リオデジャネイロオリンピックに日本代表として出場した私は、着実に選手としての実績と名声を上げていた。
トレーニングは並じゃ無いしトントン拍子に行ってるわけでも無いけれど、今までが今までだったこともあって生活も安定していると思う。
同じくしてオリンピックに出場したのは梓さんと若利と影山、それから泉と木兎と聖臣もだった。聖臣は大学を卒業してからブラックジャッカルに入ったらしく、木兎と連絡を取ると必ずと言って良いほど宮侑君と三人でいる写真が送られてくる。
私は大学四年の際出場したのでその時は国内外問わず多くのスカウトをいただいたので進路に関してかなり迷ったけれど、アメリカのトップチームに進んだ。
アメリカでの生活にも慣れ、コミュニケーションも元々英語は話せていたしチームメイトもフレンドリーだからか打ち解けるのは早かった。
ただ、問題があるとするとバレーの方で。
「律、体調は平気?」
「ああ、うん………」
調子が悪いわけでは無いけれど、オリンピックが終わり渡米してバレーを始めてからどこか小さな違和感を感じていた。最初は練習に慣れないだけかと思っていたけれどそうではなく。チームのコーチやサポーターもメディカルチェックを徹底しているけれど、今のところは影響も出ていないし……と少し不安は残るものの毎日を過ごしていた。
「なんなら、専属のトレーナーでもつけてみれば?
実績を考えても全然早くは無いし、一度故障しただけあって不安要素は多いし」
「………専属、か」
「チームでもいる人はいるし、なんなら紹介するけど?
実はね、ちょっと良い人がいて〜」
そう話す彼女にも専属のコーチはつい最近ついたばかりだ。
私がこちらに来てからチームが所持するマンションに二人で住んでいたけれど、それがあって今は2LDKに一人で住んでいる。
「今フリーでしょ?なんならそのまま引き込んじゃいなよ」
「………良いね」
「でしょ?
はい!彼なんだけど、律のこと気になってるみたいで」
「男性………」
「うん。え、今フリーなんだよね?」
「部屋は」
「え〜〜!!フリーじゃなかったの!?だったら無理だね」
「さすがに」
でも、一部屋余っているわけだし専属のトレーナーをつけてってのは良い考えだ。大学で学んだ知識や栄養士である雪絵と連絡をとって食事の面でも気を使っている。家でも一応トレーニングはできるわけだし、同居して身近に私のサポートをしてくれるのは非常に助かる。
ただ、問題はそれを誰に任せるかになるわけで。
徹と付き合っているからこそ男性なんて論外だし、なんなら女性でもアイツの場合ギリギリアウトかもしれない。そう考えると、私の中には候補なんて一人しかいなかった。
「………それで俺に連絡したんか」
「うん」
大学卒業後もカリフォルニアにある空井さんが所属しているチームにいた岩泉に私はすぐさま連絡をとった。
話を聞いた当初は岩泉が空井さんを知っていた事に驚いたけれど、ここまでくると何かの縁なんだろうと思えてくる。徹も練習でブラジルに行ったら日向と会ったと話していたし。
練習が午前中の日、午後から車を走らせて岩泉が今所属しているチームの体育館に来たのだ。ひとまずと言った風に近くの飲食店に入り、世間話をしながらご飯を食べて本題に入った。
「………無理だろ」
「お願い」
「アイツが絶対うるさいし」
「イヤ?」
「嫌かどうかは置いておいて、ダメだろ」
「つまり嫌では無いってことだね」
それなら良いや。と私は岩泉に言って付け合わせのポテトにフォークを刺した。それを食べるでもなく少し手持ち無沙汰にして、また静かに話し始める。
「実は最近、不調ってほどじゃ無いんだけど練習とか試合の時違和感があって」
「は?怪我、じゃ無いよな」
「多分。でも、世界選手権で気のせいなんかじゃ無いって思って」
世界選手権は帰化していなくても国の代表チームで出られるので、アメリカ代表で出場した。その際、私から不調を訴えてメンバーチェンジを行った。
「専属のコーチをつけたいなって思ったのはそれからなんだよ。それで、私がして欲しいって思ったのは岩泉しかいなかった」
「櫻井………」
でも、及川がなぁと渋る岩泉に私はお願いとしか言えない。
生活もあるから、友人としてではなくビジネスパートナーとして考えてきてあるのだ。実際コーチになった場合の衣食住や金銭面のやり取りについて。そして、期限についても。
