簡単に負けるつもりはない。
セットアップや試合中の動き方を軽く考えながら三人で合わせていると、人が集まってきたので試合が始まった。総当たりだからとホワイトボードを見ながら連戦にならない様調節しながら進めていく。
「コートが一つしかないってのは進め辛いな……」
「新チームの試合がメインの合宿だからそこばっかりはなぁ」
「試合を見るのも練習のうちだけどね」
私達の初戦は二試合目で、相手は茂庭君と夜久君と猿杙君達のチーム。九チームだから他のチームの戦い方を見られるのは一チームしかない。でも、それも運だし結局総当たりだから進むにつれて慣れてくる。
「夜久が敵チームにいるっていうのはかなりキツイなぁ…」
「海は音駒だから同じチームだったもんな」
「夜久君はリベロとして凄い優秀だし、厄介だよね……」
「で、どうする?」
そう海君に言われて、瀬見君も私を見た。
「………茂庭君は堅実なセッターって印象が強いし、まだ初戦だから速攻は殆ど無いと思う。何てったって夜久君がいるから、甘いコースに打ったら綺麗に返されて猿杙君のスパイク…って感じかな。
猿杙君はリバウンドで立て直したりセットアップに絡んだりするオールラウンダーだから注意」
「じゃあ、茂庭狙いか?」
「ん、そうだね。
でも夜久君のスーパーレシーブは音駒のブロッカーあってのことだし、フロアディフェンスが生きるのは全体のバランスがいいから。………サーブは猿杙君狙いでも面白い」
「了解」
「繋ぎの専売特許は、あっちだけじゃない。
それに……高さならこっちのがあるから、確実に決めてこ」
「おうよ!」
「………櫻井さんがこのチームの脳ってことで」
「……脳?」
海君は音駒のルーティーンについて話した。ゲームメイクが得意な孤爪君を脳として、上手く事が運ぶ様に風通し良くする。
その話は昔烏養さんに聞いたことがあったから、本当に世代が変わろうとチームカラーはそこまで変わらないらしい。それは、監督のおかげなのかな。
初っ端から若利と及川のチームの試合で火花を散らしていたけれど、それが終わると意気揚々とコートに入った。
* * *
「………あれ、瀬見君からサーブなんだ」
ペナルティを急いで終わらせて体育館へ戻ると、ラリーが続いていた。良かった、まだ序盤だ。瀬見君のジャンプサーブも手強いのはわかるけれど、てっきり律ちゃんが初っ端からぶちかますと思っていたので意外だと呟いた。
「櫻井のサーブは強烈だもんなぁ」
「らしいな。前に若利が言ってた」
「…………、牛島が?」
同じチームの東峰君と添川君と試合を見ていたところ、添川君の口から聞き逃せない言葉が飛び出してきた。
朝もさっきも、律ちゃんは牛島と少しではあるけれど絡んでいるし目につく。
「あ、ああ。全部上手いけど、一番凄いのはサーブだって。
珍しく褒めてたから、どんな女の子なんだろって気になってたんだよね。春高予選決勝の時二人で話してるの珍しかったし、櫻井さんがあの女の子なんだろうなって」
「ふうん?」
結局牛島と律ちゃんがどうしてそこまで仲が良いのかを聞く機会は無かった。
今更疑うようなことはないけれど、バレーに一直線な律ちゃんの邪魔だけはしない反面嫉妬はするから交友関係に口を出したくないけれど牽制はしたい。
アップの時も木兎君と仲良さげだったし、それにアイツ……
「うお、瀬見君?良いサーブだネ」
「瀬見は白鳥沢の控えセッターで、ピンサーとして入ってくるからな」
今回岩ちゃんと同じチームで音駒の元主将である黒尾君。
律ちゃんが彼のブロックを褒めていた事もあるし、木兎君と併せて第三の三年トリオみたいな、セットで扱われている。
正直言って、気にくわない………っ!!!
