「一学期の期末テストで赤点を取って、夏合宿の参加が遅れた日向少年」
「………はい」
「学年末テスト、お疲れ様でした」
「櫻井先輩、怒ってます?」

 卒業式が終わったものの、私は練習するために烏野高校に通う日々が続いている。授業が行われているので日中は体育館が使えないためランニングしたり駅周辺にあるジムで泳いだりしているが。
 大学受験の一般入試の合格発表は今日、三月三日。そのため、私以外にも今日のお昼や明日には合否を伝えに登校する卒業生がいるのだろうけれど。
 そして、二月下旬に行われた学年末テストの結果が今日全て帰ってきたらしい。
「いや、怒ってないよ。私、たいして日向のテストの点数とか興味ないし」
 体育館の清掃を行なっている生徒が教室に戻ると、私は練習の準備をして壁打ちをしていた。そして、そうこうしている間にホームルームを終えた日向が一番のりで体育館へやってきたのだ。笑顔だったので何かあったのか聞けば、ギリギリだけど全教科赤点回避したのだと。学年末テストは補習なんてないけれど、それでも嬉しいらしい。
 そろそろ他の部員も来る頃だけれど、折角だからとバレーをしたそうにしている日向を捕まえて正座して話している。
 練習中でも休憩中でもアドバイスを求めに来る日向だけど、考え方の話はしたことがなかったし大切なことだと思い当たったのだ。春高の最後がああだったことで成長はしたのだろうけれど、私が日向達に何かを教える機会はこの先そこまで無い。
 だから、真面目な話を日向としたかった。
「日向は、高校卒業した後のことって考えてる?」
「うーん……バレーは続けますけど、進路はあんまり。
 今は目の前の試合にいっぱいいっぱいです」
「まぁ、一年生だしね」
 でも、日向は烏野に来る前から影山を倒すことを考えている。だから明確な進路は考えていなくとも、この先の人生バレーに捧げる……目指す場所は同じようだ。
「櫻井先輩は、東京の大学ですよね」
「うん。ブロック強いところ」
「ブロック……!でも、櫻井先輩ならもっとこう……攻撃重視のとこ選びそうなのに」
「それ、いろんな人に言われた」
 私はサーブが得意だし体力にも体格にも自信があるわけではない。空中でもしっかり戦えるだけの技術は持ち合わせているつもりだけど、怪我をしたことで飛べる回数は確実に減っているのだ。だから、サーブで崩してブロックで仕留める。攻撃の理想の形を一番実現しやすいところを選んだ。
「まぁ、進学先は勿論だけどVリーグもチームによって個性は出るしね。自分が何をしたいか、どのチームに行きたいのかは明確にしておいた方がいいと思うよ」
 それこそ日向は攻撃重視の所に行きそうな気がするけれど。
「……で、前置きが長くなったけど、私が話したいのは考え方のことね」
「?」
「将来行き着く場所…目指しているものは同じでも、そこまでの道のりは全員同じじゃない。自分に何が足りなくて、何をするべきなのか。どの道に進めばいいのか必ず迷いは出てくる。そのためのコーチや監督がいるし、先輩がいる」
「………」
「今は高校生で、バレー一筋の生活ってわけにもいかない。
 百九十センチが小柄だって言われるバレー競技の中で、日向は小さくて技術も拙い。チャンスが少ないからこそ、その機会が来た時のために万全でいなくちゃいけない。……わかる?」
「はい。武田先生に言われました」
 鴎台戦で日向が下げられた時、武田先生は試合に意地でも出ようとする日向にそう言ったのだと。
 流石、武田先生はいつも良いことを言う。
「うん。だから自分がどの道にでも進めるように学業にも力を入れてほしいの。いいかい?………」

 そのまま話していると、続々と他のメンバーも集まってきた。正座して話す私たちを何事だと見るけれど、そのままストレッチを始める。一通り伝えたかったことを言い終わると、真っ先に田中が話しかけてきた。
「おいおい日向!お前何かやらかしたのか!?」
「いえっ!普通に話していただけですよ!!」
「そうか???」
「私が日向に伝えたかったことがあったから、ちょっとね。
 それと、田中誕生日おめでとう」
「……!律さんが、俺の誕生日を祝って………!!!」
 ポイっとペットボトルのお茶とお菓子を渡すと、ヒャッホーイと喜ぶ田中を一瞥した。
「よし、それじゃあランニングから!」
「ウィーッス!!!」

