試合は勝ち負けを繰り返しながら和気藹々と進んでいた。
チーム数が少ないからこそ休憩を回して、試合に出ない選手もいるからと意見を交換したり壁側でボールを軽く触ったりと自由に過ごしている。
私は午前中に倒れた影響で試合に出ないこともあったけれど、出た時は出た時で自分の役割を果たすだけだと精一杯やった。試合形式で及川のトスを打つのは初めてだったけれど、自分が欲しいタイミングに合わせて安定したトスを上げてくれるからとてもやりやすい。だから、自分の思う様に体が動く。
「………っ、はぁ」
「ウェーイ。無理はいけねぇんじゃねぇの?律」
「腹立つなぁクソ」
ニヤッと笑った鉄朗は、私を完全に抑え切る気でいる様だ。
やりやすいからこそ思考が読まれているのか、悉くブロックされて思うようにいかない。鉄朗は私にコミットする事が多く、及川もそんな彼を疎ましく思っているみたいだ。
若利のチームはブロッカーが鉄朗一人だけだから彼を司令塔としてブロックを動かしているけれど、基本左右のどちらかに偏ったポジションでスパイカーのコースを絞るテディケート・シフトだ。鉄朗が私をマークすることで反対にいる東峰の対策に二枚残しておくってところだろう。東峰には茂庭君と猿杙君がつくけれど、後ろにはリベロの山形君が控えているからそう簡単には打ち抜けない。
今日の試合はこれで最後。数回は若利達に勝てているものの、勝ち越してはいないから勝って終わりたい。
焦らない、と及川に声をかけられて一息つけたものの、点差は一向に縮まらない。いつもの集中力が切れているというのは自分が一番わかっていた。
「点を取らないスパイカーに価値観は無いと俺に話したのは、お前だろ」
「………あ?」
若利にそう言われて、プツリと完全にキレた。
それはアレか?今の私は、コートに立っている資格がないとでも言いたいのか。
実力不足は十分承知で、体調不良も言い訳にしかならない。というかそもそも、体調云々に関しては不調のくせして混ざるなという声もあるだろう。体調管理すらできないやつが、試合で勝つどころではないと。たとえ私のそれが遺伝だろうとなんだろうと、周りに迷惑をかける選手はいらないのだ。
それでも、こう人から言われると腹が立つ。
実際止められてるし、鉄朗を警戒して及川も私にトスを回さなくなっている。先程ネットから少し離したトスを貰った時はうまくブロックを避けたけれど拾われてしまったし。
「……及川」
「ん?」
「次は決める。寄越せ」
「………了解」
『高い相手に勝つ方法は、案外沢山あるんですよ』
体格もパワーも私には無いし、それで若利や鉄朗と張り合おうとももう思わない。でも、私は私なりに、単体でこいつらと同等以上に勝負をしてやる。
「櫻井さん!」
「、」
寄越せと言ったのは私だけど、私が決めると信じて普段通り完璧なトスを上げる及川も及川だ。
『ハイトス?苦手な子多くない?』
『私はそれが好きだから、いいの』
アンテナまで伸びていく高く安定したトスは空間認識能力がものを言う。自分でボールに合わせて飛ぶサードテンポの攻撃は少しでもそれが狂えばうまくいかないし、ブロックだと単体でも十分に止められてしまう。苦手な人が多い。だからこそ、私はそれを磨く。
鉄朗にサーブを教える代わり、夏合宿中はブロックについて月島と一緒になって聴く機会が多かった。だから、手の出し方も、飛ぶタイミングも、全部知っている。
「っ!ニャロ、」
「っしゃ!」
私が放ったスパイクは鉄朗の手に当たったもののネットと彼の間に落ちた。吸い込みだ。
「鉄朗はブロックが上手いから、使いやすい」
「ああん????」
先程煽ってくれたからお返しだ。ネットを挟んで彼に視線を向けると、いい笑顔で私を見ていた。それから若利の方を見ると、ふいっと視線を逸らされた。
守備であると同時に攻撃でもあるブロック。ブロックアウトも吸い込みも、狙ってできる様になるには相応の技術が必要だ。どんな時でも冷静に、勝ち筋を探せ。場面に応じて対処しろ。
「よっし!一気にとるよ!!」
「ッシャア!!」
次のサーブは及川。私のスイッチが完全に入ったと安心したのか、ボールを渡す際「勝つよ」と呟いた。
それから試合は進み、十九時。今日の練習も終わり、今から解散前に明日のチーム分けをしようと澤村が三年生を集めた。
「………体育館の使用時間は決まってるから、風呂入ってからでも良いんじゃって話だったよね?」
「いや、それだと櫻井が話し合いに参加するのが難しくなるし十分に休めなかったりするだろ?
