この地に、人心を操る大王が君臨するようになって幾星霜。人々は大王が気まぐれで流布させる風説に怯え、言葉の裏を読み合い、希望も笑顔も失って生きていた。
 しかしそれは、隣国での話。

 律は王宮で剣術の指導をしていたところ、外が騒がしいことに気づきその手を止めた。その相手をしていた赤葦もそれに気付いて剣を鞘に収めた。

「櫻井さん?どうかしましたか」
「………外が騒がしいな」
「はぁ……何かあったのでしょうか」

 伝令に飛び交っている梟が舞い降りてきたので腕に止まらせると、その白梟は内容とは裏腹におっとりした口調で話した。

『聖騎士様〜
 場外に良からぬ輩がきているみたいですよ〜〜?』
「良からぬ輩………?」
『なんか、律を出せって言ってるって!あれ、孤爪君じゃん。
 今、木兎が相手してるから!』

 続いて私の頭に止まった小さい梟がそう言った。
 木兎とは、この世界でも五本指に入るとされている剣士だ。
 だが、その肩書とは裏腹に何かと問題を起こす。この前は城にいるお姫さんを抱きかかえて場内を走り回ったり、国宝とされている皿を全部叩き割ったりしていた。
 まぁ、一見ぶっ飛んだ行動に思えるもののそれも他人を想う優しい心から来ているのだけど。

「木兎さんが行っているのは、問題ですね」
「だね。ここは赤葦に任せる。私少し行ってくるね」
「お願いします」

 良からぬ輩と聞いても思い当たる人はいない筈だけど。そう思いながら小走りで正門へ行くと、何人もの兵士に混じって木兎の声が聞こえた。

「あ、聖騎士様!」
「何事………は?」

 そこにいたのは昔馴染みの戦士、岩泉だった。
 昔闘技場で戦ったことがあるけれど、連絡なんて全く取っていなかったのに。それに、一緒に訪れたというメンバーは接点がなかなかわからないけれど。

「岩泉と、孤爪君……?」

 とりあえず、知り合いだから平気だろうと周りにいた兵士を下がらせた。それでも隣国の兵士が揃っている為不用意に部外者を城内に立ち入らせるわけにはいかないからと、その場で立ち話をする。

「……で?何しに来たの。岩泉は大王んとこにいるはずじゃ」
「いや、あいつムカつくから抜けてきたんだよ。
 んで、倒すためにこいつらと旅してんの」

 酒を飲んだ時少し聞いたことはあったけれど、ついに城を離れたのか。

「孤爪が外出てんのめずらしーなー!!」
「クロが、大王のとこに行っちゃったから。
 面倒くさいけどね」

 赤葦は元気?と聞く孤爪君は相変わらずクールでマイペースだ。

「木兎さんと翔陽の意気投合しすぎて話が進まなかったから、櫻井さんが来てくれて助かった。
 大王を倒すために櫻井さんに同行してほしいんだ」
「………私が?」

 昔、大王及川達と戦った際に背中に大怪我を負った私は昔のように自由自在に戦えない。だから聖騎士としてできることはしたいと若い人材の育成に力を入れているというのに。

「あ、あの!始めまして!俺、日向翔陽っていいます!!
 岩泉さんと研磨が、大王様を倒すなら櫻井さん…?が居た方がいいって言うので、近くまで来たので寄ってみました!」

 そんな、コンビニに行くみたいな感覚で隣国まで来るか?

