「おはよ」
「はよざーっす!!」
「おっすおっす〜!」
荷物を持って烏野高校に行くと既にメンバーは揃っており、バスに荷物を積んでいた。辺りは薄暗く、早朝という事もあり寒い。それにもかかわらず、どこかみんなの表情は明るかった。
今日は三月二十日。世間では春分の日となっているが、遂に合宿が始まる。これが終われば私は三日後から大学に合流するので、本当にこのメンバーでやるのは最後になる。
「ん〜〜〜っ!祭じゃあ〜〜〜〜〜!!!!」
乾いた春の空気の中で晴天を仰ぎながら菅原が笑顔で叫んだ。
荷物を積み終わると選手が集まり、武田先生の出発しましょうという声で繋心さんに続いてバスに乗り込んだ。
この前あった春季大会や練習メニュー、今日の事なんかを話す声に耳を傾けつつ、大きな期待と少しの緊張でソワソワしている空気を感じながら私は重い目蓋を下ろした。
「……っ、………律、着いたよ」
「…………ん、?」
「随分ぐっすりだったね」
昨日眠れなかった?と聞く潔子にちゃんと寝たと答えながら腕をぐっと伸ばすと、バキバキといい音が鳴った。
「俺は試合の前日は楽しみで寝られません!一緒ですね!」
「いや、寝たって言ったよね……」
「小学生じゃん」
「プッ」
まだ寝ている様な思考がスッキリしない脳を覚醒させようと奮闘しながら、バスから荷物を下ろして体育館までの道を歩く。白鳥沢に来るのは初めてだけど、想像以上に広い。迷子になりそうだ。
周囲を見ながら皆に続いて歩いていると、スッとさりげなく横に並んだ繋心さんが話しかけてきた。
「おい律、お前体調は?」
「あー……悪くないけど、良くもない………明日が心配」
昨日まではそうでもなかったというのに、冴えない頭に少しだけ重く感じる体。いつもと違う環境で緊張している……なんてこともないはずだ。
「でも、大丈夫。
最近は通院してるし貧血はいつものことでしょう」
「けど………」
繋心さんは少し心配したように強張った表情をしたものの、私の気持ちを汲み取ってか最終的に「異変があれば呼べ。無理はするな」とだけ言った。
「龍!!馬だ!!馬が居るぜ!!!!」
「スッゲェェ!!!乗れんのかな!?」
「おい」
「………ウィッス」
元気に騒ぐ二年二人を一言で鎮めたのは縁下で、どことなく澤村に似てきたなぁと思った。
そこで、いつも元気な日向が落ち着いていることに気づく。
「……いつもなら日向も騒ぐのに」
「こいつも初めて見たときは騒いでましたよ」
月島と日向と影山は白鳥沢に来たことがあるから、真っ直ぐ体育館へ来ることができた。
「あっ!勇将!!」
「おー翔陽。久しぶりだな」
白鳥沢の一年生、寒河江勇将は冬の一年生合宿で日向と一緒にサポートをしていたのだと。相変わらず日向は誰とでも仲良くなるなと思いながら、彼に荷物の置き場を教えてもらう。
白鳥沢には学校近くに寮があり、男子バレー部はレギュラーを中心に殆どの部員がそこで生活をしているらしい。
だけど、今回の合宿では学校内にある宿舎を使用するとのこと。そこに荷物を置いたら、道具を持って体育館に集合だと言われた。
「ちょっと、顔洗ってくる………」
「まだ眠いの?」
「脳みそが寝てる」
「何それ」
体育館を目前に潔子に声をかけて、私は一人水場に向かった。
体調が悪いわけでは無いけれど、あまり良い傾向では無いことは確かだ。自分の体質に辟易しつつ、初日からこんな様子は中学の時を含め今までそこまでなかったなと思いながら冷たい水で顔を洗う。まだ少しぼーっとするけど気分転換にはなった。
「櫻井」
「………若利?」
タオルから顔を上げると白鳥沢の三年生が揃っていた。彼らは物珍しげに私と若利を一瞥し「先行ってる」とその場をそそくさと後にした。……サムズアップしたのは何だったんだろう。
私たちも体育館へ行こうとしたけれど、白鳥沢は第一体育館でやるらしい。
「烏野は第二体育館でアップだと聞いた」
「ああ、隣か……」
まだなんとなくぼーっとしていたのか、若利に教えてもらい体育館へ足を向けようとする。
「今回の合宿が最初で最後だ。正々堂々、お前を叩き潰す」
真っ直ぐに私を見る若利に驚いて、すぐに笑った。
同じ気持ちでいてくれて、良かった。
「受けて立つ。ぶちのめしてやるわ。
………まぁ、敵は若利だけじゃないんだけどね」
「?」
そう笑うと、肩に腕が回されて重みが加わった。
馴染み深い人物の香りに、顔を向ける。
「ちょっとちょっと、なぁに二人で話してるわけ?
