「えっと………まず話を始める前に」
試合が終わりある程度のクールダウンを始めると、体育館のコート一面を使って事前に話していたサーブの講習会を始める事となった。
私の前には日向と黄金川君と若利の三人をはじめ、どこから聞きつけたのか灰羽君と田中と山本君がいる。そして私から声をかけたのがいつもジャンフロを練習している木下と山口で、事前に教えて欲しいと言われていた及川。計九人という多くも少なくもない、ポジションも体格もバラバラのメンバーだ。
「今からする事は私が今までやってきたことをまとめたことで、独学の部分もあるから参考にしても真似はあまりしないように。
ちゃんとした指導者に見て貰うのが一番いいんだけど、自分が一番やりやすい形を見つけて欲しい」
前説を話すと元気に返事が返って来たので、それに少したじろぎながらもサーブについて話すことになった。圧が、すごい。
サーブはバレーボールの中で唯一誰にも邪魔されずに一人で行う最大の攻撃。つまり努力次第で幾らでも上達できるけれど、練習が短調になりがちで知らないうちに悪いクセがついてしまったりするので効果的に上達できる正しい方法を話さなければいけない。
「えっと……強いサーブには三つの要素が備わってるんだけど、わかる?」
「三つ?」
首を傾げた黄金川君に頷いて隣に立つ及川に視線を向ける。
中学の時に話してるから及川はこの辺の話はすっ飛ばしても良いのだけど、復習するとの事。これからジャンフロを覚えてサーブの選択肢を増やすけど、今まで武器として自信を持っていたスパイクサーブの強化も手を抜かないらしい。
そんな真っ直ぐな姿勢がとても好ましくあり、誇らしい。
及川は私の話を覚えていたのか、迷いなく答えを言った。
「方向、変化、それから速さだね」
「その通り。
良い例は及川のジャンプサーブ。狙ったところへ正確に打つコントロールと、沈んだり曲がったりするボールの軌道の変化。見て分かる通りスピードもあるしね。
でも、変化だけに着眼するとジャンフロも同じ強いサーブ。直前までどう変化するのかわからないのは、対処し辛いから」
その要素を備えたサーブは攻撃的で、打ってからすぐに有利な展開に持ち込める。だからこそサーブが強いチームは強い。
「どうしたら打てるようになりますか!」
「律さんは夏の間に黒尾さんに教えてましたよね?」
夏合宿で一緒に自主練していた、から日向と灰羽君は鉄朗の上達ぶりを覚えているのだろう。
「鉄朗はほとんど出来上がってたから姿勢を少し調節しただけ。
だから、今すぐ日向が及川のサーブを打てるようになるのは無理。相当練習しないと」
「グッ…………頑張ります」
「逆に、田中と山本君はそこそこフォームが出来つつあるから、改善しつつ決定率を上げて狙った場所に打てるようにしよう」
「ウッス!」
「あざっす!」
嬉しそうに良い笑顔で返事をした二人は顔を見合わせて握手をしていた。次期エースだし、スパイクは勿論サーブでも点を稼げるようになりたいのだろう。
そんな二人の横で灰羽君は少し不満げに口を開いた。
「それなら、律さんの話を聞いてもすぐに結果を出すのは無理ってことですか。まぁ、日向がすぐにジャンプサーブ打てる様にならないくらいだし」
「おいリエーフ、それお前にブーメランだからな」
「それが当たり前なんだよ。話を聞くだけで強くなれるのなら苦労なんてしない。
サーブ以外のレシーブもスパイクも一朝一夕でどうにかなるものではないし、今日この話を聞いたところで明日からすぐに強いサーブが打てるわけじゃない。技術が必要なサーブは特に。
明日からできる良いサーブならある………けど、とりあえず置いておこう」
まずはジャンプサーブとジャンプフローターサーブの打ち方についての話だと、一拍手を叩いて切り替える。
「さっき及川が言った三要素が攻撃的なサーブを作ってる。
それを打つ為に必要な動きは体重移動と腕の振り、股関節の捻りの三つ」
これはどのサーブにも言える事で、だからこそやりやすい形を見つけなければいけないのだ。
体重移動は、ボールを叩くインパクトの瞬間に自重が乗るように助走の時意識すること。腕の振りは、ジャンプした際腕を上げてどこに振り下ろすか。股関節の捻りは、ジャンプする直前の体の向き。
主に体重移動に直結するけど、腕を振る際にボールに力を乗せるために体全体を使う、ということだ。
「若利はサウスポーってアドバンテージがあるからこそ回転に周りが慣れないんだけど、だからこそパワーで押し込みがちになってるって言ったよね。
腕の振りと打つ場所を少し変えて良いサーブを見つけてから、反復練習でもっと良いサーブが打てるようになると思う。ムラがあるって事は、打ち方に統一感がないってことだから」
「ああ、わかった」
「律さん!
