「ウェーイ。ドシャット!」
「クッッッッッソ腹立つなクロちゃんめ……!」
「クロちゃん」
「及川のあだ名は怒ってる時聞いたら気が抜ける」

 合宿四日目。私達は二日目同様三チームに分かれ、一セットマッチを繰り返していた。
 今日のチームはミドルブロッカーが鉄朗一人ということで、私がその対角に入っている。セッターは菅原で、木兎や東峰の様なパワースパイカーと海君や花巻君の様なオールラウンダーがいるから試合展開は問題もない。
 及川と岩泉、若利と瀬見君がそれぞれ同じチームなのは長年一緒にやってきただけはありそれなりに厄介ではあるけれど、こちらも木兎の扱いに慣れている小見君や猿杙君がいる。
 そうして勝ち負けを繰り返し、練習を終えた。
「このメンバーに混ざるとか、真剣に勘弁してほしい…」
「そう言わずにさぁ〜!」
 矢巾君に腕を引かれながら嫌そうな顔でついていく研磨君を横目に、私はどうしようかと視線を向ける。自分がしてみたいことについてはある程度考えもまとまったし、お昼に繋心さんに動画を撮ってもらったので問題はないけれど。
 そうぼんやりしていると日向が質問にやってきた。そして彼の背後には黄金川君もいる。ある程度日向の質問に答えたあと、彼に視線を向けた。
「櫻井さんはスパイカーなのにトスもうまいじゃないっすか!練習とか、どうしてますか??」
「ああ………セッターとしてのトスとかセットアップの練習はほとんどしてない」
「そうなんすか!?」
「中学の頃、及川にサーブを教える代わりに教えてもらった。
 繋心さんも元々セッターだったし、私の幼なじみもセッターだったから。後、自分がスパイカーだからこそトスワークは割とできる方、かもしれない。集中して練習してるわけではないから本業と比べたら劣るけどね」
 セッターがボールに触れない場面に土壇場でトスを上げる時はどの試合でもあるだろう。勿論技術がある方がいいけれど、攻撃パターンを考え最善を尽くすのもスパイカーにとって打ちやすいボールを上げるのもセッターの仕事だ。
「日向は夏に誰とでもファーストテンポを目標にいろんな人のトスを打ってきたでしょ?それと、常にボールを触って一瞬で操れる様になることも。
 黄金川君もボールに慣れることはもちろんだけど、ひとまず安定したトスを誰にでも上げられる様にならないと、かな」
 スパイカーが打ちやすい以上に最高のトスはない。だから、セッターはいつだってスパイカーに尽くす様なイメージがある。及川や赤葦君、白布君は特にそうなんだろう。それでも影山や宮侑君の様なハイレベルな技術を持つ自己主張の強いセッターはトスで打つ方向をある程度指示したり速攻をねじ込む。
 だけど、多分黄金川君がセッターとしてスタメンにいるのはそういうことじゃない。
「烏野の最大の武器は多種多様な攻撃。スパイカーは一人じゃないし、それぞれ出来る事も得意な事も違う。だからこそ経験豊富で技術も高く、いつでも冷静に試合の展開を考える影山が合ってる。
 かと言って菅原がダメってわけじゃないし、影山が凄いからこそ菅原が入ると流れは変わるでしょ?」
「影山のトスは超スゲェけど菅原さんがいると安心します!」
「伊達工の攻撃パターンって烏野とは全く違うでしょ。
 そりゃ黄金川君が誰とでもハイレベルなセットアップができたら最高だと思うけれど、すぐにそうはならないと知っていて監督は入れてるだろうし」
「……………そんなストレートに」
 少しだけ不満そうにしつつも自覚はあるのか眉間にグッと皺を寄せた黄金川君に一つ頷いて続きを話す。
「伊達工の最大の武器はブロック。
 叩き落とすのもコースを絞るのも、高くて大きくて圧があるからこそ生きる。守備と同時に攻撃にもなるプレーはブロックしかないし、喩え止められなくても上手いブロックは拾う事に直結してる。スパイクを止められないことは終わりじゃなくて攻撃の始まりだからね。身長が高いからこそ、ボールの起動は多少短くていいだろうし」
 ブロックについても束・シフトやテディケート・シフトの様に一種類ではない。試合では何を選んで何を捨てるかが重要になる。
 鴎台もブロックが強いチームだけど、チーム全体の威圧感というよりは完璧な守備と攻撃を淡々としていた。主にシフトを変えて対応。そもそも星海君というユースまで行く技術が高いスパイカーと昼神幸郎君と白馬君という技術のあるブロッカーと二メートルの長身ブロッカーがいるからこそ一番合っているのかもしれない。
 ネット側の攻防戦について考えていると、二年生で五対五をするらしく私たちもコートを取られない様にとその隣に素早く入った。

