「櫻井先輩!!」
試合が終わると、相手のチームと握手してベンチに戻る。今日の練習は終わりだとクールダウンしていると、ノートを持って日向が真っ先に駆け寄って来た。
「お、メモ取ってる」
「試合止めるわけにはいかないんで!」
「おい、その前にストレッチ」
「ハァイ」
「お前は肩アイシングしとけよ」
審判台を降りて「清水!」と潔子に声をかける繋心さんは、なんか体調不良を抜きにしても過保護な気がする。
体育館の壁に掛けてある時計に目を移すと、時刻はそろそろ十九時になる頃だった。
「律ー!!自主練ってしていいの?」
「知らん。若利にでも聞いて」
「ウシワカー!!」
「何だ」
木兎を若利に押し付けながらグデッと体育館に寝転んで足を伸ばしていく。
サポーターも外さないとな、めんどくさいけどテーピングもしなきゃ。そう考えつつぼうっとしながら、隣で柔軟をしている日向に声をかけた。日向は前屈をしながら先程持ってきたノートに目を通している。
「日向、私今日はもう動けないから練習はできないんだけど」
「じゃあ、質問だけ!いいっすか?」
「それならすぐ戻ってくるから、ちょっとここで待ってて」
「?ハイ!」
起き上がるとジャージとタオルを持って体育館を出た。女子が寝泊りする部屋に荷物を置いてあるからとそこまで歩けば、部屋には潔子がいた。
「お疲れ。烏養さんに、氷水使うだろうから準備しといてくれって言われたんだけど」
「ありがとう。使う使う」
今日は自主練もしないと決めたから、シャツを脱いでサポーターも外すとジャージを履いた。肌着を脱いで下着も変えると、右肩にアイシング用品を巻きつける。
サーブやスパイクなどの同じ動作を繰り返すと関節や筋肉、靭帯に負荷がかかり炎症に繋がるのだ。手術とリハビリにより完治しているとは言えど再発しやすくあるので、それの防止策としてストレッチ後には十数分のアイシングをするようにと病院の先生に言われている。アイシングは炎症を広げない効果があるけれど、冷やした部分の血流は悪くなるのでその部位は硬くなるというデメリットもある。だからその後も積極的に動かして温めなければいけない。
「………ごっついな」
「はは。野球選手みたいでしょ」
右肩にそれを巻きつけている影響で片袖を通せないから、上からジャージを羽織り首元までファスナーを上げた。
潔子は洗濯物畳んだら終わりだと話していたので、私も日向の相手をしに体育館に一緒に戻る。
「終わったら食堂に来てね。初日だし、みんなでご飯食べよ」
「ん、すぐ行く」
後でねと潔子に手を振り、体育館へ入るとシューズを履いた。
孤爪君にトスをあげてもらっている日向と、それを見物している鉄朗の方に向かうと、孤爪君の方が先に私に気づいた。
「翔陽、」
「あ、櫻井先輩……!?腕、ど、どうしたんですか!」
「冷やしてるだけだから、気にしないで」
「吊ってんの?」
「ん、それで質問って何」
日向が広げたノートに目を走らせる。そんなバレーに対して意欲的な態度を好ましく思いつつ疑問点に答えていった。
「………なんか、翔陽と律さんって、」
「、」
「研磨〜今律って呼んでたぞ」
孤爪君に名前で呼ばれるとは思っていなかったので一瞬動きが止まったのを即座に鉄朗が茶化す。それを悪いように孤爪君は捕らえたのか、焦ったように謝罪を口にした。
「エッ、あ、ごめんなさい……」
「いや、驚いただけ。呼び方に拘りは無いし……研磨、君?」
「律さん!」
「……日向は、日向なんだよなぁ」
烏野の後輩で名前呼びの子は仁花ちゃんだけだな、と思うと日向は「俺が呼んでみただけなんで!」と笑顔で言った。
「で、何だって?」
「いや、前より近いなって」
「近い?」
日向がそう聞き返すと、研磨君は「仲良くなった」と呟いた。
「律がチビちゃんに甘いのは前からだろ?」
「そうじゃなくて………まぁいいや」
「研磨めんどくさがるなよー!!」
相変わらずだなぁと思いながらノートに目を走らせていると、鉄朗が横から覗き込んできた。
「で、何してんの?」
「別に、質疑応答?」
日向が持ってきたノートには先程の試合を見ていて気づいた事や、今日一日試合を繰り返してするべき事が記されている。しなければいけないことが多くて、でもそれを頭に入れておくにはパンクしそうで仁花ちゃんにノートとペンを借りたのだと。
影山がバレー日誌を書いているけれど、日向はそういったものを今まで書いていなかった。その代わりと言っては何だけど、春高後は前よりずっと考えながらバレーをする様になった。
「櫻井先輩は俺の先生だからな」
「先生?師匠とは違うの」
「うん!!
………この合宿が終われば、櫻井先輩と練習することはもう無いかもしれない。大学の練習に混ざるって聞いた」
「卒業したしね」
「はい。だから、今話せることは話しておきたい。烏養前監督《爺ちゃん先生》が、わからないことは櫻井先輩に聞けって言ってたから」
「、烏養さんが?」
「はい!!あ、合宿中時間があれば、サーブのことも聞きたいです!黄金…伊達工の!も、聞きたいって言ってました」
「あ、うん。時間があれば一通りは……」
サーブは試合の一番初めにするプレーだし、ジャンプサーブだけとは言わず打つ場所などのことは話しておいて損はない。
それにしても、どういうつもりなんだ烏養さんは。
あの日話したことを思い出してみるけれど、心当たりはない。この先烏養さん無しで技術を磨いて武器を作らないといけないのに、気軽に指導できるわけではないからと日向の面倒を見ろみたいな言い方だ。
「………まぁいいか。それで最後?」
試合の進め方やフォーメーションについてあらかた話すと、技術の話になってくる。
「櫻井先輩、最後の試合の第二セットの最後にセットアップのフォームから左打ちをしたじゃないですか。やっぱり、両利きってやりやすいのかなって」
「んー………私は元々右腕故障した分攻撃力が下がったからその対策で左打ち覚えただけだし、まだおすすめはしないかな。
左右を試合中の駆け引きで使い分けることはセッターにも一定のレベルとか信頼関係は必要だし、さっきみたいに咄嗟に合わせる、とかなら良いけど」
「翔陽は時々左とか足でカバーとかするけどね」
「ほんとねちっこいよネ〜」
「音駒《君ら》が言う?………それに、咄嗟に使うことと使いこなす事は違う。
でも、そうだな………バレーはボールを持てない競技だから、一瞬でボールの下に入る、操るってのは大事」
夏からボールハンドリングでボールのコントロールは強化してきたよね、と話しながらボールを手にとった。
「落としてはいけない、持ってもいけない。だから一瞬を操る。
でも、それが腕二本、指十本なんて少ないとは思わない?」
ポケットに入れていたスマホのタイマーがなり、アイシングのバックルを外した。羽織っていたジャージの中に手を入れて、感覚でサポーターを外す。羽織っていたジャージに腕を通して数回肩を回した。
「……よし、じゃあ少しだけサッカーしよう。鉄朗相手して」
「サッカー?」
「うん。………え、知らない?」
「いや、知ってる知ってる。何で?」