「……君は知らないかもしれないけど、私はもう前線で戦えるような体じゃ……」
「清水と道宮が囚われてると知っても?」
「え、」

 その二人の名前に直ぐに反応した。
 昔は姫である結の従者として魔女の潔子と城を守っていた。でも、結を拐った及川を倒しに行った先で……。
 あの後潔子とは別れていたけれど、潔子も洗脳されてしまったのだろうか。

「………わかった。とりあえず長旅疲れたでしょう。ここから大王のところに行くのなら、装備を整えるべき」
「だな!律が話しつけるまでこの街で休んで行けよ!!」

 雪絵、と梟に声をかけると街の宿を手配しておくと言われた。そして、国王と面会の準備も。

「鉄朗のことも心配だし、孤爪君詳しく聞いてもいい?」
「あ、はい………」

 話し合いの結果、私は城を離れ彼らと及川を倒しに行くことが決まった。


 
 元々私は梟谷の民ではないし、腕を見込まれたのと師匠からの縁で剣術の教育のためにいるのだ。事情を説明すると、しっかり休んで万全の状態で挑みなさいと言われた。

「………」
「よう。邪魔すんぜ」

 出発は明朝。甲冑を脱ぎ捨て布団に入る前に、夜風に当たりながら煙管を咥えて一服していると岩泉が入ってきた。城に住んでいたものの隣国に戻ることから荷物をまとめて彼らが宿泊している宿に今晩だけ泊まることにしたのだ。

「お前、大丈夫か?」
「………私を誘いにきといてそんなこと言う?」
「正直、お前は反発すると思ってた」

 カンッと煙管を鳴らしながら灰を落とし、また口に咥える。
 確かに思うところはあるけれど、潔子のことも結のことも放って置けないし。及川を倒さないと鉄朗も取り戻せない。動かないわけにはいかない。
 またここから始めるのか、と昔を思い出した。

「………戦士として戦いに行ったのに、敵を守って負傷して。戦線離脱したのを笑う?」
「それは………」
「フフ、嫌なこと言ったね。
 でも………私にはあの大きな城で踏ん反り返ってる大王は周りが言うほどイカれてないって思っただけ。殺す必要はないから守った。だけ」

 岩泉はフッと目を細めて宙に消える煙を見た。


────数年前

「殺す、ね……」
「不服か?櫻井」
「別に」

 大王の支配に耐えきれなくなった国民の反乱の最前線にいた。勇猛果敢な女聖騎士として、反乱の要である頭脳として。大王を倒すため、世界をより良くするためにと身体も頭脳も酷使してきたけれど、まさか殺す手段を考えさせられるとは思わなかった。
 大王は確かに酷い。酷くウザい。
 人身掌握術の達人というべきか賛同者もおり、そんな彼は気ままに、思うままに国民を操り国を支配している。それでも、殺生沙汰を起こしたことは一度もないのに。
 『殺す必要はないだろう』なんてことを軽々しく言える立場ではなかったし、もうこの戦いは止まらないのだろうと思った。
 それなら、私は。
 
「っ、誰だ!!」

 最前線を突っ切ってきたように見せかけ、動乱の最中一人城の兵に紛れ王の元に辿り着いた。その手引きをしてくれたのは岩泉で、彼も大王をウザいと思っているものの大切な幼馴染みだから殺されたくないと私の意思を汲み取ってくれた。本当は一人でやるつもりだったけれど、作戦前に闘技場で岩泉と戦い意気投合して、その後居酒屋で呑んだことがきっかけだった。
 大王の部屋の奥にある隠し部屋からドアを蹴破って入ると、驚きに満ちた丸い瞳が私を捉えた。