「今日はどうしましょうか!」
「てか、連日私が教えてばかりになってるけど、日向は木兎のとこ行かなくてもいいの?」
「あっち人足りてるみたいですし俺はこっちでやりたいと思ってるので!」
「日向は櫻井さんのなんなんだ?」
「………生徒?」
「弟弟子みたいな後輩だと思ってるけど」
 先生と呼ばれる程何かを教えられる様な自信は私にはない。でも、夏から日向と練習したり教えたりすることが多かった為そう認識している。
「おい櫻井。こっち入ってもいいか」
 声をかけてきたのは岩泉で、隣の体育館から避難してきたとのことだった。日向と黄金川君が挨拶したのに短く「おう」と答えると、岩泉はシューズの紐を結び直しながら話す。
「岩泉はどうしてこっちに?及川は」
「あいつは梟谷のセッターと話してたら木兎に捕まって、そのまま牛島と影山と試合してる」
「なるほど近寄りたくないな。
 ………とりあえず、日向は試合中の自分の位置取り。黄金川君はセットアップの練習をしたいんだけど」
「二対二か?」
「できれば三対三がいい」
「どうしてですか?」
「人数が少ないと、自分の役割が多いから練習したい事に集中できないでしょ?全部できる様にならないといけないけれど、今したいことはそれじゃないし」
「あと二人か………」
 向こうの体育館まで呼びに行くことはしたくないし、二対二でもいいけれど。そう思っていると、岩泉が声を上げた。
「おい京谷、お前入れ!」
「…………っス」
 京谷君は矢巾君に隣のコートで行われている二年生の試合に誘われていたらしいが、断って見ていたらしい。
 残り一人と思っていた時、通りかかった五色君に日向が声をかけたため三対三が決まった。
「チーム分けはどうしましょうか」
「学年は?俺と櫻井別れるか」
「その前に、京谷君と五色君は何かしたい練習とかある?」
「特には………」
「…………」
 あまり話したことがない二人だから、私から何か言うのもなと思っていると岩泉が口を開いた。
「京谷は自分が思ったことはすぐ口に出すし自己主張が強い。コースの打ち分けは上手いし、背筋あるからパワーもある」
「スパイクの時、通常のフォームより反ってるよね」
「ああ。………だがまぁ色々あってチームに馴染めてない」
 岩泉は京谷君のことを話してくれたけれど、なんか言い方が筆舌に尽くし難いな。『色々ある』については深く聞くつもりもないけれど、観た限り技術もセンスもある選手なんだと思う。
「あと、京谷はなんか昔のお前に似てる」
「は?」
 岩泉の一言に疑問符を浮かべていると京谷君は不服だったのか機嫌を損ねたと一目でわかった。
「………まぁとにかく。京谷はもっと積極的に練習参加しろよ。他の場所でできてここでできねぇなんて言わせねぇからな」
「…………ス」
 この二人、どんな関係なんだ。京谷君は岩泉を慕ってる様に見えないけれど、どことなく逆らえないみたいな、一線引いた様な対応だし。
 京谷君の話は終わったのか、岩泉は五色君に視線を向けた。
「五色のことは正直よく知らん!」
「………でも、白鳥沢のスパイカー枠に一年生の頃から入れるって事は相当だと思うよ。
 日向達は冬合宿で一緒だったんだっけ?」
「うっす!トスあげました!」
「キレッキレストレート!!」
 裏が無いとわかる日向と黄金川君による褒め言葉の応酬に、五色君は少し嬉しそうに胸を張っていた。
「それじゃ、学年は関係なしにポジションでグーパーしよう」
「セットアップはある程度できないとだろ」
「じゃあ必然的に櫻井と黄金川は別れるな」
 そうして五色君と京谷君の二人と三対三をすることになった。