「………来年のワールドカップと再来年の東京オリンピック、私はほぼ日本代表が確定してる。その辺りを目安にお願いしたいんだよ」
「目安………?」
「………この話、徹にもしてないから言わないでほしい」
「ん?」
水を一口飲んで、グラスの縁を指でなぞりながら言った。
「東京オリンピックが終わったら、多分………辞めると思う」
「………は、」
何を、なんて言わなくても分かってしまうのだろう。
オリンピックで世間一般でも有名になってこれからの時期だ。岩泉は驚愕と言ったように目を見開いて私を凝視していた。
私はそれを見て少しだけ決まり悪く目を伏せる。
「年齢的にもう少しできるとは思うし続けたいと思ってるんだけど、ちょっと最近、キツくて」
「キツイって…………体調がか?だからコーチって」
「いや、違う。不調を感じるの本当だけど、それとは全く別の理由」
「別?って、何かあったのか?」
「…………笑わない?」
「?、おう」
少し渋ったものの、まあ岩泉だし今更だと口を開いた。
「その…………距離が」
「距離?って、なんだよ」
「徹との距離が………キツくて、」
そこまで言うと岩泉は察したようで口をぽかんと開けて私を凝視していた。先ほどとは全く違う、唖然としたような『何を言ってるんだコイツは』とでも言いたげな顔だ。
私だって自分がこんなことを言うようになるとは思っていなかったよ。
高校を卒業して五年。一緒にいる時間よりも離れている時間の方が長いのは当たり前で、最近では連絡を取る頻度も減っている。それが私は嫌で、バレーをしていない時脳裏にチラつくからそれが辛い。
それぞれが選択した進路だからと。お互いの近くに居られずとも頑張っていると思うから自分も頑張れると思っていた。
「前に及川が他の女と寝たこと気にしてんのか?」
「…………寝てねぇよ」
でも、それも少しはあるのかも知れない。
彼に限ってそれは無いと思うけど遠くの恋人より近くの愛人だと言うし、近くにいなくても頑張れるのならもう良いんじゃ無いのかと思われるんじゃ無いかと心配になる。
最後を私にしてくれるのなら平気と言ったけれど、彼が最後に選ぶのは私じゃないのかも知れない。
「いや……アイツに限ってそれは無いだろ」
「徹の話じゃ無い。私が、ダメなの」
信用してないわけじゃないし、相変わらず徹のことが好きだ。……いや、昔よりも明確に愛している。
だからこそ、いつでも触れられる距離にいたい。
試合に勝っても、賞を貰っても、大きな部屋に住んでいても。チームメイトとバレーをしていても好きな映画を見ていても、どこで何をしていても、彼がいないと寂しい。テレビ通話で声が聞けて、顔を見ることができて。だからこそ、触れられないのが辛い。電話した後は余計にそう思うから連絡を取る機会も減った。
「お前の口からそんなこと聞く日が来るとは思わんかった」
「私も言うことになるとは思わなかったよ」
「アイツに話してないって言ったよな?」
「うん。話す気もないけどね」
「は?話の流れからして結婚すんのかと思ったんだが」
「は??」
「あ???」
岩泉は私と徹のことをずっと見てきたからなのか、結婚して当然だと自信を持って言った。
結婚。結婚かぁ………
確かに、今話した感じだとそうなるのかもしれないけれど。
「二十四歳だし、周りもまぁ……いなくはないけど、自分たちは別っていうか」
「お前、距離がダメとか言うくせに考えてなかったのかよ」
「うん」
「うんて………」
一緒にいれれば、それだけでいい。今は離れているからそう思っているだけなのかもしれないけれど。
岩泉は呆れたようにため息をついてアイスコーヒーを飲むと、分かったと言って席を立った。
「コーチの件はとりあえず保留にしといてくれ。
俺としては櫻井からやって欲しいって言われて嬉しかったしやる気はあるけど、及川然り恋人然り、話す人はいるからな」
「………、待って。岩泉って恋人いたの」
「言ってなかったか?」
「初耳だよ。え、いつ」
「大学で」
「えぇ………」
聞けば、高校時代の同級生で日本の食品会社に勤務しているとのこと。私になんだかんだと言っておいて岩泉も大概だなと思った。それなら、私からその人に話もしないと筋が通らないと思うんだけど。
そう言うと岩泉は「アイツお前のファンだから平気だろ」と言われた。普通に嬉しいけど遠距離恋愛する女心を舐めきっていると思う。
「とりあえず、せっかくの半休なんだろ?
