「What’s the purpose of your visit?」
「えっと………I'm here for sightseeing」
たどたどしく伝えると、入国審査官はポンッとパスポートにスタンプを押した。それをホッとしながら受け取ってキャリーを引きながらこちらに小走りで駆け寄る徹を迎える。
海外旅行に不安を覚えていたけれど、少しの英語なら問題ないというのは本当らしい。
「お待たせ……!」
「ううん、お疲れ。それじゃあタクシーでホテル行こうか」
キャリーを引く反対の手を差し出すと、ガシィッと効果音が付きそうなほど強く握られたので笑って握り返す。
私がアメリカに旅行に来るのは高二の夏以来だけれど、徹は初めてとのこと。
「青城は修学旅行シンガポールじゃなかったっけ?」
「いや、今年は香港だよ!アジア出るのは初!
でも、大人がいるのといないのじゃだいぶ違うじゃん!」
「確かに、私も両親がいないっていうのは初めてだしな…」
修学旅行で海外に行けるなんて羨ましい。
青城は県内でトップクラスの進学校だし、総じて学力は良いのだろう。ちなみに烏野の修学旅行は毎年沖縄と福岡だ。
正規のタクシーの列に並びながら今後の予定を確認する。
電車は通っているものの本当に街中だけなので、殆どの移動がタクシーになる。これからホテルにチェックインして荷物を置き、街中を歩いて回る。ニューヨークはドラマや映画で使われるので、私としては聖地巡礼みたいな意味合いも強い。何度来ても飽きないし、私も親がいない中で旅行というのは初めてだから少しだけドキドキする。
隣を見ると海に視線を移しながらも私の手を離すことはない徹がいて、余計な緊張が移りそうだ。でも、それが嬉しくて徹を見つめながら力を込めると、視線を私に向けた。
「………ふたりっきりだね」
「うん、嬉しい」
旅行先にアメリカを選んだのは、大した理由じゃない。ただ、共通して思ったのは『中学の修学旅行の続きをしたい』だった。
修学旅行も楽しかったけれど、その後の出来事のお陰で大無しというほどではなくとも思い出すと少し苦く思ってしまう。
それなら大阪と京都にとも浮かんでいたけれど、思い出をなぞりたいわけでもなく。ただ手を繋いで、お互いの好きな事を知りたい。一緒にいたいという思いだった。
だから、世界の中心と呼ばれるこの場所を選んだ。
仙台空港から成田空港まで行き、そこから乗り換えて約十二時間。ケネディ国際空港に到着。それからのタクシー移動だったため、ホテルの部屋に到着するとすぐさま荷物をほっぽってベッドに腰掛ける。
「どうする?疲れてるようなら少し休憩してからでも……」
「や、早く見て回りたい!
部屋でジッとしてるより散歩してる方がいいかな!」
「ふふ。じゃあ、行こうか」
ホテルだろうとキャリーはしっかり施錠して、必要最低限の荷物を持って外に出た。
日本同様こちらもまだ寒く、幾ら三月とは言えど春真っ盛りとは言えない。アメリカの春らしさって何なんだろうな、なんて思いながら街中を見て回る。どこもかしこも見たことあって、まるで映画の世界に入ったようだとテンションも自然と上がる。
タイムズスクエアに向かって歩いていたけれど、着いた頃には薄暗くなっていた。
「アメリカ映画って色々破壊するよね。いや、CGだろうけど」
「うーん……まあ、日本映画も爆破させるけどそこまでの規模じゃないしね。やっぱり制作費じゃない?」
「納得」
確かに、漫画原作の映画に関して日本の実写は洋画の実写よりも需要は少ない。上映時間やキャスト、原作そのものに対する関心を含めて制作にどれだけの力を入れているのかが大きいのだろう。アメコミは作品愛が強かったり大人の事情だったりでいろんな会社が作りまくるからごっちゃになるけど。
忙しなく視線を動かしながらゆっくりと歩き回る徹を見て、嬉しさが込み上げてきた。
「律ちゃん?どうしたの」
「ううん、嬉しくて」
「?」
「……中学の時は聞いてるだけだったのに徹から話してくれる。
私の好きな事に興味と理解を持ってくれて、嬉しい」
修学旅行で洋画のサイン入りポスターを買う時、おすすめや内容を話していたのを思い出した。徹は一瞬キョトンとして、それから繋いだ私の手の甲を指でなぞった。
「あの頃から、ずっと律ちゃんを知りたいって思ってたから。だから………少しは理解出来たのかなって。
好きな事も嫌いな事も、全部共有していきたいなぁ」