「操る選択肢を増やす話の実践。昔は膝より上でボールを捉えるルールだったけど、1955年から全身に変わって、足を使っても良くなったのは知ってるよね?」
「……年は知らなかったけどな」
「まぁ、これが取り消しになることってそうそうないでしょ。
サーブで蹴るのは禁止だけど、故意でも偶然でもラリー中は可能だから、届くのなら足技も覚えて欲しい。
鉄朗は普通にバレーしてていいけど、私今から足しか使わないからちょっと対人パスしよう」
「………地面に落とさないってこと?」
「そう」
「だからサッカーか」
サッカーは得意だし、リフティングの要領でボールを膝上に乗せると、蹴り上げた。鉄朗はそれを普通にアンダーで返し、私は足で対応する。それの繰り返し。
「右利きで生きてきて、それと同等に左でもボールを扱うのは難しい。でも、足はそうでもないと思うんだよね」
トッとラリーを辞めてその場でリフティングをする。
「確かに腕の方が使い慣れてるだろうし安定感もあるだるけど、足はリーチもパワーもあるから腕と同様の働きはできる。屈む必要も、スライディングする必要もないしね」
「でも、そこまでリフティングとかもできなくね?」
「そこも慣れるしかないけど、とにかく。
人よりできない事が多く全部できる様にならないといけないんだったら、とにかくボールを繋ぐこと。身長もパワーも足りないなら、自分の体全部使ってカバーする。ボールが上がればバレーは終わらないからね」
「、ハイ!」
「あとは……研磨君がよくやるけど、相手を動かすことかな」
「?」
「ブロックでコースを絞ってレシーブするのと同じように、連携とポジショニングだね」
これで今日は終わりだと日向に緩くボールを蹴って渡すと、日向は研磨君を練習に誘った。見事に逃げられていたけれど、木兎達に混ざらないのかな。
「にしても、律ってなんでもできるな」
「サッカーはね。お父さんが会社のチーム入ってるから」
「え、Jリーグ?」
「いや、プロ選手じゃなくて、趣味の一環。
そこそこの年齢だけど、動きたくて仕方ないっていうか……うん、スポーツ好きなんだよね。だから野球も割と」
「へぇ」
父は勤務先のフットサルに月二回顔を出しているので、よく庭でリフティングをしているのだ。私もスポーツは好きだし、一緒になってすることはある。バレーのパスもたまにするし。
「………少し違えば、私も今頃サッカー選手だったかもな」
「そこまで???」
鉄朗はゲラゲラ笑いながら日向を誘って木兎達の方に混ざりに行くと言った。私はもう戻る、と食堂の方に一人脚を向けた。
「初日、お疲れ様〜!」
「宴会テンション」
「かおりが持ってるのはウイスキーだったりする?」
「未成年〜」
「麦茶だよ!」
乾杯!と言ったかおりに三年の三人が突っ込んでおり、それを私は少し面白く思いながら晩ご飯に手をつけ始めた。
白鳥沢は食堂があるからご飯の準備しなくていいの本当に楽!と笑いながら一つのテーブルに女子で集まって八人でご飯を食べる。
「あまり卒業生の方見れませんでしたけど、今日はどうでした?」
「めっちゃ疲れた。しんどい」
「お、燃え尽きてる?」
「珍しいね」
「でもそれが好きなくせに〜〜」
『痛いのは嫌いだけど、キツいのも苦しいのも嫌いじゃない』
『それはマゾでは??』
ニヤニヤと私を見るかおりに、彼女と夏合宿で話したことを思い出した。
「……緊張感と高揚感で吐きそうになるくらいの試合がしたいです」
「そう言うところほんと、烏野って感じだわ」
「それって褒めてるんですか?」
「あ、ごめんド変態だなって褒めてる」
「嬉しい様な悲しい様な……?」
マネージャーとして参加している彼女達は今日の出来事や、他校の選手はどうだったかと話す。ご飯を食べ終わると部屋に戻っても寒いし暖かいお茶が飲めるからと、食堂にそのまま居座ることになった。お風呂に入れるのは男子の使用時間である二十一時を超えてからになるので、暇なのだ。
席は空いているし、と英里が持って来ていたトランプで遊んでいたものの、それも終わってしまう。私はぼうっとしながら時折振られる話に相槌を打っていた。
「本当、珍しくシャットダウンしかかってるね。律」
「今日は朝から眠そうだったよね」
「朝は弱いし。思うように動けない日は年に数日あるからな。
偏頭痛と貧血もひどいから、どうもここ最近は……」
「ああ、天気安定しないよね」
「明日雨らしいよ」
ウゲェ、嫌だな。頬杖をついてスマホで天気を見る。明後日から晴れるみたいだけど、確かに明日は雨マークがついている。
トランプのタワーを崩して、暇だとかおりが言い出した。
「大富豪はさ、ローカルルール多くてややこしいよね」
「ウノとか持ってくればよかった」
「じゃあ、もう王様ゲームしよ」
* * *
女子マネージャーといえば、チームという男所帯に咲く花。
青城にはいないからこそ、その存在をより一層強く意識してしまう。羨まけしからん。強豪だからか?強豪だから女子は集まるのか??ウチだって強豪だ!
「………今、王様ゲームするって聞こえた。行っていいかな」
「辞めときなよ。櫻井さんと接触したら及川さんに消される」
「いや、及川さん今いないし」
だって、王様ゲームだぞ?王様の命令は絶対なんだぞ??あんなことやこんなことができるんだぞ???
女子が集まっているテーブルは言ってしまえば楽園そのもの。聞き耳を立てているのは俺だけじゃないはずだ。そう思いつつこっそり周囲を見渡すと、音駒のモヒカンと目が合った。
東京の強豪って、ヤンキー多くね?モヒカンとか金髪とか。全国五本指に入るとされている木兎光太郎だってグレーだった。黒髪だけど音駒の主将も何か胡散臭かった。松川さんと並んで黒いスーツを着たら生コンに詰められて太平洋に沈められそう。
………と、話がそれた。
「王様ゲーム……前回の、夏合宿?でもしたんですか?」
「滑津ちゃんは初だね!したよ〜」
「キングのカードが王様ってことで、一から七のカード使お」
「柄は統一しなくていいですかね?」
「混ぜて混ぜて〜」
「律、起きて〜!」
「………起きてはいる」
聞こえてくるそんなキャピキャピした会話に、はわわわ……と思いながら隣に座っている金田一の肩を連打する。
そうしていると斜め前に座っていた京谷が席を立った。いつでもどこでも不機嫌で無愛想な顔だななんて思いつつ、そんな彼に渡が声をかけた。
「あ、京谷どこ行くんだ?」
「………風呂。混む前に入る」
風呂は自主練する人もいるからと学年関係なしに入ってもいいと通告があった。そりゃ俺も早めに入りたい。でも、見届けなければ入ってはいけない気もする。
「そろそろ自主練してる及川さん達が来る頃だろ?
俺らも行くか」
「だね」
そう言って金田一と国見が席を立とうとしたのを止める。
「え、あの………矢巾さん?」
「まあまあ金田一。後で一緒に入ろうぜ。
今はまだここにいようぜ?な??」
「え、でも……ちょ、国見!おい待て!!」
国見は光の速さで離脱したが、テーブルには金田一と俺、渡が残った。時刻は十九時五十分。腕を組んでその場で動かない殆どの男子は、女性陣の会話に聞き耳を立てている事だろう。
………クッ。仲間しかいねぇ!
