「はっ……はっ…………」
「くっそ」
 結局スコアは九対六で若利達の勝利。私たちは八戦七勝一敗という結果で合宿一日目を終えた。
 最後の最後にペナルティに走りに行こうとすると、次に予定していた試合が隣のコートで行われているのが見えて、これで終わりだと瀬見君が言った。
「……もうちょいでイケると思ったんだけどなぁ」
「私が、最初の若利のサーブを取れてたら…」
「別に櫻井さんだけのせいってわけじゃないだろ?
 俺でも拾えないスパイクはあったし」
「櫻井さんって割と自己評価低いっていうか、すぐ謝るよね」
「………そう、かも」
 疲れきった体には走りながら喋る体力もそこまで無く、二人に先に行ってて良いよと言ってスピードを落とした。

『いつか絶対、』

 私は同世代の誰よりも強いなんて思いながらも、私より上は沢山いると知っている。とんだ矛盾だ。でも、だからこの先も走り続けていける。他者の方が上だと認めたくないから自分に怒り、奮い立たせてバレーに取り組む。
 自身の体調不良を除いても、もう少しできると思ってた。
 勝ちたかったと思いながら薄暮の空を見上げ、一人で試合の反省会をしながら外周一周走りきって体育館へ戻ってきた。

「………は?もう一試合すんの?」
 ヘロヘロになりながら戻ってきた私を迎えたのは東峰だった。彼は苦笑いしながら「アイツらまとめてきてくれないか?」とタオルとボトルを渡してお願いする。
東峰の言うアイツらとは三年生の元主将副主将連中で、まとめ上手がいるにもかかわらずその話し合いとやらは一向に終わらなさそうだった。
「今日はずっと三対三だったんだろ?
 この機会に、後輩に三年の実力を見せろってこった」
「繋心さん」
 ビニール袋を持って私に話しかけてきた繋心さんは、その中から鉄分補給のジュースとエネルギー補給のゼリーを渡した。今このタイミングでコレを渡すという事は私も出て良いらしい。
 そのまま少しの重さがあるビニール袋を押し付けてきたので中を覗くと、チョコレートとかお菓子の大袋が入っていた。
 ゼリー飲料を口に咥えながら試合の話を詳しく聞く。
「三年で試合ってことは、チームで迷ってるってこと?」
「そうそう」
「第二体育館で試合やってる白鳥沢と梟谷の試合が終わって、ペナルティも終わったら、だな」
「何それすっごい見たいんだけど」
 赤葦君と白布君はどこか職人気質な似た雰囲気を感じるし、どちらも全国大会常連の強豪校だ。
 ソワッとした所をお前はあっちだと繋心さんに肩を押される。
 うえぇ…めんどくさい………でも、そうだな。チーム分けか。そう思いつつパックの両端を伸ばして残りを一気に飲み干した。
「だからさ、何度も言うけど「あ、櫻井!」
 菅原に名前を呼ばれ、空になったパックの蓋をきっちり閉めてビニール袋に戻した。
「………で、どこまで決まった?」
「何も決まってない」
「とりあえず誰と組みたいか決めようとしたんだけど……」
「「俺は櫻井さん/律と組みたい」」
「oh………」
「櫻井モッテモテだな!」
 及川と鉄朗がそう言い、でもお互いは同じチームは嫌らしく睨み合っていた。……大体の検討はついた。
「じゃあ、私は及川と鉄朗とは組まない。とりあえず今日は」
「なっ!!!」
 二人は揃って膝から崩れ落ちた。変なところで仲がいいな。私は彼らに視線を合わせるようにしゃがみ込むと、真剣に話す。
「………見られてるよ。後輩にも、監督にも、誰にも。
 輪を乱す人の意見なんて聞くわけないでしょう」
「わぁ、正論」
「言えてる」
 ワナワナ震える二人を放置してると、添川君が仕切り直してチームどうするかと聞いてきた。
「……学校ごとで分かれようか」
「は?」
「今日三対三やったチームではなく?」
「うん。………試合は三セットマッチのデュース有りだし後輩も見るから、最低限ポジションはバラけさせたいし、ちゃんとした試合にしないといけない。それなら、三年間同じ時間を過ごしてきたチームメイトと組んだ方がいい。
 そうだな………それで実力を均等にするなら、白鳥沢と梟谷は別にしないとかな」
「えー?何で!」
「木兎と若利が同じチームとか、高さもパワーも偏るし。攻撃力強すぎる。
 後は仲の良さとか、経験したセットアップとか考えて……」
 こう、かな。とホワイトボードにチーム分けを書き込んだ。
 白鳥沢・烏野・伊達工・生川vs青城・音駒・梟谷・森然と私は考えて繋心さんを見ると、彼はふむ。と考えるように見る。人数やチームとしてのバランスを考えると一番効率的だと思うけれど、どうだろうか。
「セッターとリベロの負担凄くないか?」
「え、だって及川はフルで出るでしょ。山形君も」
 キョトンとしながら言い返せば、えっと逆に驚かれた。
「……春高が終わって三年生が卒業、各学校が新体制になっているにもかかわらずこの合宿に三年が呼ばれたのは、三年の中にこれから先もバレーを続ける人がいるからでしょ?」
 繋心さんを見ると呆れた様に笑っていた。
「後輩に見せるってのは教えるって意味。
 ほとんど初対面で信頼も無い中、どれだけレベルの高いバレーができるのか。見て学ばせるため。
 そんで私たちは、これから先も選手として生きていくために同年代の凄い選手の把握と、良いところを盗まないといけない。
 学校毎に分けてもコートに入る人間は六人だし、出る人間は限られてくる。………悪く言えば、思い出づくりのためにこの合宿に参加した人だっているわけだし」
 昼前のチーム分けの際に今後選手としてバレーを続ける人がどれくらい居るのかは把握した。だから別に負担が増えようが構わないかと思ったのだ。セッターとリベロが少数なのは元からだし。
 繋心さんに視線を移すと、腰に手を当てて補足するように話し出した。
「あー………まぁ、そうだな。
 律の言うことが全部当たりじゃないが、新チームになった今先輩達を真似するだけじゃなく新しいことに挑戦していく必要がある。アイツらだけじゃなくお前らもな。
 チームも戦い方も任せるって言ったのは、教育者にはわからない選手の視線で試合を進めてほしい。考えてほしいからだ。
 でもまぁ、音駒と伊達工は逆の方が良い具合に治りそうな気もすっけど?」
「それも考えたけど、鉄朗がいるからやだ」
「ぷっザマア」
「そう言うお前も同じチームにはしてもらえてねぇけどな」
「痛いっ!暴力反対!!」
 及川が鉄朗を見て笑ったのを岩泉が殴る。及川と鉄朗は似ていると思っていたのだけど、同族嫌悪だろうか。確実に私絡みで仲が悪いということではない気がする。
「………真面目な話、鉄朗はブロックの司令塔だし及川は色々聞いといて損はないんだよ?ブロックが上手いとレシーブにも直結してくる。
 その辺は木兎もスパイクだけじゃなくレシーブも磨かなきゃいけない。瞬時に判断して、それと体が連動するのは凄いし、攻撃だけでなく守備でも活躍してほしいな。夜久君も鉄朗もレシーブうまいし」
「そう言う櫻井さんには上手く避けられたけどな……」
「繋いでこそのバレーってわけだ!」
 腕を組み笑いながら言った木兎に、夜久君は「俺は守備以外の強化もしねぇとな……」と真面目な顔つきで話した。今日の試合で夜久君は若利のスパイクを上げていたしかなりレベルの高いリベロだと思うけれど、西谷の影響なのかセッティングもすべきだと自覚はあるらしい。
 レシーブについて考えていると、思考を遮るかの様に若利が「俺は」と話しかけてきた。
「若利は今まで白鳥沢の主砲として動いてきたから、どれだけ翻弄されても粘られても最後までコートに立ち続けること。………多分これからはそう簡単に点を取れないだろうし。あと、どんなセッターとでも確実に獲る……は、まぁ大丈夫か」
「で、お前は?」
「自身の限界値の確認と、足りないものを探すこと……?でも、改めて考えるとスパイクもサーブもレシーブも改善点多いし」
「櫻井さんの改善点って、何?」
「スタミナ不足以外でほとんどなくね?」
「あるよ。パワーとか全体的にないし、後半重心ブレるし。
 身長はどうもできないけど、ジャンプも改良中だし……」
 人のことを完璧みたいに言いやがって。
 チーム分けに反論はもう出てこない様で、とりあえず今日はこれで行くかと言うことになった。
「にしても、お前は言い方気を付けろ」
「誰にでもああってわけじゃない。アイツらだからこうなの」
「………ふうん?」
「あっ何その顔」
「べっつに〜〜?」
 どことなくニヤけているような微妙な表情をする繋心さんにムッとして、私は大袋を開けて小包装されているチョコレートに手をつけた。
「あんま食い過ぎんなよ」
「…てか、これどうしたの?」
「途中嶋田に買ってきてもらった」
「………嶋田さんをパシるのは良くないよ」

