「なっ中原貴様〜〜〜!!!!」
「体育祭サボって美女と談笑とは何しとるんじゃテメェはよお!!!」
辻村深月を正門まで見送った中也は、どうせ体育祭には出ないのだと制服もそのままに食堂へ向かっていた。
体操服姿の生徒があふれかえる中で制服姿の中也は目立つ。が、気にもとめないまま廊下を歩いていると、先ほどの様子を見ていたのか峰田と上鳴に詰め寄られた。
「煩瑣ぇな……」
「あの美女はどこの誰だコンチクショウ!!」
「……別に、政府の人間だ。この前のことで少しな」
「密室で!?美女と二人っきりで取り調べを!?!?」
「オイオイ、あんま大声出すなって。嫌に目立ってんだから」
荒い鼻息の峰田を砂糖が嗜める。
周囲の視線は確かに良いものではない。二人は唸りながらも納得し、其の儘昼食へ向かう。外には出店も並んでいたが、生徒は安くて量も多い上で美味なランチラッシュのいる食堂へ足を運ぶ者が多い。彼等も漏れ無くそうだった。
「で?上鳴、切島、瀬呂は決勝トーナメント出場だったな」
「見てたん?」
「流し見ながら話してたもんで」
「このまま活躍してプロ入り待ったなしだぜ!?俺は!!!」
「にしてもよぉ、せっかくの体育祭なのに見せ場減って残念だったな中原」
「、嗚呼………」
見せ場、ねぇ。なんて思いながら飯を口に運ぶ。
『貴方にも『equator』からアプローチがあるとは思いますが……其れ相応の覚悟を』
特務課と雄英高校の間でどんなやり取りがあったのか知らないが、あの中途半端なタイミングで関与してきたという事は寧ろそれが目的だったのだろう。
雄英体育祭は嘗ての五輪と呼ばれるほど世界的にも注目度の高い大会。そんな場にポートマフィアの姿を見たら、異能力者は雄英に視線を向ける。中也はとある一件で欧州の異能技師とも顔見知りであり、ヨコハマ外での繫がりもある。つまり、良い生き餌にされたんだろう。
「おいおい切島……中原が決勝まで進んだらもはや優勝確定だろ!?」
「いや、騎馬戦で落ちてたかもな」
「でも中原は指揮も割とできるだろ」
「ああ、そうじゃん」
昼以降は全員参加のレクリエーションと、上位進出者の最終戦となっている。最終戦は毎年何をするのか変わるが、一対一で戦うことに変わりはない。
辻村深月の来訪により特務課の圧が雄英高校にかかったのか、中也の体育祭への参加は無い。然し、他の奴らは学生らしく最後まで選手として参加するのだろう。
「そういや、大会前にお前轟に宣戦布告されてたろ?
アイツとやれなくて残念だったな」
「それな」
「厭、俺は別に轟とやりてぇとは言ってねぇ。彼奴が俺に拘ってるだけだ」
「フーン………」
其れに、中也の手の内は今でも尚全て見せていない。見せられる闘いにならない程の実力差がある。
「騎馬戦、轟と同じチームだったけどやっぱスゲェぜアイツ!
ナンバー2ヒーローの息子は伊達じゃねぇよ」
上鳴は第二種目の騎馬戦で八百万、飯田と共に轟の騎手を務めていた。結果は緑谷チームとB組小大チームの鉢巻を奪い1位だったが、その戦い方にはまだ荒さが目立つ。
「そうでもねぇよ。
作戦の軸は轟だろうが、お前等ならもっと簡単に取れたんじゃねぇのか」
半冷半炎と云う轟の個性は確かに強力だが、今は奴の矜持の影響で戦闘に炎を使わない。そして、その戦い方は"個性"が強力であるが故にワンパターン化している。緑谷に轟チームの鉢巻を奪われた理由はその辺りにあるだろう。
「………機動力として飯田を起用したのは良かったんじゃねぇか?ただ、八百万を防御と移動の補助だけに使ったのは無しだな。
八百万は頭の回転が速く視野も広い。周囲の人間も把握出来てるから対応も無難に熟す。それを、ああして使ったのは勿体無ぇ」
もしも中也が騎馬戦に参加していたら、どんなチームでどんな戦いになっていたのだろうか。誰と同じチームだろうが、ルール上騎手を落とさず鉢巻さえ持ち続ければ敗退はない。棄権にならなければ緑谷が所持していた一千万点は中也の得点だったわけだし。
「中原は実際、最初の戦闘訓練で一対一で轟に勝ってるもんな」
「轟の攻略法とかあんのか?」
「有る………が、其れを俺が今言うのは平等じゃねぇだろ。頭使え」
「ヴッ」
一対一の勝負において勝敗を分ける起点は力量と運だ。力量とは、主に戦闘能力の事。何が出来て何が出来ないのか。1人で何処まで対処できるのかという点で、其処には戦力や戦術、経験値と戦う場によって変わる。だからこそ、運だ。如何に自分が得意な場で勝負できるのか、どうやってそこに持ち込むのかが鍵になる。
集団戦だと個人の力量の差に加えて連携や戦略が加わってくるが、基本的に数が多い方が有利だ。
全ての生物は闘い、学習することで生存競争を勝ち抜いてきた。
人に教えを請うことも重要だが、自ら思考し実践に移すことこそ大切だと中也は考えている。それは、中也自身が自分の異能力の強力さを自覚しているからこその事だった。
知能戦は時として戦いの流れを変える。人数の違いや手札の違いが主である事に間違いはないが、それは真っ向から戦った場合の話だ。
太宰治の、最早芸術的とも呼べる厭がらせに何度も煮え湯を飲ませられたり。戦いの序盤で本の中に閉じ込められ、五百人シバき倒していたら戦いが終わっていたり。
戦略、計略、策略、陰謀。そういった「何かを成し遂げる為の手段」は多ければ多いほど良い。中也の目論見を止めた2人は、其れを呼吸するように張り巡らせることができる人物だ。
そして、中也は個人でも相当な成果を挙げられるからこそ、事前に対処をされることが多い。
「何にせよ、良い試合を期待してるぜ」
「煽るだけ煽って勝ち逃げとはな…」
「爆豪キレ散らかしてたぞ」
「良いじゃねぇか」
「ドコが??」
爆豪も轟も、自分を越えようと藻搔く様が他より必死で良い。
圧倒的な実力差を見せつけられて諦め、逃げに走る者が多い中で闘争心を持ち続けることは賞賛に値する。だからこそ、二人にとって今足りないものが何なのかを知っている中也は今後が楽しみで仕方なかった。
『最終種目発表の前に、予選落ちの皆へ朗報だ!
あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!
本番アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ………ん?アリャ?
どーしたA組!!?』
本戦に進めなかった生徒も参加するレクリエーションは、今までの2種目と比べれば和気藹々としており欠伸が出るもの。ただ、一つ気になる事があった。
「………何してんだ彼奴等」
元々こういった企画があったのか、其れ共誰かしらの趣味なのか。1年A組の女子生徒は漏れ無くチアリーディングの衣装を纏っていた。
気落ちしているらしい八百万は兎も角、楽しそうな葉隠や芦戸が目に入り、当人達が良いなら良いと思い返す。
『さぁさぁ皆楽しく競えよレクリエーション!
それが終われば最終種目。進出4チーム16名からなるトーナメント形式!!一対一のガチバトルだ!!』
大きな画面に映し出されているのは、ピラミッド型のトーナメント票。一対一で順に戦い、雄英高校1年生の強者が決勝にて決定する。
本戦に出場16名がアリーナの中央に集められた。
「それじゃあ、組合せ決めのくじ引きしちゃうわよ。
組が決まったらレクリエーション挟んで開始になります!
レクに関して、進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね。
んじゃ、一位チームから順に「あの………!すみません」
ミッドナイトの言葉を遮って挙手したのは、尾白だった。彼は何か思い詰めた表情で言う。
「俺、辞退します」
突然の辞退宣言に、スタジアムがざわついた。雄英体育祭の意味を知っており、尚且つヒーロー科ならばこの状況で降りる選択は無いはずだと。
「尾白くん、何で……!?」
「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」
驚きを隠せず理由を尋ねると、尾白は胸の内を明かすように理由を話始めた。
「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかないんだ。
多分、奴の”個性”で…」
尾白に「奴」と呼ばれたのは、入試にて中也が意図せず助けた男子生徒。普通科の心操人使。
心操の"個性"が何なのか。彼が尾白に何をしたのかは判らないが、此れが勝負の場である以上心操を責める事はできない。何より、尾白は彼を責めるつもりも無かった。
「チャンスの場だってのは分かってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも……!」
「尾白くん……」
「でもさ!
皆んなが力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて……俺は出来ない」
「気にしすぎだよ!本戦でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」
「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」
「違うんだ……!俺のプライドの話さ……俺が嫌なんだ。
あと、何で君らチアの格好してるんだ……」
尾白の決意は変わらないらしい。そして、尾白と同じ心操の騎手を務めていたB組の庄田も手を挙げた。
「僕も同様の理由から棄権したい!
実力如何以前に……何もしてない者が上がるのはこの体育祭の趣旨と反するのでは無いだろうか!」
「なんだこいつら………!!男らしいな!」
結果ではなく過程を大切にした結果、自分で納得ができないからこその棄権なのだろう。
最終的に主審のミッドナイトが「そういう青臭い話は好み!!!」と彼女の趣向により庄田と尾白は棄権扱いとなった。自由な校風がウリなだけはあり、細かなルールは全て主審に委ねられるらしい。そして繰り上がりの2名は、話の流れから鉄哲と塩崎となった。
『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間、楽しく遊ぶぞレクリエーション!』
少し時間がかかったもののトーナメントが決定し、レクリエーションの時間となった。
レクリエーションは基本全員参加となる。種目は借り物競争、大玉転がし、三角ベースの三つ。
本戦に進む生徒は任意での参加となっているため、姿が見えなかったり観覧席で休んでいる者が多い。しかし、折角の体育祭だからか瀬呂は峰田と砂藤の3人でチームを組みB組と対戦しているし、チア衣装の女子は、応援を楽しんでいるようだ。
「中原誰見てんの?まさか、チアにときめいちゃった………!?」
「殺すぞ」
「ごめんて」
上鳴に揶揄われたものの、事実中也は女子生徒を目で追っていた。無論、中也の視線の先に居たのは従姉妹である麗日お茶子。
本戦に進んだお茶子の対戦相手は、初っ端から爆豪だった。
爆豪は女子相手であろうと手加減はしない。中也に勝つことを考えているのであれば重力対策は当然考えているだろうし、十中八九爆豪が勝つだろう。
お茶子が平常心を取り戻そうと競技の応援をしていると分かった上で、中也はそんな所にいて良いのかよと言いたげだった。この場合、爆豪への対策を練るなり体を休めるなりした方が有意義ではないかと。
『いいなぁ………中也は』
従姉妹同士の二人は、幼少期から家族間の付き合いがあった。
中也はあちらの世界での記憶があった為、他の乳幼児と比べると手のかからない子どもだった。一緒に育ってきたとは言えないものの、お茶子は中也にとって血縁者であり家族に等しい。両親以外で自分に近しい、妹的存在として見ていた。
しかし、個性が発現して自我が芽生えてくるとその関係は徐々に変化していく。お茶子が幼い頃からヒーローに憧れを抱いていたと知っている中也だから、彼女の感情に寄り添い応援したいという秘めた思いがあった。
『サンキューセメントス!