ギリギリまで練習する人も、すぐに切り上げて休む人もいるわけだし、そう何度も集合かけるのもよくないって昨夜話してたんだ」
体調が悪いのは本当に今日だけだと思うから大丈夫なのにと思ったけれど、彼らは午前中にかなりそれについて思うところがあったらしくてこでも動かなさそうだ。
女子が一人だけ混ざって練習をするというのは運動量も多くかなりハードの上、コミュニケーションや考え方などもうまく噛み合わないことがあるからストレスも溜まる。
「………わかった。それなら、さっさと決めてしまおう」
ホワイトボードの前に集まり、見えやすいようにとそれぞれ自由に座った。進行は澤村で、チーム分けは菅原が書いていくらしい。
「それじゃ決めてくけど、まず今日やってて改善点とかあればそこ直していこう。
練習メニューとか、進め方は明日も同じで良さそうか?」
「特に問題なかったよ」
「今日は雨だったからフライングだったけど、明日以降は晴れるっぽいし外走るようにしねえ?」
「それなら、ストレッチの後対人パスやってチーム練習に入った方がコート長く使えるな」
「異議なし〜」
案外サクサク決まってると思いながらスケジュールを決めてチーム分けに移る。コミュニケーションや経験値、進路などに差があってやはりここはスムーズに決まることがないみたいだ。
ポジションによって人数は違うし、スパイカーが参加人数の三分の一以上いるから偏りが出るのも仕方ないけれど。
「それじゃ、組みたい人とか案があれば言ってくれ」
「俺は今日と同じで律とは違うチームがいいな〜!」
「おや」
真っ先に声を上げたのは木兎だった。昨晩もそう言ったのか、澤村はそれを聞いて少し困ったように笑った。
「それだと牛島と櫻井と三人は確実にばらけるんだよな」
「てか、ぼっ君はなんで櫻井さんとの勝負に拘ってんの?」
いや、俺的には櫻井さんと同じチームがいいから嬉しいんだけど。そう及川が聞くと、木兎はさも当然と言った風に答えた。
「だって、律と勝負できんのはこれが最後かもしんねぇじゃん。
俺はこの先もバレー続けるけど、同じコートに立つとか試合できるのってもうないだろ。ただでさえ夏合宿からやられっぱなしだからな。昨日も今日も不調らしいし、律の全力を全力で叩き潰すって言ったのは、変わんねぇ」
「……、」
そんな木兎の言葉に目の色を変えた人が一人いた。
「同感だ」
「………私は若利にはやられっぱなしだと思うんだけど」
「そうか?……そうか。
だが、お前の全力を倒すという意味では同じ意見だ。
………勝ちたいと、ずっと思っていたのは本当だからな」
なんかすごい敵対心を向けられているのだけど、チーム分けの話から逸れているぞと澤村に視線を向けた。
「……なら、明日も櫻井と牛島と木兎を中心に回すか?」
「でも、ウシワカとも組んでみたいんだよな!