 部活に混ぜてもらっているけれど、邪魔はしたくないし基本のメニューなどは縁下に任せており私が口を出すことはない。アドバイスは求めにくるし先輩として慕ってくれているけれど、コートの中では選手として扱ってくれるから非常にやりやすい。
 合宿前に宮城県の春季大会が行われるからと、より一層力を入れている。
 このメンバーで初めての試合。春高で成長した分また活躍してほしいけれど、それと同時に県内の他のどのチームより始動は遅かったことになる。だから、人数が少ない中でどれだけできるのかも重要だ。体力に各自のスキル、チームとしての連携と、やるべきことは沢山ある。

「櫻井さん、この前話した日向の使い道なんですけど」
 春高までのスタメンには澤村と東峰がウィングスパイカーとして入っていたけれど、二人と交代で縁下と成田が入ることになった。山口と木下はピンチサーバーとしての役割が強かったのと、日向のポジションが今はミドルブロッカーだからという事にある。
 今までやってきた分基本はポジションの変更はないと考えているけれど、今はどの選択が最善かを考える時期。春季大会はこのメンツで行くけれど、新入生が入ってきたらまた変わるのだろう。だから繋心さんも影山も選手の使い方についてかなり考えることが多い。このままでいいのか。今の組み方で進めて大丈夫なのか。常に勝つための最善を考えるけれど、正解はわからないし勝つ手段は一つじゃない
「………私としては、日向は限りなくスパイカーに近いミドルブロッカーだと思ってる。月島は止める事で点をとって欲しいけど、日向は触れる事で攻撃へと繋ぐ。今までしてきたこととほぼ同じになるけれど。でも、ブロックに飛んで助走してスパイクっていうのは運動量的にキツイしな」
「前までのポジションを決めたのは澤村だったよな」
 影山と話していたら会話に入ってきたのは繋心さんだった。今私たちが話していることは試合に直結しているからと全員で話し合うことになる。
「初期の変人速攻がどれだけ使えるのか、それで取れるだけ点を取るのが目的で日向と影山をセットにしてた。でも、夏に日向は誰とでも合わせられるようになったし、最近はレシーブも上達してきてる」
「成長著しいな!翔陽!!!」
「アザーッス!!」
「………守備力も高い澤村とパワーに特化した東峰だったからこそ手札が多い全員での攻撃ができてたわけだ。でも、あそこまでの奴は新入生でも入ってくることはほぼ無い」
「大地さんや旭さんみたいな貫禄のある新入生って、怖すぎだろ……」
「今まで通り数で翻弄って感じで行きたいけれど、そのためにもスパイクの強化は必須、か」
 二年は、特に縁下と成田は少し表情が曇る。三年が抜けて、どれだけ大きな穴ができたのか彼らが一番わかってるはずだ。
「日向は小さいから、ブロックでまともにやり合うのも助走が必要だったりするしね」
「チビって言うな月島ァ!!」
「事実デショ」
「………まぁ、一つの手として日向のポジションを変えるってのもあるけど」
 菅原の気持ちが身に染みてるからあまり言いたくは無いけど、だからこそ誰もが口にしない可能性を言わなければいけない。
「日向をウィングスパイカーで動かして、ミドルブロッカーに山口を入れる、とか」
「!」
「っ、」
 全員が攻撃に参加する超攻撃型のプレーで今まで殴り合いを制してきた。だから尚更澤村と東峰というウィングスパイカーが抜けた穴は大きいのだ。二人がいるからこそ繋いできたし、スパイクは決まっていた。
「日向の今までの攻撃力に加えて冬に培ったレシーブは大きいと思う。まだレシーブだけなら成田の方がうまいけど。
 身長とかブロックの高さは成田と山口はそこまで変わらないけど、山口のジャンフロは強力な武器。影山がジャンプサーブで攻める分、良い緩急に私はなると思う。でもまぁ、今までピンサーとして入ってきたからこそブロックの技術を上げないといけないけど」
 山口と月島は幼なじみというだけはあり息ピッタリだ。だからそこまで心配はしてない。月島も山口相手なら遠慮なくズバズバと教えてあげるだろうし。
「………まぁ、もっと別の方法はあるかもしれないけれど」