    *    *    *

「日向、ツッキー!聞きたいことあるんだけど!!」
 三年生の試合が始まる前に声をかけてきたのは黄金川だった。伊達工は集まって見るらしく、彼の背後には部員が見える。
「何?」
 月島が真顔で返事をすると、黄金川は元気に言った。
「烏野のマネージャーの櫻井先輩って、強い??」
 純粋に、今まで櫻井先輩とまともに話したことがないからと聞きに来たみたいで、俺はコートの横で牛島さんと何かを話している櫻井先輩へ視線を向けた。
 試合の合間に見たけれど、櫻井先輩はとにかく柔軟に対応をする。スパイクとサーブは勿論の事、レシーブもトスも。全部できると言うだけはあり、安定したプレーをいつでもどこでも普通にやっているのだ。
 凄い。かっこいい。
 櫻井先輩が凄いってのは前から知っていたけれど、冬合宿で全部できなきゃダメだと思ってからは尚更そう思う。
 でも、強いかどうかは別だ。
「わかんない!」
「はぇ?」
「だって、櫻井先輩がまともに試合してるとこ見たことないし、戦ったこともない!」
「………まぁ、マネージャーだしね」
 夏合宿でピンチサーバーに入った時もサーブの手本をするという意味合いが強かったらしいし、三対三とかはした事があるけれど、まともに一試合というのは初めて見る。
 だけど、知ってる。
「強いかどうかは知らないけど、凄いってのはよくわかる。
 櫻井先輩は何でも知ってるからな!」
「???」
「影山とかなら、見たことあるんじゃない?」
「そう?影山ーっ!!」
 黄金川が影山を呼ぶと、コートに向けていた視線を寄越した。
 影山は合宿に来てからどこか浮き足立っている様な、心ここに在らずの様な。冬合宿の時に金田一も話したけど、こいつもなんだかんだ思うとこあんのかな。大王様もいるし。
「何だ」
「影山って、櫻井先輩の試合見たことある!?」
「ない」
「影山もないのか〜」
「何?何の話してるんだ日向」
「菅原先輩!」
 かくかくしかじか、と話せば菅原先輩も「俺も櫻井の試合は見たことない!」と胸を張って言った。
「でも、櫻井は強いよ。多分、大地も旭もそう言う」
「どうしてですか?」
「櫻井が初めて練習に来た時、烏養監督に言われたからな〜
 『この中の誰よりも、コイツは強い』って」
 あはは、と笑いながら菅原先輩は言った。その表情は嫌悪も嫉妬も見えず、ただただ誇らしいとでも言うかの様に自信に満ち溢れていた。
 試合が始まる笛が鳴り、試合に出るメンバーが礼をした。

