「恐怖!初見殺し………!!」
「なんやねんそれ!」
「………最後のあれ、変人速攻やな?」
 歓声に包まれるアリーナの中心で同じくして戦ってきた選手に惜しみない拍手を送っていると、侑さんがそう確認するかの様に呟いた。俺と影山がそうですよと返答すると、周囲からは驚きの声が上がる。
 『変人速攻』と呼ばれる俺と影山が最初にしたまともなマイナステンポの速攻を、きっと初めてオリンピック決勝の舞台で律さんはやってのけた。今までも宮さん達とかがしたのを見たことはあったけれど、あの人がしたからなのか。なんだろう、この感じ。
「スッゲェ嬉しい………」
「??」
 こぼれ落ちた言葉に侑さんは疑問符を浮かべていたけれど、影山も同じように笑っていた。
「あの速攻の改良を重ねたのは櫻井さんがいたからこそですし。できてもおかしくはないです」
「そうなのか?」
「ひょっとして、俺らが三年の時の夏合宿?」
 星海さんが意外そうに聞き返したのを、思い当る節があると夜久さんが拾った。懐かしい様なつい昨日の様なと高校時代を思い返していると、影山が心底苦そうな何とも言えない表情で夜久さんから視線をそらして言った。
「……はい。俺、櫻井さんと喧嘩したんで……」
「ああ!そういや影山、律に胸ぐら掴まれてたな」
「は?律さんが??」
「珍しいな」
 律さんと中学時代から交流がある臣さんと牛島さんは信じられないと驚いた顔をした。

 あの頃、とにかく俺は影山がいないと何もできなかった。
 コートに立っても変人速攻が通じないと話にならなかった。だからこそ、なんでもできるようにならないといけないと強く思ったけれど。
「夏合宿でマイナステンポの速攻で目を瞑らないって言った俺に賛成したの、律さんだけでしたから。
 それで影山と喧嘩になったんですよ。あの速攻に俺の意思は必要ないって言われたんで」
 一番初めは低身長と技術の拙さでトスが上がると止められてばかりだった俺のスパイクを、ブロックを振り切るために目を瞑って腕を振る俺の動作に影山がドンピシャでトスを上げた。
 でも、それも俺にコミットすることで通じなくなり変人速攻と普通の速攻の使い分けを覚えた。けど、負けて。
 目を瞑った状態に合わせてもらうのではなく、自分の意思でボールを操りたいと思った。できるようになるまでトスを上げてもらおうと必死に掴みかかったのも、止めにきた田中さんの拳も谷地さんの泣きそうな顔も覚えている。影山もそうなのかそうじゃないのか、ただこいつは律さんに言われた言葉を思い出していた。
「『これから数年先の日向のバレー人生を背負えるのか……』
 あの時は何言ってんだこの人って思ってたけど、あれは多分俺の選択で日向の可能性を潰すってことを言ってたんだ」
 律さんを一番身近な凄い人だと尊敬していた影山だったから、自分の判断がまた間違っているのではないかと。もう少し良い方法があるのではないかと考えて、実行することができた。
「………律は、気にしてたよ。
 言う時は言うんだなって話しかけたら引いた?って不安そうにしてたからな」
「黒尾さん!」
「そうなんですか?」
 黒尾さんは律さんと仲が良いからか、あの騒動の後でもわりと普通に接していたと思う。
「でも、それはお前らに嫌われてでも貫きたかった事だろ」
 優しい表情で話す黒尾さんの視線の先には律さんがいて、床に寝転がったところを中野さんに引き上げられていた。