てか、なんでそこまでして俺ら離そうとするんだよ」
「実力差だよ」
その言葉で納得できるくらい、この合宿において木兎と若利は周りから抜きんでたスパイカーだ。
全国でも十二分に通用するエーススパイカーである二人は、プレースタイルに差はあれど実力はほぼ同等なのだろう。というか、若利が全日本ユースまで行っているからそこに並べるのは木兎だけ、と言った方が良いのかもしれない。
だけど、木兎は『普通のエース』を目指しているからこそ全国三本指と呼ばれた若利と組んでいても良いのかもしれない。今までエースとしてコートに立っていたなら尚更、同じコートに自分以上のスパイカーがいるというのは刺激になる。
反対ムードに押されそうな木兎もなんとなくはバランスの事を考えているようで、できればくらいにしか言わないけど。
「………良いね。明日は若利と木兎同じチームにしよう」
「は?」
「おいおいおいおい櫻井?」
「面白いしね。せっかくだし、普段できないことしよう」
私は立ち上がってマーカーを差し出すように言うが、菅原も書く気にならないようだ。
「もしそれやるとしたらバランスはどうなるんだよ。
攻撃に偏りすぎじゃないか?」
「偏らないように、明日は二チームにすれば良い」
「!」
三つに分けていた線を消して半分にする。若利と木兎が同じチームで攻撃力に差が出るというのなら、もう一方のチームも強くしてしまえば良い。守備も攻撃も同等にするには、人数を増やすことだ。
例えば、東峰や大平君、強羅君の様なタッパもパワーもある選手を集めた上で守備に夜久君を置くとか。
そう説明しながらどうだと聞けば、それならまぁ……と納得する人が出てきた。
「じゃあ、明日はチーム内でメンバー変えながらひたすら試合ってことになるな。
流石に出ずっぱりのやつが出てくるのはキツくないか?」
「ああ。今後も続ける人中心なら尚更な」
「それなら一セットマッチデュース有りじゃなくて、公式戦と同じで三か五セットマッチにすれば良いんじゃない?
そうすればペナルティの回数も減るし、メンバーチェンジもできる。まぁ、それでも無理そうならいっそのことルールガン無視で何回でもチェンジして良いって手もあるけど」
「いや、そうするなら通常ルールだな。
少しでも試合と同じようにしたいし、何より………そこまで言われて乗らない俺らじゃねぇ」
岩泉の声に、乗ったと。それで行こうと方針が決まった。
「それなら午前中の練習はストレッチ、対人パス、チーム練習にして多く時間とるべ。練習メニューはチームで任せる」
「だな。じゃ、改めてチーム分け決めるか」
それからサクサクと話は進み、三年はこれで解散となった。
* * *
朝に律さんが倒れたものの、昼には復活して試合に参加していたから体調は大丈夫なようだ。昨日話していたサーブのことは明日とかの方がいいかな、と思いながら自主練を始めようとする人の背中を追う。
牛島さんと律さんは合宿中話しているところをよく見かける。というか、及川さんや黒尾さん、木兎さんを始め律さんに話しかけている人は多い気がする。俺もそうだけど。
『牛島さん!
牛島さんはレシーブの時何を考えていますか!』
『………次の攻撃の事だ』
合宿では俺より凄い奴しかいなくて、その中でもダントツなのはやっぱり牛島さんだった。攻撃力は高いし、試合を続けてもバテる様子がない。安定した空中姿勢は綺麗で、ブロックが三枚ついても打ち抜く姿はかっこいいと思う。
『………櫻井は、どうしてる』
『?櫻井先輩、ですか。元気っすよ!』
『………そうか。
お前は、アイツと戦ったことがあるか?』
『試合はないですけど、三対三ならめちゃくちゃしました!』
『…そうか』
『櫻井先輩は全部できるので凄いです!
