「失礼します。会見三十分前になりました」
 二回ノックして控え室に入ってきたのは協会の女性社員で、本日行われる東京オリンピックバレーボール競技日本代表の記者会見を取りまとめる人だった。
 監督はスーツに。選手はそれぞれのユニフォームに身を包んでおり、身が引き締まる思いだ。私は綺麗にセットされた前髪を切りすぎたかな、と撫でた。
「お手洗いとか、今のうちに行っておいてくださいね」
 その声に返事をして、大丈夫な気もするけど一応行っておこうかとキャプテンに声を掛けて控え室を後にした。
 
 前回のオリンピックから五年。世界情勢が色々あったものの無事に大会を開催できるようで何よりだ。まぁ、今大会に的を絞っていた身からすれば大変だったけれど。
 新型肺炎の流行拡大に国内外で非常事態宣言が説かれ、アメリカから出られなくなった。そこでチームの契約を一年延ばし、それに伴って岩泉の雇用も一年伸ばした。その為主に徹の説得が大変だった。最終的に岩泉が徹を説得したけれど。
 体調やコンディションは良好で、怪我や病気もない。
 大会が近づくにつれて緊張感は増すばかりだが、同じくらい楽しみでもある。世界三代大会の中でもオリンピックは全てのスポーツの祭典であり、当然と言えば当然だった。
「………あ?」
「律さん!!お久しぶりです!」
「久しぶり………日向」
 曲がり角を進んだ先で目に入った光景に、思わず眉を潜めてしまった。トイレの前には男子日本代表選手がおり、日向に声を掛けられたことから彼らの視線が私に向いた。前回もそうだったけれど、本当に何なんだろう。
 男子の担当は鉄朗だったらしく、彼も普段より良いスーツを着ている。
 本来であれば、男子と女子の会見は別の時間帯に行われる為代表メンバーは全員参加になるのだけど、情勢がアレなだけに少数で一度に行うとのこと。主にそれぞれの監督とキャプテンやエースなど主要メンバーだ。記者の人数もギリギリまで絞っているらしい。その代わり大会の壮行会は全ての競技の参加選手が集合しオンラインで行った。
「何だよ律じゃん」
「偶然ですね!」
 日本代表男子で集まっているのは高校の頃の顔見知りが多く、覚えていないだろうけれど星海君にも挨拶しておいた。星海君は、春高での記憶はないけれど影山や若利から話は聞いていたみたいで度々試合も見ていたのだと言った。
 日本代表初招集の中でも日向は注目を集めているようで今回の会見にも呼ばれたのだとか。そういえば、昔大会前に日向がトイレの前では危険人物と遭遇する場所だと言っていたのを思い出して何となく懐かしく思った。
「女子の方で櫻井も選ばれていたな」
「うん。あと幸とか梓さんも」
 今日は勿論来ていないメンバーの方が多く、泉や天内は来ていない。男子の方でも宮侑君や聖臣は来ていないみたいだった。
 ジャージを羽織っている若利に目がいって、ユニフォームの番号を見る。リストにもあったけれど、私と同じ一番だ。
 エースナンバーは四番のイメージが強いけれど、どういう意図があるのか男女ともにチームの中心であるオポジットは一番だった。
「ようやく、追いついたって感じだ………負けないからね」
「!………ああ。俺も負けない」
 どんな気持ちで臨んでいようと、私にとってはきっとこれが最後だ。
 同じ競技をしていても、性別の違いから同じコートに立つ事はない。それでも、同じ代表選手として負けたくないし一緒に戦っている思いでいる。
 