影山も言ってたんですけど、打つ場所って何の事ですか?」
三年の試合を見ているときに影山が私のサーブについて話していたんだと日向は言った。
「それは主に変化の話だね。
大まかに言うと、サーブはボールに回転をかけるかどうか。
打球方向に対して順回転、つまり進行方向にボールが回るのがドライブサーブ。最近だと逆回転サーブは殆ど無いんだ。
それに対して、回転をかけない変化球がフローターサーブ」
野球ボールやバスケットボール、サッカーボールと同じ様にバレーボールにも溝がある。それが無回転で飛ぶボールの後方に不規則な空気の渦を生み出すのでボールの軌道が変化する。
「私が影山に話したのは、ドライブサーブの打ち方。
これは掌全体を使って打つから、どのタイミングで腕を振るかで全てが変わる。
無回転は人差し指と中指の付け根あたりでボールの手前側を打つのが基本だけど、これはジャンフロの話ね。下から打つの《サイドハンド》だと手首に近い主根部で打つ。
共通して言えるのは、指に当てずに押し出すイメージ」
とりあえず二種類のジャンプサーブから実践してみようか。そう言ってボールを手に取り、まずはジャンプサーブからだとエンドラインに立つ。
ジャンプサーブで大切なのは最初のサーブトス。トスをあまり高く上げすぎると距離感がズレて思うように飛ばない事がある。だから打つだけじゃなくトスを上げる練習も並行してしなければいけない。そして何よりジャンプサーブの良い点は、打点が高ければ高いほど威力は増すこと。
意識していることを話しながら私が手本を見せて、次に及川に実践してもらいながらポイントを話す。
「これくらいできれば点は取れる強いサーブって言えるかな。
でも、ジャンプの沈み込みがちょっと甘い。スパイクサーブは腕をしっかり振り抜くこと。威力を上げたぶんコントロールが微妙なとこも気になるな………姿勢が少し変かも」
「ハァイ」
「ジャンプの時はドンジャンプの方がいいんですか?」
及川へ改善点を言うと、ジャンプについてここぞとばかりに日向から質問が上がった。『ドン』ジャンプって何という視線をもらい、それも説明しつつ答える。
「『ドン』ジャンプは、膝をまげて飛ぶだけじゃなく、重心を母指球に載せて床を蹴るジャンプ。
影山が星海君を参考にして改良した日向がしている飛び方。春高の直前に初めて成功したのが稲荷崎戦だから、もうちょい伸びてるんじゃない?」
その話をすると、日向へのライバルからの視線が強くなった。
「日向、夏より飛んでるなって思ったらそこが違うのか!」
「通常より足腰に負担がかかるし、日向は基本動いてばっかだからスタミナも重要だけどな」
「田中の言う通り。ただでさえ試合中は動きっぱなしだし日向はその辺並以上だからね。体作りについてもっとちゃんと勉強しないと怪我につながりそうで怖いな………」
と、また話が逸れたので一拍拍手をして意識を戻す。
「サーブは両足踏み切りの方が高さがある分威力も出る。鴎台の星海君はそのへんスパイクでもサーブでもブロックでも活用してるし、小柄でもあの中でエース張ってるだけはある。
