高校三年になって、初の春校。私は、全校大会という大舞台にまた戻ってくるなんてことを思ってもいなかった。全国制覇を目標に掲げて走り続けていたけれど、それとこれとは別で。兎に角、何だか懐かしいような気持ちになる。
中学の卒業式で及川に別れを告げ、高校三年の春になり再開したものの友達という立場を離れずにいた。アイツはきっと、私の態度に勘違いをしているだけだと思うから。
「あ、櫻井さん。あそこ………」
影山に声をかけられて前を向くと、ジャージのファスナーをしっかり上げてマフラーを首に巻き、手をポケットに突っ込んだ佐久草聖臣がいた。
彼は一瞬で呆気に取られたような表情を不機嫌な顔に変えて影山を睨みつける。その双方の瞳はいつにも増して黒い気がして、記憶の中の佐久早とはえらい違いだなぁなんて思った。
「……おい、何でお前が律さんと一緒に居るんだよ」
その一言に、皆もポカンとして佐久草と私を見る。優勝候補なだけはある佐久草は周りの視線も集めていて、これは厄介なことになったなぁと他人事のようにボケッと思っていた。
「お、ツッキー!!」
「お久しぶりです」
「あれ、烏野」
「マジだ…つか、研磨よく見えんな」
いつの間にか結構な顔見知りが増えており、この嫌な雰囲気に少し身を固くする。
「佐久早!今日「木兎さん、井闥山とするのは三日目ですよ」
「赤葦!!タイミング!!!」
妙な緊張感が漂う中でも木兎だけは通常運転で、赤葦君からセリフを遮られていた。私としては、佐久草からの視線が痛いんだけど……凄い睨んでるし。
「ただでさえ若利君居なくて残念なのに、烏野に律さんがいるなんて聞いてない」
「知り合いだったんですか?」
「まあね………睨むな睨むな」
どうしてこう、佐久草は若利以外の私の周りにいる人に対して当たりが強いんだろうか。ただ普通に会話しているだけなのに影山をこれでもかというくらい睨んでる。
「………はぁ、久しぶり佐久草。
ユース合宿で影山と何かしたのか知らないけど、私の前ではそういう事するなって」
佐久草に注意するものの、ふんっとまだ自分の意見を貫き通しているみたいだ。
「ごめん、澤村。私少し佐久早と話があるから先行ってて。
赤葦君と孤爪君も、また後でね」
「俺は!?」
「鉄朗も」
これ以上面倒が起きないように自ら佐久早の腕を引いて歩く。
昔若利を含めて三人で会う際によく使用していた建物の影に入ると、漸く一息ついて話しかけた。
「何で、いっつも私の周りに喧嘩売るかなぁ………聖臣は」
「!、律さんっ」
これ見よがしに名前を呼ぶと、先ほどまでの不機嫌はどこに行ったのかパッと表情を変えた。変えたと言っても彼は笑うことが殆どないので何となく、だけど。
年下とはいえど全国で三本指に入るエースの聖臣は、当然私よりも身長が高い。抱きつかれるというよりは、抱きしめられると言った方がいいかもしれない。よしよし、と背中を優しく叩くと、余計に腕の力が込められた。
中学二年の夏に若利に聖臣のことを聞いた私は、すぐに彼に興味を持った。秋に対面してからは時間を見つけてはバレーや自分のことを話し、少しずつでも確かに距離は縮まっていたんだと思う。
若利もそうだけど、どこか価値観が合うのか無言が苦にならない。だからこそ、全国大会でしか会えないという事を少しだけ歯痒く思っていた。それは幸運と呼ぶべきなのか聖臣も同じだったようで、親戚が東京にいるとこぼした際に「長期休暇に会いたい」と声をかけてくれた。
『俺、他人と何かをしたいとか思うことってないんですけど。律さんと離れてる間、律さんが俺の知らない他の誰かと過ごしていると考えるのも嫌です』
いつから、私たちはこんな関係になっていたんだろう。
初めから若利は私たちが似ていると話していたけれど、それを見越してきっかけを作ったんだろうか…なんて。若利だからそれはないだろうけれど。
『………それ、私の好きなように捉えてもいいの?』
『、どう捉えますか?俺のこと』
『可愛いなぁって思ってるけど』
『…………は?』
『可愛くてしょうがないよ。
私、そこまで懐いてくれる後輩いないから嬉しい』
酷く傷ついたような顔をした聖臣を、私はずっと覚えている。「狡い」と小さく呟いた聖臣の手を引いて「どっちが」と答えたことも。
「………この三年間、ずっと音信不通で寂しかったです」
「聖臣がそんな事気にするとは」
「しますよ。
若利君と話す時もバレー以外は律さんの話でした」
「………若利、か」
私達はその若利を倒してやってきたわけだけど、そのへんは影山から何か聞いてるのか、あまり突っかかって来なかった。
「何で、律さんが男子のマネージャーなんてしてるんですか」
「………その気になったから」
「宮城は代表枠が一つなんだから、律さんか若利君のどっちかが来れなくなるくらい、わかるでしょう」
確信めいたことなんて話したことはないし、私たちの関係はどこまでも曖昧だ。聖臣はあの時私に拒まれたと思っているのか、言葉になんて絶対にしない。それでも、こうして俺以外にはと判りやすくすり寄ってくる。
「ちょっと、聖臣」
会えなかった三年間を埋めるかのように隙間もなく抱きしめて、冬空の下寒いはずなのに暖かかった。
「………律さんに、他の男の菌とか、つけて欲しくないです」
