講評も終えて、選手がギャラリーに戻ってくる時だった。
「けんま「またやりましょう」
「おい!おれが今言おうとしてたやつ!!!」
「あ??知らねぇし」
そう話す日向と影山をポカンとして見ていたものの、孤爪君は改めて日向に「来年もやろう」と言われて不敵に笑いながら「うん。やろう」と応えた。
「まーたお前らは『明日も遊ぼうぜ。お前ん家集合な』みたいに言う」
試合終わりにここまで普通に話せると言うのも、烏野と音駒だからこそだと思う。ネットを挟んで戦っていた敵なのに。
そしてそのまま、隣のコートで行われていた梟谷と松山西商の試合を観戦した。結果はストレート勝ち。
試合を終えた梟谷の面々を拍手で迎える。
「お疲れ様、おめでとう」
「ありがとうございます」
「お前ら見て、絶対ぇ負けねって思った。
もっと会場沸かす試合してやる」
「………!」
そう話す木兎は笑っていて、なんだかいつもより絶好調だと感じ取れる。
「ソッチは凄い試合長かったね」
「チラ見する度長ぇラリーやってたもんな」
「布団入りたい……」
「ハハハ!」
確かに楽しそうにしていたけれど、見てる方もハラハラするくらい長いラリーだった。次の試合まで少しは時間あるけれど、スタミナも心配だ。
「月島も凄い頑張って跳んでたじゃん」
「いや、まぁ……ハァ。
梟谷は三回戦もストレート勝ちさすがですね」
「木兎さん調子良さげ」
「うん、すごくいいと思う。
………いつになくいいと思う」
そう言った赤葦君に少しだけゾワっとした。
「………赤葦君、大丈夫?」
「?はい」
「どうしたんですか櫻井先輩」
「いや………大丈夫ならいい。スパイカーが凄いと、セッターの負担も多くなるだろうから」
「??」
かつて華がそうだったように。スパイカーはいつだって自分を上手く使って欲しいと、最高のトスを求めている。それに応えるセッターは、プレッシャーも凄いだろうし、気追いすぎてしまうこともある。だから、少しだけ心配になった。
「じゃあ、良きタイミングで飯食っとけよ」
「ハイッ!!」
今の試合の勝者と次に試合ということで、音駒戦で疲れた体を少しでも休ませるように伝える。お弁当を選手に配りながらそれぞれに指示を飛ばす。
「あれ、一個あまり?」
「日向の分。さっき試合見に行くって言ってた」
「じゃあ、私呼び戻してくるから先食べてて」
潔子がコートの方に走り出すのを見届けて、それなら先に、と思いながらダンボールを片付けている時だった。
「りっちゃぁぁぁあん!!!」
「っぐ、」
叫びながら背中にすごい勢いで突進してきた。振り向くと、黒地に青と白のラインが入ったジャージを着た泉がいた。
「さっきの試合ちょろっと見てたよ!凄いね、烏野!」
「あ、あり「音駒ってアホみたいに拾うからスタミナとか攻撃手段とかかなり絞られてくると思うんだけど、ひたすら飛んで粘り勝ちって感じで、めちゃめちゃアツかった!それから〜」
突然現れた泉は音駒戦について語っていて、チームメイトもポカンとしている。
「こら。櫻井さん達困ってるでしょうが」
「え、困ってる?困ってるって何が?褒めてるんですけど!」
「空気読めないのはアンタの専売特許だよね」
後ろから来た同じジャージを着た身長の高い女の子に襟首を掴まれて泉は引き剥がされた。
「ごめんね〜櫻井さん。この子試合と普段の差が激しすぎて」
「あ、いや……平気」