『私は日向に賛成。
 技術を磨くことは確かに大切なことだけど、たったそれだけじゃ上には行けない。時間を気にして守りに入るなんて、随分とビビリになったもんだね』

 そう言った律さんの怒りが篭った重い声を今でも覚えている。

 バレーを始めたのも周りより遅くて、俺一人じゃ何もできなかった。正解も進む道もわからなかったけれど、あの人がそう言って俺の意思を肯定してくれたからここまで強くなれた。
 ボールハンドリングも足でボールを扱うことも、律さん達が高校を卒業して連絡を取らなくなっても、新しい事を始める時に「あの人ならどうする」と考えたことは一度や二度ではない。
 そんな事を言ったら律さんは「参考にしても真似はするな」なんて言うのだろうけれど。
「スッゲェな!」
「ああ。櫻井さんは一番身近にいる凄い人だったからな」
「へぇ〜?そんな事思ってたんだ。
 ところで飛雄、俺のことは??」
「及川さんも凄いっすけど、教えてくれなかったので」
「それは見て盗めってヤツなんやろ?」
「いや、盗むな」
「盗むなってなんだよ。本当にうんこ野郎だなお前は」

    *    *    *

 オリンピックが終わり一ヶ月後。私たちは日本国内でも有数の高級ホテルに来ていた。普段は結婚披露宴やパーティー会場になるそこにはバレーボール日本代表選手団と大会関係役員で溢れており、話し声に混じって何かのクラシックが聞こえる。
 参列者は勿論正装で、私も光沢のある濃紺のパンツスーツを身に纏っている。グレーのシャツに黒のリボンタイを締め同色のベストとジャケットとパンツとフル装備だが、空調が効いている為暑くはない。
 一通り参加者と言葉を交わすと「お手洗いに」と言って席を外していた私は、戻ってからも壁にもたれ掛かり一人で佇んでいた。左手首にある長年愛用している腕時計に目をやっていると、グラスが差し出された。
「なぁに今日の主役がこんな壁の隅っこに突っ立ってんだ」
「岩泉………」
 岩泉が差し出したのは、琥珀色の液体と丸氷が入ったロックグラスだった。会場の中にはバーが併設されているから、給仕スタッフではなくわざわざそちらに取りに行ったんだろう。
 礼を言ってそれを受け取り、軽口に主役ってなんだと笑う。
「この場でウイスキー飲んでるのって私くらいじゃない?」
 好きだからいいけど、と思いながら口をつけるとバーボンのバニラのような甘味を感じた。
 殆どの人がシャンパンやワインを飲んでいる中ロックグラスを持っているのは確認できない。岩泉が飲んでいるのもシャンパンだった。と言っても、シャンパンってスパークリングワンの一つだしな。
「話すのが苦手でうんざりしてようと、壁の花になってっと周りが引くんだよ。それこそ強い酒持ってれば話しかける奴もいくらかマシになるだろ」
「…………そういうこと」
 話すのが苦手でもとりあえず歩けとのことだ。
 シャンパンやワインと比べてアルコール度数が四十度と高いウイスキーは、丸氷を緩やかに溶かしながら伸ばす味の変化を楽しむ。ロックスタイルは大ぶりの氷一つなるので加水により水っぽくなることもないし、より強い酒を持っていると一眼でわかる色と形は話しかけることを多少迷わせるだろう。
「………つってもな。同じ事話させて何が楽しいんだって感じもするし」
「お前なぁ……今大会のMVPだぞ?そりゃ色々あるだろ」
「岩泉は気楽だからなんでも話せるけど、他の人だとそうはいかないでしょ。
