烏野高校を卒業して早二年。東京での生活にも慣れてきた頃、私は練習終わりの更衣室で梓さんからその話を聞いた。
「え、来年のオリンピック?」
「そう。アンタ来月からイギリスに留学するんでしょ?」
選考会どうすんの。と続いた言葉に汗に塗れた練習技を脱ぎながら「ああ………」と生返事を溢した。
世界三代大会の一つでありながら最もレベルも注目度も高い大会であるオリンピック。四年に一度開催されるそれは国内のトップ選手を中心に日本代表を協会が集めて世界で競い合うのだ。そして、その選考会は開催の一年前より行われる。
「、全く考えてなかった?」
「ハハッ」
「やっぱりか……!」
いや、全く考えていなかったわけではないけれど。そう思いながらも反論の言葉もできず甘んじて梓さんの説教を受ける。
入学して一年間はトレーニングに励み、私が久々に公式戦に出場したのは二年の秋だった。そこで成績を出してからはオポジットとして度々試合に出場しそれなりの成果をあげている。
いくつか賞も貰っており、当初の目標だった『実績を作る』はクリアしている、と思う。
「律は実績も注目度もあるのに世界大会には出てないじゃん?今回ようやくかって思ってたんだけど。
おかしいと思ってたのよ。この時期に留学するって聞いて」
「と言っても半年ですし、十一月には戻ってきますよ」
大学を卒業してからのことをある程度考えているとは言えど、そこに進むにしてはまだ自分の世界は狭い。だからこそ短期ではあるもののイギリスにある姉妹校へ留学を決めたのだ。勿論バレー留学だし、スポーツ学メインで授業も取る。
ちなみに今年卒業する梓さんは国内外のVリーグチームよりいくつかスカウトが来ているのでそのどれかに進むとのこと。高校三年で日本代表ユースに残ってたわけだし、そう考えるとこの人にとっては当たり前って感じもするけれど。梓さんの他にも世界大会に出場している選手は同年代にもいる。例えば、
「律、彼来てるよ」
「幸」
「お疲れ様です」と言いながら部室に入ってきたのは春川幸。私と同じく二年の時にユニフォームを貰い、去年の世界選手権では日本代表にも選ばれている。
入部当初は同じチームになるとは思っていなかったと驚いたけれど、新山女子から毎年数人進学しているらしく幸の他にも新山女子出身の子はいたので一方的に知られていた。
「幸からも言ってやってよ」
「ああ、留学ですか?でも律って昔からこうですし、霧島監督は実力重視だから絶対取ると思いますけど」
「スパイカーは一番倍率高いし安心できなくない!?」
二人は今年のワールドカップへ出ることが決まっている。私にも声はかかっていたけれど、留学があるからと辞退したのだ。
もう終わった話なのに梓さんを筆頭に「もったいない」の声はあり、「これだから櫻井は」なんて思われている。
「今更何言ったってしょうがないですし、イギリスで帰化するわけでもない。留学だって自分のバレーの為だから、ワールドカップは捨てるってだけです。
来年のオリンピックを見据えての選択なので、大丈夫です」
「選考会に間に合えばね」
「………、お先に失礼します」
「逃げやがった…!」
留学の時期が少し遅れてしまったのは誤算で、それによって少しの不安は残るけれどもこの際だからと割り切っているのが現状だ。そもそも高校時代全くの無名で大学二年で名が広まりつつあったから、三年ではしっかりと準備をして挑みたい。
エナメルを肩にかけて逃げるように部室を出ると、彼のもとへ向かう。
「待った?鉄朗」
「いんや、全然。練習お疲れ」
彼、黒尾鉄朗はトートバッグを肩にかけて部室棟の階段下に立っていた。
『クソ、同じ学校だったらなって本気で思う』
『黒尾と同じ学校だったら、毎日楽しいかもしれない』
そう高校時代話していたからこそ、入学式で声をかけられた時は本当に嬉しかった。
そういえばお互いに進路を教えていなかったと笑い合って、学科が違うから授業も校舎もそこまで被る事は無いけれどいつでも会える距離に居るんだと喜んだ。
「店長が、律と会うんなら持ってけって」
