「明日でこの合宿も折り返しかぁ」
「なんか、早く感じるよな」
 自習練習を終えると、俺達は汗を流しに大浴場へと向かった。最後まで体育館に残っていた選手は十人程度で、そのままここに来たけれど宿舎の浴室は大きいので問題はない。
 疲れた体を労るようにゆっくりとした動きで着替えていると、ぎゃあ!!と叫び声が上がった。
「お、いかわ君肩!ソレ!!!」
 ビシィッと効果音がつきそうな程大袈裟に俺を指さして声を上げたのはぼっくんで、俺はああ…と肩に手を添えた。
「おい………お前一体ナニしてたんだ?」
「オウオウオウオウ不純異性交遊ですかコラ?」
 まぁ、俺と律ちゃんが恋人同士であることは知れ渡っているみたいだし、想像しちゃうよね。知ってる。なんて思いながら笑顔を向ける。
「ナニって何??ナニを想像したのかな???」
「そのムカつくドヤ顔やめろ」
「え、いつ???昨日はなかったよね?今朝は??」
 律ちゃんが自ら付けた噛み跡にそれ程深い意味は無く、ただ俺が嬉しいだけだと思っていたけれど違うらしい。俺の独占欲を薄めるためだと思っていたけれど、選手である櫻井律を彼らは知っているからこそ、全く知らない『女』である律ちゃんの鱗片を見てしまったのだろう。
 彼女が珍しく上機嫌だったのは、バレーをしている時もしていない時も俺が彼女を想っていますよ、ということが筒抜けになってしまったからかもしれない。
「ははん。いい気味〜!」
「クッ………これが彼女持ちの余裕というやつか」
「てか、櫻井さんでもそんなことするんだ……意外」
 やっ君の言葉に「しまった」とも思うけれど。
 思っていた以上に自身の性格が悪いなんて思わなかったけど、変えようとも思わない。というか、心底愛おしい恋人が他の男と仲良くしている姿を見ると嫉妬するのは当たり前だ。それに、律ちゃんはそんな俺を受け入れてくれる彼女だから大丈夫。
「『私のものだから取るな』だってよ。
 も〜及川さんモテモテで困っちゃうね!」
「死ね」
「ストレートな殺意」

 そんな会話をしたからか、知っている人がドギマギしている気がする。けれど、練習をしているうちに櫻井さんにズバズバと改善点やら注意事項やらを言われるものだから、色恋沙汰を考えている余裕もなくなったらしく、良い感じに集中していた。
 ストレッチと対人パスを終えると外でランニングとラダー、時間になると交代して体育館を使う。コートではスパイク練習に合わせてフロアディフェンスの確認を重点的に行なう。全国で名を馳せるエースが二人いることもあって、今日は何よりも守備が大切になってくるだろう。
「今日、調子良いね」
「ん、昨日がアレだったからしっかり休んだし。絶好調かも」
「それは重畳。
 大平君と櫻井さんは攻撃の要だから、ガンガン決めてもらわないとね〜」
「私は期待には必ず応えるよ」
「頼もしい」
 基本のスタメンはセッターが俺。櫻井さん、大平君、木葉君のオールラウンダーなスパイカー三人と、身長が高くコースを絞るのも上手で俺とのセットアップも経験しているまっつんと鷲尾君のミドルブロッカー。守備の要であるリベロは夜久君だ。
 瀬見君が同じチームにいるから俺が出ずっぱりってことにはならないだろうけど、スタメンの三人の他にも岩ちゃんや東峰君といったパワー重視のスパイカーもいるからトスを上げる側としても楽しい。
「そろそろ時間じゃないか?」
「だね」
 今日は二チームで三セットマッチを時間が許す限りすることになる。そして、ペナルティはフライングでコートを一周。
「スタメンは話した通りだけど、ガンガン面子変えていくから、そのつもりで!」
「今からお昼挟んで一時間後に」
 作戦会議もそこそこに昼食にと散らばって行った。
 白鳥沢と練習試合をする機会は今までなかったから、試合でセットを取るたびに「どうして公式戦では、」と考えてしまう。決して絶対勝てないわけではないのだ。昨日と今日を合わせて通算セット数は勝ち越せていないけれど、三セットマッチでは何としてでも勝ちたい。
「気負うなよ」
「!」
 バシンッと大きな音を立てて背中を叩いてきたのは岩ちゃんで、俺は痛い!とリアクションを取ることもなく彼を見た。
「気負ってる、ように見えた?」
「試合ん時みてぇだった。
 大方、櫻井と牛島のこと考えていたんだろ」
 当たらずとも遠からずだ。
 櫻井さんと初めて出会ったあの日から俺は彼女の技術を盗み、覚えて、牛島を倒す事を考え続けてきた。そして、彼女が俺達にそれを教えるのは牛島を倒すと信じているから。
 公式戦で戦う事ができないから勝ちたいと話したぼっくんと牛島の気持ちもわかる。俺だって彼女にばっか良いカッコさせらんないし、そもそも櫻井さんは選手として憧れているものの倒したい人だ。
 烏野に櫻井さんが行ったのは数多ある可能性の一つで、バレー部のマネージャーになることも中学の時点では微塵も考えていなかったんだと思う。それでも、彼女が心から信頼できるチームは俺たちを倒して全国まで行った。
 ………いや、一勝一敗だけどな。
「公式戦で出来ないからこそここで白黒つけるってのもわかるけどサ。それ以前に、俺は櫻井さんがバレーしてるのをずっと見てきたんだよね。だから……なんて言ったら良いんだろ。
 やっぱ、楽しんでほしいが一番にくるんだよねぇ」
 全身全霊で、悔しさも喜びも思う存分味わい尽くしてほしい。いつだって表情も変えず自分が強くなるために練習をしていた彼女だから。
「………櫻井の全力って、やっぱそこになるんだろうな」
「多分ね」
 どんな相手にも手を抜かず、確実に勝利をもぎ取って進む。そこまで練習を彼女が積んできたことが前提なんだけど、それすら通用しない相手が現れたら。彼女の全力を常に超えてくる相手が現れたら。バレーに冷めることがない彼女だから、きっと全力で楽しむ筈だ。心の底から勝ちたいと願って、勝利に執着して欲しい。
「ま、櫻井さんのためにバレーしてるわけでもないけどね。
 ……今日は、勝つよ」
「おう」
 

