今日はついに合宿最終日。朝食を潔子と並んで食べながら皆の様子を横目に見ると、初日のピリついた空気とは違い和やかな雰囲気だった。ちらほら他校にもかかわらず和気藹々としている人も見え、決まって話すことはバレーのことだった。
 そんな中で、鷲匠先生の声が響いた。
「今日は三年もそれぞれの学校に混ざれ」
 関東勢は昼過ぎの新幹線で帰るため、午前中で終わりだ。
 昨日と同じメンバーで試合かと思っていたけれど、一セットマッチの総当たり戦を行うらしく、コートは四面使いたいのだとか。三年生の出場については、自身のチームの監督に任せるらしい。
 食べ終わり片付けも素早く済ませると、誰も来ないうちにとサーブの練習をしに体育館へ向かった。

「櫻井はともかく、俺たちは………なぁ?」
「新しいチームが出来るところに入って邪魔したく無いしな」
「…………私、今のチームの邪魔してる?」
「イヤイヤイヤイヤそういうことじゃなく!!!!」
 繋心さんに再び動画を撮ってもらいつつサーブの改善をしていると、選手が集まってきた。ウォーミングアップの空気の中、澤村たち三人が繋心さんに今日の試合は見る専でいたいと話し始めたのだ。
「あれだろ?
 日向がブロッカーじゃなくてスパイカーについたって話!」
「引退してから、後輩《アイツら》がどんなバレーしてるのか見てなかったから。この機会に見せてもらおうと思って」
 三人が抜けて、まずスタメンに起用されたのは縁下と成田。縁下は新主将としてチームを引っ張っていかないといけないし、ピンチサーバーにフローター組を置くという繋心さんの考えもわからなくなかった。
 でも、成田の代わりに日向をスパイカーに変更したことで今まで以上に日向が攻撃に専念できるようにして、ブロッカーに月島と付き合いが長くジャンフロを打てる山口を置いたことで前より一層攻撃的なチームになっている……と、思う。
「櫻井が言ったんだろ?日向のポジション」
「………まあ。影山に日向の使い道について聞かれてたし」
「日向にできることが増えたからこそだな」
「最初は手探りだったからなぁ〜」
 それもそうだけど、スパイカーの意思を尊重することを影山が覚えたことにも繋がってる。
 あれから一年経ったのだ。そして、また新入生が入ってきてチームが見違えたように変わっていくのを感じる。勿論一年生が凄いだけではなく、武田先生や繋心さんがいたから。みんなで全国まで行くことができたんだとわかっている。
 今のスタメンには一年全員入っているため木下と成田は二年なのに、と思うこともあるかもしれない。それでも、私が提案した時口にされた言葉を信じている。
 総当たり戦では日向や田中と交代して試合に出してもらった。私以外にも及川や若利、夜久君も出ている時はあるみたいだ。
「………田中、サーブ決まるようになったね」
「、」
 試合を見ながら田中を褒める潔子をそのままじっと見つめる。
 潔子がこうもストレートに田中を褒めることなんて、滅多に無いものだから珍しく感じた。
「何?」
「いや、夏みたいに、田中のこともっと褒めればいいのに」
 そう言えば夏に「田中は肩が強いから」と仁花ちゃんに話したところ過剰に喜んでいた田中を思い出したのか、潔子はフッと私から視線を田中に向けた。
「…………だって、調子乗るでしょ」
「田中は、乗らせておいていい性格してるよ。
 わかってるでしょ?」
 それに、コートの横からあの時と同じように褒めているのに田中はこちらの事など気にしていないように集中している。
 私は当時いなかったから知らないけれど、田中と潔子がこうなったのは今の二年が入部してきた初日、初対面で「結婚してください!!」と言われたかららしい。それから猛アプローチを田中は続けているけれど、潔子は綺麗にスルーし続けている。まぁ、あれだけ続けられたらもはやネタみたいに見えないこともないけど。
「………この先そう簡単に会えなくなるんだし、連絡先知っててもお互い何か話したりって滅多にしないでしょ、どうせ」
「まぁ…………え、というか何で律って………え?」
 潔子が少し照れ臭そうに、驚いたように私を見てくるものだから少し面白く思って笑ってしまった。