 一年全員スタメンになったら、木下と成田に申し訳ないと思う。でも、試合に出るチャンスが欲しいから勝つ可能性を上げたいと言った菅原がいた。誰も何も言わないけれど、きっと考えとしては頭の中にあったはず。
「なぁに全員黙ってんだ!!
 律さんが言ってんのは事実だろうが!」
 そこで声を上げたのは西谷だった。
「『強い方がコートに立つ』!当然だろ!!
 現時点では山口のサーブは大きい武器だけど、それもまた塗り替えられるかもしんねぇしな!!」
「公式戦で使うかどうかは置いておいて、試してみる価値はあると俺は思うよ」
「……ああ、そうだ。練習するのはコートに立ちたいからじゃ無い。試合に勝ちたいからだ!負けないからな!!」
「〜〜〜〜っ!!ハイ!!」
 西谷に続いて木下と成田がそう言い、山口はグッと拳に力を込めて言った。
 良い雰囲気だと思いながら繋心さんを見ると、あからさまにほっとしていた。技術と連携の強化をしてきたから、実際試合でどう使うかの話は試合前に詰めておかないといけない。
「うおおおお!!俺も、旭さんみたいなスパイクを打てるようになってやんぜ!!」
「俺は大地さんにまだまだ全然敵わないけど、レシーブもスパイクも、磨いていかないと」
 騒ぐ中で田中と縁下の発言が少し気になって手を叩いた。
「待て待て……少し落ち着こう。全員、勘違いするなよ。
 澤村が引っ張ってきた烏野とこれからの烏野は違うからね」
「は?」
 先輩が抜けて新チームが始動する時にありがちな思考回路になっていて咄嗟に待ったをかけた。
「澤村みたいにレシーブが上手くなりたい、東峰みたいな力強いスパイクが打てるようになりたい。菅原みたいに周りをよく見ないといけない。確かに大事。
 でも、お手本にするのと真似するのは同じようで全然違う。
 東峰には東峰の良さがあって、田中には田中の良さがある。お手本にするのはいいことだけど、同じようになろうとするな。今まで通り、自分がやるべきことを磨け」
 同じようなチームになる必要はない。私たちが春高に行けたのは奇跡的かもしれない、それこそ私たち全員がいたからだ。でも、もう三年はいない。全く新しいチームになる。
「できないを潰して武器を増やす。そうして今まで強豪と戦ってきたでしょう。
 確かに今はまだ足りないことだらけでやるべきことも山積みだけど、私たちみたいにって思わなくていいしならなくていい。お手本にしても、同じようになるな。常に何ができるか考え続けろ。どんなチームになろうと、コンセプトは変わらない」
 先輩の背中を追うことは間違ったことでは無いし、現実的な目標を持つことは大切だ。だけど、遅かれ早かれ壁にぶち当たるしその時「この人と自分は違うから」と考えることは目に見えている。だから、参考にしても自分と彼らは違うということは頭に入れておかないといけない。
「体格もパワーも安定感も、一朝一夕で得られるものじゃ無い。どうすれば攻撃へと繋げられるのか、どうすれば勝てるのか。具体的に考えながら進め」
「ハイッ!!!!」
 人数が少ないから部内試合はできない。だから最近は二対二や三対三を繰り返している。基本の練習も大切だけど、少人数でも臨機応変に対応することを身につけるのに効果的だ。まぁ、キツイけれど。

    *    *    *

「こんな時、櫻井さんが居てくれて良かったって思いますね」
「だな」
 手を叩いて思考を切り替えさせた律の発言で『前のように試合を進めるためには』という思考から『試合に勝つためには』というものに戻した。勝ち続けてきたからこそそのようにしなければ、先輩のように、という考えになるのは当たり前だけど、その二つは同じようで全然違う。ただ、それに気付けるかどうかが問題だったわけだ。
 ほとんどのチームで三年が引退し、新チームとして走り出している。春高に進んだため県内の他の学校より新しいチームになるのが少しだけ遅かった分、春季大会で今の実力を確認することは夏のインターハイ予選を前にして大きな意味がある。
 前回の試合を俺は見ていないけれど、伊達工にコテンパンにやられたみたいだし。
「………有効な囮の使い道、か」
 最近は人数が足りないからと六人制の試合ができずにいる。練習試合は春高の結果もあって度々声をかけられたりしているが、足りない。常に今できる最善を考え続けなければ。