「……ま、櫻井が出るのは多分二セット目だけどな」

    *    *    *

「スタメンはどうする?」
 チームに分かれて澤村の言葉に考えるより前に答えた。
「……この先も、選手としてバレーを続ける人は必ず出す」
 試合に出る選手や作戦は自由にしても良いから、別に出ない選手がいても良い。だったら、悪いが実りのある試合にする為に勝敗よりも将来を優先したい。
「若利君とレオンと隼人かな?俺は高校で辞めるし。
 セミセミは?」
「大学でやるかもしんねぇけど、選手としてはないな」
「伊達工は全員就職だからな。烏野は?」
「俺らの方は櫻井だけ」
「………じゃあ、まず私たち四人は確定ということで」
 そうくると、スパイカーはほぼ固定。次はセッターと思った時だった。
「………少し良いか」
「ん?」
 今まで話し合いに参加しているものの、そこまで意見を言うことが無かった若利が口を開いた。
「櫻井は、少し休め」
「………は?」
「お前はスタミナ不足と言うが、それは本当に怪我と関わりがないのか?」
「、」
「完治したことも未だ通院していることも知っている。お前が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろう。
 だが、一度休むべきだと俺は思う」
「でも、私は……」
「万全の態勢で奴らに勝つために、最初は下がっていろ。先程自身の足りないものが多いと、改善点ばかりだと言っていたのは何を変えたら良いのかわからないからだろう。
 お前は目がいいから、他人の良い点も悪い点もすぐにわかる。それと自身を比較して改善を繰り返すから全て中途半端になっているんじゃないか?」
「!」
 全部、図星だった。
 私の体力や筋力については昔からだけど、それは怪我による手術で悪化している。ほとんどフルで連戦はできない。そして、自身のこれからについても。
 何でもできると自信を持って言えるから、何に手をつけたら良いのかわからないのだ。新しいことに挑戦するのも、全部に手を出したら完成しない。効率よく進めなければいけない。
「『努力し続ける事の難しさも知らないで』………だったか?お前は必死になる程口が悪くなるな」
 そう言う若利は少し笑っていて、私はなんとも言えないその表情を見てものの見事に固まってしまった。
 え、何でこのタイミングでそれ言うのとか。気付いてたのかとか。驚愕でしかない。周りのみんなも心なしか驚いている様に思える。
「背負いこむところは昔から変わらないが、それはお前の長所であり短所だ。
 少しくらい分けろ。今は、チームメイトだろう。」
「、は」
 ポカンとして若利を見ていると、澤村が笑って私に小突いた。
「そうだな。休め休め!
 お前はコートに居てもいなくても十分脅威だよ」
「寧ろ俺は、今日の試合櫻井さんに任せっきりだったかもな」
「エッ、いや、そんな」
「確かに、今日は動きっぱなしだったもんな。瀬見のチームは三人だったし」
「櫻井がバックにいるのはスッゲェ心強いよ。
 誰か一人の得点が、チームの勝利に繋がるんだからな!」
「………じゃあ、うん。わかった。
 でも、その代わり意見があれば遠慮なく言わせてもらうから、そのつもりでよろしく」
「おうよ!!」
 それじゃあ他のメンバーと戦い方を決めようと話し始めた。
 チームとして良い感じに纏まって良かった。安定感で言えばあっちの方が強い分けだし、初歩的なミスは避けたい。

 さぁ、どう倒す?


 こちらのスタメンは若利、大平君、澤村、鎌先君、天童君、菅原。それからリベロで山形君だ。人数が人数だし、白鳥沢は一人一人の技術もクセも強いからと一先ずはこうなった。途中澤村と私が交代する予定でいるけれど、何があるかわからないからこそ若利を中心に動じず対応できるメンバーになっている。
「セッターは瀬見じゃなくてよかったのか?
 白鳥沢多いならそっちでも良くね?」
「………それもいいけど、瀬見君はサーブも強いし、ピンサーで出る機会はある。相手が相手だから、慎重に、確実に潰す。
 若利と菅原はセットアップしてたし、大丈夫。
 東峰出たかった?」
「いや、俺もそこまで体力がな〜
 それに、同じチームにウシワカいるのめっちゃ頼もしい」
「わかる!」
 東峰と、彼に明るく同意した茂庭君にそうだろうと頷いた。
 こっちのチームは攻撃力こそ高いものの守備はそこそこだ。個々の技術と圧倒的なパワーで殴る白鳥沢と、常に新しいことに取り組み数で翻弄する烏野ではプレースタイルが全く違う。
 若利がいるから、大丈夫。そう思えるだけの安心感と、実績が彼にはある。私が出るのは彼が対応され始めてからだ。
 及川達の方は思っていた通り梟谷を中心に組んでいる。木兎と岩泉というパワースパイカー二人と柔軟に対応する木葉君を操るセッターは及川で、鷲尾君と鉄朗もブロッカーだけど攻撃にはガンガン食い込んでくる。そして、それをフォローする様に守備力が高い夜久君。攻守共に完璧で、非の打ち所がない様に見える。………強いて言うなら、協調性だけど。
「試合になれば、ほとんど関係なくなるからなぁ………」

 サーブは向こうからで初っ端から及川だ。ローテーションで及川→岩泉→鉄朗→木兎と強サーブが続くから最初は苦戦するだろうなと考えつつ試合を見つめていた。
 強いサーブで攻められてもしっかり繋いで確実に獲る。それで点を稼げたら一番良いだろうけれど、夜久君がいるからそうもいかない。菅原には根気強く対応してほしいと思いながらも無理あったのかなと少し不安になる。
 が、菅原は自分の力量をよく知っているからどれだけ自分が狙われるのかも知っている。
 若利に振り続けたかと思えば大平君に流したり、澤村を巧く使っている。ブロックは天童君が読みと直感で動くから積極的に鎌先君と会話してタイミングやコースを合わせているから、そこまで点差は離れていない。離れていないけど、伸び悩んでいる。二点差で付いていってる感じだ。
「………思ってた以上に点差が開かないな」
「ん?」
 今スコアは六対四。向こうが攻撃に特化しているとしても、若利の攻撃に慣れるまでにはある程度の時間がかかる。序盤を白鳥沢で固めたのは、若利中心の攻撃に慣れているから一番点を取りやすいメンバーというのもある。
 菅原が悪いって訳じゃない。全員同じ高校生だから大きな差が出るとは思えないし………ああ、そうか。
「………早速出番かも」
「おう??」
「……攻撃力だけで言えば、こっちだって負けてない。なのに攻めきれてないのは、いつも決まるところが決まってないから。
 一番強いローテの時に、あっちは守備力上げてきてる」
 若利が後衛の時、丁度鉄朗が前衛、夜久君が鷲尾君と交代で後衛にいる。
「……確かに、いつもより若利のスパイク拾われてんな」
「鉄朗のブロックでコース絞って、確実に夜久君が上げてるね。夜久君が鷲尾君と交代で入ることで柔軟に動く木葉君とうまく位置取ってるし」
「黒尾もレシーブ上手いんだよな……腹立つ」
「音駒は全員レシーブ上手いよ」
 強羅君もサーブ強いけど、スパイカーだからピンサーで交代するにしてもメンツがなぁ。攻撃の要である若利は勿論、守備力が大きい澤村も外せないし。
「タイムとろっか」
「………早くない?」
「付かず離れずでギリギリの勝負するのはこの先のことを考えたら悪手。スタミナもそこまであるわけじゃないなら、最初は取っておいた方が………、」
 そう思いながらコートを一瞥して審判をしている繋心さんに声をかけようとしたら、若利から視線が飛んできた。
 負けず嫌いだな、と思いその場に座り直すと東峰がタイムは取らないのかと聞いてきた。
「……良いのか?」
「ん、大丈夫だって」
 私も大概だけど、若利も若利だ。どうやら楽させてくれるらしい。……背負ってくれるらしい。
 力でゴリ押すところがある彼はある程度の打ち分けはできるけれどコースギリギリなど狙ったところに真っ直ぐ、というのは若干のきらいがある。だが、確実に決めるとでも言いたげなその気迫は凄まじいもので、徐々に点差を広げていく。