 序盤はセットアップを合わせないといけないと、二人の様子を見ながら調整する。少しトスを合わせて指示を出すものの、やはり個人の技術が高いからかイメージと違っても揺らぐことはあまりない。岩泉の方でも彼が指揮をとってるみたいだった。
「ネットから離れてて良いから高く上げて。イケると思ったら突っ込んできて良いから。
 守備の時はブロックに飛ぶから、ストレートとクロスの位置取り注意」
「櫻井、さんはセットとブロックに専念ってことですか?」
「いや、攻撃もやる時はやる。守備も攻撃もいつだって全員ですること。但し、それぞれ得意なことは違うしその方法は問わないってだけ」
「………初日の左打ちとか」
「そうだね、できると思えば」
 京谷君は岩泉に先ほど協調性の話をされたからか、少しずつではあるけれど意見を口にする。一方、五色君は疑問に思った事や改善点を容赦なく言ってくれるから助かる。
 ネット越しに日向と黄金川君を見て、時折話しかける。日向は影山のトスを打ち続けているからか、黄金川君との速攻なんかはタイミングが合わなさそうだ。
「日向、ボールとの距離感考えて跳べ。影山みたいに合わせてくれないよ。黄金川君はトスの時もっと柔らかくていい」
「ハイッ」
「っス!!」
 そうしてミニゲームを繰り返し、キリがいいところで岩泉が「そろそろ終わるか」と声をかけた。
「あ、の……!」
「うん?」
 食堂に行こうと体育館を出ようとするところで、五色君に声をかけられた。何かあっただろうかと思いながら彼を見る。
「櫻井さんは、どうして牛島さんと張り合ってるんですか」
「………?」
 何だその質問。そう思っていると、五色君は辿々しくも話し始めた。
「白鳥沢のエースは牛島さんで、俺はあの人にずっと勝ちたいと思ってました。
 だから、何というか………あなたとあんな風にバレーをするあの人を見て、「ツトムが櫻井さんに妬いてるってよ〜〜!」
「!」
「うっわ、て、天童さん!?」
 突然声をかけてきたのは天童君で、話を聞いていたのか白布君も「お前はいちいちめんどくせぇ」と五色君に突っかかる。
「えっと………?」
「つまりね??若利君と対等な関係でバレーしてる櫻井さんが羨ましくて工はもやもやしちゃったワケ!」
「私と若利が対等………?」
「違う?俺は中高六年間若利君と同じチームでやってきたけど、この合宿で櫻井さんとバレーしてる若利君ってなんかいつもと違う様に見えるよ〜」
 その、いつもと違うってのはよくわからないけれど。
「………若利みたいなスパイカーになりたかったんだよね。
 初めて見た時、かっこいいと思ったから」
「は、」
「どんな策略も技術も、全部上からねじ伏せる一番強いバレーがしたいって思ってた。まぁ、無理だって知ってるんだけど。
 若利は凄い選手だから、自分なりにどうすれば勝てるか考え続けてるだけ。
 張り合ってる………というか、若利に勝ちたいだけだよ」
「、」
「………異性で、公式戦で戦えないのにって思う?」
 目指す場所は変わらないけれど、そこまでの道は決して一つではない。若利は私にとって昔から倒したい壁の一つで、同じコートに立つことがないからこそ目標の先に若利がいるんだ。
 
