「………ついにやってきましたよ。オーランド」
「律ちゃん、ニューヨークよりテンション高いね」
早朝。ホテルをチェックアウトしてニューヨークを後にした私達は、国内線の飛行機に乗って約三時間。オーランドに到着した。ここでの目的は一つだけだ。
「早く行こう」
「あはははは」
修学旅行で行った規模の数倍はあるテーマパークに、バスの中から目を輝かせる。
大きく三つに分かれたパークは併設されている作品も違い、そこから悩んだ。広大な敷地面積に広がる作り込まれた映画のセットの数々。日本にはない作品のエリアやアトラクションを思い浮かべるとワクワクする。ここに来るのは小学生の時以来だったりするから前は無かったアトラクションもある。
まずは近隣のホテルにチェックインして荷物を置かなければ。パークのチケットは違うものを二枚だから、今日と明日で別のエリアで朝から夜まで遊べる。いや、それだけしか遊べない。
広すぎるので行きたいところは確実に回ろうと事前にパンフレットや案内を見ながらルートも考えてきた。ニューヨークよりこっちを楽しみにしていたところも………ある。
楽しみだと顔の筋肉が緩むのを感じながら道路沿いの椰子の木を眺めていた。
「んっふふ………」
「律ちゃんが笑顔なのは嬉しいんだけど、そこまでツボる?」
「ごめんごめん」
パークまで水上タクシーで途中、先ほどのことが忘れられずに思い出し笑いをしていた。後で岩泉にでも言わなければ。
「……まさか弟さんですか?なんて言われると思わなかった」
「アジア人ってそこまで若く見えるものなの??」
ホテルにチェックインする際の手続きをしている時、受付のお姉さんにパスポートを渡したときに言われてしまったのだ。『You are a reliable older sister.』と。
顔が似てると思わないけれど、外人の顔が同じに見えるのと一緒でお姉さんにはそう見えてしまったのかもしれない。
「身長抜かされた姉って、こっちでは普通だしね。
仲良さげに見えたってことで良しにしようよ」
「兄妹か………俺ってそんな姉がいそうな顔してんのかな」
「顔っていうか、雰囲気?甘え上手そう」
「律ちゃんはしっかりしてるよね。おっちょこちょいなところもあるけど」
私は一人っ子だし、しっかりしてそうだけどよく抜けてると言われることがある。まぁ、繋心さんを兄の様に慕っているところもあるし、そこそこ妹気質もあるのかもしれない。
なんだかんだ徹も楽しそうにしているし、良い旅の思い出になったんじゃないのかな。
パークの入り口でチケットを見せて園内に入ると、日本とは比べ物にならないほど作り込まれたセットが見えてお互いに何も言わずとも手を繋いで早足になった。
「…じゃ、遊びまくろうか!」
「だね」
中学の時は時間もなく、アトラクションに乗ったのは最後の一回だけだった。だから手を繋いで色んなところを見て回って、笑い合えることが嬉しい。
敷地が広いからアトラクションも大きくて沢山あって、目当てのものに乗った後はそのエリアを散策して。
「………ふう、広いから全部回りきれないのが辛いよね」
「本当だよ。チケット高いし頻繁に来れないし」
小腹が空いたからと露店でホットドックを買って食べていた。レストランの方が世界観を味わえるのだろうけれど、回りたいエリアが多すぎて店を絞れないし、アトラクションに時間をかけたかった。この後どこに行こうかと辺りを見回しながらチリチーズドッグを頬張っていると、シャッター音が聞こえた。
「あ、撮った?」
「うん。可愛かったから」
スマホを見ると、そこにはただホットドッグを頬張っているなんてことない私の横顔があった。これを可愛いと思うなんて、徹の目はどうなっているんだろう。昨日も真顔で「可愛いよ」と言われたけれど、嬉しくないわけじゃないし照れ臭い傍ら、微妙な気持ちになる。
「待ち受けにしていい??」
「いや、それならもうちょっと何か………」
ダメというわけではないのだけど、折角目につく場所に設定するのであればもっと他に良い写真は無いんだろうか。
「じゃあ、律ちゃんのベストショットを収めるから気に入ったのを待ち受けにしようかな」
「んー……それなら、まぁ良いけど」
そう言うと徹はやった!と顔を綻ばせた。
一緒にいられる時間は短い。中学でこんな機会なかったし、高校も別。デートはしても、殆ど家にいるし写真を撮ることって今思えばそこまでなかった。だからまぁ、今の形を残せるしいいかと思った。