俺も混ぜなさいな」
「………及川」
「及川、離して」
「嫌だね!」
及川はジト目で若利を見ながら、私の肩に回した反対の手を私を抱きしめる形で握った。……挟まれた。
青城も到着したのか、渡り廊下を岩泉達が歩いてきた。
及川の腕を肩から下ろそうとして、その力の強さに諦めた。合宿中、特にコートの中では彼らと同等でいたいから特別扱いは無しにしてくれと事前に話していた。それでもやっぱり不満なのか、名字を呼ぶ度に表情を固くする。辞めないけど。
「………及川のことも、倒すよ。岩泉もね」
「おう、負けん」
「ケッ!かっこいいこと言っちゃって」
「………及川引っ付けて言う話でもねぇけどな」
「離れないの。どうにかして」
春の練習試合にインハイ予選。そして春校予選と、青城とは接戦を幾度もしてきた。及川と岩泉が居るからというのもあるけれど、ある意味特別で負けたくない相手。だから、この合宿に引き摺り込んだ身としてはありがたいことこの上なかった。
及川に拳を叩き込んだ岩泉は「櫻井にちょっかいかけんな」と私から及川を引き剥がした。
元々夏合宿と同じ学校で行う予定だったところ、開催を予定していた梟谷の体育館が使えないこと、白鳥沢の鷲匠先生からお声が掛かったことから、武田先生の『三年生が引退し新体制になろうとしている今、学校の繋がりを大切にしたい』と合同合宿が白鳥沢で行われる。
今年の春高で準優勝校の梟谷を含め夏合宿で世話になった四校とは勿論、宮城県内の強豪校も合わせた八校の有力選手が集まっている。
これが本当に、最後のチャンスだ。
若利が青城も烏野と同じ第二体育館でアップだと話したので、そのまま青城の面々と体育館へ向かう。中に入り挨拶すると、先に向かっていた皆は準備運動をしており、私もとサポーターをつけてシューズの紐を結んだ。肌寒いから体を温めるまではウィンドブレーカーを羽織っているけれど、下は脱ぐ。
ユースのコーチに教えてもらったストレッチをしていると、すぐ隣にいる及川から視線が刺さる。
「…………」
「……、何?」
「いや、良かったって思って」
ずっと続くと思っていた練習もあんな形で終わってしまったと中学のことを思い出した。右腕と両膝にロングのサポーターをつけているものの、あの頃の様に練習着を着ている。それだけで嬉しいのだと及川と岩泉は笑った。
準備運動を軽く済ませて、コートラン、スパイクレシーブとウォーミングアップに体を動かす。トレーニングを続けているから、まあまあ動けているとは思う。
私の持ち前の武器は変幻自在なサーブで、それで決めることが一番の理想。そしてその次が、サーブで崩してブロックで仕留める完璧なサーブ&ブロックだ。
でも、それだけじゃまだ足りない。
烏養さんに言われた言葉がずっと脳内を巡っていた。
『お前は、お前が思っていた以上に何でもできる』
自分が今するべきことは何なのか、足りないものは何なのかをひたすら考えながら練習してきた。それを上手く形にすることはできていないけれど、この合宿で絶対に見つける。
「ーー!ーーーーっ!」
練習を初めて数十分後。ふと、体育館の外から声が聞こえた。
………相変わらず、騒がしいな。
「ゆきっぺ!馬!!馬いる!!!」
「はいはいソウダネー」
「見事な棒読み」
「おい木兎、普通のエースはそこまで騒がしくねぇよ」
「騒がしくなくても普通のエースはいつも元気だろ!!」
「………」
「諦めるなよ木葉」
「あいっ変わらず騒がしいねぇ、フクロウさんは」
「出たな化け猫ぉ!!!!」
「……何でクロは面倒くさい方に絡みに行くかなぁ」
隣にいた月島も思いっきり顔をしかめており、入口から距離を取ろうと素早く反対へ動いた。東京勢は新幹線で宮城に来るから朝早かっただろうに、このテンションの高さ。
元気に体育館に入ってきた彼らは、挨拶しながら礼をした。
「お願いっつシャァス!!!!」
「………梟谷…」
「あれが木兎光太郎か……」
梟谷は春高準優勝という事もあり選手の顔は知っているのだろう。隣で練習していた青城のメンバーが少しだけ騒ついた。及川も品定めするように彼らを見ている。
友人だから誇らしいけれど、この合宿本当にどうなるんだろうかと心配に思えてくる。
「………月島、顔どうした」
「別に」
「櫻井もだぞ〜〜〜!お前ら、アイツらと仲いいだろ?」
そんな澤村と菅原の言葉に月島を見ると、苦々しい表情をしていた。気持ちがよくわかるよ。
でも、梟谷と音駒が来たと言うことはそろそろ交代するのかもしれない。そう思いながらサーブを打つ。
やっぱり、今まで作り上げてきたからこそ改変の余地は無いのかなと思いながらまた足元に転がってきたボールを手に取ると、木兎のよく通る声が体育館に響いた。
「ヘイヘイツッキー!今回もブロック飛んでくれよな!!」
「………よろしくお願いします」
「声、ちっさ……!」
準備が早い。むしろそのまま混ざろうという気すら見える。反対に来たのに、何でわざわざ呼ぶかなと殆ど呆れていると、こちらに標的を変えた。
「お前には前回さんっざん煮湯を飲まされたからな………っ!