瀬見君のサーブを猿杙君が拾い、茂庭君がセットする。そして猿杙君が打ったスパイクを海君が拾った。
「瀬見君のチームはブロック飛ばないのか………」
「セッターとスパイカー二人だし、まだ様子見ってところじゃないか?」
「………様子見だとしても、それは櫻井さんが瀬見君と海君を、になるんだろうけどね」
「?どういうことだ」
「櫻井さんは自分に上がってきたボールを確実に決めるから、守備が大切になってくるんだよ。瀬見君がいるから確実に良いセットで打ちたいだろうし。
初めてやる三人だから、どのフォーメーションが一番効率がいいか、やりやすいか考えてる」
スパイカーとして活躍する彼女は一見点取りマシーンの様な印象が強いけれど、実は負けず嫌いなリアリストでコートの中ではいつも冷静に勝ち筋を探している。
サーブが一番の持ち味でも、スパイクはきっちり狙ったところに決めるしレシーブもうまい。
ただ、それは中学時代の彼女の話だ。
「でも、サーブを猿杙君狙いってのは面白いね」
この数年でどんな変化があったのか知らないけれど、効率の良いやり方で試合を進めるのは変わらないらしい。
* * *
瀬見君とセットアップを確認しつつ、私のフェイントで点を取ったところで守備の仕上がりを確認する。
「…………どう?」
「三人でフロアディフェンスするのもいけるけど、ブロックに一人飛んでもいいかもな」
「ん………」
この面子で一番の理想は、海君がAパスで瀬見君に返球した後私と海君の攻撃。ブロックフォローも居たほうがいいとは思うけれど、三人だしそこまで手は回らないかもしれない。
「…………よし、じゃあ次はブロック飛ぶ。
夜久君が攻撃に絡む事は殆ど無いと思うから、サーブは徹底して二人狙って。どっちが拾っても攻撃は絞れるから」
「おう!」
茂庭君が一本目を上げたらセットは猿杙君、そして茂庭君のスパイクになる。そしてその逆、猿杙君を狙うとセットは茂庭君になるけれど攻撃は猿杙君。夜久君が一本目を触らなければ、二人の負担は大きい。夜久君は西谷や渡君の様にセットアップをすることはほとんどなかったし、海君にも確認済みだ。
良くも悪くも堅実なチームだから、目が覚めるような攻撃はしないだろうとタカを括っていた。決して油断はしないけれど。
瀬見君のサーブは強烈だし、コントロールもなかなか。弾いたとしても夜久君は拾うから、乱れたところを叩くのもいいな。
「ナイッサー!」
海君はスパイカーでありながら守備の腕は高い。位置を把握してコースを絞れば、きっちり拾ってくれると知っている。
若干左寄りのストレートを締めて猿杙君のスパイクコースを絞ったら案の定だった。
「ナイスレシーブ」
「櫻井さん!」
さっきはガラ空きだった前を狙ったけど、少し警戒されているからと後ろを狙ってに打ち降ろした。
「ナイスキー!」
「ありがとう。ブロック、今の感じで大丈夫?なるべく海君寄りに打てるよう絞ってみたんだけど」
「うん、拾いやすかったよ」
「じゃあこれから櫻井さんはブロック飛ぶ?」
「そうしようか」
今ので四対一。デュース無しの九点先取だから、序盤は体力を抑えるためにもなるべく楽に試合をしながら戦い方を考えていきたい。私は体力が無いし。
「八試合六十四点、全部サーブで決めてくれると嬉しい。けど、試合の進め方はチームによって違うし、対応しながら勝とう」
「おうよ」
「了解」
でも、チーム割の時点で大体こうするだろうなという予想は立てている。私達の対策をどう倒すか、相手の出方を伺わなければいけない。
「ん……寄せてきたね」
茂庭君狙いになるだろうと予想していただろうけれど、瀬見君のコントロールで二本ともそうくれば夜久君の守備範囲を広げるだろうと読んでいた。事実、そうなった。
「ナイスレシーブ!
猿杙君!!」
「んっ!!」
猿杙君はなんでもできるオールラウンダー。攻守共に安定しており、速攻などでも点を取る。だけど、それを簡単にできるほどの信頼も協調性もまだ無い筈。でも、だからこそ特出した何かが無いからフロアを意識しながらブロックに飛ぶ。
「ナイスレシーブ」
「、」
バレーは三度のボレーで攻撃へと繋ぐから、三人であれば打つ人は限られてくる。海君がファーストタッチの時点でセットアップは瀬見君が来ると想像つくだろう。初戦だし、その予定だ。だけど攻撃は、
「海!」
対応の為に余裕を持ってレシーブをするから、攻撃の手段は増える。私がブロックに飛んだ後横に助走に走れば嫌でも目を引くだろう。及川が言っていた通り、この合宿で唯一の女で得体がしれないだろうから。
レシーブの後スパイクを打ちに助走してきた海君は、奇麗に上がったトスを打ち下ろした。
「っナイスレシーブ!!」
でも、相手に夜久君がいる。
そう簡単に行かないよな、と思いながら思考を巡らせた。
レシーブがうまいのは決してリベロや音駒だけじゃない。繋ぐ事が根幹のバレーだから何をおいてもレシーブは重要だ。
* * *
「…………続くな」
「やっくんは護りの音駒の守備のエースだからね」
そう話す黒尾は少し自慢げでコートを見つめていた。最初からスムーズに櫻井のチームが試合の流れを握っていたが、続くラリーに点差は広がらない。
「けど、なんか櫻井さんは余裕だな。瀬見も普段通りだし」
「………ああ」
四点目からブロックに飛ぶようになった櫻井はコースを絞る事に集中しているのか、得点に直接絡む事は殆ど無い。