 昼から始まった試合はメンバーチェンジを行いつつも楽しみながら進んでいた。ぼっくんと牛島という全国トップクラスのスパイカーを相手に、俺たちも負けじと点を取っている。
 櫻井さんには二人の様なパワーも身長もスタミナも無いかもしれないけれど、それを大幅に上回る思考回路とテクニックがあって付かず離れずを繰り返していた。
 サーブのレパートリーやレシーブの柔軟さ。試合展開を読み指示を出す律ちゃんもいいけれど、トスを上げるたびに彼女が目に入って俺は言葉にできないほどの高揚を感じる。
 ずっと俺が隣に立ちたいと思っていた。
 ずっと、彼女のバレーが好きだったから。
「次も、よろしく」
「オッケー任せて!」
 当たり前のように『次も』って言ってもらえることが嬉しい。少し前までは、もうこんな機会ないと思っていたから。
 勝利よりも強くなることを重視する彼女だから、技だって何一つとして捨てられないまま新しいことに挑戦し続ける。俺はそんな彼女が好きだけど、ついていくことで必死だ。中学時代はなかったレベルの高い相手や仲間に彼女が恵まれてしまった今だから、焦る。
 それでも彼女は、絶対に俺を置いていくことをしないとでも言うかの様に視線を向けて声を上げてくれるから全身全霊全力でそれに答えたい。
 空中にいるスパイカーの手元に寸分狂わずトスを上げたり、スパイカーの最高打点イコール最高到達点にするとか、空中で止まるトスを上げるとか。そんな常人離れした技術なんてないかもしれない。それでも俺は。
「櫻井さん!」
 セッターとして飛雄には敵わないかもしれない。国内だって俺より凄いセッターなんてザラだろうし、世界にはもっと凄い選手だっているんだろう。それでも、俺は相棒と彼女にとって。この二人のスパイカーにとっては、これ以上ないくらい最高のセッターだと胸を張ってやる。
 櫻井さんの前に立ったのはクロちゃんだったけれど、彼女はきっちりライン際にボールを撃ち抜いて見せた。
「左、よく打つってわかったね」
 びっくりした、なんて言ってるけど全く表情が変わらないのも彼女らしいなと思いながら笑顔でピースした。
「櫻井さんならどこに上げても打つだろうし、今は俺も左の方がいいと思ったから」
「…………はは」
 ちょっとやそっとじゃ潰れないし、置いていかれる気もないんだよ。俺は。
 君が気にしている昔のチームメイトとは違う。俺は、彼女達のようにだけはならない。ずっと隣で、対等であり続けたい。