ヘイガイズアァユゥレディ!?色々やってきましたが!!結局これだぜガチンコ勝負!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!分かるよな!!心・技・体に知恵知識!!総動員して駆け上がれ!!』
レクリエーションが終わると、混凝土を操る"個性"のプロヒーローであり教員のセメントスが、アリーナの中央に勝負の混凝土を作る。
プレゼント・マイクの声により、会場の高揚感と比例して参加選手の緊張感が高まっていた。
そして注目の1回戦。ヒーロー科A組の緑谷と普通科C組の心操の試合が始まった。
『ルールは簡単!相手を場外に落とすか、行動不能する。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!!
ケガ上等!!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!!道徳倫理は一旦捨ておけ!!
そんじゃ早速、始めよか!!レディィィィィSTART!!』
開始、と同時に緑谷の体が停止した。
『オイオイどうした大事な初戦だ盛り上げてくれよ?!
緑谷、開始早々――――完全停止!?アホ面でビクともしねぇ!!心操の”個性”か!!?全っっっっっ然目立ってなかったけど彼ひょっとしてやべぇ奴なのか!!!』
緑谷は、そのまま心操の指示により場外へ歩く。
心操人使の個性は"洗脳"。心操に呼応した人間の意識を操作できるらしく、手の内をギリギリまで明かさなかった彼の策略に完全に嵌ったのだろう。
「へェ………」
然し、この試合で心操の手の内は明るみとなった。呼応という条件がある以上、今後の戦いは厳しいものがあるだろう。
何も出来ずに敗退かと思われた緑谷だったが、彼を起点とした大きな衝撃が走った。
『――――これは……緑谷!!とどまったああ!?』
何をしたのか知らないが、洗脳に抗い個性を無理やり発動させたらしい。緑谷の指は赤く腫れており、どう見ても何時もの重傷と見える。
緑谷が動いた以上心操は再度洗脳を掛けるために呼び掛けるが、緑谷は其れに応じない。終いに場外への背負投により緑谷の勝利が決まった。
「心操くん場外!!緑谷くん2回戦進出!!」
ミッドナイトが高らかに宣言すると、戦っていた2人がアリーナから降りる。心操は普通科のクラスメイトに声をかけられており、ヒーロー科を目指すことを諦めないらしい。
「爆豪も背負い投げられてたよな」
「黙れアホ面……んのクソが……!」
「相手が体術慣れしてなくて良かったな。完全に狙ってた」
緑谷は相手の動きを読む事がそこそこ出来るらしく対策も事前に考えているのか、割と柔軟に対策できるらしい。
「同じ事思ってんじゃねー!!」
緑谷の幼馴染であり対応される筆頭の爆豪は、中也と同じ思考だったのかここぞとばかりに噛み付いた。
『お待たせしました!!続きましてはーーこいつらだ!
優秀!!優秀なのに拭いきれぬその地味さは何だ!ヒーロー科瀬呂範太!!対2位・1位と強すぎるよ君!同じくヒーロー科轟焦凍!!』
昼時に轟対策について話さなかった事もあり、瀬呂がどのような策を考えたのか中也は興味があった。
瀬呂にとって轟は氷結・燃焼共に相性が悪く、個人の戦闘能力で言判断すると轟に軍配が上がるだろう。だが、轟は個性を相手に向けて使用する際、細かな調節を手でイメージするようにして行う。
"個性"を使われたらアウトだぞ、とアリーナに視線を向ける。何処か緊張感を楽しんでいる様な瀬呂に対し、轟の表情は暗く視線は鋭い。然し、轟は対戦相手の瀬呂ではなく他の事を考えているようにも見える。
『START!!』
「まァーーー……勝てる気はしねーんだけど…
つって負ける気もねーーーーー!!!!!」
先手必勝。開始の合図と共に瀬呂はテープを伸ばして轟の動きを封じると、そのまま場外へ放り投げる。
テープの強度がどれ程あるのか。その操作がどの程度出来るのか知らないが、瀬呂は出来る限りでの轟対策を考えていた様だ。
『場外狙いの早技!!この選択はコレ最善じゃねぇか!?正直やっちまえ瀬呂――――!!!!』
「悪りィな」
だが、これで勝負が決まる等とは考えていない。
轟が口を開いたのか零れた冷気。其れを見逃さなかった中也は、前屈みになっていた姿勢を正した、その瞬間、視界の全てが氷で覆われる。
スタジアムから突出する程の巨大な氷塊があってはアリーナの様子など判らない。しかし、瀬呂に場外へ放り出される前に捕縛されたまま一瞬でこの氷塊を出したとするならば、瀬呂は今頃凍りついているだろう。
「いやぁ……これは無理っしょ」
「ど、どんまーい」
「どんまーい!」
審判が下すより先に会場で響き渡るコール。
轟の"個性"は確かに強力だが、それ故に扱いが大雑把。最初の一撃で決めようとする癖でもあるのか、自身の視界さえも覆ってしまう氷を張ることに慣れてしまっている。
最初の戦闘訓練から変わらないなら、中也に勝つなど夢のまた夢だ。
「瀬呂くん行動不能!!」
ミッドナイトの声で対戦が終わると、轟が個性を使用しているのかジワジワと氷塊が溶ける。
「ぅえ、上!」
大きさが大きさなだけはあって時間がかかるからか、氷塊が一部妙な崩れ方をして観客席へ落ちた。それを見た爆豪が爆風で軌道修正を試みたのか掌を向ける。
「やめとけ」
