強く手を握る話
「大河、いける?」
「たぶん」
「じゃあお願いします!」
「まじ?がちゃんすごいな…」
「晴、頑張れ!」
俺、絶対無理。
拓也が梅田の横髪を梳いて耳を出すと、がちゃんがそこにピアッサーを当てた。
さっき薬局で買ってきたそれを袋から取り出す時点で梅田はビビりまくってたし、耳に穴を開けるなんて怖すぎる。
でもやらないって選択肢はない。
主演舞台『さよなら、青色。』が決まった梅田は役柄的にピアスをつける。
ピアスホールが安定する期間を考えるとすぐにでも開けないといけないけど、スケジュールの都合で病院であける時間がない。
だから今こうやって滝沢歌舞伎ZERO終わりの楽屋でピアッサーで開けようとしてるんだけど、もう泣きそうで。
「…晴、そんな顔してるとやりにくいんだけど」
「ごめん、でも本当に怖い…!」
「やめとく?」
「だめだよ、今日あけないと…!」
「え、泣かないでよ」
「泣いてないけど怖い…!え、痛くないよね?痛くないよねえ!?」
「痛いっしょ、耳に針ぶっさすんだから」
「ひぇ!?」
「よこぴー」
奏が横原を睨んだけど、本人はケラケラ笑ってる。
怖がる梅田を見て楽しんでるな、こいつ。
だったら横原があけたら?って思ったけど、横原は早々にその役割を辞退していた。
怖がらせてごめんって謝ったけど、梅田は横原を睨んだまま。
あ、梅田と奏が2人揃って睨んでも全然迫力ないな。
ピアッサー係をかって出てくれたのは、横原の行動にため息吐いてるがちゃん。
ピアスホールあいてる人だから梅田も信頼して任せたわけだけど、その顔は強張ったまま。
「晴、覚悟決めろ!大丈夫!たぶん!」
「たぶんって言うなよ!怖がっちゃうだろ!」
「これ何時間かかんの?両耳だから2回あけるんだよね?」
「……」
「あ、固まった」
「ねえ、俺血怖いから外にいてもいい?」
「ちょっと待ってそんなに血出るの!?」
「出ないから」
「出ないの!?」
「うめめ、落ち着いて、深呼吸」
「…俺も無理かも」
「え、ちょ、俊介!?」
「梅田が痛がってるの無理」
「俺は出る」
「血出るなら俺も無理。ごめんね?うめめ」
ピアスが嫌いとか否定したいとかそういうことじゃないけど、梅田が痛がってる姿を傍で見てるのは辛い。
だってずっと不安そうな顔だし、痛そうだし。
新と奏と一緒に部屋を出ると2人は給湯室に向かった。
たしか冷蔵庫にはプリンがあったはずだからそれを取りに行ったんだろう。
俺はどうしようかなーって思ってたら、SnowManさんの楽屋から照くんと阿部くんが出てきた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさま」
「なにしてんの?仲間外れにされてんの?」
「いや違いますよ!今楽屋で梅田がピアスあけてるんですけど、怖いから外で待ってます」
「え、梅田ピアスあけんの?なんかイメージ違うんだけど」
「ねー、真面目な感じなのに」
「今度主演舞台やるんですけど、そのために」
「なるほど!主演舞台いつだっけ?」
「6月です」
「行けるかな?行けたら行きたいな」
「梅田喜ぶと思います」
「んで?」
「え?」
「基がここで待ってるってことは、誰があけてんの?」
「鈴木大河があけてます」
「ふーん…」
え、俺なんかまずいこと言った?