「泉、中学の櫻井さんの試合見てからずっと追いかけてるから、ブーストかかってんの」
そう言った彼女は泉の幼馴染みらしく、スパイカーなのだと話した。そうしていると仁花ちゃんに控えめに名前を呼ばれたので、軽く説明をする。
「この子は私と同級生の奥村泉。セッターで、夏のユース合宿で会ったの」
「東京の第一代表でセッターの奥村泉です!はじめまして!」
第一代表ということは、東京予選を一位通過してきた学校ということ。今年のインターハイでは決勝でフルセットの末新山女子に敗れて準優勝だったと話していた。
「さっきの音駒戦、見てました!いつでも、どんな状況でも攻撃に繋ぐ、いいチームだと思いました。
特に、九番の影山君!凄いね、キミ」
「?ドモっす」
泉はさっきの明るい表情を消して影山を見て言った。
「……負けないよ」
「─────、」
「?はい」
男女の違いは大きいもので、同じ競技をしていても公式戦で戦うことは無い。だからこそ、若利をライバル視したり及川と岩泉とバレーをしたいと思う事は普通ならありえないと思っていた。だから、泉が影山を敵視していることに息が詰まった。
ああ、同じだ。
「ちょっと……いず「泉」
「?なぁに、律ちゃん」
普通だよ、と言ってくれている。性別も何も関係ないのだと。
スパイカーとして、セッターとして。自分が一番優れているのだと、疑わない目だ。
「ありがとう」
私も同じだから、早くそこに立てるように頑張るね。そう思いながら笑った。
「どういたしまして?
あ、そういやさっき梓さんに会ったよ。時間合えば会いたいって言ってた」
「わかった」
「んじゃ、またね」
泉はずっと私にトスを上げたいと思っていたと言ってくれた。彼女がこの先どの道に進むのか知らないけれど、どうせ目指す場所は同じだ。負けられない。
「……なんか、あの人及川さんに似てますね」
「!だよね」
梓さんは似てないと言っていたけれど、影山にも泉はそう見えたらしく、ご飯を食べはじめた。
ご飯を食べて荷物の整理をした後、梓さんと連絡を取り合って試合を見ていた。
「これで勝った方と次?」
「はい」
鴎台と高木山の試合は第二セット序盤で、第一セットは鴎台が取っていた。
「鴎台が勝つかな……」
「?知ってるんですか」
「一人だけね。鴎台の二年生、昼神幸郎君。
お兄さんと姉がバレーやってて、両方division 1のチームに所属してる。去年の黒鷲旗出場権が掛かった試合、姉の招子にボッコボコにやられたんだよね」
「……因縁ってやつですか」
「そうそう。中学では当たらなかったし律は知らないか。高校の時はめちゃめちゃ当たってたけど。
同い年でサラブレットとか、ほんと恵まれてるって妬ましい!アイツ絶対泣かす。叩き落としてやる」
梓さんは多方面に敵を作るなぁと思いながら昼神君に視線を移す。
鴎台はサーブ&ブロックが強くて、だから今梓さんが通っている大学でもそうだからとちょうど良いと言った。
ブロッカーの昼神君の他に目を引くのは、五番の星海君と十番の芽生君。星海君は小柄ながらウィングスパイカーで、日向同様よく飛ぶ。ジャンプの姿勢がいいからかコースの打ち分けもうまくて、サーブも強烈。そして芽生君は二メートルの長身ミドルブロッカー。勝つなら鴎台だと言う梓さんと試合について話しながら対策を考えていた。
「………そういえば、律って結局及川と話した?