「………はじめまして?」
「クソッどうしてその部屋が………俺を殺しにきたか!」
「ええ。………大王、あなたにはここで死んでいただきたい」

 私は胸元に忍ばせていた変身薬を取り出して黄金の盆の上に置いてあった牛乳パン(笑)にぶちまけた。

「何をして…!え、っていうか俺の好物なのに!!」
「へぇ。それはごめん」
「絶対そう思ってないよね!?」

 牛乳パンは次第に同化し形を変え、大王の姿になった。私はそれに剣を突き立てる。

「……もう、どうしたって反乱は止まらない。私の部下もあなたの兵も、元は同じ国民でしょう?
 これ以上余計な血が流れる前に、私と一緒に逃げてくれ」
「………は?」
「あなたにとってはほんの悪戯なんだろうけど、正直度が過ぎてると思うしうざいの」
「ウザっ……」
「でも、殺されるほどではない。
 彼らはあなたの首を欲してるから、死んだと偽装する」
「ッでも、そしたら逃げられたってすぐにバレるでしょ!
 それに俺は、ここを離れる気はないね!今だって俺の兵が戦ってる。彼らを置いて逃げる?冗談でしょ!」
「………それが聞けて良かった。
 いつもの噂を二つ、流すんだ。勿論どちらも嘘だけど。
 一つ『大王は死んだ』。そして『それにより、兵士の洗脳は溶けた』」
「は……?」
「戦いは誰も望んでいない。あなたが消えればうまく行くのなら、こうする他に道はない。
 変身薬の効果が切れる前にあなたの遺体は私たちが回収する。だから、大丈夫」
「………ッ!達って言ったね?裏切り者がいるわけだ!!」
「裏切ってないわ。彼はいつでもあなたのことを誰よりも考えている人よ。
 ……時間がない。伸るか反るかは今決めて」
「っ!!!」



「あの頃は俺たちも若かったな」
「………次はしくじらない」

 あの後部屋に兵士が入ってきて、大王が死を偽装して逃げようとしていると勘違いされた。他でもない、彼の言葉によって。
 変身薬を使ったのが私だと思わせないように、守ってくれた。だから、剣が向けられたのを見た時咄嗟に体が動いたのだ。
 この背中の傷にかけて、今度は必ず守り抜くと誓おう。

    *    *    *

 大王及川の城。贅を尽くした部屋の豪奢な玉座で、黄金の盆に山と盛られた好物の牛乳パンをつまみながらふてくされる。

「せっかく世界の半分用意して待ってるのに!
 ……岩ちゃん早くこいよ!!」

 清水がヒナガラスを使い動向を探っていたものの、それも勘付かれて終わってしまう。いったいどこで何をしているんだか。
 大切な幼馴染みの顔を思い出してまた不機嫌になる。
 今何をしているんだとか、どこにいるんだとか。そう考えるのは彼女だけだったのに。
 
 突然俺の前に現れた反乱軍の彼女は俺を助ける為にこの部屋に乗り込んできた。最初から俺を殺す気はなく、一緒に逃げてくれと言った。
 できるわけがない。俺は国王で、どう足掻いたって自由にはなれない。一生この城で兵士に守られて、老いていくんだ。

「………岩ちゃんも、俺を置いて行っちゃうのかな」

 嗚呼、らしくない。
 何でこんなことを考えてしまうんだろう。岩ちゃんに続いて飛雄も城を去り、少しだけ………本当に少しだけ、寂しく感じているんだろうか。金田一や国見ちゃん、マッキーにまっつんもいるのに。どうして俺は………

『長というのは、頂点であると同時にその組織の奴隷だ』

 俺だって本当はこんなところで国を操りたくない。
 政事より、外で自由に遊びたいし旅に出たりしたい。でも、生まれた時から王だ何だと持ち上げられて動けずにいる。退屈な日々を変えようと国を弄ってみたら反乱軍まで出来上がってしまうし。
 つまんないな。平和っていうのはいい事だと思うけれど、もう少し刺激的な何かが起こればいいのに。
 そう思っている時だった。水晶玉を覗いていた黒尾が城に侵入者が、と言う。
 誰かと思えば奇妙な連中で、でもその中には岩ちゃんと飛雄がいた。

「ぃよっし!二人とも、丁重に遊んでおいで!」
「はい」
「よっしゃあ〜〜」

 側近の二人を部屋から追い出し水晶に捉えている道宮さんに声をかけた。彼女が待ち望んでいるのは澤村君で、彼がいないと知ると落胆していた。澤村君は確かに手強いし反乱軍の提督だけど、彼は自身の剣で彼女を傷つけてしまったことからもう戦いに参加しなくなってしまった。
 道宮さんを助け出すということは俺を倒すこととイコールで、だから勇者や反乱軍の副官である爽やか君に任せているけれど。
 どうしたもんかな、と思っていると、水晶に影がかかった。いや、これは……
 外からか!とそちらを向くと、窓を蹴破って人が飛び込んできた。