爆豪を制した中也は、人の何倍もある大きさの氷塊を片手で受け止め、そのまま粉々に砕いた。形は均等ではないものの、砕かれた氷塊の大きさは全て小指の爪にも満たない。宙に浮いたその全てを近くの排水溝付近に集約すると、氷の粒は山を作った。まだ夏には遠いが、時間が経つと全てが溶けるだろう。
「テメェの"個性"………重さ変えるだけじゃないんか」
「俺の力は『重力操作』だが、触れたものの重力のベクトルと強さを操ることができる。今のは、氷塊の重力じゃなく氷塊に掛かる重力を操っただけだ」
中也は簡単に説明するが、其の実『重力操作』はかなり多彩な使い方が可能の為コントロールは複雑だ。
何十キロもある氷塊を浮かせた上で重力を掛けて細かく砕き、幾つもの氷の粒を全て浮かせて移動する。そんな、複雑で繊細な作業を中也は勘と熟練度で当たり前のように行っている。
そして、中也の指にはお茶子と同じ様な個性に関連した器官が存在しない。触れたものの重力を操作するとは言うものの、ある程度離れていても地面から能力を伝播させることで重力操作が可能となっている。
「…………ケッ」
試合を控える爆豪にとって個性を温存する為に中也の制しを聞いたが、自然に実力差を見せつけられたような気分になる。アリーナでは未だ氷塊の撤去作業を行っており、試合再開には時間が掛かりそうだった。
氷塊の撤去作業が終わると、試合が再開された。A組の生徒が多く出場している為に彼等の実力を再確認しつつ、他クラスの生徒の"個性"を見ては対策を考える。
「次、ある意味最も不穏な組ね」
「ウチ、なんか見たくないなー」
結果はなんとなく判るものの、その過程がどうなるか判ったものではない。そんな、爆豪とお茶子の試合が始まろうとしていた。
『一回戦最後の組だな…
中学からちょっとした有名人!!堅気の顔じゃねぇ、ヒーロー科爆豪勝己!!対……俺こっち応援したい!!ヒーロー科麗日お茶子!
START!!』
開始の合図と共にお茶子は爆豪へ向かって走り出す。
中也と違ってお茶子の『無重力』は触れなければ浮かせられない。本人の戦闘能力も高くは無く、"個性"・能力共に優れている爆豪を相手するのは中々に骨が折れるだろう。
爆豪は容赦なくお茶子を狙い爆破を仕掛ける。
「うわぁ……モロ!!女の子相手にマジか……」
「……」
爆煙の中でお茶子の影が動く。爆豪がすかさずその影を捉えるが、それは彼女が着ていた体操服だった。
『上着を浮かせて這わせたのかぁ。よー咄嗟に出来たな!』
体操服を囮に背後に回ったお茶子に、地面に手を付けたままの姿勢から爆豪が腕を振り上げ、爆破で攻撃する。
お茶子に触れられると浮かされると判っているから、その前に距離を取りつつ迎撃しているのだろう。
「見てから動いてる……!?」
「あの反応速度なら煙幕はもう関係ねぇな」
「触れなきゃ発動できねぇ麗日の”個性”。あの反射神経にはちょっと分が悪いぞ…」
周囲の酷評はもっとも。しかし、勝敗の予想はついていただろうが、中々にお茶子は健闘している。
「分が悪かろうが、優勢だろうが。真剣勝負で手を抜く奴は総じて糞だ」
「相変わらず麗日に厳しいよ中原!」
「手前は真剣勝負で手を抜かれて嬉しいのかよ?」
それは、そうだけどよ……と上鳴は言い淀む。中也はアリーナから視線を外さないままに言葉を続けた。
「それに………お茶子が実力差を理由に勝負を投げる様なタマかよ」
爆破の度に体勢を崩すも低姿勢で奇襲を試みるお茶子だったが、爆豪はそれを正面から破る。単純に、"個性"としての戦闘値の差が出ていた。
『な………!なんで中也がここにおるん!?』
異能力は個性の完全なる上位互換であり、この先永遠にお茶子は俺に勝つことができないと生まれながらに決定している。似ている個性でも、許容範囲に差がありすぎるのだ。
然し、その事実を知らなかった頃から"個性"がよく似ていると言われてきた二人には、微妙な溝があった。
『いいなぁ………中也は』
『アァ?』
『私は浮かすだけやもん。中也みたいになんでも出来たら、もっと強くなれるのに』
あの世界で自分の出生を知りながらも闇で生きる事を選んだ中也は、この世界に最初から順応していたわけではない。
確かに乳飲み子の頃は物静かで手がかからない子だと評判だったが、中也には記憶があった。成長するにつれて、その歪さは表面に現れる。
生活に不満があるわけでもない。ただ、一人息子の自分を安じてくれる両親に感謝こそすれど、何処かそれを享受してはならないものだと思っていた。
肉体ではなく、魂とも呼べる心で判断して生きてきた。やりたいようにやってきたからこそ、記憶の中の自分の行動を無かったことにはしたくはない。
『俺の家族は、ポートマフィアですから』
親族に対して微妙な心持ちの中也は、親戚が集まる場でもなんとなく一人になることが多かった。そんな時に決まって彼を探しに来るのはお茶子だった。
『それ、おもしろい?』
『………そこそこな』
『ふうん。…………中也、むずかしそうな本よむんやね』
『お前には確かにそうかもな。
もう少しお姉さんになったら読んでみろよ』
『む………お前って言っちゃダメなんだよ』
『…………』
二人は特別仲が良いわけではなかったが、沈黙は嫌なものではなく会話も交わす。二人に"個性"が発現する以前は、それこそ遊んだりもしていた。
『中也くんは凄いね』
『きっと凄いヒーローになれるよ』
中也が褒められる度に、お茶子は自分と彼を比較した。
『ウチに就職する!?』
『うん!!