何でも知ってるし!!』
『知っている』
『?』
『櫻井が凄いことは昔から』
一年生合宿で牛島さんはそう話していた。
きっとこの人は律さんが本気でバレーしている姿を中学の頃から見てきたんだろう。
昨日の試合では牛島さんへのセットと見せかけて左の強打をした律さんだったけど、誰もが驚いている中で牛島さんだけは驚いていなかった。
本気の律さんを知っているから驚かなかったのかもしれない。
うまくなる為に優れている選手のいいところを徹底的に盗め。利用しろと話した律さんは、それと同じくらい牛島さんを見てきたんだと思う。話している姿をよく見るということは、戦い方は違えどお互いを利用しあっているのだろう。
「律さん!」
「、何?」
名前を呼べばすぐに振り向いてくれる。どんなことでも答えてくれるというのは、今までずっと先輩も指導者もいなかったからこそ余計に有り難く感じる。烏野でそういう部活らしい事をできて本当に嬉しく思うし、だからこそ次は絶対勝つと意気込む。
「昨日言ってたサーブのことなんですけど、」
「ああ………今日はさすがにもう無理だから、明日しようか」
「ウス!!」
「ジャンプサーブを教わりたいというより、サーブそのものってことで良いんだよね?」
「はい!多分、今はおれ、ジャンプサーブとかそう簡単にできないと思うんで……」
「………まぁ、ジャンプサーブだけが良いサーブってわけでもないし」
ジャンプサーブでバンバン点を取れるようになりたいけれど、一口に良いサーブと言っても色々あるよなと思い返す。
「…………サーブの話なら、俺も聞きたい」
「若利も?………まぁ良いけど、何を」
「コントロールだな、主に。サーブが強いのは及川だろうが、コントロールや全ての面で見るとお前以上はそうそういないだろう」
「エッ…………そ、そう?」
牛島さんの言葉に律さんは少し驚いたような顔をして一つ咳払いした。
「………じゃあ、明日の練習が終わったらする予定ってことで。黄金川君もなんだよね?」
「はい!おれ、言っておくので!!」
「ん、よろしく」
おれは失礼します!と言って自主練に混ざろうと駆け出した。
することがたくさんあるけれど、少しずつでもできることが増えるのは嬉しい。
「あ!!木兎さーん!!!」
「おう日向!!」
* * *
木兎さんを呼ぶ翔陽の声を背中で聞きながら、静かに体育館を後にしようとしていた。無限の体力なんてないと言ったけど、それでも翔陽と木兎さんの体力はきっと他の誰よりも多くて、レベルがぐんぐん上がる。まるではじめたてのソシャゲのように、レベルアップを繰り返すからずっと体力ゲージがオーバーとかなんだろうなと体力ゲージを思い浮かべた。
「孤爪も練習しようぜ!」
「えっ、いや………俺は…………」
サポーターを下ろしてシューズを脱ごうとしていると、声をかけてきたのは……確か、名前は矢巾。セッターだ。
既に上がる気でいた俺はその言葉に動きを止めた。了承すれば何時まで残されるかわからない。というか、疲れたから早く休みたい。布団敷いてゲームしたい。
そう、答えれば良いだけなんだろうけれど俺はどう言うべきか悩んで「あー………」としか答えられない。
練習が終わってすぐ、三年生が解散したと同時にクロは伊達工業の二口に「黒尾さん、少しいいっすか」と連れて行かれてしまった。翔陽の友達の黄金川が言うには「二口さんはスゴイブロック好きだから!」とのこと。
「な!孤爪って試合ん時何考えてる?