気分転換に付き合ってやるよ。そのための車だろ」
「うん。本当はバイクで来たかったんだけど」
「俺、バイクの免許は取ってねぇ」
「知ってる」
カリフォルニア州、アーバインは全米でも治安が良く、日本の企業も多くある為アジア人は比較的多い。過ごしやすい気候でありながら観光スポットも多いため、人気の都市だ。
テーマパークもあるけれど、明日も普通に練習だし海沿いをドライブすることにした。
練習内容や試合などバレーの話は勿論のこと、生活のことについても話しながら適当に車を走らせる。日本のように鉄道網が張られているわけでもないので、アメリカで過ごすには車は必須だ。私はチームと契約したこともあって最低でも四年間は過ごすことになっている。
愛車と言っては何だけど運転する車はアメリカ車のシボレーC7コルベットZ06。低い車高と黒く滑らかなボディが特徴的だ。高級車だが走行性能が良くコスパも良いので、四年後手放す事になればチームメイトの旦那が高値で買い取ることで話をつけてある。………事故れないし傷もつけられない。
日本人だし車は日本車にしようかとも思っていたけれど、私は大して車にこだわりは無い。だから郷に入っては郷に従えとゆうことでアメリカ文化も好きだしと決めた。メーカーや車種は直感とカタログと説明を聞いて候補を絞って試乗して選んだけれどスポーツカーだ。梓さんが言っていた通りになったので入車初日はそれを思い出して笑ってしまった。
それを岩泉に話すと、彼は見た目で高級車だと分かったし、お前の契約金なら余裕だろと鼻で笑われた。だが、車の金額を言えばその笑みはスッと消えた。
私はプロ契約選手なので、年俸制でチームと契約をしている。その他にも研磨君の会社やスポーツ会社、協賛企業など複数の契約を結んでいるので収入は高い。その分イベントや広告などの仕事もあるけれど。
テレビで流れているCMや街中の広告を見たと連絡が来ることが多いし、なんならSNSでも少しだけ活動している。
でも、これが最高潮なのかもしれないと怖くなる時もある。学生時代を思い出すと、余計に。
企業チームの選手よりプロ選手で海外に行く方が収入は高いけれど、年金は出ないし福利厚生もそこそこだ。どっちが良いかなんてその人次第だとは思うけれど、私はいつだって終わることを考えているから安心はできない。
昔はできなかった政治経済の話に、自分たちの昔の事とこの先を思い浮かべた。
高校の頃徹と岩泉の進路の話をしたことを今でも覚えている。彼がコーチやトレーナーなどスポーツ学の道に進んだのは私の怪我がきっかけではないかと。真相はわからないけれど、今回の話も本人は乗り気のようだし、やはり大きく外れていることはないんだと思う。
中学三年間同じクラスで、短期間ではあるものの同じコートで練習をしていた。昔のことの当事者で、高校は別だったけどそれでも良い友人で私と徹の理解者。
だからこそ、コーチをお願いするなら岩泉しかいないと思うし彼がダメだとしても他の人に頼む気にもなれなかった。
* * *
年末が近くなり恋人に「今年は帰ってくるの?」と聞けば、「帰るから一日開けておいてくれ」と返事を貰った。
相変わらず素っ気無いとは思うけれど、私たちって高校の頃からこうだしな。いまだにどうして付き合うことになったのか謎だ……いや、好きだから良いのだけど!