「………そうだね」
夕方から少しだけ一緒にいたあの頃とは違う。旅行中離れる事もなければ、人の視線を気にする必要もないのだ。当たり前だけど、私たちにとって当たり前じゃなかったから嬉しい。
『この先もずっと』なんて子どもっぽい口約束かもしれないけれど、私もそうだったら良いなと思う。
この先どんなに離れて生活しようと、絶対に隣に帰ると約束していたい。
「あ、雨だ……」
「通り雨だと思うけど、傘もないしホテルに戻ろうか。
明日もあるし……」
「……そだね」
ポツポツと降って来た雨は次第に強くなり、ニューヨークを包んだ。明日以降の旅行に響かないと良いなぁ。後で天気予報見ないと。
時間が経つにつれて薄暗くなり、人もまばらになってくる。本当は夜景を見に行きたかったけれど、雨だと仕方ないかな。
仕方ないと諦めてホテルまでの道を歩き出したけど、やっぱり。思い当たるところがあって歩幅は次第に遅くなり、ついに足を止めた。
「律ちゃん?」
「………やっぱり、まだどこか行こう」
ホテルでも二人っきりだし良いけれど、折角の旅行なのだ。私たちが知らない景色を私たちだけで共有したい。旅行に来た意味が、無い。
「そうだな………ブロードウェイ、はそこまで時間もないし。自然史博物館に行きたかったけど、終わってるしな……」
「自然史博物館って、ナイトミュージアムだよね」
「うん。いや、動かないけど」
「そりゃそうだ」
美術館や博物館は大体十七時に閉まってしまうのが日本とはまた違う。どこかないかなとスマホを弄っていると、その手を止められた。
「無理して探すものでもないよ。まだ帰りたくないならどこかカフェにでも入ろうか。晩ご飯はホテルじゃなくてレストランとかでも良いし」
「……そうだね。そうしよっか」
「にしても、突然どうしたの?律ちゃんにしては珍しい」
確かに、即決して行動するのがいつもの私の傾向だ。考えを変えてうだうだと悩み始める様子はらしくなかった様に思う。
「………ホテルでも良いけど、今も二人っきりだよ。
徹といろんなところを見て回りたいって思った」
せっかくアメリカまで来ているのだから。その言葉に徹は私をジッと見て、眉間にシワを寄せた。
あ、よくない空気かもしれない。
お互いがお互いを理解したくて尊重するから喧嘩に発展することはないけれど、昔は譲れなくて何度もぶつかっていたのだ。本当に時々、こうして何かの地雷を踏んだしまうことがある。
「中学の頃のこと、律ちゃんはもう気にしてないって言うけど、やっぱり無意識に気にしてるよね」
「、」
射抜かれる様な視線に囚われる。図星だった。
「………俺は、律ちゃんが居るなら何でも良いけれど。
でも、律ちゃんは俺と一緒にいる時人目を気にしてるよね。
お家デートが多いのは、そのせいだったりしない?」
………そんなことないって、即答できたらよかった。
外に出かけることはあれど、映画やバッセンなど室内で遊ぶことが多い。確かに私は最初のデートで見たことを、女の子からの視線を気にしている。
『及川徹の彼女』だという、品定めされるかの様な視線を。
「………私、可愛くないし」
「は?かわいいよ何言ってんの怒るよ」
「最後まで聞いて。
………私の生活の中心はバレーだし、徹の彼女らしいことを全然できてないかもしれない。このまま離れて、本当に大丈夫なのかなって………いつも不安に思う」
アルゼンチンだよ?簡単に会いに行けない。
これからもお互い今まで以上にバレーに熱を注ぐだろうから、恋愛を二の次にしてしまう。だって、両立できるほどの器量は私に無い。女の子らしく着飾って流行をチェックしたり、そういういかにも『女の子』な同年代の子たちと比べると私はどうしても見劣りしてしまうだろう。
徹は、会えなくてどこにいるのかもわからなかった私を探し続けた三年間に比べればマシだと笑うけれど、私は笑えない。そんな気楽に思えない。
「………徹がいなくなったらどうしよう。捨てられたらどうしようって、思ってる」
「───………それ、本気?」
怒ってる、そうわかってしまう声だった。いつも優しげな徹しか見ていないから怖い。そう思ったけれど、そっと抱き寄せられて好きだから怒ったのかと分かった。
「俺だって怖いよ。律ちゃんはカッコよくて綺麗で………俺が知らない強い奴らと並んで歩いちゃうし。追いつかないとって、焦る。
