「“中原中也の危険性を問わない”?何だソレ」
死柄木弔を主犯とした敵の侵入事件から2日後。相澤は同僚であり友人のマイクから事の概要を聞いていた。
敵の被害に遭った1年A組の事情聴取と治療は、侵入されたその日の内に終わっていた。しかし、設備の点検と生徒の保護、対策会議等の影響で翌日は急遽休校となった。
ヒーロー育成の最高峰である雄英高校への敵侵入事件は瞬く間にメディアを通じて全国へ広まった。雄英高校のセキュリティへのバッシングと、気持ち程度の生徒への称賛と心配。それは事件と共に彼等にどのような影響が出るか分かったものではないが、元よりヒーローを志す生徒のことだ。大した障害にはならないだろう。
とにかく、深手を負い入院していた相澤は生徒の無事を聞きやっと一息つくことができた。だが、職員会議で浮上したのは1人の問題児。中原中也についてだった。
「轟や切島の聴取からしたら、敵の1人“太宰”と呼ばれる男と面識があった。だが、本人は「あんなクソ知らねぇ」と否定している。
しかも、土砂ゾーンに飛ばされた際の敵に対する攻撃も“正当防衛”として受理されたそうだ」
聞いたときは耳を疑ったが、逮捕した敵の言動と轟の聴取が一致した結果、中原が敵から情報を聞き出すために拷問紛いの行為を行なったとして間違いは無い。
しかし、多少の説教はあれどそれに対する中原への処罰は無いとされた。過剰防衛だが、罪に問う程の事では無いと。
きっと、ヒーロー育成の第一線である雄英高校に敵が侵入したとの事でそれなりの対応や動きがあり、中原個人に構っていられるほどの暇もないという事も多少はあるのだろうが。
「……入試の時から中原は今までにない生徒として注目していたみてぇだけど、流石に異常なんじゃね?」
「かもな。戦闘スキルは既にプロと同等かそれ以上かも知れんが、ヒーローとしてどうかと問われると頷けない」
救助、避難、撃退。基本ヒーローに求められるのはその3項だが、どう見ても中原中也は撃退特化型だろう。しかし、必要以上に敵を痛めつけることはヒーローがやっていいことではない。
「しかも、中原についてだけ今朝“上”からのお達しと来た。校長は、何を考えているのやら……」
「さぁな」
ヒーロー協会の元で雄英高校ヒーロー科は成り立っているが、そもそもそれは国という権力の下にある。だからこそ、何故中原の処遇がそこから来たのかが分かったものではない。ただ、何かしらの関係がある事は確かだ。
近々体育祭が開催されるが、それについても随分揉めたらしい。中原の処遇を処罰も無しに不問にする、そのくせして彼を体育祭に出場させるな…と。校長はそれ相応の理由を求めたらしいが、説明は不可らしく、そのまま体育祭については保留となった。
ここが学校というヒーロー育成の機関である以上、生徒は平等に扱わなければいけない。入学を認めた以上、卒業まで面倒見るつもりだ。しかし、突出した中原の才は大きく、持て余しているのが現状だった。
「お早う」
「相澤先生復帰早ぇえええ!!」
「先生無事だったのですね!!」
休校明け、包帯が巻かれているものの至って通常通りに登場した相澤は、通常通りに教卓に立つと連絡事項を伝える。
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
「!?」
「戦い?」
「まさか……」
「まだ敵がーー!!!?」
1日である程度の情報を掴んだのか、と思ったがもしそうだとしてもその戦いに生徒を巻き込む可能性は低い。案の定、相澤は「雄英体育祭が迫ってる」と続けた。
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
両手を上げて大いに湧く生徒達だったが、切島がハッとして言う。
「待って待って!
敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」
切島は太宰に人質に取られていたし、敵の脅威をより身近に感じたのだろう。しかし、相澤はそんな切島の言うこともわかるが、と学校の方針を伝える。
「逆に開催する事で、雄英の危機管理体制が盤石だと示す……って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。
何より雄英の体育祭は……最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」
毎年行われる雄英高校の体育祭は1年生から3年生に会場が分かれており、それぞれの総当たりで競技に取り組む。クラス対抗などはなく、実質学年の強者を決める催しだ。
「そう、ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!!
かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し、形骸化した。
そして日本に於いて今“かつてのオリンピック”に代わるのが雄英体育祭だ」
前世で熱狂することもなかったが、五輪は情報等で大々的に取り上げられていた。今世の義務教育で行った運動会などとはまた大きく違い、雄英高校の体育祭は、“個性”の使用が認められている。
「当然、全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね!」
「資格習得後はプロ事務所にサイドキック入りが定石だもんな」
「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう。アホだし」
体育祭でプロの目に止まり、卒業後はサイドキックとして就職。そこから独立というのが通常のヒーローになる流れらしい。耳郎の言葉に内心同意しつつ、中也は今後の事を考えた。
「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。
時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が開けるわけだ。
年に一回、計3回だけのチャンス。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ」
体育祭で目立てばヒーローからスカウトが来て、それが将来につながる。たかが学校行事ではなく、それ相応の心構えと準備をして臨めということだ。
中也にとっても、名を広めて“見つけてもらう”という目的がほぼ達成される。だが、それは達成された筈だ。今は太宰の指示通り動かずいるが、いつまでこの状態でいればいい?
何故太宰がポートマフィアを抜けて探偵社に入ったのかは知らないが、あの最下級構成員が絡んだ一連の騒動の報告書は読んだ。奴が太宰の友人であるというのはあの頃有名だった話で、だからこそなのか。太宰は首領を恨んでいるのか、とも考えたが何処かしっくりと来ない。
『ふん………
甘ぇ奴だ。そう云う偽善臭ぇ処も反吐が出るぜ』
『Qが生きてマフィアに居る限り、万一の安全装置である私の異能も必要だろ?