春高予選、会ったんじゃないの?」
「あ、付き合うことになりました」
「は?えっハァ!?」
かくかくしかじか、と予選でのことを話せば梓さんは苦々しい顔でおめでとうと言ってくれた。
「いつかそうなるって思ってたけど、律の彼氏があの及川……
大変そう。そういえばアイツはバレー続けんの?」
「………高校卒業したら、アルゼンチンに行きます」
「………え、何て?」
「アルゼンチンです。尊敬する監督の元で学びたいからって、海外リーグに単身」
「ま、じかよ……いや、私も夏に律に言ったけど無茶するね」
「でも、及川ですから」
本人にも言ったけれど、全然おかしくはない。
「寂しくなるね」
「…………はい」
背中を押した。及川なら大丈夫だと。それでも、決して両手を上げて賛成だとは言えない。繋がっているけれど、今みたいに気軽に会えなくなる。不安でしょうがないって、思う。
「楽しみなよ、今を。
離れたらって考えるより、そっちの方がいい。
そんで、その時が来たら……信じて。
いつか絶対、また隣に立てるって」
「…、はい」
試合終了の笛が鳴り、勝ったのは鴎台だった。
「律さん」
梓さんと別れた後チームに合流しなければと入り口に向かうと、次に試合が始まるらしい黄色と黄緑のジャージが見えた。
井闥山学園のそれは目を引いて、真っ先に後輩の姿が見えた。彼も私が見えていたのか、従兄弟だと話していた古森君に断ってこちらへ来ると、頭を下げて「お久しぶりです」と言った。
「久しぶり。中学の時以来だね」
「はい。まさかここで律さんと会うとは思っていませんでした。
若利君倒した……影山の先輩とか」
「影山とは冬に会ったんだっけ。アイツとは中学も同じだし」
そう言うと、聖臣は興味なさげにふうん。とだけ言った。
「中学最後の試合見てたから、心配してました。……若利君も。
連絡先も知らないし、どうしてるのかわからなかったから。
でも、会えてよかった。戻ってきてくれて嬉しいです」
「……これから試合でしょう。応援してる。
でも、戦うことになったら勝つから」
「はい。………では、決勝で」
聖臣はそれだけ言ってチームの方に戻っていった。
聖臣や田中、日向達一、二年生はまた来年と言えるけれど、私たち三年生は負ければ即引退。勝ち進むほど相手も強くなり、負担も大きくなる。心配しないはずがなかった。
私はコートに立てない分、しっかりサポートをしないといけないと気合を入れ直した。
隣のコートで梟谷と狢坂の試合が始まり、それを時々見ながらアップをしていた。
序盤赤葦君の様子が少しおかしかったものの、それもすぐにいつもの調子を取り戻していたからよかった。
そして何より、木兎。夏合宿で梟谷とした最後の試合、勿論負けるつもりもなかったし私らしくバレーをしていたと思うけれど、それでも全力ではなかった。コートに立ちたい。フルで、全力で、木兎と戦ってみたいと思った。
自身のプレーで敵も味方も鼓舞して、まるで自分が世界の中心にいるかのように、漫画の主人公のように輝いて見える。純粋に、かっこいいと思った。
私たち烏野は、準々決勝前のミーティングを行なっていた。
繋心さんが鴎台の動画をタブレットで見せながら試合の流れや選手の特徴について話すのを聞きながら、また要点や対策方法などを付け加える。
「個人で一番厄介なのはレフトの星海光来だな。攻撃は超多彩。サーブも強力だ。
でも、正直星海以上に厄介なのは……ミドルブロッカー」
「白馬芽生君と、昼神幸郎君。
白馬君は二メートルの長身だから、縦の攻撃より横幅使って。技術のある百沢君みたいな感じ」
左右の横幅、目一杯っすね!と笑う日向に頷いた。
「昼神君はスパイカーよりボールに目を向けてるから注意。
わかりやすい速攻にも余裕でついてくるから、タイミング気をつけて」
「…ってことで、レベルをマックスまで上げた伊達工にユースクラスのエースが居るチームみたいな感じだな!」