「………頼もしいね」
 
 彼と同じチームだったら、こんな気持ちを何度も味わっていたのだろうか。
 梓さんは、私と一緒にバレーをしている時こんな気持ちだったのだろうか。

    *    *    *

 最初から楽に勝てるだなんて思っていない。奴らは俺が勝てなかった強敵で、どうしても勝ちたいから。
 気に食わない奴だっているけれど、そういうの試合には関係ない。俺は、律ちゃんが一番嫌いなことをよく知っている。
「………チッ、狙ってきやがった」
「オイカワ君て口悪くなるよね〜」
「敵に殺意湧かない人なんていないでショ」
 それもそうだとニヒルに笑う黒尾《コイツ》が気に食わない。でも、彼も律ちゃんのことを好きなんだとわかってしまった。表情で、声で、プレーで。………だからこそ、なんだけどっね!!
「ぼっくん!」
 強烈なスパイクの音が響き、調子を上げた木兎《ぼっくん》が叫ぶ。
 テンション高いなぁ。でも、全国で五本指に入るスパイカーに吊られて岩ちゃんの調子も良さげだ。
 お互いの実力が拮抗していると、点差は開くことはまずない。チームによって使うサインは違うし、初めてのセットアップは合わないことだってあるだろう。あっちは。俺はそこまで時間かからずにできるけど、爽やか君はどうなんだろうか。
 牛島がスパイクを決めてサーブ権が移る。ラリーが続くものの木兎と牛島がいるから点の取り合いになっていて第一セットが長い。スコアは二十二対二十で、向こうがリードしている。まだ、大丈夫。取り返せる。
 そう思っていた時だった。コートの熱気を裂く様に笛が鳴り、主審の方を向くとプラカードを持った瀬見君が立っていた。
 ピンチサーバーとしてだろうか、爽やか君と交代でサーブに入るらしい。
「リードしてるこのタイミング?」
「………ここで一気に取るつもりだろうね」
 そう思いながら律ちゃんに視線を移すと、コートを真っ直ぐに見ながらも隣に座っている爽やか君と何かを話していた。
 春高予選の時も彼女はベンチに座っていたけれど、この試合ではチームの指揮を自ら取っているらしい。俺は春高予選の時彼女ならこうするだろうと予測をしながら試合を進めた。今回もその時と同じだ。
 瀬見君は全員に何かを話してエンドラインについた。
 
 ああ、いやだな。
「………本当、厄介」
 彼女の存在が、たった一言が、チームの雰囲気を変える。
 本当に嫌になる。コートに立っている時は選手としてサーブでもスパイクでも点をとって。バレーを始めてからポジションはスパイカーなのにブロックもトスもうまい。でも、ベンチにいる時の方が冷静に試合を見ているからどこぞの名監督かってくらい効率的な勝ち筋を素早く見つける。
 それからは呆気なかった。スコアは二十対二十五で一セットを取られてしまった。
「あーっもうちょいでいけると思ったんだけどな!」
「次次ィ!」
「………で、どうするよ」
 ドリンクを飲むといつも通り岩ちゃんが俺に話を振ってきた。
「瀬見君はピンサーで入ってきたみたいだけど、また爽やか君に変わったら櫻井さん出てくるかもしんない。多分、澤村君と交代で」
「……え、」
 具体的な対策の前に、どこか確信したただの予想を話す。
「なんとなくだけどね。櫻井さんはサーブとスパイクに限らず何でもできるし、セッターが爽やか菅原君だから突然何かしでかすかも?
 ブロックフォローなしで全員攻撃してくるのが烏野じゃん。その辺、櫻井さんは全く躊躇わないから」
「爽やか菅原……まぁ、烏野だしな」
「でも、あっちの主砲はあくまで牛島。守備はさっきので良いと思うけど」
「おう」
「……で、あとはブロックとレシーブだね」
「ローテ回すか?」
「うん。あっちは変えないと思うし、二つ回してくろちゃんが拾う。瀬見のサーブは取れてたでしょ?」
「まあな」
 ……これで良いのか、合っているのか。
 自分の采配が間違っているとも思えないけれど、何とも言えない不安が過ぎる。それはきっと、ネットを挟んで律ちゃんと本気で試合をするのが初めてだからかもしれない。