でも、微調整が難しいからとりあえず日向と灰羽君と黄金川君は片足踏み切り《ワンレグ》からやってみると良いよ。助走とサーブトスのタイミングを確立してからフォームとかジャンプを変えた方が効率がいい。
若利と田中と山本君は既にフォームが確立されてるんだけど、先にジャンフロの話をしようか」
と言っても私は最近ジャンフロ打ってないんだけど。
山口と木下は練習しているだけあってうまいけど、まだ威力が弱い。
「ジャンプフローターは何より無回転ボールを打つこと。
ジャンプせず無回転ボールを打つことから始めてみたら良いかな。打ち方はさっき言った通りで、威力を強くするためにはなるべくネットに近いところを通るように打つ」
「距離、ですか?」
「アンテナの印三つ目くらいを意識することかな。
スパイクサーブは高さプラス腕を振り抜く分威力はあるけど、ジャンフロで重要なのは変化。勿論スパイクサーブと同じ早さのボールを打てるようになれば良いんだけど、無回転は基本腕を振り抜かないで押し戻すイメージだから」
「高度が高いとその分威力が落ちて、取られたら逆にチャンスボールになる?」
「そう。
二つのサーブは助走とかトスとか、殆ど全部違う。だから、どっちも打てる宮侑君も見破ろうと思えば、見破れた。
彼は両方サービスエース取れるくらい磨いてるからそう簡単に拾えるわけではないけれど」
「…………」
全国には凄いサーブを打つ人なんてザラだし、すぐに彼らに追いつくことなんて不可能だ。でも、バレーは六人で戦う球技だし、攻撃の瞬間はいつだって一対六。
「どんな良い選手の話を聞いたって自分が練習しないことには身につかないけど、戦い方を知ることはできる。いつも烏野の奴らに言ってるけど、自分以外のやつは全部利用しろ。
で、さっき遮った明日からでも使える良いサーブってのは、タイミングのこと」
「タイミング?」
サーブの始まりは打つ事でもトスを上げる事でも無い。助走を始めるタイミングだ。
「サーブは一人でやる攻撃だけど、全員が別のサーブを打つのも有利な流れを作ることになる。
鴎台がしてた諏訪君、星海君、昼神君の三人はジャンフロ、スパイクサーブ、ジャンフロって強サーブ二種を交互にやる事で攻撃のリズムを変える流れを作ってる。
後は自分が打ちやすい上で、の話になるけど稲荷崎の宮治君と角名君がしてた、笛が鳴ってすぐに打つとか八秒待つとか。考えさせる暇を与えない。逆に時間を与えて守備と攻撃の意識を混ぜる、とかはいい戦略になるし地味に嫌だ」
「あぁ〜〜嫌な思い出」
「宮兄弟ホント厄介でしたよね……」
春高での試合を思い出したのか、日向と山口が青い顔をした。
「後は狙う場所。後衛セッターが前に出るとことかエースとか、スパイカーの助走路を塞ぐ位置に落とすとか。この辺は菅原と研磨君がうまいかな…………」
強いサーブでなくても有利な展開に持ち込むサーブならあるという事は春高で感じた一番大きな戦果かもしれない。
ある程度サーブの時の注意事項や意識するべき事を話すと、根本である考え方の話をする。
「集会の時、影山が「授業が全部体育だったら良いのに」って言ってたじゃん?」
「え、集会?」
「で、人によって大切になる教科は違うし、学校は考える力を養う場所って話をしたんだけど、わかる?