大きくなったら、父ちゃんと母ちゃんのお手伝いする!』
『気持ちは嬉しいけどな、お茶子。
親としては、お茶子が夢叶えてくれる方が何倍も嬉しいわ』
何時も疲れた顔をしていた両親を見るのが辛かった。元気で笑って暮らしてほしい思いでそう言ったお茶子に、両親はとても優しかった。
初めてヒーロー活動を目にした時、ヒーローの活動よりも周囲の人の表情に目がいった。ヒーローを見つめる瞳はキラキラと輝いていて、どんなに苦しい展開でも希望を捨てずに応援する。そんな姿がとても素敵で、人の喜ぶ顔が好きだった。
困ってる人を助ける事は当たり前で、憧れたヒーローになってお金を稼ぐ。そうお茶子が決意するのに、時間は掛からなかった。
『中也はヒーローになるん?』
『………向いてねぇよ』
『ふーん………』
『お茶子はーーーー』
同じ歳で、似た"個性"。似ているだけで、できることの幅は圧倒的に中也の方が上だ。年頃の少年少女が周囲と自分を比較するのは自然であり、そこで何を思うのかも普通のこと。
………確かに、麗日お茶子は中也の完全な下位互換だ。
其れでも、彼奴は諦めない。
「まだまだぁ!!」
繰り返す攻防の最中に上げたお茶子の本気の叫び声に、中也は口角を上げる。爆豪にとっては嘸かし気の抜けない戦いだろう。
しかし、中也の様に純粋に真剣勝負を観戦している人間ばかりでは無かった。
『休むことなく突撃を続けるが……これは……』
「……あの変わり身が通じなくてヤケ起こしてる」
「なァ止めなくていいのか?大分クソだぞ……」
「見てらんねぇ……!!
おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ」
爆豪への非難の嵐に、中也は眉を寄せる。折角の試合に水を差された気分だった。
「プロヒーローってのも、案外大したことねぇな」
中也の大きな独り言は周囲によく響いた。
「おい、中原?どうした?」
「免許持ってれば誰でも英雄と名乗れる世の中で糞みてぇな偽善振撒くのは、只の敵より余っ程タチが悪ぃ。
学生の勝負ですらまともに理解出来ねぇなら、どっちにしろ現場で直ぐに潰れんだろ」
中也の煽るような言葉に観戦していたA組の生徒は冷や汗が止まらない。
当たり前に聞こえていたらしい野次を飛ばしていたヒーローが中也に視線を向ける。其奴が口を開こうとした瞬間、実況席に居た相澤の声が響き渡る。
『今、遊んでるっつたのプロか?何年目だ。シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。
ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。
本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねぇんだろが』
相澤の声に黙り込む周囲。スタジアム上部に位置する実況席を見上げた面々は、上空を見てハッとした。
低姿勢で攻め続け、爆豪の反撃を受け続ける。その間に抉れた混凝土を気付かれない位置に浮かし続ける。彼奴の許容範囲を考えると、そう長くは持たない策だった。だが、武器も何も無く圧倒的に劣勢の中で出した策としては良い筋だろう。
「勝ぁアアァつ!!!」
お茶子が両手の指先を合わせた途端、宙に浮いていた大量の瓦礫がアリーナへ降り注いだ。
『流星群――!!!』
泥臭くとも勝ちを手繰り寄せる執念。お茶子がそこ迄する根幹はヒーローになりたいという純粋な思いだけだった。
しかし、爆豪の今までとは比にならない程の爆破によりその全てが砕かれる。
『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々―――正面突破!!』
お茶子の策を破った爆豪は、直ぐ様攻撃に転じた。然し、お茶子は力が抜けたように崩れ落ちる。
「……許容ーーキャパ超えたか」
己の限界を迎えても尚感じる気迫。然し、動けないとあっては勝敗が決した。
気持ちの強さは勝敗に関係無い。どんな意思を持っていようと戦う以上勝敗は決するし、実力以上の力を感情で引き出せる事は決して無いのだ。お茶子が本気で勝とうとしていた爆豪もまた、本気で優勝を狙っているのだから。
「麗日さん……行動不能。2回戦進出爆豪くんーー!」
プレゼント・マイクの気の抜ける声を聞きつつ、中也は席を立った。
「席外す」
「お、おう………」
麗日に声でも駆けに行くのかな、と珍しい行動をする中也に生徒は視線を向けた。
「………?何だよ」
「中原ちゃん、お茶子ちゃんに厳しいって言われてたけど。逆だったのね」
誰よりもお茶子ちゃんに優しいわ。と蛙吹は笑顔で言った。中也はうざったいとでも言うかのように眉を寄せる。
「別に。手洗いに行くだけだっつーの」
「ケロ」
トーナメントの1回戦が終わると、小休憩が設けられている。中也はそのタイミングで御手洗を済ませると、其の儘選手控え室へと向かう。蛙吹が言った通りではないが、それでも足を向けずにはいられなかった。
選手控室の前でお茶子の嗚咽が聞こえたのを確認して躊躇いなく扉を開けると、親と電話をしていたのか携帯を耳に当てたまま溢れる涙を拭っていた。
「邪魔するぞ」
「っ!?中也!」
2回戦が始まったのか、歓声が遠くに聞こえる。お茶子にタオルを投げると、彼女はそれを素直に受け取り涙を拭う。
「電話、良いのか」
「あぁ、うん。大丈夫。どないしたん?」
「別に。ツラ見に来ただけだ」
心配をしていた訳では無い。ただ、ずっとヒーローを必死に目指す彼女を見てきたから、何も話さずとも行こうという気になっただけだ。
お茶子はそんな中也を見て、不器用な人だと思った。彼も、自分も。
嫌っているわけではない。ただ、一番身近にいる凄い人だから自分もそうなりたいと思う反面『自分にも中也の様な力があれば』と思ってしまう。
「あれが、今の私の精一杯や。
中也みたいに重力操作で無尽蔵に武器を作れんし、」
「………おう」
「でも、それでも自分で考えた最善やったと思う。爆豪君に全然敵わんかったけど」
「…………」
「中也は結果出さなきゃいかんって言うんやろうけど「言わねぇよ」
お茶子は赤くなった目を丸くして中也を見つめる。控室の扉に背を預けた中也は、入室してタオルを投げただけでお茶子に近寄る事はなかった。普段と変わらない真っすぐな視線でお茶子を見るだけの中也は、彼女を心配していないのだから勿論慰める気も無い。
「確かに、これから先のことを考えるとまだまだお前には足りねぇもんが多い。散々な結果だった……が、良い勝負ではあったと思うぜ」
「〜〜〜っ!
