数日前はやっと梅雨入りしたのと思うほどの大雨だったけど、今日は六月とは思えないほどの快晴。まだ本格的な梅雨入りは先なのかと思いながら外を眺めた。
「今日もドリンク多めに作ったほうがいいかも」
「そうね」
 一つの机にお弁当を二つ広げ、潔子と向かい合って食べながら今日の部活のことを話す。インターハイ予選も終わり、進む方向も目指す場所も定まらずとも流されるようにチームにいた。
 六月中旬だというのにまるで夏休みに入ったかのような熱気に、若干体力がついていっていないような気がする。体調管理がなってないと言えばそうなのかもしれないけれど、気候の変化が中々読めないことにもあった。
「そういえば、持ってきた?」
「…………何を」
 主語がないその問いに何も答えず聞き返せば、潔子はサラッとそれを口にした。
「プレゼント。菅原、今日誕生日でしょ」
「…………………あ、」
「律ならって思ってたけど、やっぱり忘れてたかぁ」
「昨日の帰りにでも教えてくれれば何か持ってきたのに」
 それでも昨日も遅くまで練習があったし、何か買いに行けたかと聞かれればまともなものはないかもしれないけど。
 鞄から財布を取り出して、お昼を食べたらジュースでも買いに行くかと卵焼きを口に運んだ。
「潔子は何にしたの?」
「タオル。実用的だし、使うだろうなって」
「男子に誕生日プレゼントを渡す機会ないし、そんなもんか」
「ね。ああ、でも小さい頃はクラスの子と誕生日会とかしてたから貰ってたかも」
「それなら私もかな……嘘。あんまり記憶にない」
「小学生の頃とか」
「んん………あ、」
「何?何かあるの」
「いや?」
「教えなさい」
 興味津々な潔子に促され、渋々お弁当箱を直しながら話す。
「誕生日だけ」
「?」
「…誕生日の日だけ、烏養さんが頭撫でてくれてたのすっごい嬉しかったなぁ………と」
「…………え」
 ポカンとした潔子の顔になんてことを口走ってしまったんだと羞恥心が込み上げてくる。
 小学生の頃から身長が高くおとなしいこともあって同年代の子よりもしっかりしているとよく言われてきた。だから、中々頭を撫でられるとか、褒められるとかそういう経験が無かったのだ。
 繋心さんはそれを知ってか知らずかよく撫でてくれるけれど、いつもは厳しくバレーを教えてくれる烏養さんはそんなことするような人でもなさそうなのに誕生日だけ頭を撫でてくれた。
 昔から烏養さんの家で練習する機会は多く、メンバーも仲がいい。だから、誰かが誕生日だとこぼせばお祝いもする。
「いや、やっぱり尊敬してる人に褒められると嬉しいじゃん。それが普段厳しい人だと尚更」
「………律って、烏養監督のこと尊敬どころか崇拝してるところあるよね」
「そんなこと………」
 ないとも言い切れないけれど。
「ふふ、いつもしっかり者のお姉さんなのに頭撫でられるのが嬉しいって、可愛い」
「………楽しそうだね」
 うりうりと頭を撫でてくる潔子の手を払いのけることもできず、ああもう!と財布を片手に立ち上がった。
「飲み物買ってくる!」
「ふふ、いってらっしゃい」

 とはいえ。菅原って普段何を飲むのだろう。
 確か辛いものが好きって言ってたからジュースは無しの方向で。やっぱりスポーツドリンク?
 学生の財布のことを考えられた校内の自動販売機はそれなりに安い値段で飲み物が提供されている。一番高い飲み物は果汁百%のジュースなのだけど。一人唸っていても変わらないし、スポーツドリンクと紙パックのジュースにした。
「あれ、櫻井先輩」
「山口と月島」
「どうも」
 一年生の幼馴染コンビも飲み物を買いにきたのか、手に財布だけを持って立っていた。
「二人ってクラスも同じなんだっけ。仲良いね」
「まあ。それなりの年数一緒にいるので」
「何がいい?奢ってあげる」
「いや、そんな悪いですよ」
「いいって。澤村に奢ってもらえる肉まんは食べるけど、私に奢ってもらうジュースは飲めない?」
 悪い聞き方をしたかな、山口が挙動不審になっている。それに対して月島は少し笑って、慣れたように笑顔を作った。
「はは、ごちになります。僕はカフェオレで」
「あ、俺はお茶で」
「ん。緑茶?」
「はい。お願いします」
 受け取り口から飲み物を取り出して二人に渡すと、それぞれありがとうございますとお礼を言われた。
「君らも後輩ができたら奢ってあげなね」
「はぁい」
「はい。というか、櫻井先輩は何でそんなに飲み物買ってるんですか」
 手に持つ飲み物はかれこれ四本まで増えていて、それぞれ種類も量も違うそれを指差して月島は言った。
「ああ、自分のと潔子のと菅原の。でもどうせ澤村と東峰も一緒にいるんだろうし、二人にも買うか………」
 いや、確実に持てないなこれ。
 小銭を入れて財布をポケットに仕舞い、ペットボトルを抱えるように持つ。
「紙パックの、何でもいいから二本押して乗っけて」
「櫻井さん腕大変なことになってますけど。
 パシリと思われますよ」
「パシリって言われたら真心ですって返すから大丈夫」
「ツッキーどれにする?」
「ああ、適当でいいんじゃない?」
 月島と山口が適当に二本買って乗っけてくれた。
 うん。確かに買いすぎたなぁ。少し調子に乗った。
「ありがとう、助かったよ。また放課後ね」
「はい、飲み物ありがとうございました」
「気をつけてくださいね」