絶対お前に勝つ!逃げんなよ、律!!!」
そう大声で宣言したから、視線が痛いくらい刺さる。でも、当の本人はそれに気づかず「煮湯を飲まされるの使い方、あってる?」と赤葦君に聞いていた。
夏合宿で散々練習したけれど、春高で試合を見てからは木兎と本気で戦ってみたいと思っていた。だから、そんな彼にそう言ってもらえるのは嬉しい。
「………じゃあ私も、本気で叩き潰す」
そう、笑って言った。
「……櫻井って、何でこんなガラ悪く感じるんだろうな」
「裏番だから」
「ミンチにしてハンバーグにすっぞオラァ」
「勝手なアフレコやめてください菅原さん」
「木兎さーん!!!」
「おー!!弟子!!!!」
「俺達は青葉城西と交代ですよ、木兎さん」
「いや、何でコッチ来た!?」
日向に名前を呼ばれて駆けていく木兎と、彼を引き戻そうとする赤葦君の背中を見送ると、赤いジャージに身を包んだ彼らへ視線を向けた。
「宮城って寒すぎない?もう三月下旬だよ!?」
「移動疲れとか、動いてないからではなく?………鉄朗」
ジャージのファスナーをしっかり上まで絞めている鉄朗は珍しいと思いながら話し出す。春高が終わって連絡を取ることもなかったから、なんだか余計に久々に感じた。
「久しぶり。
次俺らがこっちのコート使うから、そろそろ交代頼むわ」
「おう」
「つっても?俺はもう主将引退してるからな。
研磨が行けよほら!」
研磨!と叫ぶ声に孤爪君はダルそうにしつつも顔を向けた。縁下と話していたから主将の働きはしていたみたいだ。
にしても、孤爪君が音駒の主将というのは何となく違和感を感じる。試合中のゲームプランを組み立てていくのは確かに彼だけど、チームをまとめられるかと聞かれると謎だ。
「クロに言われなくたって最低限のことはやるよ。最低限は」
「お前の最低限は最低限すぎんだよ!」
「俺にそういうの向いてないって前に言ったし、その辺は虎に任せるって決めてる。
てか、澤村さんも引退してるんだから。話しかけに行ったのはクロだし、クロの方こそ抜け切れてないんじゃないの?
櫻井さんと喋りたいだけでしょ絶対」
「ごもっとも」
「今のは孤爪のが勝ちだな」
「あー………ノーコメントで?」
「な!何だよお前ら!!」
合宿の参加校である烏野高校、青葉城西高校、伊達工業高校、白鳥沢学園高等部、音駒高校、梟谷学園高校、生川高校、森然高校の全員が集まると流石に壮観だ。
一、二年生の新チームは勿論、引退した三年生も揃っているからこそ面白い。
…………そして、この合宿が最後だ。
彼らと同じ土俵で戦いたい。勝ちたいと走り続けていた私の、最後のチャンスだ。そして、そんな私と同じ気持ちでいてくれる人が揃っている。
「全員倒す」
「何をしに来た?」
ウォーミングアップを終えて音駒と交代した後、繋心さんと武田先生に付き添い監督やコーチの方に挨拶をする。猫又監督と闇路監督を始め夏合宿でお世話になった先生方から快く迎えられたけれど、鷲匠先生はそうではなかった。
烏養さんに聞いていたから、この人はそういう人だと知ってる。きっと口にしないだけで入畑監督や追分監督もそう思っている筈だ。私はこの人たちにとって何処までいっても烏野のマネージャーの一人である女でしかない。
だけど、違う。私は選手としてここに来たのだ。
私はこのチャンスを、何としてでも掴まなければいけない。
「勿論、勝ちに来ました」
「勝ちに?同じコートに立つことは無いというのにか」
「はい。……別に、彼らと自分に同等の力があるなんて一度も思った事は無いです。マネージャーとしてサポートをするのも、技術や考え方を教えるのも練習するのも、全部私の為です」
何となくではじめたけれど、決してそれだけではない。
「あんなふうにバレーができたらと思った。………彼らの様なバレーをしたかった。この一年半で学んだことは多くあります。
私のバレーの為に彼らを利用する。勝って踏み台にします」
練習試合、合同合宿なんだから。同じコートに立てずとも、利用することはできる。これから先のバレー人生のために、彼らに勝利した実感が欲しいのだ。それはチームとしてではなく個人として。
昔から勝つことと強さへの執着にはとことん貪欲な私で。
「…………ふん」
「流石は烏養のジジイの弟子だな」
鼻を鳴らして視線を逸らした鷲匠先生とは対照的に、猫又監督はそう言って笑いながら繋心さんを見た。