「私としては、若利といつだって戦える君らが羨ましい」

 そう言うと天童君と白布君は目を合わせた。
「………ま、俺がスタメンで入れたのは若利君って絶対的な大エースがいるからだろうし」
「俺は牛島さんにトスを上げるために白鳥沢きましたけど」
 凄い好かれてるなと思っていると五色君が声を上げた。
「俺は貴方にないものを持っているのに牛島さんに勝てない!
 張り合いたい、対等でいたい。それなのに」
「………いくら尊敬していても好きでも、その人になることはできない。お手本にしても、同じようになろうとするな。
 若利には若利のいいところがあるし、それは五色君が持っているものとは全くの別物でしょ?」
「………」
「それに、大前提として私は若利と対等じゃない」
「え」
 若利と自分が対等だなんて一度も思ったことがないし、この先もずっとそれは無いのだと思う。性別が違う。得意なことも体格もパワーも想いも違う。その時点で、決して対等ではない。
 私が試合で勝つのは私が今まで積み重ねてきた努力の結果であって、生まれ持った才能なんてものは若利や聖臣とは違って何も無いのだ。だから、超えたい。
「あいつは私にとっていつだって越えるべき壁で、道だから」
 五色君は天童君と白布君にもみくちゃにされて、私は答えになったんだろうかと思いながらも食堂に向かう岩泉に呼ばれてその場を後にした。
 必然的に岩泉と京谷君と共にすることになった私は、思い出した様に疑問を口にした。
「京谷君と昔の私が似てるって、何」
「そのまんまの意味」
「………岩泉って時々よくわからん」
 岩泉は口を動かしながら私をじっと見ていたけれど、頬張っていたものを飲み込んで言った。
「二、三年の微妙な空気の中でバレーしてるお前に似てる。
 まぁ、こいつは部活に来なくなったけど」
「え、でも上手いよね」
「ああ。だからどっか別の場所で練習してたんだろ?」
「………」
 京谷君は岩泉に一瞬目を向けたものの何も話さなかった。
「………どこでバレーをしようと自分がすることは変わらないけど、やっぱ場所って大きいよね」
「まぁな」
「………俺は、あんたが一番わけわかんねぇ」
「おい、京谷」
 岩泉が鋭い視線を向けるけど、京谷君はどこ吹く風で。でもそれ私が一番実感してることだからそこまで気にしないけれど。
「女なのに選手として参加してるとか。加えてあの人の女って。
 ………アンタ趣味悪ぃな」
「それ、よく言われる」
「は?おい櫻井………」
「あ、違うよ。及川と付き合ってるって中学のチームメイトに話したら総じて「やめといた方がいい」って言われたから」
「ああ………」
 岩泉は何かを危惧したのだろうけれど、彼が心配する様な事は何もない。何があろうと離れる気なんて更々ないけれど。
「………異質だって自分が一番わかってるよ。試合してる時も、今までやってきたやつら差し置いてコートに立ってる。
 まぁ、辞めないけどね。強い奴が立つのは当たり前だし」
「………嫌じゃないんすか」
「ん?」
「視線が、」
「ああ………」
 女だからとか、好奇心や疑心を込めた視線を向けられていることはわかっている。異性だから目を引くんだろう。でも、私は嫌でも慣れてしまった。
「………私は中一の夏にユニフォーム貰って、全国大会で活躍したのをきっかけに二年でエースって呼ばれ始めたんだけどさ。………言われたんだよね」
「?」
「一つ上の、三年生の先輩に。
 『あんたがいなければ、私がエースだったのに』って」
 これ話すの、なんだかんだ初めてだなと思っていると、岩泉は目を見開いてこちらを凝視していた。
「お前、それいつの話だ」
「中二の春。………今まで色々あったけど、私が勝敗に拘る様になったのって多分その時からだと思う」
 華とバレーができればそれでいいと思っていた。華のトスを私が一番多く打ちたいと思っていた。蹴落としてきた人なんて、見ていなかった。
 だから、梓さんにそう言われた時揺らいだのだ。
「………少なからず私のポジションにつきたいと思っている人は居たし、その人達を蹴落としているからこそ長く、多く試合をしたいと思った。…………まぁ、勝てば文句なんて言えないだろって思ってるところもあるけど」
「お前ほんとそういうところだぞ」
「………のびのびとプレーできるチームなんてどこにでもあるわけじゃないって知ってる。だけど、そういうのは自分も向き合わないと成り立たないってことも知ってる。
 確かに色々あったけど、あのチームがああだったから今ここにいるって思ってるし、その根本って全部及川だから」
 きっかけをくれたのも、チームで立ち位置が変わったのも。私が納得するまで何もしなかったのも、全部及川だ。
「…………聞き耳立ててんなよ」
 そう言いながら視線を向ければ、体を強張らせた及川がいた。
 トレーを持って私の隣に腰掛けた彼はそのまま会話に入る。
「………バレーしてる櫻井さんしか見てこなかったからあの日は制服で体育館に来たことに驚いたけど、中野先輩櫻井さんにそんなこと言ってたの」
「お前も大概だったろ。櫻井がバレー辞めるかもとか言ってたくせに」
「岩ちゃんそれ言っちゃダメなやつ」
「………及川がいなかったらやめてたよ」
「え」
 バレーを辞める選択肢が無かったのはお母さんや烏養さんに「中途半端は許さない」と言われていた事もあるけれど、それ以前に及川が私のバレーを肯定していたことにあるから。