「─────絶対、勝つ」

 勝負の世界に絶対なんて無いけれど、私の目標は絶対に変わらない。
 バレーボール競技は開会式のある七月二十三日の次の日より有明アリーナにて行われる。一日ずつ男子と女子で交互に試合を行い、予選が終わるのは八月二日。予選のポイントによって決勝トーナメントに進むことができる。
 現在日本女子の世界ランクは七位で、初戦の相手はアフリカ代表ケニア。男子は八位で、初戦は南米代表のベネズエラ。
 予選では対戦国によるけれど、私の出番はまちまちになる。若利が日本の主砲と呼ばれる様に私は【女帝】と呼ばれている。けれど、体調の面もあるし選手の層が厚いだけに予選では割と交互に選手を出していくらしい。その辺は監督とコーチ陣でも色々と話し合っているのだろうけれど。
「天内、頼んだよ」
「ハイッ!!」
 初戦をストレートで下して女子の四日目、セルビア戦は天内がエースとして登板することになっている。同じ位置に入るからこそお互いに声をかけて鼓舞し合う。できるなら全ての試合に出場したいし、決して悔しくないわけではない。だけど、このメンバー全員で勝ち抜くと体力を温存して自分にチャンスが回って来た時に思いっきりやれるようにいつだって思考は切り離さない。
 セルビアは大陸間予選プールA代表で、世界ランク第三位の格上だ。だけど、ここには強くないチームなんていない。世界から集められた強い選手ばかりで、だからこそ一戦一戦気を引き締めて行わなければいけない。
『サービスエース!!
 やはり天内を狙ってきますストイコヴィッチ。サーブでは六得点と日本代表櫻井と並んで上位に入る選手です』
『まあエースの宿命ですよね。本人も分かってるんでここで潰れるような練習はしてきてないと思いますよ』
 ストイコヴィッチ選手の強烈なスパイクサーブを上げて自分でスパイクも決めた天内に拍手を送りつつ、私もまた負けられないと強く思った。
 それから男女ともに予選リーグを通過して決勝トーナメントへ駒を進めた。

「はああぁぁぁん!!!約二年ぶりの本物の律ちゃんだよ!
 ううぅ………柔らかい……いい匂い……」
「徹、離れて」
「控えめに言ってスッゲェ気持ち悪りぃなお前………」
 七月三十一日の時点で韓国にストレート勝ちを決めた日本女子は決勝トーナメント確実となっていたので、朝から練習を行い夜に行われる男子の最終予選を見に来ていた。女子の明日の試合も夜の部で、そこに私は出ない予定だ。
 日本男子は予選グループAでアルゼンチンはB。予選リーグで別のグループになったと思ったけれど、アルゼンチンと日本男子は決勝トーナメントで勝ち進めば当たることになる。
「ほら、聖臣がドン引きした目で見てるから。流石に熱いし。密です。ソーシャルディスタンス」
「仕方ないなぁ〜〜」
 梅雨入りが遅かった分七月に入っても都内は雨続きで、八月初旬の今はそれに反して夏真っ盛り。会場の熱気もあって夜と言えど熱いのだ。徹は渋々言ってるけれど、その顔はやっぱり緩んでいる。男子は試合のたびに目にしているのだろうけれど、女子はそもそも被らないので実際に徹と会うのは久々だった。
「飛雄君、あの人昔からあんな感じなん?」
「はい」
「櫻井さんと及川さんが付き合ってるのは有名だから知ってたけど、なんか………」
 なんか、雰囲気が思っていたのと違う……という声が聞こえてきた。見苦しいものを見せてしまい申し訳ないと思いながら岩泉に引き剥がされる徹を見る。
 ここまで来ると、本当に昔に戻ったようだと思えた。体格も何も違うけれど、変わらない。会えば久しぶりと抱き合って、ただひたすら愛おしさがこみ上げてくる。
「なんか、長かったような短かったようなって感じだね」
「ふふ、まだまだ、中間地点だからね」
「………そうだね」
 世界一にもなっていないのに、なんて思いつつもこの先を思い浮かべているから、その差が私たちは決定的に違うんだろうなぁなんて思った。
 いつだってバレーを直向きにやってきた。そしてきっとこの先もそうなんだろう。でも、私は。………私は昔から、いつだって終わることばかり考えている。
「負けないよ」
「うん、がんばってね」
 八月五日、バレーボール競技第十三日目。この日は男子の準決勝が行われる日であり、日本対アルゼンチンの試合がある。勝てば決勝戦進出であり、その時点でメダル確定だ。
「櫻井、本当に見に行かなくていいの?」
「、はい」
 男子がそうであるように女子も明日は試合があるのだ。幾ら気になると言っても、自分の練習を疎かにはできない。それに、
「あいつら見てると、負けられないって思うので」
 録画はしているし、後で見返せば大丈夫だ。それに、これが最後ってわけでもない。これから、だから。
「だから、私は私のチームで勝ちたいって思います」
 全員倒すと言ったあなただから。必ず勝てると信じている私だから。見ていなくても、お互いが頑張っていると思うだけで頑張れる自分でいたい。
 男子の全ての試合が終わった次の日、女子の最後の試合が始まった。