でも、俺から律ちゃんを手離す事なんて、絶対に無い」
「……でも、」
「律ちゃんが不安がるって、なかなかだよね。
………自覚はあるけれど」
周りの目を気にしてしまうことは、きっと私以上に徹の方が自覚してるんだろう。それでも割り切れているのは、私が一番だと思っているからだと自惚れたい。
「不安だよ。………夏、かな」
「ん?」
「再開した時私に会いたかったって……特別だって、大切な人だって言ってくれて嬉しかったんだけど……私が怪我したことに罪悪感を感じてそう思い込んでないかって思ったから」
「─────、」
梓さんや華と話して、ふとそう考えてしまった。その頃は例のキスシーンを見た後だったし、尚更。
私は徹にとって恋愛感情を抱く様な特別な存在ではないのではないかと思ってしまった。そして、これはきっとこの先も考えてしまう。
「私のバレーが好きって言ってくれて嬉しい。かっこいいって、だってもう弱い姿なんてコートでは絶対に見せたくないから。
………でも、選手として上に行きたいから利用する。その為に私と一緒にいるんだったら、って思うよ。
選手の私にしか興味ないのかな、って………思ってた」
徹は私の話を静かに聞いた後、ポツリと呟いた。
「……俺も、同じこと考えてた」
「え」
「律ちゃんは強さに固執してるから、俺が選手じゃなくなって、バレーを辞めても一緒にいてくれるのかなって」
「勿論、いるけど」
「うん、俺も。
俺が好きなのは律ちゃんそのものだからね。映画見てる時の横顔も、バレーしてる姿も全部好き。
だから……昔は、俺と岩ちゃんだけだったのにって思う」
それは、この前話した鉄朗や木兎、烏野のことを言っているんだろう。
「前に『私を最後にしてくれるならいい』ってキスしたことを流してくれたけど、俺は怒ってほしかった。俺は律ちゃん全部を貰いたいって思うし、俺以外に触れさせたくないよ」
「………なんか、お互い依存してるみたい」
「依存してよ。俺なしじゃ生きていけなくなっちゃうくらい。
俺は律ちゃんの一番がバレーだってわかってるし、俺も同じくらいバレーが大切。だから、その時俺のことを微塵も考えてなかったり、他の男と仲良くしててもまぁ………見て見ぬフリくらいはしてあげる。我慢する。
でもさ………我慢した分、ちゃんとご褒美はちょうだいね」
微笑みながらいう徹は本当に嬉しそうで。でもその瞳に若干の闇がチラついた気がして背筋がゾワっとした。普段軽薄で優しげなのに時々こうして確信をつく様に私を縛り付けるものだからクラクラする。
私には勿体無いくらい素敵だと、いつも思う。……譲る気は微塵も無いけれど。
「………頑張らないとなぁ」
「?」
いつか訪れる終わりまでに。やりたいことを全部するのに、時間はいくらあっても足りない。
そう思い返して、肩に置かれた手を取る。
「時間が足りない。から、カフェで明日の予定でも考えよ」
「そうだね。旅行初日だし!一日目は殆ど移動で潰れたし」
「初日っていうか、時差があるから既に二日目だけどね」
「移動とか待ち時間がもったいないよね。どこでもドアとかあれば良いのに」
「徹と居るのに、もったいない時間なんてないよ」
移動中だって、何処で何をしていようと徹との時間だ。
そう言うと徹は動きを止めて顔を手で覆った。どうしたんだと覗き込めば、顔を赤くして「ほんと、突然爆弾落とすのやめてよね…」なんて言うものだからああ、照れた顔もかわいいなと笑った。
それから小雨の中を二人で手を繋いで歩いて、落ち着いた雰囲気のカフェで明日の予定を話し合った。
出会ったばかりの頃はよく喧嘩していたけれど、最近はそんな空気にならない。妥協したくないからぶつかり合って来たのが、いつの間にかお互いの全てを許し合えるようになってしまったという事なのか。
「………私って徹に甘いのかもな」
「え、そうでもなくない?バレーに関しては」
「そこは絶対妥協しないから」
* * *
この寝顔が毎朝見れたらどんなに良いだろう。
俺の隣で一糸纏わぬ姿で真っ白のシーツに包まって寝ている律ちゃんを眺めながらそんなことを思った。
「…………りっちゃん…」
昨日は移動が長かったにもかかわらず、そのまま動き足りないからと夕方から夜にかけてタイムズスクエアを散策した。目に入ったレストランで食事をした後はホテルに戻って、お風呂に入った後は………。