 ベストスパイカーで、MVPまで貰って………嬉しいけど、さ」
「………やっぱり、変わらないのか?」
 辞めると思うと話しているのは岩泉だけだ。この場所で私はどこまで行っても『バレーボール選手の櫻井律』だからこそ、辛い。それでも。
「楽しかったから、揺らいだよ」
「!」
 目を瞑ると目蓋の裏にはあの時の景色がしっかりと焼き付いていて、熱気も、思いも何一つ忘れてはいない。
 でも、試合後のインタビューで伝えたいことは全て話した。
 称賛の声は嬉しくも照れくさくもあり、それでもこれは決して私だけの力で成し遂げたものではないから。
「………『緊張感と高揚感で吐きそうなくらい、全力だった。楽しかった。』まだ、続けたいって思ってしまった」
「それが悪いことみたいに言ってんじゃねぇよ」
「うん、」
 小突かれるより優しく、励ますより強く肩を押されて、会場を目的もなく歩く。大会やこれからの事を脈絡なく話してると、なんだか気が楽になってくる。
「ぶっちゃけると、やりたいことがなくて」
「あ??連覇一択だろ」
「………簡単に言ってくれるよね」
「男子だって次は絶対金獲るからな」
「オリンピックだと、同期で金は私たちが最初だね。ははは」
 そう笑いながら話していると、スポンサーの方や選手に話しかけられ、岩泉といつの間にか離されてしまった。
 友人とばかり話していないで、人脈を広げる目的もあるのだろう。でも、いくら声をかけていただいても名刺をもらっても、心の中で私は今後も第一線で活躍することは無いかもしれないと思っているからどこか気分が浮くこともなくて。
「最後の速攻は日向影山の変人速攻でしたね!
 練習してたんですか?」
「いえ、奥村とマイナステンポの速攻を合わせるのは初めてでしたよ」
「奇跡的ですね!」
 奇跡的という言葉に少し悲観的になって、自分が思っていることをありのまま話す。
「………いえ、奇跡ではないです」
「え、」
「バレーに限らず、スポーツの世界に奇跡的なんて言葉は存在しない。全てのプレーは繋がっていて、今までの積み重ねがあったからこそ試合でそれが発揮できるんです。
 だから、スーパープレーと呼ばれようと奇跡でもまぐれでもない。今まで繰り返してきたことを試合でもできただけ」
「そ、そうなんですか………!」
 昔は、天才と呼ばれることを嫌っていた。
 私が上手いのは今までの練習や努力の積み重ねがあったからであって、初めから才能があったみたいに言うな。【天才】という言葉で努力をかき消すな、と。
 純粋な褒め言葉だとわかっているけれど、それでもやっぱりその言葉があまり好きではない。その人は特別で自分には才能がないと認めているようなものだしな。
 それを思うと、私も十分特別になれているのかもしれない。
「………でも、唯一奇跡って呼べるものがあるなら。それは人との巡り会いに他ならないんだと思います。
 幼なじみに誘われてバレーを始めたとか、教えてくれた師。チームメイトに限らず、対戦相手も。
 私は良いと思ったプレーは基本真似するし覚えているので、過去試合は何度も見返します。それ見てると、特にこの人たちがいてよかったって思いますね」
 生まれる場所も出会う人も、対戦相手もチームメイトも自分で選ぶことは出来ない。自分で飛び込んでいくことはあれど、やっぱり縁に他ならないんだと思う。
「なるほど………確かにそうですね」