『俺の、練習に付き合わせてるだけだから』
『努力で強くなったのなら俺もそれにあやかろうと思ってね』

 好きでバレーをしている及川が私のことをそう肯定してくれたから、間違ってないと思いたかった。繋心さんに聞きに行った。………絶対に言わないけど。
「………色々あったけど自分の行動に後悔はないかな。もう一度あの頃に戻るとしても同じ選択をすると思うし。
 あのチームに体当たりされたから今があるって思う。だから私は絶対に許さないしなかったことにもしない」
「ひどい女」
「知ってる」
「………趣味悪ぃって思ったけど、アンタも大概だな」
「は!?趣味悪いって何!!」
「こいつら、今はこうだが最初の頃毎日喧嘩してたからな」
「私、及川にくたばれ!って言われながらサーブ打たれたことあるよ」
「わわわわ……!それ一番言っちゃダメなやつ!!」



「あれ、律ちゃん?」
「………徹、」
 就寝時刻に迫った頃。私は一人宿舎のロビーにあるソファーでスマホを見つめていた。自分のバレーについて考えたくて、部屋にいたらそれもできそうになかったからだった。
 徹は飲み物を買いにきたらしく、水を二本買って一本を私に渡したのでお礼を言って受け取る。
「お疲れ様。何してんの?」
「フォームの確認。女子部屋でやったらみんな気を使うから」
「ふうん?優しいね」
 隣に座った徹はスマホを覗き込んできた。
「ん?これって、サーブ??」
「ん、繋心さんに昼前にとってもらったやつ」
 正面からスパイクサーブとジャンプフローターサーブを撮影してもらい、それの確認をしていたのだ。
「何でまた……サーブは一番得意だから改善点も何もないって言ってなかった?」
「そう思ってたけど、昨日みんなにサーブ教えてる時ちょっと思いついて。
 歩数とかトスを変えて試合の流れに対応するのも間違いじゃないけど、そもそも理想はサーブで点を取ることでしょ?何が飛んでくるか想像つかなかったら、私の武器はもっと映える」
「………ってことは?」
「スパイクサーブとジャンフロの誤差をゼロにしたい」
 歩数もフォームも、予備動作を全く同じにしてどこからどう飛んでくるかわからなくしたい。そう伝えると徹は引きつった笑みを浮かべた。
「何それ……怖いこと考えるな………」
「相手にしたら厄介。ボールを上げなきゃバレーは始まらない。
 初っ端のサーブは何としてでも上げなきゃだろうし、その分プレッシャーもある。だから私は挑戦したい」
「ハァ〜〜〜………」
 大きなため息をついた徹は「いや、そういうとこほんと好きだけど」と言った。
「律ちゃんのストイックなとこ、かっこいいし。
 で?できそう?」
「どうかな………まぁ、できそうかどうかはあまり関係ない」
「でしょうね」
 やろうと思ったらやり通す。それが私だ。
「………もっとそっち詰めて」
「え、何で。俺も見たい。てかくっついてたい」
「いいからはい、端っこ寄って」
「ええ〜〜〜!せっかく二人っきりなのに!」
 名前呼び許してるから距離も気にしなくていいしネタバラシしたんだから今更じゃない?なんてぶつくさ文句を言いながらもソファーの端っこに寄った徹はペットボトルに口をつけた。
 私は履いていたスリッパを脱いで横になると、徹の膝に頭を乗せる。
「やられた………そういう、クソ」
「何でそう悔しそうなの」
「ツンからのデレ………切り返しが相変わらず鋭利すぎる」
 そう言いながらも嫌がるそぶりは全くなく画面を覗き込みながら私の髪を撫でる。太腿は硬いけれど、私はよくソファーで横になって映画を見るから心地よかった。
「でかい猫みたいだな……」
「嫌い?」
「好きだよ?大好きだよ」
「ふふ、よかった」
 スマホを放って徹の顔に手を伸ばすと、自ら頬に添えてすり寄ってきた。
「……律ちゃんが昔の話をするとドキっとするんだけど、ああ言ってくれてよかった」
「徹も大概気にしてるよね」
「うん、好きな女の子が自分のせいで傷ついたことには変わりないから。だから、これからも迷惑かけるけどいっぱい返していくし離れるつもりもないよ」
「嬉しい」
 掌に口付けて私を真っ直ぐに見つめる徹にむず痒くなって、妙に緊張した。家じゃない。白鳥沢の宿舎なのに。
 口元から手を離して互いに絡ませあうと、視線は交わらせたまま上体をかがませる。
「キスしていい?」
「…………聞かないでよ」
 この距離で、確認なんてしなくていい。今更でしょう。
 そう思いながら目を閉じると柔らかい唇が降ってきたから、もういいやなんて受け入れた。
 