    *    *    *

「とりあえずお疲れ様。上手くいったみたいでよかった」
 ナイスサーブ瀬見君。と櫻井はタオルを渡し声をかけた。
「夜久は狙ったら確実に拾われるしな。
 ………あのメンツでお見合い狙いは際どい気もしたけど」
「自己主張強いから大丈夫」
「………」
 どうやらピンチサーバーで入る際、瀬見に狙う場所について話していたらしい。
 及川と岩泉の間にしてアタックラインギリギリ。前衛のセンターに木兎が居たことで、及川と交代に下がるとすればあそこが一番混雑すると。及川と岩泉なら岩泉が取ると思い、及川に少しだけ寄せた真ん中を狙ったとのこと。瀬見のサーブで体制を崩しまともに攻撃をさせない。させたとしても、及川は多少なりとも乱れると櫻井は言った。
 そして俺が聞いたのはスパイクについてだった。黒尾は俺と対面する際、絶対にストレートをきっちり締める。なぜなら、黒尾と対角に夜久がレシーブに入る様なローテーションにしてあるから。そして、レシーブがどんなに上手くても人間は後ろに動くのは苦手で、それが早く慣れない回転が掛かったボールを拾うのなら尚更だ。
 避けて通るべきだけど、避けられない。打たないといけないなら取られない場所に打てとのことだった。櫻井の様に決まった場所に確実に打ち下ろせるようコントロールの精度を上げていかなければいけない。
「………ローテは変えない。今の調子で大丈夫だけど、すぐに対応されると思う。だから、」
「スガが戻ったら櫻井が出る、だよな」
「ん、澤村と交代で。
 ………三対三でわかってると思うけど、菅原が無理な時は私がトス上げるから突っ込んできて。なるべく合わせる」
「ああ」
「俺は?どうする??」
「菅原も突っ込んできて良いよ。でも、私はセッターじゃないから、その辺ちゃんと覚えておいてね」
「そこまでこんがらがることはないっしょ〜
 んで?俺はさっきと同じで後ろに下がる時だけ隼人と変わるってことでおけおけ??」
「ん、それで」
 天童はオケオケ!とダブルピースを動かしながら笑顔でいた。こんなにテンションが高いのは、先ほどブロックで二連続得点で終われたからだろう。そう思っていると天童は俺と櫻井を見て笑った。
「櫻井さんがいると若利君がいつも以上に張り切ってるから、楽しくてそうがないネ」
「………そうなのか?」
「そうデショ」
「そう見えるな」
 楽しそうに笑う天童に瀬見も少し同意したが、あまり自覚がなく首を傾げる。ああ、でもそうだな。
「………それじゃあ、ストレートで勝とうか」
 コートの中で自分がどう動くべきか考えるのは当たり前だが、櫻井がいるからやりやすさはある。普段と違うメンバーで進行も違うのに、思う様に体が動くのは心地がいい。
「行くぞ」
「おう!」
 春高予選の最後、俺に楽しかったかと聞いた櫻井は今楽しさや楽さより勝利を優先している。勝負なのだから当たり前だと思うが、やはり誰よりも勝利に飢えている。
 昔から誰よりも強さに貪欲だったが、あの頃より強くそれを感じるのはバレーができなかった期間があるからなんだろう。

 サーブは瀬見からで、第二セットが始まった。
 第一セット、俺がセンターで攻撃する際は黒尾のブロックで夜久が後衛で広く対応していたが、向こうがローテーションを二つ回したことによりそれの対応が櫻井になっている。きっとこれは及川と岩泉が櫻井対策に考えたのだろうと思い、それならライトにも振ってくるなと菅原の位置を頭に入れておいた。
 白鳥沢での戦い方と今の戦い方は勿論違う。だが、それぞれ自分らしいプレーはできていると思うし、連携も思っていたより噛み合っている。それはきっと、櫻井の考えを中心に試合の進め方を理解しているからなのだろう。互いへの信頼はないかもしれない。だが、烏野と戦ったからこそ、わかる。信用している。それは伊達工業もきっと同じなのだろう。

 瀬見のサーブは黒尾に拾われ、それを及川がセットする。
 木兎と戦ったのは中学の時で、高校でも試合を目にする機会はあった。話して思うのは『負けたくない』ということだけ。威力のあるスパイクも、際どいところを抉るクロスも、全部負けたくない。
 天童のブロックで一点、澤村のスパイクで一点。そして木兎が決めたことで瀬見と菅原が交代。同時に櫻井が入ってきた。
 向こうはそれを予想していたのか、櫻井に視線を向けるだけだった。騒ついているのはギャラリーだけで、視線を浴びながらもいつもの様に静かに、真っ直ぐな目で前を向いている。
 その横顔はあの頃と変わらず儚くとも美しくて。
「…………背負ってくれるんでしょ?」
「ああ」

『私たちって、天才なんだってよ』
『気楽だね。………そんな半端な気持ちで、本気で上を目指してるなんて言ってんじゃねぇよ。クソが』

 佐久早と櫻井のバレーに対する思いは似ていると思い、機会があったから紹介した。大会で会えば話したし、互いに何度も試合を見てきた。
 俺は、明確に櫻井が無理していると分かっていた。
 誰よりも強さに貪欲で、負けず嫌いで。努力している姿を見たことがなくとも、それは当たり前に行っているのだと知っていた。
 いつか身体に祟ると分かっていながらも、止めることはできなかった。……いや、したくなかったんだ。
 櫻井がどこまで行くのか、この先どの様なバレーをするのか。いつか頂点に立った時、どの様な表情をするのか知りたかった。見てみたかったんだ。
「菅原」
「?」
「上手く使ってね」
「………、了解」
 自分を限界まで追い込むから、彼女の期待に応え支えなければいけないチームメイト。セッターは特に堪えるだろう。
 スコアは二対一で、後衛は菅原、大平、鎌先。後衛セッターを狙うのが定石で、木兎のサーブは菅原の腕を叩き大きく伸びながらネットに向かって行く。
 だが、前衛には櫻井がいる。コイツは、いつだって強くなることしか考えていない。自分の出来る最大値を常に試合中更新し続ける。それがあるから勝てるのだ。
 第二セットが始まる前に櫻井が言ったことを思い出し、俺は数歩後ろに下がった。

『菅原が無理な時は私がトス上げるから突っ込んできて。なるべく合わせる』

 櫻井がそう言うのならば大丈夫なのだろう。セッターでなくとも、セットアップなら出来る。出来ることしか言わないと知っている。
「若利、」
 確かに櫻井は女性で、体格やパワーでは完全に劣る。だが、それがあっても同等かそれ以上だと思わせる様な技術と、それを十二分に活かす頭脳を持っている。
 だから俺は素直に尊敬している。

 助走の際に相手コートを一瞥し位置を確認した。ほぼ真下のクロスに振り下ろすと、まるで全てを読んでいたかの様に及川が体制を崩しながらもボールを上げる。
「ナイスレシーブ!」
「ッ、」
 及川がファーストタッチなら、カバーは木葉。から、木兎のスパイク。
「ー……ナイスブロック」
 それを見事にドシャットしたのは鎌先だった。
「〜〜〜やってくれるね」
「、及川のこと、よく知ってるから」
「ほんと腹立つ!」
 ボールをネット越しに及川から受け取りながら軽くそう答える櫻井に「ああ、全部読んでいたのか」と理解した。俺がどこに打つのかも、及川が櫻井の思考を読んでいることも、その先の展開も。
 ………尊敬しているが、畏怖を覚える時もある。
「櫻井さんって、イイ性格してるよネ〜」
「天童君は人の事言えないと思うよ」
「そういうところだよ」
 同じ土俵で戦っていたら敵わないかもしれない。いや、同じチームで闘いたかった。今の様に、隣で戦って欲しかったのかもしれない。
 ………何を考えているんだ俺は。
「ワン、タッチ!」
「オーライ!」
 櫻井が一人で背負おうとしていたものを背負うと言った。
 全て彼女に任せっきりにしていた昔のあのチームと俺は違う。
 次々に新しいことを覚え進化し続ける櫻井に付いていけなくなったのではなく、ついて行くことをやめただけだろう。
 それが、櫻井を絶望させるキッカケになってしまったんだ。