メッセージの画面をぼうっと眺めていると、ピコンッと音を立てて新しいものが追加される。
「合わせたい奴がいる………え、は?」
この台詞、どこかで……は、そうだ。これは完全に親に帰省する際彼女を連れて行く時のセリフじゃない!?この前同人誌で読んだ!え!?送り先間違えてない!?
そうハラハラしていると、日時の指定があったので間違いではないのだと気づく。
合わせたい人って誰だ………そう思いながら数ヶ月を過ごし、一月。
「Feliz año nuevo!久々だね、彩音ちゃん」
「何で及川がいんの………」
待ち合わせ場所に向かうと、やたらと目立つ恋人の幼なじみであり、同級生の及川がいた。気障ったらしくもあっちで覚えたのであろうスペイン語で新年の挨拶をし、眩しい笑顔を見せる。腹立つわぁ〜〜〜
「合わせたい奴がいるっつったろ」
そう言った恋人、岩泉に促されるようにしてよく液晶画面で見ているその人が一歩前に出た。
及川と岩泉と並んでいても見劣りしないモデルの様な長身に、短く切り揃えられた黒髪。切れ長の瞳にはブラウンのアイシャドウと控えめなアイラインが乗せられており、広告で見るより大人しく、一目で美人だとわかる整った顔立ちの彼女。
「はじめまして、飛田彩音さん。櫻井律です」
「はわわわわ………はじめまして。いつも試合見てます」
差し出された白い掌を両手で握り挨拶を交わすと、想像よりも華奢で親しみやすいような印象を受ける。
私が彼女を知ったのは、高校の頃。及川に彼女ができた事で岩泉と話した時だった。美人でバレーがうまくて、他校の女の子のことが好きなのに他の女の子に手を出したと、岩泉がキレていたときにその存在を知った。名前を聞いたのは卒業間近の二月で、顔を見たのはそれから数年後だった。
知り合いの知り合いだからと目につけば追っていたけれど、バレーの試合を見るようになって、彼女の凄さを実感した。
「ひとまず移動しようぜ。お前ら目立つんだよ」
「オーラがね。隠しきれてないよね」
「フッ………まぁ、流石の及川さんでも?自分のオーラを隠すことはできないからネ??」
「流石の及川さん、この前影山に身長抜かされたんだよ」
「ぎゃああああ!!!律ちゃん何でそれ言うの!」
「お前昔より筋肉ついたよな」
「コーチが選手より良い身体してんじゃないよ!」
服装が派手なわけでもブランド物を身に纏っているわけでもないけれど、高身長は嫌でも目をひく。実際櫻井選手はモデルもしてるわけだし。
「店、予約してあるから行くぞ」
岩泉がそう言ったけど、調べたのは私だ。しっかりと事前に調べた上で、普段ならまず行かないようなお高いお店の個室をお勧めしておいて良かったと、心の底から思った。
移動中も三人が話すのはバレーのことばかりで私は時々話についていけなくなりながらも興味深く聞いていた。
ヒェ………完全に空気になってないか?