ブロックに飛んで後ろに下がり助走してスパイクというのは無理があるけれど、それ対策の横に走るブロードは今日初めて合わせる瀬見も中々気が進まないだろう。
今は櫻井達優勢で八対五。ここで決まれば終わりになるが、茂庭達も全く落とす気配がない。
「乱れた!」
「カバー!!」
猿杙のスパイクを上げたのは瀬見で、それはそのままコートに戻っていく。誰もがチャンスボールだと思った所だった。
「、」
ネット際、ボールの真下に入った櫻井が飛ぶ。助走したことでネットを超えそうなボールにも手が届いた。それをそのまま打つかと思えば、スパイクフォームから反対にボールを上げた。緩い回転がかかった奇麗なそれを、海がクロスで決めた。
「………クッソ」
九対五で櫻井達の勝利。礼と握手をしてコートから出るその背中を見送った。
あの頃は絶対的なエースだったからこそ櫻井は絶対に得点に絡むという意識があった。だからこそ、セットアップを見るのは稀で、上手いと知っていながらもいざ目にすると息が詰まる。というか、
「………クソ川かよ」
「岩泉君はクソしか言わないの??」
スパイクフォームからのセットアップ。いつだって強気で負けず嫌いで、ポジションは違えど攻撃的なバレーをする彼女は及川にそっくりだと感じた。
「にしても、強いな」
この合宿で強くないチームはいない。でも櫻井は対応が迅速かつ適切で、余裕綽々と言ったふうに試合を進める。
「戦う時が厄介だな………」
「負けん」
* * *
「思った以上にハマったな」
「この調子で次も勝つぞ!」
負けたらペナルティで外周一周があるから、勝ったチームがホワイトボードにスコアを書き込むことになっている。ボードの前で次は何処としようかと考えている時だった。
「ヘイヘイ律!」
「、木兎」
「お前ら次は俺達としようぜ!」
一巡目はアルファベット順にと決めていたので、Iチームの木兎達は初戦を選べるのだ。
「………って、言ってるけど、どうする?」
「いんじゃね?」
「ああ。二試合後ってことか」
二人が了承したのを見て決まり!と木兎は笑顔で言った。
朝に宣戦布告をした事から、本当に楽しみだったんだろうなと思い、なんとなく気恥ずかしい。
「逃げんなよ!」
「うん………瀬見君、次は私からサーブ打つね」
「?おう、わかった。
………てか、何で木兎はこんな櫻井さん敵視してんの?」
瀬見君の純粋な疑問に、木兎は腕を組んで渋い顔をして話す。
「烏野と試合した時、律がピンサー入って俺狙ってきたんだよ。
まともに攻撃させてくんねぇの!スッゲェ悔しくて!!」
「ここまで引きずられると思わなかった」
「執念深いな」
ここまで言ってくれるのは気恥ずかしい反面嬉しいし、宣戦布告を受けて立つと言ったからこそ叩き潰さなければ。面子は違えど三対三は木兎と夏合宿でやってきたし、攻撃力が高いからこそ殴り合いを制する。
試合を見ながら対策を立てたり自分の試合展開をイメージしたりと、初戦は見てるだけというチームはいたけれど、試合前にアップをと外で走ったりボールに触れてる人もいた。
「………私、ちょっと壁打ちしてくる」
「了解」
「海はどうする?」
「俺は見てるよ?瀬見は?」
「俺は…………」
二人は同性だからか、スムーズに仲良くなっている。やっぱこういう時壁を感じると思いながらボールを手にして体育館の角に向かった。
白鳥沢の体育館は広くて羨ましい。そう思いながらスパイクの腕の振り方を染みつけるように壁打ちをする。まっすぐ地面に叩きつけ、それが壁に当たって跳ね返ったところを叩くの繰り返し。試合中の歓声を聞きながら木兎達の対策を考える。
攻撃力が高い木兎達のチームは、サーブで崩してまともに攻撃をさせない事とレシーブが重要になってくる。私がサーブで入るならブロックはどうしようか。レシーブは海君を中心にするとして、怖いのは超インナー。
木兎はボールが上がりさえすれば迷わず打ち下ろしてくるだろうけど、何だかんだフェイントやリバウンドもするし連携もある。セッターがいないからこそ誰が攻撃に入ってくるか予測が出来ない。鎌先君はブロックに飛ぶだろうし、打つ場所も考えないといけない。
序盤から手札を見せるようなことはなるべくしたくなかった。私は体力が無い分、後半に進むにつれて動きがどうしても鈍る。数ある手段を選び試合を戦い抜きたかったけれど、わかってる。
全力を出さないで勝てるチームなんて、いない。
「…………」
跳ね返ってきたボールを見ながら体の向きを変えて、腕の振り方をクロスに変えた。ダダダダッという独特な壁打ちの音を聞きながらクロス打ちを繰り返す。
バレーで究極の試合があるとするならば、それはサーブだけで二十五点取ること。その次がサーブで崩してブロックで仕留める。そして、ボールを拾った上で次の攻撃へ繋げること。
「…………強いサーブを外さない」
攻撃力が強いから守備を強化する。それは間違いではないのだろうけれど、違う。いつだって殴り合いを制す。だから勝つ。さっきの試合は守備に特化したチームだったからああゆう進め方をしたけど、次はどうしようか。
戻ってきたボールをレシーブして、そのままボールハンドリングを始めた。
* * *
「…………なんか、無表情ですっごい壁打ちしてんだけど」
「ははっ凄いなぁ」
同じチームに振り分けられた櫻井さんに視線をよこした。