「あれ、お前らまだ風呂入ってねぇの?」
「乙〜〜」
「ちわっす!」
「花巻さん、松川さん」
二人は自主練も無しに速攻で風呂に行っていたから、今から晩飯なのだろう「ここいい?」とトレーを持って席に座った。
「で?飯食ったなら風呂行けば?今空いてたけど」
「二十一時までに入んねぇとだろ。混むぞ」
「いや、俺は行きたいんすけど……」
「花巻さん………あそこ、」
「ん?ああ、女性陣だね」
「実は………今から、王様ゲームをするらしいんですよ」
「な、何ィ!?」
「おいおいおいおいなんだよそれ。悠長に喋ってらんねぇ!」
お二人は黙々と晩飯に手をつけ始めた。
だろ?普通はこういう反応をするもんなんだよ。フッ……と笑いながらコップにお茶を注ぎに向かった。数は四人分。渡は笑いながらもその場を後にしていた。後悔してもしらねぇぞ。
「じゃあ、ルール確認ね。自分が振られて嫌なことはしない。んで、拒否権はもちろんありです」
「前回は拒否誰もしなかったね」
「あんなことやこんなことまで話しちゃったね〜」
あ、あんなことやこんなこと!?ソレってどんなこと!?
「じゃあ始めるよ〜」と明るく梟谷のマネージャーさんが言い、「王様だーれだ!」の声で手元のトランプをめくる。
ああ、もう本当に華やか。
「お、私〜。
じゃあ最初だし、三番の人が最近食べた美味しい物教えて」
「さすが雪絵…」
「動じない……」
「どうも〜食いしん坊です〜〜」
「あ!三番、私です!」
うわぁ、一瞬にしてのほほんとした空気に…。なんだろう、罪悪感が募っていく気がする。
「えっと、私のお母さんの職場の人がお正月にご家族と旅行に行ってきたらしいんですけど、そのお土産の角煮まんじゅうが美味しかったです!」
「角煮まんじゅう……」
「長崎のお土産で、白のパンに豚の角煮が挟んであるやつです。冷凍食品の惣菜パン…?みたいな感じなんですけど、レンチンして食べました」
「へぇ〜〜!!いいね!」
「冬って暖かい物とかめちゃめちゃ美味しく感じるよね」
「わかる」
「………普通に食い物の話してんだけど」
「ガールズトークとは」
俺たちも普通に話すような会話に、何だか親しみを覚える。まぁ、性別が違うって大きいけれど同じ高校生だしな。うん。そうそう漫画みたいなキャッキャウフフな展開になってたまるかってんだ。いや、嘘ですなって欲しいです。
「櫻井先輩は、一番美味しいコンビニの肉まんってどこのだと思いますか?」
「んー……肉まん単品だとローンソ。ピザまんとかあんまんとか含めたらセブンかな」
「何そのガチすぎる回答……」
「律って大体のコンビニ商品制覇してるよ」
「まじか」
「新商品とかよく買ってるよね」
「コンビニ商品好きなの?」
「気になるじゃん。カロリー計算した上でイケそうなら手を出してる」
「……そういえば、櫻井さんって烏野のコーチとコンビニの前にいたなぁ」
「え、そうなんすか?」
「うん。その時は付き合ってるかと思って焦った…」
花巻さんは五月頃に見たのだと静かに言った。
烏野のコーチも外見が怖そうなんだよな。いや、溝口コーチもそこそこだけど。
「セブンのピザまん、チーズがすごい伸びるの」
「イチオシですか?」
「うん。あ、でも一番美味しいって思うのはやっぱ澤村に奢ってもらう坂ノ下の中華まんかな」
「ああ〜〜〜………わかる」
「部活帰りコンビニ寄るの最高だよね」
ああああああ!!!こういうの!!!
部活帰りにマネージャーと距離を縮めるみたいな!同級生の女子より部活のマネージャーの方が別格に仲が良いみたいな!
そんな事がしたかったチクショウ!!!!
「、普通にお腹減ってきた」
「さっき食べたでしょ」
「……チョコならあるよ」
「わーい!
でも冬って、食べたらすぐ横になっちゃうんだよねぇ。
これって大体の人が抱える現代病だと思う」
「病名は?」
「『デブまっしぐら』」
「んっ………ふふ、櫻井さんってジョークとか言うんですね」
「烏野には芸人がいるからね、菅原って言うんだけど」
「こうして鍛えられていくんですよ」
「烏野の三年生ってしっかりしてそうですよね」
「だよね〜!私もそう思う」
「いや、そうでもない」
「後輩がやばいからそう見えるだけ」
「よっし、そろそろ次行こう!」
再度カードを集めてシャッフルし始める。
最初はのほほんとした会話だったけど脱線の仕方がすごいな。聞いてて普通に面白くなってきた。また一斉にカードをめくって王様を出す。
「はい!私王様です」
「………嫌な予感しかしない」
「かおりは結構、ぐいぐいくるよね」
「お??じゃあグイグイいっちゃうよ。
三番が七番にキス。場所はどこでも可!」
んなああああ!!!まって、なんか凄いことが始まりそうな気がする!え、何!?女子ってこういうの普通なの!?
男子高校生が固唾を飲みながらその様子を見守る中で、彼女たちは至って普通の表情をしていた。それどころか、若干盛り上がりつつある。
俺たち三人は肘をついて指を組むとそこに顎を乗せて真剣な表情をした。
「誰と誰になるかだよな………」
「見ちゃダメな気がする」
「私、七番」
「!!潔子さん!!!!」
「田中落ち着け!」
「………田中に殺されたりしない?」
「お、てことは三番律?」
「ん。………なんか、ごめん田中」
「いや、俺のことは気にしないでください律さん」
「思いっきりどうぞ律さん」
「西谷と田中の圧よ………」
何で烏野の坊主は普通に会話に混ざれてるんだよクッソ!!
羨ましく思いつつも何も発せずに見守っていると、櫻井さんは清水さんの頭にそっと手を置いて、額にキスを落とした。
ウヒャア………え、手慣れてる?
「まぁ、前回脱いだしね」
「脱いだ女は違うなやっぱ」
え、櫻井さん前回脱いだの?王様ゲームなの?それって野球拳じゃない???
「、冷やかすのやめて……」
「ごめんごめん!ところで律は及川君とそういうことするの?
ぶっちゃけどこまで行った???」
ぶっちゃけすぎだろ!!!!
目の前を見ると先輩二人がこれみよがしに目を輝かせていた。ああ、花巻さんと松川さんが凄い興味津々になっている!今にも乗り込んでいきそうだ!