それからは、アトラクションの待ち時間やストリートにあるオブジェの前、歩いている時なんかに予告無しでシャッターを切られることになった。そんなにパシャパシャ撮るものかな。でも折角の旅行だし、フォルダが私で埋まるなんてことはない筈だ。きっと。
「ねえねえコレとか良くない!?」
「………埋まっちゃったよ」
軽くスクロールしても画面が今日撮った写真で埋まっていた。時々何があったのかブレてたりピントが合わなかったりする物もあるけれど、風景の写真単品がない。必ず私の一部が写っていて、本当にどうかしてると思う。
軽くザッピングしている徹を横目に腕時計に視線を移した。紺の円盤に輝くシルバーの短針は左下を指している。
「……そろそろ晩ご飯、どうしよっか」
「んー……レストラン入るより夜景見て回りたいかな」
まだ写真を撮るつもりなのか、なんて思いつつマップを見ながら露店とルートを確認する。こまめに食べたいものは買っていたからそこまでお腹は空いていなかったし、いいか。お昼にホットドッグ、それからタンドリーチキン、チュリトス、ターキー……肉ばっかりだな。夜だし、バーガーとかのセットでもいいかなと思いながらゆっくり歩く。
「世界観重視で敷地が広いと作品の境目があやふやで良いね」
「そうだね〜」
「………」
ニューヨークの街並みに混じって作品のアトラクションがあるのはワクワクするし、夜景だからこそ幻想的で綺麗。写真を撮りたくなるのもわかる。だけど、
「………ねぇ」
私が好きだからここを選んだ。自由に歩き回れるのは嬉しい。
でも、彼は本当にそう思っているのだろうか。
徹が構えているスマホに手を被せてグッと下に押した。
「記録もいいけれど、今を見てよ」
「っ、え」
「………画面越しじゃなくて、ちゃんと私を見て。私からは、スマホしか見えないんだけど」
ポカンとした徹は私をジッと見つめていて、私は少し気まずくなってふいっと顔を逸らした。
「拗ねてる?」
「……知らない」
「っは〜〜………??」
顔を押さえて空を仰いだ徹はスマホを差し出して言った。
「ツーショット撮ってもらって最後にしよ」
「ん、いいよ」
「それと、夜景を見て歩きたいのは、律ちゃんには夜が似合うと思ったから」
「夜?」
「うん。紺色とか黒とか、好きでしょ?
闇に紛れてるのに視線だけは時々ギラついてるから、そういうところがかっこいいし。不本意だけど、烏みたいだなって」
「烏、ね」
タッタッタッとキャストさんに駆け寄り、徹はスマホを差し出して夜景をバックに写真を撮ってもらった。お願いされ慣れているのか、夜景にもかかわらずバッチリ綺麗に撮れていて、笑顔でThanks!と返していた。
「……これ待ち受けにするのは嫌だな。現像して飾っとこ」
「私も欲しい」
「は〜〜楽しかった!」
お土産は明日の夜に買えばいいかとギリギリまで園内を巡り、ホテルに戻った瞬間少ない手荷物を放り投げて、履いている靴もそのままにソファーに身を投げ寛ぎ始める。海外のホテルには日本と違ってスリッパがないから、部屋の中で靴を履くのは完全に気分になっていた。
「お風呂どうする?」
「顔落としたいけど、だるいな………」
普段全くしないけれど、出かける時はする様になったメイクはまだ不慣れで。でもそれが気分悪く感じて、メイク落とし〜と思いながら腰を浮かせた。
「先入っちゃうね」
「オッケー!」
女の子らしくない。選手としての私しか必要とされてない。………なんて。
メイクをしておしゃれをして着飾っている私も、サポーターとユニフォームを身につけた戦闘態勢の私も、どっちも好きだと言ってくれた。それでも、どんな時でも目を引く彼の隣にいるのだから、私だって見劣りしない様にしたい。少しでも。
小さくて守りたくなる様な可愛らしさなんてないけれどね、なんて服を脱ぎ捨てた身体を見るたびに思う。筋肉は付き辛いけど、それなりに締まっている身体は女性らしいものの硬い。
「………」
一昨日シた時胸元につけられたキスマークに目を落として、なんとも言えない気分になった。
別に嫌いではない。声で、態度で、視線で。全てで愛されていると実感するし、そんな徹が愛おしいと思うから。だけど、私はともかく徹は体力も精力も尋常じゃないから、一度始まってしまうとその熱はなかなか収まらないのだ。
………いや、嫌いではないんだけど。
「〜〜〜〜っ」
思い出すの止めようと思いながら少し強めに身体を洗って、浴室を出た。ソファーをベッドの形にして毛布を広げていると、上がってきた徹が濡れた髪を乾かしながらキョトンとしていた。
「え、そっちで寝るの?」
「当たり前でしょ」