「だって、潔子っていつでも真っ直ぐな人が好きじゃん」
「嘘でしょ…………!」

    *    *    *

 総当たり戦の終わりが見え始めると、残り一試合はできると言った鷲匠先生が三年生の一部のメンバーを集めた。それは、今後もバレーボールを選手として続けていくと決めている人で私を入れて八人。
「お前らが試合に出す選手を決めろ」
「え、」
 最後に三セットマッチをすると言われた。呆然としていると若利がすかさず「それは、参加選手全員からですか」と質問し、それに頷いた鷲匠先生はこの試合が終わったらすぐに始めると言って背を向けた。
「………チーム分け、どうする?」
「一、二年も誰入れようか」
 困惑しながらも話を進めようとする彼らに視線を向けると、なぜかこちらを見ていた若利と目があった。彼はチラッと及川を横目に見て、スッと目を閉じた。
 …………本当に、こいつは。
 私はすぐに振り向いて、あの二人を探して呼ぶ。
「………日向、影山!」
「はい!」
「?」
「おいおい律さん???」
 駆け寄ってきた二人の腕を掴んで、若利を一目見た。彼は目を見開いて、フッと笑った。
「私、影山と日向と同じがいい。若利は、及川と組んで」
「っっはぁぁぁぁ???櫻井さん???誰と、誰がって?」
「及川徹、牛島若利にトスをあげて」
 及川はワナワナと震え出したかと思うと、これでもかというくらい歪んだ顔をして、ゼッッッッタイ嫌だね!!!と叫んだ。
 だと思った。そして及川は影山を指差して反論を続ける。
「だいたい何でコイツと!?飛雄と組みたいって言う律ちゃん、ほんと、もうっ〜〜〜〜クッッッソだな!!!」
「語彙力どうした」
「完璧に合わせられるセッターは影山しかいない。頼んだ」
「これから試合ってことですよね!」
「はいわかりました」
「おい飛雄!!チビちゃんはともかく、飛雄……!!」
「…………この二人、本当に付き合ってんの?」
「あはははは」
 若利は及川のトスを打ちたいと昔から言っていた。でも、私はそれを絶対あり得ないと思っていた。だから、きっとこれが最後のチャンスだと思ったのだろう。若利はこれで空気が読める人だから率先してバランスを壊したくなかったのだ。そして、及川と同等もしくはそれ以上の実力を持つのは影山しかいない。
 私に視線で訴えてくるなんてと思ったけれど、確かにこれは私しか口に出せないよな。若利が及川のトスを打ってみたいと思っているなんて、知ってるのは私しかいないかもしれない。
「まあまあ!いいじゃん!!」
「影山と及川でセッターは決まりだな」
「じゃあ俺らもポジションで別れていくか?」
「誰入れるかにもよるけど、確かに候補が多い分そっちの方がいいな」
「ちょっと!」
「律がやる気なんだし、それでいいじゃん!」
「及川は櫻井と組みすぎだろ」
「及川と牛島君は同じチームね」
 揉めつつも及川を嗜めつつメンバーは決まった。控えの選手も入れて一チーム八人で、私たち以外は一、二年生で埋めた。
「ケッ!!!しょうがなくだからな!
 律ちゃんに言われてしょうがなく、上げてやる!」
「ああ頼む」
 確かに若利の友人として彼の力になりたいと思ったけれど、私が戦ってみたい思いもある。それに、今までずっと倒すべき敵だったからこそ及川には若利のことをよく知るためにトスを上げておいて欲しい思いもあった。
「ヘイヘイヘーーーイ!!!アゲてくぞお前ら!!!」
「フーーーゥッッッ!!!!!」
 アガル木兎に合わせて日向と灰羽君を見た研磨君の顔が引きつっているのが見えた。
 私は全員話したことがあるけれど、そうじゃない人もいるから試合中に新しいことをし続けなければ。だけど、考え続ける点では今までと何ら変わらない。
「……それじゃ、影山。うまく使ってね」
「っ、はい」
 こちらのスタメンは私、木兎、日向、影山、鷲尾君、灰羽君で灰羽君が後衛の際交代でリベロに夜久君が入る。控えにいるのは京谷君だ。
 対して向こうのチームは若利、大平君、五色君、及川、青根君、月島、二口君でリベロは山形君だ。正直言って圧がえぐい。
 この合宿最後の試合だと意気込み、試合進行を選手に伝えた。

