春高三日目の朝。会場の外でウォーミングアップを済ませると、荷物を持ってコートに移動する。これから、試合前の公式ウォームアップだ。
私は隣で硬い表情をしている繋心さんに話しかけた。
「いよいよだね」
「ああ」
烏養さんは入院先の病院にて優くんや倫君と見ているらしい。
因縁の相手である音駒高校と繋がりを持てたのは武田先生をはじめ様々な人の支えがあったからこそで、だからいつもより特別。
でも、因縁という言葉で括れな程強く太い繋がりになった今、音駒を一番倒したいと思っているのは私達だ。
「律がベンチに入る?」
「いや、外で仁花ちゃんと見てる。頼んだよ、潔子」
「うん、任された」
潔子とハイタッチをして、アップが終わったコートを出ようとボール籠を押すと名前を呼ばれた。
「見ていてくれ」
ネットを挟んだ反対側から鉄朗がそう言った。言葉にできない感情が胸の奥に燻ってうなづくことしかできなかったけれど、伝わってるといいな。
見てるよ。
さぁ、満喫しよう。
* * *
広い体育館に、高い天井。流石全国というべきなのか観客も多い気がして、少しだけ緊張する。でも、目の前の相手が烏野《コイツら》だからなのかコートに入るとそれもさほど気にしなくなった。
「どう?気分は」
「サイッコーだね」
「ふふ、よかったね」
ネットを挟んで礼をしてベンチに向かう時、研磨がコソッと話しかけてきた。俺がどれだけ櫻井律を追いかけてきたのか、どれだけ好きだったかよく知るのは研磨しかいない。
「黒尾さんどうしよう。もう一回ウンコ行きたいかも」
「は?マジかよ。残便野郎かよ」
「残便野郎!」
「緊張感なさすぎ」
「しょうがないさ」
コイツらも初の全国なのにいつも通りで、本当に頼もしい。負けん。
猫又監督と直井コーチに言葉をもらって、円陣を組むとイキイキしている仲間の顔が見えた。
「おっしゃいつもの!
俺達は血液だ。滞り無く流れろ。酸素を回せ。
脳が、正常に働くために」
あの日律を見つけた時のように、律がコートにいるのを見つめていた時のように、今度は俺がここで輝いてやる。
「喰い散らかすぞァ!!!」
だから、真っ直ぐに俺を見ていてくれ。
* * *
影山からのサーブで試合はスタート。昨日に引き続き調子がいいのか、際どいコースに打ち込んだものの、当たり前のように海君に拾われた。最初から続くラリーに思わず頬が緩む。
『オネーサン、この辺の人?』
『俺は音駒で主将をしてる黒尾鉄朗。タメだから敬語とか無しでよろしく』
『俺、中学の時一度だけお前の試合見たことがあって…ファンつったらアレだけど、まぁ、うん』
『好きなんだよ。お前のバレーが』
「………はは、」
初めて会った日を思い出して、声が漏れる。
私はあの時、貴方にそう言ってもらって本当に嬉しかったんだよ。鉄朗。
ゴールデンウィークの練習試合から夏合宿と、音駒には負け通しだけど今日は勝つ。貴方の三年間を終わらせてやる。
「祭じゃあーっ!!!!」
そう菅原達が叫ぶ中で「もう一回がない試合だ!」と友人《孤爪研磨》に笑う日向の背中が見えた。
白鳥沢も稲荷崎も倒した今、周りは烏野の方が強いと思われているのかもしれない。けれど、私たちはずっとやりあってきたから音駒がどれだけ強いかよく知っている。簡単には勝てないことも、点をとらせて貰えない事も。
「………祭、か」
「音駒とはゴールデンウィークが初めての試合でしたっけ?」
「そうだよ。仁花ちゃんはその時まだいなかったもんね」
昔からの因縁の相手である音駒と練習試合だと知り、東峰と西谷の復帰と繋心さんの加入が決まった。澤村が主将、菅原が副主将として今のチームは動き出したけれど、秋の春高予選で伊達工と戦ってからはまだバラバラだった。そこに日向と影山、山口と月島が入って、大きく動いた。練習試合で青城に勝って、強くなりたいと……強くなれると実感した。