マフィアは私を殺せなくなる。合理的判断だよ』
『………どうだか』
出会った頃は瀕死の敵に「勿体ないほどの死」を与えるような奴だった。それが、探偵社に入って変わった。否、変わったからマフィアを抜けたのだろう。
太宰は確かにちゃらんぽらんで同仕様もない人間の屑だが、転生しても尚敵として生きるとは思えない。
太宰の考えが何にせよ、中也はヒーローになりたくて雄英高校に入学を決めた訳では無い。しかし、言われなくとも誰もが憧れる職業は中也が手を伸ばしていいものじゃないということは解っていた。
けれど、矢張りと思ってしまうのは。
「中原、飯行かねぇか」
「………あ?」
四限終了後、いつもの様に切島が来る前に俺の席に来たのは轟だった。最初のヒーロー基礎学に加えて先日の敵襲撃の際と、自然に行動を共にする事があったものの、こうして昼食へ声を駆けられる関係ではない。
どういう心境の変化だ?と考えつつ学食にやって来た二人は、窓際の目立たない席に腰を下ろした。
「……で?一体何の様だ」
「昨日、お前の事考えてみたんだ。ヒーローになりたいわけじゃないつったよな」
「嗚呼。で?」
「俺はそれでもいいと思った」
「………」
その声に反応して、箸を止めて正面に座る轟の方を見た。轟は蕎麦を食べながら淡々と自身の生い立ちについて話し始めた。
個性婚による両親の、家族間の歪み。兄弟や母親について話す表情はなんとも言えないものだったが、父親に関しては怒りしかない様だ。
しかし、轟は中也にそれを憐れんでほしい訳ではない。中也もそれを分かったうえで何も思わなかった。家族がいて、衣食住に困らず、学校に通って毎日安心安全な床に就ける。そんな当たり前が、昔の中也にはなかったから。
「…俺はクソ親父によって作られた個性を持っている。俺はクソ親父の個性を使わず一番になる事で奴を完全否定する。
だから、中原の話を聞いた時……何つーか、似てると思ったんだ」
「………」
「自己顕示っつうわけでもねぇが、お前もそれが目的の為の手段なんじゃねぇかって思った。
だから、変な言いがかりつけて悪かったな」
「それは別に何とも思ってねぇよ。事実だろ」
轟はいつだって冷静で、周囲と比較してもそこそこ出来る奴だと思っていた。だがそれは、自身の生い立ちや経験からできるもの。まだ此奴もそこいらの連中と変わらない餓鬼だ。一つの目的に執着するあまり、周りのことなんてこれっぽっちも見ていないのだろう。
お前と俺が似てる?そんな訳ねぇ。
「………俺と手前は似てねぇよ、全然。俺は名前を売りたいだけだ。
それに、試してみようと思った」
「試す?何を」
「力、思考、行動………自分の全てを」
この世界で生きる事を悪くないと思えるのか。生きる意味を見出したい。
轟は中也の言わんとしていることが判っているのかそうでないのか、蕎麦を咀嚼して飲み込むと言葉を続ける。
「そうか?……ま、なんにせよ。名を上げたいなら、それこそお前の実力なら何だってできんだろ。
なのに雄英を選んだ」
「、」
「それって、そういう事なんじゃねぇか?
……まぁ、お前がどういう気持ちであれ、俺はここで一位になる。戦闘訓練で借り作っちまったからな……体育祭で、お前に勝つぞ」
じゃあなと言って昼食を食べ終えた轟は食堂を後にしたが、中也は告げられた言葉に呆気にとられてその場から動かなかった。
そもそも、名を広げるために…見つけてもらうために雄英に入った時点で心は決まっていると轟に指摘されるとは思っていなかった。確かにヒーロー科でなくとも、手っ取り早い方法はある。けれど。
『中也は高校、どうするの?』
『中也なら雄英だってイケるよ』
『何処を選んでも。私たちは応援してるからね』
昔とは違う、両親と呼べる存在が当たり前に居る環境で育ったから、無意識下で善行の道を選んだのだろうか。
ポートマフィアの五大幹部。夜の世界の最も暗い部分。昼の人間には戻れやしない。最後までそうやって生きて死んだはずで、それは此方の世界でも変わらないと思っていたのに。
それでも、この道を進めばあの日太宰が選択した解答が判るかもしれない等と思ってしまうからなのか。
途端に中也は自分の立ち位置が分からなくなった。
帰りのHRを終えて帰宅しようとしていたが、教室前の廊下は大勢の生徒で埋め尽くされていた。不躾な視線や密々と何かを囁くような声が不快極まりない。
「ンだ此奴等」
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ!」
「敵情視察だろザコ」
ナチュラルに己を雑魚呼ばわりした爆豪に、峰田は「何なんだよ爆豪」とでも言いたげな表情だった。緑谷曰くニュートラルらしいが。
中也はふーん………とあからさまに興味薄かつ不機嫌で鋭い視線を向ける。
とっとと帰りたいのでいい加減邪魔だ。そう考えていたのは中也だけではなかった。
「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ。
意味ねェからどけ。モブ共」
「見に来た所でどうせ結果は変わんねぇよ」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」
「アワワ………」
「超強気ダァ………」
爆豪と中原、割と言動が似ているのでは?等と思う。確かに傲岸不遜な物言いだが、二人ともそれを言えるだけの実力があることをクラスメイトだけは知っていた。何せ、爆豪はヒーロー科入試1位であり訓練でもその才能を遺憾無く発揮している。中也も、先日の事件においてオールマイトと渡り合った脳無と呼ばれる怪人を、生徒で唯一圧倒出来たのだから。
「どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は、皆こんななのかい?」
「ああ!?」
「手前は………」
知った顔だった。入試の際に中也が意図せず助けた彼だったから。
此奴も受かっていたのかなんて思いつつも、ヒーロー科ではないクラスなのだろうと会話で判る。
「こういうの見ちゃうと、ちょっと幻滅するなぁ。
普通科とか他の課って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ。知ってた?