「最高だね」

 本当に絶好調みたいで、表情は変わらずとも瞳の奥でマグマが滾る様に燃えている気がする。ギラついている。飢えている。
 ああ、好きだなぁ。
 それに比例して、俺ももっと上を目指したくなるんだ。

    *    *    *

 二試合を一勝一敗で終えて休憩を挟んでいる時だった。隣のコートを横目に見れば後輩の方は練習が終わったのか、クールダウンを始めている。後一試合できそうだと思っていたけれど、やめるべきなのかな。澤村も同じ事を考えていたようで若利と何かを話していた。
「律」
「、繋心さん」
 どうかしたのかと手招きをした繋心さんの方に歩み寄ると、初日と同じように後輩が集まってから試合をしてほしいとの事だった。昨日はしなかったけれど今日は折り返しなので、この分だと最終日も同じようにするのだろう。
「とにかく今は発掘の時期だ。
 何ができるのか、どうすれば勝てるのかを新戦力が入る前に自覚しなきゃなんねぇ。先輩のプレーってのは後輩にとっては一番身近な凄い選手だからな」
「ん、わかった」
 若利と澤村に声をかけて人が集まるまで少しだけ時間を置くように伝える。
 
 私達の為であって、彼らの為でもある。
 
 私は卒業後だって練習に混ざっていたこともあって技術面でも精神面でもある程度の指導は行ってきたけれど、他校の後輩例えば赤葦君や研磨君に何かを教えるのもどこか変な気もする。というかまず、その二人とはポジションも違うしな。
 セッターがいるからこそスパイカーは何度でも飛べる。でも、いつだって攻撃の主導権はスパイカーだ。バレーにおいて主な攻撃はスパイクなだけで、決してブロッカーやリベロも攻撃に参加しないわけではない。いつだって全員で勝ちを取りに行くのがチームスポーツの面白さだ。
 一人じゃ絶対に勝てない。自分一人だけでは、絶対に。
 
「、及川耳かして」
「なになに?」
 私が教えられる事なんてたかが知れてるし、先輩風を吹かせたり師匠ヅラする気もない。ただ、これからもう少しだけこのメンバーでバレーをするから最後まで思い思いにやってほしい。
「そろそろ始めるぞー!」
「ウェーイ!!」
 隣の体育館で練習をしていた人も集まり、コートの周りに人だかりができてきた。スタメンはどうするか、試合の流れから作戦を話して、エンドラインに立った。
「こうして櫻井さんが隣に立つのも、なんか変な気分」
「アンタが私と同じチームがいいって言ったんでしょうが」
「そうだけど!え、嫌だった?」
「………まさか」
 そんなわけないじゃないか。

「嬉しくてしょうがないよ、及川のトスを打つの」

 試合開始の笛が鳴り、挨拶をしてネット越しに握手をする。サーブはこちら側《及川徹》からで、ポジションを確認するようにコートに立つとレシーブが強い布陣を当てて来ているみたいだった。後ろのセンターに山形君、ライトに澤村でレフトに若利なら、及川は絶対に若利を狙う。
「っ!」
「ナイスレシーブ!!」
 誰もが思っていた通りで、若利のフォローに入った山形君がボールを上げた。けれど、そこは若利の助走の邪魔になるからほんの少しではあるけれど攻撃のリズムは遅くなる。凄い威力のスパイクには、それに見合うだけの十分な助走とジャンプが必要になる。それでも若利は菅原からのトスに答えて見せた。

『ウシワカちゃんとぼっくんのスパイク、だね』
 今日の一試合目。ストレートで負けた私たちはペナルティをこなした後、改善点を話していた。強烈なスパイクを打つ全国で名を馳せる大エースには本当に手を焼く。
『……若利のスパイクの凄いところは、圧倒的なパワーと左が生み出す回転。右利きの選手が多いからこそそれに慣れているから十二分に生きてる。でも、それである程度点を稼げるからコントロールが少し甘い。
 木兎は調子にムラがあるけど、乗ったら手がつけらんないし、クロスとストレートの打ち分けがしっかりできる』
『その時の気分で変わるからな、木兎は。赤葦がいなくてどうなるかと思ってたけど、アイツ案外落ちねぇよな』
 そろそろ弱点がなにかしら出てきてもいい頃なのに、と木葉君が呟いたのに頷いた。
『ポジション、少しだけ弄ろうか。次に出るのは────』