「oh……」
伊達工のブロックを思い出して嫌な顔をする東峰とは対照的に、日向は楽しみと言った風に笑っていた。
「よし、澤村。気合入れろ!」
「……お気づきだろうか。我々今、全国ベスト八です」
「おお……!」
「ベスト八……思えば遠くまで来たもんだ」
「もっと遠くまで行くけどなっ」
「菅原の合いの手が最早芸人のソレ」
「んっ」
隣にいた潔子がボソッと呟いて、それに笑ってしまった。
でも、これに勝てば準決勝『センターコート』だと気合を入れ直して笑う皆を見て、私も微笑んだ。
よし、行くぞとコートに向かった先、日向を呼ぶ冴子さんの声が響いた。
「あっ翔陽ーっ!!『小さな巨人』が来てるよ!!」
その声に日向と影山は走って行った。
宇内さん、来てるのか。冴子さん同級生だって言ってたからな。そう思い日向の背中を見送った。私も知り合いだし会いたい気持ちはあるけれど、後ででいいかとコートに視線を移す。
これを勝てば、準決勝。センターコート。
ミーティングの時は笑ってしまったけれど、菅原の言っていた通りもっと先まで行けると信じている。私たちなら、できる。
戻ってきた日向はどこか落ち着きを取り戻していた。
「宇内さん、元気してた?」
「あ、ハイ!」
「バレーはしてないみたいっすけど」
「そうだったんだ」
だから、日向の表情が違うのかと思い返す。
「何でだろ。おれ、あんまがっかりしてない」
「………やっとかよ」
ずっと、小さな巨人みたいになりたいと思い続けてきた日向だったけれど、バレーをしている間に変われたのか。
真似をするだけ憧れるだけだったのが、吸収して自分の戦い方を考えるようになった。
「…いい変化だ」
試合前の公式ウォームアップを終えて、試合が始まった。
スタートは好調だったものの、事前に話していた通りブロックとサーブのスキルが高い。
影山は星海君をユース合宿で見て日向のジャンプに着目しただけのことはあり、低身長ながらウィングスパイカーだと実力は相当。ブロックより上から打ち落とす他にも、ブロックアウトを使ってくる。そして、日向の早い速攻に驚くこともなく、冷静についてくる昼神君。昼神家はバレー一家だからと梓さんが言っていた通り、環境に恵まれていたのか技術が高い。
「ブロックの人、凄い……」
「鉄朗然り天童君然り、凄いブロッカーはどのチームにもいる。
だからこそ、止められないために選択肢を増やしてきた。」
技術が高くとも、一人では止められないスパイクはある。
若利のような圧倒的なスパイカーは、大体のボールは決める。でも、そんな人がいないならチームスポーツのバレーらしく数で補う。そしてそれは、ブロックも同じ。
冬に伊達工と練習試合でやられた時と同じパンチ・ブロックでついてきた。
「………スパイカーとしては、かなり嫌な相手だ」
元々伊達工との試合でブロックと勝負することにトラウマを覚えている東峰が心配。
東峰だけではなく、攻撃に入る全員が。鴎台はいつも決めるところで、叩き落とされる。スパイクを決められないスパイカーに価値は無いと思うからこそ、余計精神にクる。
「でも、黒尾さんが音駒の凄いブロッカーなら、烏野の凄いブロッカーは月島君ですから!」
「そうだね」
月島はいつも冷静で、目の前の情報全てを拾いながら試合の中で守備を組み立てていく。タイミングや位置を考えて、それを周りにも伝達する。西谷と澤村の様なレベルの高いレシーバーがいるからこそ、繋ぐことと止めることのオンオフが早い。
それから鴎台はデディケート・シフトに変更して東峰をマーク。それに対して影山は真ん中とライトを使おうとするものの、それも鴎台の想定内だったのか止められる。
そして、第一セットは鴎台がとった。
「………熱くなってるな」
「?」
「最後。横幅使ってたら決めてた。
白馬君は二メートルの長身だから身長プラス手の長さで二度飛びでも間に合う。だから、攻撃では横幅意識って言ったんだけど…」