馬鹿でも技術がなくても気持ちがなくてもバレーはできる。でも、強くなるために何をすればい良いのかとか、どこを狙えば良いのかとか、どう試合を進めれば良いのかとか。そういうのは考えないとわからない。
馬鹿じゃ試合で勝てないから、勉強しろ」
「突然の説教」
「話は大体終わり。
最後にコントロールだけど、普段私がしてるサーブの練習をするから参考にして。フォームを直すことも大切だけど、時間をかけた密度のある練習をして安定させることも大事。正しいフォームで、狙ったところに必ず落とすこと。どこをどう狙えば良いか、どう叩けば良いかを考えながらね」
そう言って柔らかいプラスチック素材の色別四種のマーカーを五枚ずつエンドライン上から均等にコートに並べていく。
「あ、目印を置いてそこにぶつける練習?」
「コーンの方が見易くないか?」
「それはスパイクサーブがぶつかった時割れるし、家にあったから使ってるだけ。ペットボトルとかでも全然いいよ」
とりあえず、見ててと言ってボール籠を横に置いてサーブの助走位置に付いた。
* * *
「いや、正直想像以上ですよね」
練習が終わり日も暮れた夕刻。指導者は繁華街にある居酒屋に来ていた。座敷のテーブルを囲み、一品料理に箸をつけ酒を煽り会話を楽しんでいる。
森然と生川の両監督には学校に残り選手の監督をお願いしているためこの場にはいなかった。
俺は濃いめに作られたウーロンハイを流し込みながら主語のない発言をした青葉城西の入畑監督に視線を向けた。
「烏野高校の櫻井さん。
事前に話を聞いていたとはいえ、あそこまでとは……」
「夏合宿でも今回のように?」
「いえ、その際は最終日に一度梟谷との試合でピンチサーバーとして参加させていただいただけでした」
入畑監督に続き追分監督も疑問を口にし、それに対して武田先生が答える。
昨夜俺は学校に残っていたから参加しなかったが、初日も律の話題はしていた。中学生である由良を参加させることと引き換えとは言えど、よく女子の選手としての参加を許してくれたと少し冷や汗をかきながら鷲匠先生を横目に見る。
「あれ以来木兎の櫻井さんへの対抗意識が強くて……
迷惑じゃないと良いが」
「アイツ自身負けじと応戦してるので、心配いらないですよ」
「おとなしいのに男の選手に囲まれても物怖じしないよな」
そう言われると昔の律が思い浮かび、確かによく慣れる事ができたと感慨深くなる。初めの頃はうまく周りに溶け込めず、ジジイでさえ手を焼いていたのに。毎日の様にいろんな選手に囲まれて揉まれた結果なのだろうが。
「及川、岩泉をはじめ烏野だけじゃなく他校の選手とも交流があるからだろうな……昨日も牛島と色々話してたみたいだし」
「ああ、父親が若利の父親と同い年だそうで。元々烏野の主将でエースだったと聞きましたよ」
「櫻井………居たか?」
「烏養前監督《じいさん》が赴任した年の三年なので、猫又先生が知らないのも無理はないかと。
律の親父さんがバレーしていたのも高校三年間だけですし、あの人は、その………色々特殊なんで」
律の話から父親の話になり、少しアレ?と思うけれど世代が少し被るからなのか気になるらしい。そうは言ってもあの人はスポーツ全般好きな人ってだけだからな。
「正直、僕は澤村君を始め三年生には助けてもらってばかりでしたね。赴任してきたばかりでルールもわからなかったものですから……」
「ああ………万年ベンチ温め組の俺らを全国まで連れて行ってくれたからなぁ」
「だな。そう思えばうちの選手にも感謝だ」
「いやぁ……黒尾と孤爪の二人は小さい頃一度だけ見たことがあったから、感慨深い」
「律は小学生の頃からずっと見てますけどね」
「烏養は櫻井さんのこと好きすぎるだろ」
「うるせぇ」
隣に座る直井に小突かれながらまたジョッキに口をつける。「否定しないんだな」と言われハッとしてしまった。
いや、でも今まで散々妹の様に扱ってきたし、夏合宿では律がブチ切れているところを見られてる。別に隠す様な関係でもないしな。
「………どのポジションでも難なくこなせるってのもそうだが、スパイカーとしてネット側での戦い方が一つだけじゃない。常に普通という概念に捉われないスタイルは烏養のジジイの考えそのまんまだな」