    *    *    *

 午前中に行われる三位決定戦が終わると、いよいよ決勝戦が始まる。対戦相手は世界ランク一位の中国を準決勝で下してきたアメリカで、そこには私のチームメイトだっていた。
「I won’t lose to you!」
「I won’t lose either」
 決勝戦なだけあって高まる会場の熱気に酔いそう。客席だけではなくカメラの数も多いから、中継やネット配信でも多くの人が見ているんだろう。思考がふわふわして、胸の内から込み上げてくるものがある。決勝トーナメントに進んでからはスタメンで連戦続きだったのに、何故か疲労も感じない。
 誰に見られているとか、注目度とか。そんなこと今まで気にしたことなかったのに。
「櫻井さんって、こんな時でも落ち着いてますよね」
「………そう見える?」
 アップが終わる頃天内が話しかけてきて、私は考えるように客席を見た。自分でも表情に出ない方だとは思っているけれど、決して落ち着いているわけではないと思う。
「………勝つ事を考えてるだけかもしれない」
 相手に勝てるかどうかをあまり考えたことはない。そもそも負けると思って勝負する人なんていないだろう。
 強くなりたいとずっと思っていた。勝つ為に最善を尽くす。考えることを辞めない。でも、私より強い人は沢山いて、頂点に立つことは難しいのだと目指して走る度に実感する。だからと言ってそれが諦める理由にはならないし、走り続けることも辞めないけれど。
 試合をすれば勝敗が決まるのは当たり前だし、それは自分の限界点の確認であって通過点でしかない。バレーボールがチームスポーツである以上、ポジションによって役割も違い自分が世界で一番強いと証明する方法はないかもしれない。
 それでも、世界一のチームになったら。そのチームのエースなら、自信を持って私が世界で一番強いと言えるんだろうか。
 同じチームメイトでもそれぞれがどの様なバレーをしてきたのか知らないし、知る必要もないと思っている。ただ、ここにいる全員が同じ気持ちだと間違いなくわかるから、自分にできることをするだけだ。
 
 聴き慣れた笛の音が響き、会場が歓声に包まれた。
 今大会の試合は全て五セットマッチで、三セット先取だ。
 私のポジションはオポジットで、基本レシーブには参加せず常にセッターの対角に位置する。どんな時だって攻撃に入る事を辞め無いからこそ泉は私を囮に使うことで、どこからでも点が取れるチームになっている。昔の烏野と同じ様でいて決定的に違うのは個々の実力が高いからこそ個人技が多く、シンクロ攻撃でブロックフォローにもちゃんと入るところだと思う。