    *    *    *

「日向にやってほしいことがあるって言ったじゃん?この前」
 仁花ちゃんにボードを借りて、ポジション、位置取りについて説明をする。ブロックにもスパイクにも助走を活用し始めた今、日向のバネが生かされるように後衛の動き方を学ぶべきだと思った。それがレシーブの強化にもなるし、全ての動作が繋がっているバレーにおいて大切だ。
「構える位置はセンター……若干レフト寄りの方がいいか」
「三対三なら、半分って感じっすね。でも櫻井先輩がいるなら逆でも…」
「……その前に、影山さ。ちょっとスパイク打ってみない?」
「スパイク……?セッターじゃなくて、ってことっすか」
「うん。これからもセッターから外れることはないと思うけど、誰にどんな状況でもトスを上げる影山だからこそスパイカーとして攻撃に移るってことも一つの手段だと思う。
 例えば……そうだな。リベロが入ってきた時とか」
「常に攻撃五枚っていうのは、アリだと思います。実際それで点数取ってたし」
「………じゃあ、セッターは櫻井先輩?」
「うまくいかないだろうけど、とりあえずやってみよう」
 レシーブとジャンプを磨きたい日向は下がらせたいと思った。影山は全てにおいて秀でているからこそ、トスワーク以外でどこまで動けるのか繋心さんは把握しておく必要がある。私も、ずっとスパイクとサーブだけというわけにはいかない。自分に何が足りないのか、視点を変えて探さなければ。
 『こいつらならこの時こう動く』とチームメイトが一番知っている。だから、新しいことをしなければいけない。なんでも挑戦して取り込んで、進化する。いつも通りの烏野だ。
 セッターはあまりしないけど、セッターの動きは一番近くでずっと見てきたし、スパイカーだからどうスパイクを打ちたいのかよくわかる。
 影山や及川のようなトスはできないけれど、考えることならできる。常に冷静に、どの選択をすれば勝てるのか考えろ。
「ナイストスです!」
「日向こそ、ナイスキー」
 速いボールはアンダーで返す方がやりやすいけれど、トスを上げるためのボールは十指でキッチリ上げないといけない。その方が細かな調整はできるし、スパイカーにとっても嬉しい。
「これって、ポジションシャッフルですよね。
 ユース合宿でやりました」
「そうなの?」
 詳しく話を聞けば、様々なポジションで試合をしたらしい。影山が宮侑君のセットアップを体験したのも、それがきっかけとか。
「まぁ、全部できてたら視点が変わった分だけ自分の立ち位置がわかるしね」
「??」
「……スパイカーだと助走とか打ち方ばかり思考が向くけれど、リベロをやるとレシーブの姿勢、後ろからスパイカーやブロッカーを見た時の位置取りがわかるでしょ」
「なるほど!確かに!!」
 それこそ、ポジションも色々試すべきだ。ユース合宿で良いことやってるな、と今更ながらに思った。どこからどう見えているか、視点を変えることと自分に何ができるのか、何が足りないのかを考えることは大切だし、普段と違う視点で試合をすることで相手やチームメイトにどう見られているのか理解することができる。
 そのまま練習は続き外が暗くなってきた頃、繋心さんが声を上げた。
「よっし、そろそろ上がれ。クールダウンしっかりな」
「ウィーッス」
 コートを片付けつつ怪我の予防にと右肩のアイシングをする。選手として復帰するようになってからは月に一度病院にも通っているし、今のところ痛みが走るようなことはない。
 昔は若利の様に力でゴリ押しの方がかっこいいと思っていたから無茶な打ち方をしてパワーを無理やり上げていたけれど、今は自分を大事にすることが一番重要だ。焦らず、それでも着実に力をつけなければ。
 怪我の予防と身体のケアについては全日本のコーチと病院の先生によく聞いて行っている。ネットで調べるよりそちらの方が確実だ。だから右腕と両足にロングのサポーターを巻いたりと、昔より自分の体のことをよく知ろうとしている。
「律、お前体は平気か?」
「ん。病院にも行ってるし、大丈夫」