 監督やチームメイトに挨拶して、時々スポンサーの方を紹介していただいて。そんなこんなで時間は夜遅くになっていた。
「あれ、律先輩は二次会には参加されないんですか?」
 お開きとなった頃、手土産の紙袋とスーツのジャケットを横に置いてロビーのソファーに座っていると、後輩が話しかけてきた。彼女は大学時代からの付き合いがあり、私が四年の時に入学してきた子だ。
「私はパス。この後はもう帰るよ」
「ええ〜〜!
 選手で集まって試合の考察会しましょって話してたのに」
「そうなの?」
「はい!律先輩に助言を頂ければなぁ〜とか、少しは」
「いや、帰るわ。迎え待ち」
「ちぇっ」
「………機会があれば、またね」
「そう言って全く捕まらないじゃないですか〜〜!!」
「え、櫻井さん参加されないんですか」
 男女共に参加して欲しかったのか、その子の声が大きいものだから口々に声をかけられる。
 ………会場内でも、今回の活躍があったからこそ次に期待されたり、スポンサーにと声をいただいた。ありがたいけれど、答えは全て保留……いや、正式に申請されたわけじゃないからもう断ったも同然だろう。
「律、ひょっとして酔ったとか?」
「私がロック三杯で酔うわけないでしょうが」
「櫻井さんって酒強いんやな………」
「こいつ、大学ん時酔い潰れた俺を店に放置して帰りやがったからネ」
「背負って帰れと???」
 そう世間話をしていると、ホテルの正面入り口から待ち人が来たのが見えた。
「………目を離すとすぐコレだよねぇ」
「お、及川!サン!!」
「Buenas noches !
 日本選手団の皆さん!律ちゃんの回収に来ました〜」
 少しすると選手が次第に集まり、変な騒ぎになってしまった。
「ああ、律が二次会行けないって言ったのは及川がいるから?
 アンタも大概にしないと、束縛激しい男は嫌われるわよ」
「あははは!
 俺が居ようが居まいが、律ちゃんは行きたくなければ行きませんよ。中野セーンパイ!」
「………やっぱ私、こいつ嫌いだわ」
「うふふ、俺もで〜す☆」
「えぇ……なにこの二人………怖………
 って、律ちゃん?どうかした?」
「え?」
 ぼんやりと眺めていただけなのに泉に心配されてしまった。
 自分が思っている以上に精神的に参ってしまっているのか、動く気力が全く起きない。
「いや、大丈夫。ただちょっと………疲れちゃって」
 確かに考察会は魅力的だと思ったけれど、今は少しバレーの話をしたくないと思っている。だから、徹が言ったように足が向かないだけなのだ。行きたくないと思っている。
 考察して次に備えてどうするの。オリンピックが終わったら、また次の試合、次のシーズンに向けて頑張らないといけない。
 ……一人で?また、一から?
 辛いことも寂しさも、離れて生活する様になって身に染みてわかった。私たちは、いつまでこのままでいればいいの。
 岩泉は察したのか何も言わずに視線だけ向けていたけれど、徹は違った。梓さんと話していた彼は少し目を伏せて、決意したように呟いた。
「…………やっぱ、ここで言った方がいいか」
「うん?」
 徹はソファーに座ったままの私の前で片膝をついた。私の手を両手で握りしめて、いつもより真剣な視線を向ける。試合の時とも普段の彼とも呼べない様子に、周りも呆気にとられた様に静まり返っている。
「律ちゃん………いや、櫻井律さん」
「、はい」
 緊迫した空気に自然と背筋が伸びる。空調が効いているはずなのに汗が吹き出しているのを感じて居心地が悪い。目の辺りが強張ってる気がして瞬きを繰り返しても、徹が視線を少しも外さないから私もついそれに合わせて視線を合わせる。
 徹はそんな様子もなく、落ち着いた調子の低い声で言った。