 利き腕とか体格とかセンスとか。どうしようもないものとはずっと向き合ってきたし、ぶつかる度なぎ倒してきた。今までもこれから先も、私がそれで立ち止まり考え直すことはあっても諦めないことは絶対にない。
 高い壁なら、もう壊した。
「ナイスレシーブ!!」
 菅原のサーブを松川くんが拾い、それに合わせて助走する。鉄朗には、今まで何度も叩き落とされてきたけれど、攻略する手はいくらでもある。
 飛ぶタイミングも手を出す角度も上手で、教えてもらったからこそわかる。指先にボールを引っ掛けるように打ち下ろし、ブロックアウトを決めた。
「クッッソ狙ったな……!」
「貴方にそう何度も止められる私ではないよ」
「ハンッ!!!」
 いつだって目の前の相手より自分の方が上だと証明する。私はいつだって変わらない。
 スコアは二対一でこちら側《松川一静》のサーブで再開。それから幾度となくサーブ権を交代しつつ攻撃を繰り返すものの、中々点差をつけることができずにいた。それでも、試合に出ていなかった木葉君や松川君をはじめ、何となく全員の動きはいい気がする。
 菅原がファーストタッチのボールを澤村がアンダーで若利に上げる。それを狙いすましたかのように鷲尾君が止めた《ドシャット》。そこで一歩リードしたものの、すぐに若利によって同点に戻される。
「ヘイヘイヘーーーイ!行くぜ!!!」
 自分以上のスパイカーが同じコートに立っている事で闘争心を煽られているのか、木兎のテンションは全く落ちない。勢いのあるジャンプサーブはコートに刺さった。
 若利に対抗しているのかスパイクもサーブも張り合っているものの、頭は冷静みたいでただ打ち下ろすだけじゃない攻撃をしてくる。でも、こちらには夜久君がいるからそう簡単に点は取らせないけれど。
「ナイスレシーブ!」
「及川!」
 木兎のサーブを夜久君が及川に綺麗に返し一瞬コートを一瞥して、ここに頂戴と私も手を伸ばす。及川は高確率で私にトスを上げるからか視線が集まっている、警戒されていると知っている彼は後ろから迫っていた木葉君にトスを上げた。
「ッシャア!」
「今のは絶対櫻井さんだと思った!
 オイカワ君相変わらず性格悪いネ!」
「はは、どうも〜!」
「ムカつく!!!」
「ナイスバックアタック」
「サンキュー!櫻井さんが打つかと思ったけどな」
「木葉君が飛び込んできてくれたおかげだよ」
 天童君を煽り返している及川をよそに、点を決めた木葉君とハイタッチをする。若利に負けじと自分をアピールする木兎の様に、彼に負けないとかつてのチームメイトが奮闘したり周りの良い流れに引っ張られ「自分も」とどんどん試合が加速して行く。熱が、広がる。