体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」
入学から数ヶ月経つにもかかわらず、ヒーロー科を諦めていないのだろう。ヒーローを目指し雄英高校ヒーロー科の門を叩いたが不合格だった者は、言わば中也が自分の力を試す為に蹴落としてきた連中だ。
そうしていると、銀髪の男子生徒が何人かの生徒を押しのけ、前に出た。
「隣のB組のモンだけどよぅ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ったんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」
大胆不敵な宣戦布告が多方向から降り掛かる。然し爆豪は毅然とした態度で人混みを押しのけて帰ろうとしていた。
「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」
「関係ねぇよ………」
「はあーーー!?」
「上に上がりゃ関係ねぇ」
切島は爆豪の一言に心を打たれて震えていた。ただ煽っただけでは無く、納得できる理由がある。
「テメェもだ重力野郎。首洗って待っとけや」
今まで爆豪と大して話はしていなかったが、いつの間にか目をつけられていたらしい。
常にトップを目指す爆豪は、中也と己の実力差に気付いていた。
自身の“個性”の扱い方に加えて普段から隙と呼べる隙の無い姿勢は、何かしら武術等の訓練を受けていると伺える。無論個人技だけでは無く、作戦立案と指示出しから咄嗟の連携まで。全てにおいて他の追随を許さない熟練度は、戦闘を見れば一目瞭然だ。
そう簡単に越えられないと思わせる壁だが、それでも爆豪は中也を目標ではなく「越えるべき相手」として見ていた。
「ハッ!」
生きてきた年数が違う。経験してきた修羅場の数が違う。只の餓鬼に負ける気はしないが、爆豪の敵手心とも呼べる様な敵意は中也にとって好感が持てるものだった。
「実力でヒーローに成れるんなら、それを出せば良いだけだろ。
今此処で何を言おうが、結果が全てだ」
この世界に生まれる以前の暗い過去を、後悔することも無ければ無かったことにもするつもりは無い。全て自分が選択した結果であり、背負うべきものだ。
ヒーローになりたい訳でも、人助けをしたいわけでもない。あの頃だって、普通の暮らしがしたい等と考えたことはなかった。
だから、今も昔もやるべき事は変わらない。全てやりたいようになってきた結果だ。そして、この世界でもそうすると決めた。
何を思い、何を考え生きてきたのか知らないが、目の前を阻むのであればそれ相応の実力を以て相手になろう。
「全力で来い。相手にならねェと解らせてやる」
参加種目の決定と、本戦の準備で体育祭までの二週間は早々と過ぎていった。
全力で来いと言った手前、それ相応の力を見せつけなければならないと考えた中也は、放課後に学校内にある訓練施設の使用許可を取り、軽いアップを熟していた。
インターネットや文献を駆使して異能力者と個性について調べたものの、いっそ清々しいくらい何も分からず仕舞いだった。だからこそヒーローや個性で蔓延したこの社会について学ぶことができる学校に来て正解だったのかもしれないとも思う。
此方の世界に生まれる前までは勿論学校などに通った事は無い。ポートマフィアに入ってからの作法や礼儀、戦闘などは姐さんと首領を筆頭に教えを請いて大体は実戦で掴んだ。
力の強さや戦闘技術でヒーローに成れるのであれば、スカウトが来る筈だ。もし来ないならば自分に足りない何かがあるという事で、其の『足りない何か』が、己を悪と決定付けるものなんだろう。
人間として生まれ直したこの世界で生きる意味は何なのか。自分の力を存分に試す良い機会だ。
「皆準備は出来てるか!?もうじき入場だ!!」
1年生の体育祭は丸型のスタジアムで行われる。開会式までの時間を、スタジアム内の控室にて過ごしていた。見物客が多いのか、群衆のざわめきやアナウンスの声が薄っすらと聞こえる。
飯田の声を聞いてか聞かずか、それぞれが緊張した面持ちで控え室の中で過ごしていた。
「緑谷」
「轟くん……何?」
率先して誰かに話しかける姿というものが今まで無く、クラス内でも物静かな轟が緑谷に話しかけた。それは自然と控室の中で注目を集め、中也も何となしに轟を目で追っていた。
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う。
お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」
先日轟に言われたことを思い出した。
No.2のプロヒーロー、エンデヴァーの息子でありながら、家族間の歪みの原因を作った父親を恨んでいる。だからこそ、エンデヴァー由来の個性である炎を使わずに優勝することで父親の考えを完全否定すると。
緑谷は確かにクラス内での評価は微妙な所だ。パワー系の個性を持っているのかと思えば、身体が其れについていかず毎度大怪我をしている。しかし、確かに轟が指摘した通り緑谷はオールマイトと何処か親しげな印象を受ける。先日の敵襲撃事件の際も、緑谷はオールマイトの個性について知っている様子だった。
そう考えると、轟が緑谷へ先生するのは妥当だろう。
「おお!?クラス最強候補が宣戦布告!!?」
「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって…」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ。
中原、お前もこの前話したこと忘れんなよ」
その一言で全員の視線が俺の方に向いた。轟は周囲が見えていないが、こういった自身の欲に直球なところは良いと思う。その眼は爛々と燃えていて、意気込みと言うより強い気迫が伝わってくる。
「忘れてねぇよ。俺の返答は変わらねぇ」
此奴がどんな思いなのかも、どう生きてきたのかも中也には関係がない。
「手前の過去に何があったのかも興味無ェ。唯、手前にとって不本意な今があんのは、過去に誰も何もしなかったってからだということを忘れんなよ」
「………」
何事も綺麗に終われるなんてことは無い。羊の王だった俺はそれを痛い程痛感した。自分に足りなかったものを知り、其れを標した首領に付いて行くと誓った。だから、今回も同じだ。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか…は、わかんないけど…
そりゃ君の方が上だよ…実力なんて大半の人に敵わないと思う…客観的に見ても…
中原くんが言ってた事も、僕にはわからない。けど、きっと中原くんにとっては大切なことで、だからこそ曲げられないんだ。
でも…!!皆…他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって、遅れを取るわけにはいかないんだ。
僕も本気で、獲りに行く!」
「………おお」
「………っ」
「やってみろや」
緑谷は決して実力がある訳では無い。然し、気迫や考え方が周りとは少しだけ何かが違う。弱くても、人を動かす中心に居るような人物だ。
まるで、何処ぞの人虎みたいじゃないか。
「順番にやるか全員でやるか。俺はどっちでもいいぜ」
『雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!
どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!?敵の襲撃を受けたにもかかわらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!!ヒーロー科1年!!!!A組だろおおおお!!?』
実況席では、自身がパーソナリティを務めるラヂオ番組を持つ等、放送や司会進行のプロプレゼント・マイクがハイテンションにクラスの紹介をしている。其の横には、未だ包帯で全身を覆われた相澤が何故か居た。
通例ではプロへの道が見えている最上級生へ注目が集まる。しかし今年は、敵の襲撃を乗り越えた1年A組への関心が集まっている様子。事実、広いスタジアムの観客席は超満員で、大いに賑わっている。
雄英高校は全学年ヒーロー科、普通科、経営科、サポート科とあり、ヒーロー科は2クラス。他は3クラスとA組からK組まである。其のため、人数は相応に大い。
体育祭に参加する全生徒が入場を終えると、今回主審を務める女性が壇上へ上がった。一見して「ヤバイ」と言える過激なコスチュームと、片手には鞭。色々とギリアウトな18禁ヒーローこと、ミッドナイトである。
「良い!!」
峰田が親指を立てるが、中也は其れを見てサッと彼の視界に彼女が入らないよう動いた。無論、下から「何してくれやがる………!」と恨みがましく言われる。
「静かにしなさい!!選手代表!!1―A爆豪勝己!!」
「えーーーーかっちゃんなの!?」
「あいつ一応入試一位通過だったからな」
場の中心となった爆豪は、様々な視線を受けながら登壇する。
「ヒーロー科の入試な」
普通科の生徒だろうか、入試1位という言葉に目敏く訂正した。緑谷は其れを受けて萎縮しつつ肯定する。態々間に入るつもりはないが、そう一々突っかかってこられると思うところがある。元々短気で喧嘩っ早い性格だ。この後潰せば良いか等と考えつつ、その女子生徒に目を向けた。手前のツラ、覚えたからなという牽制だ。バッチリと視線が合ったが、そろそろと視線を外したのは相手の方だった。
「中原………オメー、女子にもそんな顔すんなよ……」
「女子だ何だ関係無ぇだろ。手前で売った喧嘩なら責任くらい持てって話だ」
戦いが始まる前から空気は嫌に冷え切っている。しかし、只の餓鬼同士のいざこざに関わる気もない。何より、そんな小さいことを深く考えようとも思わなかった。
普段から訓練を積み、同級生と比べて幾らか動けることや、進路が見えているからこそヒーロー科が体育祭で注目されるのは当然だ。他学科を下げるつもりはないが、それでも開いた差は大きいだろう。だからこそ、ヒーロー科内でのぶつかり合いに比重を置くことは判りきっている。
視線の先にいる壇上の爆豪も、まっすぐ前を向いていた。
「せんせー……俺が一位になる」
「絶対やると思った!!」
罵声を受けても尚強気な態度を崩す事は無い爆豪に、口角が上がる。
誰が来ても敗北は無ェが。
「さーてそれじゃあ早速第1種目行きましょう。いわゆる予選よ!
毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!!!
さて運命の第1種目!!!今年は………コレ!!!」
爆豪が壇上から降りると、ミッドナイトから第1種目を発表される。画面には『障害物競走』と映されていた。
「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4キロ!
我が校は自由さが売り文句!ウフフフ……コースさえ守れば何をしたって構わないわ!
さぁさぁ、さっさと位置につきまくりなさい!」
要するに、只の障害物競走ではないということだ。
スタート地点は門になっており、其処に向かって全員が動く。参加人数に沿わない大きさの門は狭く、最初の大きな篩と言わんばかり。
誰もが優位に立とうと先頭に向かうことで案の定密集しており、身動きが取れなさそうだ。つまり、初手での広範囲攻撃が生きると考えるのが妥当。従って、中也は最後尾に立っていた。
………コースさえ守れば、何してもいいんだったよな。
洋燈が消灯するのに合わせて息を吸う。
『スタート!!』
その声で、直ぐ様異能力を発動。その場で力を入れると同時に地割れが起きたが、其れも気にせず踏み切った。全員の頭上を初歩で超える中で下を見れば、案の定轟の氷結により足止めされている生徒で溢れていた。
だが、同じA組の連中は想定していたと上手く抜け出し、先を走っている。敵に襲撃された事で状況判断と対応能力が高くなる事は当たり前だろう。
『1−A中原!!最後尾からのスタートにも拘らずアッサリ追い抜いて先頭集団へ合流だ!!』
先頭集団に追い付くところで着地した中也は、そのまま走り出す。これは障害物競走であり、この先は何らかの障害物が出てくるのだろう。
柄にも無く滾る感情を心地よく思っていれば、プレゼントマイクと相澤の実況が聞こえてきた。競争は中継されているらしい。
『第一関門、ロボ・インフェルノ!!』
目の前に現れたのは、ヒーロー科の入試の際に使用された機械人形。寸法はビルをも優位に超す物もあるが、それももう慣れた相手。
「ー……“重力操作”」
自重を重くし、軸足に力を込める。己を踏み潰さんとする機械人形が射程内に入った瞬間、“重力”を乗せて思いっきり蹴り飛ばした。其れは前方にいた敵や生徒を巻き込んで突風と爆音を立てながら吹き飛んでいく。
『ロボ・インフェルノを易々吹き飛ばし、先頭集団を妨害!!
噂に違わぬ実力者だな!!!!』
『だが、それと同時に後続に道ができた』
相澤の言う通りだったが、中也はそもそも後ろを振り返る気も無い。追ってこれるのなら追いついてみろと言わんばかりに走り出す。
先頭集団と見られる生徒の殆どはよく知るクラスメイト。さァ、此処からが本番だと中也は口角を上げた。
「……こちらでお待ちください」
「わかりました」
雄英高校本館に訪れた客人は通された一室内に鎮座する重厚な革張りのソファーに座り、淹れられたばかりのお茶を飲んだ。彼女の視線の先には壁にかけられている液晶画面。其処には、現在行なわれている体育祭が中継されていた。
雄英高校指定の青い体操服姿に違和感が尽きないが、粉塵の中で愉しげに揺れる髪も、真っ直ぐに誰よりも早く突き進んで行く赤を連想する姿も変わらない。
「………彼は、相変わらずですね」
『オイオイ第一関門チョロいってよ!!んじゃ第二関門はどうさ!?
落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!
ザ・フォール!!!』
底が見えない程の断崖絶壁。途中足場はあるようで、其処まで綱が引かれている。対岸までの距離は目測約五百米。そこそこ遠いが、中也の跳躍力は約1万米。日本国内におけるジェット機の飛行高度とほぼ同じであり、事実中也は飛行中の旅客機の翼に降り立った事もある。つまり、この程度渡れないわけが無い。
大体の選手が綱にしがみ付いて這いずって進む中、中也は最短距離を探して呼んだ。
この場合の最短距離は、対岸へ向かう途中の足場が一番少ない道順だ。
「お茶子!!浮け!!!!」
「っ!?」
お茶子の個性は「無重力」。序盤から個性を使い続けるほど体力に自信が無いからか普通に渡っているものの、途中の足場は一回しかないことからこの場面での有用性を考えて動いているみたいだ。
お茶子は俺の声に振り返ったものの、考えを読んだのか静かに頷いた。
競技開始時とは少し違い、中也は上ではなく前へと踏み切る。周りの驚嘆と地割れの音、突風を感じながら一直線に飛ぶ。そして、その途中手綱を離して一瞬宙に浮いたお茶子を抱きしめる。
「舌噛むなよ」
「んっ!!」
此れが競争である以上、跳躍に高度があるとタイムロスに繋がる恐れがある。避ける物が無い場合は、上ではなく前に進んだ方がいい。
『中原アイツマジかよ!!同クラス女子、麗日を回収してたった一歩で第二関門クリアー!!!