「……使えるものは全部使う。そうジジイが教えましたから」
「君が彼らを対等に見ていなくとも、彼らにとっては違う。
少なくとも木兎は、ずっと君を倒すべき敵だと思っている」
同じコートで練習しても、試合をすることはない。だから、絶対このチャンスを逃さない。
「まぁ、ウチも無理を言ってるところがありますので。お互い実りのある合宿にしよう」
「はい」
関東勢が体育館でアップをしている間は、外でランニングやラダーをして体を温めていた。そして全チームのウォーミングアップが終わると、第一体育館に参加する全員が集合した。
合宿に参加するのはチームの中心として活躍する一、二年生の中で各校選ばれた人と、参加を決めた三年生。選手以外ではマネージャーもいるけれど、大人数の学校なんかは来ていない選手もいる。
完全に選手として参加する格好の私を訝しげな視線で見る人はいるけれど、私はこの場で異端だと自分が一番わかってる。
「はじめに……由良、櫻井。起立」
白鳥沢の斉藤コーチに名前を呼ばれてその場に立ち上がった。
「由良は白鳥沢学園中等部の三年…卒業生だが、今回の合宿では白鳥沢の一年として参加する事になった。
そして、烏野高校の卒業生櫻井も同様に、三年の練習に混ざってもらう」
感じる視線と困惑に騒つく空気を感じながら「何か一言」と言われて由良君から挨拶をする。
「白鳥沢学園、由良正太。ポジションはセッターです!
このような場に呼んで頂き光栄です!皆さんから多くのことを学びたいと思います。よろしくお願いします!!」
由良君は冬の一年生を対象とした強化合宿にも呼ばれていたと本人に聞いた。私が日向と月島の先輩だと知った彼は春高で二人の活躍を見ており、合宿ではとても有意義で参考になったと挨拶をしてくれた。実力もありコミュニケーションも取れる、とても良い子というのが第一印象だった。
そんな彼に拍手を送って、全員の視線が集まるのを感じた。
私は別に、自分と彼らに対等の力があるなんて思ったことはない。及川と岩泉と練習をしたいと思ったのも、影山や日向に何かを教えるのも、鉄朗と木兎と月島と試合をするのも、若利に勝ちたいと思うのも。全部、自分のためだ。
昔から、利用するために一緒にいる。
「烏野高校のマネージャーだった、櫻井律です。ポジションはウィングスパイカー。
これが最後の機会なので、思う存分利用させてもらいます。
よろしくお願いします」
どう頑張っても私が彼らと同じコートに立つ事なんて無い。だからこそ、この合宿で勝つ。奴らのバレーを踏み台にして、上に行く。
私の言葉をどう受け取ったかは知らないけど、あまり見縊るなよ。そう思いながら着席した。
「一、二年は一セットマッチ二十五点先取で試合だ。三年は、第一体育館のAコートで練習だが、烏野の澤村を中心に回せ」
鷲匠先生の言葉に、澤村は大きく返事をした。指導者は一、二年に付くから三年は基本自由にやると事前に聞いていたからちゃんとその辺りの対策は練ってきた。
ミーティングが終わりそれぞれが割り振られたコートに入る。澤村は菅原に少し話して、事前に武田先生に聞いていたからと主将組を集めて少しだけ話すらしかった。
「じゃ、あいつらが話し終わるまで俺らはアップしとくべ!」
そこで指示を出すのは菅原。ここ最近はそう言う風に見えなかったけれど、彼も副主将だしリーダーシップはある。
「………だね。対人パスからやろっか」
「はいはいペア作って〜〜!」
そこで人見知りするでもないし、とりあえずはと同じチームメイトに声をかけたりしている。東京遠征で仲良くなった人なんかは他校でも組んでおり、この合宿の意図をしっかり理解しているなと感じた。
「櫻井、やろうぜ」
「岩泉……いいよ」
ボールを手にとった岩泉に声をかけられて、レシーブの姿勢に入る。基礎中の基礎だから、話しながらでも余裕だとラリーを繰り返した。
「お前とこうやって練習すんのも中学以来だな」
「そうだね」
「最近どうしてる?トレーニングとか…」
「朝と夕方は部活に混ざらせてもらってるけど、昼は泳いだり走ったり……師匠の家のコートで練習したり?」
なんか、懐かしいな。と思いながらあの頃を思い出した。
……澤村は、あいつらを纏めることができているんだろうか。
私がボールをキャッチすると、体育館に笛の音が響いた。