    *    *    *

 誰かいるのかと思いながら飲み物を買いにロビーに向かうと、ソファーに及川が座っていた。話し声がするということはもう一人いるのだろうが、ソファーから見える体は一つだけ。でも、俺は目敏く反対から伸びる爪先を見つけてしまった。
「好きだよ?大好きだよ」
「ふふ、よかった」
 何となく見てはいけないものを見てしまった気分になって、動くこともできずその場にとどまる。
 
 告白して「及川のことが好きだから」と振られて、それでも友人で居続けて。春高で追いかけるのは辞めると決めたものの、積もりに積もった想いだからそう簡単に綺麗さっぱり消す事はできなくて。律が俺を突き放さずにいるのは、俺を友人として信頼しているからだと思うとそれもやっぱり悔しくて。
 合宿初日に二人のキスシーンを見せつけられて、思いっきり牽制されたと感じた。まあ、自分の彼女が他の男と仲良くしていたら嫉妬くらいするんだろうなとは思った。突然の事に確かに驚いたけど、それ以上に羨ましかった。
 でも、及川が不意打ちでやったキスより、俺が聞いた事ない声で及川と話す律の方が痛く感じるのはなぜなんだろう。

 ダメだな………諦めるって決意したのに全然諦めきれない。

「黒尾?」
「、岩泉………」
 現れたのは及川の幼なじみで、律とも仲の良い岩泉だった。聞けば、律とは中学三年間同じクラスだったらしい。
「何してんだ………って、及川?」
「いや、律もいるっぽくて」
「………お前、櫻井こと好きなんだろ」
「それ、本人に言う?岩泉君てなかなか言うネ」
「真面目な会話をはぐらかすところ及川にそっくりだな」
 櫻井とお前が仲良いのもわかる。
 そう言われて、少しカッとなった。
「だったら……」