てか、普段どういう練習してる??」
「えっと、」
どうしよう。このままだとなんとなく流されそうな雰囲気だ。そろっと視線を逸らせば田中と話していたトラがこちらに視線を向けた。助けて。今すぐ、こっちにきて。
そんな声が聞こえたのか、トラは異様な雰囲気を纏ってこちらに歩いてきた。
「オウオウオウオウ。ウチのセッターに何の用ですかコラ」
いや、違う。そうじゃない。
「は?いや、練習誘ってただけなんだけど……」
矢巾は少したじろいだものの、練習にと答えればトラは何かを察したのか「ああ」と俺を指差して言った。
「研磨は基本自主練とか全くしねぇぞ」
「えぇ………?」
妙な視線を向けられて居心地が更に悪くなる。そのまま田中が「矢巾、練習相手探してんなら俺ら混ざるぜ!」と言い出し、それにトラも乗った。
「………じゃあ、ソウユウコトで」
「あ!ちょ、孤爪!!」
聞こえてないふりをして体育館を出てからも、少しもやっとした感情を抱えながら食堂に向かう。
俺が主将になってから何かとクロがまとめ方とか部について教えてくれるけれど、俺にリーダーシップなんてないからほぼチームをまとめることはトラがしている。他校の主将との会話は最低限でいいし、合宿前もまぁ赤葦も縁下もいるしなんとかなるだろうと思っていた。
宮城の学校については翔陽からメールで少しだけ聞いていたから戦うのは若干楽しくもあるけれど、やっぱり練習はキツいしああゆうふうに誘われるのも苦手だ。
新主将は赤葦、矢巾、白布とセッターが多い。だからこその意見交換というのもわからなくはないけれど、めんどくさい。
食堂で黙々とご飯を食べてからお風呂に行こうと歩きながらため息をついていると、ちょうど律さんが反対から歩いてきた。
彼女は朝倒れたものの大事ではなかったらしく普通に練習に参加しているのを見た。バケモンかよって思った。
クロがずっとこの人を追いかけていたからこそ凄さも知っていて、どことなく親しみも感じる。バレーについて翔陽が先生と呼ぶだけはあって詳しいし、律さんがこうだから翔陽もああなったところも少しくらいはあるんだろう。
「お疲れ、研磨君。潔子達見てない?」
「さっき、食堂にいた……ました、よ」
「ありがとう。私、上下関係とかそこまで気にしないから普通に話していいよ」
律さんはそう言って柔らかく笑うと「あげる」とビニール袋からチョコを一粒俺に渡した。それを受け取って口の中に放り込むと、バレーにどこまでも一直線なこの人はなんて思うんだろうかと躊躇いながら口を開く。
一直線で、なんでも知っているから何かを聞かれたら簡潔に答えるし、誰からの誘いにも基本は乗る。
「律さんは、………」
「?」
「律さんは、自主練とかしたほうがいいと思いますか」
俺はなるべく動きたくないし、毎日きつい練習をした上での自主練なんて嫌だ。どうしてそこまで必死になるんだろうって思える。練習なら部活中できるし、終われば自分の時間なんだから自由に使っていいじゃないか。
なんで、そんな。俺が悪いみたいな。
律さんは二度瞬きをして言った。
「別に思わないけど」
「、」
「………努力は強要するものじゃない。そりゃ、強い人はそれだけ努力してるだろうけど。
他人には絶対にわからない自分の都合があるし、自分の考えを人に押しつけるのはあんまりしちゃダメかなって思う」
まぁ、私も押し付けがちになるけど。なんて律さんは視線を逸らした。
意外だった。夏だって今回だってクロ達に混ざって練習していたし、木兎さんや翔陽の相手をしているのに。
「私にも昼まで寝てたい時とか、トレーニングしないで一日中映画見てたい時だってあるよ。
それに、研磨君の強さって他とは違うでしょ」
「俺の強さ…」
「バレーが好きというか、試合が好きって感じ。
私は自分が勝つバレーをしてきたし、正直強くなること優先でやってるけど、研磨君は………試合そのものを楽しんでるよね。
春高の時とか、特にそう思ったよ。それに、君のことを知ってる人はいるんだしバレーが全てってわけでもない。結局努力云々は自分に降りかかってくるわけだし」
優しいようでいて厳しい。結局、この人は努力不足は当人の問題だと言っているから。
それでも律さんはけろっとして言った。