    *    *    *

 全学年混合の試合は中々のメンバーが揃っており、観る側としても面白い組み合わせだと思った。パワーと高さで殴る牛島のチームに、個々の技術は勿論それを掛け合わせて全員で攻撃をする律のチーム。第一セットは二十五対十六で牛島達の方が取り改めて『バレーは高さの球技』だと実感したものの、第二セットでは案外ラリーが続いている。
「櫻井さんの左打ちもよく決まりますね!ところで、両利きの選手はあまり見かけませんが、どう違うのでしょうか」
「律は簡単にしてるが、スパイクやサーブの時打ち分けるのは相当難しいと思う。フォームや助走一つで、全て変わってくるだろうからな。それに合わせるセッターも勿論な。
 んで、律が左打ちの上達が早いのは、中学の時挑戦しようとした事があるからだ。その時は全然うまく行かなくて、左打ちが出来なくても試合には勝てると諦めたと思ってたんだが…」
 完全に諦めたことはなかったんだろう。夏に本格的に練習を始めたとは言え、いくら何でも上達が早すぎる。
 小さい頃から徹底してきたボールハンドリングで、いついかなる時も自在にボールを操る事ができる。だからこそ、上達は早いんだろうな………まぁ、それをやりたいと言って合わせてくれるセッターもセッターだが。
「律の左打ちに合わせられるセッターは影山と及川だけだな」

    *    *    *

「うおおお!?櫻井先輩カッケェ!木兎さんもカッケェ!!」
「ヘイヘイヘーイ!!どんどん行くぜ!!」
 若利のスパイクを拾って影山に返すと、木兎が決まってやり返してくれる。その流れができたからこそ二セット目はラリーが続くようになった。
 若利が後衛の際、鷲尾君と交代で夜久君が入り灰羽君と日向がブロックに飛ぶから壁が薄くなる。ブロックで叩き落とせるならその方がいいと思って長身の灰羽君にしたけれど、やはり後ろを抜かれることもあるのだ。
 ブロックはストレートをしっかり締めるように話した。
「どうやって、」
「若利のスパイクはブロックでドシャットが一番の理想だよ」
「……ウィッス」
「でも、今日は後ろに夜久君がいるからね。若利との戦い方はこの合宿で散々相手にしてきたし、拾い方も考えた」
 元々凄いリベロだったけれど、この合宿内でもレシーブの腕前が彼以上の選手はいないだろう。
「おう!後ろは任せろ!!」
「………でも、低身長の日向が狙われる可能性もあるから私はそれ警戒して下がってるけどね」
「クロスは夜久さんが拾いまくってますしね!」
 ある程度同じ流れが続いてきたら、火力を上げたい。
「変人速攻に向こうのブロッカーがついてくんのは厄介だな」
「二口君と青根君ね。伊達工は徹底したリードブロックだから、鴎台みたい」
「わかる〜〜!」
「次のサーブで日向と京谷君交代。影山はセットアップ注意」
「ウッス」
 私のサーブから始まり、鷲尾君、影山、木兎と強いサーブが続く。そろそろそっちも変化をつけたい。
 京谷君が入ってくると「昨日の様にやっていいよ。影山なら合わせられるから」と伝える。私もトスを上げたし、問題ない。
 第二セットは二十一対二十五でこちらが取った。