 二人と別れて三年の教室に戻り五組までくると、思った通り三人一緒にいた。
「うわっ律それどうしたんだ?パシリ?」
「真心です。澤村と東峰、上二つの紙パックのジュースあげるからとって」
「え、ありがとう」
「ありがとうな櫻井。でも、どうして突然?」
「菅原のついで。菅原、誕生日おめでとう」
 一度持っていた四本のジュースを机に置かせてもらい、その中から二本を渡す。菅原は目を瞬かせてお礼を言いながらそれを受け取った。
「まさか、櫻井にもらえるとは……ありがとう」
「いや、忘れてたんだよ。潔子に言われて買ってきただけ」
「それでも嬉しいべ」
「そ?なら良かった」
 じゃあ放課後ね。と教室を後にして自分のクラスに向かうと、潔子にもう渡してきたの?一緒に渡そうかと思ってたのに!と少し怒られた。

「ああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「羨ましいいいいいいいいい!!!!!!!!」
 放課後。潔子は部活が始まる直前に菅原にプレゼントを渡したのこと。そしてそれをバッチリ見ていた二年二人はやはりというか当然というか、騒がしくショックを受けていた。
「そう言えば、今日は菅原さんの誕生日か」
「おめでとうございます!スガさん!!」
「おー!サンキュー日向!!」
 私の誕生日の時は東峰も西谷も部活に来ていなかったし、そもそも男子ってお互いの誕生日はプレゼントとか用意しなさそうだ。
「俺、一週間後なんで!」
「まじかよ日向も六月かよ〜!」
「日向は八月だと思ってた……」
「直射日光的な」
 潔子の言うことがわかるとみんな日向を見て頷いた。いつも元気で明るいから、夏生まれだろうと何となく思う。
「櫻井先輩も菅原さんに何か渡したんですか?」
「ん、ジュース二本。潔子に昼休み聞いて思い出したから」
 縁下に苦笑いしつつ話すと、微笑まれた。
「………何」
「いや、櫻井先輩ってバレー以外だと少し抜けてるところありますよね」
「そんなことない」
「今日の昼休みに大量のジュース運んでるところ見たってクラスメイトに聞きましたよ」
「それは真心だから」
「ふっ、本当に言ってる」
 後ろから嘲笑が聞こえたと思ったらやはり月島で。隣にいた山口もふんわりと笑っていた。
「解せない……」
「まあまあ。可愛い可愛い」
「俺と大地まで奢ってもらったし、ありがとうな」
「清水もありがとうな!」
「ついでだし、いいよ」
 手を振りながら答えると、隣にいる潔子がニヤッと笑いながら言った。言ってしまった。正直昼の話をここまで引きずるかと不満に思ったけれど、そこまで意外だったのかと思った。
「………頭」
「?」
「律の頭、撫でてあげるといいよ」
「え、」
 ぽかんとする選手陣に、潔子はふふっと笑った。
「どうした、練習再開すんぞ」
 コーチの登場に話を続けるわけにもいかず、練習を再開した。

    *    *    *

「さっきの話、何だったんだ?」
「律、頭撫でられるのが嬉しいんだって」
「へぇ……なんか意外だな」
「でしょ」
 菅原と話していると、丁度烏養さんに呼ばれて二人で話す律が見えた。
 二人は昔からの知り合いで、律にも指導者としての才能があるのか、よく意見を交換しているのを見かける。
 そんな時だった。
「あ」
「、」
 烏養さんが笑いながら律の頭を撫でた。
 その時の律の表情が、見たことないくらい柔らかくて。
「……かわいい」
「だね」
 そんな一瞬を見ている人なんて他にはおらず、なんだか得した気分になった。烏養さんとの話が一段落した律に、菅原は笑いながら駆け寄っていった。
「櫻井!!」
「?何、どうかした?」
「いやぁ、いつもありがとうな」
 そう言いながら、菅原は緩みきった顔で律の頭を撫でた。
「……!」
「清水もな」と言い残して颯爽と練習に戻る菅原に、はぁと息を吐いた。
「いつもああなのに、天然タラシなとこ、本当にズルイ」
「うーん……律は人のこと言えないと思う」
「え、解せない」



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