櫻井律が繋心さんと同級生だったら、という夢です。



 白鳥沢との激闘を終え春高県予選を見事勝ち抜いた烏野は、一月にある春高本戦に向けて日々練習に励んでいた。体育館や練習試合などツテを辿りながらスケジュールの調整を進める中、この年になって周りに置いていかれる感覚をひしひしと感じるようになっていた。
「ふー……」
「どうよ?」
「……OB会の実家にかけると、四回に一回お見合い進められるんスけど」
「ははは!!」
 谷っちゃんが作ってくれたバレー部の資金集めのポスターを店内に貼りたいと受け取りに来ていただいた内沢さんに断って、煙草に火をつけて話す。
 二十七歳。
 両親をはじめ、結婚を周りにせっつかれるようになってきた。とはいえ、同級生の嶋田とたっつんもまだなわけだし、そもそも今はそんな事をしている場合じゃねぇというか、何というか。
「でも、順当に行きゃ烏養が真っ先に結婚しそうだと思ってたけどな。別に、今までそういう相手がいなかったとか、恋愛に不慣れってわけじゃないだろ?」
「まぁ、そうっすね………」
 高校は兎も角大学では普通に同じ学校の子と付き合ったり、それなりの経験はあると思っている。
 それでも『恋愛』とか『結婚』の話を聞いて頭に思い浮かぶのは一人の女で、俺はどれだけお見合いを勧められても曖昧に返事をすることしかしなかった。

 高校三年の春、まだ桜も咲いていない寒い日にジジイの家のコートを眺めながら縁側で二人で話したことを思い出した。



「おい繋心。こいつ、この前からうちで練習してる櫻井律な」
「?おっす!」
 初めて彼女と出会ったのは小学二年生の時。祖父の家にあるコートに練習に来る様になった彼女は俺と同い年らしい。
 祖父がバレー好きなだけはあり、庭には立派とは言えないがコートがあった。そこでは近所の子どもを対象にして定期的に練習を行なっている。でもその場で女の子を、しかも同い年の小さい子を見るのは初めてで俺はすぐに声をかけた。
「オレは烏養繋心!よろしくな。えっと、律?」
「………」
 真顔でジッと俺を見つめた彼女はプイっとそっぽを向いた。
 何なんだこの女は。これが初対面にする態度かと、カチンときたのが始まりだった。絶対仲良くなれる気がしないと思っていたけれど、律はどんなにジジイにしばかれようと泣こうと、弱音だけは吐かずにひたすらくらいついていく。その姿勢を俺は素直に尊敬した。

「何でお前、そんなに必死にバレーするんだよ」

 だから、高二になった頃そう聞いた。
 昔から一緒に練習しているから、何となくわかるのだ。律はバレーを好きでやっているわけではないのだと。
 家に行けば必ずと言っていいほど彼女がいて、家の中にいる時だってボールを触っている。そんな彼女と自分の実力を比較されるのはスッゲェ嫌だったけれど、律にトスを上げている時はそんな気持ちは微塵もなく純粋に楽しいと思えた。
 俺はセッターだから、律が拾ったボールを上げる時も勿論ある。高くもなく低くもない定位置に上がるボールはトスしやすい。何より、何を考えていてもまるで思考が読まれているかのように思ったように試合が運ぶのは楽しかった。
 家は離れているらしく学校は別だったが、女子の方でかなりの強豪校にいるみたいだった。試合会場で話すことなんて滅多になかったけれど、ジジイがいるからなのか烏野の試合はよくギャラリーから見ていたように思う。
 
 バレーに対してどこまでもひたむきで真摯で。そこまでするのに、練習でも試合でも俺はこいつが笑っているところを見たことがない。ジジイに褒められる際頭を撫でられると時々照れたようにはにかんでいるけれど、勝っても負けても同じ表情でいるからバレーを楽しいと思ったことあんのかなと常々思う。

「自分の為に時間をかけるのは当たり前じゃない?」
「、」
「私はただ、自分が一番だって……特別だって思いたいだけ」

 いつでも冷静で感情を読ませない彼女は、バレーを好きではないと思っていた。実際、律がバレーを始めたのは幼なじみの女の子に誘われてやっているのだと。
 それでも、どんな始まりでも。櫻井律は誰よりも努力家で、負けず嫌いで………かっこいい女だった。
 
 俺は高校でずっと控えのセッターだったから、ずっと第一線でエースとして戦っている律の気持ちなんてわからない。でも、彼女がバレーを始めた頃からずっと努力の過程を見てきたから知っている。隣に立てずとも、ずっと見てきたから。櫻井律は俺にとって特別な女だった。