つか、お姫様抱っこって!!色々ズリィな!!!』
『最短距離を突っ切っていくと同時に周りの妨害もやってのけたな』
相澤の言う通り、中也が踏み切った場所は地割れが起きており、第ニ関門の穴付近で起こった其れは周囲の縄の固定を緩めていた。
中也は勢いに乗ったまま砂埃を立てつつ着地し、徐々に減速するとお茶子を立たせる。少しだけ震えているようだったが、外傷もなく動けるようだ。
「いっきなり何するん!?びっくりした……!」
「あん?理解したから浮いたんだろうが」
「超必は最後まで使いたくなかったのに!」
「だが一瞬だ。それにお前、トップに追いついた」
これで轟と爆豪も目前。一気に追い抜いた。
「じゃ、先行くわ」
「あ!!私も行く!」
今ので先頭は轟、爆豪。少し空いて中也、お茶子となった。すぐ後ろには飯田や切島達後続が見える。
『先頭が一足抜けて下はだんご状態!上位何名が通過するかは公表してねえから安心せずにつき進め!!
そして早くも最終関門!!かくしてその実態は…
一面地雷原!!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!』
地雷を回避しながら進むのが定石…だが、爆豪は個性により空中を飛んで一直線にゴールに向かう様だ。
元同僚で異能力者、自身が開発した檸檬形爆弾の攻撃を一切受け付けず爆風の中を平然と歩く梶井を何となく思い出した。
地雷や爆弾の殺傷能力は熱より爆風で飛んでくる破片。つまりこの地雷も死者を出さないために火薬や外壁は考慮しているのだろう。だからこそ爆発させないためにわかりやすい位置にある。案の定、近い位置にある地雷を掘り起こしてみれば感圧起爆型の物のようだ。
「爆風、ねぇ?」
中也の個性なら道順を囲ってある有刺鉄線を突っ走るという手もあったが、既に争いながら前を進んでいる爆豪と轟に追いつくことは出来ても追い抜くことは難しいだろう。かと言え、今迄の様に踏み切っていればその反動で前方の地雷が作動するし、着地の時にも同じ様になりかねない。大した威力でも無いとタカを括って行く手もあるが。
「仕方ねぇ」
重力操作もなしに軽く、地雷原へと飛び込んだ。中也はマフィアきっての体術使いであり、身体能力も高い。だからこそ、普通の跳躍でもある程度の高度となる。
地雷の位置はよく見れば判ると言っていた通り、目を凝らせば土が盛り上がり金属が見え隠れしている。感圧起爆型の地雷は、一定の重量が信管にかかることで爆発する。つまり、地雷を踏む直前に重量がかからないようすればいいだけだ。
『中原、地雷原にも関わらず大胆な跳躍!だが、地雷を避けているのか!?爆発しないぞ!!』
『よく見ろ。踏んでるぞ』
『ハァーーー!?!?』
着地の寸前に足元に地雷があるか確認し、有れば自重をゼロにしての片足着地。そしてもう片方で踏み切って跳躍。地雷がなければ普通に跳躍するだけだ。
着地と跳躍を繰り返す体幹と筋力。地雷の位置を目視して動く判断力。そして、類を見ない自身の力の使い方。
決して甘い考えがあったわけじゃない。しかし、最後尾からの怒涛の追い上げに、先頭を走っていた轟は後ろを向くとすぐさま個性を発動しスピードを上げた。
「オラ、追い付いたぞ」
「あぁん!?ハンデでも付けてたつもりなんか!?クソが!!」
「先に行く………!」
「待てやコラ!!!」
爆発の推進力を利用して地に足を付けず移動を繰り返す爆豪に対し、轟の氷結は足場を後続へ与えてしまう。
『ここで先頭がかわったー!!
喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だぁぁ!!』
身体能力に加えて個性の能力値。会場の空気は既にこの3人の誰かが一位を取るだろうと一致していた。
『後続もスパートかけてきた!!
だが引っ張り合いながらも……先頭3人がリードかぁ!!!?』
然し、誰かが、では無いのだ。足場ができるということは、地雷を気にしなくていいという事。
「先に行かせてもらうぜ」
中也は轟の氷結を足場にして軽く跳躍すると、爆豪の背に乗った。
「テ、メェ………!」
「御苦労なこった」
そしてそのまま、跳躍する。足蹴にされた爆豪は中也の重みにバランスを崩し、一瞬で距離が生まれる。然し、其処で立ち止まる爆豪でもなく、直ぐ様先程よりスピードを上げて距離を縮めてくる。
それとほぼ同時だった。
『後方で大爆発!!!?何だあの威力!?
偶然か故意かーーーA組緑谷爆風で猛追―――!!!?っつーか!!!抜いたあぁぁあ』
頭上を緑谷が超えて行くのが見えると、轟と爆豪は狙いを変え、すぐさま緑谷を追った。
「デクぁ!!!!俺の前を行くんじゃねぇ!!!」
『元・先頭の2人足の引っ張り合いを止め、緑谷を追う!!
共通の敵が現れれば人は争いを止める!!争いはなくならないがな!
先頭は一抜けた中原が余裕で地雷原をクリア!そのまま首位を維持できるか!?!?』
緑谷は其の儘着地をしたら追いつけても抜くことはでない。個性を使わず此処まで来たが、念の為と持っていた装甲を地面に叩きつけた。
「ーーー……ラッキィ!」
緑谷は第一関門で個性を使うことがないんだろう。其の場合、先頭にいる中也に追いつくことは難しい。が、彼に続く轟と爆豪は違う。二人の妨害をしたならば、中也に取っては後続を気にせずとも良いということだ。
『さァさァ序盤の展開から誰が予想できた!?今一番にスタジアムへ還ってきたのはスタート最後尾の男…
中原中也!!個性ブッパしまくってた割に余裕綽綽だなぁオイ!!!』
中也に続いて還ってきたのは緑谷、轟、爆豪。先頭は案の定A組が占めており、その後も経験から来る力の差が出た結果になっていた。
「おいお茶子、手前順位落としてんじゃねぇか」
「ハァ…ッ超必使った後は途端に気分悪くなるん知っとるやろ……!」
息を切らしながらそう答えたお茶子は、それでも10位以内に食い込んではいる。
「にしても、中也……あれだけ個性使っといて全然余裕やん」
「当たり前だろ」
前世から使い慣れた力だ。前の様に威力は出ずともその辺の餓鬼に負ける気はしない。
予選通過は42名で、その中はヒーロー科が大体を占めていたが、普通科の奴をはじめ知らねぇ顔もいた。
「中原君。いいかしら」
「あ?」
声を掛けてきたのは主審を務めるミッドナイト。彼女は無線にて連絡を外部講師と取っていたのか、中也にある事を話した。
「そして次からいよいよ本戦!