音駒戦の疲れから、頭が少しずつ回らなくなってくるのか。そう思う。
でも、私たちが勝利を疑ってはいけない。
「第二セット取って、三セットマッチで勝ちます……!」
「その意気その意気」
でも、このままストレートで勝つとでも言うかのように鴎台はローテーションを回して攻撃の強化に動いた。きついだろうけど、動いてもらわないといけない。
烏野の攻撃力が下がるタイミングで鴎台は攻撃力が高いローテーションを当てた。それに対して繋心さんは、月島と日向を入れ替えて日向をそこにぶつけるみたいだ。
選手の状態は勿論、何を重要視するのか何を選手に求めるのか。コートに立てずとも指導者として、勝利の道を作る。いつだってチームの最善を考えて行動する繋心さんが好きだ。
「幅、使ってきましたね……!」
「日向、凄い集中してる」
身長を伸ばす方法はないけれど、高い相手に勝つ方法はある。
予選の時百沢君と戦って、改めて自分の世界の小ささを実感したのかもしれない。冬の一年生合宿で会ったらしいけれど、体格に関しては努力のしようがない。
それでも、最初から恵まれていなくても同じ土俵で戦いたいと。上を目指さずにはいられない。
私たちは今までも、そしてこれからもそうして生きていくのだろう。
だけど、勿論そうではない人だっている。
一年でユースに選ばれた影山、日向や星海君という低身長のスパイカーが活躍する中で、烏野のエースは未だいいところがないみたいだ。
元々強いブロックのチームが苦手で、逃げたことだってある。でも、そんな東峰に菅原と澤村は「励まさない」「調子乗って凹んでんじゃねぇ」と背中を叩くばかり。潔子も何も言わずに選手を見ていて、それが逆に東峰の普段通りの力を出せそうになっていた。
それでも、自分で決める一本に勝る励ましの言葉なんてないことを知っている。
徹底的にマークされて、スパイクを打つたびに止められて。ブロックと戦うのは嫌じゃないけれど、ここまで目の前で飛ばれると腹が立つ。
そこをカバーしたのは、西谷だった。
夏に、「背中は俺が守ってやるぜ」と言っていただけはある。相変わらずかっこいい。
「にっしのやさん……!!!」
「さすがスーパーリベロ」
ここで月島と菅原が交代。ツーセッターで行くのと同時に、この状態だからこそ菅原が必要だと繋心さんは思ったのかもしれないが。
三枚ブロックにつかれても今までめげずに強打で攻めてきた。そんな中での、軟打。フイをついたそれはコートがよく見えているという証拠で、考えながらバレーをしている事がわかる。
それから東峰は調子が戻ったようで、鴎台のブロックに怯まず戦う背中は正しく烏野のエースだ。
それに鼓舞されるかのように、日向は更に調子を上げる。夏の間に練習していたマイナステンポに加えて冬からずっとやっている良いジャンプ。自分の弱さと向き合って、そこから何ができるのか。何をするのかひたすら進み続ける。そんな彼を見て、私たちだってと走る。人より小柄で、技術もなかったのに真っ直ぐだから、できるのだと思わせてくれる。
「ファイナルセット……!」
「勝つよ、絶対」
強者との連戦で満身創痍のはずだけど、選手は誰一人として勝利を疑っていない。良い傾向にある。勝てる。勝つ。
そう思いながら、三セット目が始まった。
烏野が乗っているものの鴎台に焦りはなく隙は無い。いつでも、どんな状況でも安定したプレーができるというのは強みだ。
低身長ながらスパイカーで、エース。うまく状態が整わなければ自らトスを上げる。レシーブした後スパイクを打つ。そんなプレースタイルがかっこいいと思う。
両者譲らず、次は俺たちが、と何度もボールを繋ぐ。
若利のような、力で全てをねじ伏せる強さが欲しかった。それが理想で、一番特別だと信じていたから。あんな風になりたかった。だけど、私には無理だった。