なんで、何で……今日に限ってそんなこと言うん!」
「今日に限ってたぁ随分な言い草だな………昔言ったろ。
お茶子はヒーローに向いてるって」
お茶子は「あ、」と口を開いた。
『いいなぁ………中也は』
『アァ?』
『私は浮かすだけやもん。中也みたいになんでも出来たら、もっと強くなれるのに』
『"個性"の強さだけがヒーローかどうかを決めるわけじゃねぇだろ』
『そうは言うけど………
中也はヒーローになるん?』
『………向いてねぇよ』
『ふーん………』
『お茶子は向いてるよ』
『え?』
『手札があっても、其れだけじゃ英雄には成れねぇ。
俺は、お前が本気で目指すんなら絶対に英雄に成れると思う』
中也が告げた言葉は、励ましでも何でもない。ただの彼の思いだ。
お茶子はそれを聞き、思い出すと箍が外れた様にまた涙を流し始めた。
「ゔぅ………悔しい!すっごい悔しい!!
私、もっと強くなるから………!」
「………おう、」
「私、もう二度と………中也みたいな個性だったらなんて言わん」
「ハッ………そうしろ」
「そうする!」
中学迄は違ったが、今は共に雄英高校ヒーロー科の席で「自分の将来」について日々学んでいる。
お茶子の焦燥も理解は出来る。もっと自分に力があればと願うのは当たり前のことだ。然し、どんなに彼女が中也の"個性"を羨んでも其れが手に入る事はない。それどころか、中也はお茶子の"個性"が『無重力』で良かったとすら思っていた。
『重力操作』という個性ならまだいい。然し、中也の其れは個性ではなく特異点生命体『荒覇吐』だ。力の底等、見せられるわけがない。
「次、デク君と轟君の試合やろ?戻ろ」
「嗚呼………その前にお前、目冷やした方が良いぞ」
「ああ〜ハイハイ………え、そんな酷い??」
「保健室行くか」
「もう行ったからいい。デク君応援したいし………そういや、中也だって轟君の試合見たいんとちゃうん?」
仲良かったよね、なんて話しかけてくるお茶子に「仲良くねぇ」と応える。
ただ、轟の生い立ちや心境を知ってしまってから少しだけ気に掛けつつあるだけだ。
『試作品・甲ニ五八番』
より強い個性をデザインする為の結婚。所謂"個性婚"で両親の掛け合わせにより生まれた半冷半炎。それでも轟焦凍に其れは宿ったものであり彼奴だけが扱える彼奴だけの力だ。
そんな"当たり前のこと"に、早く彼奴も気づけば良いのにな。
お茶子と観覧席に戻ると、丁度試合が開始されるところだった。
結局二人で戻ってきたのね、と何処か生暖かい視線を送られる中也は大きく舌打ちをした。
緑谷の超パワー回避の為開始早々氷結で堅めに行く轟だが、緑谷はそれを指を犠牲に破壊する。腕ではなく指、殴り飛ばすのではなく弾き返しているから回数はこなせるのだろうが、轟相手に持久戦は難しいだろう。何より、一目で判る指の怪我。痛覚が有りながら躊躇いなく其れを選択してしまう緑谷には敬意どころか恐怖を覚える。
今まで見てきた奴らの中でも一際緑谷の個性は異質で、体と個性が全く合っていない様に思えた。暴走と迄は行かないものの、使用によりその身を滅ぼすような力。
「ゲッ、始まってんじゃん!」
「お!切島、2回戦進出やったな!」
眉を顰めた時聞こえてきた切島の声により意識が引き戻された。
「そうよ。次のおめーとだ爆豪!」
「ぶっ殺す」
「ハッハッハッやってみな!