……の前に、1位通過の中原君は諸事情あってここで棄権となります。ご了承くださいな」
「は?」
「え、」
「アァ!?」
体育祭の重要性については先日言われた通りであり、常にトップを求める生徒にとっても真逆の事態だった。
「ふざっけんなよオラァ!!!」
「納得いかねぇ。理由を説明してもらいてぇんだが?」
中也の棄権に本人よりもキレてんのは何故か爆豪と轟だった。観客からも批判の嵐で、その大きさが自分への期待だと思うと何とも言えない気分になる。巫山戯るなと言う声が大きく、アリーナから物が飛んできた。俺の知る限りじゃ今まで雄英の体育祭でこんなことはなかったと思うが取り敢えず。
「………世界は平等に不平等だ。何時でも誰にでも機会が有るなんざ自惚れてんなよお前ら」
俺の発した言葉はアリーナに届いていないが、周りの選手には十分に聞こえていた。
「現時点で俺とお前等の差がこの結果だ。超えてみろよ。……超えられるもんならな」
この先も戦い抜くためにはと様子見ついでに手加減したところもあるのだろうが、俺にとって今の競技は素で切り抜けられる程度のもの。限界どころか、力の底……最終手段すら見せてはいない。
「〜〜〜!!!上等だオラァ!!」
「来年と言わず、次の授業にでもお前に勝つ」
「………ハッ。言ってろ」
「来客?こんな時に??」
「ああ。急ですまないと思うが、中原君に話があるのだと」
「このタイミングでって事は、あちらもそれなりに譲歩したって事か……」
オールマイトは、政府の要人と共にやってきた警察内の友人である塚内と共にスタジアムの出口に居た。
予選の障害物競走をぶっちぎりで一位通過した中也は、本戦への出場権がある。それでも、これ以上の体育祭への参加は許さないとでも言うかの様に政府が干渉して来た。
一位通過で観客から集まる関心は棄権という形によりブーイングの嵐へと変わった。そんな中でも中也は普段通り澄ました顔で歩いてくる。相変わらず大人っぽくて、それでいて少し危うさを感じる。
「オールマイト?と、確かアンタは………」
「敵連合の事件を担当する警察官、塚内くんだよ」
オールマイトに紹介され、互いに軽く自己紹介をする。
「早速で済まないが、客人を待たせてある。制服に着替えてきてくれ」
「客人………?」
中也は、会場とは打って変わって静かな更衣室で着替えを済ませた。
客人と言われて思い当たる人物は居ないが、先日太宰と会ったことから考えると其れ絡みの事だろう。
オールマイトは体育祭にて重要な仕事があるらしく、更衣室を出た時には既に居なかった。そのまま中也は塚内に連れられて、客人が居るという応接室へ向かった。
「相手は政府の方だから、くれぐれも失礼の無いように。
それから、聞かれたことには答えてくれ」
「………おう」
其奴の出方次第だがな。と思いながら曖昧な返事をするのを聞き、塚内は二度ノックをしてその扉を開けた。
応接室の中央には、気品漂うローテブルがあり、其れを挟んで革張りの三人掛けソファーが鎮座していた。対になるソファから見やすい位置の壁には、体育祭の様子を中継している65インチの薄型液晶画面が備え付けられている。日光が大窓から降り注いでおり室内はとても明るく、申し訳程度に飾られている観葉植物の緑が照らされて艶めいている。
客人はソファーの上座に座っていたのか、その場に立ち真っ直ぐに此方を見ていた。
皺一つ無い黒い背広を見に纏っており、首元には柄物のスカーフが巻かれている。白群の髪を纏めた其奴は、対して会話もした事はないがよく知った人物だった。
「お前は……特務課の小娘!」
「辻村です!!」
要人を小娘呼ばわりする中原に、塚内は内心どんな関係なんだと疑った。しかし、辻村に「彼と2人にして下さい。見張りも要りません」と言われてしまえば退出せざるを得ない。
塚内が部屋から出ていくと、辻村はソファーに座り直した。其れを受けて、中也は遠慮も無しに辻村の正面に座る。
「………お茶でも淹れましょうか?」
「手前は俺と茶飲みに来たってのか?」
「いえ。話をするのに必要であれば、と」
珈琲くらい置いとけや。などと思いながらも此奴は何時此処に来たのか、お茶菓子が置いてあった。湯呑みと急須がもう一組あるからと、辻村が手を付けるより先に自分で煎れる。
「このタイミングで来たんだ。もう体育祭は出られないんだろ。
特務課が俺に何の用だ?さっさと要件を話せ」
来るにしても人選ミスだろと思いながら辻村を見れば、其奴は少し緊張した面持ちで頷いた。
「坂口先輩は忙しい方なので、私が代わりに来させていただきました。
貴方が知っておくべき事と、今後の話をしに」
「ハァン?」
都合で呼び出すくせに、自分は出向かないとは。あの教授眼鏡が、と中也は内心毒づく。
「先日の雄英高校襲撃の際、太宰さんとお会いしたそうで。
彼から連絡が入り特務課が手を回しましたが、少し対応が遅れてしまいました」
「……彼奴とお前等に繋がりが有るって事は」
「太宰さんは現在、潜入任務中です。『equator』幹部、福沢殿の命で」
「ー……『equator』?」
聴き慣れない単語を返すと、辻村は順を追って話しますと一呼吸置き口を開いた。
「そうですね……先ずは私達の今の立場からお話しましょう。
貴方は今現在、此の世界や個性についてどうお考えですか?」
「あ?そりゃ……元の世界で何かしらがあって死に、生まれ直したとか……転生的なものだろ。事実、最後の記憶は曖昧だが抗争中だった筈だ」
「先ず、其処から違います。
この世界は私達が存在していた世界とは全くの別世界であり、『異能力』と『個性』も一見同じ様で全くの別物です」
特務課が態々来るということは、其れ相応の説明を受けるのだろうと思っていた。だが、ここまで奴らは掴んでいて、一体今現在何をしている?太宰や教授眼鏡、探偵社社長の話をするのなら、ポートマフィアはどうなんだ。
「最初は私の母、辻村美月と種田長官…種田山頭火が出会い、共通の認識を持ちました。『生き直している、自分らと同じ異能力者だった者がこの場所には存在するのだ』と。先程貴方が言った考え方をするのが真っ当です。
然し、元の世界とは違い、人類の大多数が“個性”と呼ばれる能力を持つことにより特殊犯罪の数は依然多い。だからこそヒーローという職業がこの世界には存在します」