隣のコートでは森然と青城が試合をするらしく、岩泉の視線がそちらに向いた。
「森然って埼玉の高校だっけか。どんなチームなんだ?」
「森然はシンクロ攻撃を生かしたチームプレイが一番の特徴。どこからでも、誰でも点が取れる。でも、圧倒的なスパイカーっていうのは今のところいないかな……青城は何しても対応してくるけど、森然の翻弄に対応できるか。森然はそれを打破できるかが見所……?」
「なるほど」
「律〜〜〜」
「、雪絵」
ジャグを持った雪絵がステージの方から声をかけてきたので、岩泉に断ってそちらに向かう。
「三年はマネージャーも指導者も付かないから、各自で休憩とかも取ってって。ちょいちょいドリンクとか様子見にくるけど、気づかなかったらゴメン」
ジャグは置きっぱなしにしてるから、適当に飲んで。それから継ぎ足しにくると雪絵はのんびりとした口調で言った。
「あと、ウチの監督から伝言で、第三組はオーバーワーク気味になることもあるから注意ね。
特に木兎。ストッパー赤葦がいないから、その辺よろしく」
「善処善処」
「それ絶対しないやつじゃ〜ん」
雪絵はケラケラ笑ってビブス持ってくるねと言った。
それを菅原と岩泉に伝えていると、主将組が話し合いを終えたらしく澤村が集合をかけた。
「とりあえず今日は初日だし今から昼までは基礎メニューだな。まぁ、コミュニケーションをとることが目的だから。
そんで、午後はひたすら三対三」
どこからかゲッという声が聞こえてきた。なんか申し訳ない。それを提案したの私なんだ。
二対二でもいいけど、人数が人数だしなるべくボールに触れられるようにしたい。三年生は約三十人の参加となっている為、一チーム三、四人と考え大体九チームは組める。それから総当たりだとすると、七十二試合。試合数が多いから、九点先取だ。明日からは後輩達と同じように試合をすることになるだろうけれど、三年だけでやるとなるとかなりキツい気がする。
そして、その為にお互いの力量を知ろうという事でそのまま練習を進めるから、なるべく他校の連中と組めよと言われる。
「……で、第三……木兎と黒尾と櫻井はオーバーワーク厳禁」
「全然オーバーじゃねぇし!」
「サームラサン名指しやめてくださぁい」
雪絵に声をかけられた時私の名前は無かったのに。
澤村に文句を言う木兎と黒尾に目を向けて、完全に同類扱いじゃないかと眉を寄せる。
「はは、櫻井が不満げにしてる〜」
「ほらほら!律だってこう言ってんじゃん!!」
「何も言ってないんだが?」
「櫻井……?」
澤村は怒ったら怖い。でも、オーバーワークではないと思いながら返事をしようとした。頭に夏合宿のことが思い浮かび、結局夜に鼻血は出しているから反論もできないなと黙る。
「………善処善処」
「お前、それ言えばだいたい許されるって思ってるだろ」
「時間ないし、始めよ」
「そんではぐらかしたな」
練習メニューも事前に考えたもので、基礎練中心だ。春高が終わり受験一色になっていたからバレーをするのも久々の人だっている為、ひたすら体を動かしてボールに触れる。
スパイク練に入った時トスを上げようと視線を動かした及川と目があって、何となく嬉しく思った。
「ー……よろしく、及川」
「オッケー櫻井さん」
* * *
「なんか、想像以上に動けてるっていうか……馴染んでるな」
及川君のトスをキッチリストレートで決めた櫻井さんを見て、俺は思ったことをそのまま呟いた。
合宿始めの挨拶では女子が混ざるのかと驚愕した。烏野の黒いジャージを身に纏って静かにコートを見つめるマネージャーの女の子としか考えていなかったから。
一つ下、二年に舞ちゃんがいるからマネージャーってそんなもんだろうと思っていたのに、先程の主将会議で澤村君に話を聞くとあのウシワカや及川君まで櫻井さんを普通の女の子だと思わない方がいいと話すものだから不思議に思った。
え、割と有名な子?何でマネージャーなんだろ。そう思ったものの口に出すのは何となく憚られて聞いていない。
俺以外の各学校の主将は櫻井さんの実力を知っているのだとわかった。それだけ凄い子がマネージャーとして部に参加していたってことは、きっとそれ相応の理由があるのだ。
「ん?ああ、茂庭君も驚いたろ」
「エッ、まぁ……正直」
独り言を澤村君に拾われて、そのままボールを片手に彼女を見る。高身長で、細くて長い手足には黒いロングのサポーターを巻いている。怪我とかかな、やっぱり。