『これからも貴方は私の道だ。……必ず追いつくけど、ね』

 俺だって、負けるわけにはいかない。そう簡単に追いつかせはしない。
「牛島!」
 プレイヤーとして尊敬している彼女にそこまで言って貰ったのだから、俺は櫻井の前にいなければいけない。
 ……櫻井の憧れで居続けたい。

 俺が一点取ったところから岩泉のスパイクで四対二。木葉のサーブを山形が綺麗に拾って櫻井に返す。菅原が後衛の時はまだその辺りを狙ってくるのかと頭に入れながらも先ほど同様助走し飛んだが、櫻井はツーアタックで返した。
 そして、櫻井のサーブで点差を開きにかかる。
 いつも強打で押し込みがちだからこそ、テクニックで武器を変える櫻井のことを尊敬する。そして、それがどこまで通じるのかも見てみたい。いつだって手を抜かず、どこまでも冷徹。そして、強さに貪欲だ。
 天童のブロックも調子が良く、確実にブロックで仕留める。
 点差があるから落ち着いた攻撃ができる。……そういう空気を作っている。ラリーが続こうが絶対に決めると、勢いよく腕を振り下ろした。
 お前に負けるわけにはいかない。

    *    *    *

 点差が開いてなかったけど、ここで流れに乗りたい櫻井先輩達は安定した攻撃で突き放しに来ている。幾ら牛島さんが凄いスパイカーでも、夜久さんと黒尾さんを中心に組み立てられた守備を崩すのは至難の技だ。そして、ここを絶対に凌がなければいけないと黒尾さん達も考えているはず。
「櫻井先輩のサーブ、凄い凄いってよく聞くけど、案外拾われてるね」
「………だね」
 隣で見ていた山口に同意しながら、ラリーが続くと牛島さんが大体決めるから櫻井先輩のターンは終わらないと試合を見る。
 思えば、及川さんと黒尾さんに櫻井先輩はサーブを教えたんだよな。直接彼らに教えたからこそあの人が何を考えているのかわかるのかもしれない。コースも威力も、全部。
 でも、『良かった』と思えてしまったんだろうな。
 音駒と春高で戦った時黒尾さんに言われたことを思い出した。
「み、ぎ!!」
「木兎!!!」
 櫻井先輩がサーブで狙った場所は黒尾さんと木兎さんの間で、少し木兎さんに寄っている。夏合宿では散々三対三をしてきたから慣れたのか、落下地点に早く入り安定したレシーブの体制に入る。けれど木兎さんの腕を弾いたそれは横に逸れた。
「ん、?」
 今のは捉えたと思ったけれどと視線を向けるも、あまり変わってる様子はない。
「影山もサーブは櫻井先輩に聞くよな」
「ああ。サーブは誰より上手いと思う」
「でもお前、櫻井先輩の説明あんま分かってねぇだろ!」
「ああ………語彙力の差が大きいんデショ?」
「ああ!?分かってるから聞くんだろうが!
 分かんなくとも聞けば教えてもらえるしな!!」
「開き直るなよ」
 日向と影山に勉強を教えたことを思い出して苦い顔をする。谷地さんも櫻井先輩も、凄いを通り越してどうかしてると思う。
「で?教えてもらう時何言われたの」
「打つ場所、だな。大体」
「………それだけ?」
 王様に聞いた僕が馬鹿だったのか。ちょっとよくわからない。
「櫻井先輩のサーブにはパワーがない。正確には、ないことはないけど軽い。それでも、ボールの打ち方、腕の振り方で回転ならある程度変えられる。ボールのどこをどう叩くのか。毎日触れて練習して身につけたからそう簡単に取られるサーブは打たないんだと」
「そういえば、櫻井先輩ってジャンフロ打てるって嶋田さんに聞いたことある」
「は?」
「でも、昔だって言ってたから今は知らないけど」
「……でもさ、それ。櫻井先輩は絶対活かす場面を探してるだけデショ」
「だろうね〜」
 手札が多いから、使い所を探してるし隠し持っておく人だ。
 両利きな上に抜群のボールコントロールと試合運び。
「気持ち悪っ」
「俺は櫻井先輩と話したことないけど、なんかそこまで聞いたら話聞きたくなっちゃうなぁ」
「後で教えてもらいに行こうぜ!」
「櫻井先輩のターンで何点取ったんだろ」
 第一セットからしてみれば、櫻井先輩が入ってから木兎さん達のチームは攻めきれていないかもしれない。でも、圧倒的なわけがない。
「櫻井先輩がいるから勝てるって訳でもないし、あの人は頭が良いから人の使い方がうまいんだよ」
 後輩として、とても誇らしく思うし尊敬する。
 でも、ブロッカーとしては、とても嫌だ。いや、味方だったらこれ以上ないくらい頼もしいのだろうけど。
「サーブが強いとチームの強さに直結する、だな!」
「ああ。櫻井先輩のサーブは変幻自在だからな。
 両利を活かすボールコントロールと正確なコース打ち」
「それを補強する頭の良さ、ね。どこに打てば上手く点が取れるのか、全部計算ずくでやってる。
 ………君らには永遠にできない芸当だネ」
「月島コノヤロー!!」
「でも、本当にすごいよね。どんな頭してんだろ……」
「本当にね」
 でも、きっと櫻井先輩のそれは才能なんかじゃない。全部、今まで蓄えてきた知識と自身の経験だ。
「お、動いた!」
「木兎さん!!」
 夜久さんが上げたボールを及川さんがトスする。それを打ったのは木兎さんで、あの人のテンションの高さも今日は落ちないなとふと思った。サーブで点を取られ続けられると苛つきや不満が溜まりいつもの木兎さんならミスしそうなのに。
「ツッキー、顔に出てるよ」
「………」
 やっと櫻井先輩のサーブのターンが終わり、ローテーションが回る。鷲尾さんのジャンプサーブは先ほどの仕返しとばかりに櫻井さん目がけて走った。けれど彼女はそれを冷静に返す。
 本当に全部できるんだななんて思いながら試合を見ていた。
「あ、俺ちょっとスコア見てくる!!」
 日向がベンチでスコアをつけている谷地さんの方に向かった。 
 ずっと試合を見ながら何かを書いていたけれど……ああ、クソ。動かないといけない気分だ。