中也は、辻村の話を黙って聞いていた。
「貴方は、『三刻構想』をご存知ですか?」
「『三刻構想』………?」
『三刻構想』とは、武装探偵社設立の後楯となった伝説の異能力者夏目漱石が考案した構想だ。
戦後の混迷期、昼となく夜となく暴虐の限りが尽くされ幾多の生活が脅かされていた。其れを、昼を軍警と特務課が。夜をポートマフィアが。そして夕刻を探偵社が取り仕切り、街の均衡を保つ事を目的としている。
中也は“生まれてすぐ”擂鉢街にて放浪しており、そこを羊に拾われて王になった。羊は戦争孤児の未成年のみで構成された互助集団だ。略奪や抗争、人買いの襲撃に抵抗するために年端もいかない少年少女が集まりつくられた自衛組織。
中也が何故羊を抜けてポートマフィアに入ったのかは説明するまでもないが、『青の時代』と呼べる一連の出来事で中也は森鷗外を敬愛している。
森鷗外が先代首領を殺しポートマフィアの首領の座に就いたのは、『三刻構想』があったからだと辻村は話した。事実、ほぼ同時期に福沢諭吉は武装探偵社を立ち上げている。
「つまり、ヒーローが存在することで特務課の立場は無いって事か」
「その時は、個性と異能力に違いが見られなかったので。
転生し、家族があった。この世界に生まれた記録があった。だから、其の儘で良かった」
今の生活を大切にし、昔の記憶を掘り起こすのは旧知の仲と出逢った時だけ。そう過ごしていた。
「然し、そうは行きませんでした。太宰治と森鷗外が出逢い、全てが間違いだったと気づいたのです」
「………?」
「この世界の異変について、太宰治だけは気づいていた。
森鴎外殿の勤め先の病院での事です。お二人が触れ合った瞬間、森鴎外殿の異能力は発動した」
「………は?」
「中原さんは気付きませんでしたか?昔と力の扱いが違うことに」
気づいていた。以前の様に力のコントロールはできているものの、最大出力が変わっていることに。先程の障害物競走でも、中也は機械を粉砕できた筈だ。跳躍だって、飛行機の上まで乗れるのだからあの程度苦でも何でも無い。然し、躊躇った。
「………だが、其れは今の俺がこうだからだろ。体の成長と鍛錬で差は出るんじゃねぇか?」
「はい。普通はそう考えます。
ですが、森鴎外殿は太宰治と触れ合った瞬間、元の姿に“戻った”。容姿や異能力、その全てが。
其処で“異能力”と“個性”が別物で有ると認識しました。其れなら、この世界も何らかの異能、若しくは個性により出来たものなのかと」
「全てが元に戻るってんなら、太宰がこの世界に触れれば……」
自分で口にして中也は気がついた。太宰は、生きている。
「触れています。この世界そのものが何らかの能力であれば、彼がとっくに解除している筈です。
ですが、太宰治は存在して居る。つまり、異能、若しくは個性を所持する人間がこの世界に存在して居る……若しくは、『例の本』が原因ではないかと特務課は考えています」
「異能や個性で創造された世界に、無効化の太宰が居る筈が無ぇってことか」
太宰の異能力『人間失格』は触れた相手の異能を打ち消す、そして異能自体を無効化する物。だから、太宰も存在しているこの世界では、全世界に生きる数十億人の個性、異能力者からたった1人の其奴を探し出して触れなければいけない。
然し、現実改変能力を持つ特殊な本の影響ならば。
………
中也は少し考え、其の儘辻村の話を聞く。
「"個性"と"異能力"が別であり、太宰治と森鷗外という異能力者が誕生してしまった事で、特務課は警察庁内に極秘に設立されました。そして、『三刻構想』も」
「異能がある限り、取り仕切る訳か」
「はい。
そして何より、何故我々がこの世界に生を受けているのか。此の世界とは何なのか。その謎を解き明かす為に活動しているのが『equator』です」
equatorとは、英語訳だと赤道だがラテン語訳で昼と夜が等しいという意味がある。つまり、『三刻構想』であり、異能力者と個性保持者のレッド・ライン。
「現在はポートマフィアも武装探偵社も存在しません。
しかし、『equator』は特務課の管理外組織として異能力者の均衡を担っています」
「そんで、その対抗組織として特務課、ってわけか………」
「はい。但し、この世界には“個性”が存在し、それを用いて公的に取り締まる機関『ヒーロー』と云うものが有るので、迂闊に動けません。
ですから、『equator』の戦闘員は全員ヒーロー免許を所持して活動しています。
対抗組織で有ると同時に、『equator』をバックアップしているのも我々です。ですが、それは公的な話。情報の共有は行われますが、それぞれの頂点が別の立場から動いているので管理外です」
………つまり、辻村の話はこうだ。
異能力者の管理と街の保護、異能犯罪の情報統制という今までと同じ活動をしているのは特務課。これは、外国との情報管理や猟犬部隊についても前と同じなのだろう。
そして、『ヒーロー』に扮して異能力者を探しているのが『equator』と呼ばれる組織。其処は所謂『武装探偵社とポートマフィアが統合した存在』らしい。話の流れで行くと、頂点は夏目漱石。そしてその下に首領で有る森鴎外と福沢諭吉。
『equator』は異能力者の確保と、此の世界の謎の究明を主としており、幾ら対抗組織と言えど特務課が警察庁にいる限り善人でなければならない。『equator』は『ヒーロー』として此の世界に紛れている。
個性や異能力、此の世界についての説明は粗方終わったと言うかの様に辻村は湯呑みを手に取った。
「それにしても、よく怪しまれずに太宰治の考え通り動けましたね」
以前使用した暗号でも使っていたんですか?等と辻村は言った。中也はその言葉に臍を曲げ、思いっきり目の前の辻村を睨んだ。
「別に。暗号も何も使う必要なかった」
「はい?」
確かに太宰は恐ろしく頭がキレる為、暗号解読なんかに幅広く成通している。だが、其処で暗号なんぞ使えば更に疑いは増すだろう。
「………まず一つ目『一人称』だ。
最初は昔のように“僕”と話したがその直後は“私”……。コロコロ変えるかと思えばその後は一定だったことから、記憶はあると判断した。その上で二つ目『君みたいなガキ、知らないんだけどな』。他人のフリを何がなんでも貫き通せってことだろ」