この合宿で女子一人の選手参加。若利が褒めていたのが彼女だということもあり距離感を掴みかねていたけれど、さっきの一試合目でありありと実力者だとわかった。
指示は的確でプレーも丁寧。ブロッカーだと言われても違和感はないのにスパイクもキッチリ決める。そして極めつきに、最後のトス。事前にファーストタッチが俺で櫻井さんが動けるときはトスを上げると言われていたのに引っかかりそうになった。そして、打ちやすいトス。
「………司令塔だよね」
「だな」
どのポジションでもどんな状況でも冷静に対応する様子は謎の安心感があって頼もしい。
次は櫻井さん自身が『攻撃力が高い』と評価していた木兎達のチームだが、どうするのだろうか。サーブは櫻井さんからすると言っていたけれど。
壁打ちをやめてボールハンドリングをしている彼女を見ると、試合をたった今終えた黒尾が櫻井さんに話しかけていた。
* * *
「律、試合見ないで壁打ちしてたのかよ」
私達の次に試合をしていたのは鉄朗達と木葉君達のチームで、厄介なブロッカーとパワー重視のスパイカーがいるチーム同士の試合だった。
「お疲れ、鉄朗。岩泉とはどう?」
「パワー型のエーススパイカーそのままって感じだな。
高さはねぇけど」
「それ、岩泉気にしてるから言わないであげてね」
鉄朗はははっと軽く笑ってコートに視線を移した。
「次どことするか決まってる?俺らとやんねぇ?」
「この試合の次木兎達とするから、ごめん」
「初戦決まってなかったからか。……じゃ、時間が合う時に」
「ん」
鉄朗のチームは守備も攻撃も申し分なく、非常に厄介だ。
鉄朗はブロックに飛ぶだろうし、嫌だなぁとすら思う。
「そろそろ海君達と話すから、行く。ボール使う?」
「ん、使う。頑張れよ」
ボールハンドリングをやめて鉄朗にそれを渡して言った。
「勝つよ、絶対。見ててね」
「おう。………、だったら俺の時も見てろ」
「はは、わかった。なるべくね」
澤村達と松川君達の試合が進んだきたところで、考えたことを二人に伝えようと戻った。声をかけると、早速と言った風に次の試合の話をされる。
「サーブでガンガン点取れるならその方がいいに決まってる。けど、返されたりするだろうしあっちの方が攻撃力は高いから、落ち着いて進めよう」
「櫻井さんサーブなら、ブロックはどうする?」
「瀬見君にお願いしたい。セットアップも重要だから大変だろうけど、ネット際、任せてもいい……?」
「おう、任せろ!」
「難しいボールは無理しなくてもいいから、着実に行こう」
「木兎を調子に乗せない、ね」
「…………でも、多分、さっきよりかは戦いやすいと思うよ」
「?」
サーブで崩してまともに攻撃をさせない。それによって木兎を調子に乗せない。でも、木兎だけ意識しているわけじゃない。みんな強いってわかってるから、しっかり決めていく。
三年生はセッターとリベロが少ないためスパイカー二人にブロッカー一人というチームは多い。しかも、在学中一緒だった人同士で組んでいるチームはない。だから、この試合での戦い方は他のチームの時も役立ちそうだと思う。
「ッシャア!絶対リベンジ!!」
ネットを挟んで入場する際念を押すように言った木兎を見る。
「………、ぶちのめしてやるわ」
合宿中はどの試合もコイントスではなくジャンケンでサーブレシーブを決めている。
木兎のチームが先行になり、今後のことを考えた。ジャンプサーブを打つのは木兎と鎌先君。でも、取れないってほどではない。
「海っ」
海君が綺麗に木兎のサーブをレシーブして瀬見君に返すと、そのまま助走に走った。
基本瀬見君には私達のどちらを使うか任せっきりにしている。人数が少ない分多く動かないといけないけれど、スパイカーの仕事は点を取ることだ。
いつだって自分に上がるとセッターを信じて飛ぶ。
「ー………」
瀬見君はそんな私達の思いを良い意味で裏切り、初っ端からツーアタックを決めた。木兎の熱意と先ほどの試合で私を警戒していたのか、前の空いていた場所をうまく狙ったツーだ。
「ナイス判断」
「着実に、落ち着いて攻める。だろ?」
瀬見君はニッと笑って「ネット際はまかせろ!」と念を押すように言った。
「………ヤバイ」
「お?」
「良いセッターに惚れるチョロいスパイカーだからさ。
……あ、及川には秘密ね」
木兎に煽られていたのは案外私の方だったのかもしれない。
そう思いながらエンドラインに立つ。前の試合でもサーブはしたけれど、楽に勝つためにここで一気にもらっておこう。
ボールを受け取ると、慣れた手つきで感触を確かめた。そして、笛の合図でタイミングを合わせながら飛ぶ。
「、」
コースは私の対面。真っ直ぐ、小鹿野君の方へ向かう。
彼は木兎を狙うとでも思っていたのか、少し身構えて自身の立ち位置を思い出したかのようにしゃがんだ。………良かった。
「アウト!」
ピッと笛は鳴ったけれどライン側で審判をしていた天童君は手を下げて「入ってるよーん」と軽く言った。
………そう簡単に取らせるわけないだろ。
* * *
「クッソすまん……!!」
「……今のサーブ、俺もアウトだと思った!」
「途中でグッと落ちたな」
「律はサーブ確実に決めっから、触って上げたがいい」
「オッケー!」
自主練の三対三では拾えた。だから、俺に来れば確実に取る。それなのに律は俺を狙うことなくサーブで点を取り続ける。
………何だよ、リベンジって来たのに!!
