『さよなら、青色。』初日の話



「晴ちゃんってメンタル強いよね?」
「え?」
「昨日、私は緊張で何も食べられなかったよ」
「え、私も全然食べてないよ?」
「嘘じゃん、それ2個目のお弁当じゃん」
「あははは…」
「信じられないくらい食べるし、CMみたいに美味しそうに食べるね」

グループの外に出ると私ってやっぱり大食いなんだなって実感する。
『虎者』で共演したリマちゃんに言われたことなかったから気にしたことなかったけど、ながにゃんみたいに食欲が普通の女の子からしたら私は信じられない程食べるんだろう。
稽古中に何度も引かれたけど、公演が始まっても引かれたまま。
と言っても確実に仲は良くなってるし、冗談を言い合える程になれた。
プライベートな時間に連絡を取り合ったりしてるし、稽古着のジャージはお揃いだ。

「もしかして緊張してない?」
「まさか!緊張してるよ。でも、無理矢理でもいいからごはんはしっかり食べないともたないから」
「吐かない?大丈夫?」
「うん、大丈夫」

心配そうに私を覗き込んだながにゃんの表情がちょっとだけ横原に似てて頬が緩む。
本番前に私がごはん食べてるといつも声かけてくれたな。
『さよなら、青色。』の現場は暖かくて楽しくて優しい現場で毎日が充実してる。
だからこそ、グループの大切さとIMPACTors7人への愛しさが募っていく。
幕が上がったのは昨日。
初日はながにゃんこと永岡楓ちゃんが主演、2日目の今日は私が主演だ。
ダブルキャストだから、これから2人が順番に主演を務めていく。
楽屋に置いてあるモニターを見ると客席の様子が見えてその変化に驚いた。

「今日は女性客多め?」
「晴ちゃんファンが多いからじゃない?ジャニーズって女の子のファンが圧倒的に多いイメージ」
「昨日はながにゃん推しが多かったから男性客多かったね。会場全体の勢いがすごかったな」
「幕が上がった時、後ろまで席埋まってて本当に安心したよー。空席祭りだったらどうしようかと思った」
「元センターでも不安になるんだね」
「そりゃそうだよ。センターにいる時の人気は私個人の人気じゃなくてグループの人気だから。覚悟して卒業したけど、不安に思うこともある」

スッと目を細めたながにゃんが眉を下げて笑った。
同じアイドルって職業だけど、大所帯グループで選抜を勝ち抜いて何度もセンターに立ってCDを出してたながにゃんは私とは経験値が違い過ぎる。
ダブルキャストって発表された時は気負い過ぎてプレッシャー感じてたけど、実際のながにゃんは私と変わらない普通の女の子な部分も多くて。
主演舞台をやらせていただくことはもちろん嬉しいけど、こうやって近い境遇の友達ができたことが一番嬉しい。
昨日は私の仕事はないけどながにゃんの主演舞台を観させていただいたし、今日はわざわざながにゃんが観に来てくれた。

「ながにゃん」
「ん?」
「不安、はんぶんこできたらいいね」
「…いいね、じゃなくてするんでしょ?」

なんてかっこよくて凛々しい顔。
この人と一緒に仕事ができて幸せだな。
感情をそのままに笑ったら、ながにゃんも嬉しそうに笑ってくれた。

「食べ終わったらもういける?早めに舞台袖いった方が緊張解れるよ?」
「ありがとう。メイク直ししたらいける」
「えー!それ可愛い!アイシャドウ?」
「うん」
「すっごいキラキラ。星みたい」

ポーチから取り出したのは楽屋の照明でさえものすごくキラキラ輝くラメのアイシャドウ。
もう底が見えててほとんどなくなってるそのキラキラを指で掬って瞼に落とした。
舞台の照明を反射する煌めきと、たとえ泣いても大丈夫なんだという優しさ。

「これね?魔法のアイシャドウなの」

横原がくれた、私を強くする星空。






「…あ」

関係者席には会場の照明が落ちてから座ることになっている。
晴ちゃんの楽屋を出て関係者席を目指して歩いてたら、廊下に綺麗に一列に並んだ高身長の集団が。
マスク黒い人とか帽子深く被って顔全然見えない人とか金髪の人とかいてパッと見怖いけど、写真で見たことある顔がいて誰なのかすぐに分かった。
晴ちゃんのグループの人だ。