今の私たちにはじめて敗北の味を教えたのが音駒だ。
他県でそう簡単に会える距離じゃないけれど、私たちが一番よく知っている。彼らのバレーを。
「夕!!会う度上手くなるじゃねーか!」
「!衛輔くんアザース!!」
レシーブが上手い。しなやかで粘り強く、どんな攻撃も拾う。
そんな彼らは【護りの音駒】と呼ばれているけれど、決して防戦一方というわけではない。
「くっそ、相変わらずねちっこい……!」
粘って、慣れて、畳み掛けるように崩してくるのが音駒の戦い方だ。
そして、その頭脳《ブレイン》が孤爪君。見極めて、対策して、徹底的に潰す。それを支えるのがウィングスパイカーの山本君とミドルブロッカーの鉄朗。
攻撃を崩し、綺麗なレシーブで攻撃に繋ぎトドメ。もしくはスパイカーをブロックで叩き落とす。本当にチームとして完成されていて、この上なく厄介。
「音駒相手に全員での攻撃は初めてでしたよね??」
「うん。白鳥沢とやった時『紛れる』を覚えたから。
でも、鉄朗なら絶対ついてくると思った」
天童君がするような読みと直感のゲスブロックも厄介だけど、鉄朗は相手に合わせて飛ぶリードブロック。タイミング、手の位置、角度とその全てを見抜く事も合わせる事も上手い。
夏の間はサーブを教える代わりに散々飛んでもらったけれど、身長も高くてガタイもいいから威圧感もあるし。正直目の前に立たれるとウザいと思った。
でも今日は、一段とノリに乗っている気がする。
そして上手いブロッカーが機能すると、それはレシーブにも直結してくる。守備のエースであるスーパーリベロの夜久君は、拾えないボールなんてないんじゃないかってくらいよく拾う。
序盤から突き放していかないと音駒相手はキツいぞ。なんて考えながらも、同じ体育館で練習をしていた選手が公式戦で戦っているのを見るとどうしても顔が緩んでしまい嬉しく思う。
山口のサーブで崩して月島がブロックで落とすことも。
鉄朗がジャンプサーブでサービスエースを取ることも。
『よかった』って思えることが嬉しい。敵だと知っていながらアドバイスをして力を伸ばして。そして今それが憎らしいと思うより嬉しく思うなんて、笑ってしまう。
「凄いなぁ………」
長く続くラリーも全員で攻撃を繰り返し、多分いつも以上にキツい。いつもなら決まる場面が決まらず厄介で、それは音駒《向こう》も同じだと知っている。
【ゴミ捨て場の決戦】を待ち望んでいたから嬉しいけれど、私達の全力を次の瞬間越えてくる。
これだから、コイツらがきらいだ。
初めて戦った時から掴みたくてしょうがなかった第一セット。そう思いながらコートを飛び回るものの、最後孤爪君の返球によって奪われてしまった。
孤爪君はパワーもスタミナもあるわけじゃない。影山みたいにバレーが好きというわけではないんだと思う。勝っても負けても普通で、表情が変わるのは嫌な人が目の前に現れたり疲れた時くらい。そんなところが、なんとなく昔の自分に重なった。
「律!!と谷《や》っちゃん、そこで見てたんだ!
谷っちゃん小っちゃくて見えなかった!」
「ウッス……」
第一セットが終わり第二セットが始まる際、木兎と赤葦君が話しかけてきた。二人は隣のコートで次に試合らしく、出番まで観戦していたらしい。
「深刻な顔だね」
「よく考えたら三セットマッチで一セット目を落とすのを見るのは私は初めてだなって……
烏野は春高予選始まってから昨日まで、白鳥沢との五セットマッチの時以外、一セット目ってずっと先取してきたので…」
「確かに、烏野は相手が慣れる前にガーッて獲ってくタイプだもんね」
「三セットマッチの一セット目は重いしね」
「音駒相手っつーのがまたヤバイよね!