そう思いながらサーブを打つ律を睨むと、アイツは視線を俺に向けてフッと表情を消していた。
何だ?アイツは今、何を考えている。
小鹿野が触れて高く上がったボールをセッター君の手に当ててリバウンドした。
さぁ、俺にちょうだい。
「木兎!」
鎌先が上げたボールを打つと、それを海が拾う。クッソ、気持ち良く決まんねぇな。
結局セッター君のトスを律が決めた。今ので四対零。
体格もパワーもこっちの方が上の筈なのに、点が決まらない。律を見れば、俺を見て口を開いた。
「ボールが落ちたらバレーは終わる。このままストレートで勝たせて良いの?」
「ああん!?ソレは律が「私は。あの日ピンサーに入った時の続きをしているだけ」
ネットを挟んで俺を真っ直ぐに見て話す律は今まで以上に燃えているような、異様な熱さを感じた。
「あの時繋いでくれた仲間はいない。『自分なら取れるのに』って思ってた?小鹿野君じゃなくて俺を狙えって。
バレーは一人でするものじゃないでしょう。
いつまで梟谷のエースでいるつもり?春高は終わった。
卒業したのに」
「、」
その言葉に、ハッとした。わかっていたつもりだったのだ。あの試合から。でも、やっぱり。
中学の頃から全国で戦うことはあれど、優勝できたわけじゃない。だけど、俺たちなら出来ると信じていた。
『あの時繋いでくれた仲間はいない』
そうだよな。チームが変わるって、そういう事だよな。
「………そりゃ、今日会った面子にチームワークも信頼もクソも無い。だから上手く行かない場面は絶対にある。
でも、そういうの試合に関係無いじゃん。
信頼なんて無くてもバレーはできる」
「!」
「さっきの攻撃、リバウンドが悪い判断だとは思わないけれど、木兎なら瀬見君のブロックと渡り合えるはず。良いトスが上がると思った?それが普通だと思ってる?
今日会ったばかりの、何も知らない人に自分のフォローを任せるな。知ろうとしていないのは、どっち?
敵の前にチームメイトを視界に入れろ」
顔を引っ叩かれるような事を言うな。初めて会った合宿初日からそうだ。お前は、いつだってバレーをなんとも思っていないかのように見ている。
でも、違った。真っ直ぐだから、辛辣で、苛烈なんだ。
表情に出ないだけで、律を知った今ならわかる。アイツは決して、バレーも何も嫌いではない。
『本当にこのままでいいと思ってる?』
『無駄かどうかなんて、終わってから判断しろよ』
「……できないことを出来るようにするための練習だろ…」
夏合宿で、烏野の連中に怒っていたあの言葉が浮かんだ。
その時は何をそんなこと。当たり前だろうと思っていたけれど、本質は違う。
スパイクの打ち分けやサーブレシーブ、技術のことじゃないんだ、きっと。律があの時言っていたのは、全部だ。気持ちも態度も、全部含めてバレーだ。
俺は両手で顔を叩いて、チームメイトの方を見た。
アイツはいつだって正しいことを言う。
俺は律を倒すことばかりに目がいって、仲間のことを気にかけていなかったのかもしれない。いや、全く視界に入れていなかったわけではないけれど、でも確かにボールが上がるのは、トスが上がるのは当たり前だと思っていた。
「俺は木兎光太郎!
ポジションはウィングスパイカーだけど、正直ウシワカとか律みたいに普通に点を取るのってできない時もある!」
「おいおいどうした」
「突然の自己紹介」
居ないぞ。俺の全部を知ってるのは、いない。
『やっぱもっとみんなとやりたかったなーっ!』
「でも、俺に上がったボールは確実に決める」
「、」
「だから、楽しいバレーにしようぜ!」
きっと、この二人とやるのだって今日しかない。だったら、残り少ない中でこの三人が最強だと思わせてやる。手始めに律のチームに勝ってからな。
「……おう!まかせろって言えるほどの技術も何も俺にはないけどな!」
「ぶつかってこうぜ!」
* * *
「なんか、テンション上がってんね」
「敵に塩送ったんじゃないか?」
少し厳しい事を言ってしまったかなと思ったけれど、さすがは木兎。動じない。人から何を言われようとどんな視線を向けられようと、自分の意思だけは曲げることがない。
「木兎の凄いとこって、多分そこだし。
……それに、全力でやらないと勝ったって言えないでしょ」
木兎は凄いスパイカーだけど、それはテンションで左右する。夏合宿でそれはよくわかってるし、春高で集中の凄さ、バレーに対する熱さは見た。調子が良い時は手がつけられないけれど、そうじゃない時だってある。
だから注目はされるもののあと一歩が足りない。これから先、それも少しずつ克服していくんだろうけれど。
気持ちでどうこうできる問題ではないし、具体策を練らないことには対応もできない。そして私は、自分が考えうる最高の攻撃を止めることはしない。
木兎のチームは攻撃力が高いけれど、その分守備が少しだけ弱い。だから、まともな攻撃をさせないことが一番の勝ち筋だ。
そう思いながらまた真っ直ぐに小鹿野君の方へサーブを放つと、彼は姿勢を崩しながらもボールをあげた。
「チャンスボール」
海君がそれを落ち着いて瀬見君へ返すのを見ながら助走に走る。気持ちだけでどうこうできる問題では、
「っ、」
徹底したリードブロック。トスを見てから飛ぶそれは私の目の前に立ち塞がり、元の体格差があるからこそ大きく思えた。