及川さんに櫻井さんという彼女ができたことは風の噂で聞いていたけれど、俺は今朝までお二人が近い距離にいるところを見たことはなかった。
及川さんが長年片想いしていたらしいけれど、実際の所どうなのだろう。惚気とかすごいしてきそうな及川さんの口からは櫻井さんの話を聞くことってほとんどない。春高予選の烏野戦は櫻井さんならこうするかもね、なんて言っていたしそれが大体当たってたから本当に驚いたけれど。
「及川も岩泉も、全然色恋の話はしないよな」
「及川とか自慢してきそうな感じすんのにネ」
「先輩方も聞かないんですか?」
「言ってはなんですけど、意外ですよね」
「うん。勉強会に呼び出したりデート中混ざったりしてるけど、惚気とか本人がいない場で言うってのは全くないよ及川《アイツ》」
「岩泉にも話さないらしいしネ」
「ええ!?マジすか!!」
勉強会に呼び出すのは百歩譲ってわかるけど、デート中混ざったのか。松川さんが言うには「新しくできたバッセンに櫻井さんが行きたかったらしくて。尾行してたのに岩泉が我慢できずに混ざりに行っちゃった」とのこと。
櫻井さんはバレーに関わらずスポーツはあらかたできるらしく、スコアで岩泉さんと張り合っていたのだと。どんだけだよ。
でも、そんなもんなのか。櫻井さんはなんて答えるのだろうか、と思いながら耳を済ませると淡々とした声が聞こえた。
「……想像に任せる」
「えぇ〜〜〜!そこはなんか色々言おうよ。
どこにデート行ったとか…」
「今後の参考にさせて!」
「と言っても、普通だよ」
「二人で卒業旅行にアメリカ行くのは普通なの?」
「はあああ!?ウッソ!!!」
「めっちゃ楽しかった」
楽しかったと話すものの、何処で何をしたと深く掘り下げることもない。そんな櫻井さんはいつもの無表情でのらりくらりと追及を逃れている。
及川さんに聞いたときはビビったけど、あれは事実だったらしい。へぇ、アメリカ。二人で……へぇ。
「あ!櫻井さんお土産ご馳走様でした!」
「美味しかったです!」
「ああ、うん……?でもあれって及川のお金だよね…」
「及川が櫻井さんに選んでもらったって言ってたから!」
耐えきれなかったのかお二人は思いっきり会話に混ざりに行ったけど、素っ気なく返されていた。
「あ〜〜〜最近の高校生ってすごい」
「そう言うあなたも高校生。次いこ次」
「もうキスが来たから何も怖くないね」
「あそこの空間に混ざりたいんだけど、ずっと聞いてたい気もするしさっきの話掘り下げたいし、どうすれば良いと思う?」
「てか、二十時過ぎてんだけど。及川達風呂行ってね?」
「後で聞こうぜ。………いろいろ」
俺も風呂に行かなきゃだけど、動きたくねぇ………!でも、ウッどうすれば良いんだ!
「あ、私です!!」
「おお、仁花ちゃん」
「えっと、じゃあ………前回手を繋いでたので二番の人が四番の人の上に乗る…?」
「おっと、疑問形」
「座る、ってことで良いんだよね〜。四番誰?」
「あ、私です」
「まこか。じゃあ重いだろうけど失礼しま〜す」
「どうぞどうぞ」
「雪絵はさ。普段すごい食べるくせに全然体系に響かないの」
「かおりもそこまで太ってないでしょ。気にし過ぎ」
森然のマネージャーである大滝さんの膝上に横向きで座った梟谷のマネージャー、白福さんはテーブルに散らばったカードをまた集めた。
「お、ゆきっぺ何してんの??俺も混ぜて!」
「何してるの、と混ぜてがゼロ距離だったんだけど」
「律の顔が死んでる」
「………うるさい」
「、えっと」
「そっか、風呂上がりだから顔わかんないか。音駒高校三年の黒尾鉄朗です〜〜〜」
「あ、どうも……伊達工業の滑津舞です…?」
「木兎と黒尾はお風呂あがり別人になるよね…」
「セットが崩れるからね」
「鉄朗はあれ、寝癖なんでしょ」
「ウン。朝起きたらああなってんの」
「え!?あれ寝癖なの!?!?」
「てか、何で律は知ってるの」
「え、普通気にならない?前髪邪魔じゃない?とか」
自主練をしていたメンバーが風呂から上がってきたらしく、木兎さんや牛島さん達が食堂に来た。風呂上がりでセットが崩れるとだいぶ印象変わるな、と黒尾さんと木兎さんを見ていると、及川さんと岩泉さんもトレーを持ってこちらのテーブルに来た。
「お疲れ」
「おつかれさま〜。マッキーとまっつんお風呂入った?」
「おう。で、ちょっとゆっくりしてたとこ。及川と岩泉は?」
「さっき。ほんっっっっと最悪なメンツだったけどね!!」
「俺は別に気にしねぇ」
「岩ちゃんも筋肉しかりドコしかり張り合ってたくせに!」
あの、少し静かにしてもらえませんか?
「二人ともちょっとボリューム落として。聞こえん」
「何、そんな真剣な顔して」
「………今、女子マネが王様ゲームしてる」
「王様ゲーム?」
「櫻井さんが清水さんにキスしてた」
「……………は??」
及川さんは器狭過ぎだろ。清水さんでさえ攻撃対象なのか。
櫻井さんがあそこまで頑なに話さなかったのは、及川さんに知られた時が怖いからなのかもしれない。
「何、どこに」
「おでこ」
「ふーん………まぁ良いか。
もう四十分で浴場使えなくなるから早く行きなよ〜」
「………ウィッス」
「あ、俺らはもう入ったからいるけどネ」
ああ〜〜〜〜〜俺も入っとけばよかった。
そう思いながら、後ろ髪を引かれる思いで金田一とその場を後にした。
* * *
王様ゲームだって?王様ゲームだって!?
なんて思いつつ混ざろうとする木兎を赤葦と引っ張りながら晩飯を受け取りに行く。ツッキーとチビちゃんは他のテーブルに行っちまい、空いてる席、と視線を走らせた。
「ここ、良い?」
「ん?ああ、ドウゾドウゾ」
「お疲れ〜!」
「お疲れ様です」
ちょうど空いたのは青葉城西の三年が集まってるテーブルの横で、俺はオイカーくんの隣の席に座った。
「及川セッターだろ!?明日の自主練トスあげてくれよ!」
「ええ?んー……良いけど」
「三対三ばっかだし、人数集めてるんだよね」
「あの、及川さん。無理して参加してもらわなくても大丈夫ですので……」
「いや、全然無理じゃないよ!全然、全く!
赤葦君だよね、梟谷のセッターの」
「はい、よろしくお願いします」
今日は律が参加しなかったけれど、なかなかに白熱していた。
木兎、俺、ツッキー、牛若、チビちゃん、赤葦という何とも言えないメンバーだ。途中でそこにやっ君とリエーフ、山形がやってきて、セッターが欲しいと話していたのだ。
了承は得たし、と聴力をマネージャー陣の方に向ける。
「はい、私〜」
王様は白福だった。俺は最初から聞いてるわけではないが、王様を引くのは二回目らしい。でも彼女はおっとりしてるからそんなにアレなことは言わないだろう。
「じゃあ〜〜一番が語尾に『にゃん』三番がザマス口調、五番がお嬢様口調で」
「ザマス口調って何ザマス!?」
「あははははは!!!」
「おお、使いこなしてる使いこなしてる」
「雪絵さんって時々尖ったお題出しますわよね…」
「ウケる」
「うるさいですわ」
雀田と宮ノ下の順応力高すぎじゃね?隣で「かおりがですわって言ってんのウケる」と木兎が笑って言った。んで、一番はにゃん、だったか………誰が、
「にゃん………にゃん?ってどういう風に言うの」
「そこはインスピレーションですわ!」
「言うにゃん?みたいにゃ??」
「そうそう!!」
「んっ!!!」
「ゲホッ」
「うわ汚ねぇ」
「ティッシュ使いますか?」
「、赤葦君ありがとう……」
「サンキュー赤葦」
律が一番かよ!オイカー君と視線を合わせると、「ちょっとよくわからないです」とでも良いそうな顔をしていた。
俺もそう思う。
「おお………櫻井さんって見かけによらずノリがいいよな」
「普通に可愛い」
「ちょっとまっつん!?」
今日見ていただけでも二人は仲良さげだったけれど、この場でも及川は律への想いが強いのだとわかる。
「これって、いつまで続ければいいのかにゃ?」
「とりあえず十分にしよう。ザマス口調の破壊力がすごい」
「次に行くザマス!」
「あ、私です!何にしよっかな……」
くじを引いたのは伊達工業のマネージャー、滑津さん。彼女は少し考えた後にあ!と言った。
「七番の人がファンサービスしてください!」
「ファンサ……?」
「こう、アイドルコールみたいな!ちなみに七番誰ですか?」
「あー………」
「にゃあって言う」
「にゃー」
いや、律かよ!!!また!?