    *    *    *

 先輩達の試合を見ていて思うことは色々あるけれど、やはり一番に出てくる言葉は『凄い』の一言だった。
「牛島さんのサーブ、一本で切った!」
「夜久の兄貴のレシーブは相変わらず痺れるぜ………」
 自分が尊敬している先輩に対抗したり、更に上を目指す選手がいることは知っているけど、ここまで対等にやり合っている姿というのは中々見ることができない。
「お前、牛島さん敵視すんなとは言わねぇけどさ。あそこまでできてねぇのに張り合ってて疲れねぇの?」
「ぐっ……!」
 隣で見ていた白布さんにそう言われて、胸の奥に突き刺さる様な痛い感覚がした。
 全国五本指に入るとされているエーススパイカーで、今年の春高準優勝校の主将である木兎光太郎。
 強烈なスパイクやサーブでも綺麗に拾いあげる音駒の守備のエースである夜久衛輔。
 県内でもトップレベルの実力を持つセッターの及川徹。
 そして、女子にもかかわらず選手として混ざり、牛島さんが『同性じゃなくて良かった』と恐れる櫻井律。
 俺は、この先もバレーを続けて行くけれどこの人たちの様に牛島さんと対等に並べるようになれるんだろうか。
 春高予選決勝で負けて、牛島さんに「頼むぞ」と言われた。言ってもらえた。嬉しかったし、悔しかった。いろんな感情が胸の内を渦巻いて、涙がこぼれた。同じチームでもライバルで、先輩でありながら倒すべき敵。ずっと、その背中を追ってきた。
 そんな彼に、俺はいつになったら追いつけるのだろう。
「一気に取るよ!!!」
「させっかよ!!」
 櫻井さんのサーブのターンでようやく十八対二十で及川さん達のチームがリードした。それでも付かず離れずを繰り返し、及川さんのサーブでマッチポイント。
 一日目は白鳥沢側がストレートで勝っていたけれど、今日はどうなるのだろうか。
 及川さんのサーブを澤村さんが拾い、菅原さんのトスを牛島さんが打ち下ろす。今のローテーションはリベロがいないから櫻井さんと大平さんがレシーブに回るが、それだと攻撃が単調になる。ラリーが続いても最後は牛島さんが決めるのか。そう思っているとブロックを弾いて後ろにボールが飛んだ。それを追った櫻井さんは体制を崩しながらもボールを上げる。
「下がれ!!」
 櫻井さんが振り向きざまに上げたボールは反対コートに戻り、丁度エンドライン上に落ちた。
「スッゲェミラクル!!」
「一セット目及川さん達がとった!」
 騒つくコートの中で木葉さんに手を引っ張られた櫻井さんは無表情で、俺はやっぱりモヤモヤとした。

    *    *    *

「ナイスリターン。……正直なところ、狙ってた?」
「当然」
 木葉君に差し伸べられた手を遠慮なく取って引っ張り上げてもらう。試合中のハイタッチもそうだけれど、こういった事はあまりする機会がなかったから嬉しいと同時に気恥ずかしい。
 点差が開かないとラリーが続くのできつい。若利にスパイクが集まるとしても木兎は張り合うことをやめないし、攻撃意識は全員高い。第一セットの最後は全員が攻撃から守備に意識を切り替える場面で、唯一後ろに控えていたリベロの山形君と逆サイドのエンドラインを狙った。
「櫻井さんは相変わらずボールコントロールが凄いな」
「ありがとう。鷲尾君もドシャット決めてて頼もしかったし、木葉君も調子良さげだね」
「おう!俺、櫻井さんのソウユウ強気なとこ好き」
「渡さん」
「お前はいちいち張り合うな及川」
「はは」
 今日三試合目とは思えない程イキイキしているけれど、油断はできない。ベンチに戻り各自休憩しながら試合について話す。
「やっぱ、ウシワカと木兎注意だな」
「二人はサーブでもスパイクでも得点にかなり絡んでたしね。まぁ、それは櫻井さんもだけど。及川君もナイスサーブ」
「ふふん!」
「調子乗んなボケ」
「ひっど!……まぁ、真面目な話。一セットのラストで流れに乗ってるのはこっちだけど、それでも実力はあっちの方が上だと思うしさっきもラリー続いたからね」
「点差、全然離れなかったよな。見てても疲れる」
 タオルから顔を上げて、真子からスコアを見せてもらう。
 サーブに定評がある及川、木兎、若利、鉄朗はそれだけ点数を取るけれど菅原だって良いとこ狙ってくるし、油断ならない。こちらが及川のサーブの時山形君と澤村をぶつけてくるけれど、私のサーブの時は鉄朗と澤村にしてくる。というか、鉄朗は私に的を絞っているみたいだ。それだけ警戒されているのか。
「………めんどくさいなぁ」
「ん?」
「見てる分には楽しいけど、戦うなら厄介この上ない」
「ああ………てか、それは烏野にも言えることだけどな」
「全くだ」
 私が烏野の中に入ったらまた違った試合になると思うけど。とは言わなかった。
「………じゃあ、勝つための話をしようか」