それでも雰囲気から、実力のあるバレーボーラーだとわかる。
「アイツ、大学から選手に復帰するしバレーの強豪に進学するから参加が認められたんだよ。練習場所って限られてるから」
「ふうん………そうなんだ…」
夏に部活を引退した俺からしてみれば、またボールに触れることも体育館で練習する事も考えなかったし、ましてやこんな凄いメンツでの合宿に参加するなんて思わなかった。澤村君が率いる烏野に負けたのに普通に会話して。
インハイ予選の敗退を完全に割り切れたなんて思わないけど、あれから半年経った。少しずつではあるけれど、選手としての気持ちが薄れてきているのかななんて思った。
俺はこの先選手としてバレーに参加することはないけれど、ウシワカや及川、木兎君を始めこの先も選手として生きてく人はいるのだろう。そんな彼らと同じコートに立てることが誇らしくもあり、情けなくも感じた。
「………インハイ予選で烏野に負けて引退して。
澤村君達は春高本戦まで進んで全国ベスト八だからそんな昔のことって思うかもしんないけど、あの時はガチで凹んだ。
この合宿で戦うことがあったら、次は負けないからね!」
「…受けて立つ!」
きっと、鎌ちと笹やんも同じことを考えてると思う。試合を会場や街で会った時とか挨拶はしたものの、こういった会話をしてなかったからこの機会にと宣戦布告しておいた。
* * *
そろそろ昼になる頃、ある程度練習を終えた私たちは各自でクールダウンをしながらホワイトボードの前に集まっていた。そこにはアルファベットがAからIまで振られており、今から昼以降の三対三のチーム分けを決めるのだと。
「決め方はどうすんの?」
「そこは考えてまーす!」
木葉君が疑問を口にすると菅原が嬉々として答えた。
「今日は明日以降の試合の為の交流がメインだから、他校同士で組もうと思って。各学校に分かれてそれぞれに番号を振って、それからいい感じに調整って感じ」
「説明フワッフワだな」
「それ」
交流メインで進めたいので学校はバラけさせたいけれど、強さに偏りが出過ぎてしまうのは後日の連携にも不安が残る。
「………番号、ユニフォームの背番号とかで良くない?」
「って、私も言ったんだけど」
「それは絶対ダメ」
「無理無理」
天童君の言葉に菅原へと視線を戻すと、首を振った。
「若利と鉄朗と及川が同じチームになっても私は気にしない」
「お前は気にしなくても俺らは気にするんだよ」
「鬼畜だぞ櫻井ー!」
「なるほどよくわかった」
面白いと思うんだけど。………協調性は皆無だと思うけど。
詰まるところ、運だ。バランスが偏れば変えればいい。そう思いながらホワイトボードに名前を書き込んでいく。主な話し合いは主将に任せていたけれど、個人での関わりになるからと積極的に意見を出していった。そうこうしていると十二時半。
「………よし!じゃあ昼食終わり次第総当たりで三対三。
回数が回数だから九点先取のデュース無しな」
「じゃ、一時間後に」
組み分けが決まり、私は海君と瀬見君と同じチームになった。
自己紹介をした後「お昼食べたら少しアップするか」という瀬見君の言葉に同意する。先程スパイク練習で瀬見君のトスは打ったけれど、速攻やブロードの話もしておきたい。海君とは夏合宿の時鉄朗経由で話しているけれど、私と同じポジションだから位置取りとか確認しなければ。
「……言っておくけど、私を女として特別扱いしないでほしい。
私も意見があれば遠慮なく言わせてもらう。そっちも考えがあったら何でも遠慮なく言って欲しい」
「わかった」
「了解!」
雑談をしながら食堂に向かう。他のチームも同じ様に移動し始めて、なんだかんだ他校でも話せるもんだなと思った。海君も学校の広さが珍しいと世間話を振っていた。私はこういうのが苦手だから助かる。
「そういや、さっき澤村君が言ってた『第三』って何?」
「ああ、第三体育館組のことだよ。夏合宿の時に第三体育館で練習してたメンバーで、木兎、黒尾、櫻井さんをはじめとした梟谷と音駒と烏野の七人」
「じゃあ第一とか第二とかもあんの?」
瀬見君にそう海君が答えたのを、近くにいた松川君が拾った。松川君は大平君と小見君と同じチームで一緒に行こうと言った。