「!」
手元のお猪口を見ながら鷲匠先生はそう口にした。
「身長もパワーもない選手はどうしたってそれ以外で勝負することを考えるだろう。体格ばかりはどうしようもない。
櫻井はそれを極め、技を増やし身につけた結果チームの攻撃手段を増やしている。初日のセットアップモーションから左の強打、とかな。
その一方で日向翔陽は、いつだってブロッカー相手に高さで勝負している」
確かに、日向は律を先生だと慕っているから戦い方を教えると自然と似てくるのが普通だろう。だが、違うのだ。
「………」
「助走開始のタイミングにジャンプの強化、二つの合わせ技。
小さいからこそ素早く、加えてバレーへの執着心が並でないからこそ反対側から目を引くのだろうな」
「ゴールデンウィーク合宿では影山日向のコンビを鬼と金棒と呼んでいましたが、それが鬼と鬼になった………」
「前までは影山ありきの日向、だったからな。
日向が技術を身につけ個人でも張り合える様になった……」
「アレは櫻井さんにケツ叩かれたからこそだろうが!!!」
猫又先生はよく覚えてると笑いながら言った。
『したい事をさせない。可能性を潰すって、そういう事だよ』
俺自身痛いほど見に染みているが、あの時から律には日向に可能性を感じていたのだろうか。いや………それは違うな。
アイツはそんなに優しくない。ただ、俺たちのことを許せなかっただけだろう。
「個人技には限界がある。だからこそ技術を磨いて限界値を常に高くしていくんだ。だが、体格もパワーも生まれ持った才能。努力でどうこうなるもんじゃない。
どんな攻撃もねじ伏せるってのは一番かっこいいだろうが。だが、それに争う戦い方があってより強い相手と相対するほど知恵が必要になる。……どちらも間違いではないしな」
「高くて上手い選手がいればそれに越したことはないですし」
バレーはボールを持つことができない、試合中ほとんど空中にある球技だ。だからこそ高くて上手い、大きい選手が必然的に有利になる。
「正直、若利みたいな大きくて強い選手が一人いるだけで違う。
多少無茶な選手…それこそ零か百かの天童を入れても難なく試合で勝ててしまう。
上に行けば行くほど恵まれている奴は多く、壁は高く厚い」
恵まれている、か。
確かに牛島の様な体格もパワーも左利きも、持って生まれた才能でそれがバレーにおいて最大限の効果を発揮している。
対して律は、身長は決して高くなく打球も軽い。運動センスは父親譲りで抜群だが生まれつき体が弱い。コントロールも、自ら身につけたものだ。全て、努力で。
だが、わかっている。努力しない人間などアイツと同じ土俵には上がってこない。そんな人間はいない。
「………好きじゃなくても続けられたのはあいつのストイックさや精神力が大きいかもしれないけれど、それを支える十分に整った環境があった。
指導者もコートも対戦相手も、始めた頃から自分より大きくて強い性別もポジションもバラバラの選手に囲まれてきたからこそ技術を磨いてきたし、自分はなんでもできるとは言ってもそこに完成はない」
「日向君が櫻井さんを【先生】と呼んでいるのは、櫻井さんが今まで積み重ねてきたものを日向君に教えているからこそなのかもしれませんね」
「かもな」
一見真逆な二人だが、確かに共通するものはあるのかもしれない。新しいことに躊躇いなく手を伸ばす姿勢や負けず嫌いなところとかは、特に。
「性格も体格も、生まれ育った環境も違う。いくら同じ練習をしようと同じ結果は出ないし、同じ選手は生まれない。
バレーはチームスポーツだ。個々の力も最終的には纏まりがなきゃ意味が無ぇ」
そこを正すのが、指導者としての役目だ。
* * *
「…………だいたいこんな感じ。
聞きたいこととかあれば遠慮なく聞いて」
そう言った櫻井さんは散らばったマーカーを拾いに行った。
「コントロールで櫻井さんに敵う人、いないと思うんだよね」
「………ああ」
「スッゲェ的中率………!」
「バケモンかよ」
隣のコートで練習していた俺は休憩がてら櫻井さんのサーブを見ていた。