「俺のためにバレーやめて」

 そんな中で、徹が放った言葉が私の心を揺さぶった。

「俺と結婚してください。
 綺麗さっぱり選手を引退して、トレーナーになってほしい」
 その一言は周りにとっても予想外だったのだろう。開いた口が塞がらないと言った風に息を飲む声が聞こえた。私は徹の手も振り解けず、視線からも逃れられずにただ真っ直ぐに見つめ返す。
「嘘でしょ………」
 開いた口がようやく紡ぎ出したのはその一言で、やっと呼吸ができた気がした。
 お互いが大好きでお互いの事がわかるからこそ、未来だけは邪魔できない。今が一番楽しい時で、辞めたくないんだろうなと思っていても不思議ではないのに。
「いつから、気づいていたの」
「気づいてたっていうか…………いつかはこうなるんだろうなって思ってただけ」
 徹には今の私がどう見えていたのだろう。きっと、バレバレだったんだろうな。大会中久しぶりに会った時過剰に反応して抱きしめてくれたのは、気づいていたからこそだったんだろうと今になって思えた。
「………ずっと、山下さんの特別になりたいって思いでバレーを続けてきて怪我して辞めて。次は自分の為にやるって言ってたけど、不安だったんだよね。支えてくれた人に顔向けできる様にって、結局他人の為じゃんって。
 律ちゃんは、バレーが好きで勝つのが好きと言うより………強い自分が好きなんだよね」
「、」
「ひたすら努力を続けて世界一になって。それで、自分の体の限界を悟った。それならもう、勝ち逃げしてしまいたいよね」
 全部間違っていない。
 決勝戦で倒れ、動けなくなった時に頭に浮かんだ最悪な事は「これからもバレーを続ける限りコートで倒れることはある」だった。専属のコーチをつけて食生活に気を配りトレーニングを続けても、体質だけはどうにもならない。
「律に限ってそんな事………」
「君らにどう見えてるのか知らないけど、俺にとっては世界で一番大切な女の子なんだよ。取らないで」
「そんなの、お前の我儘だろ………!」
 これから先も選手として続けるだろうと思っていたからか、一番に徹に反論したのは鉄朗だった。
 彼は私のバレーを見た中一の夏からずっと私の一番のファンだと言ってくれたから自分のために選手を辞めてと言った徹のことが信じられないのだろう。
 それでも徹は鉄朗の気持ちを踏みにじるように、私の気持ちを尊重するかのように言葉を続ける。
「………そうだよ。これから先の律ちゃんの最優先を俺にしてほしいって言ってる。
 律ちゃんが怪我したのは俺のせいだって君は言ったよね?俺もそうだと思ってる。けど、もう一度あの頃に戻れたとしても俺は同じことをするし、何度だって律ちゃんを傷つけるよ。
 彼女が一番にそれを望んでいるのなら。
 
 ……でも、結局君らが何と言おうと決めるのは律ちゃんだし、俺はそれに従うよ」
 今まで、人の視線なんて気にせず自分がしたいことだからとバレーに一直線でいられた。どんなに期待されようと、どんな結果を残そうと頂へ到達するまでの通過点でしかなかった。
 それなら、私が目指す頂って一体どこなんだろう。
 金メダルを取ったら世界で一番強いチームだ。梓さんに待ってると言われて、霧島監督からずっと探していたと、日本代表には櫻井が必要だと言われた時から絶対にメダルを獲ると確固たる目標があった。
 でも、それが終われば?
 連覇って、何個取ったらいいの。そうするまで、私はどれだけ傷ついて足掻いて苦しめばいいの。
 練習は必要だからすることであって、目標がなくなればする必要も無い。私が好きなのは、私が勝つバレーだ。
「…………徹は、ずるい」
「………」
「全部知ってて逃げ道を無くすとか……どれだけ、」

 どれだけ私のことを考えてるの。

 徹が私の気持ちに気づいていたことがとても嬉しくて、驚くよりも何よりも先に笑ってしまった。
 緩んだ徹の手から片手を離して目線を隠す。泣きそうなのも、それなのに嬉しそうな顔も全部隠してしまいたかった。全く、こんな最低な公開プロポーズを嬉しく思うなんて。

 自分のためとか何とか言っておいて、一番は「やるなら最後までやりなさい」があるから自分で最後を決める事ができない。どんなに反感を貰おうと、私の望みも徹の望みも叶ってしまう。
「………で、どう?返事は?」
「もちろん、いいよ」
「やっっっったぁ!!!」
 心底嬉しそうにして体を浮かせた徹が抱きついてきたので、それをいつものように受け止める。
 初めて抱きしめられた中二の冬と、初めて抱きしめた高三の秋を思い出した。最初は反発しあってばかりだったのにいつの間にかここまでお互いのことを理解し合えるようになっていた。
「はは………」
「?どうしたの」
「いや、私が徹に告白した時に言ったこと思い出して」