さすが伊達工。夏に引退したとはいえどその精度はあまり落ちていないように思える。
鎌先君のブロックで止められ四対一。今のは完全にやられた。
「やっぱでかいし高いな、鎌先」
「完全に捕まった……ごめん」
「気にしない気にしない」
多分、バレーを終わらせないために何がなんでも触ることを選んだ結果崩すことができたのだ。私のサーブはコントロールによる緩急とコースが特徴で、あまりパワーがない。だから、少し後ろに下がって構えてボールの変化に瞬時に対応。たとえボールがこっちに帰ってこようと、ブロックで仕留めることもレシーブして攻撃につなぐこともできる。
『楽しいバレーにしようぜ!』
頭は使ってないかもしれないけれど、あの瞬間があったからほんの少しの余裕が生まれた。一度冷静にさせた。
私の言葉がきっかけかもしれないけれど、あれだけで味方の士気を上げる木兎も木兎だ。
「こっからだぜ!律!!」
いつもの調子を取り戻したように笑う木兎に触発されて私も負けないと笑った。
「………律って何でそんなに普通にできんの」
試合は結局九対七で勝利に終わった。スコアだけ見れば白熱したように思えるけれど、前回とは違いラリーはさほど続いていない。私たちはサーブで点を稼ぐことも多かったけれど木兎達は基本スパイクで決めていた。
「普通って?」
「スパイクとかサーブ決めたり。ミスもしねぇし」
セッターがいないにもかかわらずまともな攻撃ができるのは凄いけれど、やっぱり限界はあるのかスパイクミスはあまりなかったにしろブロックで触られてカウンターという展開が多かったことから、確実にスパイクを決めたいらしい。
「木兎、今普通のエースを目指してんだよ」
次にしようと天童君と瀬見君が話している際に木葉君の言葉を聞いて、普通とはと思ったけれど、どうやら「スパイカーの仕事はどんな時でも点を取ることで、それが普通のエース」だと考えているらしい。その思考回路は若利と私と似ている。
スパイクを決めないスパイカーはいらない、と。
「………確かに勝つことって大切だけど、結局それって結果でしか無いじゃん。一つ一つの積み重ねが勝ちに繋る。軽い一点なんてないけれど、だからって全てを重く捉える必要もない。
夏に言ってたよね。目の前の相手ぶっ潰すことが全てって」
「、」
「つまりはそういうことじゃない?」
「………なるほどな。そっか、そういうことか…!」
「うん?」
木兎が五本指のエースに止まっているのは、気持ちに左右されるという点が多い。若利も聖臣もあまり感情に流されずいつだって点を決めるから。
もし、木兎がそうなったらと考えると厄介この上ない。
* * *
試合は次々と進み、最初は然程続かなかったラリーも次第に続き、和気藹々とバレーをするようになっていた。五試合して全勝中の今は六試合目、及川のチームとだ。
「櫻井さんってホント可愛げがないね!
もうちょっと隙があった方が可愛いよ??」
「好きがあるから隙がないんだよ………
それに、そんな私が好きだって言ったのはどこの誰だっけ」
「俺だね!!言葉遊び大好きかよ!」
及川のチームはサーブが強い。パワーに特出した東峰と安定した動きできっちり点を決めに来る添川君をうまく使いこなすと同時に、自身も攻撃に食い込んでくる及川は本当に厄介だ。でも、それは多分あちらも思っているはずで。
お互い半ギレになりながらネット側で攻防を繰り広げる。
この後若利や澤村の試合を控えているから体力を温存したいのだけど、手札も残しておきたい。ああ、クソ動け足!
先程鉄朗達と試合をした時長くラリーが続いたから、そこで大幅に体力を削られた。助走に走ったものの上手くタイミングが合わず左手でカバーする。疲れた。調子は良くも悪くもないけれど、眠い。思考が働かなくなってくる。
「ナイスカバー」
「ご、めん。ズレた」
「大丈夫か?」
平気。そう返しながらボールを持つ。
後一点で終わり。スコアは八対八で、デュースがないから次で決まる。だったら、確実に決めた方がいいに決まってる。
少し肩の力を抜いてサーブを打つと、それは真っ直ぐに添川君の方に飛んだ。今まで及川を狙ってサーブを打っていたから、このコースの変化に対応できても多少なりとも乱れるだろう。
「、!すまん!」
「オーライ!」
どんなに一本目がブレても性格なトスを上げる及川。だけど、その精度は影山ほどではない。
「東峰君!」
だから、ブロックで確実に獲る。
東峰はブロックが落ち始める瞬間を狙って打つこともできるけれど、フロアディフェンスに海君とブロックアウトフォローに瀬見君がいる。だから私の横《ストレート》に打ち下ろすはずだ。
「っ、櫻井!」
「ー、………」
私の読みはあたり、ドシャットで東峰のスパイクを止めた。
掌が痺れる。痛い。
「ドッシャットオオォウ!?」
「あ〜〜……クッソ!」
ありがとうございました。と例をしてコートから出ると走りに行く三人と次の試合をしにコートに入る六人を見る。
「っぁあ〜〜〜本当に無理」
「及川?」
「そ」
汗を拭いてドリンクを飲み、ホワイトボードの元に向かう。
私に体力が無いのも課題だけど、及川はここぞって時はツーを決めるし動きが読み辛いしサーブ強烈だし。腹立つ。
試合を思い出しながら次のことを考えていると、瀬見君は私を見て不思議そうに言った。
「………付き合ってるのに、なんか意外だな」
「何が?」
「いや、及川への対応?