「大丈夫」
「!」
「自分のしたいようにしていいよ。ちゃんとみんな見てるし。
人から言われてやるのと自分からやるのは違う。自分からしたいって思わないことには続きもしないしね」
『研磨は好きなことなら一生懸命やるから、大丈夫!』
そう、昔クロが言ってたことを思い出した。
「大丈夫……か」
「?」
「律さんって、時々クロと同じようなこと言うよね」
「………そうなの?」
多分、クロが似てきてるんだと思うけど。
追っていた姿を知っているから、この人にどんな感情を向けているのか知っている。だから、ほんの少しだけ複雑だけど。
「………夏に、俺がクロと仲良くしてあげてねって言った時、あまりいい顔してなかったけど。俺は別にクロと律さんがどうなろうとそう深く関わる気はないです」
「え、ああ………ウン」
「でも、この先もクロは律さんをファンとして追いかけ続けるだろうし、律さんは翔陽の先生だから。俺もなんだかんだ見てるんだろうなぁと思う」
そう言うと律さんは目を丸くした後少し笑った。
夏にクロは告白でもしたんだろうとなんとなく察していた。そして、春高で二人がハグしているのを見てクロが割り切ろうとしていることも。この合宿で律さんは青城の及川さんと岩泉さん、牛島さんとよく話していて、それをクロは少し離れたところから目で追っている。
ずっと追いかけ続けてきたんだから割り切れるものでもないだろうし割り切らなくてもいいと思うのに。でもクロはこの人のバレーが好きだから、何か思うところがあるのかもしれない。
「………研磨君のゲームメイクは凄く参考になるし、見ていてとても楽しいよ。次も、この先も楽しみにしてるね」
「、」
「それに………ずっとトスを上げてくれる幼馴染みがいるのは、私は羨ましいかな」
そう言った律さんは少しだけ寂しそうな表情をしていて、俺はクロが知らないかもしれない律さんの表情を見てしまったと思った。
『研磨!俺、ちょっとヤバイ人見つけちゃったかもしんねぇ』
『は?』
クロに誘われてバレーを始めた俺は、遊ぶ時もチームにいる時もずっと彼にトスを上げてきた。クロがいなかったらバレーなんてしてないし、辞めたいって思った時だってある。
でも、俺がクロを思うのと同じくらいクロも俺のことを考えているのかな、なんて思ってしまう。
俺がバレーボールに触れたのはクロからのパスが初めてだったけれど、クロに最後トスを上げたのは、俺だったから。
「………クロがいなかったら、バレーなんてしてない。でも、もうそれだけじゃない」
ブロッカーとしてバレーを終えた彼は最初スパイカーに憧れていた。スパイカーであるこの人をずっと尊敬していた。
『背が高くないとできない。』
『ネットを下げればいい。』
………クロ、俺はね。決して参謀って響きがカッコ良かったからとか動かなくていいからってだけでセッターをしているわけじゃないよ。
あの日初めてスパイクを決めたクロの顔が忘れられなくて、俺はトスを上げたいと思ったのだ。だって、あんな嬉しそうに笑ってたから。
絶対に言ってやらないけど。
「私も、鉄朗がいなかったら選手に復帰する事はなかったな」
「ふふ、同じだ」
「そうだね」
* * *
昨夜同様食堂で集まった私たちは、トランプで遊ぶ事はなく雑談をしていた。
朝から降り続いていた雨は夕方頃に止んだものの、洗濯物がただでさえ乾かない冬なのにとだいぶ苦戦させられたらしい。
「春高、どうでした?」
一通り愚痴を聞いて試合の話をすると、そう切り出したのは舞だった。二年生の彼女には今年もチャンスがあり、全国で当たった強豪との試合など気になるのだと。
「強羅達は見に行ったって言ってたけど」
「私は結果だけ見ましたよ」
「印象に残ってる試合とかあります?」
梟谷と烏野の面々は顔を合わせて「春高か、」と思い返した。
「………三年間通しても、私は初戦が一番心に残ってるかな」
「日向のシューズか」
「そうそう」
初戦でシューズを取り違えられたと話すと驚愕された。
潔子は一人でマネージャーだった時期も含めて、殆どの試合をベンチで過ごしてきた。それでも、選手の為に自分の得意な走ることでサポートしたのはあれが初めてだったしと笑った。