    *    *    *

「谷地さん!ちょっとスコア見せて!
 てか、ペン借りっぱなしでごめんね。大丈夫??」
「ああ、全然、良いよ!」
 伊達工業の滑津さんと一緒にベンチでスコアをつけていたら日向がやってきた。澤村さん達も「どうかしたのか」と視線を向けてくる。
「さっき月島達と櫻井先輩の話してて」
「櫻井先輩……は、サーブで点取るとかはないけど、ほとんどトスとかスパイクで得点には絡んでるよ」
 試合は進み十七対十で菅原さんのサーブ。七点差をつけて勝っているけど、このままこちらが勝ちそうだなぁと思いながらコートを見つめる。
「櫻井さんって、本当に凄いんですね……!
 選手として混ざるって聞いた時はびっくりしちゃったけど。
 どこにいても安定してるっていうか、万能っていうか」
「なんでも出来るのは強いですよね!わかります!」
 練習や試合の時バレーについて教えてもらったり、コーチと戦術を話している姿を見てきたけれど、やっぱりこれって他のチームから見たら異常なのかな、と思ってしまう。
 バレー部のマネージャーになってそろそろ半年になるけれど、私にとって櫻井先輩はかっこいい憧れの先輩でありながら凄い選手だから。
「………春高の時、櫻井先輩と試合見てて。私と全然違うことを考えてるなって思ったんです」
「?」
「プレーとか戦術とかについてはまだ勉強中なので全然わからないんですけど、なんていうか………視点が違う」
「視点…?」
「稲荷崎との試合で明確にそう思って、櫻井先輩って凄い選手なんだなって思いました。
 コートにいなくても全部分かってるみたいな。この先を考えている様な……」
 そこまで言って笛の音でハッとしてまたスコアを書き込む。うわ、私何を言ってるんだろう。そう照れ臭くなって俯いていると、澤村さんが不思議そうに聞いてきた。
「稲荷崎戦でなんて言ってたの?」
「え、ええと………
 私、宮さん達が日向と影山君の速攻をした時ちょっと不安に思ってしまいましてですね……なんと言うか、夏にずっと練習してきたマイナステンポの速攻をやられて、自分のそれを止められて……大丈夫かなって」
「ああ、あの時か……」
「不安だったんですけど、櫻井先輩楽しそうにしてたんです。
 宮侑さんもあのセットアップができる、影山君がいなくてもあの速攻《マイナステンポ》が使えるっていうのは日向にとって良いことだと思うって」
「!」
「私は夏から練習してきたことを思い出して不安になったけど、櫻井先輩は夏に日向が見つけた課題を克服できそうだと思ったのかな………と、思いましてですね、その。ハイ」
 うわ、何言ってるんだろう私。そう思いながら日向を見ると目を大きく見開いて私を見ていた。でも、それは煌めいている。
「そっか、そっか………!」
「う、うん??」
 日向も影山君も、誰も。みんな櫻井先輩のことを凄いと言う。もちろん私も尊敬してるし凄いと言うけれど、自分がそこにいなくてもコートにいる様なあの目は日向だってしていたんだよ。
 向こうがタイムアウトを取り、選手が戻ってきた。
「………なんか、人多いね」
「お疲れ様です!」
「ありがとう仁花ちゃん。スコア見せてくれる?」
「はいどうぞ!」
 六点差をつけて先に二十点台に乗ったから余裕がある。次は櫻井先輩のサーブだし、流れを切るために向こうがタイムアウトを取ったのだろう。
 タオルで汗を拭きながら櫻井先輩はスコアに目を通して、礼を言いながら私に差し出した。
「………一セット目取ってるし点差が開いてるからって余裕に思わないで、このまま五点取ろう。
 サボらないでね、全部」
 勝利を目前にして緩んだ空気を引き締めるかの様に強い口調で放った言葉に背筋は支援とのびた。
「……ウィッス」
「私には三セット目する体力はないし」
「じゃあ変わるか?」
「戦略的なものではなく変わるか?って聞かれて了承する人間ではないよ、私は。
 万が一、フルセットやることになったらそうするかもしれないけど……まぁ、あり得ないか」
「自信満々じゃねぇか」

「当たり前でしょ。このメンツで負けると思う?」

 櫻井先輩の一言に、先輩達は薄く笑っていた。勝ちを確信していて当たり前のその表情は、周りの不安を根こそぎ奪って消していく。
好戦的だけど、実際勝てているのだから信頼できる。そう思いながらドリンク籠を手に取って回収をする。
「総合的に見てバランスが良いのはあっちだけど、攻撃力はこっちの方が高いし。まともに攻撃し続ければ点差は開くよ」
「そのまともな攻撃ができる空間を作り出してる櫻井は凄い」
「いや、バレーは六人でするものだし、私が指示出してもそうそう上手くいくことってないよ。凄いのは、私たち全員。
 若利のいつも決まってる一本を確実に決めて、菅原はその為に落ち着いてトスをあげる。その前のレシーブは山形君と大平君を中心に回してるけど、それも天童君と鎌先君のブロックがあるからこそだし。
 全員が得意な事を思う様にできる状況が作れば、勝てる」
「あっちも対応はしてくると思うけど」
 その言葉に櫻井先輩はチラッと向こうのベンチを見た。
「………及川が中心に纏めてるでしょ、セッターだし。鉄朗もまとめ上手だけど今は多分及川の力量を図ってるのかな………知らないけど。
 だから、やりやすい。及川の考えてる事、大体わかるから」
 櫻井先輩は少し柔らかく笑って、次の指示を出した。
 バレーはチームスポーツで、何か一つでも違うと繋がらないのだと思う。凄いのは全員だと言ったけれど、それを考えて指示を出す櫻井先輩はやっぱり凄いと思う。
「若利君が言ってたけど、ほんと目が良いんだね」
「判断力も、思考力もな」
 目が良い。確かに。視点が違うと言ったけれど、細かいところにも気付くし、だからこそ強いのかもしれない。
「『目より先に手が肥えることはない』ですね」
「それってどういう意味??」
「、それってアレだよね」
 滑津さんは授業で言われた、と言葉の意味を日向に話した。
「良いことと悪い事を見抜く目を養わないと作品を生み出す手の成長はないって話。ほら、伊達工業は授業が専門分野だからものづくりの機会が多いし、聞いたことがあるんだよ。
 そして、それはものづくりだけじゃない。どの分野でも共通して、目が良い人の上達速度はそうじゃない人を凌駕する」
「良いことと悪いことに気づいて改善するから、強くなる。気づかなければそのままだからね」
「なるほど!」
「………確かに、櫻井はまんまそれだな」