「律ってくじ運ないよね。こういう時だけ」
「みんな……あ、みんにゃで示し合わせてるとかにゃい?」
「ないない」
「ところで、ファンサ……って、どんな?」
「撃ち抜いて!とか、投げキッスして!とかかな」
ああ、なるほどな。なんて顔をした律はあたりを見回したかと思うと俺の方を見た。確実に、今俺と視線があってる。
え、俺?
「櫻井さん、こっち見てんね」
「うん、だね……」
そう思っていると、唇に指を添えて投げキッスをした。
…………投げキッスをした。
いつもの無表情だけど心なしか気怠げで、大人っぽい雰囲気が漂っている。
「今のは俺宛てだね。絶対」
「いやいや、俺だろ」
「おいお前らやめろウゼェ」
オイカー君と睨み合っていると、今のは誰宛てなの!?及川君か!?及川君なのか!?なんて声がした。
「及川は私の恋人だからにゃ……」
「、」
この合宿中、何度も思ったけれど、過去に何があろうと律の一番大切な人は及川で。及川も律のことを大切にしているんだと感じ取って、俺は何とも歯痒い気持ちになっていた。
春高で気持ちに区切りはつけたものの、やっぱりきれいさっぱりには消えないわけで。
「……恋人にファンサはしないんだにゃ」
「!」
『俺はお前の友人であり、ファンでもあるからな』
「〜〜〜!」
ああ、クソ。これだから櫻井律は。そう思いながら緩む口元をそのままに及川の方を見ると、目が据わっていた。怖っ。
「お、そろそろ十分だからもう語尾はいいよ〜」
「律がプロの選手になったらうちわ作って応援行くね」
「ファンサしてね」
「そこまでの余裕はないと思う」
ああ〜〜〜なんかもう、今のでほんと。律のファンでよかったって思えた。
細かな会話を覚えてくれていたり、普段堂々としているのにふとした瞬間に弱さを見せてくれたり。そんな彼女の事が俺はずっと好きで、そう簡単に割り切れるものでもない。
「あ、私だ!じゃあ、三番が最近面白かったこと……ドキドキしたこととか教えて!」
「わ、私です!」
王様は宮ノ下で三番はやっちゃんだった。彼女は少し考えて、強張った顔つきで言った。
「ドキドキしたこと……修了式の日にホームルームが終わって体育館に向かうと、三年生がスーツでホスト接客してたのドキドキしました」
「まって仁花ちゃんそれなの?」
「はい!とてもかっこよかったです」
「二人のスーツとか絶対やばいじゃん!写真ないの?」
「ツーショット撮ったからある………私、あの時の男子三人が強すぎてフォルダが…」
「東峰と菅原がホストじゃなくてヤのつく自営業の人だよね」
律のスマホを見たマネージャー陣が笑いに震えている。クソッ俺も見たい。
「その写真、俺も持ってる。律ちゃんから送られてきたけど、爽やか君ほんとやばいよ」
ポケットからスマホを取り出した及川は少しそれをいじってテーブルの上においた。
そこには、パイプ椅子に踏ん反り返って座る東峰を挟むようにして肩に手を置いて冷めた視線を向けるマネージャー二人。片膝をついて鋭い視線を向ける澤村とヤンキー座りでオラついているスガちゃんの写真があった。
「アッハッハッ!!!」
「烏野の人相の悪さよ!」
「てか、これ、ホストってかマフィア的な…!」
ヒイヒイ震えながらこれのどこがホスト?などと思っていると、タイミングよくスガちゃんが現れた。
「何だよお前ら面白いことしてー!」
「今この場で一番面白いのスガちゃんだけどね」
「本当に」
「でもこれ、完全にホストじゃないよね?」
「ん?ちゃんとホスト接客したぞ!なぁ月島!」
「あっ、僕はこれで失礼しますね〜」
逃げゆくツッキーの退路を断ち、そのまま何を思ったのか彼は実演を始めた。ジャージのファスナーを首筋まで下ろして、そこに手をかけたまま意味深に流し目をする。
「今夜は寝かさないぜ、ツッキー?」
「いや、寝させてください」
「俺の隣で?」
「結構です」
スガちゃんってほんと外見詐欺っていうか、何だろ。中身が斜め上行ってるんだよな。
そのまま彼は飲み物もらいに来たと言って自販機でお茶を数本買った。
「潔子ちゃんと律は何したの?」
「あー………」
木兎の言葉に清水さんと律は視線を合わせてスルーしようとした。というか、木兎は自然とあちらに会話を振るから、完全に聞こえていることがバレていると思う。まぁ、俺に投げキッスをしてくるあたりで察していたけれど。
「こら櫻井!お前何年芸人やってるんだ!」
「やってねぇよ………」
「清水もファンには答えなさい!」
「菅原は黙って」
これは。スガちゃんはお茶を持ったままその場にとどまった。是が非でも見届けて帰るつもりだ。
律と清水さんはその視線に観念したのか、無言でやっちゃんの両隣に移動した。
荒々しく至近距離に座った律はおもむろに足を組んでやっちゃんの肩に腕を回して引き寄せる。
「………仁花、」
「ヒェッ……」
それを見つめた清水さんは屈めていた状態を起こして谷地さんの顎を優しく掴む。
「………律ばっかり見てないで」
「んんッ!!!」
やり終わって数秒後、スガちゃんの「拍手!」という声に俺たちは自然と拍手をした。
何だろう、見てはいけないものを見てしまった気がする。
「烏野って普段からこんななの?」
「いや、これは悪ふざけ。受験終わってもう何も残す事はない開放感と持て余した時間によって出来上がった産物だから」
「卒業か………」
「なんか、今こうして集まってることが不思議すぎるね」
「卒業式………あ、櫻井先輩」
「………ん?」
やっちゃんは何か思い出したようで、座り直す律の方を見て言った。
「その………卒業式の日に、一年生の女の子に告白されたって本当ですか?」
「え」
「はあああああ!?
何それちょっと!聞いてないんだけど!!」
我慢の限界だったのか、オイカー君が席を立って律に叫んだ。
律は彼の方を見てすぐさま否定している。
「うわぁ、そこまで……」
「さすがと言うかなんというか……」
かっこいいことも知ってるしモテるだろうと思っていたけど同性にまで……。いや、さっきのを見たらまぁ、ドキッとしたけど。
律はお茶を一口飲んで普段通り無表情に淡々と言った。
「いや、制服の第二ボタンくださいって言われただけだよ」
それほぼ告白じゃねぇか!!