「私も初戦ですかね。ベンチに座ったの初めてでしたし!」
「私は決勝かな〜かおりは?」
「私は狢坂戦かな。
あの試合は木兎が凄かったし、周りもつられて桐生相手でも全然気負ったところなくて見てて楽しかった」
珍しく赤葦が不調だったけど、と溢したかおりに私は思い当たるところがあって「ああ………」とあの時の武者震いを思い出した。
「律はどう?」
「やっぱ青城戦?」
一年と半年マネージャーをしてきたけれど、まともに試合を見たのはインターハイ予選からだった。春高予選と本戦で何度も強豪校と試合をしてきたけれど、一番と聞かれると私が思い浮かんだ試合は一つしかない。
「…………ゴミ捨て場、かな」
「ゴミ捨て場?って、なんですか?」
「あ、春高の音駒戦のこと。
ゴールデンウィーク合宿で音駒と初めてやった時から見てみたいって思ってたから……実現できてよかったかな」
幾度も練習試合で戦ってきたけれど、県が違うから公式戦でやったのは一度だけ。それでも、十分記憶に残る戦いをしたと思う。勿論印象に残っている試合なんていくらでもあるけれど。
「烏野と音駒は古くから因縁があるんだって」
「へぇ〜………因縁って響きがただ事じゃない気がする」
「そんなに深い中なの?」
興味津々と言った風に私たちに視線を向けられるが、潔子と仁花ちゃんもなんと説明すればいいのかわからないと私を見た。
「音駒の…猫又先生って、昔宮城にいたんだ。烏野の前監督で繋心さんの叔父である烏養一繋さんと同い年で、ライバルだったんだって。
でも、猫又先生が東京に引っ越して高校は音駒に、烏養さんは烏野に入学。……全国で再会したものの再戦できずに敗退。数年後、お互いの母校でコーチをしてることを知って度々練習試合をして……ずっと公式戦で『ゴミ捨て場の戦いをしよう』って言ってたけど叶わないまま引退。
でも春に武田先生が合宿の最終日に音駒との練習試合を取り付けて、繋心さんがコーチとして来てくれた」
「そこからなのか…!」
「律のお父さんの世代の時は?」
「それはない。私が聞いたのは烏養さんと繋心さんからだし」
「律さんのお父さん…?」
「昔、烏野のバレー部だったから。高三の時主将してて、その年の春にちょうど烏養さんが赴任してきたの」
「へぇ〜〜!!!じゃあバレー始めたのもお父さんの影響?」
「いや、全然。私が烏養さんと知り合ったのはお父さんの紹介だけど、私をバレーに誘ったのは幼馴染みだから………」
そう話していると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
「…………噂をすれば」
「え?」
「ごめん、ちょっと抜ける……繋心さん、」
「あん?」
「ちょっと、来て」
昨日は音駒の直井コーチが残っていたけど、私が倒れたからか今日は繋心さんが残っていた。タブレットで試合を確認していた繋心さんの手を引いて外に出ると寒い風が体温を根こそぎ奪っていく。白鳥沢の校門付近に止まっていた見慣れた車の窓をノックした。
「お疲れ様、二人とも」
「どうも。お久しぶりです」
「どうしたの、お父さん」
噂をすればなんとやら。校門にいると連絡があったのだ。私が倒れたこともあって様子を見に来たらしい。
「大丈夫そうだね、律」
「ん、全然平気」
お父さんは車を降りると繋心さんに視線を移した。
「昼、電話出られなくてごめんね、繋心君。
律が世話になりっぱなしで」
「いえいえ」
「ついでと言っちゃアレだけど、実は別件で用があってきたんだよね。無理そうなら律に頼んで帰っちゃうけど……若利君に会いたいんだけど、学校入ってもいい?」
「………牛島に?」
繋心さんはキョトンとして名前を反復した。
お父さんは「別に大したことじゃないんだけど」なんて言っているけれど、何の用があるんだろうか。
「別に構わないと思いますけど………」
「そう?良かった。あ、用が済んだらすぐ帰るから安心して」
そう言うとお父さんは荷物を持って車を閉めたので、三人で今日の様子を話しながらとりあえずと言った風に宿舎のほうに歩いた。お父さんの話では、お母さんも今朝倒れたとのこと。すぐに復活したから普通に仕事に行ったらしいけれど。
「潔子、これどこおけばいい?」
「?何それ」
「差し入れだって……」