友好的に思われているのか、話題を振ってくれるので本当にいい人だと思う。本当に及川はよくこんな人捕まえたよね。顔で釣ったんだろうか。
懐石料理に舌鼓を打ち少しのアルコールも入ったことにより気分が良くなっていると、ようやく本題に入ることとなった。
「で?結婚の証人になってほしいとかの報告だったりする?」
及川のそんな言葉に櫻井選手と岩泉は何とも言えないような顔をして及川を見た。ちなみに私たちは付き合っているけれど結婚とかの話は全くしていない。
でも、そうか。そろそろ適齢期なのか。
「お前は本当に察しが良いのか悪いのか……」
「それ」
「私は櫻井選手と岩泉が何かあるって思ってたんだけど……」
柚子シャーベットを口に運びながらそう言うと、櫻井選手は私をまっすぐに見て言った。
「……来年四月から約一年間、岩泉を専属のコーチとして起用したくて。二人には同居する承諾をもらいに来ました」
「………あ??」
その発言で途端に及川は気分を悪くした。こいつ、こんなにドスの効いた声出せたんだなぁとぼんやり考える。
「ああ、良いですよ。私は全然」
「………本当に?」
「うん」
何ともないようにシャーベットをまたスプーンで掬って食べていると、三人揃ってポカンとした表情で見つめてきたから「え、逆に何か問題でも」と思えてきた。
「岩泉もやりたいって思ってるんでしょ?
だったら私は全然止めない。疑うことも何もないしね」
「同居、ですよ?」
「でも、二人は友人だし仕事の一種でしょ」
中学生の頃なんて知らないけれど、私は高校三年間この二人が何か思い悩みながらもバレーに取り組んできた姿を見てきた。
それが恋愛であれなんであれ、私はいつだって部外者だ。
「良いんです」
別に、どうでも。
遠距離恋愛が続けば熱だって冷める。私から岩泉を振る事はないけど、離れたら離れたでそれまでの関係だったってことだ。
岩泉が何故選手ではなくコーチの道に進んだのか知っているから、彼の邪魔だけはしたくない。それに、櫻井選手も真剣に私のことを考えてくれているのだ。三人の関係を何一つ知らなくたって、そう易々と不貞が起こるような関係でないことだけはわかる。
「いくら二人が仲良くても俺は反対」
「やっぱりか」
「だろうな」
険しい顔をした及川に櫻井選手は呆れたような雰囲気で。
というか、この二人が付き合ってることってバレー界隈では知れ渡っているのにどうして及川ってここまで心配するんだろ。許せないってことは信じられないってことなんじゃないの。
「専属コーチをつけるとしても、岩ちゃんじゃないといけない理由なんてないでしょ。
それとも何?俺に言えない理由でもあるの」
少しだけ強張った櫻井選手の表情にたたみかけるようにして及川が話す。
私はスポーツとはほぼ無縁の世界で生きてきたし、正直よくわかんない。でも、及川が嫌でも櫻井選手はそれを分かった上でお願いに来てるんだからそんな頭ごなしに否定しなくても良いのにとは思う。
………きっと、相思相愛なんだ。お互いのことがわかるからこそ一番大切にしたいバレーを守るために離れざるを得なくて、たとえそのためだろうと他者を寄せ付けたくない。
うんん。やっぱり私には理解できないな。
シャーベットもなくなり、おしぼりで手を拭いて適当に畳みながら二人の会話を聞く。会話というか、もうほぼ口論になってるけど。止めなくても良いものかと思いながら岩泉を見れば、彼は私を見ていた。………お?
「及川が言いたいことも思ってることもわかってる。
櫻井はお前が本当に嫌だって思うならそれを呑むだろうし、潔く諦めるって思ってた」
「だったら……「だが、この件に関しては及川が何と言おうと俺は譲る気は無い」
お、おお??