そう思っているのはきっと俺だけではないだろう。律は何もないようにいつもの表情でいるけれど、及川は筆舌にし難い。
「ひゃー!渡した??」
「いや、制服は知り合いの女子大生の妹さんに譲るから、シャツの第一ボタン引きちぎってあげた」
「男らしいな……」
「勇ましい」
「それだけだから、言う必要もないかなって」
「………まぁ、それなら」
次いくよ次。と言ってまたくじを引きなおす律を見て、岩泉は及川に「相変わらず櫻井のこととなると器が小せえ」と言った。俺もそう思うけれど、どうなのだろう。同性にも異性にも魅力的に映る彼女のことだから、付き合っていたら俺も彼の様になっていたのかもしれない。
「私だ。じゃあ、一番の人が七番の人に告白」
「、え」
この流れだからか、王様を引いた清水さんは少し期待するように言った。
「七番……私だけど」
「あ、一番です………」
そう言った律と滑津さんはお互い顔を見合わせていた。
* * *
告白って言うと、どういう……?そう思いながら櫻井さんを見ると、いつも通りの表情で私を見ていた。
「好きです、付き合ってくださいとかじゃなくていいんだよ?こう思ってます!っていうのを話してもらえれば」
「ここは潔子ちゃんが見本見せないと」
「だね〜」
「そうだな………律のこと、初めて見たときは少し怖いなって思ってたけど、話してみるとそうでもないしおっちょこちょいなとことか可愛いなって思う」
「………おっちょこちょい………」
「いつでも真っ直ぐでバレーに真剣に取り組む律が大好きです。……とか」
「フゥーーーッ!!」
雀田さんがなぜか拍手をして、周りも小さくパチパチと手を叩いていた。何だか、妙に期待されている気がする。
清水さんとはさっきビブスをたたんでいる際話したけれど、櫻井さんと高校で出会ったらしい。出席番号が前後で、すぐに仲良くなったのだとか。
「……………、なんか照れるね」
「それは照れてる顔なの?」
「よっし、滑津ちゃんいけそう??」
「……はい、多分!」
他校のマネージャーさんと話す機会は今までなくて、今日も一日とても新鮮だった。だからこそ、そんな中一人選手として参加している櫻井さんを素直に尊敬する。
今まで支えてきた選手と同等もしくはそれ以上のプレーをしていて、この前の練習試合でマネージャーをしている姿を見ていたから余計にカッコよく思った。他校の主将にも同じ学校の後輩にもプレーについて尋ねられて、試合中だって中心になって指示を出していた。
「最初は選手として参加するって聞いてびっくりしたんですけど、今日の試合中とか率先して指示を出したりプレーについて教えていたり、かっこいいなって思いました。
私も色々教えて欲しいって思いましたし、もっと……仲良くなりたいです!」
なんか、告白とは少し違う感じになってしまったかもしれないけれど、全部私の気持ちだ。
私をまっすぐに見ていた櫻井さんは柔らかく笑った。
「………舞って呼んでも?」
「ぜ、ぜひ!!!!」
「あ!私も呼ぶ!!」
「私も〜」
和気藹々と名前を呼ばれてほっとしていると、雀田さん……かおりさんが「あ、」と思いついたように声をあげた。
「告白といえば、律と及川君ってどっちが告白したの?」
「何て告白したのかも気になるよね」
「!それ!!私も聞きたい!!」
「俺も〜!」
英里さんの同意する声に青城の三年生も乗ってきた。
櫻井さんは及川さんと顔を見合わせて、スッと視線を逸らしお茶を一口飲んで言った。
「………告白したのは私からだけど、内容は教えられないな」
「ええ〜〜??何で」
「ごめんね」
それっきり黙ってしまい、及川さんも口を割る気配はない。何を話したのかは気になるけれど、詮索するような真似はそこまでしたくないし。
そんな微妙な空気の中で小さくつぶやいたのは、青城の岩泉さんだった。
「………及川の方が片想い歴は長いけどな」
「へぇ〜〜??そうなんですかぁ?及川少年」
「どうなんですかぁ?及川少年」
「あーっ!!岩ちゃんほんと余計!余計な一言!!」
「うるせぇ事実だろうが」
及川さんと岩泉さんは幼馴染みらしいけれど、知っているのだろうか。そう思いながらも、青城の三年生で及川さんを弄り出した様子を見て「次しようか」と話題を変えたのは潔子さんだった。
「王様だーれだ!」
「あ、私!じゃあ、四番の人はこの合宿に参加してるメンバーの中で一番好みの人を教え「繋心さん」
「え、」
「いや早い」
「律が四番か……」
櫻井さんは食い気味に烏野のコーチの名前を言った。
及川さんと付き合ってると話したばかりなのに、好みの人はコーチなのかと不思議に思う。
「及川どんまい」
「律ちゃんが烏養コーチ好きなのは………まぁ、仕方ない……よね、」
「小さい頃からお世話になってるしね」
「律って烏養さん尊敬どころか崇拝してるとこあるから」
「そこまで?」
あはは、なんて笑っていると櫻井さんは正直、と話し始めた。
「好きとかかっこいいとか愛してるとかは別物でしょ?
まぁ、繋心さんはほぼ身内だし尊敬とかの念が強いけど」
「ぶっちゃけ、どんな男が女子に好かれると思う?」
そう言った木兎さんを見ると、彼は単純に興味本位で聞いたらしい。この人はただ元気っていうか、なんていうか…空気は読むより作るものみたいに考えてそうだと思う。話したことがないから偏見だけど。
「……まぁ、私が知ってる中で一番モテるのって及川だし」
「やっぱ顔か」
「いい性格してんのにな」
「そこ!聞こえてるからね!?」
「オイカー君ってやっぱモテるんだな」
「中々試合会場で黄色い歓声とか聞かないと思うけど」
「でも、稲荷崎の宮兄弟もこんな感じだったよね」
「うちわ持ってる女の子とか居たよな」
「やっぱ顔かぁ………」
「若利君も女の子ファン多いよね!」
「そうなのか」
「若利………」
どんな男がとは言えど好みは人によるだろうし。
「私の一押しは岩泉。男前って聞かれたらまっ先に答える」
「及川とつきあってるのにか〜」
「櫻井さん前もそう言ってたよね」
「岩ちゃんへのポイント高いところほんとなんなの?」
岩泉さんは何というか、男らしい雰囲気がある。工業高校にいても全然違和感がないような、そんな空気。
櫻井さんは辺りを見回して言った。
「みんな違ってみんな良い、だよ。
私は澤村が際どいコースのサーブを拾ったら嬉しいし、どんな時でもチームを鼓舞する菅原が頼もしいし、三枚ブロックがついても打ち抜いてくれる東峰のスパイクにときめくし」
突然同じチームの三人を褒めたが、生憎その三人はその場にいなかった。ああ、残念……聞いたら喜ぶだろうに。
「さ、櫻井先輩………!」
「突然のデレ」
「え〜!俺は!?」
「……木兎は調子良い時敵味方関係なく指揮を高めてくれるのがかっこいいし見ていて楽しい」
「俺は?」
「鉄朗は………って、これ全員言わないといけない?」
聞きたい!褒めて!!と頷くけれど、きっと彼らは及川さんの顔を見ていない。私は及川さんを見なかったフリをしてお茶を飲んだ。
「……こう見えて律ちゃんはバレーの鬼だからね。褒めるところが多ければ多いだけ、ダメ出しの数も多くなるから」
「エッ」
「マンツーマンでやってるとバンバンダメだしされるよな」
「あ〜〜わかる」
「…………及川はやっぱサーブ強いしセットアップもいいけど、もっと筋力つけた方がいいよ。セッターは試合中一番ボールに触れるし、安定感はどのポジションでも大事だから足腰鍛えよう。
宮侑君の姿勢見た?よね??一緒に見直した時話したよね。ボディバランスってスパイク以上にセットアップに大きく響くよ。
ジャンプサーブだけじゃなくフローターも打てるようになってほしいし、昔から狙ったところに打つってのが苦手だよね」
「言い出すと止まらなくなるからもうそこでストップでお願い。後、フローターは練習中だから教えてもらえると嬉しいです」
「わかった」
「……めっちゃ喋ると思ったら突然及川へのダメ出しだった」
「脱線してるよ!!話!!!」
バレーの合宿だからむしろこれが正しい会話だと思うけど。
後一回できそうかな、とまたトランプを集め出したところで話に混ざっていた及川さんと岩泉さんが席を立った。
「あれ、もう戻んの?」
「うん。てか、明日の試合メンバー決めてないよね」
「櫻井が風呂入ってからじゃね?」
「あ、そっか」
「ん〜〜………」
二人って本当に付き合ってるのかな。
工業高校は女子が少ないからカップルも自然と少ないけれど、身近に他校の男子生徒と付き合っている子がいる。何だか、私が知っているカップルの空気ではないんだよなと思ってしまうのは失礼かもしれない。だけど、告白の話を濁していたことや先ほどのダメ出しのことがあってそう思ってしまうのだ。
トレーを置いて食堂をそのまま出て行こうとすると、何を思ったのか及川さんは櫻井さんの背後に立った。そしてそのまま、頬杖をつきながらもトランプに意識を向けている櫻井さんの顎に手を添えて上を向かせると………え、。
「!?」
「!!!!!!」
そのまま、キスをした。軽く触れるだけであっても、みんなの前で。
誰も彼も困惑するだけで何も発せない中、及川さんはふふっと笑って言った。
「好きでしょ?」
「………、まぁ」
「ははは、そういえばこれスパイダーマンキスだね」
「若干違うけど確かに…?」
え、え!?何この会話!!!てゆうか、手慣れすぎてない?