付き合い始めてから良い雰囲気になって、キスやセックスをする様になった。俺はそれが言葉にできないほど嬉しいのだ。
言ってしまえば、俺は付き合ってないどころか出会って半年の頃に律ちゃんで夢精、それがあってオカズに自慰してるからついにというか、これが奇跡なんじゃないかと思うことがある。
そろそろ起こさないといけないかな、と思いながら名前を呼べば腕の中でモゾモゾと動き始めた。
「んん、………」
まだ完全に覚醒しているわけではなく、ぴったりと俺にくっつき直してまた動かなくなった。
………最高。
至福の時間って、きっとこういう事を言うんだろうと震える。
起きている時、映画を一緒に見ている時なんかはすり寄ってくることもあるし気軽に手を繋いだりするけど、穏やかな彼女の寝顔を見ると安心する。起こさないといけないけどもう少しだけこのままで、と思いながら起きてしまわない様に力を込めて抱き寄せて幸福を享受した。
朝食前にセントラルパークでランニングする予定だったけど、もう少しこのまま寝ていたいとも思う。でも、彼女のことだから絶対に寝た分だけ予定は遅らせるに決まっている。
「律ちゃん、起きて」
* * *
閉じた目蓋が明るい気がして、朝になったのかと思いつつも全然起き上がる気力がなくて微動だにしない。私を呼ぶ徹の声が心地良いけれど、呆れられる前に起きなければ。そう思いながらゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた?おはよ、律ちゃん」
「……はよ」
と言いながらまた目を閉じそうになると、徹は笑いながら私の髪を梳いた。
「体、大丈夫?」
「……平気。今何時?」
「まだ六時半だよ。もう少し寝てても良いけど、昨日走りたいって言ってたから」
「………行く」
「はは、オッケー」
ホテルを出るのは明日の朝だし、まあまあ片付ければ大丈夫だろう。着ていると言えないバスローブを放って、持って来ていたランニングウェアに腕を通した。今から走って、九時頃に戻ってくればホテルの朝食には十分間に合う。食べてから走りに行っても良いけれど、お腹痛くなっちゃうし。
「っはー気持ちいい!」
「まだ寒いけどね」
都会のオアシスと呼ばれるセントラルパークはニューヨークの真ん中にあり、公園と言えどその規模はとんでもなく大きい。私たち以外にも走ったり運動したりしている人がいて、日本人は珍しいのかにこやかに挨拶を交わす。
「うわ、お城!凄い」
「日本にもこういうの欲しいよね」
「律ちゃんてちょいちょい無理な事言うよね……?」
日本の城も良いとは思うけれど、趣味じゃないんだよなぁ。仕方がないけれど。
人気のない場所は避けながら回れるところだけ走り、時間だからとホテルに戻った。シャワーを浴びて着替えると、朝食に向かう。
「めっちゃ楽しかった。ああも広いとバレーできるね」
「だね。まだ半分も回ってないし、後でもう一回行く?」
「…………ボール、買う?」
ニューヨークに来てまでバレーとか、私たちらしいと言えばそうかもしれないけど笑えるな。
「ご飯食べて、予定通り自由の女神見に行って………
時間があったら、しよう」
「あははは」
自由の女神はリバティー島にあるので、港まで行く予定だ。
事前に行きたい観光名所をリストアップしており、ツアーに参加するよりかは行き当たりばったりで手当たり次第楽しむ。
グリニッチビレッジを歩きながら映画の話をしたり、ハドソン川とブルックリン橋をバックに写真を撮りながら過ごしていると時間が経つのはあっという間だった。
「なんか、時間が経つの早いなぁ……一週間じゃ足りないね」
「ニューヨーク観光とオーランドを半々で分けたからね」
結局バレーはできそうにないな、と思いながら自然史博物館を見て回る。映画で使われる小道具ばかりだから、動き出して欲しいと思いながらそれをジッと見つめた。
「………月島、こういうの好きかな」
「眼鏡のミドルブロッカー?」
「うん。ジュラパ好きって言ってたし」
お土産でも買って帰るか、と次に烏野に行く日を思い返していると、頬を緩くつままれた。
「俺といるときは、他の男の名前出すの禁止」
「………それ、初めて言われた」
「今からね。岩ちゃんもダメだからね」
あ、岩泉もダメってそれ少しハードル高いな。
共通の友人であり徹の幼なじみである岩泉は話題に出ることが多い。お土産買うときとか、写真を撮るとき絶対に「岩泉には」「岩ちゃんに」と話してしまうのだ。