「いや、殆ど学校ごとで固まってたから無いかな。第三体育館組だけ何故か他校で集まってたし」
「灰羽君がレシーブ練習するからって時々夜久君も見に来たりしてたし、何だかんだ音駒も参加してたよね」
「うちの木兎がお騒がせしてます」
「いやいや、赤葦君にはお世話になりました……」
「赤葦は二年生にしては大人びてるよね。音駒《ウチ》の二年はほら、あんな感じだから」
「烏野の二年も見たまんま」
「白鳥沢は………わりかし静かだよな。見た目は」
「そうだな。見た目は」
音駒と烏野はなんだかんだ似たもの同士が多いと海君に同調すれば、瀬見君と大平君はあそこまで騒がしい奴は滅多にいないよなと顔を合わせていた。言われてんぞ、西谷田中。
「赤葦……って、梟谷?」
「そ。ウチの次期主将のセッターです」
「主将でセッターと言えばアイツしか思い浮かばんかった…」
「赤葦君は及川と似付かないくらい真面目で良い子だよ」
「それは及川をディスってるってことでいいの?」
「今俺への悪口が聞こえた!!」
「ウッッッワびっくりした」
「どこから湧いたんだ」
食堂に着いて各自トレーを持って話していたらいつの間にか及川がいた。本気で驚いた。
「及川は見た目に反して真面目だけど、赤葦君は見た目通りだと思う」
「いや………ううん…………まぁ、そういうことでいいや」
小見君は説明が面倒だと思ったのか、もうその話題はスルーした。
「及川はどうした。東峰と添川君と同じチームだったよね」
「うん。りっ………櫻井さんに東峰君のこと聞こうと思って」
「本人と話せよ………」
「そう言わずに!
聞きたいのは東峰君のことだけじゃないしね〜」
後、名前呼びになりそうで言葉をつまらせていた。そこまで慣れないものなのかな。中学の時はしっかり判別していたのに。
合宿前、名前呼びについて徹と話したことを思い出す。
『え?合宿中は名前呼び禁止?』
『うん。名字で呼んで』
『…まぁ、いいケド。
律ちゃんて、殆ど二人でいる時しか俺のこと名前で呼ばないよね。……まだ、気にしてる?』
確かに、昔あんなことがあって徹の呼び方は注意してきた。でも、今は違う。
『………バレーの時は、駄目。
及川に名前で呼ばれたら、恋人の櫻井律になるから』
『は?』
『バレーしてる時は、同じ土俵に居たいから駄目なの』
それに納得して、お互い昔の様に呼び合っているのだ。
まぁいいか。と席が空いているテーブルに座る。三年は一気に昼食に入ったけど一、二年は試合進行によるからバラバラの様でテーブル席は空いている。
「東峰君、及川のことよろしくね。
どうしようもない時は岩泉か櫻井さん呼んだらいいヨ」
「お、じゃあそうする。よろしく櫻井」
「ええ……………」
「チョット、本気で嫌そうな顔やめて」
いただきます。と両手を合わせてご飯に手をつけ始めた。
及川と私が砕けて話しているのが珍しいのか、正面に座った瀬見君と添川君が少しポカンとしている。大平君も大会で及川を知っているからか、どこか女子と砕けた話し方をするのは見慣れないらしい。
まぁ、アレだけキャーキャー言われてるのに素の及川を知ってたらその差に戸惑うこともあるよね。
「……櫻井さんと及川って仲いいの?」
「あ、付き合ってる」
「へぇ…付き合って………は?」
瀬見君の箸が止まったのを見ながら口を動かす。学校に食堂があるのいいな。栄養バランス整ってるし、メニューも豊富だ。まぁ、学生寮があるからなのだろうけれど。
「そうです!実は俺たち付き合ってます!ラッブラブで「うるさい及川」最後まで言わせて?」
変に隠すことはしないけれど、そこまで大声で公言することでもない。それに、恋愛がらみで面倒な事態になることは絶対に避けたい。中学のことがあったからこそ、もうバレーに恋愛は持ち込みたくないのだ。
事前に知っていた松川君と東峰は、及川と私の温度差に少し笑いながらご飯を食べていた。
「櫻井さんの塩対応がキレッキレすぎて笑える」
「まっつん笑わないで」
「俺、てっきり櫻井さんは黒尾だと思ってた。なぁ、海」
「ノーコメントでよろしく」
そんな小見君の発言に海君は笑ってそう答えたけれど、及川の視線が少しだけ変わった。
いや、うん。鉄朗ってやっぱ態度でわかってしまうんだよね。夏合宿中は一緒に練習してたし。瀬見君達が何となく気まずそうに視線を逸らしたけれど、どうしたのだろうか。