「………ッかおりは転送術式が雑だな」

 大きな音を立てて窓が砕け、外で見回りをしていた兵士が何事かと騒ぐ声がする。俺はそんな声を聞きながらも目を見開いて目の前の人物を見つめていた。

「相変わらず趣味悪いな。目がチカチカする」
「き、みは………!あの時の!」

 白と紺を基調とした鎧に身を包んだ彼女は相変わらずどこか気怠げで、それでも騎士らしく真っ直ぐな瞳をしていた。

「結と潔子と……ついでに鉄朗を解放して」
「、ッ」
「早く」

 呆気にとられている俺の隙を狙って剣を向ける彼女は、前回のことなんてなかったかのように身軽な動きで俺を追い詰める。
 怪我は大丈夫なのかとか、あれからどうしたのかとか、名前とか。聞きたいことは沢山あるというのに口からこぼれたのはみっともない、誰にも聞かせられないような弱り切った俺の本音だった。

「………今度は、俺を攫ってくれないの」

 その言葉に、彼女は目を細くした。

「あの日からずっと、俺は君のことばかり考えてた……
 初めてだったから。
 外に出よう、なんて手を差し伸べられたのは」

 次の機会があったら、俺はきっと彼女の手を取ってしまうと思っていた。もうそんなことないだろうと思っても期待して。いろんな世界を巡りたいと思っていた。
 でも、本当にそんなことはできないのかな。
 彼女は一瞬目を見開いて、フッと唇に弧を描いた。

「………助かったよ、信じてくれて」
「え、」

 グサッと、胸に剣を突き立てられた。

「どう………して、」
「ごめんね、痛いよね。……少しだけ、我慢して」

 どくどくと血が流れ、石畳の床を赤く染め上げていく。
 裏切られた。彼女は反乱軍の人間だ。信用しては………夢を見ては、ダメだったんだと後悔する。でも俺は、彼女を信じてみたいと思っていた。視界が涙で滲んで息が浅くなる。
 彼女は剣を引き抜いて、倒れ込む俺を支えると胸元を治癒し始めた。

「………つ、律!!」

 嗚呼、魔力が弱まったから水晶に道宮さんを留めておけなくなったのか。初めて彼女の名前を知ったな、とぼんやりと思う。
「結、私はもう帰れない。澤村にはよろしく言っといて」
「よろしくって…!これからどうするの!?」
「……結が出てきたってことは潔子と鉄朗も大丈夫なはず。
 私はこいつを攫って逃げないといけないからさ………」
「攫ってって、「見逃して。お願い」

 何処にそんな力があるのか、俺を俵担ぎした彼女はいつの日か出てきた隠し部屋へと歩みを進める。

「ど……して………」
「ああ、あんまり喋らないで。傷が開く。
 私の聖剣は罪と同等のダメージを与える剣なの。流れ出た血はあなたの罪の重さ……だけど、首を落とさなければすぐに塞がる。治癒呪文もかけたし、魔力の高いあなたなら二、三日で全快するでしょうよ」

 胸元に手を当てると、確かに出血はすでに止まっていた。

「攫って欲しいというのなら、もう躊躇わない。
 この身を懸けて、貴方と共に生きると誓おうか」
「〜〜〜!何、それ」

 いったい何処の台詞だ。まるでプロポーズみたいじゃないか。そう思っていると、彼女は笑いながら「なんかプロポーズみたい」と言った。ほんと馬鹿。

「自己紹介が遅れたね。私は、この国の国民で反乱軍の参謀、聖騎士、剣術師……まぁ、色々やってきたけど今は特に何の肩書きもない。ただの櫻井律。
 あなたは?」
「俺は……」

 理想の形でも何でもない。何百回と妄想してきたものとは違う、盗賊レベルな攫われ方だ。本当に馬鹿みたい。
 でも、こんなに嬉しいものなんだ。

「何でもない、ただの及川徹だよ。よろしくね、櫻井さん」
「ん。よろしく、及川」



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