「夜久さん、いつにも増して拾ってますね!
 全国三本指のウシワカなのに!」
「イッテェけどな………」
 休憩中腕を冷やす夜久君に灰羽君が話しかけていた。
「でも、それでも凄いっす」
「確かに夜久君は凄いけど、漠然と『凄い』だけじゃだめ」
 スパイクでもブロックでも点を取れるあちらのチームだけど、中心の火力はやはり若利だ。全員で対応しているけれど、拾い続ける夜久君は並じゃない。
「思ったんですけど、夜久さんって牛島さんが助走に入った時とジャンプの時で位置が違いますよね。普通と違うタイミングで動いてる……?」
「お!!チビちゃんよく気付いたな」
 笑顔で日向に答えた夜久君に灰羽君が何かを言いたげにしていたけれど、飲み込んで私の方を見た。何だろうと思っていると、灰羽君が飲み込んだ一言を思いっきり木兎が言った。
「チビって!日向もやっ君も身長そこまで変わんねぇだろ!」
「ウッセェ!!京谷に見せ場持ってかれても腐んなよ!!」
 騒ぎ出した二人を放置して、夜久君の拾い方について話す。
「………基本、スパイカーはある程度相手コートのポジション位置を確認して助走に入る。打つ瞬間は一瞬だから、どの位置に打ち下ろすかを事前に正確に判断する。日向みたいに、いつでもはっきり見えているってのは稀なんだよ。
 ……だから夜久君は自分を使う。ストレートしっかり閉めてブロックアウトにもフェイントフォローもいるなら、クロスに打ち下ろしてくる。わかってるんだから、全部守ればいい」
「そこがわかりません」
「どうやってるんですか!」
「………後ろで守ってたら、前に打ち下ろすでしょ。
 後ろ守ってるって見せかけて打ち下ろす時前に出るだけ」
「……!!」
「若利はある程度はパワーで吹き飛ばせるってわかってんの。コース完全に絞ってボールよく見て落ち着いてレシーブすれば返せる」
「でも、左だぞ」
「そこが、夜久君が凄いリベロってことだね」
 若利はパワーがある上で左の回転もあるので慣れるのに時間がかかる。それでも合宿初日から夜久君は拾えていた。
「音駒の試合の慣れ方と進め方は異常なんだよね。
 何しても対応が早い。その辺、この合宿で対戦しただろうし京谷君もわかるんじゃない?」
「…………まあ」
 これで打つ場所が無い事や拾われるストレスから若利がミスをしてくれれば『守備の完成形』だ。
 笛が鳴り、先ほどと同じメンバーで行くとコートに入る。
 さあ、私が彼らとする最後のバレーだ。

    *    *    *

「………及川」
「あ?何」
「お前は櫻井が【女帝】と呼ばれている理由を知っているか」
「……?何、突然」
 第三セットが始まる前、試合の流れについて確認していると牛島がそんなことを話し始めた。何だってんだ試合中に。そう思いながら訝しげな視線を向ける。牛島の言葉に反応したのは、櫻井さんと同じチームで後輩のメガネ君……月島君だった。
「単純に強いからとかじゃないんですか?」
「それもあるが………正確に呼ばれ始めたのは中一の冬だ。
 自由自在にボールを操って、真似できない様な独自のプレーをする事がある」
 トスに見せかけての左打ちや、振り向きざまに狙ってエンドラインに落とすこと。極め付けは、オーバーヘッドキックの様に足でも自在にボールを操るセンス。
「それは、才能とか云々の話?もしそうだったらぶん殴るよ。
 それは地道に続けてきた練習の積み重ねで身についた技術で「わかってる。
 ……努力を怠ることなくいつだって本気で上を目指してきた。練習で技術を身につけて、バレーをしていない時も試合のことを考え続けて。強くなるためには、勝つためには……アイツは、仲間どころか敵さえ操る。だから女帝と呼ばれているんだ」
「………?」
 何が言いたいんだこいつは。
 そもそも【女帝】というあだ名を櫻井さん自身が嫌っているからこそ、妬みや僻みから呼ばれているものだろうと無意識に思っていたこともあるのだけど。
「夜久がレシーブしやすいよう俺のスパイクコースを絞った」
「、それは灰羽達がストレート締めてたからでは」
「…………正確には、コースではなく打つ場所、だな」
 合宿初日からいろんな人にアドバイスを求められてはそれに真剣に答える彼女だった。夜久君に牛島の対処法について教えていたからこそ五日目にして完璧に拾えるようになっているのだろう。
 コートに入ると、ネット越しに牛島が櫻井さんに話しかけていることが聞こえた。
「お前は………相変わらず凄いな」
「若利は相変わらずかっこいいね。
 ………高さとパワーでぶん殴ることほどかっこいいバレーはないと思う。だから、うち抜けるもんなら打ち抜いてみろよ。西谷とか夜久君みたいなレシーブの技術はまだ私にないけれど、私はお前に勝つことを考えてきたからね」
「俺もだ」
 この二人がどこでどのように出会い、何を話してきたのかは知らない。それでも、会話と空気からこの二人の間にはバレーしかないのだとわかる。
 性別が違えど倒すべき敵で、互いにライバルだと認め合っているみたいだ。……………腹立つなぁ。
 腹立つけど。それでも、櫻井さんが楽しそうだからいいかと思ってしまう。そして、俺も彼女に勝ちたいと思っているからこそ負けられない。