 俺でもいいだろ。

「だったら?何だよ」
「………や、何でもねぇ」
 馬鹿か俺は。
 律は誰かを代わりにするような女じゃないし、そもそも始めから及川のことが好きだっただろ。
 ただ、昔の話を本人に聞いて知っているから思い出すんだ。初夏に電話越しに聞いた泣き声と本音を。
「…………別に、今更あの二人を邪魔したいとかじゃない。
 好きだから、お前らとも仲良くしたいって思ってる」
「………」
「でも、やっぱお前らの距離感が羨ましいんだよな………」
 初めて見た時から律は俺の憧れで、それが恋に変わってからも想いは募るばかり。そう簡単に捨て切れるものでもない。
 同じ学校に通いたかった。いつでも会える距離にいたかった。隣に立って歩いて、時にぶつかって支え合って。
 …………そんな、そんな関係になりたかった。
「お前………良い奴だな」
「え、今更??」
「あいつらは若干共依存みたいなところもあるからな。普通の友人って立ち位置も大事なんじゃねぇの?」
「………それでも、律が一番に考えてるのは及川だろ」
 例えばの話。崖から俺と及川が落ちそうになっていたら多分律は及川を助ける。俺はそれが嫌なんじゃない。ただ、嫌だと思わない自分が嫌なだけだ。
「そうかもしんねぇけど、そうじゃねぇよ。櫻井はいつだって周りを見てるようで全く見てないからな」
「…………辛辣だね?」
「どれだけ俺が振り回されてると思ってんだ。
 櫻井がお前の想いに応えることは多分一生ないけど、あいつはお前から離れることもねぇよ」
 今の位置で満足しないといけない。これ以上先に進めない。それでも良いと思ってしまうことが嫌だなんて矛盾しまくりで、どんどん先に進んでしまう彼女に置いていかれることはないとわかっている。
「………知ってるよ」

 ああ、嫌だな。

 そう思いながら一歩踏み出した。
「みんなが見てないところで逢引ですか〜?」
「!くろちゃん」
 思っていた通り、律は及川の膝の上に頭を乗せてソファーに寝転んでいて大勢もそのままに目を開いて俺を見た。
「ラブラブだね」
「…………まぁね」
 気にしてませんよ、とでも言うかのように自販機でスポーツ飲料を買った。
「律ってさ〜」
「な、何?」
「俺と及川と岩泉が崖から落ちそうになってたら誰助ける?」
「は?」
 何だその質問。と副音声が聞こえてきそうだった。三人揃って全く同じ顔をしている。
「…………普通二択じゃない?」
「ん〜〜………そうだな」
 でも、俺と及川なんて言ったら僻んでるように聞こえそうで咄嗟に濁したのだ。
「じゃあ、三人中二人助けるとしたら」
「…………鉄朗と岩泉を助けるよ」
 律は俺が思っていた回答と全く違う答えを出した。絶対に、及川と岩泉だと思ったから。
「え、俺死ぬの?」
「うん。ごめん及川」
「じゃあな」
「酷くない!?」
「鉄朗も岩泉も仲が良い友人だから長生きしてほしいし。
 ………二人を助けて及川と死ぬかな」
「、」
 想像以上の答えに、息が詰まった。
「友達を見殺しにしてまで生きたいとも思わないし、及川に私が選ばせるところも見せたくない。でも、及川一人を殺す気もないから」
 本当にコイツは………及川のことが大切なんだな。
「俺はお前らにどれだけ振り回されれば良いんだ?」
「一生」
「一生って………」
「嫌じゃないくせに〜!」
「うるせぇ」
 律と近い距離にいられる二人が羨ましかった。俺もそうなりたいと思っていた。
 でも、今も昔もどんな事があっても……それこそ律がどんな目に合おうとも通常運転で会話できるコイツらを、初めて俺は怖いと思った。
「ふっ………はは!」
「え、何。クロちゃんが壊れたんだけど」
「どうした突然」
「はは、いや、何でもな……っはは!!」
 多分俺はこの先も律のことが好きなことは変わらないと思う。でも、今この瞬間「好き」と「付き合う」は別だなと思ってしまった。
 何だよ、簡単だった。
 支え合いたいし、いつでも一緒にいれる距離にいたい。その想いはこの先もずっと変わらないのだろうけれど、俺は多分律の望みを叶えられない。
 
『自分のせいで彼女が地獄を辿るとすれば、君はどうする?
 何とかしたくて、動き出したくて仕方ないのに、彼女の一番の望みが『何もしないで』だったら?……黒尾君は、動く?』
 
 動くよ。律が傷ついてる姿なんて見てられないから。たとえそれで嫌われようと、俺は動かずにはいられない。及川の様に、一緒に全てを背負って歩いていけない。

「いや〜…………怖いね!キミら」
「??」
 俺は一生律の友人で、ファンでいいや。
 俺は丁度良い距離で、好きな子の笑顔を見守っていよう。



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