    *    *    *

「さっき、及川と櫻井で何点取った?」
「えっと……サーブは及川君が四点で律が三点。及川と律関連の攻撃だとサーブ抜いたら合計八点だね」
「サンキュ」
 スコアをつけてもらっている梟谷のマネージャーに一セットの様子を聞くと、にこやかに「いえいえ〜」と言われた。
「半分以上あの二人か……やっぱ、及川は櫻井多用するよな」
「どこからでもトス上げるよな。さすが影山の先輩」
「あと、律今回ブロックアウト多い!!」
「わかる」
「思っくそ見破られてごめん」
 一セット目の反省を話しながら試合の流れについて考える。確かに及川と櫻井のコンビは厄介だけど、それがあるのも夜久や木葉、大平がスムーズに攻撃に繋ぐ流れを作っているからだ。
「凄いのは最初からわかってるし、厄介なのは二人じゃなくて全員。櫻井ばっか気に留めてたら他が牙を向いたりするしな」
「律に見せかけて木葉のバックアタックとか「やられた!!」って思ったしな!」
「ソレソレ〜」
「では、次は何をする」

    *    *    *

 第二セットも引き続きこちら側《及川徹》のサーブでスタート。ローテーションはどちらも変わらず、再び点取り合戦が始まった。
「ぬんっ!」
「ナイスキー!」
 木兎や若利の鋭く重いスパイクはボールが大きく弾かれる事があり、綺麗にAパスで帰ってこない事がある。それでも及川は根気強く多少無茶でもトスを上げ続けていた。
「ナイストス、及川」
「ん、櫻井さんこそ」
 夜久君が拾うからこそ木兎は超インナーを決めて同点に戻す。
 そして、活躍するスパイカーに負けじとブロックで仕留める事も多く、鉄朗や鷲尾君が点を取る。サーブが強い選手がいることはチームの強さに直結するけれど、何よりブロックは最大の防御であり攻撃でもあるからブロックが強いチームは強いと流れる汗を乱雑に拭った。
 及川というレベルの高いセッターがいるから、彼が返球でもスパイクでも狙われることが多い。基本セッターがファーストタッチだとある程度のセットアップができる私がフォローに入っていたけれど、この試合ではそれをすることはあまりない。丁寧に攻撃をした方が良いとわかっているけれど、これからの為にも及川には先へと突き進んで欲しい思いもある。それに、
「櫻井さん!」
 そう言って、私に真っ直ぐにトスを上げる姿が好きだ。
 何度だって彼からのトスを打ちたい。期待に応えたいと思う。
 点差が縮まらず十九対十六で返した時、木葉君と交代で東峰をピンチサーバーに入れた。

『………攻撃の流れは悪くないけれど、私には高さもパワーもないから拾われるんだよね。ブロックに鉄朗がついてるから、叩き落とすことはできずともコースは絞られるし』
『じゃあ、攻撃の強化?』
『うん。点差が縮まらなければ、流れを変えるためにピンサーで東峰を入れよう。及川とのセットアップはしてるし』
『サーブの手を緩めるわけにはいかないから木葉君と交代かな。ブロック振ってこうか』
『了解!』
 狙い通り、東峰はノータッチエースを決めて十九対十七。
 木葉君と東峰を変えたのは、強いサーブの流れを増やす考えもあってのことだ。ローテーションで行くと東峰が引っ込んだとしても次こちらは私、大平君、及川と続く。取れる時に取り、息なんてつかせてやらない。
 大平君がスパイクを決めて差を縮めにかかったけれど天童君のブロックで木葉君が戻ってきた。そしてまた一進一退と続く。サーブで点差を縮めたもののどちらも引かずにデュースに突入した。
「!………ここで澤村と強羅君チェンジ」
 スコアは同点。及川のサーブを切った此処でピンサーで強羅君を入れるということは決めに来たのだろう。ここが勝負どころだ。
 強羅君の強烈なサーブを大平君が上げたものの、それはそのままネットを超えそうになる。
「及川!」
 彼なら絶対に上げる。そう信じているから、私達は迷わずに助走に走った。今が、勝負どころだ。そんな時だった。
「え、」