『私が次にバレーを辞める時、隣にいるのは及川徹がいい』

 俺のために辞めてと言われるとは思っていなかったけれど、それでも嬉しいことに変わりはなかった。
 そんな私たちとは裏腹に、周りの選手人はそう良くは思っていないみたいだった。何を話せばいいのか、うまく祝福できないと言うように何も発せずにいる中で鉄朗の肩を軽く叩いたのは岩泉だった。
「俺達の都合を櫻井に押し付けて、またアイツを潰すわけにはいかない」
「!」
 岩泉のその一言で表情を変えたのは鉄朗だけではなく、当事者だった梓さんと幸もだった。二人は顔を合わせると、示し合わせたように頷いて話し出した。
「………昔と同じことだけは、繰り返したくない。
 勝つために律が必要だとは思うけれど、律が一番居たい場所がここじゃ無いって言うのなら引き止める理由もない」
「私は律がどうこう以前に、及川が気に食わないけどね」
「ちょ、幸さんも梓さんも……!」
「律が及川と居たいって思うのはわがままじゃなくて普通。
 何年付き合ってると思ってるの?でも、私達が律を必要だと思う気持ちは、わがままであって足枷でしかないよ」
 みんなが私とバレーがしたいと思ってくれているのは嬉しいけれど、それにはもう応えられないから申し訳ない。
「泉さんも何か……!」
「え?うーん………
 でも及川選手が言った通りこの先の律ちゃんの人生を私たちが決めるのはおかしいでしょ。彼にプロポーズされてバレー辞めるのも、私たちに言われてバレー続けるのも、結局どう進むのか違うだけでやってることは同じじゃん」
「人に意見されて進路決めるとか、アホなんちゃう?」
「あはは。それだけ大切な人って事でしょ。
 私は梓さんみたいに何があったかを詳しく知らないし、知る気もない。でも、侑君が言った事もわかる。中学の時初めて律ちゃんを見た時からずっとトスを上げたいって思ってたから、尚更ね」
 泉はいつもの様子で話していたかと思えば、一瞬視線を外して再度私を見て言い放った。
「でも、私が好きなのはいつだって強い律ちゃんだから。
 怪我とか体調とかどうしようもないのは仕方ないと思うけど、私にそれは関係ない。全力じゃない律ちゃんには用がない」
「!」
「好きだから。憧れてるから、最後の最後までコートでは最強であってほしい。
 少しでもやる気がないのなら、降りるべきだよ」
「うん、それは勿論」
「でも………そうだね。
 楽しかったし嬉しかったから、寂しくはあるけど」
 こんな形で引退になるのかと、まだ続けると思っていたからか余計に暗い空気になっている気がする。
「誰一人として喜んでいないんだけど」
「私は嬉しいけどね………
 選手は辞めるけど、バレーは辞める気はないし」
「、あはは……だろうね」
 今までの私を知っているからか、返事をした私がどうするのかもわかってると言うかのように徹は笑った。
「これで、正々堂々と影山と日向を倒しに行ける」
「、え」
「高校三年の時鴎台にも負けてるからな………星海君とやるのも楽しみだね。聖臣ともした事ないし」
「全員ぶちのめすことに変わりはないけどね」
「勿論」
 私たちが言わんとしていることがわかったのか、周囲が呆れ顔になるにつれて意気揚々とする人も勿論居た。
「負けません!」
「絶対勝ちます」
「勝負の世界に絶対など無い」

 そうしてなんだかんだこの騒動がまとまりつつある中で、幸は少し思い出したように目を細めて及川を見た。そんな様子を不思議に思った梓が幸の名前を呼ぶ。
「………」
「春川?」
「………華が『及川には絶対に勝てない』って言ってた意味がようやくわかった」
 華と何を話したのかわからないけれど、それでも幸は納得したように微笑んでいた。

「なんか、ずっと同じチームでバレーしてきたのにな」


 ホテルを後にすると、徹の運転で車を走らせて海に来ていた。まだ、もう少しだけ今日を続けたいと思いドライブをしていた。もう辺りは暗闇に包まれているけれど、夜空に輝く月だけが海を照らしている。
「………高三の時のインハイ予選でさ、思ってたんだよね」
「?」
「烏野じゃなくて、俺と同じ学校で同じ部活だったらって」
 初めて私たちが公式戦で戦った時は、選手に復帰するなんて微塵も考えていなかった。でも、あの試合がきっかけだった。

「………これからは、一緒に居るんでしょ?」
「勿論!」



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