「おばさんが?ありがと」
今日は朝からバイトだったらしく、ご飯もそこで食べてきたのだと。試作品らしきサンドイッチが入った紙袋を受け取ってそのまま学校を出る。
私の母方の親戚がこっちでカフェ&バーを営んでおり、練習が休みで時間がある時は日雇いのバイトをさせてもらっている。
そして、鉄朗もそれにあやかって普通にシフトを組んでいる。
バイトは受け付けていなかったものの、私の紹介だし使えそ…良い人そうだからと採用したとの事。提供する物のクオリティがそこそこ高いだけあり時給は良いしほぼ身内の集まりだからそこらの居酒屋やレストランよりも良いのだとか。
人脈に感謝しろと言うと「研磨が株で儲けて会社立ち上げて代表取締役になるってよ」と聞いたのでお互い様だった。
「影山、プロ行ったんだな。V1だろ?」
「うん、アドラーズ。星海くんと若利と同じだって」
若利は大学に通いながらリーグに参加すると高校卒業の時点で決まっていたらしく、同年代では一番注目されている。
シュヴァイデンアドラーズはVリーグの中でもトップクラスのチームだし、影山は絶対に大学進学はないだろうと思っていたから繋心さんから聞いた時は「へぇ〜」としか思わなかった。
逆に驚いたのは、その相棒《日向》。
「チビちゃんは?どっかのチーム?」
「いや、来年からブラジルでビーチやるってよ」
「………は?」
「日向、ビーチやるってよ」
「いや、そんな野球辞めるってよみたいに言わなくても………て、は???」
「研磨君から聞いてない?日向がブラジル行く前にスポンサーになるとか言ってたけど」
そう。研磨君にとって私のスポンサーになる事は日向の前の練習みたいなものだ。まぁ、仕事だし練習と言うのも言葉の綾なのだけど、日向はビーチの選手になるわけではないからその前に私とも契約しておきたかったらしい。
鉄朗は驚愕しながら全然聞いてねぇ……と呟いた。
「インドアから転向するんじゃなくて、ビーチに修行しに行くんだって。ビーチは二人でコートを守るから、全部できないといけない。それを学びに」
「ハァ〜〜〜〜!相変わらず想像の斜め上行くな!」
繋心さんから「ビーチバレーの伝手持ってる人いないか」と聞かれた時は驚いたけれど、日向らしいと言えば日向らしい。
最終的に鷲匠先生の伝手で、白鳥沢の卒業生にリオでビーチのコーチをしている人がいるらしく紹介してもらえたとのこと。
一年こっちで準備をして、二年間ブラジルでビーチをするのだと。帰ってくる時が楽しみだと鉄朗に言えば、お前も大概だと呆れられた。
「黒尾さん、櫻井さん。お久しぶりです」
「おう、赤葦」
「久しぶり。元気してた?」
「はい。櫻井さんも、この前の黒鷲旗お疲れ様でした」
ネットニュースで見ましたよ、と赤葦君は微笑みながら言ったのでありがとうと答える。
大阪で行われたその大会は高校一位と大学上位、プロチームが競い合う大会で、男女共に同じ体育館で行われる。
「宮侑君、ジャッカルなんだね。木兎と一緒にいるの見て思考が止まった」
会場入りして開会式の待機中、思いっきり名前を呼ばれたかと思うと木兎だった。そして、その隣には口をぽかんと開けて私を凝視している宮侑君がいたのだ。
「ああ、二年の時は行けなかったからか」
「昼神招子さんに接戦で負けたからね。今年やり返したけど」
招子さんが通う関西にある大学とウチは決勝で当たることが多く、すっかり面識がある。梓さんの高校時代からのライバルということも相まって会場で会えばそこそこ話すのだ。
「赤葦君は最近どう?」
「どう………とは。普通です」
赤葦君も都内の大学に通っており、そこが私たちのバイト先に近いこともあって常連になっているのだ。バイト終わりまで店内で待ってもらってそのまま三人でご飯に行き、その様子を木兎に送りつける、みたいな流れが出来上がってしまっている。
今日は研磨君の家で集まって木兎の試合を見る会だ。ご飯や飲み物を買うと一人暮らしを始めた研磨君の家に向かい、大きいプロジェクターで観賞会をする。
「木葉さんたちはスポーツバーで見るそうですよ」