「櫻井さんと東峰君的には、午後の三対三で一番強いとこってどこだと思う?」
小見君にそう言われてチーム割りを思い出した。総当たりだから絶対全員と対戦するし、小見君は梟谷だから宮城の学校の子は全く未知数なのだろう。
「一番強い……ってのはわかんないけど、負ける気はないよ」
「……言うねぇ」
「なんだかんだバランスよく組めたと思うし、いい勝負になるんじゃないかな〜」
東峰の言葉に、チーム割りを思い出しながら話す。
「強いて言うなら、攻撃力一番高いのは木兎のとこだと思う」
「、若利のとこではなく?」
木兎は小鹿野君、鎌先君と同じチームで、若利は菅原と花巻君と同じチームだ。
「鎌先君はミドルブロッカーだけど、伊達工では攻撃の中心でかなり決めてた」
「確かに、タッパあるしさっきのスパイク練も凄かったな」
「伊達工はブロックに特化した学校なんだけど、東峰が部活に来なくなるレベルでメンタルバッキバキにしてくる。徹底的な束リードブロックが特徴的かな。工業高校ってだけあってガタイもいいし、圧が凄い」
「東峰君部活来なくなったの!?」
「春に………少し、色々ありまして……」
「東峰はメンタルクッッッッッッッソ弱い」
「意外だな」
「意外だね」
「ほんと意外」
「全然見えない」
「ええ………そう?」
東峰は外見から勘違いされるけれど、内心考え込むところがあるし、自分のことでいっぱいいっぱいだったりする。
「……話を戻すけど。小鹿野君がいる森然高校はシンクロ攻撃とか普通にぶっ込んでくるし誰でもどこからでも打てる。木兎のチームは攻撃力だけ見るなら相当だと思うよ。まぁ、セットアップとかによるとは思うけど……セッターいないし。
若利のとこは菅原と花巻君がいるし、安定感はあるかな。左利きの若利を菅原がどう扱うかにもよると思うけど、若利なら合わせられるでしょ」
「………櫻井さんのウシワカ野郎へのその信頼感は何なの?」
「後は岩泉と茂庭君のところも……」
「ハイ無視!!」
隣で騒ぐ及川を無視しながら見解を述べていると、少し離れたテーブルで昼食をとっていた岩泉が及川の頭を叩いて行った。本日二度目である。
岩泉のチームには鉄朗と山形君がいる。鉄朗はブロッカーの司令塔でありながら点数に貢献していたし、レシーブもうまいオールラウンダーだ。山形君もリベロだから絶対ラリーは長引くと思う。
「………及川の扱い方はこんな感じ。岩泉呼べば何とかなる」
「な、なるほど………?」
「でも、この合宿のメンツの中ではトップクラスの実力者だと思うよ。味方の百%を引き出すトスに、ジャンプサーブ。影山は此奴を見て育ちました」
「中学時代の先輩だからね、一応。教えたことなんてないし」
「あ〜……そういや白布が影山は及川の後輩だって言ってた」
「言えば対応してくれるから、東峰は安心して飛んでね。
どのチームにも話したことない人はいるし、少人数で試合を回すのは大変。だからこそ、初日は協調性を鍛えることが大事。自分に何ができるか、どうすれば勝てるか……八試合って多く見えるけど、考えないと勝てないし早く終わるよ」
そう話していると視線をもらって、ハッとした。
「………私、また説教臭くなってた?なんか、ごめん」
「いや、櫻井さんほんとよく見てるっていうか……
しっかりしてるね」
「普通じゃない?」
この合宿に参加するメンバーの中で一番実力が未知数なのは私かもしれないと及川に言われた。
「普通じゃないんだよ」
「そうだな……櫻井は実際コートに立つ事は無かったけど冷静に試合見てる分対策も対処も早そう」
「スパイカーなんだよね?公式戦見たことないけど、さっきもソツがないって感じだった」
これは、私の説明をということなのかと思いながら及川に視線を向けると、スッと目を細めて真面目な顔つきで話し始めた。
「櫻井さんの一番凄いところはボールコントロール。サーブもスパイクも確実に狙った所に打ち下ろすし。そんで、レシーブもブロックもトスも当たり前の様にうまい」
「………及川が饒舌に私を褒めることって今まであったっけ」
「無かったっけ?でも実際そうだってよく知ってる。
……中学の頃の話だけどね」
そのまま中学の話とか自分の学校の話をして、そろそろ体育館で合わせようと揃って食堂を出た。
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