ふーんって眉間に皺寄せた照くんが俺の顔をじっと見てる。
何考えてるのかわからなくて俺はキョロキョロしてるのに、阿部くんは分かってるみたいに前髪を払った。
「俺は基があけないのかって思っちゃったなー。大河が、っていうか、基以外があけるのはちょっとびっくりした」
「え、そうですか?大河は自分もピアスあけてるし、安心して任せられますよ?」
「あー、うん、そうなんだけどそういうことじゃなくて」
「…?」
阿部くんが言っている意味も照くんの表情の理由も分からなくて首を傾げる。
阿部くんが言う通り、SnowManさんの中でも俺と梅田はセットなんだと思う。
それは滝沢歌舞伎を一番長く一緒にやってるから当然だし、結成前から友達だし、仲良かったし、よく一緒にいたからで。
でもだからってなんでもかんでも俺が梅田に構ってるわけじゃない。
現に今回、梅田は俺に『ピアスをあけてほしい』とは言ってこなかった。
『メンバーの中であけられる人いる?大河?』って流れでがちゃんがあけることになったし。
それにもし俺に頼まれても断ってた。
だって怖いじゃん。
好きな女の子の、
「…大事なメンバーの耳に穴開けるってめちゃめちゃ怖くないですか?だから、」
「俺は、大切な人に一生残る傷跡は絶対自分がつけたいけどね」
「っ!?」
「わかる。他の男につけられるのはまじ無理」
「俺は女の人につけられるのも無理。てか自分以外無理」
「まじ?それは行き過ぎじゃない?」
「じゃあ阿部はいいの?」
「……無理」
「ほら、無理なんじゃん」
衝撃的すぎて思考が停止した。
言われたことをゆっくり咀嚼して、理解して考えて、喉の奥からグッとせり上がるものを堪えた。
そうか、ちゃんと考えてなかった。
ピアスホールってそういうことなんだ。
耳に針をさして穴を開けて。
その穴は一生残るんだ。
梅田の耳に他の男が付けた傷が残る。
俺が付けられるチャンスがあるのに?
それを自ら手放すの?
俺が何を考えてるのか、梅田にどんな感情を持ってるのか分かってるみたいに、照くんがニヤって笑った。
「いいの?」
「っ、」
「梅田の耳に他の男がつけた傷が残るよ?」
「……そ、れは、嫌かもしれない」
「じゃあここにいていいの?」
「っ、…すみません!俺戻ります!」
「頑張れ」
ペコって2人に頭を下げて踵を返した。
戻ろう。
楽屋に戻って梅田に言おう。
俺がその傷痕を残したいんだって、伝えなきゃ。
耳に当たる冷たい感触が怖くて仕方がない。
あけてくださいって決意してから全然あけられなくてずっとピアッサー持ってる大河に申し訳ないし、励ましてくれる影山と椿くんにも申し訳ないし、心配して残ってくれてる横原にも申し訳ない。
でも怖いものは怖くてなかなか決心がつかなくてずっと手が震えてる。
どうしよう、このままだと無理かもしれないって思って涙が滲んだ時、楽屋の扉が勢いよく開いて俊介が戻ってきた。
「っ梅田!」
「俊介?」
「あのさ、俺があけてもいい?」
「え?」
「がちゃんじゃなくて、俺があけたい。梅田の耳に残る傷痕なら、一生残るなら、……俺があけたい」
真っ直ぐな目で言われた言葉にびっくりしてぽかんって口あけてしまった。
私だけじゃなくて大河も影山も椿くんも、タイミングよく戻ってきて開けっぱなしだった扉からこっちを覗いてた新も奏もびっくりして時が止まる。
その静寂が、俊介が私に伝えた言葉がいかに衝撃で、特別で、大切で、大きなもので、すごく大事な言葉だってことを示してて。
隣で横原が息を呑んだ音が聞こえた気がしたけど、私は俊介しか見てなかった。
「……え、嫌」
「え、」
「っえええええ!?」
「なんで!?」
「晴、それはないよ」
「嘘でしょ、今基くんがめちゃくちゃ勇気出して言ったのに!」
「酷すぎる…」
「最低…」
「え、ちょっと待って!?みんな急になに!?なんでそんなに批判されるの!?」
全員からこんなにやいやい言われると思わなかった。
非難轟々、大ブーイング、袋叩き。
なんで?って顔してる私に呆れたのか、ピアッサー持ってた大河はお手上げしてるし、ちょっと怖い顔した横原が私の正面に座った。
「あのさ、もうちょっともってぃの気持ち考えてやれよ。もってぃはさ、梅田のこと大事に思ってんの。ずっと一緒にいたし、助け合ってきたし、IMPACTorsになる前から友達だったじゃん」
「それは分かってるけど、でもそれは関係な、」
「関係あるだろ。大事な人だから、梅田の耳に残る傷痕は自分がつけたいんだよ」
「もっとわかんない。そもそもピアスホールって傷痕じゃないし、」
「それ今どうでもいいから」
「どうでもよくな、」
「だから、上手く言えないけどもってぃは、」
「好きだからだろ」
「っ、」
「基が晴のこと好きだから、基があけたいんじゃないの?男ってそういうもんじゃん」
「っちょっと待って影山くん!俺そういうこと言ってないから!男だからとかそういうことじゃなくて、もってぃと梅田は、」
どういうこと?