安さ重視のこの部屋は片方のベッドがソファーベッドで、私がそっちで寝ようと準備をしていた。
「……一緒に寝る気満々だったのに」
「シングルは狭くない?」
「律ちゃんの家のベッドもシングルでしょ。少し狭いかもけど、くっついてれば全然平気だよ」
「ええ〜………」
今日も朝から長距離移動だったし日中散々遊びまわったのだ。そこまでの体力なんて無いからゆっくり休みたいところだ。
「少しでもくっついてたいの。………だめ?」
「………いいけど、何もしないでね」
「抱きしめるだけだよ。
………何、何かして欲しいの?期待した?」
墓穴だったか。
ふいっと視線を逸らすと徹は軽く笑って私の手を取り、シングルのベッドに引き摺り込んだ。足を絡ませて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。やっぱり狭いと思うけれど、お風呂あがりの体温と徹の匂いに安心して眠気が襲ってきた。
「いや?」
「………じゃ、ないよ」
「ふふ、よかった」
そりゃあ、少しだけ寂しそうにこちらを伺うその顔を見たらそう言うしか無くなってしまう。本当に、ずるい男だ。
胸元にすり寄って目を閉じると一定のリズムで背中を軽く叩かれる。ああ、安心する。
「おやすみ、りっちゃん」
次の日も朝から遊び回り、夕方になるとお土産を見て回った。両親や友人、部員は勿論自分の分まで十分と呼べる程購入した。
夜はそれらをまとめるためにキャリーケースと格闘して、翌日の日程を確認し昨夜と同じ体制で眠りについた。
二人で過ごす最後の夜だ。なんてお互い思っていただろうけれど睡魔には勝てなかったし、最後なんて考えたくなかった。
「短かったけど、楽しかったね」
「また行こうか」
「うん!」
オーランド国際空港から飛行機に乗り、日本に帰ってきた。国外線の大きな飛行機は機内で映画を見たりできるからプラグを繋いで見たり、時折徹が撮っていた写真を眺めていた。結局待ち受けにしたのは最初に撮っていたホットドッグを食べている私だった。何故だ。
「んん〜〜〜!!!疲れた」
「やっと成田到着か……」
また飛行機に乗って仙台へ帰るけれど、それまで少し時間があるからとぶらつくことになった。荷物は空港の方で分けられるし、搭乗時刻さえ間違えなければ大丈夫だ。
「日本食ってサイッコーだね……染みる」
「味噌汁っていいよね」
普段洋食を好んで食べているから海外旅行に行っても日本食が恋しくなることはないけれど、やっぱり帰ってきたら真っ先に手を伸ばすのは定番のものだよなと鯖の味噌煮定食を食べる。
「………こうしてると、ホントあっという間だったね。
もっと写真撮ったり、歩き回ればよかった」
「………徹、「わかってる。
俺と一緒にいる時間に無駄は無い、でしょ?
それでも、一緒にいたい思いが強いから足りなさすぎるし、寂しいって思えるんだよね」
私が東京、大学の練習に参加するまで残り二週間。徹は四月からあっちにいくことになる。
合宿が終われば会うこともないし、もうこんな機会が訪れるのはいつになるのかわからない。数年後か、数十年後か。もう二度と訪れないということはないと思うけれど。
「……一緒にいる時間が大切だからこんな思いしたくないのに、時間が進めば進む程考えちゃって。ホント嫌になるよね」
「………寂しい?」
「当たり前だよ」
定食を食べ終わり、温かいほうじ茶を飲みながら一息つく。そっと手を伸ばせば、指先から触れて絡ませあった。
「不安だし寂しいけど、これからが楽しみでもあるから嫌だ」
「、」
「一人で海外リーグ挑戦して、ホセの元でバレーして………
楽しみだけど。律ちゃんのバレーも好きだから、それを近くで追えないことは寂しいかな」
離れたくないけれど、この先の未来が嫌だとは思わない。
そんな私たちが抱えている盛大な矛盾は離れてみないことには本当の苦しみも楽しみもわからない。だけど、きっと大丈夫だと心のどこかで信じているからこそバレーに対してどこまでもひたむきで、不確定な未来でさえも楽しみにできる。
「大学は梓さんと同じところだし、私は結構楽しみかな」
「ヴェー………聞いたときは驚いたけど、ホント……
でも、知り合いがいるっていうのは安心するよね」
「徹はひとまずチームに入るんだっけ」
「うん。すぐ挑戦して、受かったらそのままみたいな。
そううまくいかないとは思うけどね」
「私も大学で早く実績作らないと」
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