とか言って、おめーも轟も中原も、強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー…」
「ポンポンじゃねえよ、ナメんな」
「ん?」
「筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし、走り続けりゃ息切れる……
個性だって身体機能だ。奴にも何らかの限度はあるはずだろ」
「考えりゃそりゃそっか………
じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に……持久戦か!」
ここまでの試合を全て一瞬で終わらせた轟だったが、緑谷はそれに抗うように自損覚悟の"個性"を使用する。爆豪の言う通り個性は身体機能の一部で、何らかの欠点は有る。然し轟の場合は違う。
「体温低下に伴う身体能力の低下、か」
「!………威力上限じゃなく、使えば体温を奪う」
「嗚呼。だが、其れを自らカバーできる半冷半炎だからな。
………使った所なんざ、まともに見た事無ぇ。そもそも、使うとも思えねぇがな」
「………」
轟の"個性"は左右で相殺できる。然し轟は『父親の炎は使わずに1位になり、父親を完全否定する』と考えているために使用しない。
轟が私怨に走るのも理解は出来るが、その行為は一体何処まで続けるのかと云うのが疑問だった。
「テメェは知っとんのか。半分野郎が炎使わん理由をよ」
「本人に聞いたからな。………ま、周囲は兎も角其れで彼奴が負けたとしても何とも思わねぇんじゃねぇか」
最初の訓練で中也にそうだった様に受け入れて。そして、本番でいつかは死ぬだけだ。
「中也は基本蹴りしか使わんよね。何で?」
脳無を相手にした際は衣嚢から手を抜いたが、そもそも中也は日常生活の中でも手袋を嵌めるなど目に見えて手を封じている。
『そうすりゃちっとは愛着が湧くかと思ったんだ。
模様に過ぎねェ俺を、この体の主人じゃねぇ俺って人間をな』
「………別に。使う機会が無いだけだ」
「………ふうん?」
「ケッ」
本気を出せる相手なんて、そう居るものではない。ましてや、自分の底だなんて。
「全力で!かかってこい!!」
緑谷の咆哮が会場に響く。緑谷の腕と指はもう既に使い物にならない筈だが、尚も個性を使い轟と向き合っている。
「一発決めやがった!」
「轟も、なんか動き鈍いな…!?」
轟の境遇と苦痛は、他人が理解できても共有することは一生出来ない。出自が特殊な中也ですらそうなのだ。同じ様に個性婚で産まれた人間がこの世に居たとしても、轟の気持ちは彼だけのものだから。
だが、轟はそれをきっと消化する。時間を掛けて向き合い、乗り越えていける。何故ならその個性は、
「君の!力じゃないか!!」
緑谷の叫びが鼓膜を震わす。その言葉が、轟の纏う空気を壊す。
次の瞬間、アリーナが赤く揺らめいた。
「左、使いやがった………」
轟の炎と緑谷の衝撃波により散々冷やされていた空気が膨張し、大爆発を起こした。その威力と今までの無茶で緑谷は場外まで吹き飛び戦闘不能となる。
「………行かんくていいん?」
「いい。………どうせ後で顔合わせんだろ」
お茶子は飯田や峰田と一緒に救護室に走って行った。
「………個性だって身体能力、当たり前のことだ。
なぁオイ、重力野郎…………お前の底は何処なんだよ」
「…………」
爆豪はそう言い残し、観覧席を後にした。
「……確かに、中原も許容範囲も無いよな。麗日みてぇに吐いたりしねぇし」
「そうですわね………正直、中原さんの個性の扱い方には目を見張るものがありますわ」
どんなに興味を引いても、好奇心を抉られても話すことはできない。
「俺の力の底は、時期が来たら見ることになンだろ。戦闘訓練ならいつでも相手してやる」
「んだよ勿体ぶってよ!」
勿体ぶってる訳じゃない。見せる機会なんぞ、無いに越したことはない。
『そういや、異能力者の存在はどんだけ認知されてるんだ?』
『認知度ですか………そうですね。先ず一般市民は知らないも同然です。噂ですら巡らないのは、上手くヒーローと紛れている証拠でしょう』
確かに、異能力者の隠しきれない戦闘痕から噂が流布したところはある。個性事故が多発している世の中で混同されるのも無理はない。
『ヒーローの中で囁かれるくらいですかね?何にせよ、異能力者が絡んでいる事件はどれも重大事件に発展する機会が多いのでプロヒーローの中でもより多くのそういった現場に出向いている方でしたら知っていても可笑しくは無いです』
異能力と個性は違う。中也は今は未だ個性保持者だが。それでもそう安々と見せられるものではない。汚濁は。
『さァいよいよラスト!!雄英1年の頂点がここで決まる!!
決勝戦、轟対爆豪!!
今!!スタート!!!』
開始と同時に轟の氷結が爆豪を襲った。しかしそれは瀬呂戦で見せたほどの規模は無く、爆豪を警戒していることがわかる。
『能力が未知数の相手に自分自身の視界を遮るのも、愚策だろ』
轟の初手は、氷結で相手の動きを止めるというのが決まっている。大抵の奴ならば其れで終わりだろうが、中也や緑谷。そして爆豪の様に対応して来る奴が居る場合炎を使用した方が効率的だ。
しかし、先程の緑谷戦の様に炎を使用する気配は見せない。それが余計、矜持の高い爆豪を煽る。
地鳴りの様に鳴り響いていた轟音と共に轟の氷結から出てきた爆豪は、すぐ様爆破で跳躍し轟の頭上に回る。素早く左側を掴み、場外をめがけ放り投げた。爆豪に投げ飛ばされた轟は、自身の氷結で壁を作り出し場外を防ぐ。
「………爆豪の戦闘センスは中々の物だな」
「お、中原もそう思う?」
「状況の把握と対応が早い。敵を倒す事に躊躇いも見え無ぇし、"個性"の許容上限はあれど動けば動く程威力を増す爆発は強力だ。
対して轟は、強力な個性を所持しているからこそ挙動が大雑把だ。其れに………」
緑谷戦以降、左側を使ってない。
やはり少しだけ吹っ切れた様に見えたが、個人の感情の問題だ。そう簡単に消せる訳が無い。
案の定、爆豪の怒号が聞こえてきた。
「てめェ虚仮にすんのも大概にしろよ!ぶっ殺すぞ!!!」
「!」
「俺が取んのは完膚なきまでの一位なんだよ!
舐めプのクソカスに勝っても取れねんだよ!デクより上に行かねぇと意味ねぇんだよ!!
重力野郎みてぇに抑えてんじゃねぇ!!勝つつもりもねぇなら俺の前に立つな!!!
何でここに立っとんだクソが!!!」
爆豪の怒号に耳を傾けていると、やはりと言うべきなのか中也に対しても根に持たれている事が解った。底を見せないで圧倒的な実力差を見せつける。其れが見せられない物だったとしても、爆豪にとっては『舐めプ』になるんだろう。
爆豪は苛立ちを隠さないまま大技への構えを見せた一方、轟にはまだ迷いがある。今の状態であの一撃を食らえば確実に戦闘不能、又は場外だ。
「負けるな!頑張れ!!」
緑谷の声援に、轟の表情が変わる。そしてその左半身から炎が揺らめくが、爆豪の大技が自身へと届く直前にその炎をかき消した。
「…………消した」
爆豪の大技が直撃したと解る程の大爆発が起こる。客席まで爆風が届くが、煙が晴れた中に居たのは技の反動で地面に倒れている爆豪と、場外で氷塊に背を預け気を失っている轟の姿だった。
「………決まったね」
「ああ……」
爆豪は直前で炎を消した轟君への怒りで気絶している彼の胸ぐらを掴んだところ、ミッドナイトの個性により強制的に眠らされた。
「轟くん場外!!よってー……以上で全ての競技が終了!!
