす!!行こうぜ中原!」
「……嗚呼」

 あの空間移動の個性で此方側に来る事が出来たとして。それなら“異能無効化”の力を持つ太宰は、どうして此方に来ることも消えることもできた?





 その後、到着した警察とヒーローが協力し施設内に侵入したチンピラの捕縛と生徒の救出が行われた。事の重大さからこの件は世間に公表されるだろうとの事。

「両脚重症の彼を除いてほぼ全員無事か」

 施設の外に集められた生徒達は互いに顔を見合わせて無事を喜んでいた。

「尾白くん…今度は燃えてたんだってね。一人で…強かったんだね」
「皆一人だと思ってたよ俺…ヒット&アウェイで凌いでたよ…
 葉隠さんはどこいたんだ?」
「土砂のとこ!轟くんと中原くんクソ強くてびっくりしちゃった!」
「何にせよ無事でよかったね」

 葉隠と尾白の会話を聞きながら轟に視線を寄越す、奴も俺を見ていた。どうやら轟も葉隠の存在に気付いていなかったらしい。

「刑事さん。相澤先生は…」

 一人で真っ先に会敵し、死柄木や脳無と戦ったイレイザーヘッドは両腕粉砕骨折、顔面骨折という重症。脳への損傷は無さそうだが、目に後遺症は残る可能性があるらしい。13号も裂傷が酷く入院しているが命に別状は無し。オールマイトに関しては保健室で十分とのことだった。そして、緑谷も同様。
 その報告を受けて、来たバスで生徒達は漸く校舎へ帰ることとなった。行きの様な会話をする気は毛頭無く、全員が全員疲れ切っている。行き同様轟の隣に座っていた俺は窓から見える夕日に染まった空を見てぼんやりしていた。
 夜の世界に君臨し続けたポートマフィアと、昼の世界を管理する異能特務課。そして、昼の世界と夜の世界、その間を取り仕切る薄暮の武装探偵社。
 会敵した時の会話からして太宰にもその頃の記憶はあるみたいだったが……彼奴の今の立場は何処なんだ?

「なぁ中原」
「……あ?」

 隣にずっと無言で座っていた轟が口を開いた。その声は淡々としており大して大きくもなかったが、誰も話さない車内では大きく聞こえ、誰もが耳を傾けている様だった。轟が聞きたいことはきっと誰もが知りたいことで、事情聴取でも聞かれると安易に予測できる。

「お前、あの敵とどういう関係だったんだ?」

 当然だろう。喩え先日の報道陣の騒ぎがあったとは言え、カリキュラムをそんな短時間で割る事ができるか?しかも、“平和の象徴”オールマイト殺しを実行しようとしていた敵と同級生が知り合いとなったら疑われてもおかしくはない。

「……別に」
「それで済まされる話じゃねぇだろ。
 お前が最初に叫んでいた名前を死柄木と黒霧とかいう敵も呼んでいた。確実に面識はあるんだろ」
「おい、轟!」

 会話に割って入ろうとしたのは切島で、それでも俺はせめてこいつらに嘘はつきたくないと話す。俺は嘘ばかりの人間だが、言ってはいけない事以外は言える筈だ。

「お前等が俺を疑ってるのも理解出来る。
 不確定要素は振り払うに越したことは無ぇし、普通に考えて怪しい。疑うのは当然だ。
 ………太宰とは、昔戦ったことが有るだけだ」
「マスコミ騒ぎの時中原は俺と上鳴と一緒に飯食ってたし、飯田が騒ぎを止めた後も一緒に居た。今日だって轟と一緒に土砂ゾーンに飛ばされたし、その後も太宰とかいう敵と対峙してんの見ただろ?」
「………だとしても、お前アレはやり過ぎだろ」
「アレって?」
「こいつは、俺と一緒に土砂ゾーンに飛ばされた所で、敵に脅しを掛けた」
「………脅し?」
「1人の敵の足を撃ち抜いている」

 その轟の言葉に、息を飲む生徒達。

「なぁ中原。正直お前はこのクラスでトップレベルの実力者だと思う。けどよ、その戦い方は普通の環境じゃ習うもんでもねぇだろ」

 全部轟の言う通りではある。切島にはやり過ぎだと考えるのは全てが終わってからだと言ったが、その場で状況判断することに越したことはない。
 元ポートマフィアだから等と言えるはずもなく、此奴等は其れを知る事は無い。最低限、ヒーローを目指す生徒らしく行動しなければいけなかったが、中也はしたくないことはしない性格だ。

「この際だからハッキリ言っておくと、俺は別にヒーローになりたい訳じゃねぇ」
「じゃあ、お前は何でここに居るんだよ。お前は何者なんだ」

 俺が何者か、なんて。

 嘗てヨコハマ租界に起きた大爆発の元凶“荒覇吐”。
 元“羊の王”の重力使い。
 ポートマフィアの実働部隊、五大幹部の一人であり“双黒”の片割れ。

 そして

「悪い奴の、敵だ」

 この一件で此奴等と俺との間にある歪な差は歴然になった。
 俺はお前等と仲良しこよしをしたいわけでも無い。好きに関わってきてくれて構わない。それでも、いつか俺が消えるその日が来たら、どうか綺麗さっぱり忘れてくれ。
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