アイツもアイツだけど、普通甘くならない?」
食堂でも今の試合も、距離は確かに近いし仲は良さげに見えるけど恋人同士の特有の空気は感じないらしく、なんとなく私と及川は釣り合っていないみたいに言われた気がした。
……これは私の思い込みか。
「………試合中も言たけど、私はバレーが好きだから誰が相手だろうと絶対に手は抜かないし、抜いて欲しくない。それに、お互いの大切なことをちゃんとわかってるから、大丈夫」
「……そういうもん?」
「私たちは、そうってだけ」
というかまず、同じ競技で戦う恋人同士なんて滅多にいないだろうし。私たちなりの距離感は最初がこれだったから、いつだって全力で相手をするのみだ。
敵には同情も手加減もせず、いつだって全力で迎え撃つ。勝負をする上での礼儀、なんて大層なものは私にはない。けれど、勝ちたいから最後の最後、試合終了の笛が鳴るまで弱小だろうが強敵だろうが一切手は抜かない。
全チームが残すところ一試合、若しくはもう終わりとなり最後の試合の相手の話をする。先ほど澤村達にも無事勝利し、最後の最後に若利達との試合だ。時間も良い時間になってきて、仁花ちゃんに聞くと後輩達の方もそろそろ終わるらしい。
「最後はまぁ、わかりやすいな」
「そうだね」
「………若利、だね」
コクリと頷いた二人はよくわかっているようだ。
春高の県予選で白鳥沢に烏野が勝てたのは、チームとして力の掛け算がうまくいたから。三対三では個人の順応力が重要視されるし、人数が少ない分スパイクを拾えるかどうかも重要。
「………言わずもがな、一番の強敵だと思う。
花巻君もオールラウンダーなスパイカーだし、若利ばかりに目を向けてられない。だけど、」
「若利は三人で止められるかどうか、か」
瀬見君の言葉に頷いた。
一番若利達と良い試合をしていたのは夜久君のチーム。元々柔軟に対応してくるチームだったし、猿杙君と茂庭君のブロックでコースを絞りフロアディフェンスを夜久君に任せていた。彼は二本目でキッチリ若利のスパイクを上げて見せたし、本当に素晴らしいリベロだ。でも、同じことが私たちにできるとはとてもじゃないが思えない。
「………ブロックを飛ぶのはやめよう。コースを絞っても弾かれることだってあるし、下手に視界を遮るよりなんとしてでもボールを上げることに専念した方がいい。
そして、サーブで確実に獲る」
「了解」
優れたサーブは展開を優位に持ち込むから強い武器だ。
「フーーーー………」
空気を長く吐いて気を落ち着かせる。これで今日は最後だ。大丈夫。できる。そう思いながらコートに入った。
「………叩き潰す」
「、うん……」
「…?」
サーブはこちらからで、瀬見君スタート。少しでも多く彼のターンを増やすためだ。取られても取り返す。勝つ。
「ナイッサー」
菅原を狙ったサーブは腕を弾いたものの花巻君にフォローされる。長くて高い、余裕を持ったボール。これ、絶対に。
来る、と思った瞬間一歩後ろに下がった。若利はトスが乱れていても難なく打ち下ろす。
「ッ!!」
折れるわクッッッソ。全員に警戒されて、どれだけ点を決めてきたの。プレッシャーも感じて、体力も限界が近い筈なのに。
なんで、そんなふうにカッコよくバレーできるの。
「どんまいどんまい!」
「ご、めん」
「気にしない!」
「………」
何もかも吹き飛ばす圧倒的なパワーも、生まれ持った体格も高さも、全てが憎い。
いや、今はそんなこと考えている場合ではない。
「ナイッサー!!」
普段は多く攻撃に入るために真っ先にサーブに入ってくる事はないけれど、バレー特有のローテーションシステムはここではそこまで関係がない。
左打ちに挑戦し始めて分かったけれど、それは自分が思っている以上に厄介さがある。ボールは球体。回転というのは一見分かり辛く、それが猛スピードで飛んでくるから普段右の生み出す回転に慣れていると余計違和感がある。
「ーーーーっ!」
「………」
ああ、嫌だ。こいつが嫌いで仕方ない。
「フッ…………」
「!?」
勝つためにいつでも冷静でいなければいけない。人より何もかも劣る私は頭を回さなければ勝てない。感情を隠して、気持ちを捨てて進んできた。
『お前は、自分が思ってる以上になんでもできるよ』
奇跡を望んでいるけれど、生み出したいわけじゃない。
運も実力のうち。自分の思い通りにならない事なんていくらでもある。だから私はいつでも全身全霊、全力で戦い抜く。
二本目の若利のサーブも私のところに飛んできた。
わかっている。レシーブに定評のある音駒の海君、そして周りよりかはサーブに触れる機会が多かった瀬見君は狙わない。
「っ」
私は彼のようにかっこいい選手にはなれない。
良い友人であると同時に強大な敵なんだ。
及川に、岩泉に。烏野のみんなに託してきたのは機会が無いから、なんて言っていたのは言い訳だったのかもしれない。
私は勝ちたいと、勝つと意気込む反面、心のどこかで彼には永遠に勝てないと思い込んでいるから。
本当に、申し訳ない。
私にとって牛島若利は、良い友人であると同時に強大な敵。そして、一番身近な凄い人。憧れてやまないスパイカーだ。
* * *
「あんな櫻井、初めて見る」
「………ああ」
今日の試合全てが終わり、俺は壁にもたれかかりながら牛島と櫻井チームの試合を見ていた。同じチームに山形がいるし、黒尾は海と同じチームで櫻井と菅原とも面識がある。
俺たちの前で櫻井はいつだって冷静で、腹が立つくらい入念に試合を優位に進めてくる。だから、あんな余裕がなくていっぱいいっぱいな表情は見たことがなかった。
………いや、あの顔は。
『私は、大丈夫だから………っ!』
ふと、二度と見たくなかった櫻井を思い出した。
「………嫌になるね。本当に」
「及川」
「………」
一瞬黒尾が及川に視線を向けたものの及川はそれを気にすることなく櫻井を真っ直ぐに見ている。
「自分のことでいっぱいいっぱいなのに、他人のことばっか気にして。……人の目ばっかり気にして」
「……それ、アイツはそんなこと微塵も思ってねぇけど、お前のせいなんだろ?」
及川は黒尾の言葉に、少し悲しそうに眉を下げた。
「おい黒尾、お前……「岩ちゃん」
本当のことだから、良いよ。
そう制する及川は自嘲気味に笑い、コートに視線を向けた。
「黒尾君のことは多少なりとも律ちゃんから聞いてるけど、当事者でもなんでも無い君に何かを言われたくは無いね。
それに、俺はどうしようもないから律ちゃんがいないと生きていけないんだよね」
「ああん??惚気かよ」
「そうだよ!!………でも、当事者にならなくてよかったね。
自分のせいで彼女が地獄を辿るとすれば、君はどうする?