ヤツラ守備力上げてくるからね!!」
「櫻井さんはどう思います?」
仁花ちゃんに言われて気づいたけど、確かに春高予選の全ての試合で一セット目は取ってきてた。
「……インターハイ予選で負けた青城との試合は、フルセット負けだったけど一セット目取られてたしな」
「!」
「青城は音駒と同じような柔軟なチームだし、何より………」
「?」
「徹と鉄朗って、なんか似てる気がするんだよね………」
なんとなく、そう感じるってだけなのかもしれないけれど。
ゲームメイクのセンスもセットアップも孤爪君より徹の方が上だと思う。でもチームの雰囲気も、似てる気がする。
「そんな顔しなくていいよ」
「!」
「『負けたら』。そんな事考えて水差しちゃダメだよ」
仁花ちゃんの性格なのか、私がいくら言っても気にしてしまうみたいだったから木兎から言ってもらえたら良かった。本人は「水を差すの使い方あってる?」なんて赤葦君に聞いているけれど。私は仁花ちゃんと同じ学校の先輩で、どう足掻いてもこの大会が終わったら引退する。
「後の事じゃなく、今見て。
俺達がどのくらい強くなったか、見て」
『見ていてくれ』
試合前、鉄朗に言われたことを思い出した。
「…木兎さんちょっと圧が強いです。ゴメンね」
「イエッ!……今までの自分に無かった思考を思い知るのは、痛気持ちいいです」
私も見てて、とよく試合前に烏養さんに言っていたけれど、そうだ。見守っていてほしい。
他でもない貴方に、見ていてほしい。
「はぁ……」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
困るよ、鉄朗。自惚れてしまう。
初めて見た時から私のバレーが好きだったと言ってくれた。会って、触れて、私のことが好きだと言ってくれた。
私だって貴方のことが好き。バレーの話をしている時は参考になるし、楽しい。突然電話したって、相談したって励ましてくれる。いつだって優しく背中を押してもらって、私はその度に頑張ろう。彼が見ていてくれるのなら、なんだってできる。と思っていられる。
でも、貴方に受ける『好き』は貴方と同じ感情ではない。
「エンジンかかってくんのは音駒だけじゃねーんだよな!
コレが!」
第二セット。均衡を保っていた中で東峰のノータッチエース。このまま終わる私達ではないよ、とでも言うかの様な攻撃だ。ミスが怖くないわけではない。ミスしても取り返すから、挑戦し続けるだけだ。
それでも、全員で攻撃をするスタンスを変えない烏野の方が辛く険しい茨の道ではあるかもしれないけれど。でも、そうしないと音駒は完璧に返すということを知っているからやめない。
「俺はバレーは見るよりする方が好きだけど、音駒と烏野がやってるの見るとワクワクするんだよね!」
「わかります」
木兎と赤葦君が食いついて見ていると思えば、そんなことを考えていたのか。でもまぁ、わかる。
田中と山本君然り、鉄朗と澤村然り、なんだかんだ似たもの同士だったりするのだ。ライバルであると同時に良い友人で、仲がいいけれど倒すべき敵。チームメイトにも敵にも触発されて、負けられないと進み続ける。
「いいね!」
「そうね」
でも、このチームの中で最初に友人になったのはきっと孤爪君と日向だ。
「なんか今日、孤爪の方がイキイキしてんね」
「………孤爪君は、日向とバレーする時イキイキするって鉄朗が言ってたけど」
「それのせいですか?」
「孤爪君はいつも新しいことをする日向が好きなんでしょう?