周りがあっけに取られる中で普段通りに会話する二人。彼らに当たり前のように真っ先に話かけたのは岩泉さんだった。
「お前………場所は選べよ」
「今だからしたんじゃん」
岩泉さんは慣れているのか、なんてことなさそうだ。きゃあきゃあと騒ぐ女子と感嘆の声を漏らす男子。そんな微妙に桃色な空気の中櫻井さんはトランプをめくって席を立った。
「ごめん、先に部屋戻ってるね」
「え、あ、はい」
「お風呂の時間になったら戻っておいで。部屋にいるから」
そのまま櫻井さんは及川さんと岩泉さんと食堂を出て行った。
「………何今の!」
「さらっと見せつけられた………さらっと………」
「少女漫画かよ!!」
恋人同士特有の空気を全く感じないと思っていたら、突然見せつけられて。驚きはもちろん大きかったけれどなんというか、お二人の表情とか空気が一瞬だけそれらしく変わってときめいた。
「………律は、選手として合宿に参加してるから勿論全員倒すつもりでいるし、その中には二人も入ってるんだよね」
「ああ、だから態度に出さないとか?」
「元から淡々としてるけどね」
清水さんが補足するように櫻井さんと及川さんのことを話し出して、なるほどなと思った。
選手として女子が一人混ざってるといえど、彼女にとっては何か大きな意味があるのかもしれない。全員倒すっていうのも、わからないけれど同じ競技をしている同級生の異性を敵として見ていることだろう。
見ている先が違うんだなと、改めて『目より先に手が肥えることはない』を思い出した。
* * *
「珍しいな。お前がああゆうことすんの」
「本当。びっくりした」
「律ちゃんが思ってた以上にモテモテだったから、牽制だよ。
………嫌だった?」
今まで、人前どころか岩泉の前でさえ先程の様な恋人らしいことをしたことがなかったから驚いたけれど、岩泉には牽制なんて必要ないからかと納得した。
少し不安そうな表情の徹の手を取り「嫌じゃないよ、驚いただけ」と言う。
告白を濁したのもそうだけど、意外にも徹はあまり人に自分たちの仲をさらけ出そうとしない。それが中学の一件のせいなのかはわからないけれど本人曰く「律ちゃんのいろんな表情を知ってるのは俺だけで十分だし、二人だけの思い出にしたい」らしい。
「にしても、岩ちゃんが照れずにフォローしてくれるなんて」
「お前らなら別に……なんつーか、良かったなとしか思わねぇんだわ」
「、」
「岩ちゃん………」
「にしても?
黒尾、今日組んだけどあいつ本当お前のこと好きなんだな」
「あー………やっぱなんとなくわかっちゃうよね」
「……律ちゃんが甘やかしてない?さっきの投げキッスだって、くろちゃんにしたでしょ」
バレてたか、と思いつつも謝る気なんて無い。恋人は徹だけど、私のファンは鉄朗だ。
「私としては一線引いてるつもりではいるんだけど、話さないとか、触れないとか明確に態度にしたほうがいいと思う?」
「俺は別に。及川の器の問題だしそのままでもいいと思う。
櫻井は及川が本当に嫌だと思うことはしないだろ?」
「うん」
それはもちろん。と即答した。
「異性と話すのも練習するのも、さっきみたいなことするのも。徹が嫌だな、して欲しくないなって思うならしない。
でも、その代わりちゃんと言葉にしてね」
「うん、ありがとう。………こんな会話中学の時もしたね」
「そうだね」
中学三年の春。前田さんと徹がコートを占領している時、私と岩泉が練習できないからと影山に声をかけたのだ。
徹が女の子を蔑ろにできないのは知っているし、影山をよく思っていないことも知っている。だけど、私たちはあの頃から三人でやることに拘っていたから『嫌なことはちゃんと言葉にして。その時はその意見を尊重する』と話した。
「前田さん、転校してたんだってね」
「、どこで」
「昨日、中学の離任式に行った時みんなに聞いた」
「………気になるのか」
徹のことが好きだからこそ、私たちを蔑ろにしていた彼女を思い出した。でも、所在を知りたいかと聞かれれば特にはって感じだし。
「別に。私たちが行くところまで行けば、嫌でも目に入る」
「、そうだね」
徹も岩泉も一瞬目を丸くして、だけど自信満々に肯定した。
深夜に近づき、人であふれていた食堂と違って廊下は寒い。身震いすると、そっと徹が距離を詰めてきたので遠慮なく寄り添った。
「……ひょっとして律ちゃん、体調悪い?」
「、なんでわかったの」
「食堂で遊んでる時態度が雑だったな」
「うん。あと、ああいうの楽しいし好きだけど疲れるでしょ?大丈夫?」
若利のように繋心さんと話していたのを聞いていたわけでもなく。私のことを見てそう感づく二人って本当にどうかしてると思う。そして、気づいてくれることが嬉しいと思う私も。
「……今日は、朝から体が重く感じて。バレーしてる時はそうでもなかったんだけど、終わったら途端にのしかかってきてる気がして………」
「じゃ、風呂入ったらすぐ寝ろ」
「だね。明日のことは俺らで話進めとくから」
「え、でも……」
「お前、いつだったか俺に言ったよな。
『及川の調子が悪いと岩泉の調子も狂う』って。お前もだぞ」
「律ちゃんが不調だと俺たちは心配になるから、休んで」
「………ずるい」
そう言われたら休まないわけにはいかない。少しでも早く復活しなければいけないじゃないか。
二人は笑いながらずるくて結構と言った。
「じゃ、澤村に言っとくから及川は」
「律ちゃんを送り届けてきまーす」
「おやすみ、岩泉」
「おう」
階段で岩泉と別れて、女子部屋までの短い道のりをゆっくりと手を繋いで歩く。
「………正直、どう思った?」
「ん?」
「鉄朗」
「あー………」
岩泉は鉄朗をどう思ったか話したけれど、張り合っていた徹は何も言っていない。言いたくないのなら別に無理して聞き出そうと思わないけれど、やっぱり少し気になるのだ。
徹は視線を斜め上にそらして、今日のことを思い出すように言った。
「律ちゃんが言ってた通りブロックうまいし、守備でやっくんとの連携は大したもんだと思ったよ。ぼっくんの扱いも心得てるって感じだったし、試合中は割と助かってたかな。
律ちゃんと仲良いのは………アレは、尊敬の気持ちもあるんだろうなって思った。律ちゃんを見てる目が、岩ちゃんと被って見える時もあるし。告白して、振られて。でも割り切れないって思うのはそれがあるから目が離せないってのもあると思うんだよね………律ちゃんってかっこいいから」
「、」
「それに、そんな視線は俺にも少し覚えがあるしね」
それは、あの女の子のことを思っているの?なんて視線を向けると、ギュッと手を握る力が強くなった。
「………クロちゃんがどれだけ律ちゃんのことを好きだろうと譲る気なんてサラサラない。そもそも律ちゃんは俺と相思相愛だから一ミリも入る余地なんてないよ」
「言い方」
「本当のことデショ?とにかく、クロちゃんなんてライバルにもならないね。
………俺としては、牛島とバレーしてる律ちゃんが楽しそうだったから、そっちの方が気に食わないかな」
「若利?」
恋愛の話をしていたつもりだったけれど、対象が若利に変わったことでバレーの話になったらしい。でも、この流れだと私に関して徹のライバルが若利になるってことにならないか?