「嫉妬深い男でごめんね。許して、受け入れて、実行して」
「………二人の時は、ね」
「一万歩くらい譲って、バレーの時は仕方ない。
律ちゃんは教えるの上手いし。岩ちゃん、バレーの話するときめっちゃ擬音語使うんだよ!ウケる」
「そういや、岩泉の語幹が影山に移ってるんだよ」
「はい岩ちゃんと飛雄の名前ー!アウトー!!」
「………」
徹のこのノリだけは慣れないな、と真顔でスマホを取り出すと「もうやりませんごめんなさい許して」と平謝りを始めた。変わり身が早い事で。
そろそろ閉園時間だからと、その場を後にした。
夕暮れだからか少しだけチケット売り場が混んでいたものの、時間はあるからと待機列に並ぶこと数十分で八十六階の展望台へ登ることができた。
展望台は窓ガラスがないため、昨日の雨だと良い景色を見れなかった。今更ながら晴れて良かったと思い返す。灯点し頃、街の輪郭が夕闇に溶け始める中で輝くニューヨークを見る。
「綺麗だね」
「そうね」
月並みな感想しか出てこないけれど、それ以外に会話をすることも特になく、それでも繋いだ手は離さずに光の洪水という言葉が似合う景色を眺めていた。
そんなとき、少しだけ周囲が静かになった。
「……?」
「なんだろ」
見回してみると、夜景をバックに一組のカップルがいて、彼らを気にしながら会話をする人の声が耳に入った。
「………、プロポーズしてるって」
「、は?」
「だから、邪魔しない様に移動してるみたい」
気が利くな、とか素敵だな、なんて思いながら私たちも少し動こうとするとギュッと手を掴まれた。
「徹?」
「………律ちゃんは、その…結婚とか、考えてるの?」
はたと動きを止めて徹を見ると顔を赤くしながらも真っ直ぐな瞳で私を捉えていた。
結婚とか出産など、選手を辞める時については、夏に梓さんと話して以来かもしれない。どうしよう、なんて答えれば良いんだろう。こういうのって、つまり………?
緊張して生唾を飲み込むと、喉が鳴る音が耳に残った。
「ごめん、変なこと聞いた。……雰囲気に酔ってるのかも」
ふと視線を逸らした徹は反対方向に歩き出して、私はそんな徹を引き留めた。
そんな顔をさせたいわけじゃない。嬉しいよ。
だって、そういう話題を出すってことはそういうことを私に望んでいるってことなんじゃないの。私の心はずっと前に決まっているんだから。そう思いながら徹と目を合わせて言った。
「『私が次にバレーを辞める時、隣に居るのは貴方がいい』」
「!」
「いつか、遠い未来でいい。そうだったらいいなと思ってる」
昨日はちゃんと言葉にできなかったから。そう言うと、徹は心底嬉しそうに笑った。
「うん、約束ね!」
………世の中にある約束の殆どは、果たされる事なく消えていく。きっと、実行するかどうかではなく、その時の言葉が、想いが関係の中で大切に生きるものだから。それでも、これは。………この約束は、きっとそう遠くない未来に果たされるんだろうなと思った。
「………そろそろ行こっか。
後、お土産のリクエスト来たから少し寄りたい店がある」
年末年始に行ったというのにお土産を要求してくる母らしい。まぁ、それを頼む代わりに今回の旅行ではかなり学生だからと無理を言ったのだけど。
卒業旅行と言えどまだ高校生で、金銭面に関してはとことんシビアになる。そこで、私の母が勤めている旅行会社でホテルや移動手段を比較してなるべく安く良い旅を、と考えたのだ。
「俺から出そうか?今回のお礼に」
「え、良いよ。写真撮って帰ればそれだけで…」
誰とは聞かないと言っていたけれど、ホテルや飛行機の予約のために名前や性別は教えているのだ。中学でそれなりに有名だったから知っているのだろうけど、実際に会って会話した事はないはず。だから、顔を見せればそれで十分だ。
「チームメイトとか友達に買ってあげて」
「ん〜……何が定番?」
「私は毎回紅茶とチョコレート買って帰るよ。ブラウニーとか、チョコレートボックスとか」
「ほうほう………」
「ゲロ甘いから男子にはお勧めしないけど」
「お勧めしないのか」
オーランドでも買えるけどここでも目につくものがあれば。そう思いながらお土産屋さんに入る。目新しいものばかりで厳選するのが大変そうだ。ああでもないこうでもないなんて迷いながら厳選して、大きな紙袋を抱えてホテルに戻った。
prev next
Back
Top