若利の強さは若利にしかない。私は私らしくできないことをできるに変えて、手札を増やして勝負する。どんなボールでも操れるように、いつでも自分の体を操れるように。そうして私は戦い続けてきた。
だから、日向に親近感が湧く。私と似ていると思ってしまう。
似ているだけで、決して同じではないけれど。
「………ああ、良いな」
思い通りに体とボールを操って、信頼する仲間とコートに立って。きっと楽しくて仕方がないと思う。自由にバレーをできる環境っていうのはとても良い。
だからこそ、チームの勝利のために誰をどう使うのか。ずっと勝つことを考えながらボールを回す影山は楽しくてしょうがないと思う。
そんな中で、突如として異変は起きた。
「───え、」
「………日向?」
スパイクを打った直後、床に倒れた。そんな日向に田中は手を差し伸べたものの、それを掴めない。力が入っていない。
「っ、仁花ちゃん準備して」
「は、はい!」
タイムアウトをとったベンチでは潔子が救急箱から体温計を取り出したのが見えた。
ずっと調子がいいと思っていた。今までになく。だからこそ、体の限界を見誤った。日向だから大丈夫だと、信じ込んでいた。
「日向」
「っ、櫻井せんぱ「次。」
日向を見て、何と声をかけたらいいのか考えていた。
誰よりも試合にかける思いが強くて、いつだってバレーに一直線で朗らかに笑いながらプレーしていた。きっと、今の日向はどうしようもないくらい悔しくて仕方がない。
わかるよ。私だって、そうだったから。
「次は、楽しみにしてる。
…………だから、また強くなろう」
「……!、ハイ!!」
「うん。………じゃあ、わかってるね」
「行ってきます」
最後に見た日向は真っ直ぐ前を見ていた。
それからも日向がいない中で試合は続く。
『落ちた強豪、飛べない烏』
烏野は数年前まで強豪校だった。私達の代は、強くあっても決して強豪ではないのだと、いつだって挑戦者だと走ってきた。
選手層が薄いのなんて当たり前。負担がかかって、当たり前だ。かわいそうでも何でもない。これが私達の全力。
最後の最後まで、誰もボールから目を離すことなく追い続けた。繋ぎ続けた。
「………、」
ボールが落ちて、試合終了の笛が鳴る。
一瞬息が詰まったものの、激しい感情が沸き起こることはなかった。全力になりきれていないわけではない。やり切ったからこそ、喪失感が大きいのかもしれない。みんなも泣いておらず、どこか静かに笑っていた。
礼をする選手に拍手を送り、みんなを迎え入れる。
特に何も話さずとも視線を合わせた私たち三年生は、静かにコートに礼をした。
ああ、終わった。また一つ夢が消えた。
「おつかれ!!」
声をかけてくれたのは音駒と梟谷の三年生で、私と潔子は雪絵とかおりとハグをした。
「律!!」
「?木兎………」
「俺とお前が公式戦でネットを挟んで戦うことは一生ない。
けど、負けねぇからな!」
「………うん、私も負けない」
終わったけれど、終わりじゃない。これからだ。
会場を後にする前に、私はもう一度だけコートを振り返った。
次は、私がコートに立つ。誰よりも長く、誰よりも多く。
「惜敗じゃねぇ、完敗だ。
全国ベスト八、初めての全国で俺たちがここまで来れたのは奇跡的かもしれない。でも、お前たちは更にもっと上へ行けると確信してる」
「………俺は」
澤村の言葉に静かに答えたのは、影山だった。
「俺は、このチームでもっと上へ行きたかったです」
ずっと、一人でバレーをしていた。向上心が高くて、技術も周りとは別格で。だから中学の時チームメイトと衝突したし、今だって根本的な思いは変わらない。それでも、ここは通過点だと話していた影山が、私たちと同じ夢を追っていた。
「んもー!!!!
……試合は勝たなきゃだめだ。勝たなきゃ終わるから。
でも、お前からそれを聞けただけでここにきた意味がある。誰が何と言おうと、ある…!