男ってそういうもんなの?
女の子に自分が傷付けたいってこと?
加虐心?猟奇的?
なにそれ、全然分からない。
俊介はそういう性格じゃないと思ってた。
それよりも待って、影山、今なんて?
日常会話してるみたいにサラッとなんて言っ、
「もってぃ、うめめのこと好きなの?」
「っ、」
「え、そうなの?」
「基?」
空気が変わった。
みんなの視線が私から俊介に移る。
影山が言ったことは事実で、俊介は私のことが好きだ。
そして私も俊介のことが好きで、でもそれは伝えられなくて、私たちはメンバーであり友達であり仲間で。
だからこんな形で周りにバレていいわけなくて。
どうしたらいいのかわからなかった。
次に私か俊介が発した言葉でIMPACTorsが変わってしまう気がした。
私はまだグループ内恋愛の正解を見つけていない。
だからこそ分かる。
今、ここで想いがバレることは限りなく不正解だ。
全身の肌でそれを感じてて、だからこそ何を言ったらいいのか考えて、悩んで。
大河が問いかけてからコンマ数秒もなかったと思う。
肯定したのは予想外の人で。
「当たり前じゃない?」
「新…」
「基くんがうめめのこと好きなのも大切なのも当たり前だよ。影山くん今更何言ってんの?基くんとうめめは俺が事務所入る前からずっと仲良いし、ずっと2人で頑張ってたじゃん。そこはさ、やっぱり誰にも勝てないよ」
影山が言ったことも事実だったけど、新が言ったことも事実だ。
私と俊介はたとえ恋愛感情がなかったとしても好きで、大切な人で、それで、
「2人は何があっても”特別”だよ。それは絶対変わらない」
辞めたはずなのに。
自分から手放したはずなのに、その言葉が心地良すぎて嫌になる。
私の中にあるとんでもなく大きい感情の存在を突きつけられたみたいで嫌になるよ。
どうしたって、何をしたって、その感情からは逃れられない。
本当は、逃れたくない。
この大きな感情をずっとずっとずっと大切に抱いていたい。
その言葉を肯定してほしい、なんて我儘なことを願う前に俊介が笑った。
「あははは、……うん、そうだね、新の言う通り”特別”だよ」
「っ、俊介、」
「みんなに変な誤解与えちゃってたら申し訳ないんだけど、俺にとって梅田はメンバーだけど友達だし、やっぱり昔からずっと一緒にいるから特別なんだよね。そんな特別な人が主演舞台やるんだから、頑張ってほしいから俺にできることはしたい。その役目は俺がやりたい」
「……」
「大河?」
スッて立ち上がった大河は、持ってたピアッサーを俊介に渡した。
「俺とカゲと晴の同期組はさ、ずっと”勝ちたい”って思って頑張ってきたけど、この気持ちって基とか新とか、俺ら以外には分からないものだと思うんだけど、それと同じように基と晴にしか分かんない気持ちがあると思うんだよね。そういう気持ちって言葉にすることって難しいからどうしたって『好き』って言葉になっちゃうと思うんだけど、中身って本当に複雑で外から見たら分かんないものだから。だから深くは探らないし、それを他人が何か言えることじゃないと思うんだよね」
「……うん、分かるよ。どんな意味でも好きな人を独り占めしたいっていう独占欲はあるよね」
「…うん」
「基が晴を特別だと思ってて、だから俺じゃなくて基がやるべきっていうのは分かる。俺ももし好きな人がいたら自分がやりたいって言いそう。それは自然な感情だよ」
「俺が言いたかったこと、全部大河くんが言ってくれた」
「新、それはずるくない?」
「今、大河くんの手柄を自分のものにしようとしたよね?」
「してないよ!同じこと思ってたの!」
「絶対違うっしょ。こんな綺麗な日本語にはできてないでしょ」
「ひどいよ。俺だってちゃんといろいろ考えてるのに」
「え?本気で言ってる?」
横原が新を弄ってまた空気が変わる。
全員が納得したわけじゃないし、誰も”恋愛感情の好き”を否定しなかった。