    *    *    *

『及川耳かして』

 試合前に彼女に言われたことを思い出した。
『若利のスパイクで弾かれたり、そのまま戻る事もあると思うんだけど、ワンハンドトス挑戦し続けて』
『………俺は飛雄みたいな精密なトスワークは無理だよ?』
 サーブもセットアップも、セッターとしては絶対に負けないけれど俺はやっぱり飛雄《アイツ》のような繊細で正確なトス回しはきっとできない。
『私と岩泉相手だったら、できるでしょ?』
『、』
『少なくとも私は、及川のトスは絶対に打ち切る自信がある。それで、ここぞって時に………』
 当たり前のようにできると言い切って、俺を信じてくれる。
 そこまで俺をセッターとして評価していることが嬉しかった。期待には応えたいと思ったし、俺だって彼女とずっとバレーをしていたいと思っていたから飲まない手はなかった。
 彼女は自分が特別になるために他者を利用する。自分が強くなるバレーが好きだ。でも、チームだって強くしてくれる。
 ネットを超えそうな難しいボールでも、トスを上げることは辞めない。俺はセッターとしてコートに立つから、スパイカーの百%を引き出すのが仕事だ。
 でも、それ以前にチームで、勝つ。
 及川徹《オレ》なら上げると誰もが思う時。今、この瞬間。櫻井さんが迷わず助走をしている時。
 さっきまでしていたワンハンドトスのフォームから腕を寸前になって下げ「ノー!」と叫ぶ。俺が方向を変える予定だったボールはそのまま向こうに落ちる。

『触らないで。スルーして』

「ッッシャア!!」
 俺は何もしていない。櫻井さんを信じただけだ。でも、トスを上げずとも彼女が嬉しそうに誇らしげに目を細めるものだから俺だって嬉しくて調子に乗る。
「さぁ、勝つよ!!」

    *    *    *

「っ………」
 すげぇ。そう思った。
 同じ中学の先輩で、凄いサーブを打つセッター。
 スパイカーの力を引き出してこそのセッター。ボールは俺が、持っていく。そう考えているからこそ俺だったらさっきの場面きっと触っていた。あんな選択肢もあるのか、とまた及川さんに学ばされた。
「大王様、やっぱスゲェ!!」
「ああ………及川さんはスゲェ」
 あの人が先輩として前にいて、心底良かったと思っている。負けねぇけど、俺はきっとこの先のあの人の背中を追い続けるのだろうと思った。何一つ教えてもらったことはないけれど、それでもその背中で学ばされる先輩だ。
 それでも最後は牛島さんがスパイクを決めて第三セットまでもつれ込んだ。

    *    *    *

「………アイツ、大丈夫か…?」
「?」
「妙に様子がおかしいような………」
 最終セットが始まると同時に、一進一退を繰り返しながらも互いに得点を繰り返し続ける。多分、公式戦と同じかそれ以上に白熱している。
 そんな中で俺の視線が向くのは律だった。
 昔からバレーをしている姿を見ていたからこそ、嬉しい様な不安になる様な複雑な感情になる。必死になった結果壊れた律を知っているからなんだろうけれど、それでもいつになく冷静に試合を進めて得点に多く絡むからやはり嬉しい。
 律が試合をしている姿を見るのはいつぶりだったかと初日に思ったけれど、そもそもの話中学の頃はここまで熱を入れていなかったからこんな試合が観れるのはこいつらがいるからなのだろうと思った。
 きっと今の律は、祖父が見たいと思っていた姿だ。
『あいつ、バレー好きじゃねぇってよ』
『は?』
 勝つことよりも強くなることを優先する。いつだって特別でありたいと一人進み続けていた彼女だったけれど、周りを見てチームに向き合うようになった。
 嬉しいよ、とても。でも、その変化はあの頃がなければ起こり得なかった事で、コートに立っていた律がマネージャーとして外で戦っていた烏野での生活があったからこそなんだろう。
 
 澤村達が先に二十点台に乗ったところで律の方は大平と岩泉が交代した。スコアは一点差。
 最初は絶好調に見えるほどスパイクでもレシーブでも活躍していた。女子が一人混ざってるからとかではなく、選手として、贔屓目なく誰よりも輝いている様に見えた。だが、それが少しゆっくりになってきている。周りと擦れるほどではないけれど、それでも拭いきれないような違和感を感じる。
「ひょっとして、体力が………?」
「いや、アイツ………!」