試合観戦しようと誘いに乗ったものの研磨君と赤葦君は未成年なので私たちは別で開くことにしたのだ。
高校での繋がりがまだ生きていて、今でも変わらずバレーをしていることになんだか不思議な感覚がする。
「バーだってよ律さん。俺たちも酒呑む?」
「明日練習だから呑まない」
「黒尾さんって強いんですか?」
「普通。律は強いけどな」
「あ、でも私ビールとワインは呑めないんだ」
「ウイスキーをボトルで入れるからネ、お前」
成人を迎えた私の誕生日には店でおばさんにお酒のアレコレを教えてもらいながら一人で呑んだ。これからはバーの夜間のシフトも入れるねと笑いながら。十一月の鉄朗の誕生日も二人で飲んでいたけれど、鉄朗は思っていたより早くに潰れてしまったのだ。お店に置いて普通に帰ったけれど、翌日めちゃめちゃ怒られた。どうしろってんだ。おぶって帰れってか。
「赤葦君も今年二十歳向かえたらバーの方においで」
「はい、ぜひ」
「赤葦は弱そう。木兎とも呑みたいけどな〜大阪だしな〜」
「行けばいいじゃん。品川から新幹線で三時間でしょ」
「俺は、お前みたいにフッ軽じゃねぇの。部活終わりそのまま羽田からエナメル一つでアルゼンチン行ったりしません〜!」
「及川さんですか。あの人最近どうしてます?」
赤葦君のその一言に、私は何と答えようか言い淀んだ。その様子に二人は揃って首を傾げる。
高校を卒業して二年間、一年に一度は会いに行こうと言っているもののやはりその頻度は少ない。
それぞれの生活もあるし、お金もかかる。年に三回会えればいい方で、毎日連絡を取り合うこともないから高校で付き合い始めた冬が嘘みたいだった。………本当に、幻かってくらい。
「………鉄朗って、お酒呑んで潰れたらふにゃふにゃになって寝るタイプじゃん?」
「いや、言い方よ」
「アイツ、この前ユニフォームもらったらしくて。そのお祝いも兼ねてチームメイトと呑んだらしいんだけどさ」
「うん?」
「潰れて………寝たらしくって」
「はぁ…」
「その、ワンナイトラブ的なソレを」
「…………ハァ!?」
驚愕といった二人の視線を浴びながらも頭の片隅で「やっぱ遠距離ってこうなるものなのかな」なんて思いが渦巻いていた。
徹から連絡が来たかと思えば裸で真っ白のシーツに包まれて寝ている彼の寝顔で。匂わせか?って感じの、画面の端に女性の足が見える写真だった。
ちなみにこの話梓さんにはしていない。したら徹が殺される。
「あ、もう解決したからいいんだけど」
* * *
まッッッッッたくの誤解です。
俺は悪くないですけど許してください律さん。
俺が起きた時、そこは見知らぬ場所だった。セッターとしてチームにも馴染み、数日前念願のユニフォームを貰ってお祝いで呑んだのだ。次の日休みなこともあってそれはもう、浴びるように。
バレーの話だけではなく、それこそ律ちゃんの話とか日本の話とかをして、それを肴にしていたものだから随分気持ち良くなっていたんだろう。
酔って、少し気持ち悪くなって、寝落ちしたのは覚えている。でもバーだったし、こんなホテルじゃない。
目の前にはウェーブがかかった金髪ブロンドの美女がいて、そのまま気が動転してベッドから転がり落ちた。すっかり酔いも覚めた。しかもその美女がチームメイトの恋人で。
何がどうしてこうなった!?
「……トオルは何も覚えてないんだろ?」
「…………うん」
「でも、裸で寝てたと」
「下はちゃんと履いてたから全裸じゃないよ!!」
マジでやってしまった。どうしよう。と思いながら、連絡がつかない律ちゃんを思い浮かべる。
弁明しようにも覚えていないものだから、まずはそれを思い出してからにしなければと作戦を練っていた。
「ユニフォーム貰って浮かれて、正セッターの彼女を寝取り…笑えないな」
「ッグゥ………!」
俺が寝ている時撮られていた写真は美女が撮ったらしく、律ちゃんに送られていた。それには既読がついており、それからメッセージを送り続けているが一向に返信はない。
振られたのか……?怒ってるのか……?と思いつつ、これで怒らないってことはもう脈も何もないのではと思えて泣ける。