それでもこの場でIMPACTorsが壊れなかったのは事実でホッとする。
騒いでるみんな越しにピアッサー持った俊介と目が合って照れたみたいに笑うから胸が苦しくなった。
私の”特別”な人。
私のことを好きでいてくれる人。
私の好きな人。
だけど、絶対に『好き』と言えない人。
横原からの視線を感じて慌てて俊介から視線を外した。
「じゃあ、あける?」
「改めて言うけど、嫌」
「え!?」
「なんで!?」
「基くんがあける流れだったよ!?」
「まさかの2回目のお断り…」
「ここまで盛り上がっておいて!?」
「盛り上がってたわけではないと思うけど…」
「うめめ、なんで?」
「単純に怖い」
「えー…」
ショック受けて肩を落とした俊介には悪いけど、私も譲る気はない。
その手に持ってたピアッサーを奪って大河に渡したら『俺!?』って顔してるけど、無視して押し付けた。
俊介が独占欲で他の男にあけさせたくない、私の耳に残る一生モノの傷痕を自分が付けたいって思ってることはわかった。
それは男の子的にあり得る感情で、他のみんなもその気持ちが理解できることも分かった。
でも、嫌だ。
「俊介、さっき言ったよね?一生残る傷痕だって」
「うん、言ったけど、」
「俊介はつける側だけど、私は傷痕が残る側だよ?慣れてない人に任せるのは怖いよ」
「っ、」
「ネットで調べたけど、痛いし血出るし失敗してピアッサー壊れたらピアッサー外れなくなって病院行くんだよ?それでも俊介開けられるの?さっきあんなにビビってたのに?」
「うっ、それは、……」
「その顔、絶対無理でしょ」
「ド正論……」
「基くんの欲がド正論にタコ殴りに…」
「てかそんな失敗した時のこと言われると俺も怖くなってきた…」
「俊介が言うように一生残る傷痕なら安心安全なIMPACTorsの保健室にお任せしたい」
「……はい」
「気持ちはありがたいし嬉しいんだけど、そもそもね、私はピアスにそんな特別感は感じてないから。衣装の幅が広がるな、ってくらいで安全に開けられるなら誰があけるかは重要じゃない。できることなら病院であけたかった」
「……はい」
これ以上言ったら俊介がもっとへこみそうだったから言わなかったけど、正直、重いよ。
なに、一生残る傷痕って。
ピアスってそんな大層なものじゃないから。
ピアッサー係怖いって部屋から出ていった俊介が考えることじゃなさそうだから、きっと誰かの入れ知恵だ。
その気持ちが嬉しい人もいると思うけど、私には重すぎる。
「……じゃあ、俺に何かできることない?」
「え?」
「痛がる梅田は見たくないけど、見たくないからって逃げるのは違うなって思ってるから、何かしたい。特別なことじゃなくてもいいから」
そんなのいらないよ、大丈夫。
って答えるのが正解だったんだと思う。
また誰かに”特別”の中身に気付かれるかもしれない。
バレちゃうかもしれない。
IMPACTorsの形が変わってしまうかもしれない。
そんなの理解してるのに、嬉しくて笑ってしまった。
こういうところが大好きだなって思ってしまった。
横原の咎めるのような視線を意思を持って無視する。
「手握ってて。すっごい怖いから、ずーっと握っててほしい」
「っ、……うん、わかった」
『好き』は言わない。
言えない。
それが約束だから。
絶対に破らない。
でも言葉がなくても伝えられることもある。
“特別”なんだと、『好き』なんだと、指先の熱で伝えられることもある。
そう、信じていたい。
「いきまーす」
「晴頑張れ!」
「はい力抜いてー」
「いくよー、……はい!」
「っ!い、いっっった!!!」
「痛い痛い痛い!!!」
「もってぃの指折れるから離して!」
「無理!!!」
「終わった?プリン食べる?」
「まだだめ。はい次左ー」
「ちょ、待って、無理かも…」
「無理じゃない。負けんな」