自分が考えうる最高の形で日向を徹底的に潰して、その上で日向がどうやって現状打破するかを楽しみにしてるよね」
勝っても負けても普通だと思う。いつも自分の想定内なのは、楽しくないよね。だからいつも想定外をしてくる日向と烏野を抑えて、潰して。どう這い上がるのか楽しみなんじゃないか。
「………頭脳派怖っ」
「孤爪もですけど、櫻井さんもなかなかですよね」
多彩な攻撃も全員で、休むことなく行なってきた。それでも音駒はそれに慣れる。
何度繰り返しても、どこに打っても拾われて、その度にストレスも疲労も溜まる。だから次こそはと思い精度の高い攻撃を行い、必要以上に守備を気にしてしまいミスをする。
「気を付けろ…夜久衛輔……
奴は、ボールに触らずしてスパイカーを殺す男なのだ…‼︎」
「音駒って、スパイカーからしてみれば腹立つほどウザい」
「……櫻井さんでもそんなこと思うんですね」
「思うよ」
「気持ちいいスパイク打たしてくんねーんだよなアイツら!」
ボールを落としたら負ける、繋ぐ球技だからどんなに攻撃力が高くてもレシーブを疎かにはできない。
助走路を塞がれてスパイクを止められても、スパイカーに道を作るのがセッターの仕事だ。
「飛ばせるよ、影山なら」
影山ありきの日向への評価かもしれない。でも、一番は。
影山をここまで馴染ませて、使えるようにしたのは日向だ。
二人がずっと同じチームにいるとは限らないけれど、今ここでは同じコートにいる仲間。そして、相棒だ。
「オープン!」
高く上げたトスに余裕を持った助走で攻撃する。それは夏の課題でやったことで、冬に合宿から戻ってきた後、ずっと練習していたこと。勢いよく飛んだ日向だったけれど、タイミングがうまく合わず。それでも不意を突かれたのか得点となった。
「床を蹴る音だ………」
「?」
「……日向の最高打点が、変わったからズレたんじゃない?」
ここ最近、試合中だってかかさず良いジャンプを突き詰めてきた。人より動き人より小さい日向だから、誰よりも飛ぶ。
「前から思ってたんだけど、烏野ってどんな練習してんの?」
「まず思考回路から気になりますけど」
この二人も貪欲だよなぁと思いつつ、私は助走とジャンプについてアドバイスしただけだと話した。
いいジャンプはいいスパイクに直結する。空中姿勢が安定していると、その分の選択肢も増えるし、日向は人よりよく飛ぶからこそ、同じタイミングでブロックに飛んだら先に落ちるのはブロッカーだ。それに、自分にトスを上げると影山が呼んでいるのに、飛び込んでこないわけがない。
「………長かったなぁ、一セット取るのが」
第二セット、ようやく、音駒から初の一セット取り返した。
ゴールデンウィークの時から、初めてだった。
* * *
俺にとって、櫻井律は憧れだった。
始めて彼女を見たあの瞬間から、ずっと。
第三セットの始まりを意識する度に、これで最後かと思ってしまう。烏野と決着をつけたいけれど、試合が終わってしまうのは嫌だと思った。
「ガッとやっちゃいましょう!俺が二十点取ったりしますよ!
あとの五点は皆さんでどうぞ!」
熱くなっているリエーフはともかく、山本は表情が硬い。
「なぁ知ってる?
筋トレってさ、例えば普通の腹筋百回より十回できるかできないかくらいの負荷かけてやった方が良いんだってよ」
「何の話だ」
「えぇっ!回数多ければ多いほどいいんじゃないんスか!?」
「つまり…?」
「普通の二十点よりヘヴィな一点?」
「何うなづいてんだよ。ヘヴィな一点て何だ二十点取れ」
ああ、俺は。
「オイ!お前の場合はもっとテンションアゲてけ?
つーか、お前さっきのラストのストレート凄くなかった?