「トオルはセンスあるセッターだったのに、これで除籍となってしまったらと思うと……」
「ソレ、一番怖いから潔白を証明したいんだよ」
「でも記憶がないんだろ?」
「うう………」
堂々巡りになる会話に嫌気がさしながらも、それは自業自得だとゴチる。
でも、不可解なことだってあるのだ。
「そもそもの話、確かに美人だと思うけど俺のタイプじゃないんだよね」
「、と言うと?」
「………勃たないんだよ」
「………は?」
真昼間から何言ってんだと視線を貰うけど、大真面目だ。
だって俺が初めて夢精したのって律ちゃんだし、それからはずっと彼女で抜いてる。今まで目を引いたAV嬢は黒髪ショートの切れ長の瞳で高身長のモデル系美女だし。元カノだって身長はそこそこだけど特徴だけ上げればそうなのだ。
だから、いくら酔っていたとしても金髪ブロンドに靡くことはないと思う。
そう伝えれば彼らはぽかんとした後大爆笑して、真面目な顔で言った。
「ヤったかどうかで結構変わるからそれ大事だぞ」
「こんなとこでお前の性癖とか知りたくなかったけどな」
「ぎゃあ!!」
「叫ぶなよ。話したのお前だろ」
それはそうだけど。でも、本当にどうしろってんだ……そう思いつつこの先のことを考える。
進路に口出しする気もなく、自分達が本当にしたいことだと納得した。遠距離でもやっていける人は多いし、俺たちにそれができないはずがないと。
律ちゃんのことだから浮気とか心配していないけど、写真を送られてどうしているのかは全く想像がつかない。
別れるつもりはないけれど、会えないとか連絡を取れない日が続くとどうしようもなく不安になってしまう。偶に繰り返すメールや電話で会いたい思いが膨らんでしまうから余計に。
「まぁ、監督とコーチ陣に何か言われる前にケリつけろよ。
控えとは言えセッターだからな。ここ最近セッターはアイツの一強だし」
「…………確かに。でも、アイツ腕は立つけど性格がな」
「、そうだね……」
今チームで正セッターをしているのは俺の四つ上の人で、彼がチームに入ってからはずっとそうらしい。
ただ、性格に難があるようで練習はすれどチームワークって何だとでも言うかのような粗暴な一面があったりする、らしい。
……俺、あの人に殺されたりしないよな。
そう思っている時、スマホが震えた。
「律ちゃんだ!!」
「お、なんて?」
短いメッセージには『EZE 14:27』の文字が。………まって、嘘でしょ?
「………今何時?」
「そろそろ十二時」
「こっから空港までどれくらいかかるっけ」
「車で二時間……って、まさか?」
「多分!ちょ、ちょっと行ってくる!!」
前回会ったのは去年の夏で、お盆に帰省した際デートをした。
旅行慣れしててフットワークが軽いのは知ってたけど、もう少し猶予をくれませんか…!そう思いつつ空港まで車を飛ばして迎えにいく。
何も聞いてないけれど前回待ち合わせた場所でスマホを弄りながら待っていると、部活のジャージにエナメルバックという部活スタイルの律ちゃんがいた。………現実か?
「りっ、え??」
「久しぶり。部活終わりに来たからこの服装なんだよ」
「ああ………なるほど」
どおりで突然すぎると思った。とりあえずこっちにいる間は泊めてほしいと言われたのでそれも了承して車に乗り込む。
手を繋いだり、再開のキスとか、そういうものがなく本当に淡々としているからこそ怖い。
「写真のことだけど」
ほら来た…!そう身構えていると、律ちゃんはあっけらかんと言った。
「寝たの?」
「うっ………たぶん?」
「まぁ、どうでもいいけど」
「え」
本当に、心底どうでもよさそうに窓の外を流れる景色を眺めながら律ちゃんは言った。
「子どもができたとかじゃないんでしょ?そんで、ヤったかどうかもわからない」
「うん」
「だったら別に。いつだったか、話したでしょ。
『私を最後にしてくれるのなら、全然良い』って」
確かにキスシーンは一度見られてるし、確かに言った。でも、そんな淡白な回答あるか…?