 普段は表情を崩さず凛としている女子なのに、意外と涙脆いところもあって体も弱い。夏は熱中症になって鼻血を出すこともしょっちゅうで、時々貧血でふらついては縁側で横になってコートを睨みつけていた。だから、高校を卒業してVリーグに進むと報告しにきた時、当たり前だと思うと同時に『こいつは俺と絶対に釣り合わない』と思った。
 どんなに一緒にいたくても俺では無理だ。そう、思っていた。

「繋心は、大学?バレーは続けるの」
「さぁな」
「そう………私はこれからもっと続けるけど、正直不安で」
「お前変なところで落ち込むしな」
「うん。一人でいるのは慣れてるし、好き。でも、もうここにこうして来れなくなるのは寂しいかな………」
 
 緩んだネットを眺めながら縁側に二人座って話していた。律の手には当たり前のようにバレーボールがあり、それはもはや彼女の体の一部のように馴染んでいた。
「スカウトが数件来て、一番強いところに行きたいって言った。だけど、本拠地が大阪って聞いて………
 真っ先にここが思い浮かんだ」
「へぇ?ま、長いことやってっと愛着も湧くだろ」
「………それだけじゃないよ」
「あん?」
 器用に指先で回っていたボールが、律の腕を滑る。その姿がやけに扇情的に見えて、唾を飲み込むと喉が大きく鳴った。
「………チームが変わろうと、メンバーが変わろうと。ずっと私を見てきたのは繋心しかいない」
「何だ、ソレ。まるで……」

 まるで、俺に会えなくなることが寂しいみたいな言い方して。

「寂しいって言ったら、抱きしめてくれる?
 ずっと待っててくれるなんて、期待してもいいの?」
「おい、律…」
 隣でボールをいじっていたのにそっと手に触れられて、そのまま体を寄せられる。絡み合った視線が熱い。

 律がここに来るのは、祖父がいるからだとずっと思っていた。大切な師匠の孫ってだけで、俺のことは何とも思っていないと。でも、違った。
 律は素早く俺の足を跨いで両手を抑えると、顔を近づけた。反射的に避けようとして、逃げられず縁側に寝転ぶ。視界の端にバレーボールが転がったのが見えた。アレ、押し倒されてる。
 男とは違う手の感触に。体からほのかに香る女子特有の甘い匂いに、初めて律の女の部分に触れた気がした。待って、お前。
「………ごめん、変なこと言った」
「お、おう。だよな、お前がそんな「私、繋心のこと好きよ」
 率直な言葉に目を見開いて、ポカンと口を開けた間抜けな顔をした自分が律の目に映る。
 本気だと、こんなことしてからかう様な奴じゃないと知っている。だからこそ、怖く感じた。俺は……だって、
「………釣り合わない、だろ。お前と俺じゃ」
「何で?どうしてそんなこと言うの」
「何でも何も……」
 美人で勉強もできて、運動神経も良くて。プロからスカウトが来るような女だ。俺とは住む世界が違いすぎる。
「つりあうも何も無い。私はずっとあなたのことが好き。
 その気持ちが嘘だって、あなたが言わないでよ」
「でも……」
 それでも、俺は。
 そう、何を答えればいいかわからずにずっと唸っていると、律は目を伏せた後「もういい」と呟いて上体を起こした。転がっていたボールを手に取った律は、一人でコートに立っていて真っ直ぐに俺を見つめていた。
「わかった。もういい。
 繋心が誰と付き合おうが、他に好きな子ができようがいいよ。
 でも、私がもっと大きくなって選手として納得できるくらい特別になれたらその時は………」

 他の女なんか目に入らないって思えるくらい、絶対振り向かしてやる。

 そう宣言した律は不敵に笑っていた。その今まで見たことがない表情に、俺は「あ、コイツこんな顔できたんだな」なんて思っていた。



 春から母校でバレー部のコーチを始めたからなのか、今年のオリンピックでエースとして活躍するアイツを見たからなのか、知らないフリを続けていただけなのか、『恋愛』『結婚』と聞くとどうしても櫻井律のことが頭に浮かんでしまい曖昧な返事しかできなくなった。
 あれから九年。連絡もロクに取り合わず、律自身が俺のことをまだ想っているとも普通なら思えない。でも、確かにあの時俺は櫻井律という女を前にして素直に好きだと思えた。
 落ちたんだ、あの瞬間に。不敵に笑うアイツの顔に。
「!?、烏養コーチ!お客さん!!?」
「?はい」
 春高が終わり、三年生も卒業した。新チーム発足にどう足を向けようか悩みつつ、一、二年のレベルアップを測る中、機会があり白鳥沢で合宿を行なっている最中だった。
 俺に客?白鳥沢だぞ。一体誰が、なんて思った時だった。