いつの間に練習したの?」
「!!アザース!」
俺は、律と同じ舞台に立ちたいとずっと思っていた。
「………」
「?何だよ」
「よく喋るなと思って」
「とつぜんのパンチ」
『じゃあネットを下げればいい。
最初こそまずは【できるヨロコビ】じゃないかい』
小学生の頃にバレーを始めて、スパイクはかっこいいけれど背が高くないとできないと思っていた俺に猫又監督は言った。その時からバレーが好きで、チームに入って。でも俺は最強なのだと木兎みたいに思えることは無かった。
でも、あの日お前を見て。
『カッケェ……!』
俺だってスパイクはできるし、点だって取れる。それでも、綺麗で男子にも勝るくらい威力のあるジャンプサーブを決めて、セッターからのトスに確実に答える姿。
俺と同じ年の女の子で、先輩たちからも頼れる存在。コートでのびのびとバレーをする姿が見に焼き付いて離れない。
彼女はどんな景色を見ているのだろう。俺も、見てみたい。
それが、始まりだった。俺がバレーに落ちたと同時に、律に落ちていた。
「………クロがただのパリピ風野郎なら一緒にやってない」
「えっ何でさっきから切り掛かってくんの」
「確かに俺はできるなら汗かきたくないし、練習よりゲームしたい時もあるし、バレーはやるより見る方が好きかなって思う。
でも、『さてと、やらなくちゃ』って思うのは悪くないよ」
そう言った研磨はゆっくり立ち上がった。
「………どいつもこいつも自由かよ」
烏野とするのもこれで最後だ。円陣を組んで、手を重ねる。
俺、ここに来れてよかったよ。
「しんどい時間は越えてきた。ごほうびタイムだ!!!」
「フウーーーーッ!!」
音駒で、こいつらとバレーできてよかったって心から思う。
このセットでどちらかは敗退する。その時点で三年は引退。あいつらしつけぇから二セット終わって疲れはマックス。疲労のせいかプレッシャーのせいか、今にも膝が震えだしそうだ。
俺はもう、お前を追いかけるのはやめるよ。律。
だから最後まで見ていてくれ。俺を。
さぁ、最高のバレーボールをしよう。
続くラリーに、一瞬たりとも気が抜けない。研ぎ澄まされていく空気の中で取り残されないよう食らいつく。
こいつらとやるのは最後だ。置いていかれるなんて、もったいない。
『………黒尾は、私のバレーが好きって言ってくれたよね』
『今の…選手じゃない私は、貴方にはどう見えてるのかな』
「……かっこいいよ、いつだってお前は」
実際に見たのはあの試合だけだったけど、鮮烈に頭に残っていた。でも、春に会って、触れて。俺とあえて良かったなんて言われて舞い上がって。
俺は、櫻井律の事が好きだ。
この先何があっても、俺はお前の味方でいる。お前がどんな選択をしても、道を踏み外さない様に見てる。俺だけは、何があってもお前を応援してる。それでも、もし前みたいに失敗したら、その時には、俺も一緒に堕ちてやる。
いつだって俺が、お前の背中にいるのだと教え続けてやる。これからもずっと、お前がバレーを辞めても。俺はお前のことが好きで、師だと思ってるよ。
「ツッキーの徹底ネチネチブロックに皆腹立つワケじゃん?」
「………」
「文句言い辛いなら俺が殴ったろか?」
「そんでさ、『良かった。間違ってなかった』って思ったんだよね」
「……!」
「お前らの大切なマネージャーのウケウリだけどな」
スパイクもサーブも、彼女に教えてもらった。
できることなら、お前らと同じ距離で彼女と一緒に居たかったよ。同じ学校に通いたかった。俺の背中も押してほしかった。
お前の隣で笑いたかったよ。
「ハッハァー!!!」
最高の気分だ。
俺が見た試合の時だって、好きじゃなかったかもしれない。
なぁ、律。最近のバレーはどうだい?