「休憩中?金田一も見ておいた方がいいよ」と及川さんに声をかけられて「そう言うのなら……」なんて答えたけれど、俺も参加すればよかったと気になっていた。
だけど、櫻井さんとは面識はあれど碌に話した事もないからなんとなく憚られて。コガネや日向が話を聞いてるのは兎も角、既に完成されていると思っていた及川さんや牛島さんまでいるとは思わなかった。
櫻井さんはコートのエンドラインから四つずつ五列に並べたマーカー全てに当てたのち、反対側に転がったボールを全て脇に置いた籠に打ち込んで見せた。ライン上に落とすどころか、ネットの真下に置いたマーカーにはネットインで対応。そして、どの位置からでも同じ場所に正確に入れる。
試合中は想像より普通で言う程かと不思議に思っていたが、凄いなんてレベルじゃない。
「櫻井さんって中学の頃から周りとは別格って感じでしたけど、ブランクあってコレって……」
「小学生の頃からずっと続けてるんだって。中二の時点で当然の様にしてたし、最近は左の練習もしてるらしいからそっちもできる様になっちゃうんだろうね」
中学一年だった頃、北川第一は男女共に強豪校だった。特に女子は全国へ出場していたし、その中でもより注目されていたのが櫻井さんだった。
一年の頃からエースでスタメン。賞を貰った回数も数知れず。そんな輝かしい成績の裏で、性格がとんでもなく悪く同性から嫌われ後輩から慕われていないと聞いていた。
今思えば根も葉もない噂だ。春の練習試合で櫻井さんと及川さんの関係を岩泉さんに聞いた時は心底驚いた。及川さんと仲が悪いと聞いていたから、実は仲が良くて一緒に自主練をしていて。凄いと言われる及川さんのサーブも、櫻井さんの協力があったからできたもので。しまいには及川さんの意中の相手で。………結局くっついてるし。
正直俺は接点がなさすぎてそこまで詳しく知らないけれど。
烏野の選手や及川さんと岩泉さん。多くの人が櫻井さんに声をかけているのを見て、美人な女子マネに手取り足取り教えてもらいたいと矢巾さんはわかりやすく羨ましがっているけれど、きっと俺はそうじゃない。日向と影山が羨ましいわけじゃない。
尊敬する及川さんが教えを乞う。頼ってもらえる。恋人以前にそんな関係でいられる櫻井さんのことが羨ましいんだ。
「スゲェ………」
そう呟いた俺に及川さんは視線を向けて柔らかく笑った。
この人は普段の行動に反して櫻井さんとの関係を公言しないし惚気ない。だからこそ及川さんと櫻井さんの話をする機会も俺にとってはなかったから、この発言ってセーフなのかどうかと少し固まってしまう。
「異性どころか同性まで魅了して。それに気づきもせず本人は真っ直ぐに突き進んでいくもんだからサ。
………ほんっと、かっこいい彼女で困っちゃうよ」
一体何回彼女をそんな目で見る奴を見ることになるのかねぇと及川さんは笑いながら言うけれど、嬉しそうだと感じた。
基本軽薄そう……というか、チームにいる時はいつも笑顔を絶やさない人だ。だからこそ怒ってる姿なんてものはほとんど見た事がなく、わからないからこそ怖い。
高校生になって一年からのスタメン入り。中学の頃からこの人のことを尊敬していたけれど、この人の上げるトスを打ったのはこの一年だけだった。終わってみると本当にあっけない。
「凄いよ……本当に。だから、負けたくないって思った」
「及川さん………」
「俺たちは付き合う前からこうだからね。
この先戦う舞台は変われど、変わることもないんだろうな」
花巻さんや松川さんが及川さんを弄るとチームの雰囲気が途端に和らぐ。岩泉さんとの連携はなくてはならないものだし、あの人が支えているからこそこの人は自由でいられる。
だけど、もうそんな頼れる三年生は卒業してしまった。同じチームで試合なんて二度とできない。
だからこそ次だ。俺たちの代では、必ず……!
「俺も!負けません……っ」
「………、」
及川さんは目を見開いて、普段の様に明るく笑った。
「フフン!楽しみにしてるね」
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