そう悶々としていると、律ちゃんがようやく俺を視界に入れて言った。
「とりあえず、その女とヤったかどうかだけ聞いて、それ次第でどれだけ徹を殴ろうか考えてるだけ」
「殴られるの?」
「ヤってたら」
「それは、嫌だなぁ………律ちゃんの平手って痛いし。
手、腫れるでしょ?それが一番嫌だ」
「ははは。……相変わらずだな、徹は」
微笑む律ちゃんが前に会った時と何も変わらなかったから、これは俺の取り越し苦労だったのでは?と少しだけホッとした。
結論から言うと、ヤっていなかった。
後日律ちゃんを連れて練習に向かうと、案の定正セッターの人がこの前のことを話し始め、それに律ちゃんが反応したのだ。
「チームで呑みに行ったのに、自分の女に他の男を任せるの」
確かに言われてみればそうだし、俺には記憶がないけれど彼は自ら別れ際に俺の介抱を申し出たらしい。なんかきな臭いな、と思っていれば案の定だった。セッターが彼の一強だったのも、今までバレー以外のところで控えのセッターを落としまくっていたかららしい。
俺と律ちゃんの関係を崩して、信頼を失わせて日本に返そうとしていたらしい彼は、生活の為にも引退までこのチームの正セッターでいたかったのだと。
「なんか、拍子抜けだわ」
「ん?」
「プロでやっていきたいって思って頑張ってるのに、あんな人もいるものなんだねって話」
「ああ………」
「まとまってよかったよ。徹が日本に戻ってきたら困るし」
「え、帰ってくるなって言われてる?」
「違う違う。徹のバレーの邪魔はされたくないなって話」
何もなかったから殴られることもなかったし、せっかく来たのだからと律ちゃんを連れてドライブして、思う存分楽しんだ。
「大学卒業したら、律ちゃんはどうするか決めた?」
「ああ、海外行くよ」
「………え?」
「国内でやるより海外で磨きたい。てか、国内にこだわる必要もないし、今のうちにやりたいこと全部しておきたいからね」
とりあえずバレー留学でイギリス行くけど、卒業する時どこに行くかは考えるかなと律ちゃんは言った。
できたら良いなとか目標や夢をよく話すけれど、彼女はそれを全部現実にさせる気でいるから負けてられないといつだって思う。
「とりあえずはオリンピックだけどね」
「また忙しくなるね」
「………、寂しい?」
「もちろん」
会いたい時に会えないのは、とても寂しい。
仕方がない事だし、今の生活を曲げようとは思わないし我慢はできる。でも、ちょっとした…それこそ今回のようなことで擦れて、永遠に離れ離れになるんじゃないかと思うことはある。
信頼していないわけじゃない。ただ、どうしようもなく彼女がそばにいないことに不安になるだけだ。
「……、そろそろ行かないと」
「うん」
部活が休みになったとしても、彼女には彼女の生活があって忙しいはず。俺だって練習もバイトもあるし、そう簡単に会いたいなんて言えない。
寂しくない。大丈夫。まだ頑張れる。
そう思いながらも繋いだ手を離せないまま空港の待合室で座っている。
「………っ、やっぱり、帰したくないなぁ」
「徹………」
「ごめん。迷惑だってわかってるんだけど」
こんな会話を、こんな気持ちを。後何度やり過ごせば良いんだろう。
同じ物を食べて、同じ空気を吸って、同じ場所に立って。
バレーをしたりキスしたり、デートしたりセックスしたり。そんな高校時代の冬をずっと幸せな思い出として秘めたまま、この先もそんなことが毎日訪れると願ってやまない。
………ままならないと知っていながら、こうなることを覚悟しながら離れることを選択したのに。
「……多分、あなたについていくだろうな」
「え?」
「徹が本気で私を返したくないって思ってるのなら、あなたの側が一番落ち着くから。
でも、徹がバレーをしてる私のことも好きだから身動き取れなくなってるのも知ってる。
私も、同じ気持ちだよ」
「律ちゃん………」
「安心して進み続けてね。私は、負けないから」
本当に、かっこいい彼女だなぁと思いながら搭乗口へ向かう律ちゃんに手を引かれて歩く。
後何回こんな気持ちになるんだろう。そう思いながらも確固たる自信で「絶対にそんな日は無くなる」と言ってくれるものだからそれまでまた頑張ろうと思えるんだ。
「律ちゃんのことが好きだよ」
「嬉しい。私も、徹のこと好きだよ」
「ふふ、ありがとう」
一回だけじゃ物足りない。
いくら言っても、言い足りないくらいに。
* * *
「……まぁ、解決したのならよかったです」
「お前らが別れるとか想像できねぇ」
「寂しいことに変わりはないけどね」
「難しいな、お前らも」
今までも付き合い始めてからも、離れている時間の方が長い。そりゃ、寂しさにも慣れてしまう。
「二年の秋に、仁花ちゃんに連絡もらってさ。
徹がアルゼンチンにいくって聞いてどう思いましたかって」
「なんて答えたんですか?」
「嫌だって答えた。
本人には、口が裂けてもそんなこと言えなかったけどね」
東京と宮城ならまだ、国内だから良いとさえ思えた。でも、国外。徹が選んだ道なら賛成したし、邪魔なんてできるはずがない。
「櫻井さんはいつか爆発しそうな感じしますよね」
「え?」
「ストレス溜まりそうだよな」
二人は笑って、爆発する前に何かあったら声かけろよと言ってくれた。
寂しいけれど、どうしようもない。
それに、どうせいつかは一緒になるんだから今しかできないこととか今したいことを全力でするだけだ。
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