「お疲れさまです、IMPACTorsの皆さん。永岡です」
「お疲れさまです!」
「「「お疲れさまでーす!」」」
「どうも、IMPACTorsです。永岡さん、梅田がいつもお世話になってます」
「いえいえこちらこそ」
「今日は僕らも見学させていただきます」
「あの、よくテレビや雑誌で拝見させていただいてます」
「ありがとうございます!私のこと知ってくださってるんですね」
「当たり前じゃないですか!」
「うわー、本物だ」
「本物だね」
「テレビで見てた方と同じ舞台で主演やるって、うめめすごいな」
「テレビのやつやりましょうか?」
「え?」
「にゃんにゃん?ううん、ながにゃん!どうも、宮城県の猫の島から来ました、ながにゃんこと永岡楓です!」
「本物ー!」
「テレビで見たやつだ!」
「すごい、アイドルの挨拶、生で初めて見た」
「すごい!めっちゃキラキラ」
「つばっくんの挨拶も見たいなー」
「2つの筋肉がー?」
「おい!こんな可愛い挨拶の後に俺に振るなよ!?」
「あはははは、皆さんリアクションいいですね。てかリアクションが晴ちゃんと似てる」

卒業してから滅多にやらなくなった現役アイドル時代の自己紹介をしたら面白いくらいリアクションしてくれた。
晴ちゃんもこの人達もリアクションがいいし、本当に嬉しそうに目キラキラして聞いてくれるし、馬鹿にしたりしないから一緒にいて心地良い。
このグループで活動しているからこそ作られたのが晴ちゃんの性格なんだろう。
みんな優しくて熱いくらい温かい。
関係者席はそこまで多くないから、きっとこの7人と私で埋まるな。
というか、

「初日に全員で来るって、皆さん愛ですね」
「そりゃあまあ、メンバーの初主演ですから!」
「全員でばっちりスケジュール合わせてきましたよ!うめめが喜ぶと思って!」
「喜ぶと思いますよ。皆さんが今日来ることは晴ちゃん知ってるんですか?」
「いや、言ってないです」
「あー、そうなんですね」
「サプライズしようと思って内緒にしてるんですけど、梅田は気づいてるかもしれないですね」

意外だな。
あんまり緊張してないように見えたから、メンバーが見に来てくれる安心感で緊張してないのかと思ってた。

「梅田、大丈夫でした?体調とか…」
「さっき楽屋でお弁当2個食べてました」
「2個か…」
「少ないな、あいつ緊張してんじゃん」
「え!?2個ですよ!?」
「2個じゃ少ないんですよ。あの人、底なし胃袋の人外なんで」
「奏、言い方きついよ」
「でも奏は嘘言ってないから」
「緊張はしてたと思いますけど、『これ塗ったら大丈夫だから』って魔法のアイシャドウ?つけてたんで大丈夫ですよ、たぶん」
「っ、……あいつ、ラメのアイシャドウしてました?」
「してました」
「……」
「よこぴー」
「横原ー」
「やめろ」
「ニヤニヤすんなよ」
「してないわ」

え、この人達分かりやすいな!
ニヤニヤした顔しながら2人から小突かれたその人の顔見たらなんとなくわかってしまう。
晴ちゃんにアイシャドウあげたの絶対この人じゃん。
ジャニーズ事務所のルールとか全然知らないけど、恋愛禁止のグループにいた私からしたら不安になるくらい分かりやすい。
それともこれはメンバー愛なのか?
小さい頃から一緒に切磋琢磨して同じグループのメンバーとして仕事してたら男女間の友情はあり得るのか?
女の子しかいないグループで活動してその世界で価値観が創造された私にはわからない感覚なのかもしれない。
気まずい顔して目を逸らした彼の耳が真っ赤なのが面白くて、なんとなくカマかけてみた。

「晴ちゃん、キスシーンあるんで皆さん覚悟してくださいね」
「え!?嘘でしょ!?」

え、なんであなたが反応するの?
このグループ、ますますわからない。



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