    *    *    *

 天童君のサーブでマッチポイントの所を切って、デュースにもつれ込んだ。松川君と交代でピンサーに入ったのは瀬見君。ここでツーセッターにすることで攻撃の選択肢を増やす。
 点を交互に取って、一体今日どれだけ飛んだかもわからない。それでも、終わらせたくないと思っていた。願っていた。
「クッソすまん」
「次!!」
 いいなぁって、思っていたから。嬉しいんだと思う。
 二十五対二十六で鷲尾君のサーブ。拾ったのは澤村で、それを菅原が繋ぐ。上げた先は勿論若利だったけど、夜久君は見事にそれを拾った。ラリーが続く。
 合宿三日目で、試合も今日だけで三回目。何度もデュースが続いて、満身創痍でも思考はなぜか晴れやかだった。
「ワン、タッチィィ!!!」
「下がれ!!!」
 木兎が松川君の手にボールを当てて弾く。エンドライン付近までフォロー兼助走距離確保のため下がっていた私はコートを見て真っ直ぐにボールを追った。
 この距離は、届かないかもしれない。いや、届かないだろう。でも、それでも追わずにはいられないとこの競技に熱を入れる連中なら誰もがわかってる。
 諦めたくない……勝ちたい。まだ、落ちてない。
 キツい……気持ちいい………楽しい。

 ああ、終わらせたくないな。

    *    *    *

 壁に寄りかかって試合を見ている中に突進するかの様に勢いよく駆けて行く律の横顔は、今まで見たどんな表情より綺麗に見えた。
「ッ危ない!!」
 そのままいけば届くかもしれないが、進行方向に座っている奴にぶつかる。誰もが事故を恐れた時だった。律は一瞬動きを止めて腰を軽く落とすと、左足で力強く地面を踏み切った。
「あっ上げたあぁ!!!?」
「何だ今の!?」
「オーバーヘッドキック!?!?」
「スッゲェ!!!」
 大きくどよめく体育館の中でも体制をすぐに整えて真っ直ぐにコートを見据えて、ボールを見つめている律はどこか笑っているように見えた。
 間違いない。高度な集中を持続させることで意識が低下していき、ある精神領域に陥ることがある。時間感覚が歪み、周囲がスローモーションや時が止まっているかのように見えることで反射に近い判断能力を獲得し、自在な対応が可能になる。
 それは、極限状態のアスリートに稀に起こる。心理学では『フロー』と呼ばれる精神状態─────ゾーン。
 ………多分、もう何も考えてない。
 理屈とか理論とか、そういうものを考えるいつだって冷静で強さに直向きだった昔の彼女ならなり得ることはなかった。
「………ッシャア!!!」
 律が蹴り上げたボールを及川はしっかり上げて見せて、最後に岩泉のスパイクが決勝点になった。

    *    *    *

「………ふぅ、」
 よっこらせ、なんて軽く膝を叩きながら立ち上がると疲れてるはずなのに何だか頭がスッキリしているような不思議な感覚がした。
「ごめんね、国見君。止まれなくて………いや、止まったけど。怪我とかない?」
「あ、はい。大丈夫です」
「よかった」
 今日の戦績は三戦二勝一敗。最後にスパイクを決めた岩泉にナイスキーと言って整列をした。
「何っっだよもう!!!櫻井さんてほんと何者!?」
「試合中に狙ってやるとかさぁ!」
「………今日は、調子良かったから」
「でも、その後の及川と岩泉もだよな!」
 及川と岩泉は顔を見合わせて、私を見て笑って言った。
「だって、ねぇ?」
「な」
「櫻井さんなら絶対に上げるって、知ってるから」

『三回のうちの貴重な一回、絶対に無駄にはしない』

 そんなことを言ったのは中学の頃で、どれだけ疲れていようが無茶だろうが怪我をしようが。それだけは譲らなかったから。
 二人が信じてくれたから勝つ事ができたんだと私も強く思う。
 一人じゃダメだ。絶対に、一人じゃ勝てない。
 私もまだまだ弱いなと、こみ上げる嬉しさを隠すように目を閉じた。
「二勝、だね」
「練習試合だけどな」
「それでも、ようやくあいつに勝ち越せた」
 エンドラインに整列して隣に立つ及川が話し始める。それを目を閉じたまま耳を澄まして聞いていた。
「………でもまぁ、練習試合だしね。
 あのチームで牛若野郎を負かしてやりたかったのになぁ〜」
「!」
 コートの周りを囲んでいる後輩達に視線をやって及川はそう言ったんだろう。岩泉は一瞬息を止めた。
「同じチームで試合なんてもうできないけど、この先何度だって牛島を負かす機会はあるよ。どうせ目指してる頂は同じだ」
「………そうだな」



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