「久しぶり。来ちゃった」
「〜〜〜ッッ!?!?な、んでお前が!?」

 現れたのは意中の相手である律だった。テレビで見たままの私服姿の彼女は恐らくシューズが入っているであろうケースを持っていた。突然のオリンピック選手の登場に騒つく体育館。そりゃそうだ。ここにはバレーボーラーしかおらず、女子とはいえど日本代表のエース。いや、そんなことよりもだ。
「烏養さんに繋心なら白鳥沢だって聞い「馬鹿だろ!」
 
 烏養さんの語彙力が決壊している……。
 アレ、日本代表の。
 え、知り合い?

 試合中にもかかわらず選手が話しているのを歯牙にもかけず、のうのうと律はボールを手にとった。
「えっと、烏養君……この方は」
「あー……去年の夏のオリンピックで女子の日本代表、エーススパイカーしてた櫻井律です」
「どうも。はじめまして、櫻井律です。
 突然すいません……今日しか時間取れなくて」
 そんな軽い感じで挨拶してんじゃねぇ。ボールハンドリングをしながら体育館を見回す彼女は相変わらず周囲を気にせず平然としていた。昔より身長も伸びて、記憶の中のあの日の彼女よりずっと美人になった。感情が読めないのは相変わらずだが、存在感が増したと感じた。
 こういうところに、壁を感じる。
「烏養一繋さんの弟子で、繋心とは私がバレー始めた頃からの付き合いがあるんです」
「そういうことだから、お前ら試合続けろ」
 気にするな、なんて言っても無駄だとは思うけれど、この際仕方ないとそのまま視線をコートから外さずに話しかける。
「……で?わざわざこんなところにまで来てどうしたよ」
「はい、これ」
「?」
 そう言って律が取り出したものを受け取って目を通す。
 いや、待て。この女………!
「私が何を言っても繋心は「俺には釣り合わない」しか言わないって知ってるし、私の気持ちが伝わらないこともわかった。あの時にね」
「………」
「そもそも付き合っても無いし、今までお互いに何をしていたのかとか全部流す。
 でも私は、繋心がいなくてもこれだけ頑張った。……あなたのことを思いながらだとここまで来ることができた。

 だから、もうつべこべ言わずに結婚してください」
「は、」
 
「!?」
「!」
「!?!?」
 突然投げられたものは通帳で、こいつが選手としてどれだけ頑張ってきたのか、数字でわかるものだった。それから、場所を選ばない突然の告白。告白どころか、プロポーズ。
「言ったでしょう。
 絶対他の女に目が行かないくらい振り向かしてやるって。
 ………私の気持ちはあの頃から何も変わらないよ」

 そう言って綺麗に微笑んだ彼女の瞳は真っ直ぐで、やっぱり熱いと思った。
 
 テレビや新聞で見て、住む世界が違いすぎると感じていた。ありえないと、見えもしない期待に縋って。でも、全く変わらなかった。
 離れていた間も想い続けていたと言うのなら、まだこんな俺を好きだと言ってくれるのなら、それに答えたい。

「………ああもう、チクショウ」
「落ちた?」
 そう言う律は少し微笑んでいて、俺はガラにもなく照れた顔を隠した。

「とっくの昔にな!!」
「それはよかった」



 櫻井律(27)

 初めて会った頃は人見知りだったけど、なんだかんだそばにいてくれて私の事をこの世で一番わかってくれるのは繋心しかいない。とプロに進む前に告白した。ら、フラれた。解せぬ。
 それでも諦めずに頑張って、通帳持ってプロポーズしに来た。
 いざというときは養う気満々。強い。
 監督方に挨拶した後はちゃっかり練習に混ざる。
 及川と影山にサーブ教えたりする。


 烏養繋心(27)

 バレーが上手で気が許せる美人な幼馴染みがいると、他の女なんて目に入らないんだよ。
 自分の想いを自覚していたけれど、釣り合わないからという理由で押し込んでた。
 繋心さんはお見合いとか受けたら秒で決まると思う。彼女も大学時代にいたかもしれない。でも、彼女と律を比べてしまうため長続きしないし、テレビや雑誌でどうしても律を目で追ってしまう。
 期待を捨てきれずにいるから告られてフラれる男……



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