お前がこのチームをそんな風に思ってくれるなら、きっとこの先もそう思える。ずっと先も」
影山を支える三年生セッターだからこそ、菅原は人一倍嬉しいのかもしれない。そう、涙をこぼす菅原を見て思った。
「…さぁ、……それじゃあ」
「すみません、後ひとつ。
ヤル気があるだけでは来られませんでした。
長い練習試合の確保も、強豪との連取試合も、烏養さんも。
先生が居なければ、全部無かった。
先生が監督であることが、俺たち最大の幸運です」
青城と音駒の練習試合を取り付けたのだって、武田先生だ。あれがなかったら、私はまだ及川と過去の私と向き合えなかったかもしれない。バレーに再度挑戦することもなかったかもしれない。この場にいる全員が、感謝している大きな存在だ。
「……僕は。僕はただ、君たちを誇りに思います…!
負けは、今の力の認識であっても弱さの証明ではない。
君たちの何も、ここで終わらない。
これからも、何だってできる!!」
「ありがとうございました!!!」
「したっ!!!」
もう、このメンバーで試合をすることはない。だけど、この先ずっと私たちは走っていける。そういう思いから前を向いて、体育館を後にした。宿に戻ると仁花ちゃんと嶋田さんが先に戻っており、日向は診察を終えて寝ているとのことだった。
「あの、櫻井先輩。このタブレット、音駒の孤爪さんに日向が借りたみたいで、できれば返しておいてほしいって……」
「わかった。返しに行ってくる。
……皆、前を向いて一直線に走るから無茶だってする。足りないものだらけだから、強豪校じゃないから、それが当たり前。
だから、これからも支えてあげてね」
「………っはい!!!」
仁花ちゃんにタブレットを受け取った私は、繋心さんに少し外すと告げて鉄朗に連絡をした。まだ会場にいるとのことで、嶋田さんも一緒に戻るとタクシーで向かった。
「鉄朗!」
「お、来たぞ研磨」
赤いジャージの集団は目を引いて、持っていたタブレットを孤爪君に渡した。
「櫻井さん、……その、翔陽は」
「疲労から来る風邪だって。インフルとかノロとかではないから、安心して」
「そっか………」
孤爪君はホッとしてタブレットを抱きしめた。
「………なんか、思ったよりスッキリしてるな」
「そう?」
「言っちゃアレだけど、あの時みたいにアイツらに合わせる顔がないとか言い出すと思った」
鉄朗だけは、私の劣等感を知っているから少し心配された。
「……多分、私はこの瞬間を待っていたから、かもしれない」
選手として復帰するこの瞬間を、マネージャーを引退する時をずっと待っていた。だから、自分が思う以上に悲しくはない。やりきった思いでいっぱいで、清々しい。
「私はまた、これからだから。………だから、見てて」
「!!………おう!」
宿に戻ると、澤村たち三人が何かを話していて、帰ってきた私に気づいたように菅原が笑っておかえり!!と言ってくれた。荷物をまとめていた潔子とそこに混ざりに行く。
「おつかれ」
「おう。……清水も律も、今までありがとうな」
「、何言ってんの急に」
澤村の言葉に、潔子はいつも通り淡々と答えた。
私はその様子に、少し笑う。
「私こそ、ありがとう。
澤村と潔子がいなかったらバレーに戻ってない」
「!」
「律……」
誰よりも、二人に感謝してるのは私だ。
私がいてくれたら嬉しいと、私と一緒に頑張りたいと言ってくれた。また、好きなことに触れることができた。
「次は私がコートに立つから、見てて」
「も〜〜!櫻井まで」
「相変わらずかっこいいなぁ櫻井は」
「日本の女子エースは私の親友だって、自慢するからね」
「楽しみに待ってる」
それから、田中がご飯だと呼びに来るまで、今までのことを話していた。
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