今年度雄英体育祭1年優勝は、A組、爆豪勝己!!」
「それではこれより!!!表彰式に移ります!!!!」
表彰台には本戦を勝ち抜いた三人の生徒が並ぶ。
「んんが!!!」
案の定、閉会式前に起きた爆豪は勝負に納得がいかず大暴れ。その結果、表彰台に仰々しい拘束をされていた爆豪に周囲の視線は集中していた。
「3位には常闇くんともう1人、飯田くんがいるんだけど、ちょっとお家の事情で早退になっちゃったのでご了承くださいな」
3位決定戦は行っていないので上から順に爆豪、轟、常闇。そして表彰台には居ないが飯田の4人が現時点での雄英高校1年生のトップに立った。
オールマイトの言っていた重要な仕事とはメダル授与の事だったらしく、3人に総評を伝えながらメダルを掛けていく。
「さァ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!
競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!
てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和ください!!せーの」
「プル「お疲れ様でした!!!!」」
最後まで合わない掛け声。そう、何とも締まらない空気で体育祭は終了した。
『この世界は私達が存在していた世界とは全くの別世界であり、『異能力』と『個性』も一見同じ様で全くの別物です』
「そりゃ、外される訳だ………」
特務課や『equator』の思惑は知らないが、中也が存在する事で彼等の将来は変わってくる。それに、何時かは中也も元の姿に戻るのだ。
「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ。
プロからの指名をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
制服に着替え教室に戻ると、帰りのホームルームにて職場体験の指名に触れつつ二日間の休暇が言い渡された。相澤が教室を出て行くと、満身創痍の彼等もそろそろと席を立つ。
「中原」
「………あ?」
声の主は轟だった。目はしっかりと俺を見据えていたが、何を話せばいいかわからないとでも言うかの様に揺れている。
「今日…………一緒に帰らねえか。話したい事がある」
「……おう」
大凡の検討はつくし断る理由もなかったのでそのまま轟と教室を出ていく。前回飯に誘われた時、道中無言だった二人だ。何らかの切掛が無い事には互いに話し出さない。ただ、此の空気は別に嫌な物では無かった。
其れは、体育祭を経て轟に齎された変化を中也は見た。そして、話と言うのは其の事だと解るからだ。
どれだけ無言を貫いても、話を聞く気にはなっている物だから此奴が話すのを待つ。
「……悪ぃな、突然」
「予定もなかったし、別に」
単調にそう答えると、轟は自身の左手を見ながら呟いた。
「………思い出したんだ」
左の炎を、憎い父親から受け継いだと話していた。使わないと決めていた個性を使ったのは、一瞬でも家庭という呪縛を忘れたからなのか。
「昔、母から『なりたい自分になっていい』と言われた事を、思い出した。
何時の間にか、忘れていたんだ。ヒーローになりたかった原点を。
あの事があってからは唯ひたすら親父を憎み、超えることに固執していた。何も………見えていなかった」
「………」
「中原………俺は、俺だって、ヒーローになるぞ」
「…………おう」
「超える為じゃなく、救う為に」
個性婚により産まれた自分、不自由だった幼少期。他人には理解できない程の痛みや苦しみを孕んだ過去を轟は引き摺っている。
だが、報復という目的だけで、ここまで来られる筈がなかった。原点は確かに存在していた。
「俺は、俺のなりたいヒーローになる。
でも、前までの自分が間違っていたともきっと思わない。考え方が変わった訳じゃない。思い出して、考えただけだ」
夕刻の空は轟が見せた炎の様に赤く染まり、その姿がやけに美しく見えて足を止めた。
轟の表情は柔らかくも瞳に決意を灯し、強い意志を感じさせる言葉にただ頷く。
「………一ついいか」
「?」
「どうして俺に話したんだ」
轟は一瞬考える素振りを見せたが、再度俺を捉えて話し出す。
「それは………俺が、中原に言いたかったんだ。
緑谷と爆豪に『どこ見てんだ』って言われてぶつかってきてくれた。それで目が醒めたのも確かだが、お前は否定しなかっただろ」
「………否定しなかったのは、お前だろ」
『俺はそれでもいいと思った』
『お前の実力なら何だってできんだろ。なのに雄英を選んだ。
それって、そういう事なんじゃねぇか?』
轟がそう言ったから、中也は迷った。そして、過去を捨てずに今を好きなように生きると決めた。
「………どちらにしろ、お前にも救われたよ。
だから、礼を言う。ありがとうな、中原」
そう言った轟の色の違う双瞳は綺麗に揺らめいていた。其れが、今迄見たどんな宝石よりも中也の心を惹きつけて「この景色も、声も、微笑みも。きっと一生忘れないんだろう」なんて思えた。
「いつかでいい。お前が抱えてるモンも、俺に話してくれると嬉しい」
「それは………」
「それが何であろうと、どんなことだろうと、俺は知りたいと思うし受け止めたいと思ってる」
『貴方にも『equator』からアプローチがあるとは思いますが……其れ相応の覚悟を』
頭の中で辻村美月の言葉が反響し、自身の生い立ちを思い出す。
只の安全装置に過ぎないこの俺という人格が消えてその本性が現れた時、此奴等は今までの様に俺と接するんだろうか。
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