「どうも。律の父です」
「、どうも……」
「え、めっちゃ似てる」
「はは、よく言われる」
スポーツドリンクが入ったダンボールを任せて、かおりが呟いた言葉に笑ったお父さんを連れ出すように体育館へ向かった。きっと今頃若利は木兎達と練習していると思うんだけど。
「昔来た時よりどこもかしこも綺麗だな」
「来たって、練習試合とかですか?」
「まあな〜………お、懐かしい」
四対四をしていたらしく、得点板のところに天童君が立っていた。
「お、櫻井さんじゃん」
「お疲れ」
「オツカレ〜………で、その人は?」
「私のお父さん」
「どうも。君はあれだよね、白鳥沢のブロッカーの」
用を済ませたら帰ると言ったのに、血が騒ぐのかなんなのか天童君とバレーの話を始めた。試合が一区切りつくと、若利の名前を呼ぶ。
「久しぶり、若利君。昔より大きくなったね」
「どうも。お久しぶりです」
お父さんと若利が会話しているのをなんとなしに眺めていると、天童君が話しかけてきた。
「………で、どうしたの櫻井さんのお父さんは」
「若利に用があるって言ったから連れてきた」
「律のお父さん!?めっちゃ似てるな!!」
「チョット、話遮らないで〜」
「ウシワカ野郎と律ちゃんのお父さんはどんな関係なの?」
やっぱりまずかったかな。徹の表情が強張っている。
木兎達と同じチームに入っていた徹は一息つきながらも若利と話すお父さんを一瞥した。
「………父親同士が、知り合いなんだよ」
「!」
男子高校生の視線を一心に浴びてもけろっとした様子のお父さんは若利と話していた。
「………若利のお父さんと同い年で、烏野でバレーしてた時にライバルだったんだって。私達が中二の時夏の全国大会で久々に会ったんだと」
「烏野で主将してた時、若利君のお父さんは白鳥沢のセッターだったんだよ」
一段落ついたのか、自ら説明に加わってきた。
「律のお父さんポジションどこですか!」
「スパイカーで、エースだったね」
「一緒だ!!」
バレーについて話すお父さんを見るのは久々だなと思った。
「………なるべくしてなったって感じだネ」
「この親にしてこの娘ありだろ」
「で、用はすんだ?」
「ああ」
何の用だったのかと視線を向ければ、お父さんは若利が手に持っていたものに視線を移した。
「別に、大したことじゃないよ。
普通だろ?親子が連絡を取り合うのは」
「、ああ………なるほどね」
「じゃあ、もう帰るよ。
繋心君、律が東京行ったら寂しくなるから今度呑もうね」
「ぜひ!」
「何、人を邪魔者扱いして」
「だって律はあんま酒飲ませてくんないから……」
「お母さんと違って三人は弱いのに呑むからでしょ」
軽く笑いながら体育館を繋心さんと出て行く背中を見送ると、若利が上がると言ったので私も一緒に戻ることにした。
「ありがとう。櫻井」
「………私は何もしてないし。
強いて言うなら、借りを返しただけでしょ」
「そうかもな」
お父さんが持ってきたのは、若利のお父さんから彼宛の手紙だった。お正月にアメリカに行っていたのは、親同士で連絡を取ってお礼に出向いたのもあったらしい。
中学二年の夏、父親同士がライバル関係だったと知ると同時に若利の家庭環境も私は知ってしまった。
両親が離婚して、それでも父親が好きなバレーを続けている彼の母親は何を思ったのだろう。気軽に父親と連絡を取るには難しい家庭環境でも、若利は父親の背中を追いかけているのかもしれない。……追い抜こうとしているのかもしれない。
私が選手として復帰するきっかけを持ってきたのは若利だ。どこかでお礼をしなければいけなかったのは私の方なのにと、自分の知らないところで話が進んでいたのが少しだけ気に食わないのかもしれない。
「お前に家庭のことでこんな話をするとは思わなかった」
「………私も」
でも、全国でも名を馳せる若利に最初にバレーを教えた彼の父親には私も感謝している。若利がいてくれて良かったと、バレーをしていて良かったと思っているから。
「次は、」
「?」
「次は、私たちを通さないで自分の足で会いに行きなよ」
「ああ………そうする」
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