「そっか」
 繋心さんは入院中の私を知っているからか、こまめに気にかけている。………少し、本当に少しだけど過保護だとうざったく感じる程度には。
 体育館のモップをかけ終わると、固定していた肩のアイシングを外して柔軟を始めた。アップはひたすら体を動かして筋肉を解さないといけないけれど、クールダウンは時間をかけて体を伸ばさないといけない。
 明日も朝練で体育館は使うからと、ネットは緩めているもののポールはそのままだ。
「にしても、ポジションシャッフルとは思い切ったな」
「んー………影山がユースでやったって言ってたから、たまにでもやるのはいいかもね。
 それに、視点を変えなきゃいけないって強く思ってるのは私だし。烏養さんと話したんだけど、気になること言ってて」
「ジジイが?」
 家に行った時のことを繋心さんに話した。これからも自分に何が足りないのか探し続けて強くならないといけない。そして、烏養さんにはそのビジョンが見えているっぽかった。そんな言い方をしていた。
「『お前は、お前が思ってる以上に何でもできる』
 ………何をするべきかわかってる様だったのに、私にはもう全部教えたって言ってた」
「でも、まだ昼には通ってるんだろ?」
「うん。サーブ練習したりしてる」
 でも、もう見てるだけで何も教えてくれない。だから少しだけ不安なのだ。
「……サーブはできてるから、他のことを磨け。視点を変えろってことなのかなと思ってセッターやったけど」
「またあのジジイは周りくどい教え方を………」
「いつもそうじゃん。考えることを辞めるなって。
 ………大切だけど、もどかしいよね」
「本当にな。………でも、少し気になるな」
「ん?」
「いや、律に全部教えたって言うところがだよ。今までそんなことなかったのに……」
「私が東京に行くからとかではなく?」
「おいおい、あのジジイだぞ?
 お前が怪我でバレーを辞めても離さなかっただろうが」
 繋心さんの言うことは尤もで、私も確かに…と呟いた。
 入院中も会いに来たり、リハビリ期間も、それが終わっても連絡は取っていた。だから、もう何も口出さないというのは確かにおかしい気がする。
「………、見限られた?」
「おいおいおいおい泣くな泣くな」
 サッと血の気が引いて、最悪な考えが頭をよぎる。でも、そうとしか……だって。
「コーチが櫻井先輩泣かせた!!!」
「誤解だチクショウ!!」
「いや、泣いてないだろ」
「なんとなく、顔色?悪いですよ」
 部室に行っていた部員が降りてきて、そのまま帰ろうとする。
「烏養さんに見捨てられたら生きていけない……」
「お前の愛は時々重い」
 繋心さんはそう笑って、私の背中を叩いた。
「大丈夫だよ。
 じいさんは我が子を千尋の谷に叩き落とすタイプの人間だ」
「それもそれで……」
「律に限ってそれはねぇって、俺は知ってるから大丈夫。
 それに、まだ三週間あるだろ。明日は?来るのか?」
「………朝練だけ。明後日からちょっと……旅行に」
「旅行?ああ、卒業旅行とかか。三年で行くのか?」
「いや、及川と。ちょっとアメリカ行ってくる」
「…………は、」
 それとなく雰囲気でわかるのかなと思ってたけど、直接口に出したのは潔子と結だけだったなそういえば。
「及川………青城の?」
「うん。言ってなかったけど、私春高予選で青城と戦った後から及川とそういうアレになったから」
「そういう、アレ」
「繋心さんは良い人いないの?」
 昔から知っているからそういう話は時々出てくる。それに、もう良い年だし同年代の人が結婚し始めていても何らおかしくはないだろう。
「お前までそんなこと言うなよ………」
「なんかごめん」
 でも、繋心さんだし。外見に反してマメだし、きっちりしている。面倒見がいい。だからそこまで心配はしていない。
「繋心さんの結婚式とか、絶対呼んでね」
「うるせぇ」
 照れ隠しなのか呆れなのか、頭をスパンッと叩かれた。



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