    *    *    *

 タイムアウトも終わり私のサーブから再開した。
 試合の流れは順調だからこそ、一気に終わらせたい。チームメイトの調子も良いし、うまく噛み合っているとラリーが続く度に実感する。
 でも、だからこそこうして彼らが輝いている姿を見るとどうしようもなく自分が惨めに思えてしまうのだ。
 菅原のトスを確実に決める若利を見て、また自己嫌悪に浸った。ああ、嫌だな。
「はは、」
 自分がこんなに酷い人間だなんて思ってもいなかった。春高で思ったことをここでも実感する。
 どうしようもない。私は、同じコートに私以上が立っているのが気に食わないんだ。梓さんの様に考えられない。チームの勝利より個人の利益を優先してしまう。

『勝敗にもそこまで拘ってなかったじゃん?私はそれ、勝ち以外あり得ないからこそだと思ってるんだよね』

 エースとしてコートに立てなくても笑って終われるのなら、勝てるのなら何でもいい。そんな考えも理解できるし好ましいけれど、私は私がエースでないと嫌だ。
 私が、気持ちの良いバレーがしたい。
 スパイカーもセッターも、どちらが上かなんてことはない。セッターがいてこそのスパイカーでありながらも攻撃において主導権を持つのはスパイカーだ。

 私の全部で、私が上だと証明する。

 木兎のスパイクで一点取られ私のサーブのターンは終わった。どんなに点差が開いていようが、負ける気なんてさらさらないと言うかの様なプレーに胸が熱くなる。
 張り合ってきてくれ。全力で叩き潰すから。
 鷲尾君のサーブが回ってきたので、ここで点差を詰める気なのかもしれない。次のこちらのサーブは若利で、最も攻撃力が高いローテになるから。
 そう思っていた通りで、及川はレフトの木兎を多用してくる。ネット側のマッチアップは鉄朗と若利だし、どうとも言えない。鎌先君と一緒にブロックで絞ってくれるから拾いやすいけれど、ストレートを狙い続けるから私がファーストタッチになる。

 ああ、腹が立つ。

「ッ、カバー!」
 根気強いな。そろそろクロス来そうなのに、山形君と大平君を警戒してる?そう思いながら木兎を見れば、興奮した様に笑っていた。腹が立つけど、やっぱり嬉しくも思うから複雑だ。
 大平君がカバーしてラストを鎌先君が返したものの、それは鉄朗のブロックに捕まった。
 落ち着け、大丈夫。サーブでもスパイクでも狙われて。私を穴だと思ってるのか。でも、私が上げないと攻撃に繋がらない。全部当然にやらないといけない。
「ナイスレシーブ櫻井!!」
「牛島!」
 菅原のトスから若利のスパイクでやっと断ち切った。
 スコアは二十二対十七で、若利のサーブ。次のサーブが及川になるからここで決めたいところだ。残り三点、かっさらう。
「、」
 若利のサーブを拾ったのは木葉君で、及川がすぐさまボール下に入る。ああ、凄い。
 完璧な一歩目だ、と思った時だった。誰に上げるのか意識が向いた瞬間、ちょうど菅原と大平君の間にツーアタックを決めた。ああ、クッソ。かっこいいなぁと思いながら及川を見ると、腹が立つほど良い笑顔でこちらを見ていた。
 及川は容赦なく私と若利の間を狙うけれど、そこは私が率先して取るべきだと伝えているから拾いやすいよう半歩だけ下がってくれる。
 教えた当初は改善点ばかりだったのに。コントロールが身についてきてる今、ジャンプサーブは及川に敵わないかもしれないな、なんて思ってしまった。負ける気なんてないけれど。
 向こうも二十点台に乗った今、デュースになる可能性もある。実力が拮抗していると、ストレートで勝つなんてことはほとんどない。きっと今、終盤になったからこそ歯車が噛み合ってきているのだ。繋ぐことしか全員考えていない。
「フー………」
 集中しろ。熱くなるな。頭を回せ。
 スコアは二十三対二十一で岩泉のサーブ。春高予選でジャンプサーブを磨いてきた岩泉は、私が及川に教える時いつも聞いていたからそれが当たり前だと思っていた。まともに使える様に、夏の間練習したのだろう。コントロールはまだまだだけど。
 菅原にきっちり返すと、若利へトスをあげる。ああ、かっこいい。隣で飛ぶ彼を見て、今日何度そう思っただろう。
 若利のスパイクを夜久君が拾い、及川は岩泉にトスをあげる。その前にブロックに飛んだのは天童君だった。
「ふん!」
 天童君の手に当たったボールは大きく後ろに飛ぶことなく、すぐ横の菅原がフォローする。
 私がカバーに入らないと。誰に上げる、当然ここで行くのは、
「、」

『負けない』

 このチームのエースは私ではないという腹立たしさ。悔しさ。
 白鳥沢主体のチームだから。若利がいるから。

 だから、どうした。

「ッ!」
 セットアップのモーションから左の強打でスパイクを放つ。
 スパイクに入ってきた岩泉の奥、夜久君の対角でありラインギリギリ。
「ッッッナイスキー!!!」
 これでマッチポイントだ。
 ああ、最高だな。と思いながら顔を上げる。
 試合中、咄嗟の左打ちに対応してくれるのは今のところ影山だけだ。試合の流れを読んで、私が欲しい位置に的確に置いてくれる。でも、今の様な自分でなんとかしないといけない場合は違う。攻撃の主導権は、いつだってスパイカーだ。
 何でもできる自信があるから、若利のいつも通りを引き出さないといけないと後者に回っていたのかもしれない。
 誰よりも強いと言える実績と風格、エースとしての存在感。いつだって彼は目を引くから、私が自由に動けるんじゃないか。
 私はあんなふうになれないと納得して諦めたのは随分昔だったはずだけど、いつの間にかまた並び立とうとしていた。
 違うんだ。確かに憧れているし、置い続けるかもしれない。
 それでも、いつか必ず越える壁だ。

 若利のスパイクで最後の笛が鳴り、セットカウント二対零で試合は私たちの勝利に終わった。



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