    *    *    *

『選手は気負った様子はなく、普段通り伸び伸びとプレーしているように見えますね』
『セッターの奥村は速攻や時間差攻撃など躊躇なく合わせるので、櫻井は彼女らしい型にはハマらないバレーをしていますね。
 ファンの間では騎虎と呼ばれる程調子が付くと止められない選手でもあります』
『このまま勢いに乗っていってほしいですね』
 解説の言葉を聞きながらセンターコートで飛び回る櫻井の姿を見ていた。友人を称賛する言葉に頬が緩むのは当然だろう。
 男子の試合が全て終わったことから、関係者のエリアで全員揃って観戦していた。
「ヤッホー岩ちゃん」
「、お前も来たんか」
「当然でしょ」
 大会十三日目の試合の結果があるからこそ堂々と話しかけてくると思わなかったけれど、及川だしな。櫻井の試合は是が非でも見にくるよな。なんて思い返した。
「昨日は惜しかったな」
「ああ………でも、次は勝つよ」
 俺たちを倒して準優勝に終わったアルゼンチンだが、闘志は漲るばかりでまだまだやり足りないと伝わってくる。
「やっぱ櫻井さんカッケェっすね………!」
「だろ!」
 犬吠埼の隣で試合を見ていた日向があまりにも嬉しそうに、誇らしげに言うものだから及川と目を合わせて笑った。
 櫻井は男になりたかったなんて思っていないと言っていたが、牛島に憧れているし男子バレー部のマネージャーをしていた過去があるから性別の差を気にしているところがある。
 それでも、今日本代表女子のエースとしてコートに立つ姿を見ていると、中学のチームと比べてしまう。中野先輩や春川がいるから余計に、どうしてあの頃はできなかったんだろうなと考えてしまうのだ。
「おっサービスエース」
「ほんと律ちゃん、体調崩すことなくなったよね」
「体質はどうにもならねぇけど、試合期間にへばることはもう無ぇな」
 実力が拮抗していると点差が縮まらない。櫻井は世界トップレベルの選手が集まる大会には参戦してきたし、オリンピックもこれが初めてではない。それでも、強豪相手に連戦連勝だと怪我や不調が気になってくる。両足と右腕に爆弾を抱えているだけにそれは今後の課題になるだろうと体力と技術でカバーしてきたけれど、本当はいつ再発してもおかしくはないのだ。
「セットカウント二対一か……」
「もう後がない、けど………なんか、負ける気がしないね」
 第一セットを取られ、第二セットを取り返し、第三セットを取られた。次を取らなければ負けるけれど、ここで終わる彼女ではないと分かっている。負けず嫌いなところも、一生懸命なところも、全部よく知っている。
 第四セットは序盤からアメリカの強烈なサーブが火を拭いていたけれど、日本も負けず劣らず粘っている。
 昔から櫻井は勝利に一直線で周りより頭一つ飛び抜けていたけれど、今の方が昔よりずっと輝いて見える。身長は百八十三センチまで伸びて筋肉もついた。サーブとスパイクは勿論の事、全ての技能に磨きがかかっている。
 櫻井のスパイクが決まったところでマッチポイント。後一点で最終セットだ、というところで異変が起きた。
「…………、」
「何、どうした」
「滑ったっぽい……?」
 まさか、怪我か。そう不安になりながら彼女を見つめる。
 中学の時も、こうしてこいつと並んで櫻井の様子を見ていた。でも、呆然と立ち尽くしているだけで何もできなかったあの頃とは違う。
「少し行ってくるな」
「、頼んだよ。岩ちゃん」
 こいつらがどれだけ突き進んで行こうと絶対折れないように。そのサポートができる立場に俺はなったんだ。