「菌て」
まったく、もう。
昔より逞しくなったし、それと同様に鋭さも増したと思ったのに、この可愛らしさは全くと言っていいほど変わっていない。いや、前よりもずっと増大しているのではないかと思える。
「白鳥沢と戦った時も思ったけど、聖臣と戦うのは初めてだね。
当たったら、勝たせてもらうからね」
「えー…うん……」
勝敗についてそこまで執着がなく、ただ漠然と『いつ終わっても納得ができるように』とバレーをしている聖臣だから、私にそう勝負を楽しむようなことを言われて眉間に皺がよった。
「見てるよ、聖臣の事。昔も、今もね」
「、はぁ………本当に、狡い」
「どっちが」
聖臣は私の首筋にマスクをズラして鼻をこすりつける。
態度ではいくらでも表すのに、未だ明確に「好き」だと言えない。……言わない。
「律さん」
「………何」
「俺、ちゃんと綺麗なんで」
「知ってる」
「だから、全部受け止めてくださいね」
言わないから、どこまでも曖昧でもこの関係でい続けるんだろうとわかる。
出会ったばかりの私たちは満足に顔を会わせることができる程大人じゃなくて、時間と距離に縛られ悩まされてきた。一秒で済ませられる言葉じゃなくて、会わなければわからない態度で示してほしい。そして、どこまでも追ってきてほしい。
「俺以外の誰かのモノに、ならないでくださいね」
ちゅっと音を立てて聖臣が首元に吸い付くと、ピリッとした痛みを感じた。
「ちょっと、聖臣」
「んっ……ふ、はぁ…」
ただジャージの中のシャツをズラして舐めたり匂いを嗅いでるだけなのに、何でそんなにエロい声出してるんだよ。
「…試合前に欲情すんな」
「それじゃあ、試合後堪能しに来ます」
「変態」
「俺がこうなったの、律さんのせいですよ?
責任、とってくださいね」
唇を舐めてそう言い残すと、聖臣は体育館へと戻っていった。
ずっと聖臣が触れて離さなかった肩に手をやり、ギュッと握ると、あの日の光景が目に浮かんだ。
『待って、律ちゃん!』
心の中に残っていた及川の温もりが綺麗さっぱりなくなってしまったみたいで、少しだけ肩が軽くなった気がした。
* * *
「律さんが近くにいる気がする」
そう言ってチームから外れた佐久早を探していると、見覚えのあるジャージが固まっていた。同じ東京代表の梟谷と音駒、それからユース合宿で一際目立っていた影山のいる……烏野。
「おっす影山ー!久しぶりだな」
「古森さん、チワス」
気軽に影山に話しかけると、視線が刺さった気がする。
「何でこんな所で固まってんだ?」
「いえ、佐久早さんが……」
「え、佐久早ここ来た!?ってことは、まさか………」
「先輩と知り合いだったみたいで、連れていかれてました」
律さん、烏野で男子バレーボール部のマネージャーしてたのかよ。そりゃ、幾ら女子の方見ても居ないわけだ。
というか、佐久早の律さんセンサー凄いな。
「いやぁ〜悪いな、佐久早が。
律さんはちゃんと返すから、少しだけ貸しててくんね?」
「え?あ、はい」
にしても、やっぱ選手ではなくマネージャーってことはあの時の怪我の影響か。
俺らが中二の時の夏の全国大会。試合終了直後に担架に乗せられて運ばれていった律さんを陰から見送っていた佐久早は、それはもうすごい形相だった。あいつが何を考えているのかも二人がどんな関係かも知らないけれど、俺はその時『佐久早は律さんのこと好きってだけじゃないんだな』と少し引いた。
小学生の頃偶然見た全中で、佐久早が女子の試合に出ていた律さんに一目惚れしたってのは気づいてたし、どこまでも完璧を追い求めて進み続ける性格ってのも薄々気付いていたけれど。
「影山て、律さんのこと好きなん?」
「?はい、好きです」
影山のその言葉に、オレも含めた周りにいたメンバーがざわついた。
「櫻井さんは中学からの先輩で、正に俺の理想のスパイカーでした。今までも…これからも俺の尊敬する人です」
「あ、ソユコト……てか、律さんと同じ中学だったのか」
「はい」
これくらい純粋な方が、可愛げがあると俺は思うけど。
「じゃ、俺チームの方戻るから…佐久早と会ったら早く戻ってこいって言っといて!
まぁ、律さん居るなら問題ねぇだろうけど…そんじゃ!」
それでも、佐久早はどこまでも潔癖で、何かに熱くなることはなくとも中途半端が嫌いだから一つの事を夢中でやり続ける。スポーツだって掃除だって、恋愛だってきっと同じだ。
大会や選抜でたまに会う牛島さんや律さんの前では、珍しく楽しそうにしている。そんなアイツを見るのが、俺は好きだ。特別仲がいい訳でも無いただの従兄弟で、一緒の球技をしている仲間で、スゲェ奴。俺にとってはそうってだけで、律さんにとってはまた違うのだろう。
でも、佐久早は中途半端が嫌いだからきっと最後はそうなると確信している。
「あ〜あ、俺も美人の彼女とかほしい」
律さん
追うより追われたいし、言葉よりも態度で示す佐久早を可愛いと思っている。
この後「春から東京の大学に通うんだよね」と話す。
佐久早
アタックしすぎて若干(?)愛が重い。いや、でも、それが好きな女子っているから。いいぞ。もっとやれ。
春から東京と聞いて速攻で告る。
prev next
Back
Top