自分は知らないフリをするから、お前もそう軌道修正しろ。話を合わせろと。気に食わないし大嫌いだ。本気で死なねぇかなと何時だって思う。
だが、俺は太宰の頭脳と悪運だけは誰よりも信じている。
「そんで三つ目『「話して死ぬか今死ぬか。」「今殺せ。」』……今は、何らかの立場にいて話すことはできない。
襲撃先に俺が居ると知っていたのかは知らねぇが、敵の動きから授業内容は割れていても生徒の個性は割れていない。にも拘らず徹底的なヒーロー対策……多分、太宰は俺が雄英に居ると知らなかった。だから、何も伝える暇がなかった」
否、あの青鯖野郎の事だから知っていたとしても伝える事はなかっただろうが。
何にせよ、太宰は中也の敵だが敵では無かった。
「でも、それは彼が話すだけで了承も何も出来ないのでは……それこそ特別な信頼関「んなもんあってたまるか!」
首領もそうだったが、どいつもこいつも俺と太宰をセットのように扱いやがる。
それは双黒と呼ばれていたからこそなのか何なのか、不本意にも程がある。
「………過去にした会話を繰り返せばいい。アイツは、記憶力が尋常じゃねぇだろ」
過去に一度だけ。初めて太宰とあった時の会話だ。覚えていない訳がなかった。
話を合わせろと言われても其処まで気が回る余裕は正直なかった。彼奴との出会いなんてとっくの昔に忘れたが、それでも同じ会話をすると『昔同じ様なことがあった気がする』と思い出してしまう。所謂、デジャブ体験って奴だ。
「そんで最後だ。「私達が22歳になる頃には」だったな。
次アイツに会うとき、俺はこの学校にはいられねぇんだろ」
辻村は、何も話さなかった。
「太宰が触れると戻るっつったよな?『人間失格』はそういう異能だと知ってるからわかる。
だが、太宰は黒霧っつー敵のワープ個性を使えた。お前が彼方の世界の姿そのままなのは、首領と同じ様に太宰が触れたから。先程話した様に、この世界が何らかの力によるものだとしたとしても太宰にそれは効かない。
触れると打ち消す、無効化する太宰は敵の個性で帰っていった。だとしたら、太宰は俺らとは最初から違う。だから異変に一早く気づいたんだ」
「………その通りです。
太宰治はこの世界における分岐点、彼方と此方を繋ぐ唯一の存在、と考えています。
彼の異能『人間失格』は現在本人の意思でオンオフが可能とされており、異能力者に使うと、あの頃の姿に戻るものと」
ハッ………彼奴の退屈そうな顔が思い浮かんで、笑った。
良かったな、太宰。益々簡単に死ねない体になっちまってよ。
そう笑ってやれば、奴はどんな表情をするのだろうか。太宰は物事の核心に近付く程、奴が其れこそ死にたいくらい強く願う自死が遠のいていく。滑稽だ。笑わずにはいられない。
「………一つ、話して無ぇことがあるな?」
「な、何ですか……?」
「『人間失格』で首領に触れると、元の姿に戻ったつったな。容姿や異能力、その全て」
容姿はわかる。異形とも相手してきたんだ……まぁ、其れが異能じゃねぇ化け物も居たが。異能力も………まぁ、判る」
中也は、綺麗な右手首に無意識に触れていた。
「だが、問題は経歴だ。『equator』の対抗組織でありながらバックアップも行う……だったか?
経歴の詐称は、そりゃ警察組織にいなければできねぇもんな」
「………貴方は、アッサリと其れを言ってのけるんですね」
辻村は観念したように話始めた。
「ええ、そうです。『equator』が異能力者を探し出し、太宰治の『人間失格』により戻す。その際消える『この世界で生きていた総ての痕跡』を全て書き換えて作り上げるのが特務課の新しい仕事です。
森鴎外殿の時は、そりゃもう悲惨だったらしいですよ。………なんせ、彼が担当した患者の診断書は消え、森鷗外の医師免許は愚か、開業医許可証も綺麗さっぱり消失。大騒ぎですよ。
しかし、記憶に変化はない。
端的に言えば、自分が拘ったすべての物から自分という存在が消えるんです」
液晶画面から流れる体育祭の中継が嫌に耳に響いた。きっと、中継されている体育祭の映像だってそうなるのだろう。見た記憶、競った記憶はあれど、記録には残っていない。中也だけがいない映像が残る。
「あのにも『equator』からアプローチがあるとは思いますが……其れ相応の覚悟を」
「覚悟だ?お前が俺に其れを言うのかよ……」
龍と対峙する前に現れた此奴との会話を久々に思い出した。
だが、現状を知る事は出来た。その時が来るまではこの生活が暫く続くのだろう。
『名を上げたいなら、それこそお前の実力なら何だってできんだろ。
なのに雄英を選んだ。それって、そういう事なんじゃねぇか?』
決してヒーローに成れない。なりたい訳でもないと思っていた。
「ヒーロー、か………」
俺が今進んでいる道の先にある形は、きっとそれに近しい何かで。あの日お前がマフィアを抜けた時に抱いた感情と同じなのかもしれない。その考えが正しいと、より確信めいたものを感じた。
話はそれで全てだと言った辻村は仕事が山積みだから帰るとのこと。
二人は応接室を出て、校門までの廊下を無言で進む。
「………ところで中原さん」
帰り際、改まって辻村は口を開いた。その表情に、まだ何か話すべきことがあったのかと耳を傾ける。
「私は異能特務課のエージェント、辻村美月です。貴方が知る坂口先輩の部下です」
「………?それがどうした」
「中原さんは、今、高校生ですよ?」
「あ??」
其れは「年上は敬え」って事か?と辻村を睨む。初めて顔を合わせた時此奴の足元に居た異能からは死の匂いがした。だが、其れでも此奴は中也の敵ではない。
「お前は、初めて面合わせた時から俺にとっては特務課の小娘なんだよ」
「………真坂、中原さん。年上の女性は可愛がり、年下の女性を敬うタイプの人ですか?
女心を理解しているのは良いと思いますが、私は其れ程歳を重ねているわけではないので………「手前、さっさと帰れや!!」
時刻は丁度昼。第二種目は何時の間に終わっていたのか、会場から溢れる様に湧いて来た観客や選手に紛れて其の背中はあっという間に見えなくなった。
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