何とかしたくて、動き出したくて仕方ないのに、彼女の一番の望みが『何もしないで』だったら?……黒尾君は、動く?」
「………」
櫻井がどうなろうと櫻井の願いを叶えるために動かなかった及川と、櫻井ことを思って高尾に手を出した俺。あの時どうしたら正解なのかわからなかったけれど、今となっては。
『及川と岩泉がいるなら大丈夫』
「…………どうでも良いけどね、昔のことだもん」
* * *
ああ、嫌だな。
いつまでもこいつの背中を追いかけ続けて。私は、彼と並びたいわけじゃない。震えろ。怒れ。
「………腹が立つ」
ずっと前から、昔から。負けたくない、強くありたい。
私は、皆が思っているほど強くも特別でもない。ひどい人間だよ、私は。
両手を開いて指先だけをピッタリと合わせ目を閉じる。習慣となったルーティーンはそれだけで心を落ち着かせた。
『ありがとう、律ちゃん……』
「ナイッサー!!」
スコアは五対零。残り九点だ。大丈夫、できる。
サーブが放たれた瞬間コースを見極めて腰を落とす。腕だけで取ろうとせずに、全身で。男性にはない女性らしい柔軟さ。それはこの場で私しか持たない特徴だ。
ああ、同性じゃなくて、よかった。
「ナイスレシーブ!!!」
「オーライ!!」
体制を崩さずに拾うことはきっと今はできない。だから私は攻撃にまともに加われないかもしれない。だけど、これだけで彼に勝ったなんて言えない。
「ライト!」
「!」
点を取れないスパイカーに価値は無い。上げろ。確実に奪る。
瀬見君は一瞬躊躇ったものの私にトスを上げた。
トスに合わせて助走に走るセカンドテンポの攻撃。ブロックについたのは花巻君だ。私には高さもパワーもない。だから、考えろ。頭を回せ。取り残されるな。
「んな!?」
グッと沈んでタイミングを遅らせる一人時間差プラス、ドンジャンプ。
ああ、気持ちいいな。
そのままライン際ギリギリにストレートを決めた。
「ッフーーー!!」
「ナイスキー!」
たったの一点だ。でも、自分でもぎ取った一点だ。
「……今日は調子が良くないんだろう?あまり無理するな」
ネットを挟んで若利に言われた言葉に驚いた。
「、気付いてたの」
「いや、烏野のコーチと話しているのを聞いた」
「ああ、そう。
それ知ってて手加減しないでいてくれてありがとう」
「………お前が、」
「?」
「お前が、同性じゃなくてよかった」
その一言に私も笑って言った。
「……さっきはうまく答えなかったから、仕切り直し。
勝つよ、お前に」
憧れを踏み台にして、喰らって、まだ私は強くなる。
* * *
「………さっきの話だけど。
俺は律ちゃんがいないと生きていけないって言ったよね?
俺は、たとえ俺と生きることで律ちゃんが不幸になろうと、もう二度と離さないよ」
牛島のサーブを上げて点を決めた彼女はどこか吹っ切れたような、ハイになっている気がする。
俺は天才が嫌いだ。俺より凄いプレーをする奴らが、嫌いだ。楽しいバレーをしたい、勝つバレーをしたい。負けたくない。
でも、誰だって努力していると知っている。努力していない天才なんていないし、そもそも天才について深く考えようともあんまり思わないかな。ただ俺は、目の前に立ち塞がる彼らを潰したいだけだ。
「凄いなぁ、本当に」
バレーをしている律ちゃんはいつだって綺麗でカッコ良くて目を奪われる。勝ちたいと思う反面、彼女には永遠に敵わないと思ってしまう。
好きだよ、誰よりも、何よりも。
俺の人生全てを掛けて、君のことを愛している。
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