岩泉は及川の幼なじみだし、良き理解者だと知っている。
だけど、こうも正面からぶつかっている姿を見るのは滅多になく、その理由が櫻井選手というのも言っては何だけど意外だ。
櫻井選手は、岩泉がどうしてコーチになったのかを知っているのだろうか。知った上で、頼んだんだろうか。
「岩ちゃん?彩音ちゃんが許してくれたからって大きくなってない?」
「なってねぇわ。………お前らがどんな思いでバレーしてんのかも知ってるからこそどっちの考えも理解できる。でも、櫻井が頼んできた時俺はやりたいと思ったしそれが良いと思った」
「はぁ??てか、二人して何隠してんの」
「それは絶対俺から言わねぇけど……要するに、お前は櫻井に自分以外の異性が近づくのが嫌なんだろ?それが俺でも、何かがあるかわかったもんじゃねぇから」
「うん」
「つまり、絶対にそんなことはない。仕事相手と友人って関係を守り続ける理由ができれば良いってだけだ」
「………まぁ、そうなるね?」
簡単だろ。そう言った岩泉は私の方を真っ直ぐに見て口を開いた。
「彩音。籍入れるぞ」
「…………へ、」
「結婚しよう」
頭の中が真っ白になって、岩泉が言ってることが理解できなかった。え、は???宇宙猫状態だ。
「ちょっと待ってどうしてそうなった!?!?」
「え、ええ!?岩ちゃん!?!?」
櫻井選手と及川も驚いていて、何だか全く知らないところで話が進んでいるようだと今更気づいた。
「別に、近々正式にプロポーズはする予定だった。今まで散々好きにさせてもらったしな………
櫻井の雇用条件に、職業の斡旋もある。空井さんの元で勉強してきたことを活かすにもちゃんとした職につきたいと思ってたところだし、正直条件もかなり良い。
だから、櫻井のコーチは本当に仕事なんだよ」
「い、岩泉………」
マジか。いや、嬉しいけれど。
全くそんなそぶりがなかったからこそ驚いて、まともな返答をできそうにない。
「てか、まず及川って私と岩泉がそうなるって思ってたの?」
「思ってないけど!でも岩ちゃんも律ちゃんも仲良いしかっこいいし距離が近づけばなくはないかなってその、少し………」
「徹がいるから全く考えたことなかった」
「りっちゃん……!」
チョロいなぁ及川。そう思いながら徐々に折れていく様子を見て少しだけ笑った。
最終的に及川も了承して、同居に関して少しだけルールを決めたところで解散となった。
「あの、櫻井さん」
「?」
連絡先を交換して、帰る前に気になっていたことを聞く。
「櫻井さんは岩泉がコーチになった理由を知ってますか?」
「、検討はつくってだけで明確には………」
「そうですか………」
高校の頃進路の話をした時に岩泉に聞いたことを話そうかと思ったけれど、辞めた。これは私が言っていい事じゃない。
「岩泉のこと、よろしくお願いします。
あの人、本当にあなたのバレーが好きだから」
「………はい」
私も櫻井選手のファンだけど、それ以前に彼が好きなものを知りたいと思ったのが始まりだ。
最後に「これからも応援してます」と伝えて、及川と二人で歩いていく背中を見送った。私はそのまま帰る予定だったけど、話があると岩泉に腕を引かれた。
「お前、どうでも良いって顔してたろ」
「え、ああ…………」
考えていた事が筒抜けだったらしく、怒っている岩泉の様子に少し悪く思う。
「だって、そんなそぶり全然なかったから」
「まぁ、自信はなかったな。まだまだ未熟で、この先どうなるかもわからねぇのにって。けど、櫻井の話聞いてそれでも良いかって思えた」
「ん?」
「俺は、これから先何があったとしてもお前と生きていたいって思ったんだよ」
「…………おっふ」
「んだよその声」
だって、そんなクサイ台詞が飛び出してくるとは思わなかったから。照れ臭さと嬉しさで少し笑って、私も返答する。
「仕事にも夢にも一生懸命な岩泉が眩しくて。正直別れても何も思わないんだろうなって思ってたところも……まぁある」
「オイ」
「でも、寂しかったのも本当。
別れたら一週間くらい引きずって………それから前に進んで欲しかったなって思った」
「別れねぇよ」
「ははは」
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