楽しいだろ。バレーって。
長く続くラリーで疲れても、体が思った通りに動く。楽しい。
チビちゃんのロングプッシュに悔しく思いながら後ろを振り向くと、研磨が倒れていた。
「おい研磨大丈夫か!?どっかやったか!?」
昔から試合の次の日は熱を出したりしていた幼なじみだから、今回張り切りすぎてどうかしたのかと駆け寄ると、研磨は笑っていた。
「たーのしー」
そう呟いた声は決して大きくなかったけれどチビちゃんには届いたようで、喜ぶその姿を見ると同時に言葉にならない感情が込み上げてきて『やられた』って思った。
バレーボールで人が死ぬことは殆どない。それなのにこんなに熱くなれて、笑えて、最高だと思う。時間が進むにつれて終わりが近くなる。それでもまだ。まだ。
「バカ!!ボール!!まだ落ちてない!!!!」
苦しいししんどい。それでも、まだ終わらないでほしい。
こいつらとどれだけ試合をしてきたんだろう。余計なことを考えることもなく、お互いがお互いのことだけを考えているこの瞬間が好きだ。
そんな時だった。最後の笛が鳴り響いたのは。
最後にボールに触れていたのは研磨で、長いラリーの際付着した汗で滑ったらしかった。
「んあーーっ!ハァ」
その場に寝転んで思いっきり叫んだ。胸にポッカリと穴が開いたような喪失感を感じ、コートに座る研磨のもとへ向かう。
「おれ達が負けたところで勝ったところで、誰も死なないし、生き返らないし、悪は栄えないし、世界は滅びない。
壮大な世界を駆け巡るでもなく、ただ9×18メートルの四角の中でボールを落とさないことに必死になるだけ」
そう淡々と話していた研磨は、俺と同じように寝転んで笑った。
「はぁ〜〜〜面白かった!
クロ、おれにバレーボール教えてくれてありがとう」
「………あ、うん。……は?」
今まで一度もそんなこと聞いたことがなくて、引き摺り込んだ俺としては少しだけ罪悪感もあったくらいなのに。
「待て待て待てちょっと待てバカヤロウ!!」
この場でそんなことを聞くとは思わず、顔を抑えた。
ああ、よかった。俺こそありがとう研磨。
バレーボール、好きになってくれてありがとう。
コートを挟んで礼をして、握手ついでにネットを越えてハグをする。俺たちの三年間、最後の相手がこいつらで良かった。
お前のチームでよかったよ、律。
律の方を見ると、真っ直ぐに俺を見て拍手をしていて、足が自然とそちらを向いた。
「行くなら、早く行けば」
「!おうっ」
研磨に背中を押されて駆け寄ると、律はいつもより少し柔らかい表情で俺に右手を差し出した。何も言わず、俺はその手を握る。小さくて柔らかいその手に、今までどれだけ励まされてきたのか。思い出して、目頭が熱くなり溢れない様目を閉じた。
心のなかで「悪い」と謝って目の前にいる律を見つめた。
「鉄郎?」
そう、名前を呼ばれるのも好きだ。俺のことそう呼ぶ人なんて父親くらいしかいない。
お前を困らせるのも、もうこれで最後にするよ。
「好きです。櫻井律さん」
「っ、」
お前にどれだけ大切な人がいても、言わずにはいられない。
柵越しに繋いだ手をグイッと引っ張って、抱き寄せる。ああ、オイカワクンに妬く。堂々と俺のものだと言えて、彼女の隣で笑い合える顔も知らないソイツが憎い。
「お前がいたから、ここまでこれた。
ずっとお前の背中を追ってきたよ俺は……!
律に会えて、本当に良かった!!」
それでも、これを最後にするから。許してくれ。
そう思っていると、背中に手が回ったのを感じた。
「私も、鉄朗がいてくれて良かったって思ってるよ」
ゆっくりと離れて、顔を見る。
昔の距離では、見られなかった見慣れた顔だ。
「楽しかったよ。ありがとう」
「〜〜!」
始めて見た律の笑顔が綺麗で、俺はその言葉が聞きたかったのだと笑った。
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