    *    *    *

 スパイクを決めたと同時に、床の汗で滑った。
 大丈夫、いけると頭はクリアでいるのに足に力が入らなくてゾッとする。それでも、駆け寄ってきた霧島監督に掴みかかる勢いで言った。
「まだ!!できます」
「櫻井っ…………!」
 私はこんな中途半端なところで終わるのか。そう、恐怖せずにはいられなかった。
 コーチやトレーナーがばたついていても、私は霧島監督から目を逸らすことはなく、コートに立つのだと主張をやめない。
「…………ひとまず、動けるようになって帰ってきなさい」
「、っ!!」
「このチームには、櫻井が必要だから」
 監督のその言葉に、私は歯を食いしばった。その言葉を、今この場で聞きたかったわけじゃない。
「だーいじょうぶ!まだ、終わらせないからね」
「天内だってしっかりやれるし」
「安心して行ってきなよ」
 そんな、チームメイトの言葉が痛い。必要なら、エースなら、最初から最後まで自分の足でコートに立っていたかった。
 何の為に今までやってきたんだろうとか、どうして今なんだとか、暗い考えばかりが思考を埋めるそんな時だった。
「律さん!!!!」
「櫻井さん!!!」
 私を呼ぶ声に顔を上げる。声の主は二人の後輩で、呼び方は違っても示し合わせた様に息ぴったりで二人とも真剣な表情で私を見つめていた。
「うちの連中はァ!!?」
「、」
 その言葉に、頭をぶん殴られたかのように思考がクリアになった。

『………バカらしい。』

 ずっと、彼らの事を羨ましいと思っていた。
 無条件で相棒を、チームメイトを信じられる彼らのことを。彼らがいたから、私もって思えた。諦めずにいることができた。
「っ、ちゃんと皆強い!」
 ピースサインを向けて、大丈夫だと示す。二人は私の返答に笑みを向けていた。
「………すぐに戻ってくるから。天内、頼んだよ」
「はい!」
 コートを出ても先ほどの焦燥はなんだったのかと思えるほど落ち着いていた。
「櫻井!!」
「岩泉、」
「こっちに来い」と腕を引かれる。女子のトレーナーじゃないけれど、二年間専属でやってきたから彼がいいと、俺がすると自ら来てくれた。
「足だけだな??シューズ脱いで、サポーター外すぞ」
「多分、攣っただけ。若干感覚がなくて、痺れてる感じ」
「おう」
 マッサージをして素早くテーピングを巻き直していく岩泉を見ながら、会場に響く歓声を聞いていた。コートを見なくても、いつだって自分がそこにいるかのように思える。繋がっている。
 
 目を閉じると一番辛かった過去を思い出して、今とあの頃とじゃ全然違うぞと強気でいられた。
 中学で活躍して怪我で第一線から離れた。高校時代の三年間、選手じゃなかった頃の私を世間では様々な目で捉える。
 諦めきれなかっただとか、努力を続けることをやめなかっただとか。確かにそうかもしれないけれど、私が今でもバレーを続けているのは紛れもなくあの三年間があったからで、彼らがいたからだった。
「………私も、人に恵まれたな」
「あ??」
「岩泉がいてくれてよかったって思って」
 シューズを履き直して靴紐を強く結び直した。
「〜〜〜!行ってこい!」
「おう!」
 背中を強く叩かれてアップゾーンに向かう。
 有言実行だと言わんばかりに最終セットまでもつれ込んだ今は二点リードされている。最終セットだけ十五点先取だから、もう終わりまであと少しだ。