    *    *    *

 試合も中盤、京谷君のえぐるようなクロスと木兎のクロスとストレートの綺麗な打ち分けは影山によって本領発揮していた。
 点差はこちらがリードしており、このまま勝ちたいからこそ新しいことに挑戦して流れを変えなければ。無茶してイヤな方向になることもあるだろうけれど、これが練習試合だからこそ試さなければいけない。
 次のサーブは私。ここから一気に取ってやると思い、エンドラインに向かいながら指先を合わせて目を瞑り歩いた。
 思いついたのは三日目のサーブの講習会の時で、ろくに練習もできてない。それでもしない理由にはならないし、今だからしなければいけないと思った。だってこれ、練習試合だし。
「ナイッサー!!」
 ボールを受け取り、サーブの打ち方について教えてもらったことを脳内でリピートする。
 脳裏によぎったのは、昔烏養さんに言われたことがある理想の選手の話だった。
 
「………ごめん」

 笛が鳴った瞬間そう呟いて、トスを上げた。
 エンドラインから少し離れた位置に立ち、いつもと違う助走距離で、いつもと同じようなフォームでボールを放つ。ネットに勢いよく当たって、それは向こうのコートに落ちた。
「クッソ腹立つ!」
 ファーストタッチは及川で、そのまま若利が打つ。スパイクは真っ直ぐ夜久君の方へ向かった。
「チャンスボール!」
「オーライッ」
 影山は木兎にトスを上げて、スパイクが決まった。
 よし、まだ私の出番。
「フー………」
 長く息を吐いて、先程のサーブを思い出す。うまく行ってたから、できるはずだ。だって私は、自分が思っているよりも何だってできる。
 先程とは違うトス、同じ助走、違う叩き方で勢い良く飛んで行ったボールは、狙った場所《若利の目の前》で後ろに伸びた。
「………っ、シャア!」
 思わずガッツポーズをして若利を見ると、彼は驚いたような悔しそうな微妙な表情をしていた。
 
 自分が思ってる以上に、何でもできる。……できた。
 私は、何にだってなれる。
 
 ナンバーワンよりオンリーワンでもない。唯一だからこその一番だ。完璧を目指しても完璧なんて存在しないのだから一向にたどり着くことはできない。だから私は特別になりたい。