「なんか、珍しくあいつを持ち上げてんなって思ったけど」
試合中の感情を見抜くようなその視線に、私は今日考えていたことを少しずつ話す。
「今までも先輩とかいたし、同じチームにエースって呼ばれる存在はいた。けど、私が心から凄いって……エースだって認められるスパイカーと一緒のコートに立って試合をするってのは初めてだったから」
「………」
「震えたよ。かっこいいなって。
………でも、だからこそ叩きのめしてやりたいって思った」
そう話した瞬間、徹はグイッと私を抱き寄せた。
突然のことに目を白黒させながらも背中に手を回すと、ウフフと機嫌が良さそうな忍び笑いが聞こえた。
「俺、律ちゃんのそういうところすごい好き」
「え、」
「……誰かに何かを教えたりするの、ちょっと嫌だなって思うけどそれが律ちゃんのバレーを作る材料になってるから止められないし、複雑なんだよね〜
相手がどこの誰だろうと構わず利用するところも、なぎ倒していくところも、かっこいいと思うよ。
今日最後の試合、第二セット終盤。マッチポイントの左打ちした時「やられた!」って思うより先に嬉しさが出ちゃった」
「………嬉しい?って、何」
「ええ?だってあの時、律ちゃんは牛島を囮に使ったでしょ。
凄く嬉しかったよ。牛島のこと同じチームだろうと負けられない敵として見てるってわかったから。
今それを確信した。最高だね」
「………」
そんな小さなプレーで、あの一瞬を見てそんなことを思ったのか。そう思うと同時に、徹が本当に楽しそうに笑うものだから私も頬を緩めた。
「中学の頃から若利の試合を見てきたし、その度に徹が負ける姿も見てきた。だけど絶対に、徹なら若利に勝てる日が来るって信じてるよ」
「勝つよ。絶対」
何度負けようと決して諦めないその背中が好きだし、一緒にいたいなって思えてくる。
ああ、好きだなぁ。
バレーボーラーの私しか必要とされないんじゃないかなんて思っていた。でも、それだけじゃない私の全部を見て、欲しているとわかった。だけど、やっぱり私たちの始まりはバレーだったから、どこまでも真っ直ぐに自分の目標に向かって突き進んでいく彼のことが好きなのだ。
「?どうしたの」
ふと足を止めると徹も足を止めて私の顔をジッと見た。
距離を詰めて徹の首に腕を回すと、背伸びしてキスをした。唇が触れ合ったところが暖かい。触れるだけのキスをすると腰に腕が回り、力強く抱きしめられる。数秒して背伸びするのをやめると、それと同時に唇を離して見つめ合った。
「したいなって思ったから」
「え、」
「私も、徹のそういうところ大好きよ」
名前を呼ばれて、うっすらと目を開けた。辺りが明るいのは教室の電気がついているからなのか、刺すような光と言わないまでもそれを鬱陶しく感じる。
体を包み込む布団が暖かいけど、普段寝ている布団ではないから少しだけ寝心地が悪い。ああ、合宿に来てるんだった。
起きなきゃ、と思い上体を起こすと途端に冷気が全身を襲った。三月下旬といえどまだ寒い。
「───、────」
潔子が何かを言ってるけど頭に入ってこない。でも、そうだ。合宿だから早くご飯食べに行かないと。ノロノロと準備をして、ポーチを手に取ったら腕を引かれて教室を出た。
「………あれ、」
「あ、起きた?もうみんな移動しちゃったから早く食べないとだけど……律、熱とかある?」
「ないと思う、けど」
「顔、真っ青だから心配した」
食堂に着くと席に座って待っててと潔子に言われた。それに対して自分の分くらい準備すると言えば席に座って熱測ってと体温計を渡された。春高での日向の一件があり、体調管理に厳しくなっているのだ。いい傾向だけど、少し心配しすぎでは。なんて思いながら脇に体温計を差し込む。
食堂は混んでいるもののもう食べ終わった人はいるようで人の往来は殆どなかった。
ピピピピ、と体温計が鳴った頃潔子がトレーを持って戻ってきた。そして傍には繋心さんが。
「熱は」
「ないよ……ほら」
三十五度四分の表示を見た繋心さんは、手元に置いてあったポーチを見て眉間に皺を寄せた。
「体調は?」
「頭痛がひどい。あとは………なんか、体が重い」
「食えるだけ食って薬飲めよ。運動できそうなら混ざれ。
清水は今日三年の方についておいてもらえるか?」
「はい」
いただきます。と呟いてお味噌汁の入ったお椀を手にとった。
朝が弱いのはいつもの事だし、気にしすぎじゃないかと思う。トレーに乗った朝食は並盛りで、全然余裕で食べ終えた。寧ろ朝から詰め込めるだけ食べる私にとっては少し足りないくらいだけど、と思いながら数種類の薬を流し込む。
九時から練習になるけど、そういえばチーム分けとか聞いてないな、なんて時計を見ながらシューズを取りに部屋に戻り、顔も洗ってなかったやと思い返す。身支度を整えると体育館へ向かうために部屋を出た。
合宿二日目にして抜けすぎでは?シャキッとしないと!
背中を強く押される感覚がする。
雨が降っているから渡り廊下は本当に寒くて、体育館なんて冷蔵庫かよってくらい冷え切っていた。ストレッチをして体を軽くほぐすと、体育館を走り始める。体は相変わらず重いけれど、動けないことはないし平気だ。
異変が起きたのは、対人パスをしながら今日の予定を聞いている時だった。
「っ、」
何かが迫り上がってくる様な、吐き気に似た気持ち悪い感覚。そして、耳鳴りが酷い。
あれ、ちょっと、ダメかもしれない。
そう思ったところでひどい頭痛に襲われた私は、静かに意識を手放した。
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