「やっぱ、まだ終わりたくないなぁ………」

 いつだって終わりばかり考えてきた私だったけど、バレーが好きなことに変わりはないし勝つことが好きだし自分の強さを証明したいとも思う。
 最後がいつになるのかなんて考えられないくらい夢中になれたら良かったのに。そんな矛盾した気持ちを抱えているからどうしようもない。
 サーブが回ってくると同時にメンバーチェンジで入る。先程までの感情が整理されたようにどこかすっきりとしていた。
 試合の流れも、手札も作戦も全て頭に入ってる。大丈夫。
 そんな思いを抱えながら左で打ったジャンプサーブはレシーバーの腕を弾いてこちら側に帰ってきた。チャンスボールだと全員が攻撃に動こうとした瞬間に、一人飛び出す。
「オーライ!」
 落ち着いた攻撃をした方が確実かもしれない。でも、誰もがチャンスボールだと思ったであろう瞬間には飛び出していた。
 真下に強く打ち下ろしたところで、六対七。復帰早々決めに来たプレーにまた会場が沸く。
『櫻井、自分のサーブが帰ってきたところをダイレクトでねじ込んだー!』
『いやぁ、速いですね』
 ネットに背を向けて、今一度みんなの顔を見る。
「…………まだ、全然大丈夫なので。
 泉も、遠慮とか無しでお願い」
「律ちゃんに遠慮とか、今までもこれからもしないから」
「そう?良かった。………全部勝つよ」
 静かな、それでも確かな決意が滲み出ている言葉に、それぞれが返事をして頷く。
 ああ、良かった。
 昔から、選手の時もマネージャーの時も見たプレーを自分に落とし込んで。周りの人を利用して、踏み台にして。ずっと、私は一人で強くなっていくんだと思っていた。でも、利用している時点で、教えている様で学ばせてもらってるから一人ではないのだと実感する。支えていたはずなのに、支えられていた。
 期待するのを、信頼するのをやめたのは私。全部放り投げて、一人で走っていたから誰もついてくる人は居なくなっていた。
 それなのに『私にもそんなチームがあれば』なんて悲観して、本当に馬鹿みたいだ。

 誰も信頼していない癖に、人に信頼されることなんてあるか。

 点を重ねる度に、一歩一歩確実に進んでいく感覚。終わりが迫っていると思いながらもそれを止める気は微塵も無く、ただこのメンバーで楽しいバレーがしたいと思った。
 歓声が漣の様に引いて行く感じ。今までの試合でも集中していなかったわけじゃなかったけれど、徐々に意識がバレーだけに向く様な。まるで、

『諦めたくない……勝ちたい。まだ、落ちてない。
 キツい……気持ちいい………楽しい。

 ああ、終わらせたくないな。』

 デュースになってからはアメリカがリードしていたけれど、こちら側のマッチポイントだ。
 エンドラインから少し離れた位置に立ち、ボール受け取って目を閉じた。長かったような短かったような。それでも、悔いなんてひとつもなくただただ楽しかった。
 サーブ開始の笛が鳴り、目を開ける。
「────さあ、最高のバレーボールをしよう」
 いつもと同じ助走距離で、いつもと同じサーブトスを上げる。右手で放ったそれは狙った場所に真っ直ぐに飛んだ。ラリーは続き、互いに疲労が見られるけれど研ぎ澄まされていく空気に、バレーボールに夢中になってた。それでも、ただ空気に流されるだけではない。全てのプレーには確実に今まで費やしてきた時間と思考が伴っており、目まぐるしく変わる戦術に翻弄され、対策し、反撃するの繰り返し。
「チャンスボール!」
 先程のようにダイレクトで叩こうと一人飛び出すことはなく、みんなに紛れる。泉に視線を向けると、まるで考えがわかっているかのように楽しそうな表情をしていた。

『負けないよ』

 ─────ああ。本当に、良かった。

 初めてそれを見た時、素直に見惚れた。そして、憧れていた。

『信じて飛べ!』

 セッターがボールの真下に入りトスを上げるより前に、助走とスパイクの踏切を終わらせている状態。
「遠慮しないって、言った!」
「…………完璧かよ」
 やろうと思えば、なんだってできる。
 異性でも勝ちたいと、負けたくないと思っていた私達だったから。初めて出会った時から、それ以前からずっと私にトスを上げたいと思っていてくれたセッターだ。同じチームになってお互いを知り、この土壇場で思考回路が一致していた。
 泉が上げたトスは私の掌に収まり、誰よりも早く、誰よりも高い位置から打ち下ろしたそれは相手コートに刺さって跳ねた。
 試合終了の笛が鳴り大きな歓声が会場に響く。私は脱力して、思いっきりコートに寝転がった。
 
「…………申し分なし」

 ライトの光が降り注ぐのを眩しいと思いながら天井にピースサインを向けて、笑った。熱い体に感じるアリーナの冷たい床が気持ち良い。最高の気分だと心から思えた。



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