    *    *    *

「……すまん」
「今のは仕方ないんじゃない?」
「今の、ジャンフロ!?」
「できるっては聞いてたけど、一瞬で目の前」
「後ろに伸びたな………」
 嫌なもん見たと思いながら反対を見れば、決まったサーブに喜んでいる面々が言えた。サーブを決めてガッツポーズをした櫻井さんを見るのも、初めてだ。
「ったく、どこまでサーブの選択肢増やすんだよアイツは!」
「右左に加えて二刀流……軟打もサラッとやってくるからな」
「いや………一番怖いのはそこじゃないんだよ」
 やると教えてもらったのは昨日で、思いついたからこそ絶対にまだ完成していなくて。俺自身やらないだろうと思っていた。
 というか、ネタバラシしてもらった俺の目の前でそれをするなんて本当に彼女は。
「性格悪いなぁ………」
「は?」
「思いっきり悪口だろ今のは!ウケる」
「とりあえずタイムとるね」
 笑う二口君をスルーしてタイムアウトをとると、櫻井さんのサーブで持っていかれるのは今更じゃないか?なんて言われる。
「櫻井のサーブの説明か」
「そう。
 とりあえず、知ってると思うけどあの子は右と左のスパイクサーブにジャンプフローターができる。ジャンフロは最近してないって言ってたから、右しかできないと思うけど。
 で、彼女の一番凄いところは反復練習で自然とできるようになったコントロール。狙った場所に確実に落とす。
 サーブの時何をどう変えるかによって落ちる場所は変わる」
 助走距離、トスの高さ。ボールの打ち方や場所。そういうのを、全部無意識で変えられることだ。この辺は三日目にサーブを教えていたから牛島はわかってるみたいだった。
「さっきの一本目、試したんだよ。多分、初めて意識的にどこも狙わなかった。でも、身に染み付いたボールコントロールと持ち前の空間認識能力で絶対にボールはこちら側に落ちる。
 狙った場所以外に落ちる事が櫻井さんにとってはミスみたいなもんだから……」
「で、二本目は?」
 サーブの説明なんて今更じゃないかと思われるのだろうけど、ここまでできるだけでも凄いのに更に上を目指すから厄介。
「一本目と二本目、助走距離も飛び出し方も多分同じだった」
「は、」
「見ただけじゃ直前まで何を打ってくるかわからない」
「は??」
 ほんと、全部うまいけれどサーブだけは誰にも負けないよね。
「稲荷崎の宮さんが歩数で二つのサーブを使い分けてたけど、櫻井さんはそれを潰したってことですか」
「そういうこと〜〜〜さすがだね、ツッキー」
「よくわかったな、及川」
「昨日の夜、本人に教えてもらったからね」
「は?」
「スパイクサーブとジャンフロの誤差をゼロにしたいって」
 本人に聞いたといえば、さっきまで笑っていた二口君が性格悪っ……と呟いた。ほらみろ。
 昨日の今日でこれだよ。普通、ありえないでしょ。
「…………怖いなぁ……かっこいい」
「全く………櫻井が異性で良かった」
「そこだけ、気が合うね。
 ………絶対にサーブを拾ってスパイクで切らなきゃ」
 しょうがないから、彼女に言われたから上げてやるとこいつに言った。でも、それじゃダメだ。六人で強い方が、強い。
 俺がこれを牛島に言う機会が来るなんて、全く思わなかった。牛島を真っ直ぐに見て言う。
「絶対決めろよ………打たせてやる」
「!………ふっ」
「なぁに笑ってんだよ!
 そんな余裕あると思ってんのかお前は!!」
「無いな」
 俺たち六人で対処しなければ彼女には勝てない。
 思えば、此奴のスパイクを間近で見るのも何を考えているのか知ろうとするのも、初めてかもしれない。

    *    *    *

『自分が思ってる以上に、何でもできる』だから烏養さんは、私を見送ったのかな。なんて、思ってしまった。
 私が烏養さんと初めて会った時、彼は烏野高校でバレー部の監督をしていた。小学二年生で華と一緒にバレーを始めた私は大会とか勝負事とか心底どうでも良かった。でも、華のトスを打つのは私でありたいと強く思っていたから、ユニフォームがもらえないことが悔しくてしょうがなかった。
 セッターよりスパイカーの方が人気で、上級生も下級生にも足りすぎるくらいいた。華は四年生でユニフォームを貰い翌年には正セッターに選ばれたけれど、私がユニフォームを貰ったのは六年生になる頃、上級生が卒業してからだった。
 小学校のクラブチームは年功序列がいい所で、年上がいなくならないと試合になんて出られなかったのだ。実力重視で上に行ける中学時代は、それを思えば良かったのかもしれない。

 監督《教育者》にとっての良い選手とはどんな選手なのか、烏養さんと話したことがあった。こういう人がチームにいれば、と聞いて。その後「宇内に身長があればなぁ」なんてぼやいていたけれど、大事なのは体格じゃないって知ってる。
 より身長が高くて、技術もポテンシャルも高い選手を選ぶのは当たり前だけど、私には高さもパワーもスタミナもない。
 だからこそ全部できるようになって、唯一個人で行う最大の攻撃を磨き続けた。
「………私は全部できるし、サーブ以外もまあまあ完成度高いかもしれない」
「まあまあじゃ無いよ?かなり高レベルだよ??」
「ありがとう。
 でも、できる事と使いこなす事、極める事は違う。
 繰り返し練習して決まった動作ができる様になったら、それをどんな状況でも適材適所で出せるようになるのが使いこなす事。それを更に磨いて、他の誰よりも強く早く常に最大の力で出せるようにするのが極める事」
「………」
 私はずっと、昔からサーブばっかり練習してた。アンダーができるようになったらオーバー。それも拾われる様になったらジャンフロ……女子は対応が柔軟で、アンダーでもオーバーでもきっちり返してくるから、取らせない。もしくは逸らす様にジャンプサーブを強化した。怪我をして、右腕がダメになって左打ちを覚えた。………それが、私の一番の武器になった。
「………自信を持って一番の武器がサーブって思ってたけど、ただの武器じゃない。サーブは私が唯一極めた武器だ」
 ずっと一人で練習していた時間も、決して無駄ではない。
 一つの武器を極めてしまったら他の武器もそうすればいい。基礎も学び方も、考え方も私は烏養さんに全て教えてもらった。だから、もう教えることはなくなったのかもしれない。
 春高予選で嶋田さんに「烏養監督が昔言ってた」と言われた。それくらい、烏養さんの考え方は私に染みついているのだ。
 それが嬉しくもあり、この先烏養さんに教えてもらうことがないと宣告されているから悲しくもある。

 かと言って手を抜くことは言われるまでもなくしないけれど。
 タイムアウトが終わり、先ほどと違う顔つきになった及川がこちらを見ているのに気付いた。
 
 全力で来い。お前らを喰らって、私はもっと上に行く。

 そんな思いでトスを上げた。

    *    *    *

「………なんか、まだこうして揃ってんのが不思議な感じだ」
 最後の試合は私たちの勝ちに終わり、コートを撤収してからクールダウンをすると全員食堂に集まっていた。
 私は肩のアイシングがあるから先に始めておいてくれと伝えており、遅れてそこに向かうと学年も学校も関係なくそれぞれが和気藹々と好きに鍋を囲んでおり、試合中とは違う和やかな空気が流れている。
 お昼ご飯で鍋か………なんて思うけれど、まぁこの人数だし外は寒いし夏のようにバーベキューは難しいよな、と納得する。
 目敏く入ってきた私に気付いた繋心さんに飲み物をもらって、そのまま何となく話し始める。
「普段は敵同士だし、ネット挟まないで絡むことってそこまでないよね」
「だな」
 私も、今回の合宿で男子に混ざって練習したり試合していたけれど、学んだことは多くある。そして何より、楽しかった。
 ずっと彼らの隣に並べないと。同じ土俵で争うことはないと思っていたから、一緒に練習して教えあって。ネットを挟んで戦って。全力で試合に臨んで、自分が持っている力を十二分に出し切れたのも初めてだったかもしれない。
「…………良かった」
「ん?」
「や………この先のことなんてわからないけど、今は…………
 今は。彼らとバレーできただけで、間違ってなかったなって思えたから」
「─────、」

『俺にはこの話が現実的だとは思えない』
『……背中を押せない』

『一生で最後の我儘です。行かせてください』

 夏に両親と話したことを思い出した。
 この先、私が選手として活躍する未来はないかもしれない。そう思いながら選手に復帰した。挑戦せずにはいられなかったし、後悔したくなかったから。一時的な感情ではなく、未来を見据えて考えた結果私がそうしたかった。
 まだ将来なんてわからないけれど、今見ているこの景色は、私が選手に復帰しなければ見ることができなかった景色だ。
「………お前が、そう思ってくれて良かった」
 繋心さんは安心したように、嬉しそうにそう笑って言った。
「中学の時お前に言ったろ?『最後まで続けて確かめてみろ』って。………この先もバレー続けて行く途中で、そう思ってんなら尚更な」
 繋心さんと話している私に気付いたのか、徹に呼ばれて私もそちらに歩み寄った。
 
 私はもう迷いはしない。自分の道を歩むだけだ。まだこの先もバレーを続けるしゴールなんて見えもしないけれど、いつか訪れる終わりが来るまでは。

 私は、何にだってなれる。
 今日の次に何がある?明日の先に何がある?
 ………さて、次は何をしようか。

 遥か、彼方の光に向けて私は今も走り続ける。





「────じゃあ、最後…櫻井」

 監督に名前を呼ばれて、一歩前に出た。全員の視線を一身に浴びながらも前を向いて話す。

「宮城県立烏野高校出身、櫻井律です。
 ポジションはウィングスパイカー、オポジット希望です。
 小学二年生の頃からバレーを始め、中学三年の頃に故障したものの諦めきれず戻ってきました。
 全部できますけど、サーブだけは誰にも負けません」

 ふと、正面に並んでいる先輩の中によく知った顔を見つけて彼女に宣言するように最後の一言を添える。


「勝ちにきました。………よろしくお願いします」



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